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<PCシナリオノベル(シングル)>


憑着せよ! 憑依武甲ユウレイン!


■ オープニング・美女と探偵と純朴青年

 ──昼下がりの草間興信所に、いくつかの人影があった。
「どうも、オーロラと申します」
 と、頭を下げたのは、180センチはあると思われる長身の男性だ。
 顔だけを見ると、一見女性と見まごうばかりに線が細く、肌のきめも細かく、さらに目、鼻、口の各パーツも整っていて、全体的にバランスが取れていた。はっきりいって、美形である。このまま渋谷あたりにでも連れ出せば、さぞや女性が寄ってくるだろう。
「……ステラさんの知りあい、という話だったな」
 と、向かいのソファで次に口を開いたのは、草間だった。
 オーロラの顔をしげしげと眺めているが、別にそれは美形だからという事ではない。
「ええ、そうです」
「……前にどこかで会ったか? その名前、以前聞いたような覚えがあるんだが……」
「まあ、よくある名前ですから」
「……そうとも思えん」
 言いながら、さらに目を細める草間。
「……」
 一方のオーロラは、ぎこちない微笑を浮かべて、さりげなく視線を外した。すると今度は、草間の隣に座った女性と目が合う。
「では、早速ですがオーロラさん、貴方は体力に自信がありますか?」
「……は? 体力、ですか?」
「ええ、体力です。それと何か特殊な技能などを習得しているのであればなお結構ですが……いかがでしょう?」
 そんな質問をしてくる女性は、長い黒髪にそれとは対照的な白い肌を持つ、これまたかなりの美人だった。名前は、ロレイン・フォン・榊原というらしい。
 じっとオーロラを見つめる静かな瞳とその容姿は、ある人物の姿と似ている。
 が、それはあくまで雰囲気のみで、気配などはやはりまるで違った。オーロラがこの世で一番知っているそのお方とは、完全に別人だ。
 ここに来て最初に彼女を見た際に、思わず顔を引きつらせたオーロラであったが、今はどうにか平静を取り戻している。
「……ええと……」
 ロレインの問いに、彼は考えを巡らせてみた。
「……体力は、恐らく一般的な人間と比べれば、それよりは遥か……あ、いえ、そこそこは上かと思います。特殊な力と言われれば、それはまあ、色々と」
「色々、とは? 具体的に2、3挙げてみてください」
「そうですね……比較的使うのは、カバラやエノク語、アブラメリン等に代表される、いわゆる西洋魔術一般でしょうか。それらで可能な事ならば、一通りはなんとか」
「……ふむ」
 オーロラとしてはあまり差し障りのない程度の事を言ったつもりだったのだが、それを聞いてロレインの目の色が少々変わった。明らかに興味を持ったと言わんばかりの瞳で、じろじろと彼の全身を観察し始める。オーロラにしてみれば、あまり気持ちのいいものではない。
「あの、こちらからもひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「その……これから自分は何をする事になるのでしょう?」
「は? 何も聞いていないのか?」
「……ええ、まあ……」
「そ、そうか……まあ、なんだ、つまり簡単に言うと──」
「貴方に決めました」
 草間の言葉を遮り、ロレインが口を開いた。
「は、はい?」
「説明は現地へと向かう道中で私が致しましょう。そうと決まれば善は急げです。さっそく参りましょう」
「…………はぁ……」
 なにやら急な話ではあるが、それほど火急を要するという事なのだろうか……?
 草間の方をふと見ると、
「まあ、後は君次第だ……がんばってくれ」
 何故か同情するみたいなまなざしと口調でそう言われてしまう。
「……」
 なにがどうなっているのかさっぱりだったが、とりあえず来た以上、このまま帰るのも悪いだろう。オーロラはそのように判断した。
「わかりました。同行させて頂きます」
「では早速手配しますわ! ふふふ……」
 オーロラの言葉に嬉々として携帯電話を取り出し、どこかと連絡を取りはじめるロレイン。
 その目は妖しく輝き、口元にもなんともいえない笑みが浮かんでいたが……もちろんオーロラにはそれらの意味する所など想像もできない。むしろ喜んでもらえてなによりとすら思っていたのだから、彼の運命はこの時既に決まっていたと言っても過言ではないだろう。
「ああ、そうだ、忘れる所でした。これを貴方へと、ことづかってきたんです。どうか受け取って下さい」
「……俺に?」
 ふと、オーロラが草間に、手にした紙包みを差し出し、言った。
 草間がなんだろうと袋の中身を覗いてみると……
「…………」
 目にした瞬間に、顔を含めた全身の筋肉の動きが停止する。
「内緒にしておきますから」
「……」
 にこやかにそう告げる美男子の考えている頭の中身がどうなっているのか……草間にはまったく掴めない。
 袋の中には「世界メイド服大全」という分厚い本が入っており、表紙では濃紺のメイド服を着た金髪碧眼の可憐な少女が微笑んでいた。


