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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


<猫の呪いだにゃんっ>

●オープニング
「ふーん、猫の呪いねぇ」
 三下忠雄が、そう、つまらなそうに呟いた時、
「猫の人形?」
 後ろから聞きなれた声がした。
「あ、編集長」
「面白そうな手紙じゃない」
 碇麗香が、三下が広げていた手紙をつまむ。
「猫の人形に取り憑かれてしまいました、助けてにゃん……にゃん?」
「全編そんな感じですよ。子供の悪戯だろうと思うんですけど」
「う〜ん……でも、記事に出来たら面白そうね。誰か、手の空いてる者はいないかしら?」
 手紙によると、10歳の女の子が、誕生日祝いに猫の人形を買ってもらってから、急に猫語しか話せなくなったらしい。
「語尾ににゃんってつけると、猫語なんでしょうか?」
「……さあ?」

「猫……か」
 自らが経営するショットバーの、いつもの指定席……一番端の席で、顕龍は呟いた。
 巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)は40過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
 店には、バーテンダーと顕龍しかいない。バーテンダーと客……というより、顕龍は用心棒にしか見えない。もちろん、そう見られてしまう事は分かっている。
 顕龍は、再び退屈していた。
 長い間、暗殺という危険だがスリルのある仕事を生業として来た。もう充分に金はあるし、若くもない。無茶な事、危険な事を殊更する必要もない。ショットバーの経営から来る上がりも、程々はある。だから、引退したのだ。
 しかし、たまにこの生活から抜け出したくなる。
 特に今回のように、面白い話があった時には。
 アトラスの編集長である碇麗花からメールが送られて来たのは、ついさっきだった。猫の呪い……それがどのようなものかは、行ってみなければ分かるまい。しかし、確かに妙な事だ。
 久しぶりに楽しめるかもしれない。不思議と向き合い、スリルと戦い、そして……顕龍は、依頼を引き受けることに決めた。

