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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


命綱を断ち切れ

その男は、明らかに異様な雰囲気を漂わせていた。
「私は、『N.Maddog』と申します。無論、本名ではありませんが」
にこりともせずに、その黒衣の男はそう名乗った。





中に通されると、男は開口一番こう尋ねた。
「あなたは、悪魔との契約というものがあることを信じますか?」
「半々だな」
草間が曖昧に答えると、男は表情一つ変えずにいった。
「では信じていただきましょう。そうしないと話が進まない」
その言葉に、草間は小さく頷いてみせる。
男はそれで草間が了解したということを見てとると、一呼吸おいてから説明を始めた。
「悪魔との契約の基本は実に単純です。悪魔は願いを叶え、人は魂を売り渡す」
「伝承の通りに、か」
草間の言葉に、今度は男の方が首を縦に振った。
「そうです。そして伝承にもあるように、契約に違反するのは、ほとんど常に人間の方です」
そういいながら、男は懐から一枚の写真を取り出した。
一人の、どこにでもいそうな初老の男の姿が写っている。
「名前は三枝幹規(さえぐさ・みきのり)。
 大手S社に勤務するサラリーマンで、今年で五十九になります」
なるほど、言われてみれば、男が向かっている先にあるのは、間違いなくS社の本社ビルである。
草間が写真を机の上に置くのを待って、男は再び口を開いた。
「この男は、大学時代にある悪魔と契約を結び、その悪魔の力を借りて一人の女性の愛を勝ち取りました。
 そして、それからもうすぐ四十年になります。
 三枝が悪魔とかわした契約の期間は四十年、つまり、もうすぐ彼は魂を悪魔に差し出さなければならないのです」
「ところが、三枝はそれを拒んでいる、と?」
「ええ。最近になって、突然お守りや聖人像を集め始めたり、教会に出入りしたりするようになりました。これは、明らかに契約に違反する行為です」
そこまで言うと、男は一度目を伏せた。
「そこで、悪魔は一人の『魂取り立て人』を雇いました。
 その取り立て人の仕事は三枝を殺すこと。
 もちろん、できるならば自分のことが表に出ぬよう、不幸な事故に見せかけて、です」
男の口調は、静かで、淡々としており、まるで自分とは何の関係もない話をしているようにさえ思えた。
しかし、その男こそが取り立て人であることは、もはや疑うべくもなかった。
「それから何度か、取り立て人は三枝を殺すべくいろいろと試みました。
 ところがこの男、不自然に運が強いようで、なかなか不幸な目にあってくれない。
 いつも犠牲になるのは別の人物で、三枝本人は間一髪のところで危険を避けてしまうのです」
それを聞いて、草間は机を叩いて叫んだ。
「ちょっと待て! それじゃあ……」
だが、男は一向に動じることなく、冷たい目で草間を見つめながらこう続けた。
「二週間前の山手線の人身事故、八日前の新宿での通り魔事件、三日前の建設現場からの落下物、そして昨日の居眠り運転による交通事故。
 これらの事件は、全て私が三枝を殺すために起こしたものです。
 もちろん、原因となる要素はあらかじめ揃っていたわけで、私は最後の一押しをしたに過ぎませんが」
間接的にとはいえ、自分が人を殺したことを何の感情もこもっていない様子で語るこの男に、草間は強い嫌悪感と、そして微かな恐怖を感じた。
そんな草間の様子に注意を払うでもなく、男は相変わらずの調子でさらに話を続ける。
「クライアントからは矢の催促でしてね……私としてはこれ以上他の人を巻き込まずに済ませたいのですが、このままではそうも言っていられなくなりそうです」
そこまで言うと、男はあらためて草間の方に向き直り、落ち着いた、しかし有無を言わせぬ口調でこういった。
「草間さん。あなたの力で、三枝の悪運の原因を探り出して下さい」
「俺に人を殺せというのか?」
怒りに駆られ、つい草間が声を荒げる。
「あなたは調べるだけでいい。
 実際にその原因となっているものを取り除き、三枝を殺すのは私の仕事ですから」
男は言い聞かせるように草間にそう説明したが、もちろん草間はそんなことでは納得できなかった。
「人殺しの下準備をしろということだろう。同じことだ」
草間がなおも拒否すると、男は小さくため息をついた。
「あなたが協力して下されば、死ぬのは三枝一人で済みます。
 しかし協力していただけないのならば、私はもっと大きなことを起こすしかない。
 数十人単位で死傷者が出る事件を、三枝が巻き込まれるまで起こし続けることも辞さない覚悟です」
そう言い放った男の目は、間違いなく本気だった。
驚きと恐怖のあまり草間が声も出せずにいると、男はもう一度ため息をつき、おもむろに席を立った。





