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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


<猫の呪いだにゃんっ>

●オープニング
「ふーん、猫の呪いねぇ」
 三下忠雄が、そう、つまらなそうに呟いた時、
「猫の人形?」
 後ろから聞きなれた声がした。
「あ、編集長」
「面白そうな手紙じゃない」
 碇麗香が、三下が広げていた手紙をつまむ。
「猫の人形に取り憑かれてしまいました、助けてにゃん……にゃん?」
「全編そんな感じですよ。子供の悪戯だろうと思うんですけど」
「う〜ん……でも、記事に出来たら面白そうね。誰か、手の空いてる者はいないかしら?」
 手紙によると、10歳の女の子が、誕生日祝いに猫の人形を買ってもらってから、急に猫語しか話せなくなったらしい。
「語尾ににゃんってつけると、猫語なんでしょうか?」
「……さあ?」

「何? 猫の呪い・・・・?! 祟る、呪うは化け猫の専売特許にゃ!! それやられちゃったら商売上がったりにゃ! 勝手に取るんじゃないにゃ! ちなみにアタシが猫語なのは化け猫だからで、呪われてる訳じゃないのにゃ。勘違いしないで欲しいのにゃ」
 たまたまアトラス編集部へ遊びに来た白雪・珠緒(しらゆき・たまお)は、麗香に話を聞くと、そう叫んだ。
 珠緒は、さらさらとした銀色の髪に赤い瞳、豊満なボディ、名前の通りの雪のように白い肌を持つ、仄かな色気のある20代前半の女性だった。いや、女性に見えた、が正しいだろう。
 本当は、化け猫である。
「それじゃ、調査してもらえる?」
「当然にゃ! やるにゃ!」
 興奮して、麗香の依頼を一発OKする。
「タマ……自分で正体をばらすなよ」
 瀧川・七星(たきがわ・なせ)が、やれやれといった口調で苦笑する。
 七星は背中まである、美しい長い金の髪と青い瞳を持つ、20代半ばぐらいの男性である。そして、タマこと珠緒とは長い付き合いでもあった。
「ハッ! 珠緒姉さんうっかりにゃ〜。と、とにかく、気に入らないにゃ! 行って、ビシッと説教してやらなくちゃなのにゃ」
 一応、珠緒が本当は化け猫であるということは秘密になっている。
 少し付き合いのある者はみんな知っているような気もするが、それも秘密である。
「人間に仇なすなんて、猫の風上にもおけないのにゃ! 悪いヤツは頭からバリバリ喰ってやるのにゃ」
「タマ、矛盾してるぞ」 
「にゃ? 細かいことは気にしちゃダメなのにゃ」
 珠緒が、高く拳を上げる。
「ああ、麗香、これ頼まれてた原稿な。そうだな。猫……まぁまだ猫とはっきり決まったわけじゃないけど、調べてみようか」
「報酬の猫缶を忘れちゃダメなのにゃ!」
 と言うわけで、珠緒と七星はこの事件を調べてみることにした。

