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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


カメリア・ランプ sideB

執筆ライター  :織人文
調査組織名   :月刊アトラス編集部
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

 幽霊に悩まされているので、助けてほしい――月刊アトラス編集部へ来たメールの一つに、そんな内容のものがあった。差出人は、榊大輔。メールによれば、大学生らしい。
 彼は、一月ほど前に、母方の叔母から、誕生日のプレゼントとして、一枚の絵を贈られた。描かれているのは、アンティークのランプで、シェードの部分はステンドグラスで椿の柄になっている。それが、アンティーク風のテーブルに置かれて、柔らかな光を放っているというものだ。バックは、英国風の部屋になっており、絵そのものが、19世紀の終わりごろか、20世紀の始めごろに描かれたものらしかった。
 悪くない絵だと、大輔は、それを部屋に飾ったのだが、その日から、夜になると部屋に幽霊が現れるようになった。幽霊は女性で、日本人らしいのだが、服装は19世紀ヨーロッパの貴婦人のようで、毎晩現れては一晩中、何事かを話して行く。言葉は日本語のようなのだが、何を言っているかがわからず、ただ、その声が邪魔をして、大輔はほとんど眠れないのだという。
 そのメールを読み下し、碇麗香は興味を持った。
「面白そうね。誰か、取材に行ってくれる人はいないかしら?」
小さく呟き、編集部内を見回した。




 壁に掛けられた小さな絵を見上げて、川原志摩は、その場に佇んでいた。
 長身で豊満な体には、胸元を大きくくったワンピースと、揃いのジャケットをまとい、長い黒髪は、背にそのまま流している。年齢は、25歳ぐらいだろうか。青い瞳と白い肌の、妖艶な美女である。
 バー「ケイオスシーカー」に勤めるピアニストである彼女は、三下の忘れ物を届けに月刊アトラスの編集部を訪れ、幽霊に悩まされている大学生の話を耳にした。もっとも、取材を引き受ける気になったのは、その大学生の持っている絵に興味を引かれたせいだった。
 先月、彼女は友人のシュライン・エマに協力を頼まれ、ステンドグラスで椿を描いたシェードのあるランプの調査に関わった。その時のランプと、大学生の持っている絵に描かれているランプが、どうも同じものではないかと感じるのだ。
 志摩は、取材を引き受け、同時にシュラインにもその話を持ちかけた。彼女も当然ながら興味を持ったようで、結局、二人で取材することになったのである。
 その友人、シュライン・エマもまた、今彼女の隣に立って同じように絵を見上げていた。
 シュラインは、志摩より一つ上で、すらりとした長身に、ぴったりしたパンツスーツをまとい、長い黒髪は後ろで一つに束ねていた。志摩と同じく青い瞳と白い肌の持ち主だが、こちらは、知的な印象のある美女だった。
 二人は今、問題の絵を見せてもらうため、編集部にメールをよこした大学生、榊大輔のアパートを訪ねていた。
 大輔は、港に近いロフト風の小さなアパートに住んでいた。長身ではあるが、柔らかい笑顔を見せる、優しげな雰囲気の青年だった。部屋の中は、あまり物がなく、きちんとかたずいていて、壁には、幾つかの小さな絵や写真が飾られていた。写真は、彼自身が撮ったものだという。それらの中に、件の絵はあった。
 さほど大きなものではない。大判の雑誌程度の大きさだろうか。中央に、テーブルに据えられたランプが柔らかな光を放つ姿が描かれており、その光に照らし出されるように、周囲の光景が、ぼんやりと描き出されている。
