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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:神を狩るもの
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>--------------------------------------

 草間武彦が、報告書にライターで火をつけ、そのままダストボックスに放った。
 オレンジ色の炎が、ちろちろと舌をのばす。
 むろん、怪奇探偵と異名とる男は、自分の事務所に放火するような趣味は持ち合わせていない。
 頃合いを見計らって、ミネラルウォーターのペットボトルを蓋を開く。
 火攻めにあったり水攻めにあったりと忙しいゴミ箱が、不満を表明するように焦げた臭いを吐き出した。
「‥‥兄さん‥‥」
 いつの間に歩み寄ったのか、妹の零が声をかける。
「ん? どうした?」
「それはこっちのセリフです。どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」
「‥‥べつに、たいしたことじゃない」
「‥‥‥‥」
 無言のまま、じっと兄の目を見つめる零。
 つい、と、草間が視線を逸らせた。
 まっすぐな視線は、少しだけ痛かった。
「じゃ、ちょっと出かけてくるから」
 そういって、怪奇探偵が席を立つ。
「‥‥はい」
 なにか言いたげな零だったが、結局、だまって兄を見送った。
 足音が完全に消えるのを待って、ダストボックスに手を伸ばす。
 そこには‥‥。
『ハンターと名乗る組織の全容について』
 と、銘打たれた報告の燃えかすが落ちていた。
 あるいは、草間は一人で解決するつもりなのだろうか?
「‥‥兄さん‥‥」
 零の呟きに応えるものは、誰もいなかった。





※「闇を狩るもの」の続編です。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。



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神を狩るもの

 結局のところ、皆、怒っていたのだ。
 むしろ当然である。
 友人を殺害されてヘラヘラ笑っているとしたら、人間としての尊厳が疑われるだろう。
 そして、それが草間武彦の独走を招く要因になった。
 イーゴラの復讐。
 逝ってしまった少年が、そんなことを望むはずがない。
 頭では理解していても、沸きあがる憎悪と復讐心を抑え込むことができなかった。
 同時に、自分の愚行に友人たちを巻き込むべきではない、ということも判っていた。
 だから、草間は誰にも告げずに出発したのだ。
 この国における狂信者どもの、総本山へ。
「‥‥まったく‥‥バカなんだから‥‥」
 ダストボックスに捨てられた紙切れをつまみ上げ、青い目の美女が嘆息した。
 シュライン・エマという。
 草間興信所の事務を担当する女性であり、所長の恋人でもある。
 その彼女には、草間の心理が手に取るように判る。
 なぜなら、シュラインもまた、同じように行動するだろうから。
「ても‥‥冷静さを失ってるみたいね。武彦さん‥‥」
 もしも怪奇探偵が常の慎重さを保っているなら、見られて困るような書類をこんな形で残してゆくはずがない。
 完璧なまでに消去するはずだ。
 探せば他にも残っているかもしれない。
 だが、シュラインはその方法をとらなかった。
 いまは長々と捜し物している時間がないからだ。
 繊手が電話にのびる。
 ダイアルする先は札幌。
 三コール後。
『もしもし』
「あ、綾さん。ちょっと力を貸して欲しいんだけど‥‥」
『シュラインちゃん? 珍しいわね。あなたから助けを求めるなんて』
「すこし深刻な事態なのよ」
『わかった。何でもいって』
「じつは‥‥」


 たった一人で戦場に赴いたはずの草間は、じつは一人ではなかった。
 意外な同行者がいたのだ。
「なあ鈴‥‥べつにつきあわなくて良かったんだぞ」
 セダン車を運転しながら黒髪の探偵が助手席に話しかける。
「草間さんが死んだら、シュラインさんたちが悲しみますからねぇ」
 婉然と笑うのは、当麻鈴。
 国津神の血を引く美女だ。
 これあるを察知して車内に潜んでいた彼女を、怪奇探偵は放り出すことができなかった。
 まあ、実力で敵わないという事情もあるが、それ以上に、嬉しかったのである。
 友のありがたみが身にしみる。
「それにしても、どうして今日だと判ったんだ?」
「うちにもいろいろと情報網がありますから」
「お見通しってわけか‥‥」
「はい。でもそれは、うちだけではないようですよ」
「‥‥まったくだ‥‥俺もヤキがまわったもんだぜ」
 苦虫をかみつぶす草間。
 だが鈴は、
「嬉しそうですねぇ」
 と、笑った。
 視線の先には、二人連れのの男が立っていた。
 ヒッチハイカーではない。
 那神化楽と巫灰滋。
 猫科の猛獣を思わせる浄化屋と、獣の封印を解かれた絵本作家。
 黄金と深紅の瞳が、戦いを待ちわびるかのように輝いている。
 中古のセダンが、二人の前に停車した。


