|
万聖節・改
■ オープニング
広瀬沙希(ひろせ・さき)という女子高生からの依頼だ。
なんでも従兄弟が通っている勾当台(こうとうだい)大学の研究室でハロウィン用に開発したカボチャロボット数台が暴走して大変な事になってるらしい。
最悪破壊しても構わないということらしいが……
資料によると、このカボチャロボットは学習型のAIを組み込んだ完全自立ロボットで、時速60kmで地を駆け、短時間ならパルスジェットエンジンで空も飛べるそうだぞ。
他にも各単体毎に格闘戦、支援戦闘、情報収集、隠密行動──等に特化されており、集団行動もできるらしい。
……最近の大学は何考えてるのかさっぱりわからんな。
で、どうする? 誰かこのカボチャ達と遊んでみるか?
■ パンプキン大地に立つ!!
「──で、大体なんでそんな妙なモノを造ったのよ」
と、いきなり核心を突くような質問をぶつけたのは、中性的で背の高い美女であった。
名前は、シュライン・エマ。翻訳家にして幽霊作家、ときおり草間興信所でバイトもこなしているという多才な女性である。
時間は昼をやや過ぎたあたり。場所は勾当台大学の4号館──主に工学部機械工学科の研究棟となっている──3階の奥まった一室だ。
「妙とは何事だ。あれはワシの傑作だぞ」
唯一椅子に腰掛けた人物が、シュラインにじろりと目を向けた。
日本人離れした大きな鷲鼻にぎょろりとした大きな瞳。皺だらけの顔に手入れもほとんどしていなさそうなボサボサの白髪と髭。そしてなにやら得体のしれない汚れの染み込んだ白衣をまとった人物は、この部屋の主である。青葉山教授といえば、その道では世界的にも名の知れた機械工学、及び電子工学の権威であり、博士号を3つも持っている自他共に認める天才科学者だった。
……もっとも、サイエンティストの上にマッドがつくと、もっぱらの噂ではあるのだが……
「傑作の割には、あっさり反乱起こして逃げたんでしょ? だからあたしらが来たんじゃない」
ニヤリと笑って言ったのは、これまた女性だ。ギターケースを背中に担ぎ、変わり者と名高い博士を見下ろしている。その顔は、いかにも楽しそうだ。
彼女の名は、九重京香(ここのえ・きょうか)。今巷で人気のロックバンド、ローズマーダーのギタリストで、その中でも特にムードメーカー的存在のお祭り好きである。今回のような騒ぎには特に目がないらしく、明らかに面白がっている節がある。なにしろカボチャロボに、それを生み出したのがマッドサイエンティストだ、これ以上の組み合わせもそうないだろう。この先何が起こるか楽しみでしょうがないのだ。
「ふん、旺盛な自立心が芽生えるほど、ワシの組み込んだAIが優秀だったという事だな。さすがワシだ、うむ」
などと、教授は教授であくまで自画自賛である。強がりでなく、本気でそう思っているらしいからますます手に負えない。
「……すみません、僕達の管理が行き届いていなくて」
代わりに頭を下げたのは、教授と同じく白衣をまとった青年だった。
広瀬秋実(ひろせ・あきみ)という名前で、24歳の院生である。銀縁メガネの似合う、おとなしげな印象だ。問題のカボチャロボ達の駆動系を担当したのが彼であり、教授の助手的役割も帯びているらしい。この青葉山研究室に在籍する他の学生達は、危険だからということで、全員帰らせてしまっている。
「あのロボット達は、もともと商店街の人達に、ハロウィン用のディスプレイとして依頼されていたものだったんです。最初はそれこそ目が光ったり口が開いたり、手が上下に動いたりと、それくらいの機能しかつける予定がなかったんですが……」
「何を言っておるか、秋実よ。そんなロボットなどロボットとは言わん。作るからには、もっとこう、ズバーンときてドバババーっときてガガガガーっと行かねばならん。それこそが科学だ。科学を追い求める心をいついかなる時も忘れるでないぞ」
「……はあ……」
教授に強い口調で言われ、困ったように頷く秋実。
……どうやら諸悪の根源は、思ったより近くにありそうである。シュライン達は、すぐにそれを察する事ができた。
「で、そのロボット達って、今はどこにいるんですか?」
と、新たに口を開いた人物が1人。
これまた女性で、名前は夜藤丸綾霞(やとうまる・あやか)。22歳の市役所臨時職員である。
肩書きはいささか固いが、本人はいたってそうでもないらしい。
黒地に白いエプロンをあしらったデザインのメイド風衣装を身に付け、頭にはきちんと髪飾りも乗せている。背中には小さな蝙蝠の羽が揺れていた。
何故そのような姿なのかというと……ハロウィンだからという事だ。本人談である。
スカートは少々短かったが、それはこの際気にしない方がいいだろう。少なくとも、周りはともかく、本人はあまり気にしている風もない。
「それは、正直わかりません。ですが、この部屋を中心として、半径300メートル以内にいるのは間違いないでしょう」
「300メートル? 随分とまた、はっきり限定するのね」
秋実の返答に、シュラインが言った。
「ええ、実はさすがに危険だという事で、彼らには起動を制御するための電波信号を絶えず受けていないと、まともに動けないようにしてあるんです。その信号を発している装置が──これです。電波の届く範囲が、約300メートルというわけですね」
説明しながら、教授のデスクの上を指差す秋実。その上には、わけのわからない部品や書類の束に半分埋もれるようにして、1辺30センチくらいの黒い立方体がある。上に家庭用のアンテナを小型化したようなのが突き出ているから、おそらくはそれが発信機とやらだろう。表面にはいくつかのダイヤルやランプ、メーター等が見て取れた。
「なーんだ、じゃあ話は簡単じゃん。それ壊せば一発解決だね。どれ、あたしがやってやるよ」
と、京香が腕まくりをしながら近づこうとしたが……
「い、いけません! そんな事をしたら!」
慌てて、彼女の前に秋実が飛び出してきた。
「え? なんでよ?」
「あの、これはあくまで起動を制御しているだけです。そんな事をしてもし信号が止まったりなんかしたら……」
「……どうなるっていうんですか?」
綾霞が尋ねる。秋実はそっちへと振り返り、
「暴走します。そうなったら、彼等がどういう行動を取るか、まったく予想もつきません」
と、こたえる。
「じゃあ、その発信機の電波に細工をしておとなしくするように改造するとか、そういう手は使えないの?」
「それは……その部位の設計開発を担当した者でないと……僕からはなんとも」
シュラインに問われ、困ったように秋実が向いた先にいるのは……教授である。
「……できないの?」
と、あらためて白衣の老人に聞くシュライン。
彼の答えは、完結であった。
「ふっ、無駄だな」
あっけなく、そう言いきってみせる。
「あれのECM対策(電子的攻撃対策)は完璧だ。計算上では核爆弾の爆心地で破滅的な電磁波が乱れ飛ぶ中でも平気で活動できるだろう。この発信機を細工するのは悪い手ではないが、ワシも既にこいつの中身については覚えておらんからな。信号を止めずにいじるのは最早不可能だ。そしてワシが不可能ならば、この地球上にはそれができる奴など1人もおらんという事になる」
「あの、でも、それを作ったのは、教授さんですよね? 設計図とか、ないんですか?」
と聞いたのは綾霞だったが、それにもすぐにこうこたえた。
「ふふ、お嬢さん、設計図など書くのは所詮2流のする事だよ。ワシは生まれてこの方、そんなモンは一度も書いた覚えがない。全て頭の中に入っているのだ」
「……なら、そいつを改造だって簡単にできるじゃん」
もっともな事を京香が言ったが……
「できたらとっくにやっておるのだがな。あやつらの完成記念でさんざん深酒をして寝たら、翌日にはその時の記憶と一緒に奴らのデータがすぽーんと消えておった。まるでその部分だけフォーマットしたみたいに綺麗さっぱりな。さすがのワシも、これにはまいったわ、はっはっはっは」
などと臆面もなく告げて、豪快に笑う教授である。
「……」
「……」
「……」
「……」
女性3人と秋実が、その台詞を聞いて細くため息をつく。
「ということは、結局そのロボット達をとっ捕まえておとなしくさせる以外ないって事ね」
「……そうみたいだね」
「やるしかない、か」
シュライン、京香、綾霞が顔を見合わせてコクリと頷く。
「すみませんが、ご協力よろしくお願いします。もちろん僕もできるだけの事はしますので」
一方の秋実も、女性陣に向かって、深々とお辞儀をした。
「で、この件を依頼してきたコはどうしたの? 沙希さん……だったかしら、姿が見えないようだけど」
と、ふと、シュラインが尋ねる。
「あ、えーと、沙希さんは皆さんが来る前に、逃げ出したロボット達の情報を掴むとか言って出て行って……たぶん学内にはいるんじゃないかとは思いますが……」
「危ないんじゃないの?」
「ええ、僕もそう言ったんですけど、聞くような人じゃなくて」
そう言う彼の顔に、ふわりと優しげな笑みが浮かんだ。
沙希とこの秋実は従兄妹だという事だが、仲は良いらしい。そう思わせる顔だった。
そして、その沙希とは、どうやら活発な娘のようだ。
ふと、女性陣がそんな事を思った時──
「秋実ちゃんっ! なんか目撃者の話によると、カボチャがこっちに向かったって話で──って、あれれ、皆さん、ひょっとして、怪奇探偵事務所の方ですか? はじめまして、依頼させてもらった広瀬沙希です」
足音を響かせつつ、開かれたドアから駆け込んできたセーラー服姿の少女が、ペコリとお辞儀をする。
登場の仕方からしてそうだが、やはり、いかにも元気! という印象だった。
パッと頭を上げると、今度はいきなり、
「あーーーーーーっ!!」
全員の背後を指差して、大きな声を上げる。
なんだと思って皆がそちらに顔を向けると……
「……!?」
そこに、カボチャが──いた。
■ パンプキン強襲!