■ 到着・秘密基地へようこそ

 それから、オーロラはロレインに連れられ、2時間程移動する事となった。
 場所は極秘だとの事で、目にはアイマスクをかけられ、耳にはヘッドホンをさせられて、デスだのヘルだのキルだのと、やたら物騒な言葉を連呼する洋楽をほぼ最大音量で聞かされたが……正直、オーロラにはあまり効果がなかったようだ。
 彼の場合、視覚や聴覚のひとつやふたつを封じられたくらいでは、別に困る事など何もないのだから。
 都内のどこかのビルから高速ジェットヘリに乗せられたのもわかったし、そこから北西に向かい、奥多摩の山の中に着陸したのもわかっていた。詳しい地名まではさすがに不明だが、もう一度行けと言われれば、恐らくは迷いもせずに、探偵事務所から同じ場所へとたどり着けるだろう。
 そこは、原生林のど真ん中に、そこだけ丸くぽっかりと切り取られたように存在するヘリポートだった。
 もちろん周囲には人の住んでいるような建物などなく、気配もない。
「……なんなんですか、ここ?」
 ヘリから降ろされ、目隠しとヘッドホンを外されると、とりあえずそう尋ねてみるオーロラだったが……
「とある企業の研究施設です。ここを中心として約60キロは森と山しかありません。ですから逃げないで下さいね、死にますよ」
「…………そうですか」
 ニッコリ笑ってそうこたえられてしまい、さすがに少々不安になってくる彼だ。もっとも、オーロラならば、たとえ地球の裏側に1人で取り残されたとしても、鼻歌交じりで帰ってはこれるのだが。
 まあ、草間探偵や主の信用を傷つけるわけにもいかないので、自分としては逃げるなどという気はさらさらない……彼は律儀にそう思っていた。根が真面目なのである。
「さあ、ではこちらです」
「はい」
 乗ってきたヘリが爆音と共に飛び去り、2人はヘリポート脇のエレベーターから地下へと進んでいく。
「随分と大掛かりな施設のようですが……何を研究しているのですか?」
「軍需関連を少々。それ以上お話すると、貴方をここから帰せなくなってしまうので、あとはどうか聞かないで下さい」
「……わかりました。ではもうひとつだけ」
「なんでしょうか?」
「一体、自分は何をするんですか? ここで」
「すぐにわかりますわ。うふふ……」
「…………」
 ロレインはそう言って笑うが……こちらはさっぱり分からない。
 10人以上は優に乗れると思われる鉄の箱は、そのまま2人を乗せてぐんぐんと降下していく。
 体感的な感覚から、100メートル以上は下ったとオーロラが感じたとき……
「着きました」
 チン、という音と共に、エレベーターが停止した。
 扉がゆっくりと開いていくと、そこからまばゆい白い光が入ってくる。オーロラは少々目を細めた。
「この方がそうです。皆さん、早速準備に取り掛かってください」
 背後でロレインが外に向かって声をかけた。
 光の中に蠢く、いくつもの影。
 完全に扉が開ききる前に、それらが一気にエレベーター内へとなだれ込んでくる。
「きゃー、かわいー♪」
「お名前なんて言うんですかっ?」
「ささ、邪魔なものは、ヌギヌギしましょー!」
「あら、意外とイイカンジー♪」
 それは白衣を身に付けた、うら若い女性の集団だった。
 ある者はメジャーでオーロラの身体のあらゆるサイズを測り、ある者はなにやら先に電極の付いた線をいくつも身体に貼り付けてきて、手にした装置で何かのデータを取り、ある者はカメラでこちらの写真を撮り……
 さらに数人がオーロラの衣服に手をかけて、テキパキと脱がせ始める。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと何をするんですか!?」
 いきなりの事に、さすがにオーロラも慌てた声を出した。
 が、向こうはまったくこちらの言う事には耳を貸さず、好き放題にされてしまう。
「はーい、動かないでねー」
「こっち向いてー」
「お姉さんがイイコトしてあげるー♪」
「わー、結構いい筋肉してるー」
「あたしはもうちょい胸板が厚い方が好みかなー」
「ほらほら足上げてこれはいてねー」
「腕はこっち通してー」
「ニコッと笑ってー」
「趣味と年収と好みのタイプはー?」
 もみくちゃにされる事数分……まるで暴風雨のような娘達は、きゃあきゃあ言いながら去っていった。
「…………」
 一体何が起こったのかまだ良く理解できずに、半ば呆然とするオーロラ。
 頬や額のあたりに真っ赤なルージュの跡まであるのは、どういう事であろうか……
「ふむ、なかなか似合いますよ」
 というロレインの落ち着いた声を耳にして、ようやくハッと我に返った。
「こ、これは……」
 そして、自分の着ている物も全て変わっていることに気付く。
 彼の身体は、首から下が白銀のタイツのようなものに覆われていた。材質はなんなのかはっきりしないが、軽く、間接の動きもまったく支障がない。よく見ると表面には、まるで電子機器のプリント基板か、人間の神経節ような筋がうっすらと縦横に走っている。
 さらに、額と首には何かの金属製と思しき輪がはめられ、心臓の上には同じ素材の逆三角形のプレート、さらに腰にはごついベルトが巻かれていた。
「今回私達が開発した、憑依装甲システムです」
「……なんですか、それは?」
「要するに、人為的に霊体を造り出し、それを身に纏う事によって装甲、及び武装とするもの……と考えてください」
「そんな事、できるんですか?」
「ええ、現実に、ここに。貴方が今着ています」
「これが……」
「とはいっても、まだシステムそのものは起動していません。実働テストをこれより行います」
「……つまり、実験というわけですね?」
「言い方を変えれば、そのようにも言えますね」
「で、その被験者というのが……」
「そう、貴方です」
「…………」
 それはつまり人体実験、モルモットでは……? と言いそうになったが、ニコニコ微笑むロレインの顔を見て、言葉を飲み込んでいた。なんだかとても楽しそうだ。
「ちなみに……このシステムのテストはこれまでにも行っているのですよね?」
「ええ、もちろんです」
「危険は、ありませんか?」
「さあ、それはなんとも申し上げられません」
「……は? それはどういう……」
「生きている人体での実働テストは、これが初めてなのです」
「………………今なんとおっしゃいました?」
「では早速始めましょう」
「あの……」
 微笑んだままのロレインが、さっとその場で踵を返す。
 と、その目の前の壁が開き、彼女は中へと入っていった。
 チラリと覗くと、そこは広い部屋になっており、壁には大小さまざまなモニターが設置され、何十人ものオペレーターが端末を操作する姿が見て取れる。まるでSF映画に出てくる巨大宇宙船の司令室か、秘密基地のような光景だ。
 オーロラもその後に続こうとしたが……彼の目の前で扉は音もなく閉じられてしまう。まるで拒絶するかのように。
 続いて、どことも知れぬ場所から、耳障りなサイレンと共に、こんなアナウンスが流れてきた。