「さてと、この滑稽なゲーム。どちらに肩入れしてあげましょうか」
 青年が笑う。
 とある大学図書館。
 目の前には、二通の報告書。
「ふふふ。低能どもの手助け、というのは気が進みませんが、先行投資ということにしておきましょうか」
 軽く断を下す。
 二つの組織、すなわち、ハンターと草間一党。どちらに力を貸すかで、パワーバランスは大きく変わる。
 現状、草間興信所が優勢といえるだろう。
 人数では大きく水をあけられているものの、特殊能力者の数が違う。
 それに、どちらがより本気か、という事情もある。
 復讐の念は人間を強くする、というやつだ。
 このまま事態が推移すれば、ハンターの極東支部は壊滅するだろう。
「でも、それだとちょっと面白くないですからねぇ」
 ふたたびの笑み。
 能力者が勝利するのは一向にかまわぬが、将来の脅威になられては困るのだ。
 まして草間とかいうケチな探偵には、調停者や浄化屋といった連中が味方している。
 一騎当千の強者たちである。
 そして、おそらくは自分に協力するはずのないものたちだ。
 であれば、せいぜい苦戦して力を削いでもらった方がよい。
「ふふふふ。どうやっても武神さんたちとは共に天を戴けないみたいですねぇ」
 さして残念そうでもない呟き。
 人間と共闘することがあったとしても、青年にとってはしょせん一時的な同盟にすぎない、ということだろうか。
 白い手袋をはめた指が電話に伸びる。
 教団の力を使い、「自然な形で」情報をリークするのだ。
 怪奇探偵がハンターを狙っていることを。
 特殊能力者たちの弱点も含めて。
 いっそ探偵たちの住所を流して、逆に襲撃をかけさせても面白いかもしれない。
「草間さんとかいう人が勝つにしても、接戦の結果であって欲しいものです」
 穏やかに表情。
 アルカイックスマイルと呼ばれる微笑。
 青年の名を、星間信人という。
 邪神ハスターの使徒である。


