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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


亡き人からの最期の依頼
●依頼内容(オープニング文章)
 その日、藤堂雪乃は扉を乱暴に開けて入ってきた。煙草をくわえたままの草間が怪訝そうに振り返る。
「霊をなんとかして貰いたいのです。霊媒師でも、退魔師でも、陰陽師でも、悪魔払いでも、祈祷師でもなんでも構いませんわ。そうよ、恐山のいたこでも良いのです。お願いします。なんとかしてくださりません?」
 雪乃は普通の様子ではなかった。高価そうな服もバッグも妙に安っぽく見えるほど、自信に満ちた態度はなりをひそめていた。草間は溜め息をつく。ある令嬢の失踪事件を持ち込まれたのはもう何ヶ月も前の事だ。その際、令嬢の親しい友人である雪乃は数名の調査員と話をした。だが、それだけの関係なのだ。ここまで唐突に、そして不作法に依頼を持ち込まれても‥‥たとえこんなしがない探偵にだって仕事をえり好みする自由はある。それと引き換えに年が越せなかったとしてもだ。
「申し訳ありませんが‥‥」
 疲れた様子で立ち上がった草間はびっくりした。雪乃は泣いていた。止まらない涙は頬を伝い、雪乃の胸元に大きな水のにじみを作っていく。
「助けてください! お願い。もう誰にも頼れないの。霊が‥‥月子が霊になってずっとわたくしにつきまとっているのです。朝も夜も‥‥怖くて、もうどうにかなりそうなんです。お願いします。わたくしをどうか助けて!」
 雪乃が叫んだその名は‥‥草間が捜索を頼まれた令嬢の名だった。それではその娘は死んでしまったというのか。どうやら断るわけにはいかないらしい。
「わかりました。お引き受けしますから‥‥落ち着いて」
 草間は雪乃に椅子をすすめた。零はやっぱりね、という表情でお茶を2つ用意しなくてはと思った。

依頼:藤堂雪乃が訴える霊を処理すること(手段は問わず)。

●草間の台風
 洗いざらい状況をぶちまけると、藤堂雪乃は草間探偵社に長居をしなかった。涙は止まっていたが普段の強気は出てこない。かなり精神的に追いつめられているのだろう。
「たまに顔を出せばこれか。ここにくれば退屈しなくて済むので助かるな」
 武神一樹は楽しそうに破顔した。
「そう思うならお嬢様に手を貸してやれ。俺は手一杯なんだ」
 草間は振り返りもせずに言う。超ヘビィスモーカーの男の周りには不健康な煙りがたゆたっている。
「そうは言ってもな。俺はお嬢様と面識もないし、これまでの経緯も知らない‥‥」
「コピーだ。くれてやるからさっさと行ってくれ。さすがに俺も気になっている」
 ステープラで留められた紙束を草間は一樹に向かって投げつけた。
「‥‥わかった。しばらくはボディガードとしてお嬢様にピッタリと貼り付いていてやるから恩に着ろ」
 一樹は魅力的な笑みを浮かべると、相当ガタのきている戸を無造作に開けて出ていった。
「まるで暴風雨が2つ出ていったみたい」
 雪乃と一樹が使った茶器を片づけながらシェライン・エマは軽く首を傾げた。どうにもひっかかるのは雪乃の態度腑に落ちないからだ。赤い跡が残る湯飲みを取り上げて盆に載せる。本当はこんな風に口紅の残すのは作法ではないのだが、それほど余裕がなかったのだろう。
「気になるか?」
 書類の山に埋もれたままの草間が問う。
「えぇ‥‥あの様子から類推するに月子の死を雪乃は知っていた。そしてそれに関与しているからこそ月子の霊に怯えている‥‥というのはどうかしら。もっとも、本当に月子の霊がいるかどうかはわからないけれど」
 シェラインは色々な状況を考える。雪乃には『クスリ』の疑惑もある。霊だと思いこんでいるだけで、実は幻覚かもしれないし‥‥もっと別の誰かの策略が絡んでいることのなのかもしれない。
「‥‥私も行ってみます」
「わかった」
 シェラインは草間興信所をいつもよりずっと早い時間に出た。
 入れ違いに顔を出したのは瀧川七星だった。ごく気さくに依頼人達の為のソファに身体を預ける。
「あれ? 今日はシェラインさんいないんだね。あ、零ちゃん、俺にもお茶頼むよ〜」
「嫌です」
 即答でキッパリと断られ、七星は悲しそうな表情を作る。けれど目が笑っているのを零は見逃さない。ツンと顔を背けて奥へ入っていってしまう。
「‥‥あらら〜俺、嫌われちゃったかな? なんか悪い事した?」
 七星は屈託無く草間に尋ねる。草間は無言で煙を吐き出すだけだ。七星は明るく豪華な金色の髪をかき上げた。
「シェラインさんはお仕事でお出かけなんです」
 ツンとしながらも零は七星の質問に答えてくれた。
「へ〜、ね、よかったら俺にもその話教えてよ。聞くからにはちゃんと始末つけてあげるからさ」
 七星は草間から簡単に経緯を聞く。
「ふ〜ん。マジで霊がらみなら俺にはお手上げだけど、そうとも言い切れないわけだ。OK、ちょっと調べてきてやるよ」
 七星は悪戯っぽいウィンクをして、草間興信所を出ていった。

