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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


カメリア・ランプ sideB

執筆ライター  :織人文
調査組織名   :月刊アトラス編集部
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>--------------------------------------

 幽霊に悩まされているので、助けてほしい――月刊アトラス編集部へ来たメールの一つに、そんな内容のものがあった。差出人は、榊大輔。メールによれば、大学生らしい。
 彼は、一月ほど前に、母方の叔母から、誕生日のプレゼントとして、一枚の絵を贈られた。描かれているのは、アンティークのランプで、シェードの部分はステンドグラスで椿の柄になっている。それが、アンティーク風のテーブルに置かれて、柔らかな光を放っているというものだ。バックは、英国風の部屋になっており、絵そのものが、19世紀の終わりごろか、20世紀の始めごろに描かれたものらしかった。
 悪くない絵だと、大輔は、それを部屋に飾ったのだが、その日から、夜になると部屋に幽霊が現れるようになった。幽霊は女性で、日本人らしいのだが、服装は19世紀ヨーロッパの貴婦人のようで、毎晩現れては一晩中、何事かを話して行く。言葉は日本語のようなのだが、何を言っているかがわからず、ただ、その声が邪魔をして、大輔はほとんど眠れないのだという。
 そのメールを読み下し、碇麗香は興味を持った。
「面白そうね。誰か、取材に行ってくれる人はいないかしら?」
小さく呟き、編集部内を見回した。




 壁に掛けられた小さな絵を見上げて、卯月智哉は、その場に佇んでいた。
 今日の彼は、16歳の少年の姿で実体化中だ。小柄な体には、アルバイトらしく見えるよう、Gパンとトレーナーをまとっている。黒い髪は長めだが、これも今風に見えなくもないだろう。
 今日は彼にしては珍しく、外見に気を配っている。
 それというのも、彼はもともと人間ではないからだ。とある神社の樹齢千年を越える杉の古木に宿った精霊で、その中では若い方だとはいえ、すでに240年もの時を生きている。時おり、こうして人間の姿になって人界をさまよってみたりするのだが、たまたま寄った月刊アトラス編集部で、幽霊に悩まされる大学生の話を聞き、取材を引き受けることにしたのだ。というのも、その大学生の持っている絵に描かれているというランプに、心当たりがあったからだった。
 先月、彼は草間興信所に持ち込まれた一つの依頼を引き受けた。それは、ランプを使うたびに、夢の中で一人の青年と出会うという女性が、そのランプについて調べてほしいというものだった。つまり智哉は、その絵に描かれているのが、その時のランプなのではないかと考えたのだった。更に、出て来る女性の幽霊というのも、もしかしたら、そのランプの本来の持ち主だった女性、椿・アトキンスではないかと考えていた。
 ともあれ、取材を引き受けた彼は、まずメールの主である大学生・榊大輔に会い、問題の絵を見せてもらうことにした。が、人間ではないことがバレると困るので、極力気を遣っているわけだ。
 榊大輔は、港に近いロフト風の小さなアパートに住んでいた。長身ではあるが、柔らかい笑顔を見せる、優しげな雰囲気の青年だった。部屋の中は、あまり物がなく、きちんとかたずいていて、壁には、幾つかの小さな絵や写真が飾られていた。写真は、彼自身が撮ったものだという。それらの中に、件の絵はあった。
 さほど大きなものではない。大判の雑誌程度の大きさだろうか。中央に、テーブルに据えられたランプが柔らかな光を放つ姿が描かれており、その光に照らし出されるように、周囲の光景が、ぼんやりと描き出されている。
 描かれているランプは、本物の火を使っている以外は、まったく彼が先月関わった依頼で見た、あのランプにそっくりだった。椿をステンドグラスで描いたシェードも、ランプの部分を支える台座も、同じものだ。
「これ、叔母さんからもらったって聞いたけど……」
智哉は、背後に立つ大輔をふり返って訊いた。彼には、自分は見習いのバイトだと言ってある。
「ああ。誕生日のプレゼントにね。俺の母と叔母は、二人きりの姉妹なんだけど、叔母は結婚してなくて……俺も一人息子だし、それもあって、小さい時から大事にしてもらってるんだ。で、誕生日のプレゼントも毎年もらってるんだけど……今年のは、それだったんだ」