 描かれているランプは、本物の火を使う以外は、まったく彼女たちが先月関わった依頼で見た、あのランプにそっくりだった。椿をステンドグラスで描いたシェードも、ランプの部分を支える台座も、同じものだ。
「これを、叔母さまから贈られた、とのことでしたが……」
シュラインが、彼女たちの背後に立つ大輔をふり返って訊いた。
「ええ。誕生日のプレゼントに。俺の母と叔母は、二人きりの姉妹なんですけど、叔母は、結婚してなくて……俺も一人息子だし、それもあって、小さい時から大事にしてもらってるんです。で、誕生日のプレゼントも毎年もらってるんですけど……今年のは、それだったんです」
うなずいて大輔は説明すると、絵の方へと視線を巡らせた。
「なんとなく、暖かな雰囲気を感じる絵でしょう? 叔母も、そういうところが気に入ったのだと言ってました」
「叔母さんにお会いして、お話を伺ってもかまいませんか?」
「ええ、どうぞ。……アトラスの碇さんからお電話をいただいてから、叔母にもこのことを話しましたから」
シュラインの問いに、大輔はうなずく。
 それを聞いて、横から志摩は問うた。
「アトラスにメールするまでは、誰にも話してなかったのかい?」
「ええ」
大輔は、彼女の大きくくった服の衿から覗く白い肌と、隆起した胸に、わずかに狼狽したように視線をそらしてうなずいた。
「その……あんまり怖いとは思わなかったんです。だから、最初の何日かは、話を聞いてやろうと思ったんですよ。別に、悲しそうでも誰かに恨みを持っている風でもなかったけど……出て来るからには、何か思い残したことがあるんだろうなあって思って」
そう、慌てて付け加える。
「ところが、一向に相手の話が聞き取れない、と」
「ええ。声は聞こえるんです。でも……なんていうか、言葉としての意味をなしていないっていうか……かと言って、よその国の言葉ってわけでもないんです。それで、結局、寝不足みたいになっちゃって。それに、メールには書かなかったんですけど、時々、夢も見るんです」
「夢?」
シュラインが、思わずというように問い返した。志摩も、眉をひそめる。そのまま、二人は思わず顔を見合わせた。何やら、ますます先月の事件と似通っている。
 大輔はうなずいた。
「ええ。夢の中では、俺はその絵の中にいるみたいなんです。傍に、そのランプが灯っていて……部屋の中には、ここに現れる幽霊の女性と、金髪の青年がいて、何か話しているんです。たぶん、夫婦なんでしょうね。二人とも、とても幸せそうで……不思議なんですけど、俺は、その青年やその部屋が、ひどく懐かしく感じているんです。それに時々……そのう……その女性の感覚が重なることがあって……」
「感覚が、重なる?」
「ええ。どう言ったらいいんでしょう? たとえば、女性が夫らしい金髪の青年に髪に触れられたとしますよね。すると、俺もその感触を感じるんです。他にも、香りとか、味とか……」
 大輔の話に、志摩とシュラインは再び顔を見合わせた。どう考えてもそれは、普通の夢とは思えなかった。たしかに、夢というのは理屈では説明できないものが多い。だが、それにしても、夢の中でそんな感触や匂いや味まで感じることがあるものだろうか。
「その夢は、カラーなんですか?」
シュラインが問うた。大輔はうなずく。
「それまでに、そういうカラーの夢や味や香りまで感じられる夢を見たことがあるかい?」
志摩も問うた。
「カラーの夢は、しょっちゅう見ます。というより、モノクロの夢っていうの方が、俺にはよくわからないですね。中学ぐらいまで、俺は、誰でもみんな夢はカラーなんだと思ってましたから。……でも、香りや味までわかる夢っていうのは、初めてです。ただ、こういう夢を見るのは、ひょっとして、毎日、あの女性の幽霊に会うせいかな、とも思ったりするんです」