 さて、長距離通話を終えたシュラインは、準備に時間をかけず行動に移っていた。
 すでに草間は動いているのだ。
 ぐずぐずしているわけにはいかない。
「神奈川の平塚市ね‥‥」
 ハンターたちの根拠地は、綾を介して内閣調査室が調べてくれた。
 だが、問題はアジトの場所ではない。
 敵の背後にある存在だ。
 街中で火器を振り回すような連中である。
 よほど巨大な後ろ盾がなくては、あのようなことはできない。
 国か、それとも、国に圧力をかけられるほどの組織か。
 黒のライダースーツに身を包みながら、青い目の女戦士が思考を進める。
 そのとき、携帯電話が微細な振動を伝えた。
 素早く発信者を確認し、応答ボタンを押す。
「どうしたんですか? 稲積さん」
『綾さんから聞きました。こちらから少し手勢を出しましょうか?』
 社交的儀礼を省略して本題に入る電話の声。
「ありがたいですけど‥‥警察が動くのはまずいと思ます。だって‥‥」
『はい。あの連中の後ろにいるのはバチカンです。下手をする外交問題に発展します』
「やっぱり‥‥」
『でも大丈夫です。下手をしなければ良いんですから』
「あらあら」
 どごぞの探偵のような無茶な口ぶりに、思わずシュラインが苦笑する。
 感染してしまったのだろうか、と。
『まあ、冗談はともかくとして。現在、稲積家と日本政府が総力をあげて法王庁との交渉に当たっています。悪くとも連中の国外追放くらいは要求できるでしょう』
「‥‥なるほど」
 守れるのは、しょせんこの国の平和だけだ。
 世界各地に散らばっているハンターたちに対しては、どうすることもできない。
 まさかキリスト教を信じるのをやめろと命じるわけにはいかないのだから。
『申し訳ありませんが、日本のことだけで精一杯なんです』
「わかってます。それに、この国だけでもハンターの力の及ばない場所にしてしまえば、安住の地になりますから」
『駆け込み寺ですか。あまり駆け込まれても困りますが』
 受話器越しに伝わる苦笑の気配。
 つられて、シュラインも微苦笑を浮かべた。
「じゃあ、とりあえず周辺の警戒と住民のガードだけお願いできますか?」
『承知しました。草間さんには「貸し一つ」だと伝えておいてくださいね』
「はい。必ず」
 笑いと通話を終わらせ、表情を引き締める。
 警察が周辺をかためるということは、敵を逃がさないかわりに自らの退路も断つということである。
 精神的に、という意味で。
 住民はもとより、警察官にも損害を出すわけにはいかない。
 むろん、草間を含めた探偵たちも、生きて帰らなくては意味がない。
 生還してこその勝利なのだ。
「さて、そろそろいきますか」
 白い頬を軽く叩いて気合いを入れ直し、バイクのキーとリボルバー拳銃をつかむ。
 こんな武器など、本当は使いたくないが。
「まあ、どうせ撃っても当たらないけどね」
「それでも、物騒きわまりないな。シュラインには似合わん」
「!?」
 突然割り込んだ声に振り向くと、そこには見知った顔の青年が立っていた。
「脅かさないでよ‥‥一樹さん」
「べつに脅かしたつもりはないが‥‥どうやら少し遅かったようだな」
 呟きながら、黒髪の青年‥‥武神一樹は事務所内を見回した。
「なんのこと?」
「隠さなくて良い。話はさくらと零から聞いている」
「そう‥‥」
「それに、さっき櫻月堂に襲撃があった。蘭花たちが一蹴したがな」
「え?!」
「漏れているぞ。情報」
「まさか‥‥」
「草間が漏らすわけがない。むろん興信所のメンバーもだ」
「じゃあ、一体誰が?」
「心当たりはある」
 それ以上説明せず、武神が軽自動車のキーをつかんだ。
「タンデムで追うわけにもいくまい。こちらにしよう。」
「一樹さん‥‥ありがと」
「それに、その物騒な玩具は置いていけ。俺たちには俺たちの戦い方があるはずだ」
 しかめつらと厳しい台詞。
 だが、瞳に優しげな光がたゆたっている。
 口には出さないが、年少の友に人を殺して欲しくない、と、願う調停者だった。