うなずいて大輔は説明する。取材と聞いて緊張していたようだが、智哉が年下らしく見えるので、安堵したのだろう。絵を見せてもらう前に少し話したせいもあって、ごく親しげな口調だった。彼は、絵の方へ視線を巡らせ、付け加える。
「なんとなく、暖かな雰囲気を感じる絵だろう? 叔母も、そういうところが気に入ったらしいよ」
「叔母さんに会って、話を聞いてもいいかな」
「ああ、もちろん。……アトラスの碇さんから電話をもらってから、叔母にもこのことを話したから」
智哉の問いに、大輔はうなずく。
 その言葉に、智哉は小さく首をかしげた。
「アトラスにメールするまで、誰にも話してなかったんだ」
「ああ……まあね」
大輔は、曖昧にうなずいた。
「あんまり怖いと思わなかったんだよ。だから、最初の何日かは話を聞いてやろうと思ったんだ。別に、悲しそうでも誰かに恨みを持ってる風でもなかったけど……出て来るからには、何か思い残したことがあるんだろうなあって思って」
「ふうん。でも、相手の話は聞き取れなかったんだろ?」
「ああ。声は聞こえるんだけどね。でも……なんていうか、言葉としての意味をなしていないっていうか……かと言って、よその国の言葉じゃないんだ。それで結局、寝不足になっちゃって。それと、メールには書かなかったんだけど、時々、夢も見るんだ」
「夢?」
智哉は、思わず問い返した。なにやら、ますます先月の事件と似通っている。
 大輔はうなずいた。
「ああ。夢の中では、俺はその絵の中にいるみたいなんだ。傍に、そのランプが灯っていて……部屋の中には、ここに現れる幽霊の女性と、金髪の青年がいて、何か話してる。たぶん、夫婦なんだろうな。二人とも、とても幸せそうで……不思議なんだけど、俺は、その青年やその部屋が、ひどく懐かしく感じるんだ。それに時々……そのう……その女性の感覚が重なることがあって……」
「感覚が、重なる?」
「ああ。どう言ったらいいのかな。……たとえば、女性が夫らしい金髪の青年に髪に触れられたとするだろ? すると、俺もその感触を感じるんだ。他にも、香りとか味とか……」
 大輔の話に、智哉は軽く眉をひそめた。人間ではない彼には、人間の見る夢が通常どんなものなのかが理解できなかった。だが、夢に関する話題を、人間たちが口にするのは聞いたことがある。そこから彼が推測できることは、普通、人間はそんな感触や匂いや味まで感じるような夢は見ないのではないか、ということだ。
(あ、そういえば、昔誰かが、人間の夢には色がないんだって話してたっけ)
ふっと、記憶の底からそんな知識が浮かび上がる。
「その夢、感触まであるんだったら、色もついてるんだ」
半分は好奇心もあって訊いた。
 大輔はうなずく。
「もともと、俺の夢はカラーだからね。普通は、モノクロなんだろ? 俺、中学ぐらいまで夢は、誰でもみんなカラーなんだと思ってて、びっくりしたことがある」
小さく苦笑したが、彼はすぐ真顔に戻って言った。
「でも、香りや味までわかる夢っていうのは、今のが初めてだな。ま、ひょっとしたら、毎日あの女性の幽霊に会うせいかもしれない、とは思うんだけどね」
 たしかに、彼の言う通り、毎日その幽霊に会って、そのことを気にしているせいかもしれない、とは智哉も思った。だが、どちらかといえば、夢は何者かに見せられている、と考えた方がいいだろう。やはり、彼が考えていた通り、女性の幽霊は先月の依頼の関係者――ランプに想いを残していたイギリスの青年貴族エリオットの妻、椿に違いない。
 彼は、絵の方を向き直り、そっとそれに触れた。彼は、人以外の命あるものや、人工物に宿った命と話すことができるのだ。もしも、この絵に誰かの想いが宿っているのならば、それと話せば、一番早い。
 だが、絵に残されていたのは、形にすらならないかすかなもので、話すというよりは、残っている記憶をただ読み取ると言った方がいいようなものだった。
 しかも、そこから彼が知ることができたのは、本当にわずかなことだけだった。
 まず、この絵は、智哉が考えていたように、エリオットとその妻の持ち物ではなかった。彼らが生きていたのよりもずっと後の時代――20世紀の初めごろに描かれたもので、かすかに残った想いの主は、その画家だった。
 画家は、夢でこの絵の光景を見て、それを絵にした。そして、この絵を愛し、売ることもせず自分の手元に置いてあったが、若くして画家が亡くなったので、絵は別の人物のもとに売られた、ということらしい。
 苦労してそのことを読み取り、智哉は思わず首をかしげた。どうも、考えていたように、この絵に残っていた想いが、大輔に夢を見せたわけでも、幽霊を出現させたわけでもないようだ。
(う〜ん、これって、どういうことなんだろう?)
