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<PCシナリオノベル(シングル)>


最終話 悪意あるモノ
◆白と黒の双子
「また、会ったわね。」
大塚 忍の前に立っている双子の少女・・・壱比奈と継比奈は、大塚を眺めてクスクスと笑っている。
まるで、大塚を嘲るように・・・。
いや、大塚というわけではない。
少女たちにとって自分たち以外の生き物は、全て玩具にも等しい「くだらない」存在だった。

夢か現実かもわからない世界。
大塚は無人の電車の車両の中に立っていた。
始めてこの少女たちに出会ったのも、電車の中だった。
あの時から・・・この悪夢は続いていたのかもしれない。
血の臭いと死の絶叫に彩られた、居心地の悪い悪夢の中。

「ねえ、継比奈?生きたままが気に食べさせちゃえば面白いと思わない?」
「うん・・・そうだね、壱比奈。」

壱比奈の言葉に、継比奈がうなずく。
ギラギラと輝く瞳の壱比奈に対して、まるで人形のように生気の失せた意志のない瞳の継比奈。
この少女たちはとても対照的だった。
黒尽くめの姿と真っ白な姿というだけではないように思える。
この2人に共通しているのは、無差別的な殺人に快楽こそ感じても禁忌の念はまったく無いということだけだった。

「お姉さんにつけられた傷・・・痛いのよ・・・何度も何度も・・・酷い傷・・・」
殺気を漲らせた瞳を爛々と輝かせて、壱比奈が言う。
愛らしく整った少女の顔が、憎しみに醜く歪む。
「今度こそ・・・絶対に殺してやるわっ!」

ざわり・・・

空気が蠢く。
無数の姿の見えない蟲が、体に纏わりつくように。
風が2人の少女の足元から湧き上がる。
大塚は身構えた。
(来る・・・!)
少女たちの手は知っている。
少女たちが異界から召喚する邪悪なものの存在も。
それに対して、大塚は何も用意はしなかった。
装備も、武器も、少女たちの命を絶つためのものは何も用意しなかった。

ただ、一つ。自分の胸に決めた「覚悟」以外は・・・。

◆赤き血の流れる体
「くっ・・・」
巻き起こった風が鋭い刃となって、大塚を襲う。
刃は大塚の肌を裂き、血の飛沫を散らすが、大塚はその場を動かない。
「お姉ちゃんも・・・うんと痛い目にあわせてあげるわ。」
壱比奈はクスクスと笑いながら言う。
傷つけること、殺すこと、それが楽しくて仕方ない。
そんな様を見て、大塚は目を細め、表情を歪めた。
苦しげなその表情は、傷の痛みの所為ではない。
どんなに体が傷つけられても、大塚はそんな顔はしないだろう。
その痛みは胸の痛みだった。
大塚の瞳に写る、可哀想な少女への・・・哀れみの痛みだった。
「キミの胸には・・・そんなものしかないのか・・・」
大塚は悲しみを湛えた瞳で少女を見ている。
慈しみや暖かさを解することもできず、それらを与えられることもなかったのだろう。
大塚の瞳には幼い少女たちが、この上ない悲劇の具現に見えた。

「何よ、その目は!」

少女は敏感にその哀れみを嗅ぎつける。
暖かさを知らぬ壱比奈には、その哀れみは嘲笑でしかない。
「あんたなんかに、哀れまれる筋合いはないわっ!」
壱比奈の言葉と共に、刃の風が大塚の体を切り裂く。
「死になさいよっ!虫けらがっ!」
切り付けられその肌が傷ついても、大塚は目を反らさない。
「死ね!死んじゃえっ!」
優位な立場にあるはずの壱比奈の声が悲鳴に変わる。
「あんたなんか死んじゃえっ!」

ザクッ・・・

大塚の胸に深々と刃が突き立つ。
肉を穿つ音が奇妙にはっきりと聞こえる。
息をしようとする唇から、鈍い音を立てて血が溢れる。
それでも大塚はゆっくりと少女たちのほうへと近づいた。
「あ・・・あぁ・・・」
怯えた眼で大塚を見つめる壱比奈と継比奈を大塚はゆっくりと抱きしめる。
大塚の腕と胸にすっかりおさまってしまうほど、小さな、小さな少女たち。
「殺しちゃ・・・いけない・・・」
大塚は喘ぐようにして言葉を搾り出す。
胸にまで至った傷は、もう呼吸すら許してはくれない。
それでも、大塚は少女たちに伝えたかった。
暖かさを・・・人の心の温もりを・・・

「やめて!いやぁああああっ!」

しかし、大塚の命をかけた語りかけを、少女は全身で拒絶した。
大塚の体は、少女の叫びに応じた刃の風に切り裂かれ、顔にかけられた眼鏡を吹き飛ばし、その床と壁に紅の飛沫を吹き上げたのだった。

