コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・ルナティック イリュージョン>


◆オープニング
 月が空に懸かっている時にだけ開園する奇妙なアミューズメント施設『ルナティック・イリュージョン』がオープンしてもうすぐ1ヶ月になる。広報はハロウィン当夜、相応しい仮装をして来てくださったお客様に限り入園料と施設利用料が無料になるサービスを行うと発表した。ただし、10月31日の営業時間は00:11〜14:14であり、翌11月1日が1:20〜14:49となっているので、実際にこのサービスが提供されるのは11月1日深夜から夜明けまでということになる。
「こういう日は人ではないモノの力が強くなる事があるのだそうですわ。取り越し苦労かとも思いますが、お客様に気づかれることなくそっと見回って頂きたいのです」
 黒澤紗夜は言いながら封筒を人数分差し出す。
「こちらは手付け金です。今回は営業中の園内に入って頂きますので、経費がかかることでしょう。精算まではこちらを流用いただければ幸いですわ」
 そしてクスッと笑う。
「勿論、仮装をなさって経費節減していただいても構いませんわ。せっかくお越しになったお客様に気づかれたりご不快にすることなく見回り、もし不穏な様子があればすぐに対処なさってください。こちらからお願いしたいのはそれだけです」
 対象となるのは『人ではないモノ』に限られる。極端な事を言えば、人間が犯人ならばどんな事件が起ころうとも、責任は追及されないのだ。
「日の出は6時2分頃です。守って頂きたいのは約4時間半ですわね。‥‥どうぞよろしくお願いします」
 紗夜がお辞儀をすると、その漆黒の髪がサラサラと流れた。

◆ステキなハロウィンナイト
 11月1日午前1時。開園を20分後に控えたルナティック・イリュージョンはいつもと少しだけ違っていた。お客達はとにかく皆がそれらしいハロウィンの扮装をしているのだ。ゴーストや魔女をイメージして杖や黒いマントをつけた者、オレンジ色のかぼちゃ型電灯を持つ者、或いは一見なんだかわからない者などその服装は多種多様だ。
「皆様、お待たせ致しました。ルナティック・イリュージョン開園でございます」
 可愛らしい少女の声がスピーカーから響く。マスコットであるプリンスセス・カグヤが開園を宣言すると、ゆっくりとゲートの遮蔽が地面に吸い込まれる。扮装をした客達はフリーパスで中へと入った。
「あの、お客様のお衣装はなんなのでしょうか?」
 白い制服の黒澤紗夜が袈裟姿の僧侶を呼び止めた。錫杖まで携えていてとても扮装とは思えない。
「私の事か?」
 護堂霜月は網代笠を左手で少しあげた。物腰には重みがあったが、笠の下からはまだ甘さの残る美貌があらわになった。
「失礼いたしました。大変申し訳ありませんが、こちらで入園料をお支払いくださいませ」
「左様か」
 霜月は紗夜に案内されて今夜は使う者もいない自動販売機へと向かった。
 天薙撫子はなんとなく落ち着かない気分だった。どうにも今の格好がしっくりと来ないのだ。ふと鏡の様に反射する壁に自分の姿を映してみる。しっぽのついた濃紺のワンピースに白いフリルのついたエプロン。濃紺のストッキングと靴、そして頭には動物の耳を模したカチューシャをしている。『キツネのメイドさん』の扮装らしい。入り口では特別呼び止められる事もなかったので、ハロウィンに適う衣装なのだろう。けれどいつも和装でいることの多い撫子にとっては足元がどうにも心許なかった。と、思うそばから首を振る。
「いいえ、これはお仕事なのですもの。わたくしの好きとか嫌いとかは問題にしてはいけないのですわ。なんとか皆様が安心してお楽しみになれるようにしなくては‥‥」
 小声でそうつぶやくと、撫子は可愛らしい籠を手にして園内を歩き始めた。
 霜月以外使う者もないだとうと思われていた『入園チケット自動販売機』だが、今その機械の前に2人の人間が立っていた。正確には北波大吾が長時間立ち尽くしていて、その背後に霧原鏡二が近寄って来たところだ。大吾は山伏の姿をしていたが、霜月同様ゲートで引っかかってしまったのだ。
「どうかしたのか? ここは人間の従業員が少ないからわからない事は自分から聞かないとずーっと放っておかれる」
「あぁそうなのか。俺はこういうの苦手だから‥‥」
「入園料か? 俺も買うから2枚一緒に買ってやる」
 鏡二は大吾から金を受け取ると、すり抜けて自動販売機の前に立つ。大吾の目から見ると、鏡二は薄手のコートを羽織ったごく普通の男に映る。ただ、この時期でもう黒革の手袋をしているのは寒がりなのか、それともキメているつもりなのかわからない。
「‥‥ほら」
「ありがとう」
 2人はゲートを通過したところで別々の方角へと歩き出した。
 灰野輝史は濃い緑色のローブの下から折り畳んでいた園内案内図を取り出した。そこには手書きで幾つかの場所がマークされている。その中で最も人が集まる場所といえば、メリーゴーランド『アルテミス』であった。巨大なウサギ型ロボットルーニーに乗り、クルクルと回るアトランクションだ。さすがに子供の姿はないが、カップルで来ているのだろう若い男女が楽しそうに乗っている。どの客の輝史とそう年の変わらない者ばかりだ。
「確かに‥‥こういう光景をずっと見ていると、さして深刻でない悪戯ならばしてみたいと思う輩も出てくるのでしょう」
 まんざらその気持ちがわからないわけではない。もし、これが『仕事』ではないのならば放置したかもしれない。
「今夜の俺はいつもよりも甘いかもしれないですね」
 輝史は苦笑を刻む。それはハロウィンの夜が見せる甘美な幻惑なのだろうか。

