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<PCシナリオノベル(シングル)>


■真夏の夜のパイナップル

 ■オープニング
 碇麗香は、その日読者から投稿されてきた封筒の中身をチェックしていた。
 そして、そのうちの一通の封筒から出てきた便箋の内容をしばらく見つめ、そして微笑みのような表情を浮かべた。
「ねぇ、この内容、ちょっと誰か調べてきてくれないかしら? 嘘か本当かわからないけど」
 その麗香の意味深な表情も含めて、興味を覚え、便箋を受け取ると、そこにはこう書かれていた。
【私の家の近くの公園には、最近怖い噂がります。夜中にひとりでゴスロリっていうブランドの服を着て歩いていると、後ろからパイナップルで殴られるんだそうです。被害者も数人いるって話です】
「……これを調べろと」
 眉を寄せて麗香を見つめると、麗香はさらに面白そうに微笑みながら答えた。
「ええ。当然囮捜査でね。内容次第でバイト代ははずむから」

■保護者同伴
「……はぁ、でもわたくし、まだ未成年ですから、夜の公園はさすがに……」
 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき)は、透き通るほど色の白い頬に、手の平を押し当て、困ったように麗香に答えた。
 線の細い、美しい少女である。中学生にして占い師を営む彼女は、連載記事の打ち合わせのためにアトラス編集部を訪れていた。
 写真撮影の為もあったが、普段から水色の水干に身を包む彼女は、豊かな黒髪を結い上げ、下げる部分は紅の組紐で束ねたお姫様のような髪型をしている。
 世間では占い師月姫のデータは、少年とされている。そのためもあって女性や少女のファンも多い。端正で睫の長い美しい瞳を見つめると、なるほど少年の表情のように凛々しく見える。
 しかし、彼女が最近世間でもてはやされている理由は、その外見や性別のためではない。
 一見するだけでは、着飾られたお人形さんのようにも見える彼女の、未来を予知する占いの能力は確かなもので、定評があるのだ。
「あ、月姫ちゃんなら、ゴスロリ似合いそうね。ずいぶんなイメージチェンジになっちゃうけど」
 麗香は微笑んで楽しそうな反応を見せたが、すぐに椅子に深く腰掛け、「ああ、でもダメだわ」と溜息をついた。
「ひとりじゃとても行かせられない。…誰か保護者を探さないとね」
「はい…そう申しております」
 月姫も困ったように微笑んだ。
「誰がいいかしら…」
 麗香は、編集部を見回した。
 幾人かの編集部員がこちらを振り返る。美少女の洋装の姿も拝見したい。これは誰しもが興味のあることだろう。
「んーと…」
 その中の誰かを麗香が選び出そうとしたとき、麗香の横から、眠そうな顔で三下と呼ばれる編集部員が書類を差し出した。
 牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて、とても頼りないような猫背の男である。
「これ〜、書いてきました」
「何よ」
 せっかく面白い企みを邪魔され、麗香は少しむくれながら、三下の出した書類に目を通した。
 みるみるその顔色が怒りに変わる。
「もー、だめっ。ボツっ」
「えーっっっ」
「これで何回目!?」
「…6回目です〜」
 三下はがっくりと首を落とした。
「あー、もう他の人に任せるからいいわ。…そうね、三下。彼女と一緒にこの公園に出かけてくれる? パイナップルで殴られたら、少しは変わるかもしれないわ!」
「なっっ、そんな〜ひどい〜〜」