『これより危険度S級実験を行う。各作業員は所定の位置へ。一般部署要員はシェルターへの非難を勧告する。各部所間の通路も閉鎖、30秒後に当施設全体は完全隔離状態へと移行する。繰り返す──』

 通路を照らす灯りも赤いものへと変更され、いやがうえにも緊迫した雰囲気が伝わってくる。
 いくら待っても目の前の扉は開きそうもなく、降りてきたエレベーターの入口にも、扉の前にさらに頑丈そうな隔壁が下ろされ、がっちりと閉じられた。
「…………」
 さすがに、なんだかとんでもない事に巻き込まれたような気がしてきたオーロラだったが、もう遅い。
「さて、ではオーロラさん、これより開始します。緊張なさらないで下さい。これは簡単な実験ですから」
 ふと天井の一点から光が壁へと放射され、ロレインの画像を結んだ。どうやらプロジェクターが設置されているらしい。
「……とてもそうは思えないのですが」
「大丈夫ですわ」
 黒く長い髪に同色の瞳、そして抜けるように白い肌……
 彼にとってはたとえ死んでも忘れないであろう人物によく似た顔が、自信ありげに断言する。
 そして──
「GYAAAAAAAAAAAAATH!!」
 通路の奥から、何かが雄叫びを上げつつ、こちらへと近づいてきた。


■ 誕生・これが! これがッ! ユウレインだッ!!