●集合−−顕龍の場合
 返信されたメールによると、他に3人の者がこの事件の調査をすると言う。そこで、合流することとなった。
 麗花に言われた集合場所の駅前には、4人の人間が集まっていた。
 一人は勿論、顕龍自身。一人は背の高い、金髪の青年。それから明らかにその知り合いであろう、女性。そして、顕龍よりも厳つい体の大男。
 顕龍は、値踏みするように他の3人を見回した。
「白雪珠緒(しらゆき・たまお)にゃ。よろしく」
 珠緒は、さらさらとした銀色の髪に赤い瞳、豊満なボディ、名前の通りの雪のように白い肌を持つ、仄かな色気のある20代前半の女性だった。
 どこと無く、怪しい魅力が漂う。
 雰囲気から、俊敏で強力な格闘能力を持っているであろう、と察する事が出来た。
「巖嶺顕龍だ」
 言葉少なにそう言うと、顕龍は軽く頭を下げた。
「俺は瀧川・七星(たきがわ・なせ)。一応、小説家。よろしく」
 青年が、言葉の割にはクールにそう言った。
 七星は背中まである、美しい長い金の髪と青い瞳を持つ、20代半ばぐらいの男性である。一見普通の男に見えるが、とんでもない。これもすぐに顕龍には分かった。足の運びで分かる。確実に、何か格闘技……おそらく、柔術の類をやっているであろう。
 七星と目が合った。
 なるほど、格闘技だけではない。何かが……おそらくまだ何かがあるはずだ。小説家……? ん? 瀧川七星……そう言えば、どこかで聞いたような。
「珠緒に顕龍、七星か」
 最後に、大男が話し出した。
「俺はゴドフリート・アルバレスト。白バイ警官だ。カリフォルニアから交換留学でこっちに来てる。まぁ、仲良くやろうや」
 ゴドフリートは、身長2mを越し、がっちりとした体格をしている。顕龍より一回り以上大きく、まさに巨漢と言うにふさわしい。ブルドックを思わせる容姿で、一見太っているようにも見えるが、実はその総ては引き締まった筋肉である。
 警官か……ある意味、顕龍にとって敵ではある。今となってはもう関係の無い話ではあるが。暗殺者であったのは昔の事だし、その証拠をこの警官が握ってるとも思われない。第一、白バイと言うからには交通法規を取り締まるのが役目だろう。
 もちろんこれほどの大男だ、明らかに力を持っている。顕龍の見た所、珠緒といい、七星といい、ゴドフリートといい、いずれも一筋縄ではいかない格闘能力を持っているように思われた。もちろん、顕龍自身もだ。これなら、大概の相手には遅れを取るような事はあるまい。
 ただし、人間であれば、だが。
「こら、タマ。失礼だろ」
 七星が珠緒を叱る声が聞こえた。
「それじゃあ、お近づきのしるしに」
 ゴドフリートが、シュークリームを珠緒に渡している。
「これはっ! 生クリーム入りにゃっ!」
 うまいらしい。
 顕龍には今ひとつ理解出来ない。なぜこんな場所でシュークリームを立ち食いしているのか?
「あんたらも一つどうだ?」
 ゴドフリートが、顕龍と七星にも勧めた。
「それじゃ一つ……」
 七星はそう言って1つだけ受け取ったが、
「俺はいい」
 顕龍は、断った。
 食べる必要があるとは思えない。
 ゴドフリートがなぜそんなものを持っているのか。女の子への土産と言うなら分かるが、それならばなぜこんな場所で食べ始めたのか。
 まぁ甘いものを隠し持っておくというのは分かる。いつ何時、どんなサバイバル状態に置かれるか分からない。そんな時に、チョコレートの一かけらが命を救う事もある。しかしこれはどうもそういう状態ではないようだ。
 というか、このゴドフリートと言う男、そんなつもりで甘いものを持っているようには見えない。
 ふと見ると、珠緒が幸せそうな顔でもぐもぐとシュークリームを頬張っている。
 この女性も不思議だ。考えみれば、先程からまるで猫に取り憑かれているかのような言動をしている。明らかに知り合いであろうと思われる七星は、そのことを少しも不思議に思ったり不安になったりしていないようだ。
 祓うべきはむしろ珠緒のような気もするが、実際にはそんな感じはしない。
 まぁ他の者の事はどうでもいい。
「行くか」
 顕龍は、そう言った。

●問題の少女の家の前
 目的の家は、駅からは少し離れた郊外にあった。家自体は、ごく普通の二階建ての一軒家で、一見した限り怪しいところはどこにもない。
 表札に「湯川」の文字が見える。
「ここで間違いないな」
 七星は、麗花から教えて貰った住所を確認する。
 顕龍は、辺りを見回した。
 手紙を書いて来たのは女の子。名前は、「ゆかわすず」と書いてあったらしい。
 麗花のメールでは、既に親には話を通してあるとの事だ。
「えいっ!」
 珠緒が、勢いよく呼び鈴を押す。
 ピンポーン……
 しばらく、間が空く。
「あれ?」
 誰も出てこない。
 ピンポ、ピンポ、ピンポーン……
 珠緒が、焦れて何度も呼び鈴を押す。
「もしもーし! 返事がないにゃ、おかしいにゃ!」
「タマ、そんなに何度も押したって無駄だろ」
 七星が、呆れたように言う。
 すると、
「ハーイ」
 やっと、子供の高い声が聞こえた。
「おう、なんだ留守かと思ったぞ!」
 ガハハ、とゴドフリートが豪快に笑う。
 ドダダダダダダダダ……ガチャッ
「しつこいにゃんっ」
 現われたすずは、いきなり、玄関正面に立っていた珠緒に飛び蹴りをかました!
「にゃ!」
 不意を突かれて、その蹴りは見事に珠緒の顔面に決まる。
「あれっ……?」
 すずのびっくりした顔が、印象的であった。
 珠緒……高い格闘能力を持つと分析していたが、認識を改めなければいけないかもしれない。いくら突然だったとはいえ、子供の蹴りもよけられないとは……

