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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


女の敵?魔性のケーキ




 食欲の秋。そして女性(または男性)にとって魅惑の食物である洋菓子―…ケーキ。腕の立つパティシエが生み出すケーキは、食べ物といえど芸術品のようだ。

あるケーキ店のHPを見ていると、下のほうに小さく、気になる宣伝文が載っていた。

『厭きても食べたいケーキ』。

これは一体どういう意味なのだろう?

雫によると、どうやらこの一見変哲も無いケーキ店には裏メニューがあるという。その裏メニューとは、まさにダイエットに悩む女性には天敵というべき代物。一口食べたら最後、己の意思に関わらず胃をケーキで一杯に満たすまで『食べさせられる』らしい。如何に美味しくても、女性にとってはたまったものじゃない。

「これは何としてでも阻止しなきゃね!?同じ女の子として許せないわっ」
 雫は拳を握り締めながら、美味しそうなケーキをパクついていた。

―…あまり説得力はない。






「ケーキ…ですか」
 そう呟いたのは天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)だ。長い黒髪を後ろで緩く束ね、清潔感溢れる服装で背筋をピンと伸ばし、雫に入れてもらった紅茶を音を立てずにすする。その視線はただ穏やかに目の前のノートパソコンに注がれている。年齢は18歳ほど、見目麗しい中々の美女だ。
「…女性がそれによって苦しめられているというのならば、何もせずにはいられませんね」
「うん、そうですよねー」
 撫子の独り言のような呟きに反応したのは、志神みかね(しがみ・みかね)。撫子より3つか4つほど若く見える。都内にある某私立高校の制服―スタンダードなセーラー服だ…を着て、撫子の隣に座って足をブラブラやっている。標準ほどの背丈の撫子よりも頭一つ分ほど小柄なみかねは、その分実際の年齢より若く見えた。今時の女子高生には珍しい、真っ黒でそれでいて艶やかな長い髪を揺らし、好奇心に溢れた緑掛かった瞳で撫子を覗き見る。
「でも、美味しそうですよね、撫子さん。魔性のケーキだって。どんな味がするのかな」
「そうですね…でも、少々この宣伝文句が気になりますね。そこまで女性を虜にする洋菓子…」
「…興味、出た?」
 みかねの悪戯心が出た瞳に、撫子はフフ、と笑顔で答えた。
「ええ。…不謹慎かしら」
「そんなことないですよ。私も食べてみたいもん」
 …食べたら危ないと思うが…。
撫子はそんなみかねには何も答えず、ノートパソコンを開けてインターネットのアイコンをクリックする。
「…では、少し調べてみましょうか」
「うん。あ、私聞き込みとかしてきましょうか?雫さんが言うには、そのケーキ屋さんここの近くなんだって」
「そうですか?では、お願いします。私はネットのほうで調べておきますね」
「うん!」
 みかねは笑顔で答え、ネットカフェを後にした。






撫子はそのみかねの背中を見送り、またパソコンのほうに向き返る。
「さて…」
 まず手始めに、洋菓子店のサイト巡りからだ。だが星の数ほどある洋菓子店、そんな短時間ではお目当ての情報は見つかりそうもない。
 そのとき撫子の頭には、あるサイトが思い浮かんだ。以前ネットサーフィンをしているときに見つけた、グルメやショッピング、旅行、コスメなどの女性が喜びそうな情報が口コミによって溢れ返っているサイトだ。そのサイトは、複数居るサイトの管理人たちが、実際に足を運んで見つけた『オススメアイテム』の情報が主だったが、各ジャンルに設置されている掲示板にもサイトの訪問者からの情報はたくさん流れていた。撫子は早速そのサイトに飛び、グルメのジャンルを開いてみる。ここになら、件のケーキ屋の噂も飛んでいるかもしれない。まずは管理人の情報紹介コンテンツからだ。
だが。
「…ない…ようですね」
 撫子は独りで呟いた。さすがグルメのコンテンツ、何処何処の何というケーキが美味しいだの、あそこのケーキ屋はシュークリームがオススメだの、内装に凝っていて5つ星!だの。初めは件のケーキ屋の噂を探していた撫子だが、サイトに載せられているいかにも美味しそうなケーキの写真に段々目が引き寄せられる。
「さすが…皆さんが芸術品を呼ぶのも分かる気がしますわ」
 でも和菓子だって、洋菓子に負けず劣らず美が存在するのだ。どちらかと言えば和菓子派の撫子はそう心の中で呟いて、いつの間にか洋菓子への対抗心を燃やしていた。
 そしてやがて、そんな自分にハッと気が付いて我に返った。今は和菓子と洋菓子の論争をしている場合じゃない。しかも己の中だけで。撫子は首をブンブンと横に振り、もう一度パソコンの画面に意識を集中させる。結局、過去のログを探しても、魔性の魔の字も見つからない。
 それもそうかもしれない。このサイトは所詮女性達の情報収集のためのサイトだ。少しオカルトじみた件の内容は、このサイトにはそぐわない。
 しかし、掲示板でなら?
「…掲示板をあたってみますか」
 そう呟いて、撫子は掲示板のページを開く。そこにはまさしく溢れんばかりの情報が飛び交っていた。だがこの掲示板には、大手サイトの掲示板につきものの検索機能があった。早速それを使用してみる。
「…厭きても食べたいケーキ、と」
 ポチ。
だが、検索結果はゼロ件。心からず肩を落とした撫子は、ふと考え直し、また別のワードで検索し直してみる。再度入力したのは、件のケーキ屋の店名だ。
 内心ドキドキしながらポチ、とマウスをクリックする。
その検索結果は。
「…ありましたわ」
 一件だが、ログに存在していた。しかもそれにはリンクが張られていた。その書き込みには、裏メニューが存在するケーキ店が上げられている。件のケーキ店も勿論中に含まれている。
「…『裏メニューについて興味がある人は、こちらを覗いてみては?』ですか…」
 無論迷わずに、張られていたリンク先にマウスのカーソルを合わせた。



