 ドスドスという重い足音と共に迫ってきたのは、一つ目の巨大な猿であった。
 光沢のある真っ白な毛並みはなかなかに綺麗だったが、2メートルを優に超える身長と血走った目、さらに凶悪な牙を剥き、長い爪を振り上げて突進してくる様は、いささか頂けない。
「……なんですか、あれは?」
「エンジェラちゃんです?」
「……エンジェラ……ちゃん?」
「カナダで目撃されている雪男──現地ではサスカッチと呼ばれているそうですが、そのミイラが近年発見されて、当研究所でクローン培養を行っていたのです。それで生まれたのが、彼女ですわ」
「彼女ということは、つまり……」
「ええ、立派なレディですよ」
「……確かに立派ですね。で、どうしろと?」
「こうしてください」
 と言うと、彼女はなにやら片手を上げてポーズを取り、そこから手や足を動かしつつ、最後にビシッと決めて、こちらにニヤリと笑ってみせる。
「これをやって、最後に「憑着」と叫んでください。そうすればシステムが起動します」
「…………それをやらなければ、だめなんですか?」
「だめです。なにがなんでもやって下さい」
 いったいどういう意味があるんだろうとは思ったが……聞くのはやめておいた。そんな時間もありそうにない。
 正直気乗りはしなかったし、このシステムとやらを使わなくとも、あれくらいの相手などどうにでもできる彼ではあったのだが……ここまで来ておいて協力しないのも悪いような気がした。いいひとである。
 細くため息をつくと、オーロラはロレインの説明したポーズを取り、変身アクションを始める。
 エンジェラちゃんは、もうすぐそこだ。
 そして、彼は言った。

「憑着!」

 瞬間、オーロラの身体から白い光が炸裂する。
 たまらず、巨猿は目を押さえて立ち止まった。

『解説しよう! 装着者の音声パターンと変身アクション時の筋肉伝達信号パターンにより起動されたシステムは、わずか6マイクロ秒のうちに本人の霊体分析を行い、霊体を抽出、成型して最良の形での装甲を成す! これにより誕生するのが科学とオカルトの最強融合戦士、憑依武甲ユウレインなのだ!!』