●すずの話
 すずは10歳と聞いていたが、もう少し子供っぽく見える。しかし見たところ、これといって変わった感じはしない。
 それにさっきの行動を見る限り、思ったよりも活発な子らしい。
 いつまでも玄関前にいても仕方ないので、顕龍達は家の中に入った。応接間……なんてものはなさそうで、居間に通された。
 通常よりやや大きな掘り炬燵に入ると、親は留守であることを告げられた。
 一通り、名前だけ名乗った後に、
「おねぇちゃん、ごめんなさいにゃん」
 すずが、真剣な表情でぺこりと頭を下げた。
「う〜〜それはもういいにゃ」
「お父さんはどこ行ったの?」
 七星がそう尋ねる。
 麗花のメールによると、母親はすでに亡くなっているらしい。
 すずはもじもじと、
「おねぇちゃんたち、ざっしの人達?」
 と、逆に聞き返して来た。
 顕龍は、口を開いた。
「月刊アトラスに手紙を出したのは、お前だな?」
 こくり、とすずがうなずく。
 まずは確認から入るべきであろう。
「猫化ねぇ……見た限り、そう深刻でもなさそうだけど」
「それより、さっきの言葉が気になる。なぜ、突然珠緒を蹴ったりしたんだ?」
 顕龍の言葉に、
「だって……」
 一瞬、すずは口ごもり、やがて言った。
「また、あのおじさんだとおもったにゃん」
「あのおじさん?」
 ゴドフリートが、聞きとがめる。
「カメラもったおじさん」
「誰にゃ?」
「で結局、お父さんはどうしたんだ?」
「パパは、お仕事にゃん」
「そういやこの子だって学校があるんじゃないのか?」
「例の、人形はどこにあるんだ?」
 何だか段々と取り留めがつかなくなって来た。
「ちょっと待った! バラバラに色々聞いても効率が悪いし、ここはちゃんと整理してみよう」
 そう、七星が提案する。
 確かに良い判断だ。
「いいだろう」
 顕龍はうなずいた。
「いいんじゃないか?」
 ゴドフリートも賛成した。
 もちろん、珠緒が反対する謂れも無い。
「ええとまずはすずちゃん、今日はお父さんはお仕事で留守なんだね?」
 すずが、こくんとうなずく。
「それから、あの手紙を出しのはすずちゃん、君で間違いないね?」
 これにも軽くうなずく。
「じゃあ、まずはすずちゃんから事のいきさつを聞くしかないな」
「親がいないのでは仕方あるまい」
 しかし、子供相手に話を聞くのは骨が折れる。
「麗花のやつ、そんな事一言も言わなかったにゃ」
「ざっしの人達がくるって、聞いていたにゃん。ただ、カメラのおじさんが……」
「それも分からん」
 ゴドフリートが、胸ポケットからアメを出して、パクっと口に放り込む。
「カメラのおじさん……?」
 先程から、その「カメラのおじさん」なるものがずっと気になっていた。
「そんな目立つカメラを持ってるとしたら、その男はプロだろう。カメラマンと考えて間違いないな」
 状況から、顕龍はそう断言した。
「しかし、何の為に……?」
 七星の、もっともな疑問だ。
 カメラマンは、一体この家になにが目的でやって来るのか。しかも、しつこく。もしかしたら、その男は何かを知っているのかもしれない。
 顕龍は、冷静に答えた。
「今は分からん。置いといて、話の続きを聞こう」
「そうだな。すずちゃん、人形を貰ったいきさつを聞いておこうか」
 するとおもむろに、すずは電話の受話器を手に取り、ピポパポ押しはじめた。
「どうしたにゃ?」
「ざっしの人達が来たら、ここにでんわしてってパパに言われたにゃん」
 そう言って、コードレスホンを七星に渡す。
「もしもし、すずちゃんのお父さんですか? 俺は……」
 喋りながら、受信音をスピーカに変えて、他のみんなにも聞こえるようにする。
 やはり、電話の向こうは父親であった。一通り挨拶を済ませてから、七星は事のいきさつを尋ねた。
 父親の声が聞こえる。
「すみません、予定外の仕事が入ってしまって、こんな電話越しで。あれは……一月ほど前でしょうか。すずの誕生日に、デパートで猫の人形を買ったんです。すずがすごくお気に入りで。それからです。変な言葉で話しはじめるようになったのは」
 何でもそれ以来、どうも言動がおかしいという。すずの方もそれを気にしていて、アトラスに自分から手紙を出したのだろうという。
 でも、今はもっと大変な事になっている、とも言う。
「大変な事? 何が起こったんです?」
「それは……」
 説明されるまでもなかった。
 顕龍にも、一瞬にしてその「大変な事」が何なのか理解出来たからである。
 ふと見ると、すずの頭の上に、ネコ耳がピョコンと立っていた。
「……なるほど。これでは学校へも行けまいな」
 顕龍も納得する。
 言葉だけなら「変」ですむかもしれないが、こんなのを出していては授業もままなるまい。そして同時に、微かに疑っていた「思い込み」ではない事も分かった。
 子供のやる事である。
 言葉だけでは、何かそう思い込む事によって、語尾がおかしくなってしまうなどと言ういわば病気になったとしても、顕龍は驚かない。その可能性は、最初にアトラスからメールを貰った時から考慮に入れていた。
 しかし常識を疑うような猫の耳……こんなものを見せられては、これはもはやただ事ではないのだと認めざるをえない。
 七星は最後に父親に、人形を買ったデパートを聞いて、電話を切った。
 しっかり父親の携帯の電話番号もメモしている。
 先程から見ていて、3人の中でこの七星と言う男はなかなかに侮りがたかった。
 戦闘という面では分からない。しかし、少なくとも後の2人に比べて、随分と卒がない。話の聞き取りも、特に顕龍がどうしても付き足す事はなかった。
「おじょうちゃん、猫の人形をおじさんに見せてくれるかな?」
 ゴドフリートが、いつの間にかすっかりすずと打ち解けて、仲良くなっていた。
「うん! 待っててにゃん!」
 すずが、陽気に駆けて行く。

