コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・時のない街>


時計座を探して−星図盤−
●始まり
「ねぇ、時計座、って知ってる? 学名は【Horologium】って言うんだけど……」
「何それ? 全然知らないよー。この星図盤にも載ってないじゃん」
 南裕哉(みなみ・ゆうや)の熱っぽい言葉に、蓼科真雪(たてしな・まゆき)は膝の上に置いてある星図盤を見つめる。しかしそこには『時計座』などと言う星座は載っていない。
「時計座はね、南天の星座なんだ……。神話とか逸話とか一つもない星座だけど、一回見てみたいな、って思って」
「星座馬鹿も極まれり、ってとこかしらねぇ」
 呆れたように声をもらすと、裕哉は苦笑して冷えた空気にはえる、満天の星空を見上げた。
「まだまだ知らない星座が沢山あるんだ。その星図盤には載っていない、沢山の星座が。僕はそれを見てみたい。この手で」
「……勿論、連れて行ってくれるんでしょ?」
 恥ずかしそうに星図盤へと目をおろしたまま真雪が言うと、裕哉は寒さのせいではなく頬を赤らめ、頷いた。
「うん、一緒に行こう……石垣島へ」

「……笑っちゃうでしょ、初めて行く二人の旅行が石垣島よ……。しかもあの馬鹿、下見に行く、って行ったきり帰ってこなくなっちゃうし……」
 『時計座』が載っていない星図盤をカウンターに置き、真雪はその上に顔を埋める。
「ホントに馬鹿だよ……」
「……どうぞ」
「ありがとー、春風さん……」
 喫茶店『クレセント』
 真雪の通う大学からは少し離れているが、裕哉との待ち合わせの場所だったので常連となっていた。
「しかも最近、夜空の夢ばかり見るのよ。いっつも暗くてよく見えないんだけど……。あの馬鹿からのメッセージかなぁ、って思ったり……」
「確かめて見ればよかろう。この近くに『時計屋』と言うおあつらえ向きな店がある。そこへ行けば確かめられると思うぞ」
 少し高めの椅子に座る真雪を見上げるようにして、遊羽は店の外を指さす。
「そうね、圭吾君の店ならそう言った現象に慣れてる人が沢山集まってるから。行ってみると話の種には面白いかも」
 現象を解決したいのか、話の種にしたいのかは別として、真雪は『時計屋』へと歩き始めた。

●喫茶『時計屋』?
「……ここっていつから喫茶店になったのかしら」
 しなやかで、迫力のあるボディを店内へと滑り込ませると、中に集まりコーヒーや紅茶を飲んでいる面々の顔を見てシュライン・エマは軽くため息をついた。
「あ、いらっしゃーい☆ 何飲むー?」
「そうね、コーヒーをお願い」
「はーい♪」
 エプロンドレスをヒラヒラとさせ、ヒヨリがメイドさんスタイルでお盆を抱えて小首を傾げる。それにシュラインは笑顔を向けて答えると、ヒヨリは嬉しそうに頷き、奥の部屋へと入っていく。
 それを見て、我が物顔でソファに座り、コーヒーを飲んでいた真名神慶悟が茶化すように言う。
「結局自分も飲むんじゃないか」
「聞かれたから答えたのよ。それにヒヨリちゃんの煎れてくれるコーヒーはおいしいから」
「それに、可愛い子に煎れて貰うと尚更だな」
「……あら工藤さん、今日も元気にさばりですか?」
「ふふふふふ、よくぞ言ってくれた! 今日は定休日だからさぼりじゃないんだー!」
「はいはい……」
 拳を握って立ち上がった工藤卓人に、シュラインはあきれ顔で相づちをうった。
「あ、九尾さん。丁度良かったわ。これ、頼まれてた輸入酒のリスト。ごく一部の店しか扱ってない物は連絡先も書いてあるから」
「わざわざありがとうございます」
 多分ここにいるだろう、と踏んでいたシュラインは、紅茶の香りを楽しんでいた九尾桐伯に茶封筒を渡す。
「賑やかな事だな」
「こんにちは。また寄らせて頂きました」
 続いて入ってきたのは霧原鏡二と天薙撫子。一緒に来たわけではなく、入り口で偶然一緒になっただけである。