研究室の窓の外に、黒いカボチャがぷかりと浮かんでいる。
大きさは大体直径にして30センチ程で、目と口の所がそれらしく切り取られており、いかにもハロウィン用のカボチャといった風だ。両脇には短い手、下にはきちんと2本の足も付いている。
「な、なにあれ? 飛んでるの?」
「いえ、そうじゃありません。片手から細いワイヤーを出して、屋上からぶら下がってるんです」
目を丸くする京香に、秋実が説明した。
「じゃあ、まず1匹目ね。早速捕まえて──」
そう言うと、窓へと向かうシュラインだったが……
「え?」
その足が、途中でピタリと止まった。
何の前置きもなく、黒いカボチャの姿がすぅっと薄れ、かき消すようにいなくなってしまったのだ。
「どういうこと、これ?」
振り返る彼女に、秋実が解説を重ねる。
「そいつはPK-04、高機動性と情報収集能力に特化した、強襲偵察タイプです。戦闘能力はほとんどありませんが、高度の電子的ステルス性能と、周囲の光を屈折させて視覚的にも姿を消してしまうという光学迷彩機能を持っています」
「……まるで忍者みたい」
綾霞がぽつりと感想を漏らした。
「でも、ここにいる事には間違いないって事よね」
言いながら、窓を開けてその場所に手を伸ばすシュラインだったが、空を切るばかりだ。どうやら既に移動したらしい。
「うぉっ!?」
その時今度は教授が声を上げた。
全員の目がそちらに向く。と、なにやら白いカボチャがぽてぽてと駆けながら部屋を出て行くのが見えた。
頭の上に、しっかりと発信機を両手で掲げて……
「しまった! 黒いのは私達の目を引きつける囮ね!」
シュラインが言ったが、もう遅い。
「どうやら、奴らの狙いはあの発信機だったようだな。まあ、そうじゃろう。自分達の行動を制限する物を奪うというのは、戦略的にみても重要だしな。うむ、さすがにワシが仕込んだAIだ、やりおるわ」
1人、教授のみが楽しげに笑っていたが……
「ちょっと、追わないとまずいんじゃないの?」
「そうね、行きましょう」
「よーし、面白くなってきた!」
他のメンバーはすぐに、追跡を開始した。
「ちなみにあの白いのはPK-01、運動性、戦闘能力共にバランスの取れた汎用機です。いわば彼らのリーダー的存在ですよ」
「なーる、リーダーが直接乗り込んで来たわけか、やるねえ」
「……感心してる場合じゃないでしょ」
「どっちに行った?」
「あっちです!」
そんな事を言いながら、カボチャを追う一行。
PK-01は階段を転がるように降りながら、真っ直ぐに建物の出口へと向かっているようだ。
「外に出るつもりね」
「あ、ちょうどエレベーターが来てますよ」
「そし、それだ!」
綾霞が気付き、全員がそちらに向かった。
エレベーターに乗り、1階へ。
チーンという音と共に扉が開くと、ちょうど目の前が入口だ。
そして、今ちょうどそこを通って出て行こうとする白カボチャの後姿。
「追いついた!」
「こら待て!」
真っ先に飛び出したのは、シュラインと綾霞だった。
それから京香、沙希、秋実と続く。
白カボチャからほんの2、3歩分遅れて入口を出ようとしたとき、
──ビシッ!!
いきなり、すぐ側のガラスにくもの巣状のヒビが走った。
「危ない! 伏せて!」
すかさず、秋実の声が飛んでくる。
「っ!!」
反射的に、その場に倒れ込み、腹ばいになる2人。
それからまた鋭い音が連続して聞こえ、ガラスに新たなヒビの花が咲く。
幸い入口のガラスは鋼線入りの強化ガラスだったため、破片が飛び散るような事はなかった。
綾霞とシュラインは、床を這ってすぐに物陰へと移動する。そこに残りの3人もやってきた。
顔だけ覗かせて外を見ると、入口から出てすぐのロータリーに、緑色の巨大なカボチャがいる。距離は大体ここから20メートル程で、カボチャ自体の大きさは1メートルはあるだろう。かなりの大きさだ。
両脇から生えている手は、なにやらどちらもSF的なライフル銃の形をしており、移動手段もこれまでのカボチャ達とは違って、足の代わりに三角形のキャタピラがついている。
「あれはPK-03。輸送と補給、及び支援攻撃を主目的とした機体です」
秋実がそう解説する。
「ガラスに穴を空けた、あの両腕の鉄砲はなに?」
と、シュライン。
「ウオーターガンですよ」
「……ウオーターって……つまり水?」
「ええ、超高圧で圧縮した空気と一緒に、数CCの水を弾丸にして撃ち出すんです。威力はご覧の通り、軍用の拳銃くらいはありますね。もっとも、有効射程は50メートルもないですけど」
「……原理は水鉄砲と同じなんですね、なるほど」
じっと緑の大カボチャを見ながら、綾霞がつぶやく。
「そうですね。もともとは普通の水鉄砲をつけて子供の遊び相手になればと思ったんですが、それでは面白くないと強行に反対されてしまって……」
「……その反対したのって……」
京香がある人物の名前を言おうとしたが、その必要はなかった。
「ふっ、やはりこれくらいでないと面白くないからな。うむうむ。実に結構」
いつのまにか、教授もこの場にやってきていた。
ハンディのデジタルビデオカメラで、外のカボチャ達を撮影している。その顔は実に楽しそうだ。
「……あんたね、あんなモンこさえて、一体どういうつもりよ? 戦争でもする気?」
チラリとその教授を横目で睨み、シュラインが言う。
「戦争だと? そのような破壊など望んではおらんよ。ワシは内なる衝動に突き動かされ、科学という力で創造をしておる。それだけだ、そしてそれが全てだ」
「ご立派な意見だけど、それでなんであんなのができるのよ」
「お嬢さん、君にはこんな諺を聞かせてあげよう」
「なによ、一体?」
「ふっ、弘法も筆の誤り。もしくは猿も木から落ちる。あるいは河童の川流れ……好きなのを選ぶがいい」
「……もういいわ」
悪びれた様子などまるでなく、むしろ胸を張ってそんな事を言う教授に、シュラインはもうかける言葉をみつけられない。だめだ、この人には何を言っても無駄だ……あらためて、強くそれを認識した。
そうこうしているうちに、電波発信機を抱えたPK-01がPK-03の隣に着き、なにやら大カボチャの身体からケーブルを何本か引っ張り出すと、自分の身体に繋いでいく。
「彼らの主動力は電力なんですが、高機動の機体は消費が激しく、全力で動き続けた場合は、せいぜい20分くらいしか稼働時間がないんです。通常は家庭用のコンセントからでも充電は可能なんですが、外だとそう簡単にもいきません。だからああやって、PK-03から電力を供給するようにも設計されているんですよ。03は他の機体の10倍以上の逐電容量を持たせてありますからね」
「なーる。じゃあ付け入る隙があるとしたら、そこかな」
「ということは……ひょっとして今がチャンス?」
秋実の説明に、京香と綾霞が顔を合わせて頷いた。
「よーし、じゃああたしも行く!」
と、沙希も威勢良く言ったが、
「沙希ちゃんはお願いだからおとなしくしてて下さい。もしもの事があったら、沙希ちゃんちのおじさんとおばさんになんて言えばいいか……」
「うー、だってぇ……」
秋実にやんわり止められ、頬を膨らませる彼女。
けれど、少しだけ嬉しそうな顔にも見えるのは何故だろう。顔もやや、赤らんだようだ。
「なら、誰かが注意を引いて、その隙に──」
シュラインが何か作戦を立てようと口を開いたその時、
──フィィィィィィ……
ふと、耳障りな音と共に、それが入口より飛び込んできた。
赤いカボチャ。
両手は01や04と同じノーマルなものだが、足はかなり太く、下に行くにしたがってベルボトムのシーンズみたいに広がっている。
背中には1本の剣を背負い、目の間、ちょうど額に当たる部分から、上へと角が伸びていた。
さらに、移動は歩くのではなく、地面を滑るようにして真っ直ぐに向かってくる。
「PK-02!!」
秋実が言った。
「高出力にして重機動、重装甲の突撃格闘戦タイプの機体だ。速度を上げるため、ホバー移動が可能なようにしてある。それが一番の特徴だな」
そう説明したのは、教授だ。先ほどから聞こえているのは、どうやらホバーの音らしい。
「格闘戦タイプか……なら、あたしの出番かな」
微笑んで一歩前に進み出たのは、綾霞だった。
「あたし、合気道やってるのよね」
言いながら構えた姿は、確かに決まっている。
「ちょっと、でも相手は刀持ってるのよ」
「大丈夫。武器持った相手でも、それなりにさばく技なんてたくさんありますから」
シュラインの台詞にも、余裕の綾霞だ。
向こうも彼女を敵と認識したのか、背中から刀を抜いて、一直線に綾霞へと突き進んでくる。
ホバーの音が甲高いものへと変わり、スピードがぐんと上がった。
肉薄してきた赤いカボチャが綾霞へと剣を振り下ろし、彼女が一旦後ろに下がる。
──さくっ。
あまりにも軽い音がした。
が、それとは裏腹に、赤カボチャの手にした剣は、深々とその半ばまでもが床に食い込んでいる。
「……え?」
床はリノリウム貼りだったが、下はもちろんコンクリートである。思いっきりそこに叩きつけたりなんかしたら、運がよければ刀が折れるかも……とか思っていたのだが、その考えはあっさり覆されていた。
「PK-02の持っている刀は、タングステン鋼をベースにしたオリジナルブレンド合金だ。おまけに全体が高周波ブレードになっておる。毎秒およそ4000回で、ミクロン単位の極微振動を繰り返しておるのだよ。いわばとてつもなく固くて鋭いチェーンソーといった所かな。こいつを持てば、たとえ子供でも数分で車をバラバラに解体できるぞ。とにかくちょっとでも触れたらおしまいだと思うがいい、お嬢ちゃん」
「なによ……それ」
教授の言葉に、さすがの綾霞も少々青ざめた。
床から刀を引き抜いた赤カボチャが、再び綾霞へと振り返る。
「え、えーと……ちょっとタンマって言っても……ダメ?」
とりあえず言ってみたが……返事はもちろんない。
さらにホバー音を響かせつつ、ぶんぶんと遠慮なく切りかかってくる。
「きゃーーやっぱしーーー!!」
慌てて避けまくる綾霞であった。
他のメンバーも、そんな説明を聞いてはうかつに手出しできない。
……どうするか?