●人形
 すずが持って来た人形は、一見すると何の変哲もないものに見えた。
 擬人化された猫の人形である。シルクハットをかぶり、ステッキを持っている紳士風の、しかしどう見ても大量生産品だった。
「タマ、何か感じるか?」
 珠緒が、人形とにらめっこしている。
「う〜〜、良く分かんないにゃ」
 人形と、すずを見比べる。
「どっちにしても、もう人形にはいないような気がするにゃ」
 すずのネコ耳は、まだピョコンと出たままである。
 七星も人形を調べたが、めぼしい発見はなかったようであった。
 続いてゴドフリートも人形を調べていたが、しばらくたって、
「確かに何かいるな。でも、これは……?」
 当惑したような顔をする。
 辛抱強く待っていた顕龍は、最後に人形を受け取った。
 すぐさま、人形を隠すように後ろ向きになる。
 人形を調べるために、顕龍はなるべく人に知られぬようにしながら得意の陰陽術である呪詛術をはじめた。
「我が威、ここに在り…意の方、威の方、騙らず語れ。ひ、ふ、み、よ、いつ…」
 と唱えながら、髪の毛ほどに細い呪い針を人形に突き立てる。
 しかし、なかなか反応が無い。
「……思いの丈が有るならば聞こう。無ければ黙って出て行くか、さもなくば…散って貰おう」
 と針を突き刺し続けたが、何の応えもない。
 やがて顕龍は術を終えた。
 分かった事は一つ。何にせよ、この人形には生物や霊や意志ある者が宿っているわけではなさそうだということである。
 しかし生物としての反応は返ってこなかったが、霊的痕跡は感じ取れた。もしかして、かつてここに何かいたのかもしれないが、今はもぬけの殻だ。
 さて。どうすべきか……?
 人形はこれ以上調べても仕方ない。
 そして、顕龍にはさっきからずっと気になっていた事があった。
 話し合った結果、七星とゴドフリートは人形の売っていたデパートへ行くことになった。珠緒は猫たちを調べると言う。顕龍は皆とは別行動をとることになった。後でまた家へ帰って来る事を約束して顕龍達は家を出た。