 少し時間を元に戻そう。聞き込みをする、と意気込んでカフェを出たみかねは、大通りを自分の学校に向かって足を進めていた。まだ早い時間だ、この時間ならばまだ校内に残っている者も多いだろう。校内で一度も件のケーキ屋について噂を聞いたことの無かったみかねだったが、改めて聞いてみると何か知っている者がいるかもしれない。
 やがて高校に着くと、みかねはグラウンドを覗き込んだ。サッカー部が練習前のトレーニングを始めている。
体育館からはバスケ部やバレー部のボールが跳ねる音。いつもの授業時間とは違う活気が溢れている。みかねは真っ直ぐ足を進め、中庭でストレッチをやっているバトン部を見かけた。確かバトン部のマネージャーはみかねのクラスメイトだった筈だ。
「吉澤さん!」
 みかねは、スコアシートを片手にあくびを漏らしているクラスメイトに駆け寄った。クラスメイトの吉澤遥は、一瞬顧問にあくびを見つかったかと体を強張らせたが、声をかけたのがみかねと知って顔を綻ばせた。
「なぁんだ、志神じゃん。どうしたの?アンタ、帰宅部じゃなかったっけ」
「うん、そうなんだけど。ちょっと聞きたいことがあって」
 あたしに?と不思議そうな顔を見せる。みかねは簡潔に、件のケーキ屋の話をしてみる。勿論、こういうケーキ屋って聞いたことある?程度にだが。
「えー、裏メニュー?うーん、あたしは知らないなあ…元々、あまり甘いもの好きじゃないからね」
「そっかぁ…」
 少し残念そうに俯いたみかねを見かねて、遥はストレッチを終えてのんびりしている同学年の部員に右手を上げる。
「ねぇ、ちょっと」
 どうやらみかねのために、他の部員にも尋ねてくれるらしい。みかねはその遥の動作に、ありがとう、と笑顔を見せた。
 何故か、他人はみかねの困った表情を見ると心を動かされてしまう。それはみかねが人を心底疑わず、明るい性格なのだからだろうか、それとも小柄で愛らしい顔つきに、小動物的な可愛らしさを感じてしまうからなのか。みかねが、吉澤さんは優しいなあ等と呑気に思っているうちに、遥が他の部員に次々と聞きまわっていた。そしてやがて、「知ってたよ」とみかねに声をかける。
「ホント?」
 と顔を輝かせるみかね。
「うん、ねえ?」
 遥に肘で押され、仕方ないなあとポーズをとりながら話し出すのは、みかねの知らない顔だった。多分他のクラスの者なのだろう。
「最近、オカルト好きな子から聞いたよ。あのケーキ屋には因縁があるんだって」
 その少女が話し出すと、周りにいた者も次々に口を開く。
「私も知ってる。表のメニューには書いてないけど、すっごい美味しいケーキがあるって」
「表のメニューのケーキは大して美味しくないんだよね、私食べたことあるけど」
「でもその裏メニューのケーキはすっごい美味しいの。それで、思わずおかわりしちゃって」
「気が付けばお皿がどんどん高くなっていって」
「いつの間にか、自分でも何個食べたかわかんなくなるの」
「ちょっと待ってよ」
 遥が理解できない、と頭を抱えた。
「それの何処が因縁でオカルトになるわけ?別に怖くないじゃん。ただ美味しいから止められなくなるってだけでしょ」
 遥の言葉に、周りの少女達は口を尖らせる。
「吉澤ぁ、もっと頭使いなよ。だから怖いんじゃない」
「食べるの止められなくなるんだよ?ケーキなんて、少し食べるからいいんじゃないの」
「何十個も食べさせられてみなさいよ、あんたどうなる?」
 遥は暫し考え込む。みかねは少女達に笑って云った。
「太っちゃうよね」
 みかねの言葉に、あそうか、と手を叩く遥。
「確かに、そりゃ脅威だわ」
 でも、何でオカルトなのと云いたげな遥に、少女達は好奇心を浮かべた目をする。
「だからぁ、ねぇ?」
「ね。ちょっと…あるんだよね」
 クスクス、と顔を見合わせて笑う。みかねは首をかしげて、何で笑ってるんだろう、と思った。
 実際のところ、みかねはいまだに、件のケーキが表現としてそういう風に云われているのだとしか思っていなかった。
無論、本当のことを知っていれば、元々この調査には参加しなかっただろうが。
「ふぅん…皆、食べたことあるの?」
 みかねの無邪気な問いに、少女達は一瞬で固まる。
「そんな…あるわけないじゃん」
「うん…そうだよ。ねえ?」
「だって…ねえ?」
「私、食べたことあるって人知ってる」
 そうポツリと呟いたのは、少女の中の一人。
「私のイトコの友達の妹」
 えらく遠いじゃん、と思わず遥は心の中でツッコむ。
「そんで、どうなった?」
「…分かんない。でも、暫くその子外に出なかったって。誰にも会おうとしなかったみたい」
「……………。」
 暫く無言が広がる。胃にケーキを詰め込まされてブックブクに太ったんだ。だから、外にも出れなかったし、誰にも会おうとしなかったんだ。誰もがそう思っているのは明らかだ。
「そっかぁ、やっぱ食べた人いるんだね」
 一人場違いな明るい声を出したのは無論みかねだ。
「どうも有り難う。部活、頑張ってね!」
 そう云って、手を振ってさっさとその場を去る。
みかねの小さな背中を揃って無言で眺めていたバトン部の面々は、顔を見合わせた。
その心中には、同じ疑問が渦巻いていた。
 …あの子は一体、何をしに来たんだろう?

















