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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


アンチブラッド・ヴァンパイア



 草間零は明らかに困った表情をしていた。彼女の目の前には一人の20歳半ば程の青年。180センチほどもある長身に整った顔立ちをしていたが、今やその容姿は全くの無意味だ。彼はパイプ椅子に腰掛けながら背中を丸めて、メソメソと情けない涙声を出していた。零は仕方なく部屋の中を見回してみるが、ここの主、武彦の姿はない。数刻前からブラリと何処かへ出かけてしまっているのだ。零は仕方なく、青年をなだめるように優しく声をかけた。
「…つまり、貴方は吸血鬼なんですよね?」
 確かに青年の口元からは小さな牙が覗いていた。

零は心の中で、頭を抱えていた。
何故ここには、こう存在自体がややこしい者ばかりが尋ねてくるのだろう?


とはいえ、自称吸血鬼の彼も一応この興信所のお客だ。無下に扱うわけにはいかない。


「ううっ。僕、ついこないだ吸血鬼になっちゃったんですぅ。でもまだ吸血鬼としては半人前なんで、こうして昼間にも出て来れるんですが。でもやっぱり太陽の光はちょっと辛くて、サングラスかけてるんですけどね」
 彼はそういうと、顔を上げて、黒いサングラスを指差した。彼曰く、このサングラスの下には青い瞳が隠れているらしい。純日本人の顔をした彼だが、吸血鬼になってしまったときに瞳の色も変わったということだ。
「でも別に、吸血鬼になったからって落ち込んでるわけじゃないんです。特に今のところ生活に支障は無いし。あ、僕一応小説なんてもの書いて暮らしているので。ちなみにホラー小説なんです」
 少し情けなさそうな笑顔を見せる。…彼がホラー作家。この臆病そうで、神経の細そうな彼が?
雫はブンブンと頭を振った。今問題にすべきなのはそこではない。
「じゃあ、何が問題なんです?ここに来たからには、何か問題があるんでしょう?」
 雫の問いに、青年の眉が下がった。
 

「それが…僕…吸血鬼になってから気が付いたんですけど…。血とかそういうものが全く駄目だったんですよう。ちょっと血見ただけでフラッと来ちゃうんです。おかげでここ一週間ほど、何も口にしていなくて…。お願いします、僕を血に慣れさせてくださいぃ〜っ」

 血液恐怖症のヴァンパイア。彼を立派なヴァンパイア(?)にするには如何したらいいのだろうか。

「草間さんも不在だし…。どなたか良いアイディアありません?」







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「あらァ、あなたよく見ると、結構イイ男じゃない?」
 腰に手をやり、男の顔を覗き込み、開口一番そう云ったのは朧月桜夜(おぼろづき・さくや)。男―…芳也(よしや)と云ったか、彼は突然の乱入者に目を白黒させた。…無論サングラスの裏からだが。
「はぇ?あ、あ、あの―………それはどうも」
 よくワケが分かっていないまま、何故か感謝の言葉を述べる。桜夜のほうは、自分のペースが乱されて困るとばかりに肩をすくめた。
「でも駄目よォ、そんなにしょぼくれた顔してちゃ、イイ男が台無し!もっとしゃきっとしなきゃ」
「はぁ…しゃきっと、ですか」
「そうよォ、しゃきっと!」
 桜夜は芳也にそう云って、ニッコリとウインクした。まだ16ほどの見目美しい少女に見える桜夜だが、実は身体的に云うと男性の体を持っている。遺伝子的には女性なのだが、その胸は薄く、女性特有の膨らみは持っていない。だがもともとの中性的な顔立ちと、好んでしている少女の服装が手伝って、殆どの男性は騙されるのだ。この芳也も例外ではなく、桜夜のウインクに心なし頬が赤くなっている。20歳半ばの男性にしては少々珍しい反応だが。
 そんな二人を見かねたのか、呆れたような声が掛かった。
「…からかうのもいい加減にしときなさいよ、桜夜」
 二人が後方を振り返ると、そこには妙齢の女性が一人、パイプ椅子に腰掛けながらなにやら書類を束ねていた。艶のある黒髪を後ろで結び、切れ長の青い瞳は手の中の書類だけに注がれている。
「何だ、シュライン。来てたの?」
「さっきから居たわよ」
 桜夜の驚いたような声に、さして何の感情も込めず即答するシュライン・エマ。その目はいまだ書類に向けられている。
「やだ、来てたんなら声掛けてよォ。あたしだけかと思っちゃった」
「でもちょっと面白かったわ」
 そう言うとシュラインはパイプ椅子を後ろに引き、カツカツと小気味良い音を立てて二人のところへとやって来た。
そしてすぐ脇ににこやかな表情のまま突っ立っている雫に、「はい、終わったわ」と書類の束を手渡した。
「ご苦労様です。いつも有り難う御座います、シュラインさん」
 ニッコリ微笑んで感謝の言葉を述べる雫に、シュラインはヒラヒラと手を振った。
「いいええ。それより何?またややこしいのがあるみたいね」
「そうなんです。よろしくお願いできますか?」
「…ま、雫ちゃんに頼まれちゃ、断れないわよね。…桜夜も一緒ってのがちょっと気になるけど」
 シュラインの言葉に即座に反応した桜夜は、プリプリ怒りながら言い返した。
「ちょっとォ、それ、どういう意味?」
「冗談よ、そんなに怒りなさんなって」
 笑ってポンポンと桜夜の肩を叩くシュライン。
その二人を呆気に取られた顔でシゲシゲと眺めていた、当の依頼人、芳也は情けない声を出した。
「あ、あのう…?ど、どうなってるんでしょう」
 その声にようやく芳也の存在に気が付いた、という風に、二人は彼のほうに振り返った。パイプ椅子に腰掛け、情けない表情で二人の女性を眺めている青年。その彼に、一方は腰に手を当て踏ん反り返り、一方は腕を組み少々偉そうにして同じタイミングで云った。