「どのくらいの数がいるんだ? 連中」
 そびえ立つ洋館を眺め、巫が確認する。
「極東支部は七〇人くらいだとさ。で、そのうち三〇以上はもうやっつけたから」
「ひとり頭一〇人か。余裕すぎてアクビが出るぜ」
 草間の説明に、那神という名の危険な男が応じる。
 たしかに、ベータと呼ばれている金瞳の男なら、一〇人くらい、ものの数秒で倒すだろう。
「‥‥聖ドニという御仁が、キリスト教にはおりまして」
 やや唐突に、鈴が話題を変えた。
 アジトに到着するまで、だいたいの事情を説明され、それきり考え込んでいたのだ。
 男たちの視線が、妖艶な美女に集中する。
「異教徒のために殉教‥‥ようするに殺されたのですがねぇ。切り落とされた自分の首を抱えて、故郷まで歩いて帰ったそうですよ」
「なんだそりゃ」
 巫が嘲笑う。
 鈴に対してではない。その逸話に対してだ。
 これでは聖人伝説というより、ただの怪談である。
「け。殺した異教徒とやらは思っただろうぜ。キリスト教徒はバケモノかってな」
 金瞳の男の台詞だ。
 特定の宗教への信仰というものは、奇跡を強調するあまりに視野狭窄を引き起こすことが往々にしてある。
 まともに考えれば、自分の首を抱えて歩く人間を、素晴らしいとか格好良いと思うものは多くないだろう。
 そういう客観性とは無縁になってしまうのだ。
 宗教は。
 ハンターたちも同様である。
 彼らの価値観は、彼らにしか通用しない。
 たとえば草間の価値観が草間にしか通用しないように。
 ありふれた表現を用いれば、十人十色ということになろう。
 人間の数だけ考え方があって当然なのだ。
 それを単一の価値観でまとめてしまうのが、宗教や扇動、マスヒステリーである。
 これらは感情の産物であり、理性的な判断とは別次元で生み出される。
「つまりハンターどもは感情で動いてるってこったな」
「その通りだ、灰滋。そして俺たちもな」
 草間が笑う。
 判っているのだ。
 友人の復讐のために行動する自分たちと、世界の安寧のためと称して戦うハンターどもは、同一直線上に存在していることを。
「それでなにが悪い」
 だが、金瞳の男はそう思う。
 理論武装も真理も必要ない。
 自分を慕ってくれた人猫の敵を討つだけだ。
 彼にとっても、この体の持ち主にとっても、イーゴラは大切な存在だった。
 それを奪った連中に復讐するのに、なんの遠慮があろうか。
 自分の生きる道を探していたイーゴラ。
 やっと笑えるようになったイーゴラ。
 一歩目を踏み出したばかりのイーゴラ。
 もう少年は戻ってこない。
 あの笑顔を見せてくれることは、二度とない。
 奪ったのは‥‥ヤツらだ。
 それで充分だ。
 絶対に、赦さない。
 地の果てまでも追いつめ、この上なく残酷に殺してやる。
 いま、金瞳の男の体内は荒れ狂う嵐で満たされていた。
 それでも仲間たちと足並みをそろえているのは、この男なりの配慮といえるだろう。
 多かれ少なかれ、皆が同じ気持ちであることを知っている。
 たとえば巫などは、金瞳の男と同じ積極攻撃型であるにもかかわらず、静かに攻撃の時を待っているのだ。
 それは弓弦を限界まで引き絞る行為。
 猫科の猛獣が息を潜めて獲物を待っている姿を彷彿させる。
 ひとたび檻から解き放たれれば、鋼の暴風のようにハンターどもを引き裂くだろう。
 唯一の例外は鈴だけだ。
 彼女が参戦したのは草間を守るためである。
 先行したメンバーの中では、最も戦意が低い。
 これは彼女が冷淡なのではなく、イーゴラと直接の知己ではなかったことに由来する。
 それだけに、三人の男たちにとっては頼もしい存在だった。
 敵の数は味方よりずっと多いのだ。
 戦意を効率よく戦力に変換せねば、勝利などおぼつかないだろう。
「いけないいけない。うちも勝つことを考えてしまってますね」
 内心で肩をすくめる鈴。
 その耳に、
「そろそろ行くか‥‥」
 押し殺した声が聞こえた。
 目前には、古ぼけた洋館がそびえ立っている。
 

「やれやれ。結局、強襲は失敗ですか」
 冬の気配の混じった空に、星間の声が溶けてゆく。
 はるか眼下には、櫻月堂という名の骨董品店がたたずんでいた。
 平素と変わらぬたたずまいで。
 だが、その内部で深刻な暗闘が行われていた事を、彼は知っていた。
「死霊兵器に妖狐にユーワーキー。六、七人のハンターどもでどうにかなる相手ではありませんでしたねぇ」
 戦闘時間は、わずか三分ほど。
 これでは星間の目的も果たせるわけがない。
 ハンターという名の木偶人形を動かし、櫻月堂を混乱させ、その間隙を突いてある書物を強奪する。
 これが彼の計画だった。
「でも、しょせんカスはカスということでしたね。まあ、そう上手くいくとは思っていませんでしたが」
 くすくすと笑う。
 ハンターが兵力を出し惜しみしたこと、櫻月堂の戦力が想像より豊富だったこと。
 この二つが敗因だった。
 まあ、星間自身が戦線参加するという方法もあったのだが、
「結果は変わらなかったでしょうね」
 と、自己分析している。
 黒髪の小柄な青年は夢想家ではなく、冷静さと用心深さが両輪となって彼の精神を構成しているのだ。
 三人の特殊能力者を同時に相手にできると考えるほど、彼は愚劣ではなかった。
「ま、仕方ありません。せめて本隊の方に期待させてもらいますか」
 じつに楽しそうに言って、乗騎に命をくだす。
 キーキーと奇怪な声を発しながら、醜悪な昆虫のような何かが神奈川方面へと飛び去っていった。
 背に薄笑いを浮かべる青年を乗せて。


