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<猫の呪いだにゃんっ>
●オープニング
「ふーん、猫の呪いねぇ」
三下忠雄が、そう、つまらなそうに呟いた時、
「猫の人形?」
後ろから聞きなれた声がした。
「あ、編集長」
「面白そうな手紙じゃない」
碇麗香が、三下が広げていた手紙をつまむ。
「猫の人形に取り憑かれてしまいました、助けてにゃん……にゃん?」
「全編そんな感じですよ。子供の悪戯だろうと思うんですけど」
「う〜ん……でも、記事に出来たら面白そうね。誰か、手の空いてる者はいないかしら?」
手紙によると、10歳の女の子が、誕生日祝いに猫の人形を買ってもらってから、急に猫語しか話せなくなったらしい。
「語尾ににゃんってつけると、猫語なんでしょうか?」
「……さあ?」
ゴドフリート・アルバレストが月刊アトラス編集長の麗香から電話を貰ったのは、丁度おやつを食べようとしていた時だった。
カリフォルニア市警のハイウェイパトロール隊員であるゴドフリートは、交換留学の形で日本警視庁白バイ隊に出向中の白バイ警官である。
「猫の呪いねぇ……」
そして、巨漢であった。
身長は2mを越し、がっちりとした体格をしている。ブルドックを思わせる容姿で一見太っているようにも見えるが、その総ては締まった筋肉である。
その割にはそれ程の恐さがないのは、どことなく憎めない感じがする瞳と、警官の服装をしていたからかもしれない。
「放っておいたらその女の子が危険かもしれないな」
ゴドフリートとしては、女の子もだが猫も気になる。こう見えても動物好きだ。猫が何らかの理由で取り憑いているのであれば、出来れば話を聞いてあげたい。
「どう? あなたならきっと興味を持ってくれると思うんだけど」
「まぁ、俺向きの話だしな。今日は丁度非番だから、まずはその女の子の家へ行ってみようか」
ゴドフリートは一人でうなずき、片手に抱えた袋から板チョコを取り出すと、ぱくぱくと頬張った。
そういえば女の子の家へ行く途中の最寄りの店で、うまいシュークリームがあったな。ついでに買って行こう、と、そう心に決めて。
●集合−−ゴドフリートの場合
麗花によると、他に3人がこの事件の調査をしてくれると言う。そこで、さっそく合流することとなった。
麗花に言われた集合場所の駅前には、4人の人間が集まっていた。
一人は勿論、ゴドフリート自身。一人は背の高い、金髪の青年。それから明らかにその知り合いであろう、女性。そして、ゴドフリート程ではないが厳つい体の大男。自分で言うのもなんだが、変な組み合わせだ。
「白雪・珠緒(しらゆき・たまお)にゃ。よろしく」
珠緒は、さらさらとした銀色の髪に赤い瞳、豊満なボディ、名前の通りの雪のように白い肌を持つ、仄かな色気のある20代前半の女性だった。
しかしなんかこう、鼻の奥がむずむずする。何て言うか、そう……猫っぽい。語尾もそうだが、それ以上に動物への感性が鋭いゴドフリートにはそう感じられた。まぁ人間、動物っぽいやつは居るものであると知ってはいるが、珠緒の場合はどうだろう?
「巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)だ」
ごつい男が、そう言った。
顕龍は40過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
ただ、ゴドフリートとしては似たような雰囲気のやつは警察にも犯罪者にも居るので、それ程物珍しいというわけではない。むしろ、普段はこういう奴等を相手にしている事が多いので、顕龍の持つ独特の暗い雰囲気にもすぐに馴染んだ。
「俺は瀧川・七星(たきがわ・なせ)。一応、小説家。よろしく」
青年が、言葉の割にはクールにそう言った。
七星は背中まである、美しい長い金の髪と青い瞳を持つ、20代半ばぐらいの男性である。ゴドフリートが見た感じ、この中では一番普通に見える。
ゴドフリートは、ニカッと笑って挨拶を返し、
「珠緒に顕龍、七星か。俺はゴドフリート・アルバレスト。白バイ警官だ。カリフォルニアから交換留学でこっちに来てる。まぁ、仲良くやろうや」
なにはともあれ、これで全員のようだ。
と、珠緒が、くんくんと鼻をひくつかせる。
「甘い匂いがするにゃ」
「ん?」
珠緒が、ゴドフリートに鼻を向け、
「やっぱり何かいい匂いにゃ」
「こら、タマ。失礼だろ」
七星が珠緒を叱る。
ゴドフリートはすぐに見当がついた。
「ああ、これの事かな?」
大きなポケットからガサゴソと袋を取り出し、その中に腕を突っ込む。
「それじゃあ、お近づきのしるしに」
何個かのシュークリームを珠緒に渡す。
本当は女の子に上げようと思っていたけど、まぁいいか。他にもお菓子はいっぱいあるし。何より珠緒の目が欲しい欲しいと言っている。
「い、いいのかにゃ?」
と、珠緒は返事も待たずにシュークリームを受け取り、にこにこと頬張りはじめた。
「これはっ! 生クリーム入りにゃっ!」
「やれやれ……」
七星がため息をつく。
「あんたらも一つどうだ?」
珠緒に上げてしまった以上、七星と顕龍にも声を掛けないわけにもいくまい。
「それじゃ一つ……」
七星はそう言って1つだけ受け取ったが、
「俺はいい」
顕龍は、けんもほろろに断った。
「それじゃ……」
残ったシュークリームを、ゴドフリートは一口で口の中に放りこむ。
「よし、行こうか」
もぐもぐとシュークリームを頬張りながら、ゴドフリートはそう言った。
●手荒い歓迎?
目的の家は、駅からは少し離れた郊外にあった。家自体は、ごく普通の二階建ての一軒家で、一見怪しいところはどこにもない。
表札に「湯川」の文字が見える。
「ここで間違いないな」
七星が、麗花から教えて貰った住所を確認しつつ、辺りを見回した。
ゴドフリートは、家を霊視してみた。何かの……人間ならざるものは感じられる。なるほど、確かにこの家には何かがある。
手紙を書いて来たのは女の子。名前は、「ゆかわすず」と書いてあった。麗花の話では、既に親には話を通してあるらしい。
珠緒が、勢いよく呼び鈴を押した。
「えいっ!」
ピンポーン……
しばらく、間が空く。
何の反応も無かった。
「あれ?」
誰も出てこない。
珠緒は、焦れて何度も呼び鈴を押してみた。
ピンポ、ピンポ、ピンポーン……
「もしもーし! 返事がないにゃ、おかしいにゃ!」
「タマ、そんなに何度も押したって無駄だろ」
七星が注意する。
本当に誰もいないのか……?
「ハーイ」
と、その時、家の中から子供の高い声が聞こえて来た。
「おう、なんだ留守かと思ったぞ!」
ガハハ、とゴドフリートは豪快に笑った。
ドダダダダダダダダ……ガチャッ
「しつこいにゃんっ」
現われたすずは、いきなり、玄関正面に立っていた珠緒に飛び蹴りをかました!
「にゃ!」
不意を突かれて、その蹴りが見事に珠緒の顔面に決まる!