「ごめんなさい!待たせちゃった?」
 ネットカフェを出たところで、ぼんやりと空を眺めていた撫子に明るい声が掛かった。撫子がふとそちらを振り返ると、長い黒髪を揺らしながらみかねが駆けてくるところだった。
「いいえ?わたくしのほうも今終わったところなので」
「そう!じゃあ丁度良かったね」
 みかねは息を切らしながら、笑顔で答えた。撫子はみかねの息が落ち着くのを待ってから、一枚のB5ほどの大きさの紙を彼女に手渡す。ハテナマークを浮かべながらそれを受け取り、紙を覗き込む。そこには『annri(アンリ)』というロゴと、あまり細かいとは云えない大雑把な地図。
「これって」
「…例の店の住所です。この近くのようですし、とりあえず行ってみましょうか。行きながらお互いの調査結果について話しましょう」
 みかねは撫子の言葉にコクコク頷いて、彼女のあとについて歩き出す。
 大通りを、撫子がプリントアウトした地図のとおりに歩きながら、まずみかねが口を開いた。
「私、学校行って聞いてきました。そしたら、やっぱり結構な人が知ってたみたいで」
「…噂に?」
「うん、一度食べたら止められないって。すごく美味しいらしいですね」
 最も、その店…アンリの表に出ているケーキは、あまり好評ではないらしいが。撫子はみかねの言葉に少々驚いた風に返した。
「皆さん知ってらしたんですか」
「そうみたい。…何かおかしいことでも?」
 何を驚くことがあるのか、という顔で撫子を見返す。
「いえ…」
 撫子は心の中で呟いていた。
ネットの中で噂が飛び交うならば、何も珍しいことではない。眉唾にしろ真実にしろ、ネットの世界はそういうものだからだ。しかし、これが現実…しかもごく普通の女子高生たちが知っているところとなると…。
「案外、本物かもしれませんね」
 ネットで仕入れたあの情報。撫子は実のところ、裏メニューについて調べ上げているサイトから仕入れた情報については半信半疑だった。曰く、あのケーキ店、『アンリ』は呪われていると。以前不幸な事故で亡くなった少女の怨念が、今でも『アンリ』にとり憑いているのだと。
 だがそこまで考えて、撫子は眉を潜めた。
…少女の怨念と、魔性のケーキと、どのような関係があるというのだ。
「…撫子さん?」
 その場に立ち尽くしてしまっていた撫子に、みかねが不思議そうに声をかけた。
「何やってるんですかぁ?」
「あっ…いえ…何でも…」
 撫子は慌てて笑顔で手を振り、みかねのあとを早足で追いかけた。…みかねには知らせるわけにはいかない。まだ真実だと分かった訳ではないのだし、不確かな不安要素をわざわざ教えることもないだろう。それになりより、みかねは幽霊やら怨霊やらの超常現象が滅法苦手なのだった。そのことを分かっている撫子は、だから敢えて知らさなかった。
 …もし、このときみかねに教えていれば、もっと別の終わり方だっただろうに。
「撫子さんのほうはどうでした?」
 撫子の心中の葛藤など全く知らず、明るい笑顔で撫子に尋ねた。
「わたくしのほう…ですか?」
「そうですよ、ネットで調べてくれたんでしょう?」
 撫子はかいつまんで話した。無論、少女の怨念云々は抜きにして。『健全な』大手情報収集系のサイトには、それらしい情報は皆無だったということ。すこし怪しい代物を扱っているサイトでは、それなりの噂が流れていた。それらの噂は、大概みかねが学校で遥たちバトン部の部員から聞いた話と同じようなものだった。(無論、こちらのほうは更に怨念絡みがくっつくのだが)。
「やはりこちらは結構大きな規模で噂が広がってましたわ。もちろん、表立ったところではないところで」
「…食べた人って居ました?」
 そこがみかねと撫子の気になっていたところだった。いくら広がったところで所詮噂は噂。本当に被害にあった者がいるのだろうか。
「…食べてみる、と豪語した人は居ましたよ」
「…それで?」
 ドキドキしながらみかねは更に尋ねる。
撫子は沈んだ顔で、首を横に振った。
「…それ以降、その方の書き込みはありませんでした」
「ええっ!」
 多少大げさな動作で反応する。
「じゃ、じゃあやっぱり本当なのかなあ…」
 みかねは足をとめ、不安げに目線を上にした。つられて撫子もみなねの視線を追う。そこには、素朴なイメージでデザインされた、『annri』の名の看板。
「…着いちゃったねえ…」
 感慨深く呟くみかねに続くように、撫子はハァとため息をついた。…ここまで来た以上、中に入るしかない。
「行きましょう」
 撫子はみかねを促すが、何故かみかねは店の前に立ち止まったまま、一歩も動こうとしない。
「…みかね様?」
「ねえ、撫子さん」
 恐る恐る、と云った風に撫子に呼びかける。
「裏メニューってことはさ…表にあるメニューとは違うんですよね?」
 何をいまさら。
「そりゃぁ…表に堂々と掲げてあったら、裏とは云わないでしょう」
「そう…だよねぇ。じゃあさ、どうやって裏メニューを頼めばいいの?誰もその方法については知らなかったの。ネットでは何か書いてあった?その、裏メニューを頼む方法について」
「………………。」
 撫子はポカンと呆然として、目の前の小柄な少女を見つめていた。そして同時に、今までそのことを考えもしなかった自分を恨めしく思う。
「…な、成る程…。ネットでも、その方法については何も書いてありませんでしたわ…」
「ねえ、どうしよう?普通に『裏メニュー下さい』って云って出してくれないよねえ」
 暫くウンウン唸っていた撫子は、そうだ、と手をポンと叩いた。そして不思議そうにこちらを見ているみかねに、優しく微笑んだ。
「大丈夫、わたくしに手があります」
















