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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


小春ぱにっく!

●オープニング
「あっれー?」
 ゴーストネットの掲示板をチェックしているうちに、瀬名雫はある書き込みに目を奪われた。

――――――――――――――――――――――――――――――

[15086]親切なかた
投稿者:小春

初めて書き込みをします、小春です。
今度、東京へ遊びに行こうと思っているのですが、なにぶん田舎育ちなもので東京の観光名所とか全然知らないんです。
そこで、誰か親切なかたに案内していただきたいのですが……。
あ、でも、できれば体の丈夫なかたのほうが……。平気だとは思うんですが、すみません、ちょっと事情があるもので。

それに、なにか起こるかもしれませんが、なにも起こらないかもしれませんし(*^_^*)
それでもかまわないっておっしゃってくださるかたがいれば、お返事をお待ちしています。

――――――――――――――――――――――――――――――

 なんてことはない内容の書き込みだが、雫が気になったのは送信者の名前だ。
「小春ってもしかしてー……」
 送信者のアドレスを確かめてみて、あっと声をあげた。
「やっぱり、小春ちゃんだ」
 藤井小春――東北ではかなり大きな巫女の一族の跡取り娘だ。
 雫とはある事件がきっかけで知り合って以来、メールでやりとりしている仲である。
 それにしても、と雫は思った。
「あの小春ちゃんが東京観光とはねー。なにも起こらなければいいけど……」
 いや、絶対なにかが起こるに決まってる!
 だから、この書き込みは残しておこーっと。
「だって、その方が面白いことになりそうじゃん!」
 無邪気に笑う雫。
 その一言が東京を大混乱に陥れるきっかけになろうとは……。

●バー「ケイオス・シーカー」
 都会の一角にその店はある。
 黒を基調としたつくりの店内はそれほど広くない。カウンターとわずかなテーブル席のみが客に許されたスペースで、残りはすべて無数の酒瓶によって敷き詰められている。その数は優に数千を数え、種類も豊富だ。その証拠に、もはや現存するはずのない幻のワインがあったかと思えば、おぞましいものを原材料とした地酒もあったりする。
 そして、これらはすべて、バー「ケイオス・シーカー」の経営者であり、同時にバーテンダーもつとめる青年、九尾桐伯(きゅうび・とうはく)の趣味なのである。
 長く緩いウェーブがかかった髪を後ろで束ね、常に笑みをたたえている桐伯だが、その際だった美しさと同時にぞっとするような冷たさを感じるのはなぜだろう。
 それは、やはり彼がこの東京の魔界の住人であるということに他ならない。
 そう、この九尾桐伯は表向きはソムリエの免許も持ち、社会的にも認められる立場にありながら、その裏では自らの特殊能力を用いて、東京の闇に潜むあらゆる怪事件を調査するという別の顔も持っている。
 とはいえ、桐伯がなにがしかの機関に属し、報酬目当てで活動を行っているわけではなく、あくまで桐伯自身の趣味だ。
 そして、今夜も桐伯はインターネットカフェ『ゴーストネットOFF』の掲示板を覗く。
 すべては己の趣味のために。