●亡者出現
 藤堂の家に尋ねてきた静波歩は豪奢な応接室で雪乃と会った。部屋には焔と一樹が壁際に立っている。
「正直に話して見ろ。もし、月子という娘が霊になる心当たりがあるというのなら、全て話して謝るべき事は謝れ。お前に見えるということは、なんらかの意味があるんだ」
 月子の霊が本物か偽物かは問題ではない。なんらかの些末かもしれないが、そこに理由があるからこそ、雪乃はそれを見てしまうのだ。
「月子の事、大好きでしたわ」
 ポロっと雪乃が涙を流す。歩は静かな目で雪乃を見つめている。
「わたくし‥‥言えません。言わなくては死んでしまうといいうのなら、死ぬべきなのですわ、わたくしも‥‥月子が迎えに来ているのいうのでしたら、わたくし‥‥連れて行かれても構いません」
 雪乃は顔を両手で覆う。雪乃の気持ちはさっぱり掴めないと男達は思った。困り果てて草間のところに泣きついた筈なのに、事情を話せと言うと死んでも言わないとごねる。
「女の心は男にはわからないか‥‥」
 歩は小声でつぶやくと、高価そうなソファから立ち上がった。部屋を出ていく歩に一樹と焔も倣う。入れ違いで入ってきたのはシェラインだった。肩を振るわせている雪乃にそっと寄り添うように座る。シェラインは何も言わずにただじっと雪乃を見つめているだけだった。10分ほどすると、雪乃はぬれた手でハンカチを取り出すと無造作に頬を拭いた。
「馬鹿な女だと思っているのでしょう? 友達の霊を怖がって怪しい興信所に行った癖に肝心な事は何も話さない臆病者だって‥‥そうよ。霊も怖いし事実が明るみにでるのも怖いのよ」
「みんなあなたを助けたいって思ってここに来ている。だから助けるための手がかりが欲しいだけ。霊か霊じゃないかなんてどうでも良い事だから。あなたが話せないならそれでも構わない。それで仕事が出来ない様な人達じゃないから気にしないで」
 シェラインの口調は決して優しくはなかった。事実を淡々と告げているだけでどこか突き放している様でもある。
「‥‥ありがとう」
 雪乃は滅多に言わない礼の言葉をシェラインに言った。
「わかったわ。わたくし、話しま‥‥あ!」
 立ち上がりかけた雪乃はそのままの姿勢で凍り付いた。
「何があった!」
 気配は部屋の外で待機していた男達にも感知されていた。シェラインは無言で指を指す。皆の目の前に霊が実体化していた。見る能力のない筈の者にまでくっきりと見える。白い煙りの様な女の姿。若い、楚々とした古風な魅力を持つ女。
「‥‥月子」
 焔は前に仕事の時に月子の写真を見ていた。
「出たのか? 霊?」
 遅れて七星も駆けつけた。皆の目の前頼りない煙は少しずつ集まり、より密度を増していくようだ。
「霊だ」
 歩の言葉に一樹と焔は頷いた。