 木製のドアをキィ、と開くと、中から紅茶の匂いが漂ってくる。大分こじんまりとした店内には、4人掛けのテーブルが4つ、それに入り口に備え付けられている様々なケーキの入ったショーケース。全体的にログハウスのような店内は、居るだけで穏やかな気分になれそうだ。みかねはつい、ドアのする横にあるショーケースの中身に惹かれ、中を覗き込む。
「…美味しそう〜」
「そうですね」
 みかねにつられて撫子もその中を覗いてみる。
 そんな二人に、柔らかい声が掛かった。
「いらっしゃいませ、お召し上がりですか?」
 その声にハッと飛び上がる二人。確かにこのいかにも食べてくれと云わんばかりに美味しそうなケーキには後ろ髪を引かれるが、今はそんな場合ではない。
 撫子が振り向くと、そこには白い作業服を着た…パティシエなのだろう、少し大きな腹を抱え柔和な笑みを浮かべている40歳ほどの男性が立っていた。
「…撫子さぁん」
 くいくい、と自分の裾を引っ張っている物云いたげな少女。
撫子は分かっている、と頷いて、
「お忙しいところ申し訳ありません」
 撫子の言葉に、目の前の男性…名札には橘とある、は少々苦笑した。彼の背後の店内には、椅子や机は綺麗に並んでいるものの、肝心の客は全く見当たらない。撫子は内心、しまったと思ったが、仕方なく続けることにする。
「わたくし、A山大学の文学部に在籍しております天薙撫子と申します。サークルで、現在ある共通点を持つケーキ店について調べておりまして。もし良ければ、こちらのアンリさんにもご協力して頂けないかと思い、お邪魔しました」
 何の迷いも詰まりもなくスラスラと云ってのける。
「…本当ですか、撫子さん?」
「まさか。それにわたくしの入っている部は剣道部です」
 フフ、と笑って小さく云う。
目の前の男…橘は訝しげに首を傾け、
「はぁ…ある共通点ですか?何でしょうねえ。まぁウチが手助け出来ることなら何でもしますがね。ほれ、見てこの通り閑古鳥が鳴いてる状態なもんで」
 つまりは暇だということなのだろう。
「有り難う御座います。店長さんに話をお伺いしたいのですが」
 撫子の言葉を遮り、橘が笑って自分を指差した。
「あたしが店長の橘です。いやぁ大学生さんも大変ですなあ。…そちらの可愛いお嬢さんも大学生さん?」
 撫子の後ろに隠れるようにして、二人の会話を見守っていたみかねは、自分に話を振られたので驚いて飛び上がった。
「まさか!」
 何処の世界に、セーラー服を着て歩き回っている大学生がいるのだ。
撫子は苦笑して、みかねを横に立たせた。
「…私の妹で、みかねと云います。ケーキが大好物のもので」
「ははぁ、成る程ね」
 そう云って、橘は二人を店内へと案内する。店の奥には、『店員以外立ち入り禁止』の札が掲げられた、周りの壁に同調した木製のドア。それをキィと開き、二人を促す。
「さぁどうぞ、汚いところですけどね。その協力とやらのお話お聞きしましょ」
 みかねは周りを見渡しながら、撫子にボソボソと呟く。
「…撫子さん、昔演劇部とかに入ってました?」