「あれっ……?」
すずのびっくりした顔が、印象的であった。
「これはどうにも妙なことになったなぁ」
ゴドフリートはそう、気楽に言った。
●神の右手
すずは10歳と聞いていたが、もう少し子供っぽく見える。しかし見たところ、これといって変わった感じはしない。
それにさっきの行動を見る限り、思ったよりも活発な子みたいだ。
一つ安心したことはある。猫に取り憑かれて、もっと恐がっているのではないかと思っていたのだが、そんな事もないようだ。もしかしたら、思ったより質の悪くない奴なのかもしれない。
いつまでも玄関前にいても仕方ないので、ゴドフリート達は家の中に入った。応接間……なんてものはなさそうで、居間に通された。
通常よりやや大きな掘り炬燵に入ると、親は留守であることを告げられた。
一通り、名前だけ名乗った後に、
「おねぇちゃん、ごめんなさいにゃん」
すずが、真剣な表情でぺこりと頭を下げた。
「う〜〜それはもういいにゃ」
「お父さんはどこ行ったの?」
七星が、そう聞いた。
麗花の話では、母親はすでに亡くなっているらしい。
すずはもじもじと、
「おねぇちゃんたち、ざっしの人達?」
と、逆に聞き返して来た。
顕龍が、口を開く。
「月刊アトラスに手紙を出したのは、お前だな?」
こくり、とすずがうなずく。
どうも、最初に失敗したので今はいつもより縮こまっているようだ。
「猫化ねぇ……見た限り、そう深刻でもなさそうだけど」
七星がそう言うと、顕龍が、
「それより、さっきの言葉が気になる。なぜ、突然珠緒を蹴ったりしたんだ?」
確かに。ゴドフリートとしても、そこは気になる。
「だって……」
一瞬、すずは口ごもり、やがて言った。
「また、あのおじさんだとおもったにゃん」
「あのおじさん?」
ゴドフリートが、聞きとがめる。
「カメラもったおじさん」
「誰にゃ?」
「で結局、お父さんはどうしたんだ?」
「パパは、お仕事にゃん」
「そういやこの子だって学校があるんじゃないのか?」
「例の、人形はどこにあるんだ?」
何だか段々と取り留めがつかなくなって来た。
「ちょっと待った! バラバラに色々聞いても効率が悪いし、ここはちゃんと整理してみよう」
七星がそう提案する。
確かに、このままでは埒が明かない。相手が子供と言うこともあってか、ついみんなバラバラに話し掛けてしまった。
「いいだろう」
顕龍はうなずき、
「いいんじゃないか?」
ゴドフリートとしても賛成だ。
もちろん、珠緒が反対する謂れも無い。
自然、何となく七星が代表のような形になる。
「ええとまずはすずちゃん、今日はお父さんはお仕事で留守なんだね?」
すずが、こくんとうなずく。
「それから、あの手紙を出しのはすずちゃん、君で間違いないね?」
これにも軽くうなずく。
「じゃあ、まずはすずちゃんから事のいきさつを聞くしかないな」
「親がいないのでは仕方あるまい」
「麗花のやつ、そんな事一言も言わなかったにゃ」
「ざっしの人達がくるって、聞いていたにゃん。ただ、カメラのおじさんが……」
「それも分からん」
ゴドフリートは、胸ポケットからアメを出して、パクっと口に放り込んだ。
「カメラのおじさん……?」
とは、誰のことか?