●集合−−珠緒の場合
 麗花によると、他に2人がこの事件の調査をしてくれる事になったと言う。さっそく合流することとなった。
 麗花に言われた集合場所の駅前には、4人の人間(?)が集まっていた。
 一人は勿論、珠緒自身。もう一人は七星。そして、後の二人は共に厳つい体の大男達であった。
「白雪珠緒にゃ。よろしく」
 珠緒は、二人の大男を見上げた。
 こう言ってはなんだが、珠緒は別に背が低いと言うわけではない。わけではないが、この二人を目の前にすると、随分小さく見える。
 七星もそうだ。
 七星は、むしろ背は高い方なのだが、この二人に比べるとひょろひょろに痩せて見える。それほどに、二人の体はごつく、大きかった。
「巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)だ」
 一人が、そう言った。
 顕龍は40過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
「俺は瀧川七星。一応、小説家。よろしく」
 七星がそう挨拶すると、もう一人の大男も、ニカッと笑って挨拶を返した。
「珠緒に顕龍、七星か。俺はゴドフリート・アルバレスト。白バイ警官だ。カリフォルニアから交換留学でこっちに来てる。まぁ、仲良くやろうや」
 ゴドフリートは、身長2mを越し、がっちりとした体格をしている。顕龍より一回り以上大きく、まさに巨漢と言うにふさわしい。ブルドックを思わせる容姿で、一見太っているようにも見えるが、実はその総ては引き締まった筋肉である。
 珠緒が、くんくんと鼻をひくつかせる。
「甘い匂いがするにゃ」
 人一倍……いや猫だから当然なのだが、鋭い嗅覚が美味しそうな匂いを捉えた。
「ん?」
 ゴドフリートが、珠緒の動作に気づいたようだ。
 珠緒はゴドフリートに鼻を向け、
「やっぱり何かいい匂いにゃ」
 くんくん、と匂いを嗅ぐ。
「絶対、何か持っているにゃ!」
「こら、タマ。失礼だろ」
 七星が珠緒を叱るが、ゴドフリートはうなずき、
「ああ、これの事かな?」
 大きなポケットからガサゴソと袋を取り出し、その中に腕を突っ込んだ。
「それじゃあ、お近づきのしるしに」
 何個かのシュークリームを珠緒に渡す。
「い、いいのかにゃ?」
 じゅる……と、思わず出てしまった涎を拭い、珠緒は返事も待たずにシュークリームを受け取り、にこにこと頬張りはじめた。
「これはっ! 生クリーム入りにゃっ!」
「やれやれ……」
「あんたらも一つどうだ?」
 ゴドフリートが七星と顕龍にも勧める。
「それじゃ一つ……」
 七星はそう言って1つだけ受け取ったが、
「俺はいい」
 顕龍は、けんもほろろに断った。
 残ったシュークリームを、ゴドフリートは一口で口の中に放りこむ。
「ゴドフリートっていいやつにゃ。それじゃ、行くにゃ!」
 幸せそうな、珠緒の笑顔であった。

●それはないにゃ!
 目的の家は、駅からは少し離れた郊外にあった。家自体は、ごく普通の二階建ての一軒家で、一見怪しいところはどこにもない。
 表札に「湯川」の文字が見える。
「ここで間違いないな」
 七星が、麗花から教えて貰った住所を確認しつつ、辺りを見回した。
 手紙を書いて来たのは女の子。名前は、「ゆかわすず」と書いてあった。麗花の話では、既に親には話を通してあるらしい。
 珠緒は、勢いよく呼び鈴を押した。
「えいっ!」
 ピンポーン……
 しばらく、間が空く。
 何の反応も無かった。
「あれ?」
 誰も出てこない。
 珠緒は、焦れて何度も呼び鈴を押してみた。
 ピンポ、ピンポ、ピンポーン……
「もしもーし! 返事がないにゃ、おかしいにゃ!」
「タマ、そんなに何度も押したって無駄だろ」
 七星の声に、珠緒はハッと我に返った。
 こういう単純作業をしていると、たまに本能に負けてついつい夢中になってしまうことがある。今回も、押してるうちについ夢中になってしまった。
 反省、反省。
 とか思っていると。
「ハーイ」
 家の中から、子供の高い声が聞こえて来た。
 珠緒は期待して、玄関の扉の前に立つ。
「おう、なんだ留守かと思ったぞ!」
 ガハハ、とゴドフリートが豪快に笑う。
 ドダダダダダダダダ……ガチャッ
「しつこいにゃんっ」
 現われたすずは、いきなり、玄関正面に立っていた珠緒に飛び蹴りをかました!
「にゃ!」
 不意を突かれて、その蹴りが見事に珠緒の顔面に決まる!
 珠緒はびっくりして、思わずネコ耳と尻尾が飛び出した。