◆凍てつくハロウィンナイト
 開園したばかりのルナティック・イリュージョンはイルミネーションが輝き、園内はどこも真昼の様に明るく照らされている。とても真夜中だとは思えない程だ。ただ、吹き渡る風だけは相応に冷たく厳しい寒さを運んでくる。けれども、若いカップルばかりのこの場所では寒風も寄り添う2人から暖かさを奪えずにいるらしい。帰る者はほとんどなく、少しずつ客は増えている様だ。
「面妖な‥‥或いは酔狂な事よ」
 霜月はアトラクションから少し離れた場所に立っていた。ここはなだらかな丘の様になった場所で、辺りがよく見渡せる。墨染めの衣を冷たい風になぶらせたまま、若い僧形の男は厳しい視線を1点に向ける。
「なるほどここは常世とはあまりにも違う‥‥寂しいと迷い出る亡者が出るも致し方なしか‥‥」
 霜月は軽く頭を振ると賑やかな方へと歩き出す。
「見回りがてら『あとらんくしょん』とやらに挑戦してみるとするか」
 心なしか嬉しげに、霜月は無人のゲートをくぐってジェットコースター『嵐の海』の長いタラップを登り始めた。
「ひゃあああぁぁぁぁぁぁ」
 と、魂切る悲鳴が乗り物の中から響く。命の危険に晒された者が出す本当の悲鳴だ。霜月の目がキラリと光る。もの凄い速さでタラップを駆け上る。だが、すぐにその速度は落ちた。
「‥‥楽しんでおるのか。紛らわしい」
 霜月は上を向いてジェットコースターを睨む。3両続きの最前列に大吾がいた。今、誰よりもこのアトランクションを満喫しているのは多分大吾だろう。涙と汗がごちゃごちゃになった顔で、無邪気な笑顔を浮かべている。
「すっげ〜、すっげぇよ、これ。さっき食べたソフトクリームも信じられんないくらい上手かったけど、こっちはもう‥‥俺、死んじまうかと思った。でも楽しい〜」
 興奮醒めやらずに声高に感想をまくしたてる。ほとんど『仕事』だという意識は薄れている。ただ、自分だけではなく弟も連れ来てやりたかったと思う。それだけが心にポツンと罪悪感の様なものを産む。
「どれ、左様に楽しいものならば、私も乗ってみるとするか」
「坊さんも乗るか? じゃ俺ももう1回乗ろう!」
 霜月の後をついて、大吾はもう一度乗車位置へと歩き出した。
 撫子は空になった籠を下げアルテミスの側に来ていた。その目はクルクルと回るメリーゴーランドを見つめる小さな女の子の背中を見つめている。もう15分ほどもこうして撫子はその子を見つめていた。どうしたらいいのか、判断が付かないのだ。籠にはもう子供が欲しがりそうなお菓子はない。いや、残っていたとしてもその子に渡す事が出来たかどうか‥‥。
「俺にはよくわからないが‥‥あんたの目にはアレはどう映る?」
 撫子はいきなり声を掛けてきた男に目を向ける。同業者だとすぐにわかる。ハロウィンの扮装をしていない男、鏡二はなんの感情もない視線を今まで撫子が見ていたのと同じ場所に注いでいる。
「あの、女の子‥‥ですか?」
 撫子が言うと鏡二はうなづいた。
「あれは人外の者だ。だが、俺には危険なものには感じられない。どう思う。あれを放置することは依頼に背く事だろうか?」
「いや‥‥あれは放置しておいても大丈夫でしょう」
 答えたのは撫子ではなく輝史だった。気配も足音もなかった筈なのに、気が付くと撫子のすぐ隣に立っている。一瞬ゾクッと背筋に寒気が走った。
「それよりもこちらに来て貰えませんか?」
 輝史は鏡二と撫子を促す。輝史が向かったのは『噴水広場』の外れだった。園内をくまなく照らす照明も、ここには仄かな光しか届かない。
「‥‥こ、この先は」
 行きたくない、と撫子はとっさに思った。風の冷たさとは違う冷気が辺りを覆っている。
「ほころび‥‥か」
 鏡二は右手で左手を軽く触りながら言った。輝史がうなづく。
「何がどうなっているかはわからないが、ここから悪しき風が吹いています。このままではルナティック・イリュージョンの営業に差し支えるかもしれない。俺はここを修復するのが今回の仕事を全うすることだと思うんですが‥‥」
 勿論、輝史は1人でもこの仕事をするつもりだった。けれど撫子は一緒にやると言った。
「わたくしも、これがとても危険な事はわかります。是非、お手伝いさせてください」
 緊張と寒さで両手が紙の様に白い。けれど、何もせずに室内に戻る事を撫子は受け入れないだろう。
「わかった‥‥そっちの、霧原だったか。どうする?」
「‥‥喰らわせてもらおう」
 不敵な笑みを浮かべ鏡二はうなづいた。
「わかった。一気に片づけますよ」
 輝史が結界を創る。綻びが他の場所に移動することを防ぐ。撫子は破邪の札を投げ、妖斬鋼糸を振るう。そして、鏡二はゆっくりと左の革手袋を外した。