「三日後に、あなたのお返事を聞きにもう一度伺います。
 言っておきますが、私をどうこうしたところで問題は解決しない。
 何があろうとも、彼は……三枝幹規は、契約に従わなければならない。わかっていただけますね」
最後にそう一言いい残すと、男は草間興信所を後にした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その翌日、草間興信所には五人の人物が集まっていた。
「運気の流れが見え、またそれをある程度調整できる」という力を持つ女子高生ギャンブラー、南宮寺天音(なんぐうじ・あまね)。
表向きはバーのマスターをしているが、実は悪霊退治屋をやっている城之木伸也(じょうのき・しんや)。
ありとあらゆる職業のスキルをそれなりに備えている派遣会社職員、唐縞黒駒(からしま・くろこま)。
腕利きのエンジニアであり、また相当の魔力も所持している霧原鏡二(きりはら・きょうじ)。
そして、この興信所の主である草間武彦である。





「と、こういう話なんだが」
事情の説明を終えて、草間が一度ため息をつく。
そして、集まった四人の顔を見渡しながら、真剣な表情で尋ねた。
「正直に言って、こんなケースはさすがに初めてでな。
 依頼を受けるべきか、断るべきか……どう思う?」
その問いに、真っ先に答えたのは天音であった。
「うちもその依頼人は気に入らんけど、依頼自体は引き受けた方がいいと思います」
「ふむ」
草間は一つ頷くと、残りのメンバーの方を見て、黒駒が何か言いたそうにしていることに気がついた。
「黒駒、どう思う?」
草間が話を振ると、黒駒は一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、控え目な口調でこう答えた。
「あ、あの……ボクは、この依頼を受けることには反対です」
「なんで?」
反対の意見を出された天音が、不思議そうに黒駒の方を見る。
「ボクは、この契約に効力があるかどうか自体疑わしいと思っています。
 聞いたレベルのことで強制性が何とかなるなら、悪魔に魂を売る人はもっと多いんじゃないでしょうか」
黒駒が自分の考えを述べると、今度は鏡二が口を開いた。
「確かに、契約の内容や、双方に違反がなかったかについては、詳しく聞いてみる必要があるだろう。
 だが、それとは別に、仮に契約に問題がなかった場合、依頼を受けるかどうかも考えておくべきだろうな」
「はぁ」
黒駒の考えにも一理あるが、それはあくまで仮定でしかない。
そこを突かれては、彼も引き下がるより他なかった。

話が振り出しに戻ったのをみて、再び天音が自説を展開する。
「もう一度言いますけど、うちは受けるべきやと思います。
 ここで断ったところで、問題は何も解決しまへん」
すると、今まで黙っていた伸也がこれに反応した。
「確かに、我々が依頼を断れば、ヤツは無関係な人間を殺し続けるでしょう。
 ですが、やはり俺は殺人の手助けはしたくありません」
「せやけど、悪魔と契約をして、実際に望みのものを手に入れたんやから、代償を支払うんは当たり前やないか」
複雑な表情の伸也に、顔色一つ変えずに天音がそう言ってのける。
その様子を見て、鏡二がこう提案した。
「確かに、契約からいけば三枝は死ぬべきだろうが、彼の気持ちもわからなくはない。
 依頼を引き受ける代わりに、三枝の契約期間を伸ばしてもらうなり、報酬を別のものに変えてもらうなりすることは出来ないだろうか」
「なるほど……だが、そうすると、こっちとしては何の収入も得られないことになると思うが、いいのか?」
草間がそう確認すると、全員を代表するように伸也が答えた。
「この場合、やむを得ませんよ。人の命と引き替えに何かを得たいとは思いませんし、第一、悪魔から報酬を受け取るというのもぞっとしませんからね」
提案者である鏡二はもちろん、黒駒も異存はないというように小さく頷く。