 どこからともなく、そんな放送が高らかに流れてきた。
「やった! 成功よ!!」
 画面の向こうでロレインの嬉しそうな声が響き、さらに周囲のオペレーター達の歓声が重なる。
 オーロラの身体は、白銀に輝く装甲によって、全身が覆われていた。
 とはいえ、全体の形は、甲冑や装甲といったイメージではなく、どちらかというとヒーロー番組の変身後の主人公……といった趣である。
「どうですかオーロラさん、装着した感想は?」
「そうですね……」
 聞かれたオーロラはというと、あまり実感がなかった。
 構成しているのが自分の霊体のせいか、重さもほとんどなく、視界も、動きも、感覚も、装着前と何ら変わる事がない。
 色々と自分の身体を動かしたり眺めたりして調子を見ていると……
「GYAAAA!!」
 爪を閃かせつつ、襲いかかってくる巨猿。
「おっと」
 オーロラは身を沈めて、難なくそれをかわす。
 2撃、3撃と続いたが、全て空を切らせた。
 それは別にこの装甲のおかげというわけではなく、普段の彼からしても充分余裕をもった動きだったのだが……そう思わない者達もいた。
「凄い、反射速度が通常の人間の平均値を遥かに上回ってます!」
「呼吸、脈拍その他バイタル値も変化なし!」
「システムは92%の稼動状態を保持!」
 次々に状況を読み上げるオペレーター達の声には、興奮の響きが色濃く混じっている。
「……完璧ね」
 ロレインもまた、満足そうな笑みを浮かべていた。
「次は武装関係のチェックを行います、よろしいかしら?」
「……え?」
 オーロラの頭の中で、直接ロレインの声がした。
「システム全体のリンクは、こちらで処理しているの。だから一旦憑着してしまえば、距離に関係なく、貴方の意識に直接情報を送れるわ」
「……そうなんですか」
 よくわからないが、それは便利そうだ。
「それでは、武装関連のデータを転送します」
 という彼女の言葉と同時に、オーロラの頭脳におびただしい情報が流れ込んでくる。使用できる武器と、その形状、使用法に関するものだ。完全に個々の記憶として脳に刻まれていくため、この方法なら、そこらの機械のようにマニュアルを読んでいちいち理解する手間も必要ないというわけである。
「なるほど……よし」
 わずか数秒のうちに、オーロラは大体の武装を把握していた。
「あの娘は寒い所だと、おとなしいいい子なのよ。普段は冷凍室にいて、ボールで遊んだりしてるんだけど……今はちょっと暑くて気が立ってるの、それだけなのよね。お願いだから、手加減してあげて」
「……了解」
 返事をしながら、あらためて目の前の大猿を見る。
 目を血走らせ、口からよだれを垂らしながら襲い掛かってくるその姿。
 少なくとも、話し合いの余地や、手加減してくれるような意志はまったく感じられない。
 ……ちょっと暑くて気が立っているだけ、か。
 ロレインはそのように言ったが……まったく信じられないのは気のせいだろうか。
 ……まあいい。
 クライアントのご要望には、できるだけ沿わねばなるまい。
 オーロラは片手を自然に下ろし、言った。
「霊・ブレード!」
 言葉と共に、手の中に霊体が収束され、1本の剣が形成される。
 装甲もそうだが、武装も全て装着者の霊体を利用して造られるのである。
「はぁっ!!」
 すれ違いざまに、胴を横薙ぎに払った。
 瞬間、両者の動きが止まる。
 オーロラの手から剣が消え……巨猿エンジェラちゃんは重い音を立てて倒れ伏した。
 斬ったわけではない。形状は確かに剣だが、使うものの意志によって、それはエクスカリバー並みの切れ味にも、まったく切れない木刀にもなりえるのである。今の場合は、もちろん後者だ。
 使用者の意図を反映して、威力や性質を自由に変化させる事ができる……それもまた、このシステムの特徴であった。
「お見事」
 ロレインが素直な感想を口にして、背後のオペレーター達も、その直後にどっと沸きあがった。


■ 決戦・黒き魂、ユウレインよ永遠なれ!