●気になる事
 気になること、とは「カメラのおじさん」の事だ。
 この男、あるいはこの事件には直接関係ないかもしれない。しかし、娘を持つ父親としての顕龍からすれば、どうしても気になった。
 一旦、何事もなかったの様に歩き、七星、ゴドフリート、珠緒達と別れる。
 しばらく家から離れた後に、踵を返して戻った。
 足音をたてないように。
 家の前の道路の、少し離れた場所に、バンが1台停まっていた。
 あれだ。
 もしすずの言う男がカメラマンであるならば、当然近くで張っているはずである。バンは自然に停まっているが、窓に暗い透明シールを張られていて中の様子は伺えない。
 顕龍は、厭魅の術を使った。
 懐より紙で人の形を象った「紙代」を使い、印を結びながら、バンへと放つ。
 紙代がバンの底に張り付く。
 紙代を通して、バンの意識・残留思念が顕龍に流れ込む。
 この車の持ち主は……島崎恭平。中肉中背の、ひょうひょうとした男だ。なるほど、いつもカメラを持ち歩いているらしい。それだけではない。様々な小型のカメラや、録音テープも持ち歩いている。
 この車の中に、今、間違いなくいる。
 カメラマンというよりは、ジャーナリストらしい。普段書いている雑誌が流れ込んで来る。スクープ……と言っても政治経済、戦争などの高尚なものではない。インチキくさい、怪しげなものばかり狙っている。
 この男の実像が段々見えて来た。
 島崎は、まだ若いフリーのジャーナリスト。どこからか、すずの噂をかぎつけたらしい。スクープ写真を撮って、週間写真誌に売り込むつもりだ。ダメでも、最悪コネのあるスポーツ新聞が買い取ってくれる。
[怪奇・東京に現れた、化け猫少女!]
 そんなタイトルを考えているらしい。
 今……島崎は、盗聴をしている。
 玄関に、いつの間にか盗聴機を仕掛けたらしい。
 今でも、写真を撮る気は満々だ。
「さて……どうやって捕らえるか」
 見ていると、しばらく動きが無い。
「む……」
 島崎が、電話を盗聴している。
 父親からすずにかかって来た電話らしい。あと30分で帰る、と言っている。
 だが、島崎にはまだ動きが無い。
 やがて、時間と共に珠緒が戻って来て、家の中に入って行った。
 父親の電話から20分、今度は七星が戻って来て、同じように家の中へ入って行った。おや? 不用心だが、鍵がかかってないようだ。
 と、突然、
「……何してるんだ?」
 と声を掛けられた。
 術中に突然声を掛けられたので、顕龍はさすがに驚いた。
 しかし、それを顔にも動作にも表さず、声のした方へ振り向いた。
 見慣れた巨漢……ゴドフリートだった。
 やむなく術を中止して、紙代をバンから離す。
「静かに」
「なんだ? 家を見張ってるのか?」
「そうではない。あのバン……あそこに、例のカメラマン……ジャーナリストだが。それが、乗っている」
「……へえ?」
 ゴドフリートはまだ良く理解してないらしい。
 と。
 静かにバンの扉が開き、そこから黒いコート姿の島崎が顔を出した。
 そのまま、つかつかと湯川家へ向かう。
 やはりそうだ。父親の帰宅時間のやや前に行けば、すずの警戒も低かろう。
「行くぞ」
 顕龍は短くそれだけ伝えると、島崎の後を追って音も無く歩き出した。
「えっ?」
 ゴドフリートが、困惑しながらもそれに続く。