「なんや、皆お人好しやなぁ。まぁ、ええけど」
天音は呆れたようにそう言ったが、特に反対はしなかった。
金銭的な収入も得られるならば欲しいところではあったが、それ以上に「三枝の悪運の秘密」に興味を持っていたからである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

草間たちが対応を相談してからさらに二日後。
約束通り、「N.Maddog」は再び草間興信所に現れた。

「お約束通り、先日のお返事を伺いに参りました」
慇懃無礼にそういうと、男は薄ら笑いを浮かべたまま部屋へと入ってきた。
季節は晩秋、時間は夕方。ただでさえ「涼しい」を通り越して肌寒く感じる室内の気温が、この男が現れたことによってさらに数度引き下げられたようにさえ感じられる。
その冷たい目で草間興信所に集まった面々を見渡すと、男は満足したようにこう呟いた。
「なかなか優秀なスタッフがお揃いのようだ」
普段なら誉め言葉ととれるこの言葉も、この得体の知れない男が、しかも薄ら笑いを浮かべたままで口にすると、その真意がどこにあるかはほとんどわからない。
一同が沈黙を守っていると、男はやれやれというように首を振った。
「どうやら、皆さんはあまりおしゃべりをする気分ではないようですね。
 でしたら、こちらも無駄話は抜きでいきましょう。
 草間さん、三日前にお話しした件、引き受けていただけますね?」
草間がノーと言うはずがない、言えるはずがないと確信したような口調。
その様子にかなりの不快感を感じたらしく、草間は苦々しい表情で答えた。
「依頼の方は引き受けようと思う。ただし、そのかわり、こちらの提案もいくつか聞いてもらえないか」
「伺いましょう」
全て最初から予測していたかのように、男は草間の申し出を快諾した。





最初に男に対して提案を行ったのは、草間を除くメンバーの中では最年長の伸也だった。
「草間さんから聞いた話だと、あなたはすでに無関係な人を何人も殺しているそうですね」
「不本意ながら、そういうことになりますね」
「その人達の魂は、すでに三枝の魂の代わりとしても充分な数ではないのですか?」
伸也がそう提案すると、男は少し首を傾げてこう聞き返した。
「つまり、三枝の魂の代わりに、『三枝の代わりに殺してしまった人々』の魂をもっていけばいい、ということですか?」
「ええ、そういうことになります」
伸也が頷くと、男は腕を組んで、考え込むようにしながらこう答えた。
「契約内容の変更に関しては、残念ながら私の一存では出来かねます。
 このお話は一度クライアントの所に持ち帰り、そこで一度相談させていただきたいと思います。
 ……まあ、その条件でしたら、クライアントのOKを得るのは難しいことではないでしょう」
その言葉を聞いて、伸也が安心したような表情を浮かべる。
だが、それも一瞬のことであった。
「それにしても……死人に口なし、ということですか」
男がわざと聞こえるようにそう呟くのを聞いて、再び伸也の表情が険しいものに戻った。
「どういう意味です?」
伸也がその真意を問いただすと、男は軽く肩をすくめてこう説明した。
「ただ死ぬということと、魂を悪魔に引き渡すこととの間には、あなたが考えている以上に大きな違いがあるんですよ。
 あなたの提案が受け入れられれば、もうこれ以上誰もこの件で死ぬことはなく、三枝の命も救われる。
 その一方で、運悪くこの一連の事件で命を落とした人たちは、永遠にいわれなき苦役を課せられることになるでしょう。しかし、その怨嗟の声は地獄の底に吸い込まれるのみで、誰の耳にも届くことはありません」
伸也がその言葉に愕然としていると、男はなおも続けた。
「それに、悪魔というものは神経質なまでに契約にこだわるものですから、実際に契約を改正するとなれば、クライアントが直接出向く……のは難しいでしょうから、私が代理人として三枝の所に行き、契約を改正することになるでしょう。
 もしそれで三枝が喜んでこの案を受け入れるようなら……はたして、本当に彼を救う意味はあったと言えるのでしょうかね」
そこまで言われて、伸也は自分が完全に相手の術中にはまっていたことに気づいた。
自分の提案では、三枝が自分のために他人を犠牲にすることを何とも思わないような最低の人間であった場合しか、三枝を救うことは出来ない。
そして、もし、三枝がそのような人間であった場合、罪もない人間に永遠の苦役を強いてまで彼を助ける理由は全くなかった。