「とにかく、私たちに任せなさい」

 












 妙に晴れ晴れとしたにこやかな表情の雫に見送られ、三人は大通りへと出た。とりあえず、何処かの喫茶店にでも入り、彼の事情を聞くことにする。暫く通りを歩くと、こじんまりとした店の前で桜夜が立ち止まった。
「これ、ここのシフォンケーキが美味しいのよ。桜夜さんオ・ス・ス・メ!」
 と桜夜の指差す店は、木で店の骨組みを作ったログハウス風の小さな喫茶店だった。店の前には立て看板のような黒板が出してあり、店主オススメのケーキなどが書かれてある。シュラインはここにしましょ、と頷いて、芳也を促した。
 桜夜に連れられるようにして店内に足を踏み入れた三人に、白いエプロンを来たウェイトレスが明るい声で挨拶をする。桜夜がウェイトレスに三本の指を立てて自分達の人数を伝えると、空いている時間帯だったのか、直ぐに席へと案内された。無駄の無いスムーズな動きと、且つ堂々とした桜夜の仕草に、シュラインは少々目を丸くした。
「こういうとこ、よく来るの?」
「まァね。同居人とかと、よく。でも、ここの美味しいのよ?ホント」
 等と雑談を交わしながら、少々手狭な店内を歩く。すると桜夜の後を付いて来ていたシュラインの足が止まった。そのシュラインの後に続いていた芳也が、つんのめってシュラインの背中にばふっと顔をぶつけた。
「ごっ、ごめんなさいぃ」
 芳也の謝罪の言葉には耳を貸さず、シュラインは真横を向いて「あ」という口の形のまま固まった。
「…鏡ニ?」
「…ああ、シュラインに…桜夜か。こんなところで逢うとは奇遇だな」
 シュラインに向けて、顔には何の微笑も浮かべず、ただ右手を少しだけ上げて挨拶したのは、霧原鏡二(きりはら・きょうじ)。25歳という若さにも関わらず、ハードウェア設計からシステムプログラミングまで幅広く手がけるやり手のエンジニアだ。鏡二は一人優雅に珈琲を飲みながら、ノートパソコンを弄っていた。どうやら仕事の一休みがてらにこの店でくつろいでいたらしい。
 桜夜は後ろを振り返り、鏡二を確認すると、
「あらァ、鏡二までいるの?」
「俺はさっきからここに居たぞ」
 桜夜の素っ頓狂な声に、憮然と返す。桜夜は苦笑して肩をすくめた。
「それ、さっきシュラインにも言われたわ」
 ハテナマークを顔に浮かべる鏡二に、シュラインは話し掛けた。
「私たち、草間さんとこの雫ちゃんたちに頼まれて此処にいるの。あんたもどう?」
 鏡二は暫し考え、そうだな、と呟いてノートパソコンをカチリと閉めた。
「仕事も人段落ついたし…いいよ、付き合ってやる」
「ありがと」
 シュラインがニコリと笑って返すと同時に、桜夜がウェイトレスに向かって、人数が一人増えたと伝えた。