■夜の公園とゴシックロリータ♪
 月姫は鏡の前にいた。
 その白い華奢な体にまとわるのは、普段の祈祷師の装束ではなく、西洋のフリルつきの美しい黒いドレス。
 編集部にいたとある人物が持っていたものを貸してもらってきたのだ。
「…よ、よく似合うねー」
 三下は驚いたような表情で、月姫を見つめた。
 編集部員からの約束で、洋装の月姫の写真をとっておかねば、と持参してきたカメラを彼女に向ける。
 ファインダーに映る彼女は不機嫌そうだった。
「…わたくしは…このような華美な服は好かぬ」
「ん? 何か言ったかい?」
 もう一度、ファインダーを覗き込む。ぷい、と顔を背けられて、三下は困り、カメラを下ろした。
「すごくよく似合ってると思うけど…」
「三下様」
 まなじりを上げて射る様な目つきで、月姫は三下を見つめた。
「…ど、どうしたのっっ」 
 明らかに動揺した様子で三下は、月姫を見つめ返す。
「わたくしは水晶球で貴殿を援護いたします…」
「え? 援護?」
 三下はきょとんとした表情になる。月姫が何を言いたいのかわからない。
「…ご心配召さるな、いざと言う時にはわたくしの居合いの腕前を披露致しますゆえ」
「…ど、どういうこと?」
 聞き返したが、ふいに三下は突然気がついた。
「…ま、ま、ま、ま、まさかっっ、ぼくにそれを着ろって言ってるわけじゃ……っっっっ」
「ようやくお気づきになりましたか」
 月姫は柔らかく微笑んだ。
 けれど、その視線は有無を言わせぬような気迫が籠もっていた。

■パイナップルに気をつけて♪
「な、な、な、なんで僕がこんな・・ことに〜〜〜」
 涙顔でくすんくすん鼻を鳴らしながら歩く、みっともない男が一人、夜道の公園を歩いている。
 否、カツラをかぶせられ、ロングの華やかなウェービーな髪を垂らしているので、猫背の他には背後から三下と気づかれるものはなかった。
「とてもよくお似合いですこと」
 月姫は微笑み、自身は近くの暗がりに身を潜めた。
 三下から渡されたカメラは手に持っているものの、重いので地面に下ろし、代わりに水晶を取り出し、手の平にのせる。
 水晶の中に、街灯の下をひとり、心細く歩いていく三下の姿が映った。
「さあ…出てきてくださるか」
 祈るように呟く。
 しかし、いくらごまかしても、猫背だけはどうにもならない。街灯の下、どこかよたよたした猫背娘は、不安そうに自分を抱きしめ歩いている。
 しばらくして、背後から猛烈な勢いで走ってくる霊の姿を、水晶が捉えた。
 肉眼では見えないが、それは頭に鉢巻を巻いた五十前後のおじさんである。その手には高く上げられたパイナップル。
「あっ」
 月姫は立ち上がった。
「三下様!」
 駆け出す。
 まさかダッシュで近づいてくる霊とは思わなかった。
 彼女の数メートル先で、パイナップルで後頭部をがつんと殴られる三下の姿が目に映った。
「「「「ぎゃーっ」」」」
 そのまま地面に崩れる三下。
「何をするのです!」 
 怒りがこみあげてきて、月姫はその霊に向かって叫んだ。
 霊はその声に気づいたのか、月姫を振り返った。
『なんだおまえは!? 小学生か? 嬢ちゃん、とっとと帰らないと、おうちのヒトが心配するぞっ』
「…貴方こそこんなことをして良いと思われるのですか」
 月姫は霊をまっすぐに睨みながら呟いた。
『俺は娘を迎えに来ただけだ。…このバカ娘、一度家を出たら、なかなか戻ってきやしねぇ』
「何を仰って…」
 もしや、この霊、自分が死んでいることを知らない? 娘とは…
 何かを感じ、月姫は水晶を掲げ、男性の姿を透かしてみる。
 遠見の術で、彼の過去を覗くことにしたのだ。

