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<PCシナリオノベル(シングル)>


決戦の夜(賽は振られた)
●午前0時
 浅草――雷門や仲見世、浅草寺等で有名なこの地だが、日本初の地下鉄がここと上野の間で開通したことも、それなりに知られている事実である。
 現在の浅草には3路線が乗り入れている。前述の営団地下鉄銀座線、都営地下鉄浅草線、そして東武伊勢崎線だ。いずれも浅草東部に集中している。
 その営団地下鉄の出入口に程近い吾妻橋のたもと、交番のすぐそばに2人の女性が立っていた。正確に記すならば、1人の女性と1人の少女と書くべきか。
 時刻は間もなく日付も変わろうかという午前0時。人通りは極めて少ない。
 誰かとの待ち合わせ、という感じではなかった。ただ、女性の方はしきりに時間を気にしていたようだったが。
「あと3分……ね」
 背丈の高く細身な女性、シュライン・エマが時計をちらりと見てつぶやいた。その中性的な顔は、何とも厳し気であった。
「武彦さんたち、大丈夫かしら」
 シュラインが草間武彦を気遣うような言葉を吐いた。シュラインから話を聞いた草間は、一足先に浅草の街を調査しているはずだった。
 草間だけではない、月刊アトラスの編集長である碇麗香や編集部員の三下忠雄も同様だ。瀬名雫も来るようなことを言っていたが、雫に関してはシュラインはまだ姿を確認していなかった。
「作戦って、具体的に何をするんでしょう」
 シュラインの傍らに居た少女、草間零が不意に尋ねてきた。零も浅草の街の調査へ行きたそうであったが、草間が言い含めてシュラインのそばへ残したのである。
「さあ……。何らかのテロ行為であることは恐らく間違いないけど。『誰もいない街』を使った心霊テロ行為」
 一昨日の新宿。虚無の境界に所属する男、ニーベル・スタンダルムはシュラインに対しこう言い残した。『我らは3日後の午前0時、浅草で作戦を実行する』と。しかし、そこに手段は含まれていなかった。
「せめて手段を知ることが出来ていたら、もう少し対処のしようもあったんでしょうけど。ま、今更言っても仕方ないわ」
 ともかく午前0時になれば分かることである。時計の針は午前0時まで30秒を切っていた。
 20秒前……10秒前……5秒前、4、3、2、1、そしてシュラインが言った。
「時間だわ」
 時刻は午前0時を迎え――刹那、空気が一変した。急激に空気が冷えたように感じられたのだ。
「!」
 シュラインがぶるっと身震いした。いくら夜は冷えるといっても、急激に冷え込むはずはない。ならばそこには何らかの原因があるはずだ。
「シュラインさん!」
 零がシュラインの衣服の袖を引っ張ってきた。それと同時にあちらこちらから悲鳴が響き渡った。
「な、何よ……あれ」
 零が指差す方に目を向けるシュライン。そこには信じられないような光景が広がっていた。ホームレスの人々が、普通の通行人が、道行く自動車が、その多くが何かに襲われているのである。薄くぼやけたような何かに。
「怨霊だと思います」
 零がぼそりとつぶやいた。それを聞いてシュラインはあることを思い出した。『誰もいない街』に取り込まれた時、それらしき者たちに襲われたことを。
(『誰もいない街』を使った作戦って……怨霊を街に溢れさせることなの?)
 そんな考えがシュラインの頭をよぎる。だがしかし、あの時みたいに霧が発生した様子はなく、何より全ての人々が存在している。ここは『誰もいない街』ではないはずだ。だのに、だのに何故このようなことが起きているのか?