●東京駅
 当日、集まったメンバーは四人だった。
 バー「ケイオスシーカー」を経営する青年九尾桐伯(きゅうび・とうはく)、古本屋の女店主ステラ・ミラ、女子高生でありながら天才ギャンブラーの南宮寺天音(なんぐうじ・あまね)、そして、今回の依頼者である藤井小春の四人である。
「きょうは、よろしくお願いするんだ〜」
 巫女装束にリュックサックといういでたちの小春が独特のイントネーションで頭を下げると、一同はあっけにとられた。
 なにしろ、掲示板の書き込みと印象が全く違うのだ。
 いや、外見的には可憐な美少女であり、美しい黒髪に真っ黒い大きな瞳は、見る者をハッとさせるほどだ。しかし、やはりその独特のイントネーションとのギャップはかなり激しい。
 とはいえ、雫が面白がるほど特徴的であるとはいえない。いったい、この小さな少女に関わると何が起こるというのだろうか。
 天音は、事前に馴染みの情報屋を使って彼女の素性を調べたのだが、小春に関してはまったくの皆無、というより、どこからどう調べてもいたって普通の高校生で、家系が東北一帯を仕切る巫女の一族であることが特徴といえば特徴だったが、それだけだ。
 それは、ステラにしても同様で、彼女が最近起こった事件などを調べても、何らかの形でさえ、小春が関わったという記録はない。しかし、用心するに越したことはないので、些細なことではビクともしないような頑丈な四駆をレンタルして、さらには結界等を施した、いわば『対霊障仕様車』で東京駅まで乗りつけてきた。
 そして、桐伯はいたってなにもしていないような涼しい顔でこの場に臨んでいるが、そのセンスのいい着こなしのアクセントとして飾られているアクセサリーやピアスなどは、下手な護符など足元にも及ばないほどの効果を秘めている。
 だが、そこまでする必要はなかったのかもしれない。東京の魔界の住人として、あらゆる怪異に関わった経験上、何らかの異変はすぐさま察知する桐伯の直感を持ってしても、この少女からは何も感じない。
 ただ、実際なにも起きないのであればそれに越したことはない。それならば普通に東京観光をすればよいのである。
 そう、思って三人はこの依頼に臨んだ。

●案内プラン
「さ、どうぞ」
 ステラに促されて、車に乗り込んだ天音と小春は助手席に座る、白い毛並みを持った犬(見るものが見れば狼とわかるのだが)をみとめた。
「あらー、お犬さんやんか」
「彼は、オーロラです」
「ちゃんとお座りなんかして、お利口さんだ〜」
 お利口も何も、オーロラはいまは白い狼の姿をとっているが、その実ステラの使い魔であり、計り知れない間、ともに旅をしてきたパートナーである。
 しかし、そんなことを知るはずもない小春は、
「オメ、アメ食うか? アメ」
 などと、オーロラの口に○ュッパ○ャップスをグリグリしたりして、まったく恐れを知らない。
 その微笑ましい(?)光景を横目に、ステラ、天音、桐伯の三人はこれからのスケジュールを立てることにした。
「私は、まずここへ案内したいのですが……」
「うちは……」
「私は……」
 地図を広げて、数分話し合ううちに、三人はあることに気が付いた。
 なんと、ステラと天音の案内プランはかなりの点で共通している箇所があったのである。
「これで決まりやな……!」
「ですね。桐伯さんもよろしいですか?」
「構いませんよ」
 話し合いはつづがなく終了し、ステラと天音は固い握手を交わした。女の友情が芽生えるのは、得てしてこんなときかもしれない。

●謎の大男
 時同じくして、東京駅のタクシー乗り場。
 そこへ現れた全身黒ずくめの熊のような大男がタクシーに乗り込むなり、
「あの車を追ってくれ!」
 と、いましがた発進した青い四駆を指さした。