「次は富士の樹海で捕獲してきた動物霊!」
「GRRRRRRRR!」
「霊・キャノン!」

「続いて上空6000メートルで捕獲してきたクリッター!」
「クリクリクリクリ!!」
「霊・スピアー!」

「髪が伸びる人形!」
「…………」
「霊・コレダー!」

「なんだかよくわからない奴!」
「どうもです、ステラ様。この度はありがとうございました」
「霊・メガトンキック!!」

 ──オーロラの強さは、ほぼ無敵だった。
 彼の能力をもってすれば、別にこのシステムなどなくてもどうにでもなる相手ばかりであったのだが、相手を倒すたびに喜ぶロレインや研究者達の顔を見ていると、とてもそんな事など言う気にはなれない。
 それにもし、自分が「その気」でこのユウレインに身を委ねでもしたら、おそらくはシステムの方が負荷に耐えきれず崩壊するだろう……オーロラは使い始めてすぐに、それを悟った。
 あくまでこれは「一般的な人間用」なのであって、それ以上の存在は対象として含まれてはいない……計算外なのである。
 たとえて言うなら、1リットルのペットボトルに、海の水を全て入れようとするに等しい。オーロラの持つ力と、このユウレインの許容量とは、それくらいの開きがあった。
 なので、オーロラは極力システムに悪影響が出ないように、壊さないようにと、力をセーブしつつ行動している。戦いなどより、そっちの方にやたらと注意を集中させていた。
「疲れたでしょう? そろそろ休憩にする?」
「そうですね、そうして頂けると助かります」
「わかったわ。待ってて、今警備システムを切り替えて通常モードに戻すから」
 上機嫌のロレインに告げられて、ほっとするオーロラ。
 正直、力の抑制に集中しながら行動する事には少々疲れを感じていた。常に針の穴に糸を通す行為を繰り返しつつ、動いているようなものなのだ。
 ──が。
 妖しい気配が消えるどころか、それまでにないくらいの強く禍々しい存在の息吹を感じて、オーロラが通路の奥へと視線を飛ばす。
 けたたましい警報は、その後で響いてきた。
「何事なの!?」
「大変です! 零号試験体が拘束結界シールドを破って暴れています!」
「なんですって!! どうしてあれを破れるというの!!」
「わかりません! 急に奴のエネルギー値が増大して……推測の域を出ませんが、ひょっとして……」
「……同じシステム同士の共鳴……まさか……」
 ロレインとオペレーター達の会話も、一気に緊迫する。
 それを聞きながら、黙ってブレードを構えるオーロラ。
 ……来る!
 前方の壁がふいに盛り上がり、轟音と共に爆発を起こした。
「URAAAAAAAAAAAAA……」
 低い、地の底から響いてくるかのような声と、ぴしゃり、ぴしゃりという粘液質の足音。
 やがて壁に穿たれた穴から現れたのは……
「……零号試験体……」
 ロレインの声が、その名を告げた。
 それは……漆黒のユウレインだ。
 オーロラの白銀のボディとは対照的に、闇を切り出して形作られたような色をしている。
 全体もおどろおどろしく、骸骨を思わせる痩せこけたシルエットのあちこちから、ねじくれた角が不規則に生えていた。全身を透明の粘液がつたい、糸を引いて床へと滴っている。
「……なんですか、あれは」
 オーロラが、尋ねる。
「今貴方が装着しているのが完成1号体で……あれはその前に作られた起動実験用の先行試作体なの」
「封印していたと言いましたね」
「ええ、いきなり人間に装着させるわけにはいかなかったから、とある霊体を内部に取り込んで試験を行ったの。それが失敗して……ね」
「一体どんな霊を入れたんですか?」
「それは……」
 少しの間逡巡のそぶりを見せたロレインだったが、すぐに表情をあらためると、
「今からデータを送るわ」
 言いながら、コンソールを叩き始めた。
「待ってください! それは極秘のデータですよ!」
「構わない、私が責任を取るわ。それにこうなってしまっては、他にあれを止める手段があると思う?」
「……それは……」
 問われたオペレーターが押し黙る。データはすぐに転送されてきた。
「……他に霊なんて、いくらでもいたでしょうに……」
 零号試験体の事を知ったオーロラが最初に口にしたのは、そんな言葉だ。
 そいつは、アメリカで10人を殺して死刑になった連続殺人犯の霊だった。死刑となってからも悪霊となり、刑務所の人間を5人取り殺している。生前も、そして死後ですら、決して救われない男だと言えるだろう。
 その霊をこの組織の人間が捕獲し、ここに連れ帰ってユウレインの実験用霊体とした。より強い霊であれば、それだけこのシステムもまた強力なものとなるからだ。
 ……その試みは、確かに当たっていた。ただ、作った者達ですら制御できない程に、そいつは力を得てしまったのである。あとは、やむなく厳重な結界を施した場所に封じ込めるしかなかった。
「同じシステムで構成されたエネルギー体が近づけば、両者が共鳴して力を増す可能性も十分考えられた……迂闊だったわ」
 つぶやいて、唇を噛み締めるロレイン。
 オーロラの方も、確かにもう一体のユウレインから流れてくるパワーを確かに感じていた。
 ……これは……多少厄介かもしれない。
 そう思った瞬間、
「GUAAAAAAAAA!!!」
 雄叫びを上げて、黒いユウレインが跳躍した。
 速い!
 今までの相手とは比べようもなかった。
「く……っ!」
 斬りつけた剣が手で受け止められ、そのまま押し切られる。
 ──ドゥッ!
 空中で身を捻りざまに蹴りを繰り出され、弾き飛ばされた。
 手でガードしたものの、さすがにその衝撃までは相殺できない。
「……!」
 一回転して足から着地したが、その時には再び黒い影が目の前に。
「URAAAA!!!」
 凄まじいまでの猛攻が襲いかかってきた。
 息をつく間もないほどに拳が、蹴りが降りそそぐ。零号試験体の手先足先には曲がった鉤爪が鋭く伸びており、それだけでも充分過ぎるほどの破壊力だ。さらに、とんでもないスピードとパワーが加わるのだからたまらない。
「……っ!」
 ……まずい、このままでは……
 オーロラの胸に、そんな思いがふっと沸き上がった時──
 ──ドン! ドン! ドン!
 小気味のいい音が響き、黒いユウレインの表面で火花が散った。
「GEAAAA!!」
 叫びと共に、一瞬で5メートルは飛び、後退する。
「大丈夫!?」
 続いて背後で声がして、誰かが近づいてくる足音。
「ロレインさん、危険ですよ」
 振り向きもしないで、オーロラが言った。それが誰かは、気配でわかる。
「貴方こそ早く後退してください。あれの相手をするのは無理です」
 言いながら隣に並んだ彼女の手には、長い銃身と銀色のボディを持った美しい拳銃が握られていた。
 コルトパイソン357マグナム。
 アメリカのポリスオフィサーですら、強力過ぎて近年は使うものが少なくなっているというシロモノだ。銃弾の威力からすれば、対人用というよりは対車両用に近い。
「そんな事を言われても……その銃だって、あいつには通じませんよ」
「ええ、わかっています」
 ロレインはきっぱり言い切って頷いてみせる。
 黒い零号試験体の身体には、全弾命中したにもかかわらず、傷ひとつついてはいなかった。
「ですが、私には開発責任者としての責任があります。退くわけにはいきません」
「……」
 前方を見る彼女の瞳に、迷いの色は……ない。
 ……まいったな……
 言葉には出さず、呟くオーロラだ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 そして、奴が爪を振りかざし、またもや飛びかかってきた。
 それに向かって、まっすぐに銃を構えるロレイン。
 彼女の姿に……オーロラはあきらめた。