「ふぅん…それで?何がどうしたって」
 席につくと、鏡二は胸ポケットから煙草の箱とライターを取り出した。煙草を一本口にくわえ、火をつけようとするが、はたと思いとどまって顔を上げた。
「いいかい?吸っても」
 鏡二の目の前に座っている女性陣二人は、ジェスチャーでイエスと返した。鏡二は改めてライターを回し、煙草に火をつける。さほどなく灰色の煙が天井へと立ち昇っていく。煙草の箱を隣に向け、「どうだ?」と問いかけた。芳也は一瞬嬉しそうにしたが、直ぐに苦笑して、
「いや、いいです。僕、吸血鬼になってから煙草が駄目になっちゃったんです。前はあれだけ禁煙に苦しんでたっていうのに、可笑しな話ですよね」
 ハハ、と力なく笑う芳也の口元からは小さな牙が覗いていた。鏡二は芳也の言葉と彼の口元を見て、一瞬固まった。先ほど火をつけたばかりの煙草がポロリと灰皿の上に落ちる。
「…吸血鬼?」
 眉を歪め、首を横にして、自分以外の三人に問い掛ける。答えたのは桜夜だった。テーブルの上に肘をついて手を組む。
「そうなのよォ。この人―…幸崎芳也って言うんだけど、吸血鬼になっちゃったらしいのね」
 桜夜の言葉に、内心の動揺を抑えながら鏡二は灰皿の上の煙草を取り再度口に咥えた。
「…それで?あんたらは、この芳也とやらと退治するってのか?」
 鏡二の台詞にビクッと身をすくませる芳也。どうやら気が弱いのは、吸血鬼になったからではなく、元々の性格のようだ。シュラインはその芳也をなだめるように、鏡二に言った。
「違うわよ。それならこんな店でティータイムなんかしてないわ。特に有害な存在ってわけでもないし、どうやら何か問題があるらしいの。それで―…」
 シュラインの台詞を遮るかのように、ウェイトレスが伝票片手に注文を取りに来た。如何なさいますか、の言葉にシュラインは苦笑して、「この話はまた、後でね」。
「えとねェ、あたしはこのブルーベリィのシフォンケーキ。あ、ケーキセットでね」
 真っ先に反応したのは桜夜だ。そして残りの皆に、メニューを差し出して、どうする?と問い掛ける。シュラインは珈琲だけで、と言い、鏡二は自分の目の前の、飲みかけの珈琲を指して「要らない」と答えた。そして芳也は、というと、暫しメニューと睨めっこした挙句、
「フルーツパフェ、下さい」
 と言った。その言葉に桜夜は、あっはっはと笑い、
「あなたも甘いもの好きなの?気が合うかもね」
「はい、好きなんです。特に生クリームなんか大好きで」
「いいよねェ、あたしも好きよ。でもタルト系も好きなの。あのサクサク感が…」
 突然甘い物談議を始めてしまった二人に、鏡二は呆れたようにシュラインに問い掛けた。
「…本当にこいつは吸血鬼なのか?」
「そうらしいわよ。…でも本当のところ、本人が云ってるだけなのよね。まあ牙も一応あるにはあるんだけど」
「まだ確かめてないって?…えらく呑気だな、あんた達は」
「そう云わないでよ。いいじゃない?たまには」
 そんなことを話しているうちに、注文した品が運ばれてくる。嬉しそうな顔でシフォンケーキを口に運ぶ桜夜は、前に座っている芳也の異変に気がついた。
「…どうしたのよォ?食べないの」
 芳也は目の前に置かれた、フルーツがふんだんに詰め込まれ、一種の芸術品をなっているパフェをじっと見つめている。
「…おい?」
 隣に座っている鏡二は、訝しげに右手で芳也の肩に触れた。芳也はブルブルと震えていた。隣の鏡二には、彼の歯がガチガチとなっている音まで伝わってくる。
「あんた―…」
 大丈夫か、と鏡二が尋ねる前に、芳也はガタッと大きな音を立てて席を立つ。そのままトイレまで走っていってしまった。蒼白の顔のままで。
「どうしたのかしら…?」
 少し心配そうに、トイレのほうに目をやるシュライン。やがて芳也が口に手を抑えたままで、席へと戻ってくる。
「す、すいません…」
 はぁ、と力なく息をつくが、決して目の前のフルーツパフェには目を合わせない。
 その様子をじっと眺めていたが、ピンと来た、というように桜夜はポンと手を打った。
「ナルホドォ、一応吸血鬼なんだもん。生クリームとか見ただけで気持ち悪くなるってワケね?
ふぅん、本当に血以外は駄目なんだ」
 桜夜の言葉に、あ、そうかという顔をする鏡二とシュライン。当の芳也は、はぁぁぁと長いため息をつき、
「そうなんですよう…もう、それがほんとに拷問のようで。ああああああ食べたいなあ…でもキモチワルイ」
 じゃあ何で頼むんだ、と無言の鏡二からの視線に、
「いやぁ…もう、自分がこういう体ということを忘れてまして」
 ほんと、情けないですよねぇと云う芳也。その場にいる皆の心に、あんた自身が情けない、というツッコミが浮かぶ。
「…ま、まぁそれは仕方ないわよ。でも、これ…どうする?」
 三人の目は芳也の目の前の美味しそうなフルーツパフェに注がれる。芳也の視線は、無論宙を泳いでいる。どうやら見ただけで気持ち悪くなるようだ。
 鏡二は桜夜を見る。桜夜は自分の目の前のシフォンケーキを指差して、それからシュラインのほうを見る。シュラインは、私甘いもの駄目なの、と云い、今度は鏡二のほうを見る。鏡二はピクピクと口の端を痙攣させた。
 そして件のフルーツパフェは鏡二の目の前へと運ばれた。それに長いスプーンを突き刺しながら、鏡二は小さく呟いた。
「…何で俺がこんな目に…」