 軽自動車を運転する武神の眉が、ぴくりと動く。
「もう、始まっているな」
 まだ戦場までは一キロメートルほどあるはずだが、沸きあがる戦氣がひしひしと伝わってくる。
「ええ。聞こえるわ‥‥」
 シュラインには気配を読む能力など無いが、超聴覚で戦闘の音を捉えていた。
 愛しい男の息遣いまでも。
「武彦さん‥‥無事でいて‥‥」
 そんな言葉が、思わず口をついて出る。
 同乗者がいることを、一時的に失念してしまったようだ。
 もちろん調停者は、よけいな茶々を入れたりしなかった。
 彼が訪ねたのは、別のことである。
「いま草間と一緒にいるのは誰かわかるか?」
「え? ええ、ちょっと待ってね」
 意識を聴覚に集中する黒髪の美女。
 やがて、
「灰滋に那神さんベータ。それに‥‥鈴さんもいるわ」
 正確に解答をはじき出す。
「鈴もか。意外だな」
「でも、苦戦してるみたい」
「だろうな。能力や弱点の情報もおそらく掴んでいるだろうからな」
「一体誰がそんなことを‥‥」
「俺たちが消耗することで得をする人間さ」
 婉曲的な言い方をする武神。
 シュラインが小首をかしげた。
 草間興信所の戦力が減って、誰が得をするだろう?
 そもそも怪奇探偵は調査組織であって戦闘組織ではない。
 戦力を減らしたところで、あまり意味はあるまい。
「判らないわね‥‥」
「俺たちの常識で動いているやつではないからな」
「そう‥‥」
 それきり、シュラインはなにも訪ねなかった。
 調停者が直接ふれないのは、彼女を巻き込むまいとしてのことだと気が付いたからだ。
「それにしても、こういう結末にはしたくなかったのだがな」
 ぽつりと武神が呟く。
 暴走するかもしれないからと彼にすべてを託した恋人。
 兄を頼むと訪ねてきた零。
 彼女らのためにも、できれば、もっと穏便に解決したかった。
 だが同時に、復讐を否定しきれない自分が存在していることも自覚している。
 愛するものを理不尽に奪われたとき、人間は鬼と化す。
 先に待つものが虚無しかないと知っていても、猛り狂う心を抑えられないのだ。
 復讐鬼という。
「シュラインのように冷静さを保っていてくれると良いのだが‥‥」
「私が今、冷静だと思う?」
 反問の形をした否定。
 そう。
 彼女は冷静ではない。より正確にいうなら、自分が冷静さを保っていないことをシュラインは知っている。
 だからこそ拳銃まで持ち出そうとしたのだ。
 結局は置いてきたが、それは年長の友人に窘められたからではない。
 自分が持っていても役に立たないという現実的な計算からだ。
 敵は虚仮威しの通用する相手ではないのだから。
「私は、ハンターたちに怒ってる。それに、武彦さんにも」
「そうか‥‥」
 短く応える武神。
 やがて二人の前に、血生臭い宴の入場口が姿を見せた。