外にはスナイパーカボチャがいてこちらを狙っており、中では剣豪カボチャが物騒な刀を振り回して暴れている。
まさに前門の虎、後門の狼である。実際は虎でも狼でもなく、どっちもカボチャではあるが。
このままカボチャ軍団に発信機を奪われたまま、逃げられてしまうのか……
全員の頭に、ふとそんな考えがよぎった時、その場に新たな影が現れた。
■ 降臨! 敵か味方か? その名はカボチャ仮面!!
「──皆様、お困りのようですね」
と、その場に流れる静かな声。
カボチャを含めた全員の目が、そちらへと向けられる。
前方右手に建つ体育館の丸い屋根の上に、そいつは陽光をきらめかせて立っていた。
「……あれは……」
見上げたシュラインの目が点になる。
白いマントをはためかせる雄姿は……鮮やかなオレンジ色をした、これまたカボチャだ。
ただし、大きさはかなりでかい。最低でも1メートル50はあるだろう。人でも無理なく入れそうな程だ。くりぬかれた目と口の奥は、暗くてよく見えない。
「……あれも、あんた達が作ったの?」
「い、いえ……」
「むぅ、見事なフォルムだ。あの一分の隙もない造形美、奴は只者ではないぞ」
京香の問いに、秋実と教授がそれぞれにそう言った。どうやらあれは研究室の作ではないようだ。
「キミ、誰?」
綾霞が、声をかける。
屋根の上の大カボチャは、それに対して両手を腰に当て、ポーズを決めてこうこたえた。
「私の名はカボチャ仮面。愛と正義と食物繊維の味方です」
声からは、感情がほとんど読み取れない。真面目に言っているのか、ふざけているのかも不明だ。
「……はぁ……そうですか」
としか、他に言いようがないだろう。
「義を見てせざるは勇なきなりと申します。同じカボチャとして、その者達の暴虐の数々は見過ごすわけにはまいりません。及ばずながら、皆様に助力させて頂きます。とぉっ」
言うなり、いきなり空中へと身を躍らせる大カボチャ。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
京香が目を丸くした。それもそうだろう。体育館の屋根から地面までは10メートル以上は優にある。
が、次の瞬間、残り全員の目がさらに見開かれる事になった。
空中でカボチャ仮面がどこからともなく水玉模様の傘を取り出し、開くと、ふわりふわりと空中を漂いながら優雅に降りてくるではないか。
「……何者よ、アイツ」
「面白いけど、ムチャクチャだね」
「……食べたらおいしいのかな」
シュライン、京香、綾霞はそれぞれにそんな言葉を漏らし、
「……このワシの目の前であのような物理法則を無視した現象を見せおって……面白い、徹底的に解析して次の学会で発表してくれる」
教授はカメラでその姿を撮りながら、不敵な笑みをこぼす。
そのまま地面へと何事もなく着地するカボチャ仮面。と、支援攻撃用PK-03がウオーターガンの銃口をピタリとそちらに向けた。
──キュン!
「おっとっと」
──キュン!
「なんの」
──キュン! キュン! キュン!
「あたる、わけには、まいりません」
ひらりひらりと全てをかわしつつ近づいていく。
「すっごい、あの身のこなし」
格闘技をたしなむ綾霞でさえ、その動きには目を見張る程だ。
「カボチャぱーんち」
やがてPK-03のすぐ側まで近づくと、全然緊迫感のない声と共に、正義の拳が繰り出された。
──ごん☆
が、たいして威力はなかったようで、PK-03の緑の身体がこてんと横に倒れただけだった。
しかし、ちょうど側にいたPK-01を巻き込んで押し倒す形となり、白と緑のカボチャがもつれあってジタバタともがき始める。
その隙にカボチャ仮面が発信機を拾い上げ、こちらへぽてぽて走ってきた。1歩進むごとに、ポキュポキュ音がしている。おそらくはカボチャ仮面の履いている靴には、そういう子供向けの靴みたいな仕掛けがあるのだろう。どういう意味があるのかまでは知らないが。
PK-02、重装突撃型カボチャが、すかさずホバー音を上げてカボチャ仮面に向き直る。
「お待ち!」
小柄な影が、すかさず前に立ち塞がった。綾霞だ。
「キミの相手は、このあたしよっ!」
斜め45度で言い放ち、びしっと指を突きつける。
その姿は非常に決まっていたのだが……
──さくっ。
「きゃーーーっ!」
あの剣を振り回されると、やっぱりいかんともしがたく、悲鳴を上げて逃げ回るのみだ。
「……対処法は考えてなかったみたいね」
「だね」
冷静にそれを見破るシュラインと京香であった。
「これを使ってください」
「え?」
そんな綾霞に、カボチャ仮面が何かを放った。
彼女が受け取って見ると……あの水玉の傘だ。
「その傘の骨は、古代ムーで用いられていた超金属、オリハルコンのコピー品で作られています。頑健さでは硬度10のダイヤモンドにも匹敵する品ですので、どうぞお使いください」
「……よくわかんないですけど……わかりましたっ!」
返事を返した直後に振り下ろされる赤カボチャの凶刃。
「っ!!」
──キイン!