しばし悩んだ末に、彼は、とりあえずこの絵についてもう少し詳しく調べて見ることにした。それと、できればやはり、先月のランプの件の依頼主である篠原椿にも連絡を取って、 ランプを貸してもらう必要があるかもしれないなと考えた。

 大輔のアパートを出た智哉が次に向かったのは、彼の母方の叔母、和泉薫子の所だった。彼女は、自宅兼用の三階建て家屋で事務所を開いている税理士だった。大輔が連絡しておいてくれたおかげで会見はスムーズだったものの、さして収穫はなかった。
 彼女はあの絵については、作者の名前すら知らず、本当にただ、雰囲気が気に入ったので買い求め、甥である大輔に贈っただけだったようだ。
 そこで智哉は、彼女がその絵を買った美術商を教えてもらい、そこを訪ねて行った。
 美術商は、別に迷惑そうでもなく、彼の質問に答えて、あの絵のことと作者のことを教えてくれた。
 それによれば、絵は、20世紀初めのイギリスの画家、ジョン・ライトフォードなる人物の描いたものだという。日本ではあまり知られていないが、イギリスの近代画家の中ではそこそこ有名で、椿をモチーフにした絵を多く描くことでも知られていたという。
「椿?」
智哉は、軽く目を見張って問い返した。
「ああ。本物の椿の木や花からはじまって、椿の模様のある花瓶や、壺なんかも描いていましたよ。そうそう、『椿姫』の舞台のポスターを描いたものもあったな。面白いものでは、画面には椿がまったく描かれていなくて、ただの女性の肖像画なんだが……タイトルが、『レディ・カメリアの肖像』となってるものなんかもありましたよ」
苦笑しながら言った美術商の言葉に、智哉は更に目を見張る。それには気付かず、美術商は続けた。
「あのランプの絵は、ライトフォードの死後に見つかったものでね。タイトルが、『レディ・カメリアの思い出』というんです」
「『レディ・カメリアの思い出』……!」
智哉は、思わず低い声を上げた。
 それが、エリオットが描いたものだと言うならば、けして彼は驚きはしない。エリオットが、若くして死んだ妻をとても愛していたらしいことは、先月の依頼で、彼にも理解されていた。だから、妻の死後、妻を思ってその名と同じ椿をモチーフにした絵を描きつづけたというのなら、わかる。肖像画は妻の生前の姿を描いたものだろうし、あの絵が、妻の思い出だというのも納得が行く。
 だが、絵を描いたのは、後の時代の別人だ。
(そのライトフォードって人は、何かエリオットと関係があったのかなあ。たとえば、子孫だったとか……)
智哉は胸に呟き、そのことを美術商に問うてみた。
 美術商は、笑って答える。
「貴族なんかじゃありませんよ。絵が売れ出してからは、そこそこいいくらしをしていたようですが、30代までは、絵が売れず、随分苦労したらしいですからね。貴族だったら、絵が売れなくても、貧乏ぐらしをすることはないでしょうし、なにより、一生独身ということもなかったんじゃないですかね」
「ふうん、ずっと独身だったんだ、そのライトフォードって人」
「ええ。死んだのは、45歳の時ですが、それまで一度も結婚はしていません。もっとも、件のレディ・カメリアが恋人だったんじゃないかって説はありますがね」
美術商は、うなずいて言った。
 そういう説が出るのはもっともだと思いながら、智哉は、その「レディ・カメリアの肖像」がここにはないのかどうかを訊いてみた。美術商の答えは、残念ながらここにはないというものだった。が、彼は笑って付け加えた。
「その絵は、現在は個人の所有物でしてね。一度だけ、イギリスへ行った時、実物を見たことがありますが……そのレディ・カメリアは、どう見ても日本人に見えましたよ」
「日本人?」
「ええ。まあ、日系人だったのかもしれませんが」
うなずく美術商に、智哉は、ますますわけがわからなくなりながら、礼を言って、店を出た。
 外に出て、なんとなくぶらぶらと歩きながら、彼は考える。
(なんだか、変な話だなあ。本当に、ライトフォードさんがエリオットさんだったら辻褄が合うのに……)
その脳裏に、ふっと思い浮かんだのは、「生まれ変わり」という考えだった。
 彼ら精霊と違い、寿命の短い人間は、肉体という魂の入れ物が滅ぶと、また新たな入れ物を選んで、生まれて来る。それを、転生とか生まれ変わりという風に言うのだという。ただし、人間たちは、生まれ変わりの際には、前の入れ物で生きた記憶は全て忘れてしまっているらしい。とはいえ、稀に前の生での記憶を持っている人間もいるようではあったが。
