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Dream cracker
◆望むモノ、望まれるモノ
「自分の好きな夢が見られる薬？」
雫は机に置かれたシガレットケースを見る。
見た目はどう見てもタバコなのだが、これを一服して眠ると自分が望んだ夢が見られるのだという。
「ふう〜ん、本当に夢が見られるのかしら？」
「見れるどころじゃないんだよね、これが。」
ドリームクラッカーと呼ばれるこの薬を持ち込んだゴーストネットＯＦＦの常連の一人が、自慢そうに言った。
「中毒になっちゃって、夢から戻れなくなる人もいるくらいなんだよ。」
「･･･それって麻薬とかドラッグとかそう言うものじゃないの？」
雫は眉をひそめる。
「成分は･･･詳しいことは知らないけど、普通のタバコらしいよ。やっぱり警察とかが調べたらしいけど、何の違法性も見出せなかったんだって。」
まことしやかな噂が真実味をもって流れるこの世界で、どこまで信じられる言葉なのかはわからないが、とりあえず今のところは違法性がないものであるらしい。
「もう、試してみたの？」
「いや、俺はまだ試してないんだ。なんか、止められなくなっちゃう夢って怖くない？それに何か裏がありそうなそんな気がするしねぇ･･･。」
「でも、見たい夢が見られるなら面白いかもよ？」
雫はストローをくわえたまま意地悪く笑って言った。
「とりあえず、これは雫ちゃんにあげるよ。もし誰か試した人がいたら、その人の話をＢＢＳにでもアップしてくれない？」
雫はシガレットケースを受け取る。タバコは１０本はいっている。
「うーん、これって試してみたいけど、私未成年だもんなぁ･･･。」
「ドリームクラッカーって言えば誰か試すかもよ？結構ネットじゃ話題だからね。」
「そうだね、誰かここに来た人に聞いてみるよ。」
雫はそう言うと、シガレットケースを閉じた。
「とりあえず、ＢＢＳに『ドリームクラッカー体験者募集』って書いておかなきゃね！」
あなたはどんな夢を試してみる？
◆ドラッグの見せる夢？
雫から受け取ったドリームクラッカーを手に、結城 凛は溜息を吐いた。
ドリームクラッカーは密封できる小さなビニール袋の中に入っている。
こうしてみていても何の変哲も無い、ごく普通の煙草だった。
強いて違いを上げるなら、銘柄や生産を示す印字が無いくらいか。
香りはハッカのようなメンソール系の香り。煙草の葉の匂いはない。
「これが夢を見る薬･･･ねぇ。」
雫からもらったドリームクラッカーは２本。
１本は人づてに頼んで成分解析に回した。
先ほどその結果もＦＡＸで送られてきたが、結果は･･･シロ。
正確には鎮静効果のあるハーブのようなモノの混合物で、成分的に薬効が認められるような物は無かった。
つまり、睡眠薬ですらない、ただの葉っぱだったのだ。
深く考えても仕方が無い。
とりあえず、体験してみるに限る。と気持ちは決めたのだが･･･。
「タバコという形態自体、あまり言い気持ちはしないわね。」
不健全・不健康。
結城にとって煙草はあまりイメージの良い嗜好品ではなかった。
その上、ドラッグを謳うようなドリームクラッカーだ。気分はあまりよくない。
しかし、こうやって考え込んでいても仕方が無い。
好奇心はある。ドラッグで無いと認定された以上、制止する理由もない。
「とにかく、リラックスしないとね。」
そう言うと、結城は椅子に深くもたれた。
そして、袋からドリームクラッカーを取り出し、火をつける。
火はすんなりとついた。
「んっ･･･！」
しかし、肺に流れてきた味は想像よりかなりキツイものだった。
冷気が喉の奥に張り付くようだ。
咽込みそうになるのを堪えながら、２〜３回、煙を胸に送りこむ。
効果はすぐに現れた。
「脈拍と血圧の低下、身体の倦怠感･･･」
結城はドリームクラッカーを用意しておいた灰皿に置くと、自分の体を観察しながらゆっくりと目を閉じる。