反射的に綾霞が横殴りに振るった傘は、鋭い金属音と共にその刃を弾いていた。
「これなら……いけるっ!」
すぐに体勢を立て直すと、今度はこちらから相手の懐に飛び込んでいく。
PK-02の剣が再び閃いたが、結果は同じだった。
合気道というと柔道や空手のように何も持たない格闘技だと思われるかもしれないが、決してそうではない。
武器を持った者の相手をする時など、こちらもまた何がしかの物を武器として手に持ち、戦う技もきちんと存在するのである。もちろん、綾霞もそれを既に体得済みだ。
刀を弾かれ、体勢の崩れた赤カボチャの手首を取ると、綾霞は即座に間接を極めて身体を反転させる。
「えーいっ!!」
瞬間、赤いボディが宙に舞った。
どん、がん、ごろごろごろ……
派手な音を上げて、地面を転がっていくカボチャ。
「見たか、これぞ小手返し。基本技のうちのひとつだぞ」
会心の笑みを浮かべてVサイン。
そのまま振り返って皆の方に歩き出そうとして……
──べちゃ。
「うわぶっ!?」
いきなり転んだ。
見ると、彼女の足のあたりにじわじわと浮かび上がってくるものがある。小さな黒い影──PK-04、隠密偵察機構装備の黒カボチャだ。どうやらこいつが足を押さえて転ばせたらしい。
「な、もうっ! セコイ真似しないでよっ!!」
叫んで蹴飛ばそうとした綾霞だったが、その時にはもう再び姿を消していた。
「とりあえずこれも取り戻しましたし、ここは態勢を整える意味でも、一旦退いた方が良いのでは?」
シュラインへと発信機を手渡しながら、そう提案するカボチャ仮面。
「そうね……その方が賢明かしら。どうする?」
と、京香と綾霞に目を向けた。
「うーん、判断は任せるよ」
「……もうちょっと手合わせしたい所だけど、みんながそう言うなら」
2人がそれぞれにこたえ、シュラインが頷く。
「じゃあ一時退却!」
掛け声と同時に、一斉に全員が背を向けて駆け出した──
■ 恐怖!! 機動ビッグ・パンプキン
──10分後。
一行は再び青葉山研究室へと戻ってきていた。
「どうやらあいつら、追って来てはいないみたいだね」
入口から廊下を眺めていた京香が、室内へと振り返る。
「しかし……思った以上に手強いわね、あのカボチャ」
「ですね……」
思い思いの椅子に腰掛け、シュラインと綾霞はあらためてそんな感想を漏らしていた。
「あー、ところで君、カボチャ仮面と言ったが、一体その正体は何者だね?」
「はい、愛と正義の緑黄色野菜です」
「ふむ。では目的は何だ?」
「光があれば、必ずそこに影もあります。それと同じに、悪しきカボチャの現れる所には、私が現れるのです。それだけです」
「……まあいい。ところで君は非常に興味深い。色々と調べさせてはもらえないかな?」
「変な事をするおつもりなら、大声で人を呼びますよ」
「安心しろ、こう見えてもワシは紳士だ」
などと、傍らでは教授とカボチャ仮面が話している。カボチャ仮面の方はともかく、教授の方はいたって大真面目な顔なので、どうやら本気らしい。テープレコーダーを用意して、会話を録音までしている。
チラリとそちらを見たが、それだけで特に何も言わず、シュラインは秋実へと目をやった。ただでさえややこしい事態なのに、もっとややこしいのになど構っていられない。
「あいつら、また襲ってくるかしら?」
「ええ、たぶん。発信機がこちらにある以上、何度でも奪取しに来るでしょうね。しかも一筋縄ではいかないと判断したでしょうから、さらに練った手を用いてくるはずです。それが学習型AIの利点ですから」
「……本気でとんでもないものを作ったものね」
「はあ……すみません」
「でも、一度はどうにか互角に張り合ったじゃん。なんとかなるんじゃないの?」
「いえ、あの動きはただ事じゃないです。おまけにあの武器。こっちもそれに対抗する何かを使わないと、かなりキッツイですよ」
楽天的な事を言う京香に、綾霞が首を振った。
「あの……ちょっといいですか?」
と、沙希が手を上げる。
「なに?」
シュラインが聞くと、
「あのカボチャ達と互角……いえ、それ以上に張り合えるもの、あたし知ってます」
皆を見渡して、言った。
「え?」
「本当?」
「どんな手段?」
とたんに、彼女へと視線が集まる。
「えっと、秋実くんが開発したっていう特殊スーツなら、なんとかなるんじゃないかって……」
「え? ちょ、ちょっと待って沙希ちゃん、あれはまだテスト段階で」
「だから、テストなら前からあたしが協力するって言ってるじゃないですか!」
「いや、それは、君をそんな事に巻き込むわけには……」
「もう充分巻き込まれてるでしょ。それにあたしなら全然構わないって言ってるのに」
「でも……」
頬を膨らませる沙希と、困った表情になる秋実。
「特殊スーツって言ったわよね。それって一体どういうものなの?」
「そ、それは……」
シュラインが尋ねると、秋実が言いよどむ。
「ふむ、それは確かに良いかもしれん」
代わりにこたえたのは、教授だった。
「教授……ですが……」
「なに、問題あるまい。よかろう、ワシが説明してやろう」
コホンと一度咳払いをすると、おもむろに教授が話し始めた。
「手や足を始め、自分の意志で動かせる筋肉というのは、全て脳からの信号で動いておる。まあ、これは誰でも知っておるだろう。でだ、この信号というのは、突き詰めると、神経を伝わる微弱な電気的パルスなのだよ。この特殊スーツは、脳から出たパルスに干渉して加速増幅させ、伝達速度を一気に倍化させるのだ。要するに、反射神経をとてつもないレベルにまで高めると言えば分かってもらえるかな」
「……なんか……凄そう」
綾霞が目を丸くする。
「ああ、凄いとも。さらにこのスーツは外骨格的な役割も果たし、増幅された筋肉の動きをサポートする働きをも秘めておる。人間が本来秘めておる潜在的なパワーを、誰でも気軽に引き出すことができるのだ」
「開発したのは、秋実くんだもんね!」
「……まあ、そうですが……」
持ち上げられても、なにやら浮かない顔の秋実だ。なにか裏があるのだろうか……
そう思ったシュラインが、口を開いた。
「それ、危険はないの?」
「ええ、理論上ではありません。ですが、あくまで理論上です。さっきも言いましたが、テストもしていませんので……」
「まあ、人の作ったものに100%保証などありえん。あまり細かい事は気にするな」
「……そうね、あのカボチャロボットも、完全じゃなかったみたいだし」
「うむ、そういう事だ。はっはっは」
「……」
皮肉のつもりで言ったシュラインの台詞だったが、教授には通じなかった。豪快に笑い飛ばしている。
「ほれ、そういう事だ秋実よ。さっさと出してこんか」
「……はぁ……」
促された秋実が、部屋の隅にあるロッカーへと向かった。鍵もかかっていない扉を開けて少々ごそごそやっていたかと思ったら、すぐにそれらを手にして戻ってくる。
「これが……そうです」
と、皆の前で御開帳された品々はを見て、一行は……
「…………なんの冗談?」
「ホントにそれが……?」
「わぁ……かわいい……」
シュラインは眉を潜め、京香は目をぱちくりさせ、綾霞は顔をほころばせる。
ハンガーに吊られた4着の衣装は、それぞれ色違いのエプロンドレス……というか明らかにメイド服であった。
「……本当です。だからあまり人には見せたくなかったんですよ……」
うつむき、小さく恥ずかしそうな声で言う秋実。どうやら間違いないらしい。
「ちなみにデザインはワシの趣味だ」
と胸を張ったのは、教授である。
「…………あんたね……」
シュラインは何かを言いかけ、頭に手を当ててやめた。恐らくは何を聞いてもこの人の心には届くまい。今や完全にそう確信している。
「あの、私はどうすればいいでしょうか?」
じぃっとメイド服を見つめつつ、カボチャ仮面が尋ねた。
「え、えーと……ちょっとあなたにはこの服は着れないかと。なにしろサイズも規格も違いますから……」
「…………そうですか、そうですよね」
秋実に言われて、つつつっと部屋の隅に移動する。
「いえ、いいんです。どーせ私はカボチャですから。ビタミンAはニンジンの4分の1しかないんです。ビタミンCはイチゴの3分の1だし……ですけど、ビタミンAだけはウナギ並にあるんですよ。緑黄色野菜なのに、ウナギと比べられるような奴なんです。いいんです。それが私の宿命なんですから……」
なにやらブツブツ呟きつつ、床に”の”の字を描き始めた。
「あ、あの、なんでしたらこれをどうぞ。予備ですけど、これならあなたでも付けられそうですし……」
そんなカボチャ仮面に秋実が差し出したのは……髪飾りだった。メイド衣装のオプションである。
「……お気遣いすみません」
受け取ると、そっと頭の上に乗せ、部屋にある鏡の前に立つ。
「……」
無言で色々ポーズを取ったりしているのを見ると、割と気に入ったらしい。とはいえ、傍目で見ると少々不気味だったが……
と──
その時、いきなり轟音と共に、表に面する壁の一部が吹き飛んだ。
「わぁっ!!」
「な、何事!?」
破片が乱れ飛び、全員が思い思いに物陰に身を隠す。
見ると……壁に直径1メートルはあろうかという大穴があき、青空が覗いていた。
「な……何がどうしたのよ?」
「ひょっとして、あのカボチャ達の仕業?」
「で、でも、いくらなんでもこれだけの破壊力を持った装備なんてしていないですよ……」
「……いや、どうかな」
じっと穴の向こうに目を向けていた教授が、ニヤリと笑う。
「この方向は、どうやら3号館のある方だ。あそこには何があったかな?」
「……ま、まさかあれを……」
「他に該当するものなどあるまいよ。ふっ、さすがに我が作品達だ。なかなかにわかっておるわ」
「…………」
楽しげな教授とはうらはらに、秋実の顔はみるみる青くなっていく。
「……何があるのよ」
シュラインが尋ねると、
「レールガン……」
ポツリと、秋実の口が動いた。
「なに、それ?」
京香の問いにこたえたのは、教授であった。
「2本の伝導物質からなるレールの間に物体を置き、レールに電流を流し、磁界を発生させてフレミングの法則によりその物体を射出する装置だよ。電磁飛翔体加速装置(EML)とも呼ばれていてな。弾丸のスピードは加える電流の量とレールの長さに比例して、原理的には無限まで加速できる。確かあそこにあったのは、全長30メートル、初速が毎秒約12000メートル──35マッハだと言っておった。大気圏離脱速度も完璧に超えておるな」
「……ま、マッハ35の弾丸って……」
「弾そのものは表面を強化コーティングした数ミリのポリカーボネイトだがな。なにしろその極超音速のスピードからくる運動エネルギーがただ事ではない。たとえコンクリートの壁といえど、ご覧の通りというわけだ」
「なんでそんな物騒なものが、この学校にあんのよ?」
「……3号館は地学と天文学の研究施設があるんですが、その責任者は片平教授といって、天文学と隕石の研究では、世界的にもトップクラスの人物なんです。で、人工的に隕石の衝突を再現しようという事で、今年の初めに建造されたんですよ……」
「まったく、そんな物を造る予算があるならこっちに回せというのだ。けしからん」
憤然とつぶやく教授。
「……この学校って、面白い研究ばかりしてますねぇ……」
半ば呆れ、半ば関心といった風に綾霞が感想を述べた。
ふと、机の上の電話が呼び出し音を上げる。
「はい、青葉山研究室ですが。はい、はい……」
受話器を取った秋実が2、3言交わすと、教授へと向き直り、
「……その片平教授からです。カボチャにレールガンの施設を占拠されたとの事で、責任を取れとご立腹のようですが……」
言いにくそうに、報告する。
教授の返事は簡単だった。
「ふむ、よし、ではワシは今の攻撃で死んだとでも言っておけ」
「……は?」
「どうせあやつらは何もできん。せいぜい混乱させとくといいさ。さて……」
と、シュライン達にあらためて目を向ける。
「そんなわけでお嬢さん方、いよいよ一刻の猶予もならん。協力してくれるな?」
問う教授の顔も声も非常に楽しげで……当事者という自覚は毛の先程にも感じられない。
「……乗りかかった船だしね……しょうがないわ」
いかにも渋々といった返事のシュライン。
「まあ、これもステージ衣装と思えばいいかな。生地も悪くはなさそうだし」
メイド服を眺めながら京香が頷き。
「あは、これ着てもいいんですね? わぁい」
綾霞は結構喜んでいるようだ。
「がんばるね、秋実ちゃん!」
沙希は笑顔で言ったが……肝心の秋実は電話で苦しすぎる説明を続けており、ぎこちなく笑いながら手を上げて見せるのが精一杯だ。
部屋の片隅では、いまだにカボチャ仮面が鏡の前でポーズを取っている。
「よし、では早速着替えて出陣だ!!」
教授の号令と共に、第2弾が飛来し、破壊音を上げて壁にまた大穴をあけた。
■ 大決闘! カボチャ軍団 VS 麗しのメイド隊!!