 男性はこの近くの八百屋の主人だった。
 その娘は年頃になると、この公園の近くにあるライブハウスに出入りするようになり、その時には必ずゴスロリの衣装を身に着けていた。
 八百屋の主人は娘のその格好が大嫌いで、またその衣装をつけて外出した日には、必ず娘の帰りが遅くなることも許せなかった。
 ある夜、父が怒って止めるのも聞かず、娘は父の隙をついてこっそりと外出した。
 外出に気づいた主人は、怒り、売り物のパイナップルを片手に、娘を求めて道路に駆け出した。
 国道の向こうにある大きな公園にヒラヒラの黒い服を着た女がいる。
 あれはきっと娘だ。
 そう思って、道に出た。 
 しかしスピードを出し過ぎで飛び込んできた、大型トラックのブレーキは間に合わず、八百屋の主人はそこで死んだ。
 けれど、彼の魂は公園に行き着いていたのだろう。
 そして「このバカ娘!!」と背後からパイナップルで殴りつけ、…殴りつけてやりたい。そこで彼の行動は止まっているのだ。

「成程」
 月姫は水晶に映し出された情景を見て納得すると、水晶をおろし、男性を見つめた。
「残念だが、あなたはもう亡くなられている。…このような罪なことを続けず、成仏するといい…」
「なんだと!?」
 男性は怒鳴った。
『そんなっ、そんなわけがあるもんかっっ。おれは、おれは・・・おれはっっ』
 そして、怒鳴りながら頭を抱えた。
「あなたは死んだのです。娘さんを追いかけて、家を飛び出して、トラックに巻き込まれて…」
『…』
 男性ははっと目を見開き、そしてじっと月姫を見つめた。
 その大きく充血した瞳に、突然みるみる涙が沸いた。
『…あぁ…思い出した…俺は、トラックに…』
「あなたが殴ったのは、見知らぬ人たち…。これ以上罪を重ねる前に、迷わず、浄土へ行きなさい」
 祈るように美しい声が告げる。
 男性は涙をボロボロと流しながら、月姫に向かって深くお辞儀をした。
『…ありがとよ…』
 そして夜風に吹かれるように、闇に紛れて消えてしまった。

■エピローグ
「・・・・起きてください」
 月姫に揺すられ、地面に倒れてぴくりとも動かなかった、三下にもようやく意識が戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「・・・・う、うん・・・・あいたたたたた」
 三下は後頭部を押さえて、うずくまった。 
 振りはオーバーだが、怪我はたいしたことはないようだ。瘤もそれほど大きくない。
「霊は成仏してゆきましたわ。解決です」
「えっ、、そ、そうなんですかっ」
三下は頭を押さえながら、月姫を見つめた。
「はい。もうこの公園に出ることは無いと思います」
 解決したというすがすがしさが、月姫の胸のうちにあり、彼女は微笑みながら三下に告げた。
「写真は、とれました?」
「写真?」
 三下に渡されていたカメラを今更、月姫は気がついた。
「…知りませんわ。わたくし、カメラは不得意です」
「…そ、そ、そ、そんなぁぁぁっっ。またへんしゅうちょおに怒鳴られますぅぅぅっっ」
 三下は頬に両手を当て、悲鳴を上げる。
「そ、それでは、私、失礼しますわね。…あまり遅くては家の者に心配をかけますので…」
 そそくさと立ち上がり、公園を抜けていく月姫の口元は、柔らかく微笑んでいた。

 都会には珍しく、大きな月が空に美しいその夜を境に、ゴスロリ少女を狙う魔の手は消えたのであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1124 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき) 女性 15 中学生兼占い師
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■         ライター通信          ■
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 鈴猫です。お待たせいたしました。「真夏の夜のパイナップル」をお届けさせていただきます。
 もうすでに真夏、といった季節ではなかったので、寒々とした夜の公園を意識していただいても良いかと思います。
 
 月姫さんのイラストのほう、拝見させていただき、とても可憐で美しく、思わず見ほれてしまいました。
 あの可憐さが少しでも出せていたらよいのですが。
 もし何かありましたら、またテラコン等でメッセージを頂けたら嬉しいです。
 それでは月姫さんの今後のご活躍、楽しみにしております。
ご参加本当にありがとうございました。 

                                   鈴猫拝