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エレベーター
------<オープニング>--------------------------------------
都市伝説や怪談を扱う、あるHP。
掲示板には意味不明な依頼分が多数書き込まれ、時折「了」の文字が追加される。
そして今日もまた、一つの書き込みがあった。
あるマンション住人である女性からの依頼。
エレベーター内で、奇怪な出来事が起こるという。
不気味な音、不意に消える照明。
そして何より、誰かに見られている感覚。
気のせい、機械の故障と言ってしまえばそれまでの事。
ただそれと同じ状況を訴える者が、彼女以外にもいるらしい。
報酬はわずかなもの。
大してやりがいのある依頼でもない。
しかし不安を抱いている者がいるのも、また事実である。
漠然とした、だからこそ切実な不安を……。
「実際に、何か被害は」
「いえ。他の方も、おそらくは同じだと思います。何となく、見られている気がするだけで」
不安げな面持ちで視線を上げる、若い女性。
九尾・桐伯は薄く微笑み、テーブルの上に指を組んだ。
「ご心配なく。原因が何であれ、必ず解決致します」
「ゆ、幽霊とか。そういう事なんでしょうか」
「そうそう出る物でもありませんよ」
笑う桐拍。
しかし、否定はしない。
「勝手なお願いで申し訳ないんですが、あまり大きな騒ぎには」
「心得ています。あなたの依頼は、平穏な生活に戻る事と理解していますので。エレベーターのトラブルが解決すればそれでよしとは、私も思ってません」
静かな、誠意ある答え。
女性も安堵の表情を浮かべ、頭を下げた。
「そ、それで。私はこれから、何をすれば」
「ゆっくり静養していて下さい。ここから先は私達の仕事ですから。無論、あなたの身辺を守るのも」
「は、はい」
もう一度、多少はにかみ気味に頭を下げる女性。
桐伯は端正な顔を緩ませ、レシートを手に取った。
「では、早速仕事に取りかかりましょう。あなたの不安が、一秒でも早く取り除かれるように」
マンションの玄関脇にある、管理人室。
そこに備えられている、エレベーター内の防犯カメラに見入る三人。
「あなたは、何か見かけた事は」
「いえ、特には」
首を振る、年配の男性。
やや独特な雰囲気を持つ彼等に、圧倒される感じで。
九尾桐伯(きゅうび とうはく)は小さく頷き、後ろを振り返った。
「あなた達は、どう思います」
「この画像だけでは、何とも」
やや大袈裟に肩をすくめる、斎悠也(いつき ゆうや)。
ホストという職業柄、アクションが派手で大きくなる傾向のようだ。
「俺も、同意見。やはり、現場に行かない事には」
粗い画像へ指を向ける、御子柴荘(みこしば しょう)。
桐伯は軽く手を上げ、二人の意見に応えた。
「申し訳ありませんが、しばらくエレベーターの使用を私達だけにしてもらえますか。深夜ですし、問題は無いでしょう」
「え、ええ。ただ、あまり大事になるとここのオーナーから」
すがるような視線を向ける管理人。
悠也は多少営業風の笑顔を浮かべ、小首を傾げた。
「ご心配なく。住人の方に悟られるような真似はしませんので」
「ですが」
「エレベーター内の出来事で、不安を感じている人がいるのは事実なんです。それに応えるのも、あなたの仕事でしょう」
彼とは違い、厳しい顔で見つめる荘。
管理人は慌てた様子で視線を逸らし、エレベーターの運行を管理するパネルのキーを渡した。
「後は、我々にお任せ下さい」
「も、もし、誰か来た場合はどうするんですか?」
「ご心配なく。事前に分かるよう、努力しますので」
一階のエレベーター乗り場。
玄関から見て、柱を隔てた右。
一階に住居はなく、何かをしても怪しまれる事はない。
また彼等には、人の気配を悟るくらいの自信があるだろう。
それがなければ、こういった依頼を受けないとも言える。