そこに並んだ面々を見て、カボチャ達はどう思っただろうか。
3号館正面の広い中庭の端に、ズラリと並んだ色違いのメイド姿。
赤を基調としたデザインがシュライン。
青が京香。
黒が綾霞。
そしてピンクが沙希だ。
4人の背後には巨大なカボチャ姿のカボチャ仮面が控え、さらにその後ろにある大きな庭石の影には、教授と秋実の姿もある。
3号館1階の窓は全て開け放たれ、ちょうど中央のあたりからは巨大な円筒がにょっきりと突き出していた。「あれが、問題のレールガンね」
シュラインが、言った。
「そうです。おそらくはPK-03が制御して動かしているものと思われます」
秋実がこたえる。
「あんなので撃たれたら、この服でもさすがにたまらないよね?」
と、これは京香。
「そりゃそうだ。だが、あれほどのデカブツになってくると、連射もできんし小回りも利かん。今頃はワシらが外に出てきたんで、慌てて照準を研究室からこちらへと変えている事だろう。いいか、できれば撃たれる前に決めろ。その服の能力ならば、充分に可能だ」
教授が言い、
「速攻あるのみね。面白い。燃えてきたっ!」
綾霞が微笑み、頷いた。
「じゃあ、行きましょう!」
沙希が皆へと振り返る。
「こうなったらやってやるわよ!」
「あはは、楽しくなってきたね、こりゃ♪」
「今度こそ決着をつける!」
口々に言い、駆け出すメイド達。
「秋実さんはちゃんと記録お願いねっ」
「沙希ちゃん、無理は……」
「うん、わかってる!」
笑顔を残し、沙希も走り出した。
「では、私も行って参ります」
「うむ、武運を祈る」
「恐れ入ります」
教授に敬礼をして、最後にカボチャ仮面もポキュポキュと皆の後を追った。
最初に向こうから飛び出してきたのは、汎用機の白カボチャ、PK-01と、重機動を誇る赤カボチャ、PK-02だ。
「あの赤いのはあたしが相手します!」
それを見た綾霞が、まっすぐにPK-02へと向かっていく。
「じゃああたし達はあの白いのだね」
「沙希ちゃん、あなたは3号館へ行って、あのでっかい大砲を止めてもらえる?」
「わかりました!」
残りのメンバーも、それぞれに分かれた。
「もしもし、ちょっと提案があるのですが、よろしいですか?」
シュラインと京香に、背後から声をかけるカボチャ仮面。
「なに?」
「教授もおっしゃっていたように、ここは可及的速やかに事を成さねばなりません。そこで──これを使う事を提案いたします」
と、カボチャ仮面が2人へと差し出したのは……
「……マイク?」
「あんた、なんでそんなもの持ってるのよ」
「はい、正義の味方ですから」
「……理由になってないんじゃないの、それ」
「ふーん、でもまあ、面白そうじゃん」
京香の方は、ニヤリと笑ってマイクを受け取る。
「おまけにあんた、まるでこっちの特技をあらかじめ全部知ってるみたいな用意の良さね。本当に何者よ」
「いえ、残念ながらそれは申し上げる事ができません。正義の味方たるもの、自分の事は全てにおいてに秘密にするものだと決まっておりますので」
「誰が決めたのよ、誰が」
胡散臭そうに巨大カボチャを見ながらも、とりあえずマイクは受け取るシュラインだった。
「あ、ちなみに私、5.1chサラウンドシステムも搭載しておりますので、音質の方は保証いたしますです、はい」
「……誰も聞いてないわよ、そんな事」
「あはは」
かくして、赤と青のメイドプラスカボチャ仮面のトリオが、PK-01白カボチャへと向かった。
「たああぁっ!」
気合と共に、鋼を打つ澄んだ音が連続する。
赤カボチャPK-02と黒メイド綾霞が激しい打ち込み合いを展開していた。
剣の扱いにかけてはPK-02が上だったが、素早さにかけては綾霞に分がある。
彼女はカボチャ仮面から与えられた傘を手に、赤カボチャの刀を受け、流し、時には弾いて肉薄しようとしているが、敵の刀技がそれを簡単には許さない。
ただ、強化メイド服のおかげで反射速度は倍化し、相手の動きも、刀を振る直前の動作まで、わずかな空気の乱れで事前に感じる事ができていた。
「そこっ!」
水玉の傘が唸り、赤カボチャの刀を大きく払いのける。
体勢が崩れた一瞬の隙に、綾霞は勝負をかけた。
傘を投げ捨て、素手になると、一気に懐へと飛び込んでいく。
が、PK-02の反応も並ではなかった。
寸前で踏みとどまり、横薙ぎに刀で斬りつけてくる。
しかし……黒いメイドは既にそこにはいなかった。
刀を振るう速度よりも速く、綾霞の身体が綺麗な円の軌道を描いて、赤カボチャの死角へと流れていく。
合気道の技は「動く禅」や「武にして舞なり」といった言葉を用いて表現される事がある。今の綾霞の動きがまさにそれだった。
メイド服の強化を得て、それが一層洗練された時、機械の目ですら一瞬呆然としたような色を帯びた。まさに優雅にして華麗。残像の尾を引いて流れる、黒いメイド姿の綾霞……
そしてそれが、PK-02が見た最後の映像となった。
「はぁーーーーーっ!!」
綾霞の鋭い声と同時に、赤カボチャの身体が中に舞う。
「半身半立ち、太刀取り、入り身投げ……表」
それは、合気道における正式な技の形式名だ。
綾霞が静かに呟き終えるのと同時に、天高く上がったPK-02が落ちてくる。
逆さまに地面と激突し、激しい火花を2、3度散らせたかと思うと……あとはもう動かなかった。
──まずは1体。
「ありがとうございましたっ!」
頭を下げ、礼をする綾霞の声が、高らかにその場に響いた。
「いくよーっ! イッツァ、ショウターーーイム!!」
続けて、京香の声が中庭中にこだまする。
仁王立ちになったカボチャ仮面の上に燦然と立つのは、シュラインと京香だ。
どうせなら派手に行こうという京香の提案でそうなったのだが、シュラインの方はさすがにやや恥ずかしそうだった。なにせこれでは、オン・ザ・カボチャショーだ。
が、もちろん京香の方は一切気にした風もなく、ノリノリで歌い始めた。
最初から激しく、アップテンポの曲は、ローズマーダーの新曲だ。
京香が「その気」で歌う時、旋律は魔曲と化して聞く者を魅了する。
ある時は喜び、ある時は悲しみ、そしてある時は絶望の淵へと相手を叩き落す事すら可能なのである。
今、京香の歌声は機械のセンサーすらその虜にしようとしていた。
こちらに向かって来ていたPK-01の歩みがしだいに遅くなり、やがて止まる。
その目は、じっと京香へと注がれたままだ。
かつてドイツのライン川に住み、通りかかる船に魔性の歌声を聞かせていたという妖女ローレライの犠牲者達も、皆このカボチャのような表情を浮かべていたのかもしれない。
この場合、歌を理解するAIを作った教授を褒めるべきか、あるいは京香の歌声の魅力がそれ以上に凄いのか……判断は難しいだろう。
いずれにせよ、戦う意志を失ったカボチャロボは、もう彼女達の敵ではなかった。
曲が更に盛り上がり、最高潮のパートに達する。
そこに、今度はシュラインの声が重なった。
彼女の特殊能力もまた、声だ。
シュラインの声帯は、この地上にあるありとあらゆる「音」を再現可能なのである。
人の声、動物の声、風の音、水のせせらぎ……そればかりではなく、人間の可聴範囲を越えた音波すら奏でる事ができる。それはまさに完璧な声帯模写であり、波形分析にかけても本物と見分けがつくことがない。
京香の歌声に合わせ、シュラインは絶妙にハモると共に、指向性を持たせた超音波を連続でPK-01へと放った。
それは強化メイド服の効果を得、力が増幅されて音の矢となり、白いカボチャへと次々に突き刺さる。
さすがに、ひとたまりもなかった。
細い煙の筋を上げ、その場にこてんと倒れるPK-01。
「Thank you!!」
京香の右手が、高々と上げられる。
「おーいえー」
カボチャ仮面もまた、同じく手を上げて喜びを表現した……ように見えたが、声からはその感情がまったく読めなかった。
「もぉぉぉぉっ! なによなによこのこのこのーーーーっ!!」
一方、善戦する他のメイド達をよそに、沙希は黒いカボチャに苦しめられていた。
光学迷彩の応用によって自らの虚像を作り出したPK-04の分身攻撃に完全に翻弄され、3号館の建物を目前にして、いまだにたどり着けないでいる。
もっとも、PK-04自体には攻撃能力がほとんどないので、分身して逃げ回る黒カボチャを追い掛け回しているだけなのだが……
「無事?」
「うわー、なんかこっちも楽しい事になってるねー」
「なかなかに素早いですね、この黒いの」
と、そこに他の3メイドとカボチャ仮面もやってきた。
「すみません、こんな状態なんで、なかなか進ませてもらえなくて……」
振り返る沙希も、ほとほと困ったという顔だ。
その向こうでは、10体以上に分身したPK-04がうじゃうじゃと蠢いている。
「確かに、これはちょっとやっかいかもしれないわね」
「どうしようか?」
他の面々も、目の前の光景に顔を見合わせる。
「では、僭越ながらここは私がなんとかしましょう」