「…裏メニュー?何ですかソレ」
 調理室に案内され、比較的綺麗な机のあるところに置かれたパイプ椅子に腰掛け、撫子は単刀直入に切り出した。自分達は裏メニューのあるケーキ屋について調べているのだが、貴方のところはどうですか、と。そしてその答えは、橘のポカンとした顔だった。
「…ご存知無い?」
 撫子はそんな馬鹿な、と突き詰める。あれほど噂にもなっているのに、その当人が知らないというわけが無い。
「当たり前ですよ、ウチはしがない街のケーキ屋さん。普段でも客は少ないってのに。その前になんですかその裏メニューってのは。あたしが何か隠してるとでも仰るんで?」
「いえ、そういうわけではないんですが…」
 ゴニョゴニョと語尾を濁らせる。撫子は助けを求めるように隣のみかねを見て、右の口の端をピクピクと動かした。
 そのもそのはず、みかねは二人の会話をそっちのけで調理室を物珍しそうにキョロキョロ眺めていたのだ。
「うわぁ…すごいなぁ、こんな風に作ってるんだ」
 確かにその気持ちもわかるが、今はそれどころじゃない。
「み、みかね様?今がどういう状況か分かってらっしゃるんですか?」
「えっ、あ、はいっ」
 撫子の無理矢理抑えた声に、思わずビクッと体を震わせる。撫子はハァ、と小さくため息をつき、みかねに小さく問い掛けた。
「…あれ、持ってらっしゃいますよね。店長さんに見せて差し上げてください」
「…あれって何ですか?」
「ここまでの地図です。わたくしがプリントアウトした」
 は、はいと頷いて、みかねはカバンの中から地図とロゴが印刷された紙を取り出し、橘に手渡す。橘はそれをジックリ眺めていたが、
「…これが何ですか?」
「それは、ネット上で公開されているこの店のホームページです。その下に、謳い文句がありますよね」
「はぁ?」
 どうやらよく分かっていない風の橘に、みかねは椅子から立ち上がって指差す。
「これです、この、『厭きても食べたいケーキ』ってヤツです」
「何ですかこれ。どういう意味ですか?」
「…………はい?」
 橘の言葉に二人は同時に答えた。
「何ですかこれって…この店のホームページでしょ?そこからプリントアウトしたんですよ!」
「いやぁ…確かにこういう風に作ったのはあたしですけどね、こんな文句書いた覚えないですよ。
ウチは家族だけでやってる小さなとこですからね。ああ、カミさんは今買い物に出かけてますけど」
「そんなこと聞いてませんよう。だって…ねえ?これ…」
 みかねの困惑した目線を受けて、撫子はむむ、と考え込んだ。
 確かのこのホームページを作ったのはこの橘だ。だが、この文句を書いた覚えはないという。更に、裏メニューの存在まで知らないという。…これは一体どういうことなのだろう。それに、情報サイトで仕入れた、あの噂は…。
「…橘さん」
 撫子は切り出した。本当ならばみかねの居る場所では話したくなかったのだが、この際仕方が無い。
「ネットのほうでは、この店についての色んな噂が飛び交っています。例えば、一度口にしたら止められなくなるケーキがあるとか。また……」
 そこで撫子は言葉を切る。そしてみかねのほうをチラリと不安げに見た。
「…以前不幸な事故で亡くなった少女が、この店にとり憑いていると」
「―――………!」
 撫子の言葉に、みかねと橘、両者が絶句する。勿論、お互い違う意味で。
「……そんな……」
 顔面蒼白のみかねに、撫子は御免なさいとなだめるように声を掛ける。
「あなたにこの話はしたくなかったんですが…こういう噂もあったんです」
「じゃあ、この店に幽霊がいるってことですか!?」
 震えた声で叫び、椅子からガタンと立ち上がる。
「いや…ヤダぁ!私、そういうの…駄目なんです…っ」
 ブルブル震えだすみかねの肩を抱き、なだめる。
そしてふと橘のほうを見ると、彼もまた蒼白になって目を見開いていた。
「…橘様?」
「…そんな…杏里が…まだ、ここに…」
 アンリ、という言葉が、撫子には違った意味を持つように聞こえた。未だ震えているみかねを何とか慰め、撫子は橘に問い詰めた。
「…杏里というのは?」
 橘は撫子の言葉にハッと彼女のほうを向く。そしてまた俯いて、ボソボソと呟くように話し始める。
「杏里とは、杏の里、と書きます。…三年前に死んだ、あたしの一人娘です…」
「―……!」
 撫子は絶句して、橘の次の言葉を待つ。
「…あの時分、世間では矢鱈とダイエットっちゅうもんが流行ってました。歳は17、ウチの杏里もその流行に乗って…」
「…乗って?」
「何と…ケーキ屋の娘にも関わらず、ケーキ断ちなんぞ始めちまったんです。ああ…あの馬鹿!今まで散々食っていたものをそう簡単に止められるはずねぇのに!」
「…ケーキ断ち…」
 話が少々変なところに行ってしまった。…不幸な事故で亡くなったのではなかったのか?
「そ、それで、杏里さんは…?」
「1年ほどケーキを断ってましたが…ついに堪えきれず。ようやっと経つのを止めようと思い、学校から一目散にウチへと帰る途中に…車にはねられ…」
 こらえきれずに、エプロンの端で盛大な音を立てて鼻をかむ。
「うっ、うっ…あの馬鹿娘、気が逸るときには良いことなんざねえぞって言い聞かせていたのに」
「はぁ…それは…ご愁傷様です」
 確かに『不幸な事故』だ。その杏里の霊が、今もこの店に居着いているというのだろうか。それに、件の魔性のケーキが杏里のせいだとして、何故そんなものを。ケーキ断ちのせいで死んだのなら、何故ケーキを食べさせようとするのだろう。
 撫子の頭に疑問ばかりが回り、また考え込んでしまう。そんな撫子を横目に、橘は席を立って大きな冷蔵庫のほうに向かった。
「…撫子さんとみかねさんと云いましたっけ」
「…はい?」
 撫子は橘の声に顔を上げた。そして撫子の側でうずくまっていたみかねも、ハッと顔を上げる。何故か橘の手には、二枚の皿が乗っていた。
「…あ、あの…?」
 訝しげに撫子が問い掛ける。橘は赤くなって目を和らげ、二人の前の机に皿を乗せた。
その皿の上には、生クリームでシンプルな飾りをつけられて芳醇な香りを立ち上させている一切れのショートケーキ。上には洋梨がちょこんと鎮座している。
「わぁ…美味しそう」
 幽霊のことなど頭から抜けたのか、みかねは机の側に寄って歓喜の目でケーキを見つめている。
「…橘さん、これは…?」
「ウチの自慢のケーキです。せっかくお越しになったんでどうぞ一口」
「食べていいんですか?」
「ええ。お嬢さん、体が緊張しているときには甘いものは良いですよ」
 満面の笑みを浮かべ、みかねは添えられていた銀色のフォークを手に取る。そしてショートケーキを一切れ口に運ぶ。
「美味しいですっ。これで紅茶があれば申し分ないんだけど」
 呑気に口を動かす。撫子はそのみかねを眺め、それからまた自分の前に置かれたケーキに目を移す。
みかねの云う通り、確かに美味そうだ。だが。
「橘さん…これはもしや」
 不審な目で橘を見つめる。橘は悪びれる風も無く、
「そのケーキはね、生前娘がよく好んで作っていたケーキなんですよ。あたしゃね、娘が死んでから哀しくてメニューから下げちまってね。あいつぁケーキ作りもよくしてたっけなあ…」
 遠い目をして云う。
「…………!!」
 つまりこれが、その魔性のケーキだ。早くして亡くなった少女が好んで作っていたケーキ。今ではメニューには載っていない…。
 撫子はまたもや絶句するハメになった。慌てて隣のみかねを静止する声を上げる。
「駄目!みかね様、これを食べては…!!」