●あやしい追跡
 ステラの運転する車で目的地へと向かう途中、後部座席の小春は窓の外を流れる景色に夢中だった。
「うわーすっげえ! でっけえ建物があっちにもこっちにも、いっぱいある!」
 小春の目に映るのは単なるオフィス街のビル群だが、それでも彼女を感嘆させるのには十分であるようだ。
 運転席のステラが訊いた。小春と同じく後部座席に座るのは、桐伯と天音である。
「小春様のお住まいはどんなところなのですか?」
「オレんとこは、山の上で、周りに木ばっか生えてるな。んで、道に車なんか全然はしってねえ、熊とか鹿ばっかだ」
「でも、小春ちゃんのとこにも、大きな街とかあるやろ?」
「わがんね。オレ、あんま家から出たことねえし」
「そうなん?」
「んだ。父ちゃんが、オメはまだ子供だで、外さ行ったら修行の妨げになるって。だでな、家を出るときは学校行くときだけだ」
「じゃあ、小春さんはいままでお友達とご旅行などはされなかったのですか?」
「んだ。オレんとこ厳しくってな。そういうのは猛反対されるで」
「なんや、厳しいお父んやな。けど、小春ちゃん、大事な一人娘やし」
 天音は頭の後ろで手を組んで、
「うちんとこは、お父んもお母んもうちのこと放ったらかしや。うちがこっちに来るときだって、見送りのひとつもせんかったし。ま、おかげで好きなようにやれるからええんやけど」
「天音様、子供を心配しない親はいませんよ」
「はぁ〜!?」
 天音は思いっきり頬を赤らめて、
「う、うちはべつにそういうつもりでいったんやないで……!」
「そうですか(クスリ)」
「ちょっとなに笑うとんねん!」
「笑っていませんよ」
「嘘や! 絶対笑た!」
「それはどうでしょう?」
「きーっ、ムカツク! せやから、べつにうちはそんなつもりじゃ……!」
「図星ですか」
「桐伯さんまで……っ」
「さっきから、何の話をしてるだ?」
「小春ちゃんは黙ってて!」
「あう〜」
 ステラの何気ない一言から、車内の雰囲気が険悪になりかけたそのとき。
「おしゃべりはここまでです、天音様」
 ステラが険しい顔つきになった。
「せやな……!」
 そして、天音も何かを感じとり、キッとした表情で後ろを向く。
 見れば、ステラ達の車の背後を一台の怪しげなタクシーがつけてきている!

「なんや、あれ?」
 天音は、背後のタクシーに気づかれないよう、座席のシートからわずかに顔を覗かせていった。
 運転席のステラは、バックミラーをチラチラと見ながら、
「さきほどから、ぴったりと私達の後をつけてきているんです」
「なんやろ、気味悪いな〜」
「撒きますか?」
「けど、このまま放っとくのも気持ち悪いし。ステラさんだって、そのつもりでつけさせてやったんやろ?」
「否定はしません」
「なら、決まりや……!」
 だが、天音が後ろ振り向いた瞬間、いままでつかず離れずといった間隔でつけてきていたタクシーが突然、猛スピードを上げて迫ってきた!
「わわっ、なんや!?」
「皆さん、しっかりつかまってください!」
 ステラが急ハンドルを切った。
 ギャーン!
 ステラ達の車は大きく傾いて、ほぼ片輪走行状態になりながらも、脇の路地に逃げ込んだ。
 後をつけていたタクシーはステラの運転に対応できなかったのか、猛スピードのまま道路を駆け抜けていった。

「いったい……」
 路地で車を止めた後、運転席のステラは一息ついて、
「なんだったんでしょうか?」
 後ろの天音達を振り返ると、ふたりとも目を回してへろへろになっていた。
「あら」
 そして、助手席のオーロラも。
 しかし、桐伯だけはひとり、平然と笑顔のままだった。