そう言って前に進み出たのは……カボチャ仮面だ。
「え……?」
一体どうするというのか……? と全員が見守る前で、じっと黒カボチャを見つめていたが、ふいに、
「だるまさんがころんだ」
そう告げて、ピタリと一体を指差す。
瞬間、分身していた黒カボチャ達の姿が次々に消え、最後に残ったのはまさにそいつだった。
なんとなくあっけに取られているような顔に見えるのは……気のせいだろうか。
「おっしゃー、本物がわかればこっちのもんだぞこのヤロー!」
京香が真っ先に駆け寄り、問答無用で蹴りつける。
「これはついでだ! とっときな!」
ゴロゴロと転がった先にも追いかけていき、やおらギターケースから一升瓶を取り出すと、盛大にどぱどぱと中身を浴びせ始めた。
さすがに危険だと感じ取ったのか、すうっと消えていくPK-04。
「あ、こら待て! あたしの酒が飲めないってのかい! 逃げるんじゃないよ! もーっ!!」
叫ぶ京香だったが……もちろん聞くようなカボチャではない。そのまま黒カボチャはいずこかへと姿を消した。
「……あんた、ギターケースの中に、そんなもの入れてたの?」
シュラインが近づいてきて、言った。やや呆れたような表情なのは、この際仕方あるまい。
「あー、いや、まーね。ほら、なんとなくさ、ぶっかけたらショートくらいするかと思って。あとは勢いかな。ハロウィンっつったら西洋のお祭りなわけだし、祭りっていったら、やっぱ酒だしね。あはは」
と、京香の方は悪びれた様子もない。
「あの、なにはともあれ、これ以上の被害を出さないためにも、今はレールガンの発射を阻止するのが急務ではないかと思うのですが」
「……そ、そうね」
「そういう事、さ、いこいこ」
カボチャ仮面に冷静にツッコまれ、とりあえずその場は3号館へと向かう一行であった。
■ 脱出
そこは、シンと静まり返っていた。
3号館の1階、片平研究室である。
1階部分のほぼ半分程を占める広いスペースの中央あたりに、長大な円筒が部屋を分断するような形で設置されているのが見て取れる。
「あれがそうね」
「よし、行こう!」
「了解!」
全員が、それに駆け寄る。
「いた! 緑カボチャ!」
最初にみつけたのは、綾霞だった。
円筒の端に操作パネルと思しき操作版があり、その前でじっとしている。
が……なにやら動く様子がほとんど感じられない。
よく見ると、操作盤から色とりどりのケーブルが引き出されて、PK-03へと繋がっているようだ。
「こいつ……勝手に壊れたのかしら?」
用心しながら近づいてみても、まったく反応を示さない。
「機能のほとんどをこれの制御に費やしているんでしょう。だから動かないのではなく、動けないのですね」
「……なるほど、じゃあ今のうちにボッコボコにしちゃおうか」
カボチャ仮面の言葉に、京香がニヤリと笑い、言った。
「でも、そんな事しちゃって……大丈夫なのかな?」
「ま、壊せばわかるんじゃない?」
「……そんな大雑把な」
と、皆で話していると、ふいに耳障りな音がして、近くのディスプレイになにやら赤い文字が点滅し始める。
「な、何?」
「これは……」
文字を目で追ったシュラインの顔が、みるみる青ざめていく。
「……なんて書いてるんですか?」
綾霞が聞いた。文字はすべて英語だ。
こたえたのは、カボチャ仮面だった。
「限界値を超えたエネルギーを溜めようとしているようですね。このままだと危ないから、至急やめなさいという警告です」
「危ないって……え? どういうこと。このままだとどうなるってのよ?」
「これによると、爆発するみたいですね。そう書いてます」
「えーーーーっ!?」
あっさりと告げるカボチャ仮面の返事に、残りの全員の目が見開かれた。
「野望が潰えた悪人が自爆して果てる……よくあるパターンです。いっそその心意気は見事かと」
「感心してる場合じゃないでしょ! なんとかしないと……」
「やっぱり叩き壊そう! それしかない!」
「だめですってば! そんな事してもっとややこしくなったらどうするんです!」
「だったらそれこそどうすんのよ!」
「それは……その……えーと……」
誰もわかるはずもなかった。
「お、片付いたのか?」
「皆さん、大丈夫ですか!」
そこに、ちょうど教授と秋実もやってくる。
「あ、秋実ちゃん! 大変なの! あの、あのね──」
すぐに沙希が説明をして、秋実の顔色もはっきりと変わった。
「ほお、なるほどのぉ」
が、教授はほとんど驚いた様子がない。
「まあ、こいつらならば、追い詰められればそれくらいはするだろうて。はっはっは」
「笑ってる場合じゃないっ!!」
シュラインもさすがに声を荒げる。
「だめだ……完全にロックされてる。端末からじゃ操作もできない」
秋実が操作パネルに向かい、すぐにそう告げた。
「……って事は、つまり……」
「うむ、爆発するのは120%確実という事だ」
「ど、どーすんのよっ!」
「爆発まであとどれくらいですか?」
「ここに表示されてる数字がそれじゃないですか?」
「そうですね。92秒、ですか。残り1分半少々ですね」
「逃げなきゃダメじゃん!!」
「そうよね、ここはやっぱり36計という事で……」
「それしかないと思います」
と、話がまとまりかけ、全員が窓へと振り返って……
「……あ」
そこに、最後の黒カボチャ……PK-04がいた。
一瞬空白の時が流れ、びゅっと飛びかかってくる。
黒いカボチャが向かった先は……秋実だ。
「わっ!」
秋実は押し倒され、上に乗られる。さらに、鼻先にピタリと刀が突きつけられた。既に倒れたPK-02のものだ。
「秋実ちゃんっ!」
沙希が悲鳴を上げて近づこうとしたが、シュラインが無言でそれを押さえた。
PK-04は秋実に刀を向けたまま、もう片方の手で教授の持っている発信機を指差している。
「人質を解放する代わりに、それをよこせ……って言いたいみたいね」
「こん畜生! 卑怯者!」
京香が言ったが、その言葉が届いた様子はなかった。
どうするか……考えている暇はない。時間はあと60秒を切ろうとしている。
「……やれやれ、じゃな」
教授が静かに進み出た。
「よりにもよって人質とはな。そんな姑息な手段を使いおって。このボンクラAIめ、恥を知れ、恥を」
じろりと黒カボチャを睨んだが、もちろんそれで開放するような相手ではない。
「そんなにこれが欲しければくれてやる。それ、受け取るがいい!」
言いざま、発信機を頭上に掲げ、思い切り床に叩きつけた。
「……あ」
「え……?」
全員が、息を飲む。
破壊音を上げてケースが割れ、中のメカを撒き散らす発信機……
「それ壊すと、たしか暴走するって……」
綾霞が呟き、すぐにその通りになった。
突然、PK-04のボディがガクガクと震え出し、手足をデタラメに振り回し始める。
「わっ、わっ、わーっ!!」
すぐ側にいる秋実はたまったものではない。頭を抱えて床に伏せるのが精一杯だ。
「秋実ちゃん!」
「待ちなさい! 危ないわ!!」
シュラインが止めるのも聞かず、秋実へと駆け寄る沙希。
無秩序に振られる刀が彼女へと向けられ──
「!!」
次の瞬間、沙希は秋実の胸の中へと飛び込んでいた。
「馬鹿っ! 秋実ちゃんの馬鹿! 死んじゃうかと思ったじゃないのよっ!!」
「……あ、あの、いえ、突っ込んできたのは沙希ちゃんの方だと思いますけど……」
「なによ! もう、怖かったんだから! 馬鹿〜〜〜っ!!」
一方的に言いながら、今度はわんわん泣き始めた。
「……」
その姿を見て、秋実の顔にふっと微笑が浮かぶ。
「……ありがとう。命の恩人ですね、沙希ちゃんは」
メイド姿の従兄妹頭の上に手を置き、言った。
「どうなったの?」
「さあ……」
一方のシュライン達は、黒カボチャへと目を向けていた。
沙希が飛び込む瞬間に、何の前置きもなくピタリと動きが止まったのだ。そうでなければ、恐らくは2人とも無事では済まなかったろう。
じっと見ていると……
「……なんとか間に合ったようですね」
なんと、黒カボチャがそう言いながら振り返ったではないか。
「わっ!」
「しゃ、喋った!?」
驚いて、思わず飛びのく一同。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。私です、私。カボチャ仮面ですよ」
「……は?」
「そ、そういえば、声が同じような……」
言われてみると、確かにそうだった。
巨大カボチャのカボチャ仮面の方はというと、なにやら床にぺたんと座り込んでおり、身じろぎひとつしない。
「……どういう事?」
京香が尋ねた。
「はい、あの瞬間にこの身体に憑依したのです。なんとかうまくいったようで」
「……ひょ、憑依って……つまり取り憑いたってこと?」
「ええ、そうです」
「あんた、そんな事までできるわけ?」
「なにしろ正義の味方ですから」
「……そう……」
事もなげに言われてしまったが、憑依する正義の味方など聞いたこともない。