「相変わらずこの店は、客とは縁遠いヤツばっかり来るなぁ」
「その前に何を売ってるのか聞きたい所だな」
 卓人の言葉に賛同するように言った慶悟は、ぐるりと店内を見回すが商品らしきものの姿は見えない。
「あれ? 皆さんいらっしゃい」
 買い出しに出ていた梁森圭吾が、両手いっぱいに荷物を抱えて入ってくる。
 と同時にヒヨリがトレイの上にしっかり3人分の飲み物を乗せて奥から出てきた。ヒヨリはテーブルの上に飲み物を置くと、鏡二と撫子に挨拶をし、圭吾を見る。
「あ、お帰り圭吾ー。ちゃんと買ってきてくれた?」
「えーっと、このメモ通りに買ってきましたよ」
「んー……ありがと。それじゃ、奥にしまっておいてね☆」
「はいはい」
 にこにこと奥の部屋入っていく圭吾を見送って卓人はため息混じりに声をもらす。
「……尻にひかれてるな、完全に……」
「ヒヨリちゃんに敵う人っているんでしょうか……」
「いないでしょうね」
 幼子に敵う人はなかなかいない。撫子の言葉に桐伯が苦笑混じりに頷いた。

●依頼人登場
「あの……」
 真雪が扉を開けた瞬間、堂々たるメンバーが目に入り、思わず閉めてしまう。
「び、びっくりした……。ここってこんなに人がいるところだったの……?」
 どうしようか扉の前で悩んでいると、背後で中から扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
 にっこりと営業スマイルの圭吾に、真雪は少しホッとして胸をなで下ろした。
「遊羽ちゃんからここを聞いて来たんですけど……」
「ああ。先ほど携帯の方に連絡がありました。人が沢山いますけど、気にしないで入って下さい」
 ホッとするような暖かい笑みを向けられ、真雪は恐る恐る店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ☆ お飲物はいかがですかぁ?」
「え、あの、えと……。こ、紅茶を下さい」
「はぁい♪」
 いきなりヒヨリに声をかけられ真雪は動揺しながら答える。それにヒヨリはにっこりと笑うと、再び奥の部屋へと入っていった。
「ちょっと皆さんどいて貰えますか?」
「あ、はいはい」
「すみません」
 圭吾に言われ、慶悟、撫子、その他のメンバーも自分の飲みかけの物を持って立ち上がる。
「はい、どうぞ♪」
「ありがとうございます」
 ソファに座った真雪の前に、湯気のたった紅茶が置かれる。その横には小さなミルクポットとシュガーケース。
「さめないうちに飲んでね☆」
 一瞬自分がここに何しに来たのか忘れてしまうような笑顔に、真雪は思わず笑みを返しながら膝の上に置いた星図盤に気がつき、圭吾を見た。
「あの、それで……」
 真雪は星図盤をテーブルの上に置くと、これまでの経緯を話し始める。
 恋人である裕哉と一緒に石垣島に行く約束をしていた事。下見に行く、と言ったきり帰らない事。
 途中まで足取りを掴む事が出来たが、それ以上は消息不明でわからなく、裕哉が行方不明になって以来、不思議な夢を見るようになった、という事。
 全てを語り終えてから、ようやく真雪は紅茶に口をつけた。緩やかに暖房の効いた室内で、一気に話した為喉が乾いていた為か、それとも元々美味しいものなのか、もの凄く美味しく感じた。
「これ……美味しいです……」
「ありがとー☆ 嬉しい♪」
「時計座……」
 聞いた事のない星座の名前に、撫子は首を傾げる。
「ちょっと電話をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
 圭吾の承諾を得ると、撫子は自分の通う大学の知り合いに電話をかけた。
「……互いの想い届かぬ世の大半を占める中で、夢でまでつながっているなら男はまだ無事だろう……」
「!?」
 誰に言うでもなくもらした慶悟の言葉に、真雪はパッと顔をあげて慶悟を見、次の瞬間、ぼたぼたと大粒の涙をこぼし始めた。
「え、あ、おい!」
 いきなり泣かれてはさすがの慶悟も困ってしまう。