◆暗く深い闇
「・・・あんたなんか・・・大嫌いよ・・・」
壱比奈は涙を流してしゃくりあげながら、血の染みを床に広げその場に崩れ落ちた大塚を見ている。
その隣りで、継比奈が何の感情もない瞳で黙って立っていた。
「死んじゃえ・・・」
そう言って、目の前の死体を遠ざけんと足で蹴飛ばそうとしたとき、ぐっと何者かに足をつかまれた。
「ひっ・・・あ・・・」
壱比奈の顔が恐怖で歪む。
初めて見せる人間らしい表情かもしれない。
自分の足を力強く握り締め、ゆっくりと引きずり寄せているのは・・・死んだはずの大塚の手だった。
「いやっ・・・やだっ!継比奈っ!」
隣りに立つ継比奈にしがみつき、壱比奈は必死に引きずられんと足を踏ん張る。
「消えちゃえ・・・」
継比奈もしがみつく壱比奈の手をしっかりと握りしめる。
「死統べる異界より・・・餓鬼召喚」
震える手で大塚を指差し、足元から湧き出してくるケモノたちに命じた。
しかし、それらは大塚の体に触れる前に、熱された鉄に触れる氷のように、シュウシュウと音を立てて姿を消してしまった。

『死に敬い無き者たちよ・・・』

壱比奈の足を掴んだまま、大塚はゆっくりと体を起こし立ち上がる。
しかし、その瞳には生者の輝きはなく、深い底知れぬ闇が覗く。

『・・・その身をもって、死の力を知れ。』

大塚の中に、大塚ではない何かが目覚めている。
邪気も殺意もない。純粋に大きな力。
感じるのは「怒り」、そして「悲しみ」
それが大塚のものなのか、大塚の中に目覚めたものなのかは判らない。
しかし、自分をはるかに凌駕する存在が、目の前にいることだけは本能的に感じ取れた。

今まで殺してきた、たくさんの命
何もできず、抵抗することもかなわず、引きちぎられた体
命の失われるのを自覚する暇すらなく流された血

泣き、喚き、苦しみ、もがくさまを、愉快に感じていた。
奇妙な痙攣を繰り返すだけの肉片を、笑いながら見ていた

そして、今、自分が床にねじ伏せられるのを知った。

悲鳴をあげる間もなく、足をつかまれ、引きずり上げられた体が、聞き慣れた音を立てて引き裂かれるのを、壱比奈はぼんやりと聞きながら暗闇へと落ちていった。

◆力と心の二律背反

全ては言葉なく終わった。

床を染める紅も、全ての結果でしかない。
大塚・・・だったモノは、無感情な眼差しでそれを見つめる。
少女たちはその肉体の活動を完全に停止していた。
精神はわからない。
死に敬いをもつ者は、その死の行方を知らない。

静かに一歩踏み出すと、足に銀色の小さな眼鏡が当たる。

それはかつて大塚がかけていたものだ。
度のないレンズが入れられた、彼女のトレードマーク。
その眼鏡はいつも大塚の瞳をそっと隠していた。
気丈で、男勝りなその性格で、心の中の温かみを照れるように隠していたように。

その小さな眼鏡を拾い上げると、シャツの裾で血の染みを拭い、顔にかける。

それは、大塚の体が覚えていた反射だったのかもしれない。
・・・人ならざる者の酔狂だったかもしれない。
冷たい金属のフレームが頬に触れた、その瞬間。
レンズの向こう、大塚の瞳が大きく見開かれた。

流れ込む。
溢れ出る。

記憶というものに物理的感触があったら、間違いなくそう感じただろう。
一つ一つは小さな、本当に小さな些細なものだった。

朝起きて、朝日を見つめる。
青い空の下、熱い真夏の日。
命がけで駆け回った道。
木陰で食べた甘い味。
じゃ、またな。
そう言って別れた友人たち。
悪戯っぽく微笑む少女。
「大矢野・・・さん・・・」
時折大人っぽい顔を見せる少年。
「啓斗・・・」
人一倍負けん気の強い頑張りやの少年。
「北斗・・・」
悔しさや、憎しみ。
好奇心・・・。
紅い髪の吸血鬼と無感情な笑顔の男。
指先に当たるキーボードの感触。

駆け巡る感情。

深呼吸。

大塚は目を閉じて、一度に押し込まれた大量な書類の角を綺麗にあわせるように、大きく息を吸う。
再び開かれた瞳には、いつもと同じ生気の輝き。
もう、そこには暗い底知れぬ闇は無い。

電車が停車する。
微かな揺れを感じて、静かにドアが開く。
「締め切り、明後日だったっけ・・・」
硬いアスファルトのホームを踏んで、背後でドアが閉まるのを感じながら振り返る。
誰も乗っていない車両。
灯りがともって、つかまる者のいない吊り輪が揺れている。
そして、大塚はゆっくりとホームを滑り出て行く車両を見送る。
遠くへ小さくなってゆく明かりを見ながら思う。

「キミたちの行先に、静かな夜明けがあるように・・・」

電車の消えた、その向うの空は、朝焼けの光に薄く染まり始めていた。

The End.