「何も、あそこまで脅さなくてもいいのに」
苦笑する悠也。
荘は反省した様子で頭に触れ、小さく「申し訳ない」と呟いた。
「人のために一生懸命になるのはいい事です」
「俺も、一生懸命になってますよ」
「特に、女性へはでしたね。さてと、これかな」
エレベーターの脇にある、手の平二つ分くらいの扉にキーを差し込む桐伯。
扉の中には簡単なコントロールパネルと、運行状況が簡素なモニターに表示されている。
「さて、一番乗りは」
「全員で乗るんじゃないんですか」
疑問を呈する悠也。
荘も同意の表情を浮かべる。
「得体の知れない化け物が出て、全員が丸飲みでもされたら大変ですからね」
あまり楽しくはない解説。
また当初の発言からいって、自分が乗るという意思は表明していない。
「俺が……」
そう悠也が答えた途端、開いたドアに乗り込む荘。
「幽霊とかには、それなりに詳しいんで」
「俺だって詳しいんだけどね。桐伯さん」
「勇気のある若者に乾杯。墓前に花くらいは添えますよ」
容赦無く閉められるドア。
強制的に上がっていくエレベーター。
依頼者の不安とは違う物音が聞こえたようにも思える。
「一人で行かせて、大丈夫なんですか?」
「勿論、悠也さんがフォローしてくれます」
「仕方ない」
手の平を開き、いつの間にか乗っていた蝶型の和紙に息を吹きかける悠也。
かりそめの命を得たそれらは、軽やかに舞い彼等の周りに四散した。
「どうです」
「人間が何十人といる場所ですからね。全くおかしな感じがないとは言いませんけど。……エレベーターの方も、特に気に掛ける程の事はありません」
「では、彼の帰還を待つとしましょう。無事に、帰ってこられればの話ですが」
桐伯の期待とは裏腹に、何事も無かった様子で降りてくる荘。
「どうでした」
「特に、これといっては。照明が弱いなって言うくらいで」
「なる程。では、今度は全員で行きますか」
初めとは違う発言。
二人が彼の睨むのも、致し方ない。
「君達の頑張りで、危険がないのは分かったんです。それとも、自分達の導き出した結果に間違いがあったとでも?」
「そうは言わないけど」
「なんか、騙されているような気が」
「気のせいでしょう。三人寄らば文殊の知恵。少しずつ、情報を集めて行けばいいんです」
しきりに上下を繰り返すエレベーター。
その間、ずっと表示板を見つめる荘。
「どうかしました?」
「いえ。かなり早いなと思って」
「高級そうなマンションですからね。悠也さんは」
「遊園地のアトラクションより、性質が悪いです」
気分の悪そうな顔。
乗り物酔いに近い状態になったらしい。
「俺に任せて下さい。気を楽にして」
「え、ああ」
「深く息を吸って。そう」
袖をまくった、手首のやや上辺り。
乗り物酔いに効く、内関のツボを刺激する荘。
だがその顔に、若干疑問の色が浮かぶ。
荘は添えていた指の位置を変え、視線を上げた。
「どうですか」
「……大分楽になった。ありがとう」
「いえ。多少、変わった体質をしてるみたいですね」
「人と違うとは、よく言われる」
曖昧な答え。
荘も深くは追求せず、その後ろに控えている桐伯を見上げた。
「私は大丈夫です。それより、状況は?」
「俺個人としては、霊やそういう類との関連は無いと思いますよ」
結論を述べる悠也。
荘も小さく頷き、彼への同意を見せた。
「では?」
「多分、あなた達の推察通りでしょう」
「特に、問題はないと」
聞いたままの台詞を返す管理人。
桐伯は目線だけで答え、キーを彼へ返した。
「どうやら、単なる気のせいのようですね。照明が古くなっていて暗い分、精神的に気味が悪かったんでしょう。それと、ウインチのきしみが気になったのかも」
「そうですか。照明は後で、取り替えます。ウインチの方は、明日にでも業者に」
「お願いします。では、お騒がせしました」
会釈をして、足早に管理人室を出ていく三人。
それを見送った管理人は小さくため息を付き、首を振りながらキーをポケットへとしまった。