◆朝に消えるハロウィンナイト
 清々しい朝だった。最初の光が東の空を染める。万聖節の前夜は明け、ハロウィンナイトは終わりを告げた。
「なかなか面白い夜であった」
 霜月はほとんどのアトラクションを制覇していた。ジェットコースターには3度も持っている。勿論、見回りも兼ねての事だ。事実、喧嘩防止が2件、そして落とし物5件を総合案内に届けている。
「あぁ、俺も。今度は弟も一緒に連れてきてやるンだ」
 大吾は朝日の中で晴れ晴れと笑う。そういえば、こんな風に屈託無く笑ったのはどれくらいぶりだろう。ただ、気を抜くと圧倒的な眠気が襲ってくる。家まで保つかどうかも怪しいものだ。
「大吾‥‥とやら。また逢おう」
「あぁ、坊さんもな」
 2人は旧知の者の様に手を振って別れた。
 鏡二はベンチに座って朝日を浴びていた。左手のソレは今夜だけで2体を喰った。流石に今は潤されていると思う。
「さて、帰るか‥‥」
 別の種類の仕事が鏡二を待っている筈だった。
 撫子はもう普段の姿に着替えていた。慣れた和装になるとようやく心も落ち着く気がする。今までの服が入った鞄を両手で持ち上げる。
「では‥‥失礼いたしました」
 撫子は淑やかに一礼すると、シャドウエリアにある建物に向かって歩きだした。
 輝史も扮装を解き、いつも通りのダークスーツに着替えていた。ハロウィンタイムはもう終わったのだ。これからはまた普段通りの時間が戻ってくる。
「どこか危ういですね、ここは‥‥」
 何かが微妙にずれている。それがこの施設をゆっくりと脅かすかもしれない。けれど輝史はゆっくりと頭を振り、出口に向かって歩きだした。

◆オミヤゲ
 大吾は小さな手提げの紙袋を持っていた。実はゲートを出る前にオリジナルグッズを販売している店に行ったのだ。早朝だというのに、ここには随分人が集まっていた。或いは寒さよけをしていた人もいたのかもしれない。
「あいつ、よろこぶかな?」
 大吾は弟への土産をそこで買った。小さな『プリンセスカグヤ』の焼き印が入ったの皮財布だ。こういう土産物にしては甘くない造りし高価なものでもなかった。早く土産を見せたくて、大吾の歩く速さはどんどん早くなっていくのだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
1074/霧原鏡二/男/25歳/エンジニア
0328/天薙撫子/女/18歳/大学生
0996/灰野輝史/男/23歳/ボディガード
1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶
1048/北波大吾/男/15歳/高校生
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
このたびはルナティック・イリュージョンにようこそいらっしゃいました。仕事よりも遊ぶ方がメインとなってしまいましたが、お若い方ですからこのような事もありますよね。是非、この次には弟様とご一緒にご来園下さる事を楽しみにしております。