「そんな目立つカメラを持ってるとしたら、その男はプロだろう。カメラマンと考えて間違いないな」
顕龍がそう断言する。
「しかし、何の為に……?」
七星の疑問に、顕龍が冷静に答える。
「今は分からん。置いといて、話の続きを聞こう」
「そうだな。すずちゃん、人形を貰ったいきさつを聞いておこうか」
するとおもむろに、すずは電話の受話器を手に取り、ピポパポ押しはじめた。
「どうしたにゃ?」
「ざっしの人達が来たら、ここにでんわしてってパパに言われたにゃん」
そう言って、コードレスホンを七星に渡す。
七星は、すぐに電話の相手と会話をはじめた。
「もしもし、すずちゃんのお父さんですか? 俺は……」
喋りながら、受信音をスピーカに変えて、他のみんなにも聞こえるようにする。
やはり、電話の向こうは父親であった。七星は一通り挨拶を済ませてから、事のいきさつを尋ねる。
父親の声が聞こえる。
「すみません、予定外の仕事が入ってしまって、こんな電話越しで。あれは……一月ほど前でしょうか。すずの誕生日に、デパートで猫の人形を買ったんです。すずがすごくお気に入りで。それからです。変な言葉で話しはじめるようになったのは」
それ以来、どうも言動がおかしいという。すずの方もそれを気にしていて、アトラスに自分から手紙を出したらしい。
ゴドフリートがふとすずを見ると、電話の途中退屈になったのかふわあとあくびをしていた。
そうだった。
ゴドフリートは、思い出した。こんなこともあろうかと……密かに秘密兵器を持って来ていたのだ。もぞもぞと、懐からネコジャラシを取り出す。
すずの横で、ネコジャラシを軽く振ってみる。
すずが、ピクッと反応する。
思ったとおり、興味津々である。
これこれ、子供や動物と遊ぶのにはこういうのに限る。ゴドフリートは、元々普段でも暇があればこうやって犬や猫、子供と戯れることが大好きだ。
ゴドフリートは、なおもひょいひょいとネコジャラシを振る。
すずの瞳が輝き、思わずスチャッと手が出る……この反応が可愛い……と思った時。
「ダメにゃっ!」
すずより先に、珠緒がネコジャラシをつかんでいた。
「あっ……」
どうも気まずい。
ゴドフリートとしても予想外であった。これですずと遊ぼうと思って持って来たのだが、まさか珠緒の方が反応してしまうとは。
一方、珠緒の方はあたふたと、
「これは、その、間違いにゃ、ゴドーがいけないにゃ!」
と言い訳をする。
面白い。
よく考えると、この珠緒の反応も可愛かった。やっぱり珠緒も猫憑きなのか?
ゴドフリートは試しに、もう一度ネコジャラシをふりふりと振ってみた。
「ダメにゃ、いけないにゃ!」
妙に色っぽい声で珠緒が抗議する。
余計な事を言わずにこんなに抵抗しなければ、むしろゴドフリートとしてはネコジャラシを振るのを早々にやめたかもしれないが、言葉とは裏腹にぴくぴくと動いている珠緒の手を見ていると、どうにも猫好きの血が騒ぐ。
ゴドフリートは激しく振り続けた。
「やめるにゃ、あっあっ」
ひしっ。
いつの間にか、珠緒はまたネコジャラシをつかんでいた。ただし今度は、一緒にすずもつかんでいる。
当たり前だが、珠緒と一緒にすずもずっとネコジャラシを追っていたのだ。
「おっ?」
ふと見ると、すずの頭の上にネコ耳がピョコンと立っていた。
この行動、この姿。間違いなく、すずには猫が取り憑いているに違いない。
「……なるほど。これでは学校へも行けまいな」
顕龍の、納得したような声が聞こえる。
気付くと、七星は電話を切っていた。どうもすずと(ついでに珠緒と)遊んでいる間に、話は終わってしまったらしい。
「おじょうちゃん、猫の人形をおじさんに見せてくれるかな?」
ゴドフリートが言うと、
「うん! 待っててにゃん!」
すずが、陽気に駆けて行った。
●人形
すずが持って来た人形は、一見すると何の変哲もないものに見えた。
アニメか何かになったのか、どことなく見覚えのある、擬人化された猫の人形である。シルクハットをかぶり、ステッキを持っている紳士風の、しかしどう見ても大量生産品だった。
「タマ、何か感じるか?」
七星に言われて、珠緒はじっと人形を見つめた。
「う〜〜、良く分かんないにゃ」
人形と、すずを見比べる。
「どっちにしても、もう人形にはいないような気がするにゃ」
一方のすずは、まだネコ耳をピョコンと出してままで大人達を見ていた。
七星も人形を調べたが、めぼしいことは発見でない様子だった。
続いて、ゴドフリートが人形を受け取る。
人形を霊視してみる。
…………
「確かに何かいるな。でも、これは……?」
この人形には、何かある。しかし、そんなに大きな力のあるものだとは思えない。
ただ、霊気の痕跡は感じる。
ゴドフリートは、人形を顕龍に渡した。
そう言えばしていなかったので、すずを霊視してみた。
これは……霊……ではないのか? いやしかし、もののけ……そういう反応が返って来る。もののけとは……どういうことだろう?