「あー、泣かしたー。駄目だぞー、男の子が女の子なかしちゃ☆」
 はいどうぞ、とヒヨリが真雪にハンカチを渡す。
 どちらも『子』という言葉からは遠くなっているが。
「俺は別に……」
 泣かすつもりじゃなかったんだ……ぐにょぐにょ……。身の置き所がないように慶悟は胸ポケットの煙草に手を伸ばし、癖でテーブルの上の灰皿を探すが、見つからない。そこで『禁煙』と赤字で書かれたスケッチブックを掲げたヒヨリと目が合い、苦い顔で煙草をおさめた。
「ごめんなさい、私が勝手に泣いたりしたから……。嬉しくて、つい……」
「……嬉しくても悲しくても泣けるなど、女は器用な生き物だな」
 感心しているのか、呆れているのかわからない口調で言う鏡二に苦笑しつつ、卓人が真雪の顔を覗き込むようにして訊ねる。
「何が嬉しかったんだい?」
「生きてる、って言われたのが…。行方不明になって、捜索隊とか出たんですよ。でも見つからなくて…。もう死んでるだろう、って話ばかりで…。裕哉の両親も諦めかけてて、私一人が絶対生きてる、って信じてるのが辛くなってたんです……。だから嬉しくて……」
「そうですか。……大丈夫、絶対生きてますよ。だって約束したんでしょう? 一緒に『時計座』を見る、って」
 暖かい桐伯の笑みに、真雪は何度も頷き、ハンカチがしぼれるくらい涙を流した後、ようやく泣きやんだ。
「これ使って」
 今度はひんやりと冷やしたタオルがシュラインから渡される。真雪の泣いている様子を見て、ヒヨリに頼んでおいたのだ。
 泣き疲れてほてったまぶたに、タオルの冷たさが心地よかった。
「ありがとうございます」
(下見に行ったまま、星空が綺麗だったから連絡するのも忘れて居着いてしまった、っていうんだったらまだいいんだけどな…。星が綺麗だったから僕も星になりました、なんてオチじゃ洒落にならないぞ…)
 落ち着いた笑みを見せ始めた真雪の顔を見つつ、卓人はひっそりと息を落とした。
「しかし星図盤に時計座が載っていない、となるとその星図盤は1763年以前の物、という事ですね」
「……そうみたいですね」
 テーブルの上に置かれた星図盤を見つめ桐伯が言うと、同意するように撫子が受話器を置いて頷く。
「時計座、というのは正確には『振り子時計座』と言うそうです。南天の星座なので、日本からはほとんど確認できません」
「時計座はフランスの学者ラカイユが88星座を制定する際に、空白を埋める為に作った星座なので、逸話がないんですよね。……ちょっと失礼」
 撫子の言葉に続いて桐伯が説明しつつ、星図盤をとりあげる。
 それは北半球用の星図盤で、南半球の星座の時計座が載っているはずはない。
「そういう事だったのね。星座はあまり詳しくないから、何か理由があって載っていないのかと思ったわ」
 説明を聞いて、シュラインは納得したように言う。
「……あら?」
「どうかしましたか?」
 眺めていたシュラインの疑問符に、桐伯はくるりと星図盤を裏返した。
「おや。これはリバーシブルになっていたんですか?」
「え…そんなはずはないです…。この間それを使った時は、確かに表だけでしたよ」
 桐伯に問われて真雪は首をふる。
「ここに来て星図盤が変化した、って事かぁ。……まぁ、ありえなくはないな」
 ぐるりと店内にいるメンバーを見回して卓人は大仰に頷く。
「それで? そっちにはその『時計座』とやらは載っているのか?」
「ええと、ちょっと待って下さいね……」
 鏡二に問われて桐伯は裏の星図盤を見つめる。しかしそこには時計座が記されていなかった。
「『時計座』この『エリダヌス』と『レチクル』の間にあるんですけど…見あたらないですね」
「そうか……」
 その返答に鏡二は重く頷いて軽く顎をつまみ、考える姿勢。
「蓼科さん、南さんが出かけた日と、使った飛行機や船、わかる?」
 いきなりシュラインに聞かれて、真雪はたどたどしく思い出しながら言う。