 ──銃声。

「……大丈夫ですか?」
 拳銃を構えたまま床にへたりこんでいるロレインに、オーロラはそう声をかけた。
「え……?」
 まさに一瞬だった。その間に何が起こったのか。
 自分は確かに銃を撃った、それは覚えている。そのあとは……わからない。
 気がつくと、側にはオーロラと……
「GU……AAH……」
 そのオーロラの手によって、零号試験体が壁に押さえつけられていた。一体どれほどの力なのか……黒いボディが半ばまで壁にめり込んでいる。首のあたりを捕まえたオーロラの手を剥がそうともがいているようだが、全然ビクともせず、苦しげなうめきを上げているだけだった。
 そのオーロラはというと、今はなんとユウレインを身に纏ってもいない。
 頭と、首と、心臓の上、腰に巻かれたパーツから、白く細い煙が上がっていた。
 これまで、オーロラはこうなることを恐れて、力をセーブしていたのである。
 が、しかし、この場合は最早仕方がないだろう。
「こいつを、滅ぼしても構いませんか?」
 静かに、オーロラは尋ねた。
「……え、ええ……」
 呆然とこたえるロレイン。
「では……」
 許しを得て、チラリとそちらにはしばみ色の綺麗な瞳を向ける。
 黒い身体の動きが、ピタリと止まった。
 ただの空洞の目の奥で、怯えの色が揺れている。
 そいつも、ようやくわかったのだ。
 自分の目の前にいるのが、どういう存在なのか。
「……消えなさい」
 と言った声からは、むしろ優しささえ感じられた。
 間を置かず、砂が崩れるようにすうっと消えていく零号試験体。
 後には、何も残らなかった。
 狂える魂は、今虚無へと還ったのだ。
「……貴方は……一体……」
 ややあって、ロレインが聞いた。
 しかし、オーロラはそれにはこたえず、
「貴女によく似た人を知っているんです」
 小さく微笑んで、そう告げる。
「容姿もそうですが、何かに夢中になると、それしか見えなくなる。そんな所も似ていましてね……」
「…………」
 彼女は、何も言わなかった。
 ただ、やや頬を赤らめつつ、まぶしいものでも見るように、じっとこちらを見つめていた。
 ……もっとも、あの方はこんなに表情が多彩ではないし……やはり根本的な所では全然違いますね。
 心の中でつぶやいて、さらに微笑を深めたオーロラであった──