 さっさと平らげ、喫茶店を後にすると、鏡二は少し苛立った様子で後ろの三人を振り返った。
「…早いとこ、片付けるぞ!」
「何怒ってんのよォ?」
「いいじゃないの、お金は全部芳也が払ってくれたんだし」
「そういう問題じゃなくてだな…」
 鏡二は力なく呟き、ブンブンと首を振った。
「とにかく!さっさと片付ける。そして俺は家に帰る」
 はいはい、と鏡二をなだめるように云い、桜夜はふと鏡二に問い掛けた。
「それで、事情はちゃんとわかったわけ?」
 とりあえず芳也の血関係の問題は、喫茶店でパフェと格闘している鏡二に話してある。だが、本当に耳に入っていたのかどうか。
「ああ、大丈夫だ。要はこの兄さんが吸血鬼になったものの、血は全然駄目だったって訳だろ?それに―…」
 言いかけて、鏡二はふと回りを振り返った。なにやら妙な会話をしている自分達は、周りの人間たちの目を惹いているような気がする。そもそもこんな人通りの激しい大通りでは、込み入った話も出来ない。
「…何処か静かな場所はないのか?」
 その言葉に、暫し考えて桜夜は云った。
「…ウチに来る?今日、同居人はいないの。静かよ?」
「そこでいい。さっさと移動しよう」
 そう云い放ち、鏡二はズンズンと大通りを歩き出した。