●聖なる死者
 月子の姿をした霊からは攻撃の念は感じなかった。ただしとどに降る長雨の様な哀愁を感じる。
「不思議な死霊だな」
 一樹は思った。人外の者にも人ではあるが色々と踏み外した者にも知己があるが、こんな雰囲気の者はいない。そもそも強い意志がなければこの世に留まることは出来ないのだ。そう、この霊は死んでいる。焔は月子の死を確信した。それならば何故月子は死んだのか‥‥それを解明しなくてはならないと思う。
「何が理由なのだ?」
 優しく一樹は死霊に話しかけた。
「わたくしが憎いのですか? あなたに晴彦を紹介したわたくしを? 知っていましたわ。晴彦が危険な組織にいる男だと。あなたがあの男共々破滅するかもしれないとわかっていて‥‥だからですの?」
 雪乃は崖に追いつめられた者の様にせっぱ詰まった様子だった。けれど月子の霊はゆるりとかぶりを振る。
「何か伝えたい事があるのなら、俺達が聞こう」
 歩が慈愛に満ちた父の様な眼差しで手を広げ月子を見る。月子の死霊はうなづき唇を開く。けれどそれは音にならない。
「意外に弱いみたいだ。伝えたくても伝えられないみたいだね」
 七星は珍しい光景に驚きを隠せない。或いは人に見える事に力を特化させた為に言葉を伝える事が出来なくなっているのかもしれない。
「どうする?」
 一樹は焔と歩を見る。皆の見ている前で死霊はゆらゆらと揺らめき、シェラインのすぐ横で立ち止まる。海中を泳ぐ人魚の様に空間をたゆたい、けれどシェラインからは離れようとしないでいる。
「‥‥おまえ、霊媒師になってみる気はないか?」
「え?」
 焔に言われシェラインは眉を寄せる。月子の霊はにっこりと笑った。