答える大輔に、志摩もなるほどと思う。カラーの夢を見るのは、感受性が豊かなせいだという話を、どこかで聞いたことがあった。それが少しでも本当ならば、たしかに、彼の言葉通り、その夢は、絵のせいではなく、幽霊の女性に毎晩会って、その声を聞きながら眠るせいかもしれなかった。
 そう思いながらも、彼女は胸の内に一つの確信が高まって来るのを感じていた。間違いなく、その女性は、先月の依頼の関係者――ランプに想いを残していた、イギリスの青年貴族エリオットの妻、椿だろう。
 志摩を、シュラインがふり返った。こちらも、彼女と同じことを考えていたのだろう。目顔でうなずき返し、言った。
「とにかく、まず、絵についてさぐってみるよ」
そして、そっと絵に触れた。
 彼女の持つサイコメトリー能力は、品物に残る所有者の思念を読み取る能力だ。長く使われたものであれば、その技術を再現することもできる。
 彼女は、目を閉じ絵に触れながら、そろそろと慎重に意識の触手を伸ばして行く。先月のランプの件の時には、こともあろうに、そのランプに宿った想いにこちらが支配されてしまった。あんなことは、初めてだったし、そうしょっちゅうあることとは思えない。それでも、同じ物が関わっているのではないかと考えられるだけに、彼女は、いつもにも増して慎重になっていた。
 だが、幸いにして絵に残った思念は、彼女の体を支配することもなく、そこから得られたのは、いたってありきたりな情報ばかりだった。もっとも、その情報は、彼女たちが思っていたのとは、少々違うものではあったけれども。
 彼女は目を開け、シュラインをふり返った。
「この絵は、エリオット・サー・アスキンスとその夫人の椿の持ち物じゃないね」
「え? じゃあ……」
「この絵が描かれたのは、20世紀の初めごろ。エリオットが死んだ後だ。それも、どうやら実物のランプを見て描いたわけじゃなさそうだよ。画家は、夢でこの絵に描かれた部屋とランプを見て、それを絵にしたらしい。そうして、長い間、売ることをせず、自分の部屋に飾ってあった。だが、彼は比較的若くして、病気で亡くなり……その後、絵は別の人物に売られた……」
話しながら志摩は、自分の言葉にシュラインが困惑しているのを感じる。それは、彼女自身も同じだった。あの時、ランプに残っていたエリオットの意識にのっとられたせいか、彼女には、はっきりとこの絵が描かれた時、彼は死んでいたことを確信している。だが、それでは、死んだエリオットが画家に夢という形で働きかけて、この絵を描かせたのだろうか。もしそうだとしても、目的はなんだったのだろう。
 彼女は、思わず内心に溜息をついた。どうやら、先月同様、今回も簡単に決着がつきそうにはないと感じたのだ。
 ともあれ、大輔の叔母の話も聞いてみれば、なんらかの手掛かりが得られるかもしれない。もしかしたら、先月のランプの件の依頼主、篠原椿にも連絡を取った方がいいのかもしれない。
 一方のシュラインは、何を思いついたのか、彼女たちのやりとりを怪訝そうに眺めている大輔をふり返り、訊いた。
「大輔くん、もしかして、榊家には、百年以上前に、イギリスの貴族に嫁いだ女性がいませんでしたか? 名前は、椿さんというのだけれど」
「さあ……。俺にはわかりません。そういうことも、叔母なら知っているかもしれませんが」
「そう……」
首をかしげる大輔に、彼女は少し落胆したようだった。
 それを見やって、志摩はなるほどと思う。大輔が、エリオットの妻の家系の人間かもしれないという可能性は、たしかにある。若くして死んだ彼女が、夫について、何か気になることがあるとしたら、イギリスの、彼女に冷たかった夫の親族よりも、日本にいるはずの自分の親族に助けを求める方が、あり得ることに思えた。ただ、今の大輔の反応では、それも望み薄な気もする。
 ともあれ、二人は彼の叔母に会うべく、そのアパートを後にした。