 それを側にあった紙に走り書きをしてから、シュラインは圭吾へと顔を向けた。
「梁森さん、電話借りるわね」
「はい。どうぞ」
 今度はシュラインはメモ帳と電話帳を取り出してなにやら調べ出す。航空会社や船の乗客名簿を調べているようだった。当日の足取り。それは捜索隊が出たなら何度も調べられているだろうが、ここに居るメンバーにはわからない事。バイトであったシュラインは、草間興信所で仕事をしているうちにこう言った事に精通してしまっていた。それは嬉しい事なのか悲しい事なのか。いまでは正社員としてメンバーより実力は上だ。
「……それで、これって解決するのには、石垣島にいかなきゃならないのか?」
 思わず財布を服の上から押さえつつ慶悟が言うと、その方が早いかもしれませんね、と撫子が答える。
「仕事を休まなければならないな」
「明日はさぼりか……」
 鏡二のつぶやきに、何て事はなさそうな声で卓人がぽりぽりと後頭部をかいた。
「旅行費の負担でしたら、私がしますよ」
「え、そんな! 悪いです。私が出します!!」
 圭吾の言葉に真雪が慌てて立ち上がる。
(誰でもいいが、出してくれるなら行くか……)
 私が出します、私が出します、と二人でやっているのを横目に見て、慶悟は小さく息を吐いた。
「それだったら折半したらどぉ? 圭吾はどーせいつもこうやって事件に巻き込まれ慣れてるし、真雪ちゃんは自分の事だから出したい、って事でしょ? だから二人で半分こ☆」
「ヒヨリちゃん、折半、なんて良く知ってますね」
 感心したような撫子の言葉に、ヒヨリはエッヘン、と胸をはる。
「南さんの行ったルートはわかったわ。……それで、全員で行くのかしら?」
 受話器を置いたシュラインは、今度は旅行代理店へとかけようとしていた。

●石垣島
「ここが石垣島かー」
 んー、と伸びをしつつ卓人は周りを見回す。
 ちょうどいい時間に飛行機がとれたとはいえ、たどり着いた時間はしっかり夜。
 星を見るには最適の時間かもしれないが、人を捜索する時間ではない。
「ここまで来ればやはり……チャンプルに八重山そばだな…」
 人の金で飲み食いできる。その上観光地。
 目をキラキラと輝かせた慶悟に、撫子が困ったように笑う。
「……ヒヨリちゃんのお土産も買わなきゃならないから、今夜はホテルへ行きましょうか」
 引率の先生よろしく、シュラインの一言でホテルへと向かった。
「……一応俺が一番年配者だよな……」
 という卓人のつぶやきは黙殺された。

「……大丈夫ですか?」
 皆がバイキングで色々料理を堪能している隅で、ぼんやりと空を見上げている真雪に撫子が声をかける。
「え、あ、はい」
 ぼーとしていた為、声をかけられて真雪はびくっと肩を奮わせ、撫子の顔を見て笑みを作る。
「……無理に笑う必要はないんですよ」
 ポン、と軽く肩を叩かれて、真雪は寂しそうな顔になり、うつむいた。
「この空、アイツも見たんだろうな、って思ったらなんか切なくなっちゃって……。なんか気ばっかりが焦って」
「当然です。心配なさらないで、とは言えませんが、大丈夫ですよ。皆さんこういった事に慣れていらっしゃいます。きっと南様は見つかりますよ」
 撫子に促されて視線をあげると、窓の下で左手に触れている鏡二の姿が目に入った。

 鏡二の手元には真雪から借りた星図盤。それの上に糸でつるした水晶を持った左手。
 裕哉の想いをてがかりにダウジングを試みていた。
「波照間島……」
 感じたのは石垣島からではなく、波照間島。
「ここだけで捜していたのでは、見つからないわけだ……」
 ついでに飛行機で席が隣あった為、真雪に頼んで念写させて貰った夢の写真。うっすらと天文台のような物が見えた。

 一方、卓人もバイキングに舌鼓を打ちつつ、本来の目的を忘れてはいなかった。
 指輪の精霊に頼み、裕哉の気を探らせる。
 慶悟も同じく、式神に命じ、裕哉を探らせていた。
