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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


命綱を断ち切れ

その男は、明らかに異様な雰囲気を漂わせていた。
「私は、『N.Maddog』と申します。無論、本名ではありませんが」
にこりともせずに、その黒衣の男はそう名乗った。





中に通されると、男は開口一番こう尋ねた。
「あなたは、悪魔との契約というものがあることを信じますか?」
「半々だな」
草間が曖昧に答えると、男は表情一つ変えずにいった。
「では信じていただきましょう。そうしないと話が進まない」
その言葉に、草間は小さく頷いてみせる。
男はそれで草間が了解したということを見てとると、一呼吸おいてから説明を始めた。
「悪魔との契約の基本は実に単純です。悪魔は願いを叶え、人は魂を売り渡す」
「伝承の通りに、か」
草間の言葉に、今度は男の方が首を縦に振った。
「そうです。そして伝承にもあるように、契約に違反するのは、ほとんど常に人間の方です」
そういいながら、男は懐から一枚の写真を取り出した。
一人の、どこにでもいそうな初老の男の姿が写っている。
「名前は三枝幹規(さえぐさ・みきのり)。
 大手S社に勤務するサラリーマンで、今年で五十九になります」
なるほど、言われてみれば、男が向かっている先にあるのは、間違いなくS社の本社ビルである。
草間が写真を机の上に置くのを待って、男は再び口を開いた。
「この男は、大学時代にある悪魔と契約を結び、その悪魔の力を借りて一人の女性の愛を勝ち取りました。
 そして、それからもうすぐ四十年になります。
 三枝が悪魔とかわした契約の期間は四十年、つまり、もうすぐ彼は魂を悪魔に差し出さなければならないのです」
「ところが、三枝はそれを拒んでいる、と?」
「ええ。最近になって、突然お守りや聖人像を集め始めたり、教会に出入りしたりするようになりました。これは、明らかに契約に違反する行為です」
そこまで言うと、男は一度目を伏せた。
「そこで、悪魔は一人の『魂取り立て人』を雇いました。
 その取り立て人の仕事は三枝を殺すこと。
 もちろん、できるならば自分のことが表に出ぬよう、不幸な事故に見せかけて、です」
男の口調は、静かで、淡々としており、まるで自分とは何の関係もない話をしているようにさえ思えた。
しかし、その男こそが取り立て人であることは、もはや疑うべくもなかった。
「それから何度か、取り立て人は三枝を殺すべくいろいろと試みました。
 ところがこの男、不自然に運が強いようで、なかなか不幸な目にあってくれない。
 いつも犠牲になるのは別の人物で、三枝本人は間一髪のところで危険を避けてしまうのです」
それを聞いて、草間は机を叩いて叫んだ。
「ちょっと待て! それじゃあ……」
だが、男は一向に動じることなく、冷たい目で草間を見つめながらこう続けた。
「二週間前の山手線の人身事故、八日前の新宿での通り魔事件、三日前の建設現場からの落下物、そして昨日の居眠り運転による交通事故。
 これらの事件は、全て私が三枝を殺すために起こしたものです。
 もちろん、原因となる要素はあらかじめ揃っていたわけで、私は最後の一押しをしたに過ぎませんが」
間接的にとはいえ、自分が人を殺したことを何の感情もこもっていない様子で語るこの男に、草間は強い嫌悪感と、そして微かな恐怖を感じた。
そんな草間の様子に注意を払うでもなく、男は相変わらずの調子でさらに話を続ける。
「クライアントからは矢の催促でしてね……私としてはこれ以上他の人を巻き込まずに済ませたいのですが、このままではそうも言っていられなくなりそうです」
そこまで言うと、男はあらためて草間の方に向き直り、落ち着いた、しかし有無を言わせぬ口調でこういった。
「草間さん。あなたの力で、三枝の悪運の原因を探り出して下さい」
「俺に人を殺せというのか?」
怒りに駆られ、つい草間が声を荒げる。
「あなたは調べるだけでいい。
 実際にその原因となっているものを取り除き、三枝を殺すのは私の仕事ですから」
男は言い聞かせるように草間にそう説明したが、もちろん草間はそんなことでは納得できなかった。
「人殺しの下準備をしろということだろう。同じことだ」
草間がなおも拒否すると、男は小さくため息をついた。
「あなたが協力して下されば、死ぬのは三枝一人で済みます。
 しかし協力していただけないのならば、私はもっと大きなことを起こすしかない。
 数十人単位で死傷者が出る事件を、三枝が巻き込まれるまで起こし続けることも辞さない覚悟です」
そう言い放った男の目は、間違いなく本気だった。
驚きと恐怖のあまり草間が声も出せずにいると、男はもう一度ため息をつき、おもむろに席を立った。