どうも良く分からない。
とにかく人形には何かあるわけだから、調べてみて損はないだろう。
「七星、人形を買ったという場所は?」
「さっき聞いといたよ」
「俺は、一度そこへ行ってみよう」
「丁度いい、俺もそうしようと思っていたんだ」
話し合った結果、デパートへは七星とゴドフリートが行くことになった。珠緒と顕龍は別行動をする事になり、後でまた家へ帰って来る事を約束してゴドフリート達は家を出た。
●人形を追って
珠緒、顕龍と別れてから、ゴドフリートは七星と一緒にデパートへと向かった。
あの人形には何かがある。それは分かっているのだが、それを突き止めない限り、すずの事は分からないような気がする。そもそも、本当に猫の呪いなのだろうか?
後ろから、七星が誰かと話している声が聞こえた。
「どうした?」
ゴドフリートが、振り返る。
「いや、ちょっとね」
七星は携帯をポケットに仕舞い、口の端だけでクールに笑った。
デパートに着いてみると、ごく普通の繁華街にある店だということが分かった。
おもちゃ売り場にも、まばらに人がいる。平日の夕方ならこんなものだろう。辺りを霊視してみたが、何も怪しいところはない。
探すと、すぐにあの猫の人形と同じ人形は見つかった。まだ何体も売れ残っているようだ。手に取ってみるが、不審な点はない。
店の者に聞いてみるが、特に奇妙な事などないと言う。
「霊的にも問題はないなぁ……」
だが、だとしたらあの人形に残っていた霊気は何だったのか?
「俺は、製造元へも掛け合いたいんだが」
「じゃ、ここからは別行動を取ろう」
そう、七星は言い残して去って行った。
早速、製造元を聞いてみると、何と中国だった。
さすがにそこまでは行けない。
国内なら、どこであろうと愛車のピンクのコルベット・スティングレイ、スーパーチャージャー搭載の怪物チューン仕様でぶっ飛ばして、尋ねて行けるのだが。
途方に暮れてしまった。
考えるのは余り得意ではないが、冷静に考えてみよう。
あの猫の人形には確かに何かある。霊的な何かが。その正体は置くとして、一体それはどこで霊気を帯びたのか?
工場、運ぶ途中、デパートで、の3つが考えられる。買ってからと言うことはないだろう。しかし工場は確認が難しい。
やはり、もう1度デパートから洗い直してみよう。
デパートに戻り、しつこく店員に尋ねると、一つ思い出してくれた。
「そう言えば……その人形、展示品を買って行ったお客様が居たなぁ」
「それ、名前確認出来るか?」
「名前までは……でも、日時は分かりますよ」
「ちょっと調べて見てくれ」
店員は、はいはいと言いながら去って行き、しばらくたって教えてくれた。
再びすずの父親に電話して尋ねてみたが、それはまさにプレゼントを買った日にいた時間だった。展示品に興味を示したすずが、どうしてもこれを欲しいとねだったそうだ。
店側も本来は売らないのだが、子供がねだるので仕方なく定価で売ったそうだ。
展示品を定価で売るとは、ちょっとあこぎな感じもする。
「展示品って、一般に販売されているものと何か違うのか?」
「いいえ、特にそういうことはありませんよ。ただ、店に展示しているとどうしても汚れてしまったりしますし、最後の1個とかにならない限り、普段は売らないんですけど。こちらとしても、後でクレームとかつけられても困りますし」
暗に自分のことを言われているのだろうか?