 みかねのほうを振り向いて、撫子は固まってしまった。みかねはフォークを口にしたまま、目を白黒している。明らかに、普段のみかねではない。
「橘様!このケーキは…!」
 その言葉は途中で消えた。橘は、先ほどの柔和な笑みとは違う怪しい笑みを顔に浮かべていたのだ。
「貴方は……本当は、知って…」
「撫子さんもどうぞ?美味しいですよ。あたしが自信を持ってオススメします」
 くっくっく、と堪えきれず、笑い声をこぼす。
「何故…?」
 撫子はみかねを庇うように後ずさる。まだみかねは次の一口を口にはしていない。何とか思いとどまっているようだ。だが彼女がパニックに陥るのも時間の問題だろう。
「何故って?そりゃああなた、娘の願いをかなえてやるのは、親として当たり前ことでしょ」
 橘がクスリと嗤った瞬間、調理室の電気が消えた。突然真っ暗になった部屋に、撫子とみかねは慌てて周りを見回す。
 そして静かで冷たい声が、天井のあたりから聞こえてくる。
『…だって、悔しいのよ』
 その声が耳に届いた瞬間、撫子は背筋がざわつくのを感じた。バッと上を見ると、撫子の予想通り、なにやら白っぽいものが漂っている。それは段々と人の形をとり、眺めているうちに肩までの髪を持つ少女の形になった。
『…わたしが食べられないのに、皆食べてるの。美味しそうに…ウチのケーキはそんなに美味しくないのに…』
 こっそりポツリと失礼なことを付け加えたりする。その言葉を聞いた橘の肩が心なしか下がった。
「…あなたは杏里様ですね?」
 撫子は天井を漂っている少女に向かって声を張り上げた。少女の口元が歪み、
『…そうよ?それが何か?』
「何故こんなことを。あなたにとって、ケーキを食べている人が羨ましいのでしょう。何故、さらに食べさせるようなことを?」
 撫子の言葉を聞いた少女…杏里は、けたたましい嗤い声を上げた。
『アハハハハ!!ダイエットに悩んでるヤツに、もっともっとケーキを食べさせてやるの!わたしはダイエットに失敗したわ、簡単に痩せるなんてつまらない!』
 撫子は頭を抱えた。…どこか根本的に間違っている。
「…貴方は、ダイエットに失敗なんかしてませんよ。元々太っていないじゃないですか」
 確かに、杏里の外見は、太っているとはいえないものだ。むしろ痩せている分類に入るだろう。だが杏里は撫子の言葉が気に障ったようだ。
『皆そういうの!皆そう云いながら、心の中ではわたしを嘲ってるんだわ!わたしには判る!』
 彼女の言葉とともにピシィッと何かが割れる音がする。
撫子はさらに頭を抱えた。思い込みの激しい人間というのも困ったものだが、思い込みの激しい幽霊もさらに厄介なものだ。ヒステリックになにやら叫んでいる杏里を必至になだめようとする橘を横目で眺め、撫子はふと隣のみなねのほうに振り向いた。
 そして一瞬で固まる。
「……み、みかねさま…落ち着いて。ね?」
 橘同様、必至でみかねをなだめる。みかねは両の眼を大きく見開いて、天井の杏里をジッと見つめていた。その口は半開きでカチカチと震えている。ケーキの魔力より、幽霊の恐ろしさのほうが勝ったのか、みかねの前の皿は一口手をつけたままで置かれている。そのみかねの存在にようやく気がついたのか、杏里はひゅうと冷たい空気をまとって彼女の目の前に飛んできた。そしてみかねの前のケーキに指を指し、
『…食べなさいよ、全部。美味しいんだから。止められなくなるほど美味しいんだから!わたしが作ったのよっ!?』
 ヒステリックな叫び声がみかねに向けられ、みかねはふぅっと力が抜けたように首を後ろに傾けた。そして緑の目をカッと見開き、
「きゃああああああああああああああああああぁあッ!!!!!」
 耳をつんざくようなみかねの悲鳴に、撫子と橘は思わず耳を手でふさぐ。それは幽霊の杏里にも同様だったようで、暫くその透明な体を固まらせた。
『こっ、この小娘…っ!やかましいのよっ!』
「イヤああああああっ!!!」
 ぐわっとみかねに迫る杏里に、また甲高い悲鳴を上げる。撫子は慌ててみかねに駆け寄ろうとし、そして背後のガタンという物音に身をすくめる。
「ま、まさか…」
 恐る恐る背後を振り向く。
 そこには、まるで己の意思を持ったように宙に浮かんでいる大きな鍋。やがて菜箸、泡だて器、軽量スプーン…それらの器具まで宙に浮かび始める。
「うわっ…これは、まさか…杏里が!?」
 呟く橘の首根っこを掴んで、撫子は慌てて大きな戸棚の陰に隠れた。
「違いますっ!これはみかね様のお力なんです」
 撫子の云うように、みかねには潜在的に念動力が備わっていた。だがその力はみかね本人の意思では働かず、みかねに危機が迫ったときや、錯乱状態のときのみに発揮される。それ故、その攻撃は無差別なのだった。
「…あの子が?まさか!」
 驚いてみなねの方を向く。当のみかねは、しつこく彼女のあとを追う杏里から悲鳴を上げて逃げ回っていた。
「…助けなくていいのかい?」
 この事態を招いた張本人が呑気に撫子に尋ねた。撫子は橘の図太さに呆れながら答える。
「…この場にわたくしが出て行っても、飛んでくるあれらに襲われるだけですわ」
 撫子が指を宙に浮かぶ器具たちに指をさす。
ハテナマークを顔に浮かべた橘のまさに目の前で、ピュウとすごい勢いで何かが横切った。
「うわわっ」
「今のは軽量カップですね」
 冷静な声で撫子が解説する。今の彼女に出来ることは、ただこの調理室が最低限の被害で済む事を祈るのみだった。
『な、何っ!何なの!?』
 突然起きた現象に、杏里は幽霊らしからぬ慌てた声を上げた。みかねは、というと錯乱状態できゃあきゃあと逃げ回っている。今では調理室の様々な器具、食器、果ては調味料までがブンブンと宙をすごいスピードで飛び回っていた。無論、みかね本人を避けて。
『きゃあっ』
 杏里めがけて飛んできた泡立て器に、彼女はギリギリで身を避ける。
『…ムカッ』
 本来ならば皆を震わせる幽霊のはずの自分が、何故かこの小柄な少女に恐れを抱いているこの状態に腹が立ち、丁度飛んできたスプーンをガシッと掴んだ。その様子をジッと傍観していた撫子が驚きの声を上げる。
「…杏里様は、モノをつかめるのですか?」
「そのようだね。何故か、あの馬鹿娘が怒ったり感情が高まったときには、モノに触れるらしいんだよ」
「そんな馬鹿な!」
 だが実際、目の前の杏里は、幽霊であるにもかかわらず小さなスプーンを握り締めている。
「非常識ですわ」
「まぁ確かに」
 憤慨した撫子の声に、ウンウンと頷く橘。どこか呑気な二人だった。
『この小娘っ!何でわたしがビビらなきゃいけないのよっ』
 殆ど八つ当たりで、杏里はスプーンをみかねに向かって投げつけた。結構な勢いで投げつけられたそれは、みかねに当たる前にカクッと杏里のほうに向きをかえる。
『何でっ!』
 明らかに重力を無視したその動きに、悲鳴を上げて避ける。無論みかねに意思があっての動きではない。だが杏里はさらに怒りを増したようで、
『ムッかつく〜。わたしは幽霊なのよっ!?もっと怖がりなさいよっ!』
「みかね様は明らかに怖がってると思いますけど」
「…昔っから、自分の意に反することがあると誰かれ構わず逆ギレする子だったからねえ」
 よくそんな人間が1年もケーキ断ちを続けられたものだ。
『ほらほらっ……きゃあ!』
 杏里は怖がらせようとみかねのほうに寄るが、四方八方から飛んでくる物たちから避けるのに精一杯のようだ。
『ああん、もう…こうなったらっ!』
 すぅ、と息を吸い込み、叫ぼうとした瞬間―……