「三日後に、あなたのお返事を聞きにもう一度伺います。
 言っておきますが、私をどうこうしたところで問題は解決しない。
 何があろうとも、彼は……三枝幹規は、契約に従わなければならない。わかっていただけますね」
最後にそう一言いい残すと、男は草間興信所を後にした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その翌日、草間興信所には五人の人物が集まっていた。
「運気の流れが見え、またそれをある程度調整できる」という力を持つ女子高生ギャンブラー、南宮寺天音(なんぐうじ・あまね)。
表向きはバーのマスターをしているが、実は悪霊退治屋をやっている城之木伸也(じょうのき・しんや)。
ありとあらゆる職業のスキルをそれなりに備えている派遣会社職員、唐縞黒駒(からしま・くろこま)。
腕利きのエンジニアであり、また相当の魔力も所持している霧原鏡二(きりはら・きょうじ)。
そして、この興信所の主である草間武彦である。





「と、こういう話なんだが」
事情の説明を終えて、草間が一度ため息をつく。
そして、集まった四人の顔を見渡しながら、真剣な表情で尋ねた。
「正直に言って、こんなケースはさすがに初めてでな。
 依頼を受けるべきか、断るべきか……どう思う?」
その問いに、真っ先に答えたのは天音であった。
「うちもその依頼人は気に入らんけど、依頼自体は引き受けた方がいいと思います」
「ふむ」
草間は一つ頷くと、残りのメンバーの方を見て、黒駒が何か言いたそうにしていることに気がついた。
「黒駒、どう思う?」
草間が話を振ると、黒駒は一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、控え目な口調でこう答えた。
「あ、あの……ボクは、この依頼を受けることには反対です」
「なんで?」
反対の意見を出された天音が、不思議そうに黒駒の方を見る。
「ボクは、この契約に効力があるかどうか自体疑わしいと思っています。
 聞いたレベルのことで強制性が何とかなるなら、悪魔に魂を売る人はもっと多いんじゃないでしょうか」
黒駒が自分の考えを述べると、今度は鏡二が口を開いた。
「確かに、契約の内容や、双方に違反がなかったかについては、詳しく聞いてみる必要があるだろう。
 だが、それとは別に、仮に契約に問題がなかった場合、依頼を受けるかどうかも考えておくべきだろうな」
「はぁ」
黒駒の考えにも一理あるが、それはあくまで仮定でしかない。
そこを突かれては、彼も引き下がるより他なかった。

話が振り出しに戻ったのをみて、再び天音が自説を展開する。
「もう一度言いますけど、うちは受けるべきやと思います。
 ここで断ったところで、問題は何も解決しまへん」
すると、今まで黙っていた伸也がこれに反応した。
「確かに、我々が依頼を断れば、ヤツは無関係な人間を殺し続けるでしょう。
 ですが、やはり俺は殺人の手助けはしたくありません」
「せやけど、悪魔と契約をして、実際に望みのものを手に入れたんやから、代償を支払うんは当たり前やないか」
複雑な表情の伸也に、顔色一つ変えずに天音がそう言ってのける。
その様子を見て、鏡二がこう提案した。
「確かに、契約からいけば三枝は死ぬべきだろうが、彼の気持ちもわからなくはない。
 依頼を引き受ける代わりに、三枝の契約期間を伸ばしてもらうなり、報酬を別のものに変えてもらうなりすることは出来ないだろうか」
「なるほど……だが、そうすると、こっちとしては何の収入も得られないことになると思うが、いいのか?」
草間がそう確認すると、全員を代表するように伸也が答えた。
「この場合、やむを得ませんよ。人の命と引き替えに何かを得たいとは思いませんし、第一、悪魔から報酬を受け取るというのもぞっとしませんからね」
提案者である鏡二はもちろん、黒駒も異存はないというように小さく頷く。

「なんや、皆お人好しやなぁ。まぁ、ええけど」
天音は呆れたようにそう言ったが、特に反対はしなかった。
金銭的な収入も得られるならば欲しいところではあったが、それ以上に「三枝の悪運の秘密」に興味を持っていたからである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