 智哉自身は、そういう人間に会ったことはないが、同じ古木の精でももっと年経た者たちの中には、実際に会ったことがある者もいるらしい。
 だが、もしもライトフォードがエリオットの生まれ変わりであり、かつての自分の記憶に突き動かされて、あのランプの絵を描いたのだとしても、それと椿・アスキンスらしい女性の幽霊が出るということがどうつながるのか、まるで見当もつかない。
 智哉は、思わず溜息をついた。
(やっぱり、篠原椿さんに連絡を取って、あのランプを貸してもらうのが一番いいかも)
胸に呟くと、彼は先月の仕事の依頼主、篠原椿の元へ向かった。

 翌日。
 智哉は、再び榊大輔の部屋を訪れていた。今度は、篠原椿から借りたランプを持参している。昨日あの後、彼が訪ねた篠原椿は、事情を話すと快くランプを貸すことを承知してくれたのだ。
 持ち込まれたランプは、大輔の部屋のリビングにある、小さな丸テーブルの上に置かれた。昼間だったが、カーテンを閉めると、室内はかなり薄暗くなったので、その状態でランプのスイッチを入れる。黄色い光がランプに灯り、ステンドグラスのシェードを通して、室内をやわらかく照らし出す。
 大輔は、そのランプを小さく首をかしげて見詰めていた。
 最初、智哉にそれを見せられた時には、彼もあまりに絵の中のそれとそっくりなので、かなり驚いた様子だった。だが、智哉はあえてランプの由来については話さなかった。それが、イギリスの貴族エリオット・サー・アスキンスが日本人の妻のために作らせたものであり、その妻の死後、心無い親族のために売り払われてしまって、人手を渡り、結局、現在の持ち主である篠原椿のものとなったのだということも、その椿の身に起こった不思議な出来事をも。
 それは、話すよりも、ともかく何が起こるのか、これがどういうことなのか、試してみる方が絶対に早いと智哉が思っていたせいだった。
 ランプを、じっと見詰めていた大輔の表情に、驚きにも似たものが現れた。ランプの置かれた丸テーブルは、絵のかかった壁のすぐ傍に据えられていたが、彼の目は、ランプから離れ、壁とテーブルの中間あたりを見詰めている。智哉も、その視線を追ったが、そこには何もない。だが、大輔には、何かが見えているらしかった。
 ふいに、彼の目に涙が盛り上がり、それが一筋、頬に滴り落ちる。
「わかったよ……。いや、思い出したと言った方がいいのかな。この幽霊は、俺だ。昔の俺だ。……厳密に言えば、幽霊でもない。俺が……俺自身の記憶が見せているものだ……。俺は昔……今の俺になる前、笹山椿って名前の女性だった。その人は、イギリス人のエリオットって人の妻になって、イギリスに渡るんだ。あの夢は……そのころの俺の……幸せだった記憶だ……」
途切れ途切れに語られる彼の言葉に、智哉は息を飲んだ。だが、彼はもはや完全に智哉がそこにいることを、忘れてしまっているようだ。ただ、まるで自分自身に語るかのように言葉を続ける。
「このランプは、俺が、エリオットから贈られたものの一つだ。椿の名にちなんで、台座は椿の木で、シェードには、椿の模様を入れて……」
そっと、いとおしそうに、大輔はランプのシェードに触れた。それから、ふと絵の方をふり仰ぎ、そちらへ歩み寄った。
「これも、あの人の絵だ……。あの人は、絵を描くのが好きだった。一時は、画家になりたいと思っていたこともあったと言っていた……」
言って、こちらもいとおしそうに、手で触れる。
 その呟きに、智哉は軽く目を見張り、やはりライトフォードはエリオットの生まれ変わりだったのだという思いを強くした。そして、静かに口を開いた。
「その絵を描いたのは、ジョン・ライトフォードっていう、20世紀初めにイギリスで活躍した画家だそうだよ。絵のタイトルは、『レディ・カメリアの思い出』だって」
 途端、大輔の目が、大きく見張られた。こちらをふり返る彼に、智哉は続けて言った。
「これは、僕の推測だけど……たぶん、ライトフォードは、キミと同じく生まれ変わったエリオットだったんじゃないかな」
「ああ……じゃあ、エリオットは生まれ変わっても、俺を、椿のことを忘れていなかったんだ?」
「たぶんね」
訊かれて、智哉はうなずく。