「……なんて考えてる場合じゃないか」
 シュラインは再び襲われている人々に目を向けた。いずれもどうすればよいのか、右往左往してなすがままとなっている。見過ごす訳にはいかない。
「零ちゃん、助け……」
 シュラインがそこまで言った時だ。どこからともなく数人の人間が現れて、怨霊に襲われている人々の所へ向かっていった。
 昔のゴースト退治の映画で見たような格好をした者や、陰陽師風の者、何やら科学者風の者等、姿は様々ではあるが、彼らは着実に怨霊を封じ込めているようであった。
 彼らが何者かは分からないが、怨霊を封じるくらいだ。虚無の境界の人間でないことは間違いない。シュラインは目の前で怨霊に襲われている人々の救出を、彼らに託すことにした。
「もとい。私たちは、私たちのやるべきことをしましょ。行くわよ、零ちゃん!」
 影沼ヒミコとの約束を果たすべく、西へ駆け出すシュライン。零もその後を追う。
 横断歩道を渡った2人は、怨霊とそれを封じようとする者たちが戦う場のそばを駆け抜けていった。

●似ているかもしれない
 雷門通りを西へ駆けてゆくシュラインたち。けれども目にする浅草の街の様子は、シュラインの知るそれではなかった。人々は突然の出来事に混乱しており、街の随所で戦闘が発生していたのだから。まさにそれは異空間であった。
 戦闘は単純な殴り合いから、火器の行使、さらには魔力のぶつかり合い等、攻撃の種類は様々である。けれどもやってることは大きく2つ。怨霊の退治か、それを行う者を排除しようとしているかだ。
(邪魔している方が、きっと虚無の境界の人間なのね)
 走りながらそう分析するシュライン。当然のことながら、シュラインたちにも怨霊は襲いかかってきていた。だが零が手の中に刀を実体化させ、襲ってくる怨霊たちを退けていた。
 やがて国際通りにぶつかる2人。そこでも怨霊に襲われる人々が居り、また戦闘も発生していた。どうやらこの状況は、浅草一帯を巻き込んでいるようだ。
「この騒音じゃ、ある程度近付かなきゃ判断出来ないわね」
 シュラインが忌々し気に言った。戦闘の音が邪魔で、上手く音が聞き取れないのだ。もちろん聞き取ろうとしているのは、影沼と同じ姿をした少女の音だ。
(……姿が一緒でも、足音や声も影沼嬢とソックリなのか分からないけど)
 シュラインは辺りを注意深く見回した。もし近くに居たならば、あの白い格好だし何より襲われていないはず。きっと目立つに違いない。けれどもそれらしき少女は見当たらなかった。
「引き返してみましょ。浅草寺の方へ行ってみるのもいいかも」
 シュラインは零を促して、来た道を引き返すことにした。零はこくんと頷き、シュラインの後を追った。
「でも、どうして急に怨霊が……」
 引き返しながら、疑問を口にするシュライン。『誰もいない街』が関係していることは間違いないだろうが、どうもそれだけではないような気がしていた。
「……似ているかも」
 零がぼそりとつぶやいた。そのつぶやきを耳にしたシュラインが振り返る。
「え?」
「似ている気がするんです。あれに……怨霊機に」
「怨霊機って、あの島……の?」
 シュラインが尋ね返すと、零は無言で頷いた。怨霊機――それは周囲に漂う霊を集め、その霊を強制的に怨霊にすることの出来る呪術的な機械である。だがしかし、怨霊機は中ノ鳥島で破壊されたはずだった。
「あれが、ここにあるはずないんです」
 不思議そうに言う零。が、シュラインは神妙な表情を浮かべていた。
(零ちゃんの他に、霊鬼兵と呼ばれる少女が居た。だったら、他に怨霊機があるのかも……?)
 走りながら、推測を立てるシュライン。可能性はなくはない。仮にそうだとすれば、今の浅草は中ノ鳥島のように現世と霊界が重なった状態なのかもしれない。
 では霊界に相当するのが、もし『誰もいない街』だとすれば――ニーベルの言葉にも納得がゆく。この状態を作り出すことが、ニーベルの言う『作戦』だったのだろう。
 やがて2人は雷門の前まで戻ってきた。ここを北へ進み、仲見世を通り抜ければ浅草寺である。2人は迷うことなく雷門を潜っていった。

●同じ顔、違う目的
 人の居ない仲見世を駆け抜けるシュラインと零。仲見世でも執拗に怨霊は襲いかかってくるが、零が退けてくれるためにシュラインが被害を被ることはなかった。
 そのまま一気に宝蔵門をも潜り抜けるシュラインたち。目の前に、ライトアップされた浅草寺の姿があった。その時、不意にシュラインの耳に入ってきた声があった。
「……誰?」
 聞こえてきたのは聞き覚えのある少女の声。影沼のそれと全く同じだった。聞こえてきたのは浅草寺の方からで――いつの間にか、その前には1人の少女が立っていた。影沼と全く同じ姿の少女が。
(この娘が彼女が言ってた娘?)