■ 帰還・主と従者、再び

 ──3日後。
「ただいま帰りました」
 と、店のドアを開けて入ってきたのは、腰まである長い黒髪に同色の瞳を持った麗人であった。
 年の頃は20代半ばといった所だが、静かなたたずまいと、どこか超然とした雰囲気からは、実際の所は計り知れない。
 彼女の名前は、ステラ・ミラ。
 この世の謎を全て知るまで、漂泊の旅を続ける旅人にして、永遠の求道者である。
 そしてここは、彼女の店である古本屋、極光。
 裏通りにある洋風の小さな店なのだが、これまでの旅で得た世界中の知識、珍品、奇品、etcがこれでもかと詰まった、世界でも類を見ない店だったりする。
「おかえりなさいませ。で、どうでしたか、そちらの首尾は? ヘイオンワイでは、何か良いものに巡り合えましたか?」
 店の中で出迎えたのは、彼女の忠実なる僕にして使い魔のオーロラであった。
 いつもは白い狼の姿なのだが、今は留守を預かるという意味でも人間の姿となっている。
 ちなみにヘイオンワイというのは、イギリスのウェールズ東端の街の名であり、英国一の規模を誇る古書店街があるので有名な所だ。
「ええ、そうですね。深夜に街の教会の地下聖堂で行われた裏のオークションは、なかなかに面白かったです」
「……またそのような妖しげな催しに……」
「そこで竹内文献全てのコピーが出てましたので、競り落としてきました」
「ですが……確かそれはオリジナルを既に入手済みではありませんでしたか?」
「あれは保存用です。実用として、前からコピーも欲しいと思っていたのですよ」
「はあ、なるほど」
 まるで几帳面なコレクターのような台詞に、頷くオーロラだ。
「ルーマニアで吸血鬼をやってらっしゃる方が最後まで食い下がってきたのですが、白木の杭をチラリと見せたら、慌てて逃げていきましてね。それでなんとかしてきたのですよ」
「……またそれはなんとも……」
「その後、配下の狼男やデュラハンなどを大勢引き連れて戻ってらして、名誉を傷つけられたので決闘せよとか言われてしまったのですが……まあ、適当にお引取り願いました」
「そ……そうですか……」
 留守番で良かったと、心から思ったオーロラだ。
「で、そちらはどうだったのですか?」
「いえ、こちらは特に何も。ごく普通にしておりましたが」
「普通、ですか」
「はい」
「草間様には、確かにあれをお渡ししたのですね?」
「ええ、確かに」
「それで、何とおっしゃっていました?」
「さあ、特に何も。ただ、なにやら複雑な表情はなさっておいででしたが……」
「……ふむ。あと一押しという所ですわね」
「何がですか?」
「そのうちにわかります」
「……はぁ」
 何がわかるのだろうか……と、ふと疑問に思ったが、オーロラには想像もつかない。
 そのとき、チリリリン、と、アンティークの電話が優雅な音を立てた。
 音もなくステラが側に寄り、受話器を持ち上げる。
「──これは草間様、はい、はい。そうですか……わかりました。では本人にそのように伝えておきます。はい。ええ、それではまた、いずれ。はい。失礼致します」
 チン、と受話器を戻すと、無表情の顔が再びオーロラへと向き直る。
「……オーロラ、白状なさい」
「は……?」
 いきなり言われて、目をぱちくりさせるオーロラ。
「ロレインという女性の名前に心当たりはありますね?」
「……はい、草間様の所の仕事で、大変お世話になった方ですが……それがなにか?」
「あなたを探しているそうです。なんでも個人的に是非また会いたいとか」
「つまり仕事……という事ですか?」
「そうではありません。個人的にと言ったでしょう」
「……個人的……?」
 それが何を意味するのか、彼には皆目見当もつかない。
 首を捻るオーロラに、ステラは、
「……気分転換はできましたか?」
 ふと、今度はそう尋ねた。
「はい? ええ……そうですね……」
 不意の質問に、素直にこたえる彼。
 そんな使い魔の姿にステラは静かに頷くと、
「それはよかったですね。私も帰国早々、大変面白くなってきました」
 相変わらずの無表情で、言ったのだった。
「…………?」
 一方のオーロラはというと、その真意がさっぱり掴めない。
 ……それより、いつ自分の姿を戻してくれるのだろう……
 と、そっちの方が気になっている彼だ。

 ──この後さらに1週間、オーロラは人間の姿で過ごす事となり、生涯忘れ得ぬ程のドタバタ劇を演じる事となるのだが……この時はまだ、そんな事になるとは夢にも思ってはいなかった。


■ END ■