草間たちが対応を相談してからさらに二日後。
約束通り、「N.Maddog」は再び草間興信所に現れた。

「お約束通り、先日のお返事を伺いに参りました」
慇懃無礼にそういうと、男は薄ら笑いを浮かべたまま部屋へと入ってきた。
季節は晩秋、時間は夕方。ただでさえ「涼しい」を通り越して肌寒く感じる室内の気温が、この男が現れたことによってさらに数度引き下げられたようにさえ感じられる。
その冷たい目で草間興信所に集まった面々を見渡すと、男は満足したようにこう呟いた。
「なかなか優秀なスタッフがお揃いのようだ」
普段なら誉め言葉ととれるこの言葉も、この得体の知れない男が、しかも薄ら笑いを浮かべたままで口にすると、その真意がどこにあるかはほとんどわからない。
一同が沈黙を守っていると、男はやれやれというように首を振った。
「どうやら、皆さんはあまりおしゃべりをする気分ではないようですね。
 でしたら、こちらも無駄話は抜きでいきましょう。
 草間さん、三日前にお話しした件、引き受けていただけますね?」
草間がノーと言うはずがない、言えるはずがないと確信したような口調。
その様子にかなりの不快感を感じたらしく、草間は苦々しい表情で答えた。
「依頼の方は引き受けようと思う。ただし、そのかわり、こちらの提案もいくつか聞いてもらえないか」
「伺いましょう」
全て最初から予測していたかのように、男は草間の申し出を快諾した。





最初に男に対して提案を行ったのは、草間を除くメンバーの中では最年長の伸也だった。
「草間さんから聞いた話だと、あなたはすでに無関係な人を何人も殺しているそうですね」
「不本意ながら、そういうことになりますね」
「その人達の魂は、すでに三枝の魂の代わりとしても充分な数ではないのですか?」
伸也がそう提案すると、男は少し首を傾げてこう聞き返した。
「つまり、三枝の魂の代わりに、『三枝の代わりに殺してしまった人々』の魂をもっていけばいい、ということですか?」
「ええ、そういうことになります」
伸也が頷くと、男は腕を組んで、考え込むようにしながらこう答えた。
「契約内容の変更に関しては、残念ながら私の一存では出来かねます。
 このお話は一度クライアントの所に持ち帰り、そこで一度相談させていただきたいと思います。
 ……まあ、その条件でしたら、クライアントのOKを得るのは難しいことではないでしょう」
その言葉を聞いて、伸也が安心したような表情を浮かべる。
だが、それも一瞬のことであった。
「それにしても……死人に口なし、ということですか」
男がわざと聞こえるようにそう呟くのを聞いて、再び伸也の表情が険しいものに戻った。
「どういう意味です?」
伸也がその真意を問いただすと、男は軽く肩をすくめてこう説明した。
「ただ死ぬということと、魂を悪魔に引き渡すこととの間には、あなたが考えている以上に大きな違いがあるんですよ。
 あなたの提案が受け入れられれば、もうこれ以上誰もこの件で死ぬことはなく、三枝の命も救われる。
 その一方で、運悪くこの一連の事件で命を落とした人たちは、永遠にいわれなき苦役を課せられることになるでしょう。しかし、その怨嗟の声は地獄の底に吸い込まれるのみで、誰の耳にも届くことはありません」
伸也がその言葉に愕然としていると、男はなおも続けた。
「それに、悪魔というものは神経質なまでに契約にこだわるものですから、実際に契約を改正するとなれば、クライアントが直接出向く……のは難しいでしょうから、私が代理人として三枝の所に行き、契約を改正することになるでしょう。
 もしそれで三枝が喜んでこの案を受け入れるようなら……はたして、本当に彼を救う意味はあったと言えるのでしょうかね」
そこまで言われて、伸也は自分が完全に相手の術中にはまっていたことに気づいた。
自分の提案では、三枝が自分のために他人を犠牲にすることを何とも思わないような最低の人間であった場合しか、三枝を救うことは出来ない。
そして、もし、三枝がそのような人間であった場合、罪もない人間に永遠の苦役を強いてまで彼を助ける理由は全くなかった。