 周囲を警戒しながら、少女に近付いてゆくシュラインと零。そして一定の距離を取って、少女と対峙した。
(さて、見付けたはいいんだけど……ここからどうすればいいのかしら)
 考えてみれば、少女を見付けてほしいと影沼に言われたものの、どうしてほしいとまでは言われていない。一応質問を投げかけてみるべきなのだろうか。
「……誰なの?」
 少女が静かに暗い笑みを浮かべて言った。
「そういうあなたこそ誰かしら。人に名前尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀じゃない?」
 シュラインが少女の目をまっすぐ見つめて切り返す。そこへ違う方角から答えが返ってきた――シュラインと零の背後から。
「彼女の名前は、阿部ヒミコ……『誰もいない街』を作り出した張本人です」
 シュラインと零が後ろを振り返った。そこには目の前に居る少女と全く同じ姿の少女が立っていた。
「ありがとうございます……ようやく会うことが出来ました」
 新たに現れた少女が、シュラインたちに頭を下げた。
「影沼嬢……の方ね。これはどういうことなのかしら。悪いけど、きちんと説明してもらえる?」
 影沼をじろりと睨むシュライン。正直言って、影沼に対し全面的に信頼していた訳ではなかった。雫の話もあるし、第一影沼のことをそれほど知っている訳ではないのだから。ただ、テロには共感出来ないから、影沼の申し出を承諾しただけで。
 影沼はシュラインの向こうに居る阿部を見つめたまま、静かに語り出した。
「……『誰もいない街』は彼女を依り代として創り上げられた、1個の巨大な霊団なんです。そこは誰も居ない世界。誰かに傷付けられることもなく、誰かを傷付けることもない世界……。彼女は自らに危険が及んだ時に、相手をその世界へ取り込んで身を守る訳です。月刊アトラスの編集部に居た人たちを取り込んだように」
 それを聞いて、シュラインは阿部の方に振り返った。阿部は未だに暗い笑みを浮かべていた。
「ねえ……けど待って。だったらどうして、私たちは『街』から出てこれたの。西船橋くんっていう、敵対している陣営側の人間も居たのに」
 シュラインが影沼に尋ねた。取り込んだ人間が阿部ならば、阿部の意志なくしては『誰もいない街』から出てこれないのではないのか?
「……それはまだ、『誰もいない街』が完全に彼女の支配下に置かれていないからです。『無我』がコントロールされきっていないんです。そのために、彼女の預かり知らぬ場所で人が取り込まれることもあったり、また脱出も可能だった……」
 影沼の言葉に、渋谷での出来事が蘇る。恐らくは、渋谷での出来事はこのケースに相当するのだろう。
「『無我』?」
「……『誰もいない街』に囚われた、霊団の力の結晶のことです。私は『無我』が完全に彼女に支配される前に、封じ込めようとしているんです。そうすれば……『誰もいない街』は彼女から離れます。虚無の境界に利用されることもなくなるんです」
「それがあなたの目的なのね?」
 シュラインが尋ねると、影沼は大きく頷いた。
「……で、あなたは何者なの? そこまで詳しく知っていて、その姿でしょ……単なる双子とも思えないんだけれど」
 シュラインは影沼の答えを待った。しばしの沈黙の後、影沼が答えた。
「私は……『誰もいない街』に囚われた霊団の心の結晶です。この姿は、仮の物でしかありません」
「……え?」
「だからこそ、私は『無我』を……力の結晶を封じ込めなければならないんです。この砂時計の力を使って」
 そう言って影沼は、昼間にシュラインに見せた砂時計を取り出した。
「これを使えば、『無我』を封じ……」
「何を言ってるの?」