●最期の願い
 少し緊張した面もちでシェラインは座っていた。
「で、どうすればいいの?」
 すっかり懐いてしまったかのようにシェラインから離れない月子の霊は、先ほどから動かずにじっとしている。
「気を楽にしているんだな」
 歩がシェラインの肩に手を置く。なんとなく暖かい波動が感じられて、シェラインは励まされている様な気分になった。スッと構えていた力が抜ける。その時、月子の白い煙りの様な霊体がシェラインの身体に吸い込まれた。憑依の状態になる。ゆっくりと目を閉じて‥‥そして開かれたそれは月子の哀しい色の目だった。
「皆様には本当にご迷惑をお掛けしています」
 月子はシェラインの身体と声を借りて淑やかに詫びた。
「つき‥‥こ? 本当に月子様なの?」
 雪乃はおそるおそる尋ねた。優雅な仕草でシェラインの身体が会釈をする。
「月子様‥‥雪乃を許して」
「いいえ、雪乃様は少しも悪くありませんわ。全てわたくしが未熟であったからです。それなのに雪乃様を怖がらせてしまって‥‥ただ、どうしてもお願いしたいことがあったのです」
 月子は泣きすがる雪乃から退魔師達に目を移す。
「皆様は力ある方々でございましょう。どうかわたくしの最期の願いをお聞き届けくださいませ。それが心に掛かり、わたくしはこのような身のままこの世に留まっているのです」
「なんだ?」
「出来る事ならしてやるゆえ」
 歩と一樹が促す。それで月子が成仏出来るのなら、もっとも良い解決となるだろう。焔はそっと雪乃をシェラインから引きはがした。
「はい‥‥」
 シェラインの身体を借りた月子は姿勢を正して皆に向き直る。
「晴彦を‥‥相庭晴彦を助けてください。わたくしと共に命を奪われ悪鬼と化してしまった晴彦の魂を‥‥救ってください」
 涙が頬を伝った。ゆっくりとお辞儀をして、身体を起こした時にはもう月子は去っていた。シェラインは困った様に頬を濡らしている涙をぬぐう。
「もう行ってしまったわ」
 けれど、まだ消えてしまった月子の気持ちが残っている。悲しみ、苦しみ‥‥それらは自分の為に事ではなく、晴彦を思う気持ちばかりだった。
「悪鬼討伐を願うか‥‥哀れな」
 一樹は目を伏せる。月子の魂は穢れていない。ならばこの世に留まる事は激しい痛みを伴う事だろう。肉体という守りのない姿ではこの世は汚れすぎている。
「晴彦の居場所がわかるか?」
 シェラインは歩の問いにうなづく。
「晴彦と月子の亡骸は成田にある。晴彦はその付近に今も留まっている。月子は側にいられなくなってここに来たの‥‥今は北岡の自宅に戻っているわ」
「つまり‥‥その悪鬼をなんとかすればこの雪乃さんの依頼も解決するってわけだ」
 七星の目には事件の全容がはっきりと見えた。後は実行するだけだ。
「いいえ‥‥」
 雪乃が首を振り急に言った。
「今回の依頼はここまでよ。助かりましたわ」
 これ以上月子の霊が雪乃を脅かす事はないだろう。言うべき事を告げたからだ。けれど、根本的な事は何一つ解決されていない。
「‥‥自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
 焔が厳しい口調で言う。けれど雪乃はうなづいた。
「わかっていますわ。悪霊征伐なのでしょう? でもわたくしの依頼はその様な恐ろしいものではないの。いずれ‥‥改めてお願いにあがりますわ」
 先ほどまで敗国の女王の様だった雪乃は、復興を誓うレジスタンスの顔でそう言った。
「‥‥わかった。俺の力が要る時はすぐに呼べ」
 焔は飾らない言葉でそう言った。

●疲労困憊
 草間興信所に戻ったシェラインは自分の椅子に座る。そうしてみると、自分が限界を超えていた事がわかる。もうバテバテだった。霊をこの身に宿すということは、これ程体力を消耗することなのだろうか。
「解決したか‥‥」
 草間の問いに答えるのもおっくうだ。
「はい、報告は明日にでも‥‥とにかく雪乃さんはこれ以上はまた改めて、と言っていました。報酬は銀行振り込みで今日中に支払うそうです」
「わかった」
「お疲れさま〜」
 零がお茶をいれてくれる。とにかくここに戻ってくれば安心だと思う。いつのまにかこのおんぼろ事務所はシェラインにとって我が家の様な場所になっているようだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0170/武神一樹/男/30歳/光と闇に生きる者】
【0599/黒月焔/男/27歳/闇に生きる者】
【0086/シェライン・エマ/女/26歳/闇と光に生きる者】
【0177/瀧川七星/男/26歳/光に生きる者】
【1106/静波歩/男/36歳/闇に生きる者】
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■         ライター通信          ■
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 シェライン・エマ様、お久しぶりです。執筆を務めさせていただきました、深紅蒼です。なんだか今回はとんでもない役を振ってしまいました。月子としては、他の方には入りたくなかった様です。ご迷惑をお掛けしました。シェラインさんのイメージを損なわずに済んでますでしょうか? 不安は尽きませんがひとまずお返しいたします。もしまた機会があれば大詰めを迎えつつあるこの事件に身を投じてくださいませ。