伸也の提案がうまくいかなかったのを見て、次は鏡二が口を開いた。
「その契約の話なのだが、契約の詳しい内容を教えてもらいたい」
「おやすい御用です」
男は一度頷くと、契約の内容について語り始めた。
「まず、三枝の側の要求は一点。
 ある女性――現在、三枝の妻となっている女性です――に、三枝に対する強い恋慕の情を抱かせしめ、契約期間の間これを維持すること。
 そして、こちらからの要求も一点。
 契約締結より四十年が経過した場合、もしくは、四十年以内であっても三枝が死亡した場合、契約期間は満了したものとし、三枝の魂は契約相手である悪魔に引き渡される。
 この後、悪魔と契約する場合の基本的な条項として、『神を否定すること』など、契約者である三枝の方にある程度の制約が課せられています」
それを聞いて、鏡二はどうやら自分の思惑が外れたらしいということを悟った。
悪魔側に課せられた条件は、三枝の妻の気持ちを三枝の方に向けておくという一点だけであったし、そもそも、その時点で失敗しているのなら、ここまで強く報酬を要求してくるとも思えない。
「なるほど。では念のために聞いておくが、そちらの側に違反はなかったんだな?」
念のために鏡二は尋ねてみたが、男は自信を持ってこう返してきた。
「もちろんです。
 先ほども申し上げたように、悪魔というものは契約内容については神経質ですからね。
 こちらの側には一切の違反はないと断言できます」
こう自信たっぷりに言われては、証拠もないのにそれを否定することなどできようはずもない。
やむなく、鏡二は次善の策に出た。
「わかった。では、こういう案はどうだろうか?
 私が魔力を使って三枝の魂を増幅し、それによって増えた部分を切り離してそちらに渡す。
 その代わり、残りの部分は三枝の寿命が尽きるまで待つ、と」
それを聞いて、先ほどから黙っていた伸也も別の案を出す。
「あるいは、我々が調査する代わりに、三枝の契約期限を三十年ほど延ばしてもらう、というのは不可能でしょうか?」
男はそれらの代案を黙って聞いていたが、やがてにやりと笑ってこう答えた。
「私の返事は先ほどと同じです。
 クライアントと相談した後、OKが出しだい三枝に会って契約を改正する必要があります。
 その際には、これまでの経緯についても話す必要が生じてくるでしょうね」
半ば予想はしていた通りの答えに、伸也と鏡二は顔を見合わせて嘆息した。