 影沼の言葉を遮るように、阿部が声を発した。シュラインが阿部の方へ向き直った。
「もうすぐ……もうすぐみんな消えてゆくのに。誰も居なくなれば、誰にも傷付けられない。誰も傷付けることもない。パパやママみたいに私を殺そうとはしない……私もパパやママみたいな人を殺さなくて済むのに……」
 くすくすと笑いながら話す阿部。その目は常人のそれではなかった。明らかに狂気が含まれていた。
「あなた、まさか……」
 シュラインの頭に、嫌な想像が展開された。もっと嫌なのは、その想像が間違いなく事実であると思われることだ。
「……世界は私を憎んでいる。世界が私を殺しに来る。だから、私が世界を殺す。私が殺される前に、私が殺す。私の世界を使って……」
 実に楽しそうに、くすくすと笑いながら阿部が言った。
「違う……そんなの間違ってるわよ……」
 シュラインが喉の奥から絞り出すように声を発した。喉がとても乾いていた。

●殺してあげなければならないのだから
「……そうはさせない!」
 影沼が大声で叫んだ。
「『無我』を封じた上で、あなたを殺してでも私は止めてみせる。それが……私の選んだことだから。それによって、私が消えることになっても!」
 強い影沼の決意。だがそれを聞いて驚いたのはシュラインである。いくら何でも、殺人を許す訳にはいかないからだ。
「お話はそれで十分じゃないかね?」
 緊迫した場に、男の声が響き渡った。阿部の背後、賽銭箱付近に新たな人影が現れていた。現れたのは3人だった。
「ニーベル・スタンダルム……!」
 シュラインが人影を睨んで叫んだ。
「またお会い出来て嬉しいよ、シュライン嬢」
 笑みを浮かべて話しかけてくるニーベル。その肩には廃屋で見た妖精のような生物、アズが座っている。そして隣には……金髪の少女、霊鬼兵・Ωの姿もあった。
「姉さん……また会えたわね。とっても嬉しいわ。ようやく証明出来るのだから……どちらが最強の霊鬼兵なのかを」
 Ωは零を見て、くすりと微笑んだ。零は無言でΩを見つめていた。表情からは何を考えているか全く分からない。
「出来ることなら、会いたくなかったかも」
 シュラインが苦笑してニーベルに返した。それが偽らざる気持ちだった。
「ねえねえ、ニーベルちゃん。ニーベルちゃん、あの娘好きなの?」
 無邪気にニーベルに尋ねるアズ。ニーベルは笑顔で答えた。
「ああ、好きだとも。近頃では、なかなか面白い能力を持っていたからね」
(……やっぱり)
 その言葉でシュラインは、ニーベルがこちらの能力を完全に把握していることを確信した。
「しかし残念だ。せっかくの面白い能力の持ち主なのに、ここで殺してあげなければならないのだからね」
 ニーベルは視線をアズからシュラインに向けて微笑んだ。その笑みは、邪悪さに包まれていた。
「Ω!」
 ニーベルがΩの名を呼んだ。それと同時にΩが大きく空中へ飛び上がる。Ωの手には、零同様に日本刀が握られていた。
(殺される!)
 シュラインは自分が狙われたと思い、両手を頭上にやって身構えた。けれどもΩはシュラインの頭上を越え――影沼の方へ向かっていた。
「覚悟なさいっ!!」
 笑みを浮かべ、頭上から影沼を一刀両断しようとする影沼。だが、そこへ零が立ち塞がった。自らの刀で、Ωの攻撃を防いだのだ。
「姉さんに邪魔はさせない!」
 しかしΩはなかなかの能力の持ち主だった。地面に着地した瞬間に再び飛び上がり、影沼の頭上を越えて背後へ回り込もうとしたのである。
 零も影沼の背後へ回り、Ωの次なる攻撃を防いだ。その際、零の身体が影沼にぶつかってしまい、影沼が大きくよろけた。
 影沼の手にしていた砂時計が、シュラインの足元へ飛んでくる。シュラインは咄嗟に砂時計を拾い上げた――。

【了】