●そんなこんなで寄生虫館
「まずは無難に……」
 というステラの提案で、一行が最初に向かったのは目黒寄生虫館。
 JR目黒駅から、徒歩十五分のところにあるこの建物は、世界でただひとつの寄生虫の博物館で、館内にはあらゆる種類の寄生虫の標本や資料が展示されている。
 全長8.8メートルもある日本海裂頭条虫、通称サナダムシや無数のフィラリアが寄生する犬の心臓など、あまり気持ちのいいラインナップではないが、怖いもの見たさと、入館料が無料であることも手伝って、最近では格好のデートスポットとなっている。
「せやけど……」
 天音がホルマリン漬けになっている標本をしかめっ面で眺めながら、
「……あんなことがあっても、観光は続けるんやな」
「私、意味もなく予定を変えるのが一番嫌いなんです」
 強い口調でいいながら、その視線はフィラリアの寄生する犬の心臓の標本に注がれている。うっすらと笑みを浮かべているのは、たぶん気のせいだ。
「ス、ステラさん、うち、ちょっとあっち行ってるで……っ」
 ステラの様子がなんだか怖くなった天音は、そういってその場を離れた。
「あれ……?」
 そういえば、小春の姿がない。
「小春ちゃーん!」
「は〜い〜」
 小春は天音の背後から、テクテク歩いてきた。
「なんや、どこ行っとったん?」
「便所だ〜」
「それにしちゃ、えらい長かったね〜」
「オレの前の人が、なんかげーげーやっとるで。それが終わるまで待ってただ」
「そっか。なら、しゃーないわ」
「それより、オレ腹減っただ」
「ええっ、そうなん!? ……実はうちも。朝からなんも食ってへん」
 照れたように笑う天音。
「じゃ、どっかで飯にするだ」
「せやな」
 ふたりはステラと桐伯の姿を捜した。

 そのころ、さきほど東京駅にいた黒ずくめの大男がトイレで吐いていた。

●もんじゃ奉行
「ほれ、小春ちゃん、それいけるで」
「あ、はいー」
 小春が小さなヘラでもんじゃの焼けたところをすくって口に運ぶ。
「……んー、んまいなー!?」
「せやろ! やっぱ、東京来たらもんじゃ食べんと」
「それで月島ですか」
 そう、月島もんじゃストリート。小春に下町を案内することを提案した桐伯の希望で、もんじゃの名店が建ち並ぶこの通りの奥の奥にある、隠れた名店『もんもん』で一行は食事をとっていた。
「せや! 下町っ子はなんやかやゆうて、やっぱもんじゃやねん」
 そういう天音は浜っ子である。いや、もともとは浜っ子ですらないのだが。
 だが、いうだけあって、天音の手つきは鮮やかだった。みんなの分の注文はもちろん、もんじゃの焼き方いっさいを取りしきるその姿は、いわば『もんじゃ奉行』。この『もんじゃ奉行』の前には、たとえ『もんもん』の名物オバチャンであっても口出しすることは許されなかった。
 では、もんじゃ奉行の前で、我々はいかなる態度をとればよいのか?
 答えは簡単。我々は奉行様がお焼きになられたもんじゃをただ、有り難く頂戴すればよいのである。そして、天音以外の三人はその教えに忠実に従った。
 そんな食事のさなか、ふとステラがいった。
「さきほど、小春様が家が厳しいとおっしゃってましたけど」
「んだ」
「今回のことはお父様はご存じなのですか?」
「知らんはずだ。もし、そんなこといったら絶対に反対されるで、内緒で出てきただ」
「そこまでして、なぜ東京に?」
 桐伯が訊いた。
「やっぱ、地方の人間には、東京ってある種特別やねん。小春ちゃんもそうやろ?」
「うん……そんなところだ」
「……?」
 小春の微妙な返答に、ステラは妙な引っかかりをおぼえたのだが。

 さて、そんなこんなで小一時間、一行がすべてのもんじゃ焼きを胃に収め、心地よい満腹感に浸っていると、天音がパンパンと手を叩いて、
「さー、腹一杯になったら、つぎはお楽しみのアレやで……!」
 小春が首をかしげて、
「アレ?」
 そう、アレ。