と、その時。
「あの、ちょっといいですか」
最初からずっと何か言いたそうにしていた黒駒が、ようやく思い切って声を上げた。
「あなたも、何かいい案がおありですか?」
男が問いかけると、黒駒は軽く首を横に振った。
「いえ、代案というわけではないんですが、こういうことは考えられないでしょうか?
 三枝さんの契約について知った家族の誰かが、三枝さんを守るために、あなたのクライアントと同程度、ないしはそれ以上のレベルの悪魔と契約を交わした、ということは」
「なるほど、これは面白い解釈ですね」
黒駒の提案を聞いて、男はいかにも興味のありそうな様子で身を乗り出す。
しかし、黒駒が特にこれといった証拠を持っておらず、それ以上自説を展開することが出来ないことに気づくと、再びもとの様子に戻ってこう続けた。
「ですが、証拠がないのでは、その説も仮定の域を出ません。
 仮にそうであるとしても、その証拠となりうるものを見せていただきたいですね。
 ちなみに、もしそうであった場合、三枝には別の同等以上の価値を持つもので代償を支払ってもらうことになるでしょう。
 契約の改正が必要になるであろうことは、もちろん、言うまでもありませんね」
それでは何の意味もないことも、黒駒は言われなくてもわかっていた。





「さて、これでそちらの提案というのは全部ですか?」
そう言いながら、男はおもむろに席を立った。
「もしこれで全部でしたら、私はそろそろ失礼させていただきます。
 調査の方、くれぐれもよろしくお願いしますよ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「さて、どうしたもんか」
「N.Maddog」が立ち去った後、草間がぽつりと呟いた。
結局残ったのは「依頼を引き受けた」という事実だけで、特に役に立ちそうな代案は出すことが出来なかった。
「どうもこうも、一旦引き受けた以上、やるしかないやろ」
あっけらかんとした調子でそう言ったのは、初めからそれほど代案の必要性を感じていない天音である。
「ですが、それではみすみす三枝を死なせることになります」
「別に問題ないやないか。もともとそういう契約なんやし」
伸也の言葉も、そもそも三枝を助ける気がない天音にはほとんど効果がないようであった。

一方、その横では鏡二と黒駒が懸命に打開策を考えようとしていた。
「代案を受け入れさせるためには、契約を改正しなければならない。
 契約を改正するには、契約者である三枝自身にこれまでのことを話さなければならない。
 つまり、三枝は自分が間接的に犯していた罪の重さを知らねばならない、か」
抜け道の見あたらない三段論法に、鏡二が一つため息をつく。
「三枝がまっとうな人間なら、そのことで彼を追いつめてしまうことになるだろうし、
 逆に彼がほとんど動揺しなければ、彼は助ける価値もない人間ということになる。
 悪人だけが生き残れるとは、まさに悪魔の思うつぼだな」
と、鏡二がそこまで考えたとき。
「……あの」
黒駒が、何かを思いついたように鏡二に声をかけた。
「何かいい案でも浮かんだか?」
鏡二のその言葉に、部屋にいる全員の視線が黒駒に集中する。
それを受けて、黒駒は少し自信なさそうにこう言った。
「向こうは、さっきの依頼人が『代理人』として契約を改正する、って言ってましたよね。
 それなら、こっちも『代理人』を使えばいいんじゃないでしょうか?」
その案に、伸也が真っ先に賛成する。
「なるほど。三枝に事情を話してこの契約に関する全権を任せてもらい、契約改正後に結果だけを報告すれば、彼に余計なことを知らせずにすみますね」
「そうだな、それでいこう」
続いて鏡二も賛成の意を示すと、天音も特に反対はしなかった。
「まぁ、みんながそれがいいって言うんやったら、うちは反対せえへんけどな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

その翌日。
天音は、一連の事件に詳しそうな情報屋のもとを訪ねていた。

「最近起きた事件の話ねぇ」
「そや。山手線の人身事故と、新宿での通り魔事件。
 それに、一週間前の建設現場からの落下物と、四日前の居眠り運転による交通事故。
 この四つの事件についての情報が欲しいんやけど」
天音がそういうと、情報屋の男はしばし考え込むようなふりをした後、含み笑いを浮かべてこう言った。
「そんなに面白い事件じゃないはずなんだが……まぁ、それなりにネタは入ってきてるぜ」