      カンッ!

小気味の良い音が、杏里の後頭部から聞こえた。
『いッ………痛ぁ〜』
 痛みに身をよじり、後頭部に手を添える。杏里の背後から、大きなボウルがガン、と床に落ちた。
 撫子はそのボウルを見て、同情のため息を漏らした。
「それは…さすがに痛いと思いますわ」
 幽霊に痛覚があるのならば、の話だが。
『もっ、もう…もう…!!』
 杏里の額にプチプチと血管が浮き上がる。
『もう我慢の限界よっ!!』
 そう叫んだかと思うと、杏里の体が足の先のほうから消え始めた。
それに驚いて橘が叫ぶ。
「杏里っ!何処に行くんだお前は!」
『もうわたし嫌っ!こんなとこ知らない!パパたちだけで切り盛りしてよっ!もうわたし成仏するっ!!』
「…はい?」
 今何と言った?
撫子が聞き返そうとする間にも、どんどん杏里の体が消えていっている。撫子は慌てて、床に落ちたボウルを拾って頭をカバーし、宙に飛び交う物たちの中に飛び出した。
「ちょっと待って、杏里様!」
『何よぉ?わたし、もう成仏するんだから放っておいてよ!もう楽しくないし!』
 …楽しかったのだろうか。
撫子は頭を抱えたい気持ちをどうにか抑え、杏里に向かって声を張り上げた。
「貴方、さっき自分が太っているといいましたよね」
『…そうよ…どうせアンタもそう思ってるんでしょ!』
 もう胸のほうまで消えかかった杏里は、撫子を睨みつける。だが撫子は、その杏里に微笑みかけた。
「…そんなこと、一言も思ったことはありません。貴方は十分…綺麗ですよ」
 ボウルを頭に被ったまま、こんなことを云う自分は結構間抜けに映るかもしれない。だが撫子は云っておきたかったのだ。このまま成仏するのなら、杏里は哀れすぎると思ったから。自分に自信が持てないまま死んで、そして幽霊となった今でも他人の不幸を願っている。そんな杏里が寂しいと思ったから。
「…本当ですよ?」
 杏里はそんな撫子に、フン、と鼻で笑い、
『…どいつもこいつも嘘吐きだわ』
 と言い残して消えた。
だが撫子は見た。
杏里が消える瞬間、彼女の口元が満足げに微笑んだのを。


