●阻止
 顕龍とゴドフリートの目に、島崎が呼び鈴を押すのが見えた。
 やがて、ネコ耳のすずが顔を出す。と、
「いっただきぃっ!」
 島崎はフラッシュ付きのカメラで、ネコ耳姿のすずを撮りまくった!
 顕龍は、暗殺稼業で鍛えた体にものをいわせ、驚異的な膂力で素早く近づくと、一撃で島崎のカメラを叩き落とした!
「何すんだ!」
 島崎が、顕龍を確認して叫んだ。
「黙れ」
 島崎の背後に来ていた顕龍が、男をつるし上げる。
 ゴドフリートが、ぬっとその横に現れ、男をじろじろと見る。
「? お前、なんで写真なんか……」
 家の中から七星がカメラに走り寄ると、素早くそのフィルムを抜き出した。
「ああーっ! な、何するんだ! そんな事する権利、お前らには……!」
「何か言ったかにゃ?」
 バリバリッ! と珠緒が、いつの間にか飛び出していた両手の爪を交差させ、男の頬を引っ掻く。
 珠緒もすずの側に居たようだ。
「痛っ、バカ、やめろ……ってお前も化け猫か!」
「それがどうしたにゃっ!」
「クソーッ、せっかくのスクープなのに!」
 じたばたともがく。
「ははあ、そういうわけか」
 七星がうなずく。
「お前、名前なんて言うにゃ?」
「ぼくは黙秘権を行使する!」
「なんにゃそれ! 頭に来るにゃ! あんまり珠緒姐さん怒らせると、頭からかじっちゃうにゃ!」
「うわーっ、やめろー! この化け猫めー!」
 男が大声を上げる。
「その男の名は、島崎恭平。28歳。フリーのジャーナリストだ。もっとも、何でもやってるようだがな」
 顕龍が、島崎に代わってすらすらとそう答えた。
「にゃ?」
「いつの間に調べやがった!」
 なおも、島崎が抵抗する。
「その男、悪質な写真週刊誌にこのネタを売りつけようとしていたらしい」
 冷酷に、顕龍が島崎を見下ろす。
「しょうがない男だな」
 ゴドフリートが、やれやれと腕を組む。
「もうフィルムは抜いたから、放しても大丈夫だよ」
 七星はそう言ったが、顕龍は用心深く、
「もう2度と狙わない、と誓え」
 と脅した。
「フンッ、そんなのはぼくの自由だね」
 島崎がそっぽを向く。
「お前なぁ、こんな小さな女の子を狙って、恥ずかしくないのか?」
 ゴドフリートが諌めると、
「知る権利の為なら、何だって許されるのさ!」
 と、開き直る島崎。
「にゃにー! 反省の色が無いにゃ! やっぱり丸噛りにゃ!」
 珠緒が、がばっと大きく口を開く。
「教育的指導ー!!」
 ゴドフリートが、容赦なく男を鉄拳制裁しようとする。
「ギャーッ!」
「まぁまぁ、待て待てみんな」
 七星が、止めに入った。
「七星、邪魔するにゃ!」
「この手の人間には、そういう脅し方は効果がないよ。カメラはまだ使えそうだな……フィルムは、ないかな?」
 七星が、ニヤッと笑った。
 顕龍は素早く島崎の身体検査をして、
「コートの中に予備がある」
「……な、何するんだ?」
 島崎が、引きつった笑みを浮かべる。
「大丈夫、怪我させたりはしないから安心してよ。ただ、人権を無視する人には、無視仕返すだけだよ。さ、タマ、こいつの服を剥ぎとって」
「了解にゃっ!」
「何する気だ……? や、やめろ……うわーっ!!」
 島崎の断末魔の悲鳴が、住宅街に木霊した。

●再びバーにて
 顕龍が、自らが経営するショットバーへ入って行くと、雇いのバーテンダーが軽く首を下げて挨拶する。
 いつもの指定席……一番端の席へ座ると、いつものようにバーテンダーは早速カクテルを作り、スッと差し出した。