情報屋と別れた後、天音は受け取った情報を頭の中で整理していた。

山手線の人身事故は、ふらついた酔っぱらいが電車待ちの人の背中にぶつかったせいで起こっている。
新宿での通り魔事件は、犯人が「ムシャクシャしていて誰でもよかった」と供述している。
建設現場からの落下物は、鉄筋を持ち上げていたワイヤーが老朽化していたらしく、居眠り運転による交通事故は、過密スケジュールによる運転手の過労が原因だった。
どれも、「N.Maddog」の言うように「事故が発生する要因」は全て揃っており、特に不審な点は見受けられない。

しかし。
通り魔事件の犯人の、ある供述が気にかかった。
「最初はたまたま目についた爺さんに切りつけようかと思ったんだが、その時ちょうど後ろで騒いでるカップルの声が耳に入って、急に腹立たしくなってそっちに切りつけた」
この「たまたま目についた爺さん」が三枝であるという証拠はないが、状況から考えてまず間違いはないだろう。
(明らかに三枝を狙って起こした事件のはずやのに、たまたま近くにもっと運の悪いヤツがいて、そっちが犠牲になってもうた、ということやな)
天音はそう考えると、次の情報屋のところに向かった。





次の情報屋から得られた情報は、もっと興味深いものだった。
三枝は極端に「何か」を恐れていたらしく、あちこちの神社や寺、教会などは一通り回った上、雑誌に広告が出ているような怪しげな「開運グッズ」の類まで買い漁っていたとのことである。
(宗派も何も関係なしに手当たり次第回ったかて、そんなに御利益があるとも思えへん。
 せやけど、雑誌の通販で買えるものなんか、ほとんどインチキばっかりやからな)
天音は少しの間そう考えていたが、結局は「本人に当たってみるのが一番早い」と考え、一旦草間興信所に戻った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

伸也が草間興信所に戻ると、先に戻っていた天音が声をかけてきた。
「尾行、ご苦労さん」
「なんだか、苦労しただけに終わってしまいましたけどね」
とりあえずそう答えると、片隅の椅子に座って、次になすべきことを考えようとする。
しかし、その試みは、天音の次の言葉によって中断させられた。
「それやったらちょうどええわ。明日、ちょっと手伝って欲しいことがあるんやけど」
「明日、ですか?」
「せや。明日の朝と夕方、ちょっと試してみたいことがあるんや」
そう言うと、天音は伸也の隣にやってきて、彼女の考えた「作戦」を耳打ちした。
その内容を聞いて、伸也はついこう聞き返した。
「別に構いませんけど、なんで私なんです?」
「雰囲気的に、伸也さんが一番適任やねん。
 うちや黒駒さんじゃつとまらへんし、鏡二さんもちょっと違う感じやからな」





次の朝。
伸也の案内で、二人は三枝が通勤時にいつも利用するバス停の側の喫茶店の中で待機していた。
「あと二分くらいで来るはずです」
伸也がそう言うと、天音はこくりと頷いて窓の外に目をやった。
バス停では、すでに数人の人がバスを待っている。
その数人の運気を、天音はなんとはなしに調べてみた。
(そこの二番目の人、だいぶ運気が沈みぎみやな。ここで何か起きたりせんとええんやけど)
と、天音がそんなことを考えていると、伸也が小さな声で天音に知らせた。
「来ましたよ」

三枝の運気は、確かに平均と比べればやや上向いてはいたが、人混みの中にいれば埋没する程度の運気でしかなかった。
(おみくじで言うたら小吉、ってとこやろか)
そう思いながら、天音は自分の能力を使い、三枝の運気をためしに人並み程度に落としてみた。
すると、次の瞬間、信じられないことが起こった。
突然三枝の周辺の運気の流れが変わり、三枝の運気が見る見るうちに元の水準まで回復したのである。
当然、その分周辺にいる人たちの運気はわずかではあるが落ち込む。
その様子を見て、天音は伸也の方に向き直った。
「内ポケット辺りに、なんか運気をかき集めるポンプみたいなのがあるみたいやな」