 大輔の母方の叔母、和泉薫子は、自宅兼用の三階建て家屋で事務所を開いている税理士だった。大輔が連絡しておいてくれたおかげで、会見はスムーズだったものの、さして収穫はなかった。
 彼女は、姉の嫁ぎ先である榊家に、以前外国へ嫁いだ女性がいるかどうかは、大輔と同じく、覚えがないと言った。むろん、和泉家の方でも、そういう話は聞いたことがないという。
 シュラインは、かなり落胆したようだったが、志摩はあえて慰めることはせず、そのまま、彼女と共に、例の絵を薫子が購入した美術商を訪ねることにした。
 絵を売った美術商は、別に迷惑そうでもなく、二人の質問に答えてくれた。
 それによれば、絵は、20世紀初めのイギリスの画家、ジョン・ライトフォードなる人物の描いたものだという。日本ではあまり知られていないが、イギリスの近代画家の中ではそこそこ有名で、椿をモチーフにした絵を多く描くことでも知られていたという。
「椿、ですか」
志摩と顔を見合わせ、シュラインが問い返した。
「ああ。本物の椿の木や花からはじまって、椿の模様のある花瓶や、壺なんかも描いていましたよ。そうそう、『椿姫』の舞台のポスターを描いたものもあったな。面白いものでは、画面には椿がまったく描かれていなくて、ただの女性の肖像画なんだが……タイトルが、『レディ・カメリアの肖像』となってるものなんかもありましたよ」
苦笑しながら言った美術商の言葉に、二人はまたもや顔を見合わせる。それには気付かず、美術商は続けた。
「あのランプの絵は、ライトフォードの死後に見つかったものでね。タイトルが、『レディ・カメリアの思い出』というんです」
「『レディ・カメリアの思い出』……!」
シュラインが、低い声を上げた。志摩も、思わず目を見張る。それは、偶然なのだろうか。それとも、ライトフォードという画家は、椿・アスキンスについて何か知っていたのだろうか。だが、それを確かめるすべはない。志摩の意識の底には、エリオットから得たその妻・椿の面影が、うっすらと残ってはいる。だが、ここにはその肖像画はない風だ。それでも、そのことを訊いてみる価値はあるだろうと、志摩は考えた。
 彼女の横では、シュラインが、画家が幾つで亡くなったのかを訊いている。美術商は、45歳の若さで死んだと答えていた。それを聞きながら、志摩が、口を開こうとした。だが、シュラインはそれを待たずに美術商に礼を言って、そのまま店を出て行ってしまう。
 志摩は、慌てて後を追って店を出た。どうにか追いつき、その横に並ぶ。
「どうしたんだい? 何か……」
言いかける彼女に、シュラインはふり返るなり問うた。
「ねえ、あんたは、生まれ変わりって信じる?」
「なんだい、やぶから棒に」
「ねえ、信じる?」
笑ったものの、再度真剣な目で問いかけられて、志摩は考え込んだ。
「まあ、まったくないとは言い切れないんじゃないかな。実際に、前世の記憶とやらを持っている人間もいるって話だからね」
「私、画家のライトフォードさんは、エリオットさんの生まれ変わりだったんじゃないかと思うの」
「シュライン?」
志摩は、怪訝な顔でシュラインを見やる。だが、彼女は真剣だった。
「あんたのサイコメトリーでは、あの絵は、ライトフォードさんが、夢を見て描いたものだったわけでしょう? 他の絵をどういう経緯で描いたのかはわからないけれども、でも……タイトルだけを見れば、まるで、エリオットさんの奥さんを知っていたかのようだわ」
「それは……」
 言いかけて、志摩は肩をすくめた。
「あんたの考えにも一理あるけど、でも、確証はないよ。もしかしたら、その画家には、カメリアって名前の恋人がいたのかもしれないじゃないか。それとも、椿をモチーフに描いていたことを、当時のイギリス人がよく知っていたのなら、自分の肖像画を描いてほしいって言って来る、カメリアって名前の女性がいたのかもしれないし……ランプの絵のタイトルだって、そのあたりと関連させてつけただけかもしれないよ」