 あのジャーナリスト……島崎恭平を散々脅してから放り出した頃に、すずの父親は帰宅した。
 そこではじめて七星と珠緒が、すずの母親が猫又であった事、すずもその血を受け継いでいる事を明かした。
 珠緒が猫達に聞いて分かったのは、生前この辺りの影のボスだったのはミケという猫又で、何を隠そうすずの母親であると言う事だった。
 当然、その娘であるすずも猫又なのだ。だとしたら、耳が出たり尻尾が出たりしてもおかしくはない。
 七星の話によると、その母親の名前は実華子(みけこ)。そしてそれは、その筋では有名な猫又の一族の娘であった。
 この話を、父親は、はじめはなかなか信じなかった。というか、妻の実華子が猫又であった事を本当に全く知らなかったようだ。
 まあ普通の人間にいきなり信じろというのは無理か。
 ミケは人間に化けるのがうまかったらしい。驚いても猫化したり語尾が変になったりはしなかったと言うし、自分が猫又である事を夫に完全に隠し通していた。いかんせん、それが反対に今回のような事件を招いてしまったわけであるが。
 だがしかし、事件は一応の解決をみた。
 後の事は珠緒が面倒を見るという。
 顕龍にとっては、それで終わりであった。
 最後に顕龍は、
「犬も可愛いだろう? プレゼントしよう」
 と、知人から貰った可愛い犬のストラップをすずに渡した。
 すずも最初はちょっと戸惑ったようだったが、
「ありがとうにゃん!」
 と、元気一杯にお礼する。
 こうして、顕龍は去って行った。

 それにしても、本当は猫又だった、とはなんともばかばかしい結末だ。

 さて。
 それはいい。
 だが、これをどうしたものか。
 顕龍には、最後の最後にやっと思い出した事があった。瀧川七星……どこかで見た名前だと思ったが、それは娘の、耀子の部屋の本棚にあった名前だ。
「それ、なんです?」
 バーテンダーが、顕龍が持っている物に目を止めた。
 何を隠そう、七星のサイン入りついでに珠緒の肉きゅう手形付き最新刊だった。
「へぇ、意外なものを読まれるんですねぇ」
「読まん」
 恥を忍んでサインしてもらったが、一番の問題はここからだ。
 どうするのが、一番さり気ないか?
 一番問題なく耀子にこの本を渡せるか?
 顕龍にとっては、戦う事よりもっともっと難しい問題だった。耀子も高校生、微妙な年頃なのだ。その上、顕龍がまさかサイン入り本をプレゼントしてくれるような性格だとは……いや、キャラクターだとは思っていない。
 誠にもって、頭の痛い問題であった。
 さて、どうしたものか……

 バーテンダーは気になったのか、チラチラと顕龍を盗み見た。
 顕龍がこれほど悩むのは、本当に珍しい事なのである。
 それが、まさか娘の事だとは露程も思うまいが。

 おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0234/白雪・珠緒(しらゆき・たまお)/女/523/フリーアルバイター。時々野良(化け)猫
0177/瀧川・七星(たきがわ・なせ)/男/26/小説家
1024/ゴドフリート・アルバレスト/男/34/白バイ警官

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■         ライター通信          ■
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2度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そして白雪珠緒様、瀧川七星様、ゴドフリート・アルバレスト様、はじめまして。

続けての参加となりましたので、キャラクターの把握は一番楽でした。相変らずのこわもてですが、これでよろしかったでしょうか……?
プレイングとしては、今回は人形の方が外れてしまったので、ジャーナリストの方へ行ってもらいました。
うーん、呪詛術を便利使いしてますね、わたし。
反省。

わたしの話は各キャラクター毎に、同じシーンでも視点を変えているので、よろしかったら他のキャラの話もお読みください。楽しめるのではないかと思います。

それでは、またお会いできたら嬉しいです。
今回はありがとうございました。

ライター 伊那 和弥