「さぁどうぞ?狭いトコだけど」
「って、あんたの家じゃないじゃない。あんたは只の居候でしょ?」
「ま、固いこと云いっこなしよ」
 あっはっは、と笑って、桜夜は三人を部屋へと招いた。適当に座ってて、といい、自分は飲み物を用意しに台所へと向かう。鏡二は床にあぐらをかき、同じように床に座っている芳也へと問いかけた。
「そんで?まず、あんたがどんな風に吸血鬼になったのか聞こうか」
 まるで取り調べ室の刑事のようだ、とシュラインは思った。そのうち、カツ丼でも食うかと言い出しそうだ。
「ああ―……そうですね、あれは大体一週間前のことでした」
 感慨深そうに云い、芳也は掛けていたサングラスを外した。もう室内だから、太陽の光の心配はないということだろう。
「僕、その少し前からストーカーに狙われてた様なんです」
 ふんふん、と頷くシュライン。だが鏡二は眉を潜め、訝しそうな声を出した。
「…まさか、そのストーカーが吸血鬼だった、とか云わないだろうな」
「いいませんよ、そんなこと。そのストーカーが夜道で僕を襲い、性的暴行を行おうとしたそのとき―…」
「性的暴行…」
 視線をずらし、ボソリと呟く二人。果たしてそのストーカーは女だったのか、男だったのか。どちらにしても相当凄まじい情景である。
「助けてくれた人がいたんです」
「ほう」
「その人が吸血鬼だったんです」
 あっけらかんという芳也。
「…………………。」
 暫し無言になる二人。恐る恐る声を出したのはシュラインだった。
「そ、それで?何で助けてくれた人が、その…あなたを?」
「ああ…どうやら、その人も僕のストーカーだったようなんです」
「結局ストーカーが吸血鬼だったんじゃねえか!!」
 ドン、と大きく机を叩き、思わずツッコむ鏡二。
「まあ、そういうわけですねぇ。ほらほら、これ見てください。これ」
 そう云って、芳也は着ているシャツをずらし、首筋を二人に見せる。そこに穿かれていたのは、二つの小さな穴。これが吸血鬼に血を吸われた痕なのだろう。
「でも僕、別に気にしてません。だってその人、すごい美人だったんです…これが役得ってやつでしょうかね?」
 そのときを思い出してか、ウットリと恍惚の表情を浮かべる。その芳也を眺めて、二人は呆れた顔をした。
「何なんだ、それは…」
 果たして、こんな能天気な吸血鬼がいていいのやら。
 そしてそこに、桜夜の明るい声が乱入してきた。
「何よ、どうしたのよ?あたし抜きで話進めないでよね!」
 湯気の立ち上るティカップを人数分、テーブルに置きながら云った。桜夜に、シュラインがかいつまんで話をしてやる。それを聞き終えると、桜夜は明るい笑い声を上げた。
「あっはっは!何よ、それ?」
 ツボに入ってしまったのか、ドンドンと床を叩き笑い転げる。
 桜夜を他所において、鏡二は呆れた表情のまま芳也に話し掛けた。
「…と、とにかく。俺達は、あんたを助けてやる。血が駄目なそうだが、ちゃんと飲めるようにしてやるよ。その代わり、もしちゃんと血が大丈夫なようになっても、他人を吸血鬼にはするなよ。そんなことをしたら、今度は俺達があんたを退治しなきゃならなくなる」
「はぁ。大丈夫だとは思います。一人から大量の血液を吸わなきゃ、吸血鬼にはならないようなので」
「そうなの?すっごく吸わなけりゃ大丈夫ってこと?」
「そうです。すっごく。僕はすっごく吸われちゃいました。…激しかったなあ」
「すっごく。ふぅん、激しかったのね」
 ふんふん、と妙な納得をするシュライン。
「じゃあ、とにかくやってみようか。…桜夜!いつまでも笑い転げてないで、あんたも協力しなさいよ」
 シュラインの言葉に、涙目の桜夜がムクリと起き上がる。
「はいはいっと…じゃあとりあえず、アレなんてどう?」
 桜夜が指差したのは、ビデオデッキだった。








 ジャー………。
トイレのほうから、数分おきに水の流れる音が聞こえてくる。それを聞きながら、桜夜は呆れた顔でビデオの巻き戻しボタンに手を伸ばした。
「まっさか、こんなに弱いとはね」
 彼に見せたのは全米でナンバーワン、失神者続出とも謂わせたスプラッタモノの洋画だった。大量の血液が、臓物が、生首が画面に出る前に、ただほんの少し血が流れる場面を見ただけで、彼はウッ、と唸りトイレに駆け込んでしまった。
「これでホラー小説書いてるってんだから、笑っちゃうわよ」
 はン、と鼻で笑って、桜夜は巻き戻しが終了したビデオをデッキから取り出す。
「そんで、どうする?あたしが思うに、多分こーいうグロイもんが苦手だと思うのよね」
 桜夜は床に座ってくつろいでる風の二人に話し掛けた。
「そうだな…こういうのはどうも難しいな」
 考え込む鏡二とシュライン。するとシュラインがポンと手を叩いた。
「ワインとか、トマトジュースを飲ましてみるのはどう?ちょっとは血に似てるかもしれないし」
「うーん…代用品になるかどうかは分からないけど、慣れさせるってのはいいかもね」
 そしてウェ、と顔面蒼白の芳也がトイレから出てきた。その芳也を無理矢理床に座らせておいて、桜夜はフンフンと鼻歌を歌いながら台所へと向かった。数分後、台所から出てきた桜夜の手には、真っ赤な液体が並々と注がれた透明なコップ。それを見ると、芳也は半ば反射的にウッと唸る。
 コップが芳也の目の前に置かれると、シュラインは彼の耳元で呟いた。
「これは血。これは血液なの…トマトジュースじゃないわ、これは血」
 シュラインの言葉に反応してか、芳也の喉がゴクリと鳴る。そして恐る恐るコップに手を伸ばし、口をつけた。真っ赤な液体が芳也の喉に渡っていったかと思うと、芳也の目がカッと見開いた。
「!!?」
 ビク、と後ずさる三人を他所に、芳也は飲みかけのコップをダンと置いて、そのまま台所へと走っていった。程なくして、ゲェと液体を吐く音が聞こえる。
 …やっぱり、トマトジュースじゃ駄目だったか…。
そう、互いの顔を見合す三人に、芳也が哀れな声で叫んだ。
「トマトジュースじゃないですか!!」