●首塚でチーズ
 車を降りた一行はオフィス街の真ん中で祀られた小さな神社の前に立っていた。
『平将門首塚』
 平将門は平安中期に関東一円を支配下においた武将だが、承平の乱で敗れ、斬られた首は空を飛び、落下したさきがこの地とされる。
 都内のミステリースポットの中で、もっとも有名なものといってよく、関東大震災の後、この地に大蔵省が庁舎を建てようとしたら、けが人が続出し、ときの大蔵大臣が死亡したとか、GHQがここを駐車場にしようとした際、整地をはじめたブルドーザーが転倒して運転手が死亡したなど、伝えられるエピソードも半端ではない。
「ほぉ〜、すっごいな〜」
 小春が感嘆の声を漏らす。
「せやろ。小春ちゃんならわかってくれると思ったわ!」
 実は、天音とステラのプランで共通していたのは、東京のミステリースポットを案内する、ということだった。
 そこで、まず手始めに選んだのが、数あるミステリースポットの中でも超弩級のエピソードを持つ、将門の首塚というわけである。
 しかしながら、やはりオフィス街のど真ん中に建てられているだけあって、あまり妖しい感じではない。かろうじて、石灯籠のような形をした首塚に供えられているロウソクの火が神秘的な雰囲気を醸し出してはいたが、これにはいささか、拍子抜けの感があった。
「ま、ええわ」
 ここで何を思ったか、天音が懐からデジカメを取り出して、首塚に向けた。
「記念撮影しよか。お三人さん、そこに立ってんか?」
 天音にいわれるまま、桐伯と小春、ステラの組み合わせで首塚を挟んで両脇に立った。
「ほな行くで。はい、チーズ!」
 カシャ……!
 天音はデジカメをPLAYモードにして、いま写した画像を再生してみる。
「あー、アカンなー」
 天音はがっかりした。
よくいわれているのが、将門の首塚で写真を撮ると何かが写るというものである。
 だが、再生した画像には首塚の両脇に立っている三人が写っているだけで、べつだん、変わったところはない。
 ステラがやってきて尋ねた。
「なにか写りましたか?」
「アカン、全然アカン」
 と、いま撮影した画像を見せる。
「確かに」
「はー、首塚でこの程度だと、なんか他のところも期待でけへんわ。よー考えたら、こんなんただの石やもんな」
「天音様、そんな身も蓋もない……」
 そう、それをいってしまってはこの企画の存在意義に関わる。
 しかし、そのとき。
 ごりっ……!?
「あー」
「小春ちゃん、どしたん?」
「取れた」
「なにが?」
「石」
「石〜!?」
 見れば、小春が楕円形の石を手にしていた。
「なにそれ?」
「なんか、苔がびっしりついてて汚えから、きれいにしようと思ってゴシゴシこすったんだわ」
 と、首塚を指さすと、天辺にあったはずの石がない。
「……」
 これにはさすがの天音とステラも言葉を失った。
 そのとき、首塚に供えられているロウソクの火が消え、夜でもないのにあたりが闇に包まれた。
「なんや……!?」
「天音様、磁場に変化が生じています……!」
「なんやて!?」
「どうしたんだ〜?」
 歩いてくる小春と桐伯を見て、天音とステラが青ざめた。
「ひっ……!?」
「こ、小春様……!?」
「……?」
 きょとんとする小春の頭上を、なんだか見覚えのある落ち武者の首が飛んでいる!?
「天音様、あれはもしかして……!」
「決定的瞬間や!」
 感激して、デジカメを構えるが。
 バキッ……!
 なんと、デジカメが爆発した。
「うわっ」
 突然の爆発に、尻餅をつく天音。
「天音様、大丈夫ですか」
 しかし、天音はキラキラした瞳で立ち上がり、
「ろ……ロマンや! ロマンは失われていなかったんや!」
「待ってくださいっ」
 ステラの制止を聞かず、嬉々として首塚に突進していく天音。
 どちゅん……!
「ギャー!?」
「天音様っ」
「でも、楽しーっ」
 ……その後、書くに書けないくらい大変なことが天音の身に起こってしまうのだが、ステラの治癒能力と天音自身の運の強さで、なんとか一命はとりとめた(えっ!?)。

 しかし、ロマンに目覚めた天音に全く懲りる気配はなく、さらに『鈴ヶ森刑場跡』『旧吹上トンネル』『千駄ヶ谷トンネル』『青山霊園』など、都内のあらゆるミステリースポットをハシゴしていくのだった。