●悪魔の右手
 すずは10歳と聞いていたが、もう少し子供っぽく見える。しかし見たところ、これといって変わった感じはしない。
 それにさっきの行動を見る限り、思ったよりも活発な子らしい。
 いつまでも玄関前にいても仕方ないので、珠緒達は家の中に入った。応接間……なんてものはなさそうで、居間に通された。
 通常よりやや大きな掘り炬燵に入ると、親は留守であることを告げられた。
 一通り、名前だけ名乗った後に、
「おねぇちゃん、ごめんなさいにゃん」
 すずが、真剣な表情でぺこりと頭を下げた。
「う〜〜それはもういいにゃ」
 一瞬飛び出した耳と尻尾は、もちろんもう仕舞っている。
「お父さんはどこ行ったの?」
 七星が、そう聞いた。
 麗花の話では、母親はすでに亡くなっているらしい。
 すずはもじもじと、
「おねぇちゃんたち、ざっしの人達?」
 と、逆に聞き返して来た。
 顕龍が、口を開く。
「月刊アトラスに手紙を出したのは、お前だな?」
 こくり、とすずがうなずく。
「猫化ねぇ……見た限り、そう深刻でもなさそうだけど」
 七星がそう言うと、顕龍が、
「それより、さっきの言葉が気になる。なぜ、突然珠緒を蹴ったりしたんだ?」
「だって……」
 一瞬、すずは口ごもり、やがて言った。
「また、あのおじさんだとおもったにゃん」
「あのおじさん?」
 ゴドフリートが、聞きとがめる。
「カメラもったおじさん」
「誰にゃ?」
「で結局、お父さんはどうしたんだ?」
「パパは、お仕事にゃん」
「そういやこの子だって学校があるんじゃないのか?」
「例の、人形はどこにあるんだ?」
 何だか段々と取り留めがつかなくなって来た。
「ちょっと待った! バラバラに色々聞いても効率が悪いし、ここはちゃんと整理してみよう」
 七星がそう提案する。
「いいだろう」
 顕龍はうなずき、
「いいんじゃないか?」
 ゴドフリートも賛成した。
 もちろん、珠緒が反対する謂れも無い。
「ええとまずはすずちゃん、今日はお父さんはお仕事で留守なんだね?」
 すずが、こくんとうなずく。
「それから、あの手紙を出しのはすずちゃん、君で間違いないね?」
 これにも軽くうなずく。
「じゃあ、まずはすずちゃんから事のいきさつを聞くしかないな」
「親がいないのでは仕方あるまい」
「麗花のやつ、そんな事一言も言わなかったにゃ」
 麗花にしては、珍しく片手落ちだ。
「ざっしの人達がくるって、聞いていたにゃん。ただ、カメラのおじさんが……」
「それも分からん」
 ゴドフリートが、胸ポケットからアメを出して、パクっと口に放り込む。
「カメラのおじさん……?」
「そんな目立つカメラを持ってるとしたら、その男はプロだろう。カメラマンと考えて間違いないな」
 顕龍が断言する。
「しかし、何の為に……?」
 七星の疑問に、顕龍が冷静に答える。
「今は分からん。置いといて、話の続きを聞こう」
「そうだな。すずちゃん、人形を貰ったいきさつを聞いておこうか」
 するとおもむろに、すずは電話の受話器を手に取り、ピポパポ押しはじめた。
「どうしたにゃ?」
「ざっしの人達が来たら、ここにでんわしてってパパに言われたにゃん」
 そう言って、コードレスホンを七星に渡す。
 七星は、すぐに電話の相手と会話をはじめた。
「もしもし、すずちゃんのお父さんですか? 俺は……」
 喋りながら、受信音をスピーカに変えて、他のみんなにも聞こえるようにする。
 やはり、電話の向こうは父親であった。七星は一通り挨拶を済ませてから、事のいきさつを尋ねる。
 父親の声が聞こえる。
「すみません、予定外の仕事が入ってしまって、こんな電話越しで。あれは……一月ほど前でしょうか。すずの誕生日に、デパートで猫の人形を買ったんです。すずがすごくお気に入りで。それからです。変な言葉で話しはじめるようになったのは」
 それ以来、どうも言動がおかしいという。すずの方もそれを気にしていて、アトラスに自分から手紙を出したらしい。
 珠緒がふとすずを見ると、電話の途中退屈になったのかふわあとあくびをしていた。
 ゴドフリートが、それを見て急にもぞもぞと何やら取り出して、すずの横で振る。
 すずが、ピクッと反応する。
 ネコジャラシだった。
 わざわざこのために用意して来たらしい。
 ゴドフリートが、なおもひょいひょいとネコジャラシを振る。
 すずの瞳が輝き、思わずスチャッと手が出る……と、
「ダメにゃっ!」
 すずより先に、思わず珠緒はネコジャラシをつかんでしまった。
「あっ……」
 ゴドフリートと、すずの冷たい視線が突き刺さる。
 しまった……これでは大人化け猫としての威厳とか、プライドとか、人間形態としての尊厳とか、色々大事なものが失われてしまう……
「これは、その、間違いにゃ、ゴドーがいけないにゃ!」
 するとゴドフリートはニヤッと笑い、もう一度ネコジャラシをふりふりと振る。
「ダメにゃ、いけないにゃ!」
 何となく色っぽい声で珠緒は抗議するが、悪魔のようなゴドフリートは振るのをやめない。このままでは、ゴドフリートの掌の中で弄ばれてしまう!
「やめるにゃ、あっあっ」
 ひしっ。
 いつの間にか、またネコジャラシをつかんでしまう。悲しい猫の本能であった。
 今度は、一緒にすずもつかんでいる。
「あっ」
 ふと見ると、すずの頭の上に、見慣れたネコ耳がピョコンと立っていた。
「やっぱり、猫の呪いにゃ」
 珠緒は確信した。どう考えても、すずには猫が取り憑いているとしか思えない。
「……なるほど。これでは学校へも行けまいな」
 顕龍の声が聞こえる。
 確かにそうだろう。興奮する度にネコ耳が出るのでは、人間社会ではちょっと困る。まぁ珠緒はそんな事しょっちゅうだが。
 気付くと、七星は電話を切っていた。
「おじょうちゃん、猫の人形をおじさんに見せてくれるかな?」
 ゴドフリートが、いつの間にかすっかりすずを篭絡していた。
「うん! 待っててにゃん!」
 すずが、陽気に駆けて行く。