「その人形、何か変わった点はなかったか? ずうっとこの売り場に置いていたのか? 何か、特別な……」
「ははは、そんな特別な事なんて……」
「何でもいいんだ、何でも。どんな些細な事でも。例えば、誰かが持ち帰った事があるとか」
「ははは、そんな事! ……あ、いや、でもあれはなぁ」
店員が、腕を組む。
「言ってくれ!」
「ちょっとほつれがあったんで、斎藤さんが直した事があったっけ」
「斎藤さんを呼んでくれ!」
巨体のゴドフリートに迫力負けしたのか、店員は急いで斎藤さんを連れて来た。
40歳ぐらいのおばさんである。ゴドフリートは、事の顛末を説明した。
「ああ、あの人形。展示品てすぐほつれたりするんで、たまに直したりするのよね」
「何か変わった事は?」
「別に何も。すぐ直して、元の場所に戻したと思うけど。あれ、売っちゃったの?」
変な所に感心している。
「そうか……」
傍目にもがっくりと、ゴドフリートは肩を落とした。
「変わった事は無しか……やっぱり関係ないのか……?」
「そうねぇ。あの時は……そうそう、お昼の休み時間に直したのよね。あ、そうだ。昼休みに、いい天気だったんでお稲荷さんの所でお弁当食べて」
ゴドフリートはくわっと目を見開いた。
「それだー!!」
分からないはずだった。
来てみれば、微弱な霊気が漏れている。
ビルとビルとの谷間……こんな所にお稲荷さんがあるとは、デパートの関係者しか知るまい。
デパートの屋上の、隅の狭い所に赤い門構えのお稲荷さんは鎮座していた。
聞けば、デパートが建つ以前からここにあったものを、ものがものだけに壊すわけにもいかず、この場所に移し替えたらしい。
デパートの従業員によって、きれいに掃除はしてある。
日当たりと眺めは良いので、たまに女性従業員らが、天気の良い暖かい時にここで弁当を食べたりする事があるらしい。丁度その時、あの猫の人形をここに持ち込んだのだ。
お稲荷さんに触れてみた。
霊気……というより、そう、神気を感じる。
「お稲荷さん……ちょっといたずらが過ぎるな。さあ、すずを元に戻してくれ」
と、浄霊のオーラを放ちながらお稲荷さんに、呼び掛ける。
「わあああっ、やめてやめてやめてー!」
ほどなく、小さな狐姿のお稲荷様が、現れた。
「だから、いたずらをやめてくれたらすぐにでも……」
「ば、ばかー! 神様を浄霊なんて出来るわけないでしょ!」
うーむこのお稲荷様、女性か。
「それに、見当違いよ」
「でも、猫の人形に乗り移って、すずにいたずらしただろう?」
「それは、その……たまには遊びに行ってもいいじゃない、神様っていったって小さな力しか持ってないから、なかなか他の場所に行けないのよ」
「じゃ、やっぱり行ったんだ」
「だからー」
なんか随分と威厳のないお稲荷様だな。むしろ小さくて可愛いし。
「確かに、すずの家には行ったわよ。でも、何もしてないの。って言うかむしろ、あの女の子にわたしの方が追い出されたのよ!」
「何の冗談だ、それは?」
小さな狐が、ゴドフリートを覗きこむ。
「気づいてないの? あの子、人間じゃないわ」
「はあっ?」
ゴドフリートは、気の抜けた返事をしてしまった。
何だか納得したようなしないような……
不可解な気持ちで、とりあえずお稲荷様の言った事を確かめようと、ゴドフリートは湯川家へ戻って来た。
と、その少し手前で。
顕龍が、道の影に隠れながら、集中して何かをしていた。
「……何してるんだ?」
後ろから声を掛けると、全く動じずに顕龍は振り返った。
「静かに」
「なんだ? 家を見張ってるのか?」
「そうではない。あのバン……あそこに、例のカメラマン……ジャーナリストだが。それが、乗っている」
「……へえ?」
確かにバンが見える。
でもそれとこれと何の関係が?