伸也の提案がうまくいかなかったのを見て、次は鏡二が口を開いた。
「その契約の話なのだが、契約の詳しい内容を教えてもらいたい」
「おやすい御用です」
男は一度頷くと、契約の内容について語り始めた。
「まず、三枝の側の要求は一点。
 ある女性――現在、三枝の妻となっている女性です――に、三枝に対する強い恋慕の情を抱かせしめ、契約期間の間これを維持すること。
 そして、こちらからの要求も一点。
 契約締結より四十年が経過した場合、もしくは、四十年以内であっても三枝が死亡した場合、契約期間は満了したものとし、三枝の魂は契約相手である悪魔に引き渡される。
 この後、悪魔と契約する場合の基本的な条項として、『神を否定すること』など、契約者である三枝の方にある程度の制約が課せられています」
それを聞いて、鏡二はどうやら自分の思惑が外れたらしいということを悟った。
悪魔側に課せられた条件は、三枝の妻の気持ちを三枝の方に向けておくという一点だけであったし、そもそも、その時点で失敗しているのなら、ここまで強く報酬を要求してくるとも思えない。
「なるほど。では念のために聞いておくが、そちらの側に違反はなかったんだな?」
念のために鏡二は尋ねてみたが、男は自信を持ってこう返してきた。
「もちろんです。
 先ほども申し上げたように、悪魔というものは契約内容については神経質ですからね。
 こちらの側には一切の違反はないと断言できます」
こう自信たっぷりに言われては、証拠もないのにそれを否定することなどできようはずもない。
やむなく、鏡二は次善の策に出た。
「わかった。では、こういう案はどうだろうか?
 私が魔力を使って三枝の魂を増幅し、それによって増えた部分を切り離してそちらに渡す。
 その代わり、残りの部分は三枝の寿命が尽きるまで待つ、と」
それを聞いて、先ほどから黙っていた伸也も別の案を出す。
「あるいは、我々が調査する代わりに、三枝の契約期限を三十年ほど延ばしてもらう、というのは不可能でしょうか?」
男はそれらの代案を黙って聞いていたが、やがてにやりと笑ってこう答えた。
「私の返事は先ほどと同じです。
 クライアントと相談した後、OKが出しだい三枝に会って契約を改正する必要があります。
 その際には、これまでの経緯についても話す必要が生じてくるでしょうね」
半ば予想はしていた通りの答えに、伸也と鏡二は顔を見合わせて嘆息した。

と、その時。
「あの、ちょっといいですか」
最初からずっと何か言いたそうにしていた黒駒が、ようやく思い切って声を上げた。
「あなたも、何かいい案がおありですか?」
男が問いかけると、黒駒は軽く首を横に振った。
「いえ、代案というわけではないんですが、こういうことは考えられないでしょうか?
 三枝さんの契約について知った家族の誰かが、三枝さんを守るために、あなたのクライアントと同程度、ないしはそれ以上のレベルの悪魔と契約を交わした、ということは」
「なるほど、これは面白い解釈ですね」
黒駒の提案を聞いて、男はいかにも興味のありそうな様子で身を乗り出す。
しかし、黒駒が特にこれといった証拠を持っておらず、それ以上自説を展開することが出来ないことに気づくと、再びもとの様子に戻ってこう続けた。
「ですが、証拠がないのでは、その説も仮定の域を出ません。
 仮にそうであるとしても、その証拠となりうるものを見せていただきたいですね。
 ちなみに、もしそうであった場合、三枝には別の同等以上の価値を持つもので代償を支払ってもらうことになるでしょう。
 契約の改正が必要になるであろうことは、もちろん、言うまでもありませんね」
それでは何の意味もないことも、黒駒は言われなくてもわかっていた。





「さて、これでそちらの提案というのは全部ですか?」
そう言いながら、男はおもむろに席を立った。
「もしこれで全部でしたら、私はそろそろ失礼させていただきます。
 調査の方、くれぐれもよろしくお願いしますよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「さて、どうしたもんか」
「N.Maddog」が立ち去った後、草間がぽつりと呟いた。
結局残ったのは「依頼を引き受けた」という事実だけで、特に役に立ちそうな代案は出すことが出来なかった。
「どうもこうも、一旦引き受けた以上、やるしかないやろ」
あっけらかんとした調子でそう言ったのは、初めからそれほど代案の必要性を感じていない天音である。
「ですが、それではみすみす三枝を死なせることになります」
「別に問題ないやないか。もともとそういう契約なんやし」
伸也の言葉も、そもそも三枝を助ける気がない天音にはほとんど効果がないようであった。