●人形
 すずが持って来た人形は、一見すると何の変哲もないものに見えた。
 アニメか何かになったのか、どことなく見覚えのある、擬人化された猫の人形である。シルクハットをかぶり、ステッキを持っている紳士風の、しかしどう見ても大量生産品だった。
「タマ、何か感じるか?」
 七星に言われて、珠緒はじっと人形を見つめた。
 見つめたが、人形から返事してもらわないことには、どうにもならない。
「う〜〜、良く分かんないにゃ」
 人形と、すずを見比べる。
「どっちにしても、もう人形にはいないような気がするにゃ」
 もし人形に猫の霊が居たり、呪いが掛かっていたとしても、それはもうすずに移ってしまっている気がした。
 一方のすずは、まだネコ耳をピョコンと出したまま大人達を見ていた。
 珠緒は、すずの中にいる何かに話し掛けた。
「きっとこっちにいるにゃ! こらっ! 大人しくするにゃ! もう逃げられないにゃ! 人を呪うならそれなりに理由があるはずにゃ。珠緒姐さんがキッチリ聞いてあげるから、キリキリ話すのにゃ。話によっては助けてあげるにゃ」
 すずが、困ったような顔をする。
「……さぁ、正体を現すにゃ」
 言ってる珠緒の向こうでは、七星やゴドフリート、顕龍が次々に人形を調べていた。
「むうー……それじゃあ……にゃんにゃんにゃにゃーにゃ!」
 本当の猫語で話し掛けてみた。しかし、反応はない。犬語、狐語、狸語、ネズミ語、カラス語、と色々試してみたが、どれも無駄だった。
「しぶとい奴にゃ〜」
「タマ、どうも変だ。俺、ちょっといろいろ調べるみるよ」
「そうだにゃ、あたしも近所の猫に聞き込みしてみるにゃ」
 かくして話し合った結果、七星とゴドフリートは人形を買ったデパートへ、珠緒は猫に聞き込みに、顕龍も何やら一人で調べものがあると言い、別行動をする事になった。後でまた家へ帰って来る事を約束して珠緒は家を出た。