「それは……そうだけど……」
言われて、シュラインが言葉に詰まる。志摩は、それへ続けて言った。
「それに、もしもそうだったとしても、どうしてあの大学生の部屋に、椿・アスキンスらしき女性の幽霊が出るのかは、謎のままだよ」
「それはそうね」
うなずいて、シュラインは溜息をついた。
「やっぱり、あのランプを篠原椿さんから借りて来るしかないかもしれないわね」
「ああ」
志摩も、うなずいた。それに関してだけは、彼女もまったく同感だった。

 翌日。
 志摩とシュラインは、再び榊大輔の部屋を訪れていた。今度は、篠原椿から借りたランプを持参している。
 美術商を後にした二人は、篠原椿の元を訪ね、事情を話してランプを貸してもらえないかと交渉したのだ。彼女は快く、それを承諾してくれた。
 持ち込まれたランプは、大輔の部屋のリビングにある、小さな丸テーブルの上に置かれた。昼間だったが、カーテンを閉めると、室内はかなり薄暗くなったので、その状態でランプのスイッチを入れる。黄色い光がランプに灯り、ステンドグラスのシェードを通して、室内をやわらかく照らし出す。
 大輔は、そのランプを小さく首をかしげて見詰めていた。
 最初、二人にそれを見せられた時には、彼もあまりに絵の中のそれとそっくりなので、かなり驚いた様子だった。だが、シュラインはあえてランプの由来については話さないつもりのようだった。それが、イギリスの貴族エリオット・サー・アスキンスが日本人の妻のために作らせたものであり、その妻の死後、心無い親族のために売り払われてしまって、人手を渡り、結局、現在の持ち主である篠原椿のものとなったのだということも、その椿の身に起こった不思議な出来事をも。
 おそらく、彼女はまだ昨日の考えを捨てていないか、ランプの過去に関わる人々の想いのせいで、大輔の前に幽霊が現れるのならば、何も説明する必要はないと考えているのだろう。それに、篠原椿に対する守秘義務もある。
 ランプを、じっと見詰めていた大輔の表情に、驚きにも似たものが現れた。ランプの置かれた丸テーブルは、絵のかかった壁のすぐ傍に据えられていたが、彼の目は、ランプから離れ、壁とテーブルの中間あたりを見詰めている。志摩とシュラインも、その視線を追ったが、そこには何もない。だが、大輔には、何かが見えているらしかった。
 ふいに、彼の目に涙が盛り上がり、それが一筋、頬に滴り落ちる。
「わかりました……。いえ、思い出したと言った方がいいのかな。この幽霊は、俺です。昔の俺だ。……厳密に言えば、幽霊でもない。俺が……俺自身の記憶が見せているものだ……。俺は昔……今の俺になる前、笹山椿って名前の女性だった。その人は、イギリス人のエリオットって人の妻になって、イギリスに渡るんです。あの夢は……そのころの俺の……幸せだった記憶だ……」
途切れ途切れに語られる彼の言葉に、志摩もシュラインも息を飲んだ。だが、彼はもはや完全に二人の存在を忘れてしまっているようだ。ただ、まるで自分自身に語るかのように言葉を続ける。
「このランプは、俺が、エリオットから贈られたものの一つだ。椿の名にちなんで、台座は椿の木で、シェードには、椿の模様を入れて……」
そっと、いとおしそうに、大輔はランプのシェードに触れた。それから、ふと絵の方をふり仰ぎ、そちらへ歩み寄った。
「これも、あの人の絵だ……。あの人は、絵を描くのが好きだった。一時は、画家になりたいと思っていたこともあったと言っていた……」
言って、こちらもいとおしそうに、手で触れる。
 その呟きに、志摩とシュラインは軽く目を見張り、思わず顔を見合わせた。
(なんと、シュラインの考えが当たっていたってことなのかい?)