それから1時間あまり後。
人目を気にしながらエレベーターに乗り込む人影。
肩に担いでるのは大きめのバッグか、それを非常に気にした動きである。
1Fに止まったまま、動こうとはしないエレベーター。
勿論エレベーターの意思ではなく、乗り込んだ人間の作為によって。
固定用のねじが外され、床のマットが剥がされる。
そこにあるのは、小さな穴と何本かのコード。
どうやら電源用で、エレベーターから電力を得ているらしい。
人影は手慣れた仕草でコードをつなぎ合わせ、床にある保全用の小さな扉に手を掛けた。
さらにバッグから取り出した、ライター程の大きさのカメラをそこにセットする。
一つ、また一つと。
ここまで来れば、人影の意図は明らかだろう。
被害を訴えていたのは、全て若い女性。
人間には誰しも、自らの身を守る力を持っている。
例え相手が機械の目だとしても、それに気付く者はいる。
盗撮されていた場合は。
その目的が単なる身辺調査などではなく、もっと特殊な場合は余計に。
突然消える照明。
上からは物音がして、何かが降ってくる。
叫び声すら上げず、床に組み伏せられる人影。
その体には、細いワイヤー状の何かが巻き付けられる。
目元と首筋を撫でる指先。
そこからは燐光が放たれ、指の動きに沿ってたなびいてく。
「盗撮、か」
人影の股間に足を押し付けたまま、吐き捨てるように呟く悠也。
桐伯はバッグの中身を確認し、それを肩に担いだ。
「我々が来ると聞いて外した装置を、また取り付けに掛かったようですね」
「エレベーターに乗ると、自然と表示板に目が向くの逆手に取った訳か」
「つまり、下には気を払わない。照明も暗いし、ウインチは上だから余計視線は上に行くと。しかも今は装置が外してあったから、おかしな音も殆ど無い」
「俺達で、かろうじて分かるくらいにしか」
話をフォローする、悠也と荘。
騒動の原因が分かった割には、あまり浮かない顔で。
またそれは、当然とも言えるが。
「荘さん。この人に、我々の会話は」
「今は、何も聞こえてません」
「分かりました。警察に突き出すのは簡単ですが、そうなると被害者の女性も何かと辛い気分を味わうでしょうし」
「それは問題だな」
しみじみ呟く悠也。
足先は股間から膝の裏に移り、どうしているのか人影の顔中に汗が噴き出てくる。
「悠也さん。程々に」
「これでも、抑えてる方ですけどね」
「荘さん。彼を真人間に変える事は?」
「気の巡らせ方によりますが。正直、そういう事をやりたい相手でもないので」
吐き捨てるような言い方。
その手には未だに、淡い燐光が残っている。
方法と技術にもよるが外部に傷を残さず、内臓のみに強烈なダメージを与える事も可能ではある。
また、そうしかねない顔に見える。
「二人とも、冷静に。私達はあくまでも、彼女達の不安を取り除く事です」
「原因はこいつなんだから、やれば済む事でしょう」
「同感」
お互いの顔を見て頷き合う、悠也と荘。
桐伯は首を振り、右手に握っているワイヤーの先端に火を灯した。
暗闇に浮かび上がる炎。
ゆっくりと、しかし確実に人影へと向かう。
「彼をここで焼き殺した。盗撮犯も消えた。つまり、死に追いやった。それで、彼女達が満足するとでも?」
「では、見過ごせとでも?」
強く食ってかかる荘。
付き合いの長さから桐伯の性格を理解しているのか、悠也は無言で消えていく炎を見つめている。
「彼には、それなりの報いを受けてもらいます。ただ、それだけでは何にもなりません」
「どういう事ですか」
「何度も言うように、私達の成すべき事は彼女達の不安を取り除く事」
「それは分かってますよ」
なおも強く返す荘。
一方の悠也は、上目遣いで桐伯を伺った。
彼の言う意味が分かったという顔で。
「あなた達が得意なのは?」
「人より、目や耳はいいですよ。でも、それが何か」
「では、そういう事です。隠密の業にも優れているようですから、何とかなるでしょう」