二人が喫茶店を出るとき、バス停にはちょうどバスが到着していた。
天音が「運気が沈みがち」と見た人物は、バス代を払おうと財布を開けたところでステップに蹴躓き、床に小銭をばらまいていた。





そして、夕方。
伸也は天音がどこからか調達してきた変装道具を使い、易者になりすましていた。
天音はというと、立ち読みをするフリをしてすぐ側の書店で待機している。

天音の考えた作戦とは、以下の通りであった。
まず、易者に扮した伸也が、帰宅途中の三枝を呼び止め、「非常に珍しい相が出ている」などと言って三枝を引き留める。
しかる後、適当に占うフリをした後、内ポケットの中の「何か」について言い当ててみせ、許可を得てそれを見せてもらう。
そして、そのお守りを伸也が受け取った時を見計らって、天音が伸也の運気を引き下げ、先ほどのように元に戻るかどうかを確認し、元に戻れば作戦終了、戻らなければ「これではない」と言って次を見せてもらい、また判定を行う。
運勢やら何やらを異様なまでに気にしている今の三枝にだからこそ、通用する作戦であった。

(来たで)
三枝が近づいてきたことを確認して、天音が伸也に合図をする。
その合図を受けて、伸也が準備を始め――た時、突然計画に微妙な狂いが生じた。
なんと、伸也が呼び止めるまでもなく、三枝が自分から伸也の方にやってきたのである。
(どういうことだ?)
内心微かに動揺しつつも、平静を装う伸也。
その伸也に、三枝はこう問いかけた。
「あの、先ほどから私の方を見ていらしたようですが……何か、そんなに奇妙な相でも出ていますでしょうか?」
これにはさすがの伸也も驚いたが、何とかポーカーフェイスを崩さず、一度頷いてからこう答えた。
「ええ、あなたには非常に珍しい相が出ています。この相は他との兼ね合いによっても意味が変わってくるのですが、その意味するところは大吉、もしくは大凶のどちらかです。
 もしよろしければ、少し詳しくみせてはいただけませんか」





伸也がひとしきり占ったようなふりをすると、三枝は結果が気になってしょうがないという様子でこう尋ねた。
「ど、どう出ましたか」
その問いに、伸也は少しもったいぶるような素振りを見せてから、用意しておいた答えを返す。
「あなた、お守りのようなものをいくつかお持ちですね。
 その中の一つが、あなたの運勢を左右することになるかも知れません。
 そうですね、恐らく、内ポケット辺りにあるものだと思うのですが、少し拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
「内ポケットのお守り、ですか?
 ……ああ、これのことですね」
そう答えると、三枝は慌てた様子で内ポケットから紫色のお守りを取り出した。
「厄除守」という文字と、唐傘のようなものをかたどった印が見える。
「では、失礼して」
伸也はそのお守り袋を受け取ると、さも真剣にそのお守りを調べるような顔をして時間を稼ぎ、それからちらりと天音の方に視線をやった。
すると、天音はちょうど立ち読みを終えて書店から立ち去るところだった。
「あーあ、そろそろ帰ろか」
横目で伸也の方を見ながら、天音が誰にともなくそう呟く。
作戦完了の合図であった。

「このお守りはあなたの強い味方になります。
 特にこれから数日間の間は、肌身離さず持ち歩くようにした方がいいでしょう」
そう言いながらお守りを返すと、三枝は真剣な表情で頷き、お守りを大事そうに内ポケットにしまい込んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

三度目に「N.Maddog」が現れたのは、ちょうど最初に彼が草間興信所を訪れてから一週間後の日曜日であった。

「あれからもう四日になりますが、調査の方はだいぶ進展なさいましたか?」
そう尋ねる男に、草間はにやりと笑ってこう答えた。
「アンタも前に言っていたように、うちは優秀なスタッフが揃っていてな。
 進展するどころか、調査の方はすっかり終わっているさ」