「いやー、なんかすごく充実した時間やったわ!」
「ですね。やはり、ロマンです」
 移動の車の中で、天音もステラもツヤツヤした表情である。なんだかふたりとも小春よりも楽しんでいるような気がしてならない。
「さて、つぎはどうしましょうか?」
「うーん、行きたいとこ全部行ってもーたしな」
 すると、いままで黙っていた小春がゆっくりと口を開いた。
「オレ……」
「小春さん?」
 かたわらの桐伯が話しかけた。
「……オレ、行ってほしいとこがあるんだ」

●日輪神社の決闘
 小春の指定した日輪神社に着いたとき、すっかり夜になっていた。
「小春ちゃん、ここは?」
「……」
「……誰かいます」
 桐伯の見つめる先に黒ずくめの格好をした熊のような大男が立っていた。
「誰や……?」
 そのとき、突然小春が声を張り上げた。
「父ちゃん!」
「父ちゃん?」
 黒ずくめのコートをばっと脱ぎ捨てると、山伏のような格好をした髭面の大男だった。
「ふっふっふっ……待ちかねたど、小春」
「あんた、小春ちゃんのお父ちゃんか?」
「んだ、家からこっち、ずっと小春をつけてきただ」
 そう、あのタクシーでの追跡者も、寄生虫館でずっと吐いていた大男もすべて、小春の父だったのである。
 小春の父は、その丸太のような腕を伸ばして、
「もう逃げらんねえど小春。さ、オラと家さ帰るだ」
「いやだ! オレ、まだ済んでねえ」
「済んでねえって、なにがだ?」
「父ちゃん、まだわからねえか? 父ちゃんを待っていたのはオレの方だ」
「なに?」
「父ちゃん、ここどこだと思う?」
 いわれて小春の父は辺りを見回した。
「ここは…………ひ、日輪神社でねえかっ!?」
「んだ。母ちゃんの仕事場だ」
「母ちゃん?」
 端から聞いている天音には何がなんだかさっぱりだ。
 だが、天音の父はその巨躯をぶるぶる震わせて、
「じ、冗談でねえ……!」
 そういって、その場を離れようとしたのだが、脚がもつれて転んでしまった。桐伯が鋼糸を絡めたのだ。
「あ、あんた、なにするだ!?」
 桐伯は絡めた糸を解いて、
「いえ、なにぶん興味深い話でしたので」
 桐伯は面白いことに目がないのだ。
「せや、うちらも興味あるで」
「このまま、お話をお続けください」
「……オレ、母ちゃんが東京さ行ったの、父ちゃんとケンカしたからだって知ってるだ」
「小春……」
「なして、母ちゃんとケンカしただ? 婿養子だからか?」
 桐伯がわずかに目を見開いて、
「ほう、婿養子」
「肩身狭そう」
「悲しい響きですね」
「おめえら、やかましい!」
「オレ、どうしても、父ちゃんと母ちゃんに仲直りしてもらいたくって。だから……」
「バカかっ、オメ子供のくせに、くだらねえこと考えるんじゃねえ……! オメなんかになにがわかんだ!」
「だって……だって……オレ……」
 ――小春の瞳から涙がこぼれた。
「あ……」
「泣いちゃった……」
「ちょっと、オッチャン……!」
 天音が小春の父をにらみつける。
 だが、小春の父はそれどころではなかった。
 ガタガタと震えだして、わかりやすいほどの動揺を見せた。
「こ、小春、泣くでねえ……! オメが泣いたら……」
 そのとき、耳をつんざかんばかりの怒声が響いた。
「あンた――――――――――!!」
「ひっ……」
 見れば、妙齢の巫女装束の女性が、怒りの形相でこっちをにらんでいた。
「か、母ちゃん……!?」
『母ちゃん!?』
 皆の声が鮮やかなハーモニーを奏でた。
 小春の母は、日輪神社の巫女であるらしい。
「あんた、小春さ泣かすなっていったでねえか!!」
「こ、これは誤解だで!」
「言い訳無用!」
 突如、小春の母の体がまぶしい光に包まれた。
「なんや……!?」
「雷です。どうやら、彼女は召喚なさったみたいですね」
「召喚……なにを?」
「雷神です」
「んな、アホな!?」
 とはいえ、小春の母は巫女であるから、それも可能か。
 しかし、そんなものを呼び出されて、いったいどうすればいいのだろう。
「どうしようもありません。逃げましょう」
 いうが早いか、桐伯は小春を脇に抱えて走り出した。
「桐伯さん、ちょっと待ちいな!」
「天音様、私達も逃げますよ」
 すべてが魔神級のステラの能力を持ってすれば、彼らを止めることはたやすい。
 が、他人の夫婦ゲンカに口を出すことほど野暮なことはないとステラは知っている。彼女は思慮深い女なのだ。
「しゃーない、うちも逃げるわ!」
 そして天音も、自分に利がない厄介事を引き受けるほどお人好しではなかった。