と。
静かにバンの扉が開き、そこから黒いコート姿の男が顔を出した。
そのまま、つかつかと湯川家へ向かう。
「行くぞ」
顕龍は短くそれだけ伝えると、男の後を追って音も無く歩き出した。
「えっ?」
ゴドフリートは、困惑しながらもそれに続く。
●おさわがせジャーナリスト
顕龍とゴドフリートの目に、男が呼び鈴を押すのが見えた。
やがて、ネコ耳のすずが顔を出す。と、
「いっただきぃっ!」
島崎はフラッシュ付きのカメラで、ネコ耳姿のすずを撮りまくった!
顕龍は、暗殺稼業で鍛えた体にものをいわせ、驚異的な膂力で素早く近づくと、一撃で島崎のカメラを叩き落とした!
「何すんだ!」
島崎が、顕龍を確認して叫んだ。
「黙れ」
島崎の背後に来ていた顕龍が、男をつるし上げる。
ゴドフリートが、ぬっとその横に現れ、男をじろじろと見る。
「? お前、なんで写真なんか……」
家の中から七星がカメラに走り寄ると、素早くそのフィルムを抜き出した。
「ああーっ! な、何するんだ! そんな事する権利、お前らには……!」
「何か言ったかにゃ?」
バリバリッ! と珠緒が、いつの間にか飛び出していた両手の爪を交差させ、男の頬を引っ掻く。
珠緒もすずの側に居たようだ。
「痛っ、バカ、やめろ……ってお前も化け猫か!」
「それがどうしたにゃっ!」
「クソーッ、せっかくのスクープなのに!」
男が、じたばたともがく。
「ははあ、そういうわけか」
七星がうなずく。
「お前、名前なんて言うにゃ?」
「ぼくは黙秘権を行使する!」
「なんにゃそれ! 頭に来るにゃ! あんまり珠緒姐さん怒らせると、頭からかじっちゃうにゃ!」
「うわーっ、やめろー! この化け猫めー!」
男が大声を上げる。
「その男の名は、島崎恭平。28歳。フリーのジャーナリストだ。もっとも、何でもやってるようだがな」
顕龍が、島崎に代わってすらすらとそう答えた。
おお、いつの間にそんな事を。
「にゃ?」
「いつの間に調べやがった!」
島崎もやっぱりそう思うか。
「その男、悪質な写真週刊誌にこのネタを売りつけようとしていたらしい」
冷酷に、顕龍が島崎を見下ろす。
なるほど。やっとゴドフリートにも理解出来た。
おそらく今までにも、しつこくすずに迫っていたのだろう。
「しょうがない男だな」
ゴドフリートが、やれやれと腕を組む。
「もうフィルムは抜いたから、放しても大丈夫だよ」
七星はそう言ったが、顕龍は用心深く、
「もう2度と狙わない、と誓え」
と脅した。
「フンッ、そんなのはぼくの自由だね」
島崎がそっぽを向く。
「お前なぁ、こんな小さな女の子を狙って、恥ずかしくないのか?」
ゴドフリートが諌めると、
「知る権利の為なら、何だって許されるのさ!」
と、開き直る島崎。
「にゃにー! 反省の色が無いにゃ! やっぱり丸噛りにゃ!」
こういう男には、昔からやる事は一つと決まっている。
「教育的指導ー!!」
ゴドフリートは、容赦なく男を鉄拳制裁しようとした。
「ギャーッ!」
「まぁまぁ、待て待てみんな」
そこを、七星が止めに入った。
「七星、邪魔するにゃ!」
「この手の人間には、そういう脅し方は効果がないよ。カメラはまだ使えそうだな……フィルムは、ないかな?」
七星が、ニヤッと笑った。
「コートの中に予備がある」
「……な、何するんだ?」
島崎が、引きつった笑みを浮かべる。
「大丈夫、怪我させたりはしないから安心してよ。ただ、人権を無視する人には、無視仕返すだけだよ。さ、タマ、こいつの服を剥ぎとって」
「了解にゃっ!」
「何する気だ……? や、やめろ……うわーっ!!」
島崎の断末魔の悲鳴が、住宅街に木霊した。
●それから
あのジャーナリスト……島崎恭平を散々脅してから放り出した頃に、すずの父親は帰宅した。
それにしても……七星のやった事は鉄拳制裁よりよっぽどえげつない。そもそも島崎と言う男、それほどの悪人だったのだろうか……? とはいえ、すずの事もあるので放っておくわけにはいかないが。