●珠緒姐さん、猫たちと集う
 みんなと別れると、珠緒は路地裏へ入り、素早く人間から猫へと変化した。
 珠緒……いや、この場合タマと言った方が良いか。タマは、雪のような白い毛にオレンジ色の瞳をした美しい猫であった。
 これから、近所の猫に聞き込みをするつもりであった。
(それにしてもゴドフリートは悪魔にゃ。恥ずかしいにゃ。次にみんなに会わせる顔がないにゃ)
 にゃあにゃあにゃごごご、と猫の鳴き声にしか聞こえないが、タマはしばらくの間言ってもしょうがない繰り言を並べていた。が、やがて、
(みんな! 集まるにゃ!)
 大声で命令した。
 何せ何百年も生きて来た大化け猫である。効果は抜群だった。
 わらわらと、そこかしこから太ったの、小さいの、美しいの、片足を引きずったの、飼い猫だろうが野良だろうが、近所中の猫という猫が路地裏に集まって来た。
(お前達に聞きたい事があるにゃ! あの家に関する事で、何か知ってる事はないかにゃ? そう、あの女の子の居る家にゃ。最近、特に変わった事は?)
 すると一斉に猫たちはにゃあにゃあにゃごにゃご鳴き出した。
(ふんふん……ミケ姐さん? それ、誰にゃ? はあはあ……昔、あの家に居た……それじゃ、あの家では昔猫を飼ってたっていうことかにゃ。え……? 違う? 本当は……えっ! にゃんですとー!!)
 路地裏から、近所中にその鳴き声は響き渡った。