一方、その横では鏡二と黒駒が懸命に打開策を考えようとしていた。
「代案を受け入れさせるためには、契約を改正しなければならない。
 契約を改正するには、契約者である三枝自身にこれまでのことを話さなければならない。
 つまり、三枝は自分が間接的に犯していた罪の重さを知らねばならない、か」
抜け道の見あたらない三段論法に、鏡二が一つため息をつく。
「三枝がまっとうな人間なら、そのことで彼を追いつめてしまうことになるだろうし、
 逆に彼がほとんど動揺しなければ、彼は助ける価値もない人間ということになる。
 悪人だけが生き残れるとは、まさに悪魔の思うつぼだな」
と、鏡二がそこまで考えたとき。
「……あの」
黒駒が、何かを思いついたように鏡二に声をかけた。
「何かいい案でも浮かんだか?」
鏡二のその言葉に、部屋にいる全員の視線が黒駒に集中する。
それを受けて、黒駒は少し自信なさそうにこう言った。
「向こうは、さっきの依頼人が『代理人』として契約を改正する、って言ってましたよね。
 それなら、こっちも『代理人』を使えばいいんじゃないでしょうか?」
その案に、伸也が真っ先に賛成する。
「なるほど。三枝に事情を話してこの契約に関する全権を任せてもらい、契約改正後に結果だけを報告すれば、彼に余計なことを知らせずにすみますね」
「そうだな、それでいこう」
続いて鏡二も賛成の意を示すと、天音も特に反対はしなかった。
「まぁ、みんながそれがいいって言うんやったら、うちは反対せえへんけどな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

次の日の夕方。
三枝が自宅へ戻った頃合いを見計らって、鏡二は三枝邸へ電話をかけた。
数回の呼び出し音の後、男の声で返事がある。
三枝の息子はすでに家を出ているので、電話の相手は三枝幹規本人に間違いなかった。
「三枝幹規さんですね」
「ええ、私がそうですが」
念のため、本人であることの確認をとると、鏡二は単刀直入に話を切りだした。
「四十年前のこと、覚えていらっしゃいますか」
その一言の効果は絶大だった。
「な、ななな、なんのことだっ!?」
これ以上ないくらい動揺した様子を見せる三枝。
それを少々気の毒に思いながらも、鏡二はつとめて平静を装って続けた。
「とぼけないで下さい。あなたは四十年前、悪魔とある契約をした。
 そして、その契約期間は、つい先日完了した……違いますか」
鏡二の指摘に、三枝はしばし沈黙し、それから、震える声でこう言った。
「携帯電話の方に、かけ直してくれないか。番号は今から言う」





鏡二が言われた番号にかけ直すと、三枝はすぐに電話に出た。
「わ、私は、まだ、まだ死にたくない……」
怯えを隠そうともせずに言う三枝に、鏡二はなだめるように言った。
「落ち着いて下さい。私は味方です」
「み、味方!?」
「ええ、そうです。ですから、落ち着いて話を聞いて下さい」
鏡二はそう言ったが、三枝は容易には納得しなかった。
「わからない。私はあなたを信用していいんですか?
 どうしたらあなたを信用できるんですか!?」
とはいえ、そんなことを言われても鏡二としても困ってしまう。
「お気持ちは分かりますが、今は私を信用してもらうしかありません」
「そんなことを言われても……無理ですよ」
なおも否定的な返事をする三枝に、鏡二はとりあえず話を先に進めた方がいいと判断した。
「では、とにかく話だけでも聞いて下さい。
 信用する、信用しないはその後で決めても遅くはないでしょう」
「は、はぁ……」
「いいですか、三枝さん。
 あなたが助かるためには、何とかして悪魔との契約期間を延長するしかありません」
鏡二のその言葉に、三枝が驚いたような声を出した。
「契約の延長? そんなことができるんですか!?」
「私たちに任せて下されば、恐らくなんとかできると思います。
 ここは一つ、私を信じて下さいませんか」
落ち着いた口調で、ねばり強く交渉する鏡二。
だが、それでも三枝はよい返事を返してはくれなかった。
「信じてみたいのは山々ですが……私には、そんな勇気はありません」
業を煮やした鏡二は、ついに奥の手を出すことにして、少し厳しい口調でこう言った。
「三枝さん、すでにあなたは契約違反を犯している。そのことはおわかりですね」
三枝は黙ったまま答えない。
「悪魔は相当契約に関しては神経質だと聞いています。
 あなたが契約違反を犯した上に、契約が切れた状態のまま、代償の支払いを行わなければ、悪魔がどのような報復措置に出てくるかわかりませんよ」
「そ、それは、一体……」
震える声で尋ねる三枝に、鏡二はきっぱりと言い切った。
「あなたの家族などに危害が及ぶことも考えられる、ということです」