対策になるかどうかはわからないが、とりあえず自己催眠で３時間以上の睡眠は覚めるようにしてある。
呪術的なものであったときは効かないかもしれないが、何もしないよりはましだ。
「急激な眠気･･･」
そして、そのまま逆らわずに睡眠へと落ちた。
◆夢の中で
結城が望んだのは、想像上の願望ではなく、過ぎ去った過去の再現だった。
自分の中で大きな存在である祖母の夢。祖母から聞かされた話の夢。
気がつくと、結城は見覚えのある景色の中に立っていた。
「ここは･･･」
見覚えのある薄暗い路地に･･･仄かな明かり。
灯りに照らされた古びた木の扉。
銅板に美しい書体で刻まれた看板。
「ＯＰＥＲＡ？」
結城は以前に来たことのあるＢＡＲの前に立っていた。
「これは夢なの？」
望んでいた夢は祖母の夢だった。
でも、これは祖母の生きていた頃の記憶ではない。つい最近のことだ。
「どういう･･･こと･･･？」
考えてもわからない。
ここで扉を見ているだけではどうにもならない。
結城はいつかの時と同じように、ゆっくりと深呼吸すると、木の扉を開けた。
しかし、軽やかなドアベルの音は鳴らず、そこには見覚えのある懐かしい部屋が広がっていた。
「グランマ･･･」
結城は懐かしい部屋の奥にいる人物を見て呟いた。
落ち着いた調度品に彩られた洋風のその部屋は、祖母が生きていた頃と何も変わらない。
結城は躊躇いもせず部屋の中に足を踏み入れ、奥の椅子に腰掛けている老婦人･･･結城の祖母の側へと歩み寄った。
「凛、ノックもなしで入ってくるのは、お行儀が悪いわ。」
祖母は結城を見つめると、少し厳しい口調で言った。
「ごめんなさい。グランマ。」
結城が素直に謝ると、祖母はその厳しさを拭い、優しい笑みで結城を迎え入れる。
「そこにお掛けなさい。」
祖母は自分の向かいにある椅子に座るように勧める。
木の椅子にはキルトのクッションが置かれている。
腰掛けるとふわりと暖かく柔らかい。
「言いつけはきちんと守っているわね？」
「はい。」
結城は、祖母の顔を真っ直ぐに見つめる。
祖母と結城はいくつかの約束を交わしていた。
それはすべて、他の子供たちと少し違っている結城の「力」についての約束だった。
自分が他の子供たちと少し違うと気がついたのは何時の事だったろう。
結城は自分でも他の子との違いを感じていた。
最初は勘が良い位だった。
それは次第にはっきりとしたものになり、いつしか結城は他人の心の中を覗くことが出来るようになっていた。
友達が何を考えているのか、その子の目を見るだけでわかってしまった。
友達だけじゃない。先生も、近所の人も、全ての人の気持ちがわかってしまう。
結城が心を読めないのは、祖母ぐらいだった。
祖母は結城にそんな力があることを不思議ともなんとも思わないようだった。
人の心が読めるとはっきりわかった時、結城は祖母と約束をさせられた。
人の心を覗かないこと、それを徹底して約束させられたのだ。
「お前の瞳は、他の子供たちと違うのよ。」
祖母は結城の頬を両手で包むようにして言った。
「遠い昔から凛の中に流れる血が受け継いできた･･･大切な瞳なの。」
結城は祖母の手が好きだった。
触れられると気持ちよくて、心がしっとりと落ち着いた。
不安な時、苦しい時、自分の力に負けそうになる時、いつもこの手が結城を包んでくれた。
「グランマ･･･」
結城はそっと目を閉じる。
祖母の暖かい手が、結城の中に染み入るようだ。
その感触を確かめるように、結城は自分の手をその手に重ねようとした。
「お止めなさい。」
不意に、祖母のものではない女の声が響いた。
結城は驚いて目を見開く。
目の前には、懐かしい祖母の姿は無く、見覚えのある女が厳しい顔で結城を見つめていた。
「あなたは･･･」
目の前にいた女は･･･ＢＡＲの女主人オペラだった。
何時しか頬に感じていた暖かな手の感触も失われている。
辺りの様子も変わり、あの懐かしい部屋ではなく、ＢＡＲのカウンター席に座っていた。