 桐伯は女性従業員に聞き込み。シュラインは男性従業員に聞き込み、撫子は真雪のメンタルケア、と遊んでばかりいるように見えるが役割分担はしっかりしていた。
 そして夕食が終わり、お風呂に入り終えると、男性が泊まる部屋皆集まった。
「……なかなか良い眺めだな」
 真雪と撫子、シュラインは3人は旅館の好意で貸してくれた旅館印ではない、普通の浴衣を着ていた。
 男性は普通の浴衣だが。
 ちょっぴりおやじちっくな卓人の言葉に、撫子は恥ずかしそうに身をすぼめ、シュラインは堂々とそのまま。真雪はどう反応したものか、と困ったように笑った。
「まとまった意見としては、南さんは波照間島に渡った、という事と、天文台が関係している、といった事ですね」
 まとめるように桐伯が言うと、皆一様に頷く。
「波照間まではここからフェリーで2時間。高速船でいけば1時間だな」
 観光マップを片手に鏡二。
「波照間……」
「南の方がよく見える星座ですから、波照間に渡ってもおかしくないですね。最南端ですから」
 ぎゅっと両手を握りしめた真雪の背に撫子は軽くふれる。
「明日朝一番の便で行くか。それを逃すとかなりの時間またなきゃならないからな」
 慶悟の締めの言葉で、一同就寝。

●波照間島
 朝一番の船で波照間に渡った一行。
 昼間来てはあまり意味がない天文台の前にたどり着いた。
「ここは南十字星が一番綺麗に見えるんですよね」
「この向こうはもう日本の海じゃないんだよなぁ……。自分の金じゃなかなか来られないから堪能するとするか」
 空を見上げる桐伯に、目の上にひさしを作って眺めを楽しむ慶悟。
 シュラインはそれを横目に、聞き込みを始めていた。
 と言っても観光地。人の出入りは激しく、裕哉が来ていた時にいた人を捜すのは、砂漠に置いている宝石を探すのに等しい。
「……南の気配ここで途絶えているな……」
 左手の魔力で周囲を探っていた鏡二が呟く。
「みたいだなぁ」
 ただ観光していただけではない慶悟も、式神の報告に頷く。
「ここで途切れる自体がおかしいな……」
 やはり指輪の精霊に探索させていた卓人も首をひねる。
「……」
 桐伯は空間把握能力にひっかかる何かを感じ、神経を研ぎ澄ませる。
 成果の得られなかった聞き込みを終えたシュラインの耳に、声ではない声が聞こえ、立ち止まる。
 何を言っているのか、正確にはわからない。が、人で、男性の声だ、と言う事がわかった。
「何か感じますか?」
 不自然に立ち止まったシュラインを見て、桐伯の瞳がそう訊ねる。
「別の空間が存在しているみたいね」
「そうみたいですね……」
「別の空間、ですか?」
 全てわかっているメンバーの中で、真雪だけが首を傾げる。
「ええ。多分、南さんはそこにいらっしゃるのかと……」
 波照間島までの足取りはつかめた。そこから完全にとまっている。
「別の、空間に……」
「こじ開けるか」
「その方が手っ取り早いな」
 左手に触れた鏡二の横で、意味もなく慶悟が腕まくりをする。
「一体何を……」
「気をつけて下さい」
 撫子に声をかけられて、真雪は一歩後ろにさがる。そして鏡二と慶悟が空間に穴を開けている間に、卓人と撫子が結界を貼り、巻き込まれないようにする。
 瞬間、辺りがいきなり真っ暗になった。
 驚いて周りを見回すと、空には見事な星という名の宝石がちりばめられていた。
「真雪!」
「……ゆう、や?」
 シュラインだけに聞こえていた声が、ようやくはっきりと聞こえた。
 それは紛れもなく南裕哉の声だった。
「……何やってたのよ!」
 バチン、と周りが思わず目をつむり、頬を押さえてしまうような音が響いた。
「……心配させて……」
「ごめん……」
 大粒の波がぼろぼろこぼし、泣き顔なのか笑い顔なのかわからない顔で真雪は裕哉にしがみついた。
「一体こんな所で何をやっているんだ?」
 鏡二の冷静なの状況確認。
「え、あ……時計座を見に来て……その位置を確認しようとしたら、いきなりここに飛ばされて……」