「結局、血以外のものは受け付けないってわけね」
 シュラインが腕組みをして唸る。あれから芳也には、トマトジュースと言わず、ワイン、ケチャップ、果てはジャムまで試してみたがそれの全てを吐き出してしまった。もはや体自体が受け付けないように出来てしまったらしい。ゼェゼェ、と肩で息をする芳也を見下ろし、無慈悲な発言までする。
「感覚が麻痺するまで血を見せるってのはどう?気絶したら目を覚まさせてあげるわよ。十字架でもニンニクでも使ってね」
「勘弁して下さいぃぃ…」
 その様子を眺めていた鏡二が、ふと思いついたように声を出した。
「…そうか…」
「どうしたのよ?」
「発想の転換だ。…他の物を血として飲めないのなら、血を他のものとして飲めば良い」
 桜夜は暫し考え込み、
「…そっか」
 と呟いた。
「暗示でも掛けるって訳ね?」
「ああ」
 そういうと二人は、少々サドっ気が浮かぶ目のシュラインに怯える芳也を見た。
「おい、あんた」
「は、はい?」
 鏡二の呼びかけに、後ろを振り向く芳也。鏡二は今まで左手に嵌めていた手袋を取った。左手の甲には、燦然と輝くアメジストが埋め込まれている。その左手の人差し指を真っ直ぐに芳也の額に当てる。そして、微かな声で呟いた。












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 数日後。
件の、桜夜曰く美味しいシフォンケーキの喫茶店に、桜夜、シュライン、鏡二の三人は集まっていた。やがて三人の目の前に、少し背筋を丸めて猫背気味の青年が現れた。どうも、と片手を上げて三人に会釈をしてから、空いた席に座った。シュラインはサングラスをかけている青年に話し掛けた。
「…その後、どう?」
「ええ、順調です。お陰様で」
 力なく笑うその姿には、何ら変わりは無い。
「…関係ない人々を襲ったりはしていないだろうな」
「もしそんなことしてたら、速攻杭心臓に打つわよ?」
 鏡二と桜夜の問いに、青年は慌てて首を横に振った。
「まさか。そんな恐ろしいことしてませんよう」
「ならいいけどね」
 桜夜は微笑んで、目の前のシフォンケーキにフォークを指した。青年にメニューを差し出し、「何か頼む?」と尋ねてみる。青年はゆっくり首を振り、
「僕は、これでいいです」
 と上着の中に手を伸ばし、ストローが埋め込まれている形の液体パックを取り出した。そのパックは銀色で、中の液体の色は伺えない。青年は笑ってストローから中の液体をズズ、と吸った。ストローから彼の喉に渡っていく液体は真っ赤だ。
「…美味いか、それ?」
 少しだけ微笑んで、鏡二が青年に尋ねる。青年は、はい、と頷いた。
「美味しいです…このトマトジュース。」

 その銀色の文字には、小さく英語体で表示されていた。 ―『輸血用血液』、と。





           

End,








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0444 / 朧月・桜夜(おぼろづき・さくや) / 女 / 16 / 陰陽師】
【1074 / 霧原・鏡二(きりはら・きょうじ) / 男 / 25 / エンジニア】

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■         ライター通信          ■
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今日和、新人ライターの瀬戸太一です。
この度は当依頼に手を貸して頂き、誠に有り難う御座いました。

桜夜さん、二度目のお目見え、嬉しい限りです。
今回相棒さんは登場されませんでしたが、如何でしたでしょうか?
また楽しんでいただければ嬉しいです。
シュラインさん、鏡二さん、お初にお目にかかります。
数ある依頼の中から、当依頼に参加して頂き、有り難う御座いました。
まだまだ未熟な若輩ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

それでは、参加して頂いた方々、読んでくださった方々に感謝を込めて。
また感想・意見・批評等御座いましたらFLにて教えて頂けると嬉しいです。

では、またお会いできることを祈ります。