「さて、それはそうと、早くここを出た方が良いのではないか? 残り時間はあと20秒を切っておるぞ」
「……え?」
「わっ! 本当だ!!」
「急いで窓から外に出ましょう!!」
「はらあんた達も早く!」
「沙希ちゃん、行こう!」
「うん!」
教授の言葉に、慌てて外へと向かう一行。
黒いカボチャもその後を追いかけ……
「あ、この格好では怪しまれますよね」
途中で振り返って、動きを止めた。
間を置かず、巨大カボチャがむっくりと身を起こす。
「これで良し、と」
満足そうに頷くと、ポキュポキュ足音を響かせつつ、窓へ。
「……」
外へと出かけたシュラインが一部始終を見て、
……その格好でも充分過ぎるほど怪しいわよ。
とか思ったが、それは口には出さなかった。
「あの、何か?」
「いえ、なんでもないわ。早くずらかりましょう」
「は、了解です。メイドレッド」
「……おかしな名称で呼ぶのやめてくれる」
「ちょっとあんた達! 急いで! 時間がないよ!!」
先に出た京香が、声をかけてきた。
「メイドブルーもああ言っています。急ぎましょう」
「……だからそんな風に呼ぶの、よしなさいってば」
「早く!」
「今行きます、メイドブラック」
「……あんたね……」
かくて、全員が避難を終えた後、ほどなくして片平研究室は轟音と爆煙と猛火に包まれ……このカボチャ騒動もめでたく(?)一件落着したのだった──
■ エピローグ 〜 シュライン & 京香 〜
──2時間後。
シュラインと京香は、草間探偵事務所へと戻ってきていた。
一応解決したのであるから、きちんと報告し、書類にもまとめねばならない。そこまでが仕事である。
「今戻ったわ」
「おつかれー」
とか言いつつ事務所のドアを開けると、なにやら胃袋を刺激する匂い。
「あ、お帰りなさい、シュラインさん、京香さん。お疲れ様です」
真っ先に出迎えたのは、鍋つかみを両手にはめ、お玉を持った零だ。
「あら、料理?」
「へえ、美味そうな香りじゃない」
という2人に微笑むと、零は、
「はい、今日の夕飯は私が。ちょっと初めてのものに挑戦してみました」
そう、言った。
「何を作ったの?」
「カボチャの煮込みです」
「……カ……カボチャ……」
「……そうなの……」
零の口から出た単語に、思わず顔を引きつらせる2人。
「あれ、ひょっとしてカボチャ、苦手なんですか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃないのよ」
「ただ、ちょっと……カボチャにてこずってきたばっかりだからねぇ……あはは」
なんて、苦笑いを浮かべるシュラインと京香だった。
「あの、もしよかったら、食べていってください。たくさんありますから」
「ええ、そうね」
「あんな事件の後だし、食べたらいい厄払いになるかも」
「……かもしれないわね」
「厄払い……ですか?」
キョトンとする零を見て、2人がまた微笑する。
「ああ、戻ったのか。ご苦労さん。その様子だと、無事解決したみたいだな」
話し声を聞きつけたらしく、その場に草間もやってきた。
「ええ、なんとかね」
「ま、あれでも立派に解決したとは言えるよね。はは」
「……あれでも?」
「ちょ、ちょっと」
京香の台詞に、シュラインが人差し指を口に当てる。
「あ、あははは」
笑ってごまかす京香。
「……なんだかしらんが、解決したならそれで構わんさ。きちんと報告書は上げてくれよ」
「ええ、それはもうすぐにでも」
「これから書くよ、これから」
「……ふむ」
ぎこちない女性2人に、さすがの草間も嫌なものを感じ始めたとき、ふと電話のベルが鳴った。
「草間さん、お電話ですよ」
「ああ、俺が出る」
すぐに自分のデスクへと戻っていく後姿を見送って、シュラインと京香はほっと息をついた。
……が。
「はい、もしもし。ええ、そうですが……は? 勾当台大学の学長さん? 一体どういったご用向きでしょうか? はい、はい、え? 爆発事故、ですか……?」
「……」
「……」
その電話の話声を聞いて、2人は顔を見合わせ、静かに頷くのだった。
──5分後。
電話を切り、ゆっくりと立ち上がった草間の顔は、どことなくロダンの「考える人」のようにも見えた。
「……あの、どうかしたんですか?」
気になった零が、ふと尋ねる。
「いや、なんでもない。それよりシュラインと京香君はどうした?」
「あ、はい。なんでも急な用事とかで、今しがた出ていかれましたが……」
「…………そうか」
目の間を指で軽く揉み、細いため息をこぼす。それから小さな声で「……逃げたな」と呟いた。
「なにかまずい事でも?」
「いや、なんでもない」
心配顔の零には何も告げず、また椅子に腰を下ろす草間。
「それよりメシにしよう。確かカボチャを煮ていたと言ったな?」
「はい。割とうまくできたと思います」
「……そうか。では早速頂こう。いい厄払いだ」
「はあ……」
さっきもそんな事を言われた零だったが……もちろん彼女には何の事やらさっぱりだ。
「では、用意しますね」
「ああ」
力のない声で返事をして、天井を見上げる草間であった。
──翌日の新聞やテレビで、勾当台大学で爆発事故が起きたというニュースが取り上げられる事になるのだが……もちろん事の真相が語られる事はなかったという。
ただ、裏の世界では某怪奇探偵事務所の人間が動いていたという情報がさざなみのように広がり、また一段とそっち系統の依頼が増える一因になってしまったとの事だ。
どうやらカボチャを食べても、厄払いにはならなかったらしい。
■ エピローグ 〜 綾霞 〜
「たぁーーーっ!」
気合一閃、黒いメイドの姿が雷の速さで相手の懐に潜り込み、腕を取って投げ飛ばした。
「きゃーーーっ!」
宙を舞ったピンクのメイドは、悲鳴を上げつつも空中で身を捻り、足から着地する。
が、衝撃を全ては逃がしきれずにその場にどすんと尻餅をついてしまう。
「はい、じゃあとりあえずここまでにしましょう」
と、そこで秋実の声。
「大丈夫?」
黒いメイド──綾霞が手を差し伸べたのは、ピンクのメイド──沙希だ。
「綾霞さーん。もちっと手加減して下さいよー」
「あはは、ごめんごめん。でも、思いっきりやってくれって言われてるからね」
「……そうですけどぉ」
やや拗ねたように言いつつ、沙希はじろりと側にいる秋実に目をやった。
「格闘技なんてやったこともないのに、なにさせるのよ、もぉ」
「え? ああ、でも、本気でやらないと、データ取りの意味がないからね」
「……そうやってデータデータって、肝心のあたし達の事なんて、ただの道具としか思ってなんでしょ。ふんだ」
「そんな事ないって……」
ヘソを曲げる従兄妹に、困った顔をする秋実だ。
あれから1週間が過ぎ、学内もほぼ平静に戻っている。
とはいえ、爆発炎上した片平研究室はいまだに閉鎖中で修復の予定も立ってはいないし、壁が穴だらけになった青葉山研究室も、現在他の研究室に間借りをして細々と活動中だったりする。
学長や理事会からもさんざん怒られてしまったが、青葉山教授は世界的にも高名であるため、おいそれと処分もできず、研究費の一部削減と教授自身の謹慎処分という形でなんとか一応の決着がついた形だ。
もっとも、謹慎と言っても実際は休暇に近く、本人はすぐにヨーロッパ方面へと旅立ってしまったが……
教授の留守中は秋実が責任者という事になり、何もしないわけにもいかないので、こうして強化服の調整作業にいそしむ毎日となっている。
沙希はほぼ毎日、綾霞も仕事に差し支えない範囲でデータ収集に協力していた。
綾霞の場合は、このメイド服が気に入ったのと、あとは強化されてパワーアップした身体で思いっきり合気道の技が出せるのが楽しいので手伝っているわけだが……沙希の場合は、もちろんそういう理由ではない。
「沙希ちゃん、筋はいいと思うよ。動きも速いし、身も軽いし、この服の能力を抜きにしても、なかなか凄いと思う」
「……そう……ですか?」
ほっとくのもどうかと思ったので、綾霞もそう言って、助け舟を出した。
「うん、だからあたしも、データ取りだってわかってるんだけど、楽しいもん」
「綾霞さんにそう言ってもらえると……ちょっと嬉しいかも」
と微笑んで、やや機嫌が直ってきた様子の沙希。
が、とどめを刺したのはやっぱり秋実だった。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、沙希ちゃんの見たがってた映画、チケット取れたよ。今度の休みにでも一緒に行かない?」
「えっ? 本当?」
「ああ、そっちの都合が良ければだけど」
「あたしは大丈夫っ!」
「わぁっ!」
満面の笑顔で、秋実に抱きつく沙希。
「行く行く絶対行く〜〜!」
「わ、わかった! わかったからっ!」
強化服装備中なので勢い余って押し倒してしまい、さらに完全に秋実を押さえ込んでいるのだが……本人は気づいてもいないようだ。なんというか、感情表現のストレートな娘である。