 自分でも全く状況がわかっていない、と言った感じで裕哉は首の後ろをかいた。
「ここは一体どこなんでしょうか……」
 撫子がきょろきょろと辺りを見回すが、平原と夜空が続くだけで、他には何もない。
「……誰かの意識下みたいね……」
 耳をすませていたシュラインは、ぽつりもらす。
「何か聞こえる……『星座が足らない……ここを埋める為には……』」
「ラカイユの意識って事ですか?」
 桐伯の問いに確信出来ないシュラインは首をすくめる。
「そんじゃ、その空白をうめる前って事か?」
 あっさりとラカイユの意識と決め、卓人が真雪の持っている星図盤を見る。
「裕哉の意識と連動して、こんな空間になったのか……死んでからもご苦労だな」
 何故こんなことになったのかわからない。しかしここから出なくてはならない、という事だけはわかる。
「脱出する方法は一つだけか」
 暢気に紫煙を燻らせて慶悟が呟く。
「どうすればいいんですか?」
 裕哉に問われて慶悟は真雪の持っていた星図盤を受け取り、コツコツ、と表面を指で叩いた。
「書き込みゃいんだろ? その時計座とやらを」
「ああ、そうか。そうだな」
「……単純だな」
「南さん、書き込んで下さいませ」
 にやりと笑った慶悟に、卓人がポン、と手を叩く。ぼそりと言った鏡二の横で、撫子が慶悟から星図盤を裕哉に渡す。
「ここに書けば、ここから出られるんですか?」
「やってみればわかるわよ」
 シュラインに促されて、裕哉は真雪に見守られながら星図盤に時計座を書き込んだ。
 刹那。
 急激に空がどこかに吸い込まれるように薄くなり、気がつくと皆、先ほどまでいた場所に立っていた。
「時計座は暗い星の集まりで、なかなか見る事は出来ないそうです。その星々をつないだラカイユの想いと、見ようとした南さんの想いとが、どこかでぶつかったのかもしれませんね……」
 来た時はまだ昼間だったはずなのに、すっかり日が暮れていた。
 空にはぽつぽつと星が見え始めている。
「……お邪魔しちゃ悪いわね」
 シュラインの言葉に、皆二人から離れる。
「で、どれが時計座なんだ?」
 煙草の火が星座の一つに見えてしまいそうな暗く、しかし明るい空を眺め、慶悟が訊ねる。
「あそこの、少しくらい星です」
 唯一知ってる桐伯が指さす先に、時計座が見えた。
 しかし形も何もわからぬものに、それが確認出来たかどうかはわからない。
 すぅっと視界の端を、流れ星が通り過ぎた。
 南天の星に抱かれ、今夜もまた、眠りにつく……。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家+時々草間興信所でバイト】
【0328/天薙撫子/女/18/大学生(巫女)/あまなぎ・なでしこ】
【0332/九尾桐伯/男/27/バーテンダー/きゅうび・とうはく】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【0825/工藤卓人/男/26/ジュエリーデザイナー/くどう・たくと】
【1074/霧原鏡二/男/25/エンジニア/きりはら・きょうじ】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、夜来です☆
 今回はちょっとエンディングなかったりします(^_^;
 始まりも時計屋からではなかったので、いつもと変わった始まりの仕方をしています。
 持ち込まれた星図盤を使いたい! と思った所までは良かったのですが、はてどうやって使おう……??
 悩んだ末、ネットで検索をかけました。
 するとびっくり! 時計座、という星座があるではありませんか! とと言う事で今回の題材になりました。
 どうすればいいのか、という事は皆さんのプレイングに書かれていたので、結構あっさりと事件は解決してしまいました。
 謎は……珍しい南天の空に包まれて、という所でしょうか(^_^;
 それでは、またの機会にお会いできる事を楽しみしています。