志摩は、驚愕の思いで胸に呟く。シュラインが、隣で、そっと口を開いた。
「その絵を描いたのは、ジョン・ライトフォードという、20世紀初めにイギリスで活躍した画家だそうです。タイトルは、『レディ・カメリアの思い出』だそうです。」
 途端、大輔の目が、大きく見張られた。こちらをふり返る彼に、シュラインは続けて言った。
「これは、私の推測にすぎませんが……たぶん、ライトフォードさんは、あなたと同じく生まれ変わったエリオットさんだったのではないかと思います」
「ああ……では、エリオットは生まれ変わっても、俺を、椿のことを忘れていなかったのですね?」
大輔は訊いた。
「ええ」
「それどころか、ずっと大事に想っていたのかもしれないね。美術商の話じゃ、ライトフォードって画家は、ずっと椿をモチーフにした絵ばかり描いていたらしいからね」
うなずくシュラインの傍から、志摩も言った。
「そうですか……」
うなずいて、大輔は、ふと呟いた。
「彼は、幸せだったのかな……。椿が死んでから……」
 それは、ただ単に思いついたことを口にしたにすぎないようだった。が、志摩とシュラインは、少しだけ困ったように目を見合わせた。が、やがて志摩は小さく肩をすくめて言う。
「さあね。あたしらは、霊能力者じゃないから、そこまではわからないね。それに、『幸せかどうか』なんて、本人にしかわからないことだよ。そうだろ?」
「それはそうですね」
大輔は、笑ってうなずいた。そうして、涙をぬぐって、テーブルの上のランプを見やった。
「このランプ、今の持ち主の方は、大事にしてくれているんですね。とてもきれいに手入れされている」
「ああ、そりゃ大事にしているさ」
志摩が請合う。大輔は、うれしそうに笑ったが、すぐに小さく首をかしげた。
「でも、どうしてこのランプのことがわかったんですか?」
「それについては、ごめんなさい。教えられないの」
シュラインが言うと、大輔は慌てて言った。
「もちろん、無理に教えてくれとは言いません。ただ、このランプの持ち主の方に伝えて下さい。これからも、ランプを愛してやって下さいって。そして、ありがとうございましたって」
「わかりました。かならず、伝えます」
シュラインが、強くうなずいて言った。志摩もまた、心の中で、同じようにうなずいた。

 後日、事の顛末は、月刊アトラスにしっかり記事として載せられた。むろん、プライバシー保護のため、大輔の名前は伏せられたものの、読者の反応はよかったようだ。碇麗香は上機嫌で、「取材費」の名目で、後から志摩とシュラインのバイト料を追加してくれた。
 大輔の方は、当然ながら二度と女性の幽霊に悩まされることはなくなり、ぐっすり眠れる日々を送っているようだ。アトラス編集部に後日届いたメールには、いつか、イギリスへかつての自分がくらした場所を訪ねて行きたいのだと書かれていたという。
 その日の夜、志摩は勤め先のバー「ケイオスシーカー」で訪れたシュラインとカウンターで肩を並べ、水割りを飲んでいた。店が混み始めるにはまだ早い時間なので、ゆっくり話ができる。シュラインの前にも、同じ水割りのグラスがあった。
「それにしても……不思議な事件だったわね。あんな風に、はっきりと前世の記憶を思い出すことがあるなんて……」
そのグラスを手にして、シュラインが、ふと思い出したように呟いた。
「ああ……。しかし、今回は前みたいにのっとられたりしなくてよかったよ。あんな騒ぎは、一度でこりごりだからね」
うなずき、志摩は肩をすくめて言う。それは、彼女の本心だった。シュラインが、思わずというように苦笑する。
 やがて、ぽつぽつと客の数が増え始め、志摩は、客のリクエストに応えて、カウンターを離れ、ピアノを弾き始める。リクエストされた曲は、有名なミュージカル・ナンバーの一つだった。彼女は、すべるように鍵盤の上に指を走らせながら、自分の紡ぎ出す柔らかな音色の中に、人の魂と想いの不思議さを思う。百年以上も前に、死によって分かたれたあの若い夫妻が、いつかどこかで巡り会う時があればいいと、彼女は胸に祈りながら、曲を紡ぎ続けていた――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0417/川原志摩/女性/25歳/ピアニスト&調理師】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
今回は、「カメリア・ランプ sideA」の続編という形になりましたが、
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●川原志摩さま
2回目の参加、ありがとうございます。
今回は、続編ということで、前回同様シュラインさまとコンビを組んでいただきましたが、
いかがだったでしょうか?
またの機会がありましたら、よろしくお願いします。