●すずの正体
 タマが人間の姿に変化して湯川家に戻った時、まだ誰も帰っていなかったらしく、すずだけが出迎えてくれた。
「パパにゃん!? あ、お姉ちゃん、お帰りなさいにゃん」
「すず、大変な事が分かったにゃ。お前は、あたしの仲間にゃ!」
「……お姉ちゃん?」
 すずが、不思議そうに珠緒を見上げる。
「みんな帰ってからもう1度ちゃんと話すから、珠緒姐さんの言うことを良く聞くにゃ。聞いて損はないにゃ。にゃっ!」
 真剣な話をしようという時に、珠緒は危うく転びそうになった。
 廊下に転がっていた、ピンポン玉につまづきかけたのだ。
「これは何にゃ?」
「ボール遊びにゃん」
 すずが、ピンポン玉を放り投げると、その玉はぴょんぴょんと勢いよく跳ねた。
「にゃっ……!」
 はしっ。
 思わず、その玉に手が出てしまった。
 すずも、ピンポン玉に手を伸ばす。
 また、跳ねた。
 手を出す。
 そしてまた跳ねる。
 いつの間にやら珠緒とすずの二人は、すっかりピンポン玉遊びに夢中になっていた。
「何してるの?」
 そこへ、突然七星が現れた。
 珠緒とすずはハッとして、遊びをやめた。
「えっ、まぁ、その……なんでもないにゃ」
「まぁいいか。タマ、収穫はどう?」
 七星は珠緒が鍵を開けっ放しにしていた玄関から入って来たらしい。
「それが驚いたにゃ! 謎は全て解けたにゃ!」
 ビシッ、と得意げに人差し指を七星に向ける。
「ふうん。実は俺も、ちょっと分かった事があるんだ」
 事も無げに言う。
「何にゃ?」
「やっぱり呪いなんてなかった、って事がね」
「にゃ!? 何で知ってるにゃ!」
 珠緒は心底驚いて、万歳ポーズを取る。
「……って事は、タマもやっと気づいたのか。って言うか、本当はタマが最初に気づかないとなぁ」
「し、仕方ないにゃ! そんな事知らなかったにゃ! まさかミケが母親だなんて」
「あっ、やっぱりそうか」
「ママがどうしたにゃん?」
 すずが、こくん、と首を傾げる。
 珠緒が猫達に聞いて分かったのは、生前この辺りの影のボスだったのはミケという猫又で、何を隠そうすずの母親であると言う事だった。
 当然、その娘であるすずも猫又なのだ。だとしたら、耳が出たり尻尾が出たりしてもおかしくはない。
 七星の話によると、その母親の名前は実華子(みけこ)。そしてそれは、その筋では有名な猫又の一族の娘であった。
「昔、ミケの噂を聞いた事があったにゃ」
 猫又のミケと言えば、有名な美人猫又で、珠緒ほどではないが結構大きな力を持っていたという。だが、そういえば最近は全く名前を聞かなかった。というか、そもそもこんなに珠緒の近くに住んでいるとは。確か、東北の方に棲んでいたという噂だったが。
「ま、とにかく、良かったにゃ。すず、安心するにゃ。お前はあたしの仲間にゃ」
「お姉ちゃんの?」
「そうにゃ。これからは、ミケに代わってあたしが色々と猫の世界の礼儀を教えてあげるにゃ」
 なぜか、ミケはそのことを全くすずには話していないらしい。
「?? すず、猫になっちゃうの?」
 子供には、まだ理解は難しいかもしれない。
 その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「誰か帰って来たのかな?」
「パパにゃん! さっき、もうすぐ帰るってでんわがあったにゃん!」
 すずが、こらえきれない様子で廊下を走って行く。
 ピョコンと、ネコ耳と尻尾が飛び出ている。
 ドタタタタ……ガチャッ
「おかえりにゃん!」
 だが、玄関の扉の向こうにいたのは怪しいコート姿の男であった!
「いっただきぃっ!」
 男は構えていたカメラで、ネコ耳姿のすずを撮りまくった!
 フラッシュがまぶしい。
「にゃっ!」
 すずの後を歩いていた珠緒は、思わず目を細めて廊下に伏せ、
「フーッ!」
 と、警戒の唸り声を上げた。
 一方の七星は、この様子を呆然と見ていた。
「こいつ、何のつもりにゃ!?」
 珠緒が戦闘体勢に入り、おどりかかろうとしたその、時。
 どこからか現れた顕龍が、一撃で男のカメラを叩き落とした!
「何すんだ!」
「黙れ」
 男の背後に来た顕龍が、男をつるし上げる。
 ゴドフリートが、ぬっとその横に現れ、男をじろじろと見る。
「? お前、なんで写真なんか……」
 七星がカメラに走り寄ると、素早くそのフィルムを抜き出した。
「ああーっ! な、何するんだ! そんな事する権利、お前らには……!」
「何か言ったかにゃ?」
 バリバリッ! と珠緒が、いつの間にか飛び出していた両手の爪を交差させ、男の頬を引っ掻く。
「痛っ、バカ、やめろ……ってお前も化け猫か!」
「それがどうしたにゃっ!」
「クソーッ、せっかくのスクープなのに!」
 じたばたともがく。
「ははあ、そういうわけか」
 七星がうなずく。
「お前、名前なんて言うにゃ?」
「ぼくは黙秘権を行使する!」
「なんにゃそれ! 頭に来るにゃ! あんまり珠緒姐さん怒らせると、頭からかじっちゃうにゃ!」
「うわーっ、やめろー! この化け猫めー!」
 男が大声を上げる。
「その男の名は、島崎恭平。28歳。フリーのジャーナリストだ。もっとも、何でもやってるようだがな」
 顕龍が、島崎に代わってすらすらとそう答えた。
「にゃ?」
 って言うことは……こいつ、すずを見世物にしようとしていた……?
「いつの間に調べやがった!」
 なおも、島崎が抵抗する。
「その男、悪質な写真週刊誌にこのネタを売りつけようとしていたらしい」
 冷酷に、顕龍が島崎を見下ろす。
「しょうがない男だな」
 ゴドフリートが、やれやれと腕を組む。
「もうフィルムは抜いたから、放しても大丈夫だよ」
 七星の言葉に、顕龍は用心深く言った。
「もう2度と狙わない、と誓え」
「フンッ、そんなのはぼくの自由だね」
 島崎がそっぽを向く。
「お前なぁ、こんな小さな女の子を狙って、恥ずかしくないのか?」
 ゴドフリートが諌めると、
「知る権利の為なら、何だって許されるのさ!」
 と、島崎は開き直った。
「にゃにー! 反省の色が無いにゃ! やっぱり丸噛りにゃ!」
 珠緒が、がばっと大きく口を開く。
「教育的指導ー!!」
 ゴドフリートが、容赦なく男を鉄拳制裁しようとする。
「ギャーッ!」
「まぁまぁ、待て待てみんな」
 七星が、止めに入った。
「七星、邪魔するにゃ!」
「この手の人間には、そういう脅し方は効果がないよ。カメラはまだ使えそうだな……フィルムは、ないかな?」
 七星が、ニヤッと笑った。
「コートの中に予備がある」
「……な、何するんだ?」
 島崎が、引きつった笑みを浮かべる。
「大丈夫、怪我させたりはしないから安心してよ。ただ、人権を無視する人には、無視仕返すだけだよ。さ、タマ、こいつの服を剥ぎとって」
 なるほど。
「了解にゃっ!」
「何する気だ……? や、やめろ……うわーっ!!」
 島崎の断末魔の悲鳴が、住宅街に木霊した。