 そのころ、だんだんと遠ざかっていく日輪神社では、夫婦間の緊張はいよいよクライマックスに達しようとしていた。
「オ、オメなんかに、婿養子の辛さがわかってたまっかー!」
「いちいち口の減らねえ男だー!」
 次の瞬間、小春の父と母が、お互いものすごい跳躍力を見せて、空中で相対した。
 日輪神社の決闘がいまはじまったのだ!

●エピローグ・バー「ケイオスシーカー」
 数日後、桐伯のもとに小春から小包が届けられた。
 中身は小春の地元で作られた東北の地酒である。
 そして、その小包に添えられた手紙を読みながら、桐伯はあのときのことを思い出していた。
 ――先日の日輪神社での出来事について、ほとんどの人間は何らかの形で知っているはずだ。

【東京上空で風神雷神大暴れ!!】

 テレビや新聞で何度も目にしたこの見出し。
 詳しくはわからないが、聞くところによると、日輪神社の近隣一帯が消失したとかしないとか。どうやら、小春の父は父で、風神を召喚したらしい。

 それにしても、と桐伯は思う。

 今回の騒動はいったい何だったのか。
 簡単にいえば、小春が東京に来たのは、以前ケンカをして別居同然となった父と母を仲直りさせるためにとった、小春なりの作戦だったのである。
 実際には、小春の母はその優秀な能力が買われて、いわば『出向』という形で東京の神社に行ったのだが、事情を知らない小春にはそれがとてもショックだったらしく、なんとかして、以前のように家族で暮らせないかと願っていたのだ。
 そこで、小春はひとりで家を出て、心配性の父をおびき出し、母のいる日輪神社へと向かったというわけである。
 まとめてしまえば実に簡単だが、つまりはそういうことだ。
 その結果、小春の母の働く場所がなくなり、一家そろって東北の実家に帰ったというから、小春の願いは叶えられたわけだが、安易に一件落着と呼んでいいものかどうか。

 だが、小包に添えられた手紙を読む限り、少なくとも彼女は幸せそうだ。
 桐伯にはそれで十分だった。

END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー
0576/南宮寺・天音/女/16/女子高生(ギャンブラー)
1057/ステラ・ミラ/女/999/古本屋の店主

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■         ライター通信          ■
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みなさん、はじめまして。
『小春ぱにっく!』にご参加いただきありがとうございます。

今回は筆者自身がパニックに陥ってしまいました(泣)
なにしろ、こういうお仕事をはじめて日が浅いので、ペース配分を思いっきり間違えてしまい、もしかしたら、色々とご迷惑をかけているかもしれません。
ほんの少しでも、この作品を楽しんでいただければよいのですが。

筆者的には名のあるプレイヤーの方々に参加していただいて、とても嬉しかったです。

それではまた、どこかでお目にかかれることを祈りつつ。