 そして数日後。
みかねは、雫からたっぷり皮肉めいた笑い声を聞かされていた。
「やっぱりみかねちゃんはすごいねっ!幽霊に嫌気をささせるんだから!そんじょそこらの人には出来ないよ〜あっはっは!」
「雫ちゃん…もう云わないでよう。私、ホント怖くって…そんなことが起こったのもわかんなかったし」
「じゃあ尚更良かったじゃない!わかんないうちに終わったんだからさ〜」
「…そう…なのかな?」
 撫子のほうは、というと。
「人間って……よく分からないものですわ」
 遠い目をしてそう呟き、お気に入りの緑茶を音も立てずにすするのだった。


 余談だが、当のケーキ屋『annri』は、更なる新商品の開発に寝る間も惜しんで張り切っているらしい。
今度は、本当に美味しいケーキを目指して。




 

                        End,








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0249 / 志神・みかね / 女 / 15 / 学生】
【0328 / 天薙・撫子 / 女 / 18 / 大学生(巫女)】

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■         ライター通信          ■
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今日和、新人ライターの瀬戸太一です。
今回非常に遅れてしまって大変申し訳アリマセンでした…。
次回からはこのようなことのないように深く反省いたします。

参加して頂いたみかねさん、撫子さん、ご協力有り難う御座いました。
おかげさまで幽霊の杏里も無事(?)成仏、ケーキ屋もどうやら更正の道を進み始めたようです。
今回女性のお二方の参加ということで、少々ご姉妹の雰囲気もあり楽しく書かせていただきました。
どうぞ楽しんでいただけたら光栄です。

それでは、またどこかでお会いできることを祈って。
また感想・批判・苦情(汗)等ありましたら、テラコンのほうよりお送りくださいませ。