●それから
 あのジャーナリスト……島崎恭平を散々脅してから放り出した頃に、すずの父親は帰宅した。七星が島崎に何をしたのかは、あえて語るまい。
 そこではじめて七星と珠緒は、すずの母親が猫又であった事、すずもその血を受け継いでいる事を明かした。
 父親は、はじめはなかなか信じなかった。というか、妻の実華子が猫又であった事を本当に全く知らなかったようだ。それが混乱のもとだったのだが。
 ミケは人間に化けるのがうまかったらしい。驚いても猫化したり語尾が変になったりはしなかったと言うし、自分が猫又である事を夫に完全に隠し通していた。いかんせん、それが反対に今回のような事件を招いてしまったわけであるが。
 だがしかし、事件は一応の解決をみた。
 珠緒としては、妙な使命感に燃えていた。
 とにかく、ミケができなかった事をしなくては。
 ネコ耳の類は訓練すれば自分の意思で出したり消したり出来るし、まずはそれを覚えさせて、地域の猫社会でも挨拶させて。猫又なんだから、当然猫にもなれるはずだし。
 でも、実は珠緒だって意識して出来ているわけではないのであるが。
 気が付いたら出来ていた、本能のようなものであるし。
 七星によると、すずはハーフ猫又だ。ハーフは、普通成人するまでは人間として育てられるし、能力も発動しないことが多いらしい。

 さて、たっぷり働いた後は報酬にゃ。
 報酬と言えば猫缶にゃ。
 3つで勘弁してやるにゃ。
 うーん、これが幸せっていうものにゃ。
「みんな、タマ程簡単に幸せになれたらねぇ」
「七星、うるさいにゃ!」

 終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0234/白雪・珠緒(しらゆき・たまお)/女/523/フリーアルバイター。時々野良(化け)猫
0177/瀧川・七星(たきがわ・なせ)/男/26/小説家
1024/ゴドフリート・アルバレスト/男/34/白バイ警官

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■         ライター通信          ■
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2度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そして白雪珠緒様、瀧川七星様、ゴドフリート・アルバレスト様、はじめまして。

実はこの話に化け猫の珠緒が参加するとは想定外でした。ネタがネタゆえ、考えてみればありそうな事だったのですけど……
ゴドフリートとの掛け合いは、たまたまですね。なんかあそこら辺が書いていて一番面白かったです。
だ……ダメなライター……
なんか珠緒の台詞、本当は「にゃ」が多すぎたかもしれません。でもなんかつい口癖になってしまいました。一番動かしやすいキャラでしたし。
珠緒と七星はいいコンビですね。ボケとツッコミ、夫婦漫才……は言い過ぎでしょうか。

わたしの話は各キャラクター毎に、同じシーンでも視点を変えているので、よろしかったら他のキャラの話もお読みください。楽しめるのではないかと思います。

それでは、またお会いできたら嬉しいです。
今回はありがとうございました。

ライター 伊那 和弥