「あの、全然意味が分からないんですけど」
荘の言葉を背に受けたまま、人影を担いでエレベーターを降りる桐伯。
悠也はため息を付いて、荘の肩に手を置いた。
「心配ない。頑張れば、今日一日で終わる。明日の朝日は見ずに済む」
東の空に上る朝日。
マンションを照らす、白い日射し。
朝靄の中に姿を現す、少しやつれ気味の悠也と荘。
「お疲れ様」
薄く微笑み、牛乳瓶を彼等に手渡す桐伯。
本人も腰に手を当て、それを一気に飲み干した。
「酒、じゃないんですか」
「朝ですからね。ご心配なく。その辺の軒先にあったのを、拝借した訳ではないので」
「どうでもいいですよ」
鼻を鳴らし、やはり一気に飲み干す荘。
そして長く、ため息を付く。
「取りあえず、全家庭を回りました」
「それで」
「盗聴器が8つに、盗撮用のカメラが2つ。怪しげなグッズが幾つか」
バッグの中に入ってるのは、彼の言う盗聴器と盗撮用の小さなカメラ。
後は何に使うのか、大型の催涙スプレーが幾つかある。
「ご苦労様。これで、依頼は完了しました。彼女達も、今日からは安心して過ごせる事でしょう」
「それはどうも。で、その間桐伯さんは何を」
「まさか、寝てたんじゃないでしょうね」
怖い顔になる二人。
悠也は瞳を怪しく輝かせ、荘は燐光の散る手を腰にためる。
「私は管理人室にずっと詰めてましたよ。住人から変な物音がするという通報が幾つかあったので、その対応に追われてました」
「ああ、そのために残ったんですか」
「寝てるのかと思った」
「人を少しは信用して下さい」
にこりと微笑み、跳ねていた耳元の髪をそっと直す桐伯。
どう見ても寝癖だが。
「とにかく仕事は終わりました。ここで解散という事にしましょう」
「あの男は?」
そう尋ねた悠也の脇を通り過ぎていく管理人。
憔悴しきった、昨夜とは人の変わった顔で。
「何したんですか」
荘の質問に、桐伯は薄く笑って去っていった。
辺りの空気が凍り付くような気配だけを残し。
「さてと。俺は、女の子の所にでも行こうかな」
軽く伸びる悠也。
徹夜明けを気にもしないという様子で。
「そっとしておいて上げたら」
やや生真面目に諭す荘。
彼は欠伸を噛み殺し、小さく手を振って歩き出した。
悠也もその背中に向かって、手を振り返す。
言葉も、視線を交わす事もなく。
ただ、お互いの思いを伝えるために。
一時の。
だけど、仲間としての思いを……。
洋酒の並んだ、薄暗いカウンター。
手の中で、灯っては消える炎。
端正な顔に宿る、薄暗い陰。
「結局、人の心は闇という訳ですか」
自嘲気味に呟き、照明を付ける桐伯。
彼はそのまま、カウンターに積んであったグラスを磨き出した。
一人、静かに。
過ぎていく時。
変わらない仕草。
ただグラスを磨き、積み重ねる。
ようやく片付くグラス。
次はシェーカーを取り出し、洋酒や氷をカウンターに並べ出した。
淡々と振られるシェーカー。
グラスに注がれるカクテル。
昨日と変わらない、明日も続く事。
昨日からの出来事を、少しも感じさせない佇まい。
年月を経て、熟成された酒にも似た……。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー
0164/斎・悠也/男/21/大学生(バイトでホスト)
1085/御子柴・荘/男/21/練気士
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■ ライター通信 ■
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再度ご依頼頂き、ありがとうございました。
OPとEDは各キャラ別、本文は共通となっています。
またの機会がありましたら、よろしくお願いします。
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