「くそ! なんでこいつらこんなにしぶといんだ!!」
 火炎の鞭を操りながら、浄化屋が罵る。
 ハンターども統率のとれた軍隊のように、連携を崩さない。
 幾人がたおされようとも。
 しかも、どういうわけか、巫の物理魔法も、草間の射撃の腕も、那神の近接戦闘力も、鈴の氣を用いた戦闘も、忌々しいほど的確に防がれるのだ。
 これは、星間が興信所メンバーの情報をリークしているからである。
 だがむろん、彼らにそんなことが判るはずがない。
 判るのは、徐々に戦況が不利になっているということだ。
「ぐ‥‥」
 右足に銃撃を受けた金瞳の男が、わずかによろめく。
 すでに全身の銃創は八か所を数えていた。
 卓抜した身体能力で巧みに致命傷は避けているが、それでも襲いくる激痛は耐え難いまでになっている。
「ふざけるなよ‥‥キサマら‥‥」
 手負いの猛獣のように、ハンターどもを睨め付ける那神。
 常人なら気死してしまいそうな迫力だが、やはり敵は怯む気配を見せなかった。
「情報が‥‥漏れているようですねえ」
 鈴の言葉だ。
 前衛に出ていないため大きな傷は負っていないが、秀麗な顔には疲労の色が濃い。
「ああ‥‥間違いなくな‥‥」
 新しい、そして最後の弾倉を装填しながら怪奇探偵が応じる。
 アルミ繊維を編み込んだハンターたちの戦闘服に対して、拳銃ではたいした効果もないが、なにもしないよりはマシというものだ。
 前列で苦戦する巫と那神を、可能な限り援護しなくてはならない。
「それ尽きたらどうします?」
「撤退‥‥は、させてくれないだろうな。突入するしかないさ」
 軽い言葉に悲壮な決意を隠す。
「そうですか。ではうちもお供いたしましょう」
 牡丹の花がほころぶように、神の血をひく女性が笑ってみせる。
「無理につきあわなくても良いんだぞ」
「好きでやってることですから」
 シニカルに微笑を交わし合うふたり。
 すでに覚悟は完了している。
 終焉の地にしては壮麗さに欠けるが、まあ、贅沢を言えばきりがない。
「きやがれ‥‥一人でも多く道連れにしてやる‥‥」
「地下への旅は寂しいからな。一緒に行こうぜぇ」
 那神の爪と牙が唸り、巫の炎が大気を焦がす。
 半グラムの救いすらない戦いが、終幕を迎えようとしていた。
 探偵たちの敗北という形で。
 と、そのとき、猛烈なクラクションが戦場に響き渡る。
 突然の事態に、双方の動きが静止する。
 その間隙を突いて突進した軽自動車が、ハンターたちの戦列に突っ込んだ!
 瞬間、車から飛び降りる二つの影。
「まったく。無茶ばかりしやがって」
「武彦さん! 助けに来たわよ!!」
 混乱の靄を切り裂いて、男女の声が聞こえる。
 この上なく口うるさく、この上なく頼もしい仲間の到着だった。
「灰滋! 火を車に撃ち込め!!」
 しみったれ探偵も、時には大胆なことを言う。
「よっしゃ!」
 浄化屋の声とともに、尾を引きながら軽自動車に降り注ぐ火球。
 苦悶するように車体が一瞬震え、大爆発が巻き起こる!!
 混乱の極みから、崩壊の奈落へと突き落とされるハンターたち。
 がぜん元気を取り戻した那神と巫が、最前線に躍り出す。
 次々とハンターたちが倒されてゆく。
「‥‥あーあ、あと五年は乗れたのになぁ」
 締まり屋の呟きを発するのは、もはや名を記す必要もない大蔵大臣だ。
「あらあら」
 鈴が笑う。
 それは、勝利を確信したものの笑みだった。
 もうハンターは連係プレーを取ることができない。
 個人戦闘能力でいえば、こちら軍配があがろう。
「シュラインが綾と稲積に働きかけて、あいつらをこの国から追い払うそうだ。それで満足しろ。草間」
「‥‥武神‥‥」
「判るだろう? お前なら」
「‥‥ああ‥‥判ってる‥‥」
 そう。
 判っているのだ。
 ハンターを根絶やしにすることなど、本当は不可能だということを。
 人間は、弱くて小さなイキモノである。
 自分と同じカタチをしていないものを受け入れることは難しく、自分と同じ価値観を持たないものを容認することは更に難しい。
 それが、歴史的な事実なのだ。
 ただ、もしも人類に希望があるとすれば、他を認めるのが至難であるとしても不可能ではない、ということだろう。
 人は変わることができる。
 変えることができる。
 それが、はるか未来の物語だとしても。
「判っているんだ‥‥俺にも、そして、あいつらにも」
 怪奇探偵の黒い瞳が、ハンターを蹴散らす巫と那神を写していた。
 自らも無数の傷を負いつつ戦う仲間たち。
 それはまるで、鎮魂の宴のようであった。

 上空を遊弋する影が、穏やかに微笑を浮かべながら、地上に視線を送っていた。





                          終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0377/ 星間・信人    /男  / 32 / 図書館司書
  (ほしま・のぶひと)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0319/ 当麻・鈴     /女  /364 / 骨董屋
  (たいま・すず)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0374/ 那神・化楽    /男  / 34 / 絵本作家
  (ながみ・けらく)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「神を狩るもの」お届けいたします。

さて、イーゴラの死から続く悲劇の結末です。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。



☆お知らせ☆

11月14日(木)18日(月)21日(木)の新作アップは、著者、私事都合およびMT13執筆のためお休みさせていただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。