……やれやれ、合気道じゃ負ける気はしないけど、こっち方面では負けるかも……
とか、なんとなく思ってしまった綾霞である。
「じゃ、じゃあ続きお願いできるかな」
「うん! やる!」
さっきまでヘソを曲げていたとは思えないほど素直に秋実の言葉に頷く沙希。
「よろしくお願いします! 綾霞さん!」
「うん、こちらこそ」
にっこり微笑みながら、ふっと思った。
……手加減抜きの本気で相手しようかな……
こうまで当て付けられては、綾霞がそういう衝動を覚えたとしても、誰も責めはしまい。
「頑張るね、秋実ちゃん!」
「……やれやれ」
小さい声で苦笑しつつ、やっぱり多少手加減してしまう綾霞なのだった。
恋する乙女になど、誰も勝てやしないのだから。
■ エピローグ 〜 カボチャ仮面 〜
──片平研究室爆発から30分後。
「……」
穴だらけになった青葉山研究室から、じっと外を眺める1人の男がいた。
この研究室の主、青葉山教授その人である。
眼下に見えるのは、数台の消防車が並び、無数の消防士が3号館の消火活動をしている姿だ。
何も語らず、ただ見つめるその横顔を、夕焼けが赤く染め上げている。
優しいような、寂しいような微妙な表情は、破天荒な性格の持ち主とも思えず、年相応に見えていた。
と、そこに……
「すみません、お邪魔致します」
丁寧な言葉と共に入ってくるひとつの影。
「なんじゃい。まだなんぞワシに用か?」
振り返った顔は、もういつもの表情に戻っている。
そこにいたのは巨大なカボチャ……カボチャ仮面であった。
「はい、お届け物にあがりました」
「届け物だと?」
「そうです、これなんですが……」
言いながら差し出したのは、白と赤のカボチャ。PK-01とPK-02だ。
「お? こやつらは無事だったのか?」
「起動不能にはなっていますが、修理は可能かと。ただ、残りの2体はさすがに……」
「そうか……そうだろうな。あとは爆発の現場におった。残骸が残ったとしても、使い物にはなるまい」
「……痛み入ります」
「わざわざこいつらを届けてくれたか……お前さんはいい奴だな」
「正義の味方ですので」
「ふっ、そうだったな」
笑いながら2体を受け取ると、傍らのバッグに入れてしまう。
「あとは責任を持って修理させてもらおう。なに、今度はお前さんに負けないほどに完璧にしてみせる」
「楽しみにしております」
「ああ、待っておれ」
自信たっぷりに言い切る教授であった。
「それでは、私はこれにて」
「うむ、達者でな」
一礼すると、カボチャ仮面は背を向けて歩き出し……
「あ、申しわけありません。大切な事をひとつ忘れておりました」
と、また振り返る。
「なんじゃい?」
カボチャ仮面はじっと教授を見て、言った。
「trick or treat?」
鮮やかなキングス・イングリッシュで語られた言葉は、ハロウインでは有名な決り文句だ。
trickは策略、計略といった意味、treatはもてなす、おごるといった意味を持つ。
この言葉をハロウィンの日に子供達が戸口で言い、お菓子をもらうわけである。
日本語で言うのなら”お菓子をくれないとイタズラをするぞ”という事になるだろうか。
教授はニヤリと笑い、こたえた。
「もちろんtreatだ」
ポケットから何かを取り出し、放る。
「ありがとうございます。では失礼致します」
それを受け取ると、カボチャ仮面は一礼して、今度こそその場を後にするのだった。
──1時間後。
あまり人通りのないひっそりとした場所にたたずむ小さな洋風の古書店「極光」。
ただでさえ開店しているのかどうか判断しかねるような雰囲気をかもし出している店だったが、今日は確実に休みらしい。
なぜなら、入口の扉には1枚の羊皮紙と思しき紙が貼られ、こう書かれていたからだ。
”店主不在につき、本日は臨時休業と致します”
が、今その扉がゆっくりと開かれ、何者かが店内へと入ろうとしていた。
店の中にいるのは、1頭の白い獣。見た目は中型犬サイズの犬……のように見えるが、実は狼である。本当は狼ですらないのだが、それはまた別の話だ。名前はオーロラという。
『……』
店の中に入ってきた者を見ても、オーロラは吠えもしなかった。
それは、大きなカボチャに手足が生えたおかしな格好をしていて……あからさまに怪しい。
ほんの1時間前までは、カボチャ仮面と名乗っていた存在である。
「……」
『……』
両者はじっと見つめあい、しばらく何も言わなかったが……
『お帰りなさいませ』
やがて、オーロラの方が先に口を開いた。
とはいえ、声に出して言うような普通の言葉ではない。
「誰かと勘違いしていませんか? 私はカボチャ仮面。通りすがりの正義の味方です」
『……それを信じろと?』
「信じる者は救われるそうですよ」
『別にこちらは救済を求めてはおりません』
「では、あなたは何を望むと?」
『そうですね……平穏と安らぎ、あとは知識でしょうか』
「なるほど」
小さく頷くと、カボチャ仮面は何かを放った。
緩やかな放物線を描いてオーロラへと飛んだそれは、ひとつの飴だ。
どうやっているのかはわからないが、それは空中でひとりでに包装のビニールが剥けて口の中へと収まった。
「そのどれとも違いますが、あなたにあげます」
『これが今回の戦利品ですか?』
「いいえ」
カボチャ仮面が、その場でくるりと一回転する。
「単なるおみやげですよ」
と、”彼女”は言った。
腰までかかる長い黒髪が、ふわりと揺れている。
ほとんど動く事のない静かな表情と、深い湖の底のように澄んで奥の知れない漆黒の瞳。
その名を、ステラ・ミラという。
■ END ■
◇ 登場人物(このカボチャ物語に登場した人物の一覧) ◇
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家】
【0864 / 九重・京香 / 女性 / 24 / ミュージシャン】
【1057 / ステラ・ミラ / 女性 / 999 / 古本屋店主】
【1099 / 夜藤丸・綾霞 / 女性 / 22 / 市役所の臨時職員】
◇ カボチャライター通信 ◇
どうもです。ライターのU.Cです。
なんだか知りませんが、4人依頼なのに28000字も書いてます。お1人様あたり7000字です。規定ではお1人あたり3000〜4000字という事なので、ほぼ倍となりました。わーい。って……いや、喜ぶべき所じゃありません。なにやら本当に書く度に文字数がエスカレートしております。平にご容赦を。。。
思い返すに、ハロウィンネタのはずなのに、合気道とかレールガンの資料を集めて楽しく読んでいた所からして既に何か違っていたような気がします。おまけにマッドサイエンティストとか謎のヒーローとかメカカボチャ VS メイド隊とか……ああ、なんかもうツボをえぐられまくりの設定の数々……皆さんのプレイングも秀逸で、本当に思いっきり書かせて頂きました。とにかく、もう趣味に突っ走った28000字です。なんと言いますか、好き嫌いがはっきり分かれるようなコメディだとは思いますが、とりあえずお収め下さいませ。参加して下さった皆様、誠にありがとうございます。いまはもう、ただただそれだけです。
シュライン様、またのご参加ありがとうございます。前回のシナリオノベルではバニーガールでしたが、今回はメイドです。しかもメイドレッド。知らないうちに戦隊物になってます。書いてて本人もビックリです。なんでこんな事になったやら……とにかく、お疲れ様でした。カボチャでも食べつつ、当物語を読んで頂ければ幸いです。冬はカボチャのおいしい季節ですし。
京香様、2度目のご参加、ありがとうございます。ひょっとして京香様のギターケースには、常に日本酒が入っているのでしょうか? いや、そんな事はないのでしょうけど……ですがもしそうなら、なんかかっこいいいです。さらに今回は、カボチャの上で歌って頂きました。しかもメイド服。私、ローズマーダーのファンの方々に殺されそうですね。早く逃げねば。
ステラ様、またのご参加、ありがとうございます。カボチャ仮面で登場という設定は燃えました。まさかそのようなプレイングでこられるとは……素晴らしいです。登場は中盤ですが、その分濃度がえらい事になっています。お疲れ様でした。
綾霞様、はじめまして。剣豪カボチャと合気道で存分に戦って頂きました。綾香様が最初にメイド服で参加という設定でしたので、それならばいっそのこともう全員を……と思い、こういう展開になったという裏があったりします。参加者様が全員女性でしたし。なんといますか、いろんな意味でありがとうございました。(ぉ
なお、この物語は、全ての参加者様全てで同じ内容となっております。その点ご容赦くださいませ。
参加して下さった皆様、ならびに読んで下さった方々に、あらためて御礼申し上げます。ありがとうございました。
それでは、またの機会に恵まれましたら、その時にお会い致しましょう。
では。
2002/Nov by U.C
|
|
|