「つまり、彼の悪運の原因はそのお守りだったわけですね」
調査報告を聞いたあと、男は納得したように頷いた。
「うちがこの目で確認したんや、間違いあらへん」
天音が太鼓判を押すと、男はもう一度頷いてから言った。
「わかりました。それでは、報酬の話に移りましょうか」
その言葉に、一同を代表して鏡二がこう応じる。
「前回も言ったとおり、三枝の契約の改正に応じてもらいたい」
「そうでしたね。先日そちらから出された代案については、全てクライアントからOKが出ました」
「では、契約期間の三十年延長、ということでいいか?」
鏡二がそう尋ねると、男は首を縦に振った。
「承知しました。では、早速三枝の所に行ってくるとしましょう」
そう答えて、男は席を立とうとする。
しかし、黒駒がそれを押しとどめた。
「いえ、その必要はありません」
「何故です?」
怪訝そうな顔をする男に、黒駒は昨日三枝に書いてもらった委任状を見せた。
「この件に関しては、ボクたちが三枝の代理人をさせていただきます」
男は少しの間委任状と黒駒の顔を見比べていたが、すぐに我に返ると、苦笑しながらこう言った。
「なるほど、なかなか考えたものですね。
 いいでしょう、それでは契約の方を改正しましょうか。
 すでに内容についてはお互いに合意済みですから、後は契約書にサインして終わり、ですね」





そして、無事に契約が改正された後。
「この度はどうもありがとうございました。
 それでは、また何かあったら相談に来させていただきますよ」
そう一言言い残して、男は草間興信所を後にした。

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〜 その後 〜

「しっかし、気になるなぁ」
「N.Maddog」が去り、黒駒と鏡二も三枝の所に行ってしまった後。
考え事をしていた天音が、急にぽつりと呟いた。
それを聞いて、草間と話をしていた伸也が天音に尋ねる。
「気になるって、何がです?」
「あのお守りや」
天音はそう答えると、じっと天井を見つめたままこう続けた。
「三枝さんは気づいてないようやったけど、あのお守りは確実に周囲の人間を不幸にするで」
「周囲の人たちから運気を吸い寄せているのなら、確かにそういうことになりますね」
伸也がそう同意すると、天音は何かに思い当たったように、伸也の方を見て言った。
「あれは、ほんまに『お守り』やったんやろか?」
「言われてみれば、お守り袋の時点で『お守り』と判断してしまいましたから、中身は何だったのかわからないんですよね」
そう答えて、伸也も不思議そうに首を傾げる。
その様子を見て、天音は苦笑しながらこう言った。
「まぁ、考えてもわかるもんやないし、もう済んだことやから、別にどうでもええんやけどな」

もちろん、天音が心の中で考えていたのは、全く正反対のことだったのだが……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1092/城之木・伸也/男性/26/自営業
0418/唐縞・黒駒/男性/24/派遣会社職員
0576/南宮寺・天音/女性/16/ギャンブラー(高校生)
1074/霧原・鏡二/男性/25/エンジニア

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■         ライター通信          ■
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撓場秀武です。
この度は私の依頼に参加下さいまして誠にありがとうございました。

・このノベルの構成について
このノベルは全部で七つもしくは八つのパートで構成されており、後半部分のパートについては複数種類ある物もございますので、よろしければ他の参加者の方の分もごらんになっていただけると幸いです。

・個別通信(南宮寺天音様)
今回参加して下さった4人の方の中で、唯一天音様だけが三枝に関して何のフォローもなかったので、その辺りではちょっと冷たい感じになってしまいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
ちなみに、大阪弁はほとんどわかりませんので、なんとなくこんな感じかな、で書かせていただきました。
所々京都弁が混ざってたり、関東生まれで関東育ちの芸人が無理して大阪弁喋ってるようなエセ大阪弁になっていたりなどするところも多々あるかと思いますが、その辺りはご容赦下さいませ。