しばしの沈黙の後、電話ごしに再び三枝の声が聞こえてきた。
「どうせ、私はもってあと十年程度、将来と言えるほどのものもありません。
 ですが、私の子供達にはまだまだ未来がある。
 私一人のために、子供達を犠牲にすることはできません」
そう話す三枝の声は、今までとは比べものにならないほど落ち着いていた。
「教えて下さい、私は一体何をすればいいんですか」
「私たちにこの件に関する全権を委任する旨の書類を書いていただくことになります。
 なるべく早い方がいいのですが、そちらの都合もあるでしょうし、実際にお会いする日時と場所の設定はそちらにお任せいたします」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

三度目に「N.Maddog」が現れたのは、ちょうど最初に彼が草間興信所を訪れてから一週間後の日曜日であった。

「あれからもう四日になりますが、調査の方はだいぶ進展なさいましたか?」
そう尋ねる男に、草間はにやりと笑ってこう答えた。
「アンタも前に言っていたように、うちは優秀なスタッフが揃っていてな。
 進展するどころか、調査の方はすっかり終わっているさ」





「つまり、彼の悪運の原因はそのお守りだったわけですね」
調査報告を聞いたあと、男は納得したように頷いた。
「うちがこの目で確認したんや、間違いあらへん」
天音が太鼓判を押すと、男はもう一度頷いてから言った。
「わかりました。それでは、報酬の話に移りましょうか」
その言葉に、一同を代表して鏡二がこう応じる。
「前回も言ったとおり、三枝の契約の改正に応じてもらいたい」
「そうでしたね。先日そちらから出された代案については、全てクライアントからOKが出ました」
「では、契約期間の三十年延長、ということでいいか?」
鏡二がそう尋ねると、男は首を縦に振った。
「承知しました。では、早速三枝の所に行ってくるとしましょう」
そう答えて、男は席を立とうとする。
しかし、黒駒がそれを押しとどめた。
「いえ、その必要はありません」
「何故です?」
怪訝そうな顔をする男に、黒駒は昨日三枝に書いてもらった委任状を見せた。
「この件に関しては、ボクたちが三枝の代理人をさせていただきます」
男は少しの間委任状と黒駒の顔を見比べていたが、すぐに我に返ると、苦笑しながらこう言った。
「なるほど、なかなか考えたものですね。
 いいでしょう、それでは契約の方を改正しましょうか。
 すでに内容についてはお互いに合意済みですから、後は契約書にサインして終わり、ですね」





そして、無事に契約が改正された後。
「この度はどうもありがとうございました。
 それでは、また何かあったら相談に来させていただきますよ」
そう一言言い残して、男は草間興信所を後にした。

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〜 その後 〜

三枝邸からの帰り道。
「とりあえず、なんとか丸く収まりましたね」
後ろを歩く黒駒が、前を行く鏡二に呼びかける。
「ああ、そうだな」
振り返らずに、一言だけそう答える鏡二。
その背中に向かって、黒駒はさらに続けた。
「三枝さんにも、喜んでもらえてよかったですよ」

と、その時。
不意に、鏡二が立ち止まった。
「だが、結局は三十年間の猶予を得たに過ぎない。
 それが終われば、彼は永遠の苦しみを味わうことになる」
「鏡二さん?」
不思議に思った黒駒が鏡二の前に回ると、鏡二は黒駒の方を一瞥した後、空を見上げてこう呟いた。
「とにかく、事件は片づいた。
 これ以上無関係な人間が死ぬことはないし、彼も恐らく悪魔によって殺されることはないだろう」

そして、鏡二は再び歩き出した。
その後ろに戻った黒駒の耳に、鏡二の寂しげな呟きが聞こえてきた。
「だが、俺たちに出来るのはここまでだ。
 本当の意味であの男を救う術は、すでにない」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1092/城之木・伸也/男性/26/自営業
0418/唐縞・黒駒/男性/24/派遣会社職員
0576/南宮寺・天音/女性/16/ギャンブラー(高校生)
1074/霧原・鏡二/男性/25/エンジニア

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■         ライター通信          ■
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撓場秀武です。
この度は私の依頼に参加下さいまして誠にありがとうございました。

・このノベルの構成について
このノベルは全部で七つもしくは八つのパートで構成されており、後半部分のパートについては複数種類ある物もございますので、よろしければ他の参加者の方の分もごらんになっていただけると幸いです。

・個別通信(唐縞黒駒様)
はじめまして、撓場秀武です。
今回はプレイングの方が少々厳しく、他の方と比べてやや出番が少なくなってしまったかもしれません。
その分、なるべく要所要所で活躍していただけるように描写してみたつもりですが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、遠慮なくお知らせいただけると幸いです。