「だって、その絵を売ったおじさんの話じゃ、ライトフォードって画家は、死ぬまで椿をモチーフにした絵ばっかり描いてたらしいよ。花とか、木とか、椿をあしらった壺とか。中に一枚、『レディ・カメリアの肖像』ってタイトルの女性の肖像画があって、美術商のおじさんの話じゃ、その女性は日本人みたいに見えたって。絵はそのおじさんのとこにはなかったし、僕が見てもわからないけど、きっとそれ、椿さんの肖像画だったんじゃないかな」
「そうか……」
智哉の言葉を噛みしめるように、大輔はうなずいた。そして、ふと呟く。
「彼は、幸せだったのかな……。椿が死んでから……」
 それは、ただ単に思いついたことを口にしたにすぎないようだった。が、智哉はどう答えたものか、少しだけ迷った。彼は、椿が死んだ後のエリオットのことを、少しだけだが知っている。が、すぐに彼は肩をすくめて言った。
「さあね。僕は霊能力者じゃないから、そこまでは知らない。でも、生まれ変わって、今度は自分がなりたかった画家になれたんだから、それはそれで、よかったんじゃないの?  それに、逆に言ったら、それ以外はエリオットだった時に心残りがなかったってことじゃないかと思うし」
「ああ……。それはそうかもしれないな……」
大輔は、呟くように言って笑った。そうして、涙をぬぐって、テーブルの上のランプを見やった。
「このランプ、今の持ち主は、大事にしてくれているんだな。とてもきれいに手入れされている」
「そりゃ、もちろんだよ」
智哉は大きくうなずいた。大輔は、うれしそうに笑ったが、すぐに小さく首をかしげる。
「でも、どうしてこのランプのことがわかったんだい?」
「う〜ん、ちょっとね」
少し考え、智哉は曖昧に言った。今ごろになって、「守秘義務」という言葉を思い出したのだ。ランプを借りる時に、篠原椿には、大輔のことを話してしまったが、名前は出していないので、まあいいか、などと思いながら。
 彼の返事に、大輔は慌てて言った。
「もちろん、無理に教えてくれとは言わないよ。ただ、このランプの持ち主の人に伝えてくれないか。これからも、ランプを愛してやって下さいって。そして、ありがとうございましたって」
「わかった。かならず伝えるよ」
智哉は、強くうなずいて言った。

 後日、事の顛末は、月刊アトラスにしっかり記事として載せられた。むろん、プライバシー保護のため、大輔の名前は伏せられたものの、読者の反応はよかったようだ。碇麗香は上機嫌で、「取材費」の名目で、後から智哉のバイト料を追加してくれた。
 大輔の方は、当然ながら二度と女性の幽霊に悩まされることはなくなり、ぐっすり眠れる日々を送っているようだ。アトラス編集部に後日届いたメールには、いつか、イギリスへかつての自分がくらした場所を訪ねて行きたいのだと書かれていたという。
 編集部へ遊びに来た智哉に、麗香はそれを告げた後、小さく吐息をついて言った。
「しかし、本当に前世の記憶を思い出す、なんてことがあるものなのね」
「だねえ。僕も、驚いたな。……草間さんとこで引き受けた依頼といい……人間って、ほんとに不思議だよね」
思わず相槌を打つように言った智哉の言葉に、麗香は小さく笑い出した。
「やあね。私たち人間から見たら、あなたたち精霊の方が、よっぽど不思議な存在なのに」
「そう?」
問い返すと、麗香は当然でしょ、と言いたげにまた笑った。
 しばらく麗香と話して、外に出た智哉は、ふと彼女とのさっきの会話を思い出し、小さく肩をすくめる。
(やっぱり、人間の方が不思議だと思うけどな、僕は)
胸に呟き、彼は今日の散策を続けるべく、歩き出した――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0516/卯月智哉/男性/240歳/古木の精】

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
今回は、「カメリア・ランプ sideA」の続編という形になりましたが、
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●卯月智哉さま
いつもありがとうございます。
今回は、続編ということで、前回同様、単独で行動していただきましたが、
いかがだったでしょうか?
また次の機会がありましたら、よろしくお願いします。