父親が帰って来てからはじめて、七星と珠緒が、すずの母親が猫又であった事、すずもその血を受け継いでいる事を明かした。
なるほど、お稲荷さんの言っていたのはそういうことか。
ではあの猫語もネコ耳も問題なかったということになる。
この話を、父親は、はじめはなかなか信じなかった。というか、妻が猫又であった事を本当に全く知らなかったようだ。
どうもこういう事らしい。
七星の話では、猫又と言ってもハーフのすずの場合、成人するまでは人間として教育され、能力も発動しないのが普通らしい。
今回の様にまだ幼いうちに能力が発動したのは、何かきっかけがなければおかしい。
きっかけは人形だ。
お稲荷様はちょっとした旅行気分で人形の中に入り込んだ。が、展示品なので買って行く者などいない。そこで霊力の強い者を呼び寄せて、無理矢理買わせた。ところが買った相手はよりによって猫又のすずであった。
ゴドフリートの見た所、あの茶目っけたっぷりのお稲荷さんはやっぱり何かいたずらしようとしたに違いない。しかし猫又の、強いもののけの力に反発されて、あっという間にあのデパートに逃げ帰って来た。
その際、霊的に強い衝撃を受けたすずは、本来まだするはずの無い覚醒をしてしまったのだ。こう、考えてみると……
「やっぱり、あのお稲荷様が元凶じゃないか!」
まぁ、すんだ事は仕方が無い。
お稲荷様の事は他の者には黙っていた。たっぷり説教もしたし、なによりも一応の神様に他言しないでくれと泣いて頼まれては仕方ない。猫又に追い返されたなど、小さいとはいえ神様として、すごく恥ずかしい事らしい。
本体から遠く離れていたから力が弱まっていた、と必死に言い訳していたが。
何だかうまい具合に解決したようではあるし。これからの事は、珠緒が面倒を見るという。同じ化け猫同士だしなぁ。
さて、事件も解決したし、今夜はどのお菓子を買って行くか……思案のしどころだ。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0234/白雪・珠緒(しらゆき・たまお)/女/523/フリーアルバイター。時々野良(化け)猫
0177/瀧川・七星(たきがわ・なせ)/男/26/小説家
1024/ゴドフリート・アルバレスト/男/34/白バイ警官
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
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2度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そして白雪珠緒様、瀧川七星様、ゴドフリート・アルバレスト様、はじめまして。
というわけで、今回孤軍奮闘のゴドフリートです。
いやあ、こういう豪快なキャラは好きですね。とても楽しく書けました。
プレイングとしては、他の話の都合で結局人形の来歴を洗うっていうのが、どんどん変化してこうなってしまいました。もうしわけありません。ぺこり。
ネコジャラシが良かったです。化け猫の珠緒が参加したのはたまたまだったのですが、書いてて面白かったです。
「教育的指導っ!!(ぼぐしゃぁ!!)」「ゆ、幽霊を殴るなんて何て非常識なぁ!?(涙目)」というのができなかったのは、ライターとしても大変残念でした。次の機会があれば、ぜひ、実現したみたいですね。今度こそは。
わたしの話は各キャラクター毎に、同じシーンでも視点を変えているので、よろしかったら他のキャラの話もお読みください。楽しめるのではないかと思います。
それでは、またお会いできたら嬉しいです。
今回はありがとうございました。
ライター 伊那 和弥
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