「何故、私はここに居るの？グランマは？」
結城の問いに、オペラは厳しい表情を崩さずに言う。
「人間には過去も未来も無いのです。あるのは今現在だけ。」
「これは夢だわ。」
「夢でも同じこと。」
オペラは扉の方へ歩いてゆくと、そっと扉に手を当てた。
「歪み無く実像を結ぶ世界は現実だけ。記憶は薄れ、夢は朧に見えるもの。･･･元の世界にお帰りなさい。」
「どうして？貴女に指図されるいわれは無いわ。」
結城は実験の為に夢を見ているのだ。
ドリームクラッカーが本当に見たい夢をもたらすのか、試しているだけだ。
そして、望んだ夢が祖母の夢というだけではないか。
「指図･･･ですか。」
オペラはその言葉を聞いてふっと微笑む。
「私は道標。道標は貴女が望んだもの。」
「私が･･･望んだ？」
「そう。奥深く底に落ちないように、引き返す道が見えるうちに戻るための道標。」
その言葉を聞いて、結城ははっと思い出す。
自分でも気づかぬうちに深入りしようとしていたのか？
確かに、深入りせぬようにと眠る前に暗示をかけた。
オペラはその暗示の具現なのか？
「この扉の向うが戻るべき道です。お戻りなさい･･･」
オペラはそう言うとゆっくりと扉を押し開けた･･･。
◆夢の中から
次に気がつくと、結城は元居た部屋に戻っていた。
無機質な天井も、飾り気のない室内も、全て結城が現在住んでいる部屋のものだ。
「･･･目が覚めたの･･･？」
意識はハッキリしている。
しかし、何処か体がだるい。
だるい体を起こして時計を見ると、眠りに入ってからちょうど３時間経っている。
自己催眠の保険が効いたのだろうか。
「なんだかよくわからない夢･･･」
夢という物は本来そんなものなのだが、妙にリアルだった分だけ混乱してしまう。
祖母の暖かな手の温もりが頬に残り、オペラの声が耳に残っているようだ。
しばらくじっとしていると、体のだるさも抜けた。
テーブルに残っている吸殻だけが、取り残されている。
それを見つめていて、祖母との会話が途中で途切れたのは、良かったのかもしれないとふと思った。
あの記憶を最後まで味わってしまったら、どうなっていたのか想像もつかない。
噂にあるように夢から抜けられなくなっていたかもしれない。
リアルな夢に飲み込まれて、現実との境目がなくなってしまったかもしれない。
いずれにしろ･･･あまり良い結果ではなかったかもしれない。
オペラのことも良くわからないが･･･夢と過去というキーワードがあの店を連想させたと考えても違和感は無い。
もっとも、あの怪しげな店のことだから何があっても不思議ではないのだが･･･。
「･･･とりあえず、助けられたのかしらね。」
結城は苦く笑うと、もうすっかり火の気を失った吸殻を処分するために立ち上がったのだった。
The End ?
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0884 ／ 結城・凛 ／ 女 ／ ２４ ／ 邪眼使い
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■ ライター通信 ■
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今日は。今回も私の依頼をお引き受けくださり、ありがとうございました。
今回はこんな感じの展開となりましたが･･･如何でしたでしょうか？
体験談という事で、個別仕様になっておりますが、他の方たちの体験談にも何となく情報が含まれておりますので、もし良かったらご覧になってみてください。ドリームクラッカーの謎？が少しわかるかもしれません。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
お疲れ様でした。
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