コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


道玄坂の伝言(ルージュ不要)
●進展なし
「あれから……あの他には何の連絡もないんか?」
 松本純覚は緑茶を持ってきてくれた草間零に尋ねてみた。零は静かに首を横に振り、テーブルの上に湯飲みを置いた。主の居ない草間興信所、昼下がりの出来事である。
 草間が姿を消してから、もう10日以上も経っていた。月刊アトラス編集部の編集長である碇麗香や、編集部員の三下忠雄の姿も見当たらないままだ。いずれも未だにその原因ははっきりとしていなかった。
 その間に草間からあった連絡は、先日事務所の扉に挟んであったメモ1枚だけ。それも途中になっていた仕事の後始末を頼むという内容。『必ず戻る』とは書いてあったが、それがいつのことかは一言も書いていないから始末が悪い。たった一言でも書いていてくれたなら、純覚たちがここまでやきもきせずとも済んだというのに。
「……ほんまに興信所乗っ取ったろかな」
 ぼそりつぶやく純覚。もちろん冗談だが、このままこの状況が続くようであれば、冗談が冗談でなくなってしまう可能性も十分にあった。
 純覚は緑茶に口をつけ、ちらりと零を見た。零は棚の整理をしている所だった。見た目には普段と変わりないように思えるが、内心では不安に思っているかもしれない。ただ言葉には出さないだけで。
(早よ、戻ってきたらなあかんやろ……草間)
 純覚が小さな溜息を吐いた。草間が姿を消して以来、純覚はどうも胸の内がもやもやとしていた。上手く説明は出来ないのだが……ここ数日で、妙に溜息を吐く回数が増えたような気が自分ではしていた。

●奇妙な来訪者
 草間が姿を消してから、多くの者が入れ替わり立ち替わり事務所の留守番に訪れていた。
 零を1人にしてはおけぬ、事務所のことが心配、草間の居場所を突き止めたい等、訪れる理由は様々である。けれども不思議な物で、主が居ないとそれが伝わるのか、ぱったりと依頼客が途絶えていた。
 草間が居ない以上は勝手に仕事を引き受ける訳にもいかないので、その方がありがたいといえばありがたい。しかし、一抹の寂しさがあるのもまた事実であった。
 事務所内にまったりとした時間が流れてゆく。と、30分ほど経った頃だろうか。入口の扉を軽く2度叩く音が響いた。純覚と零の視線が扉に向いた。
(ひょっとして?)
 淡い期待を抱く純覚。そしてごくりとつばを飲み込んでから、扉に向かって声をかけた。
「……どうぞー」
一瞬間があってから扉がゆっくりと開かれる。そして――扉から、あどけない顔をした黒髪の女性がぴょこっと顔を出した。
「あの〜、すみません」
 張り詰めた空気が、一気に緩和された。純覚はやや不機嫌そうにその女性に話しかけた。
「ご用件は?」
 この言葉の後に、『勧誘やったらお断り』と続いても何ら違和感なさそうな声だった。
「ここ……草間興信所、でいいんですよね?」
 女性は純覚の質問に答えながら中へ足を踏み入れ、きょろきょろと事務所内を見回していた。
 女性は紅いスーツ――しかもミニスカートだ――で身を固めていた。背丈は高く、胸も大きくてスタイルもいい。が、悲しいかな、女性は童顔であった。ゆえにどうもアンバランスに見えてしまう。
「そうやけど……まさか知らんと来た訳ちゃうやろ?」
 ソファに腰掛けたまま答える純覚。女性に対する視線が、自然と厳しくなっていた。
「あ、申し遅れました。私、こういう者です」
 女性は胸ポケットから何やら取り出して、純覚たちにしっかりと見せた。
「警察の方ですか?」
 零が女性に尋ねた。女性が取り出したのは、警察手帳だったのだ。
「捜査課勤務、月島美紅と申します」
 女性――美紅がぺこりと頭を下げた。

●あなたに見せたい物
「これなんですけど」
 純覚と零に向かい合うようにして座っていた美紅が、テーブルの上にセカンドバッグから取り出した名刺を1枚置いた。その名刺には、月刊アトラス編集長の碇麗香の名が記されていた。
「アトラスの……やんな。それやったら、ここやなくて直接アトラス行った方がええんちゃう?」
 純覚がそう言うと、美紅が慌てたように言葉を付け加えた。
「あのっ、そうじゃなくって! とにかく見ていただけますか? あっ、表じゃなく裏です! 裏を見てくださいっ」
 言われるまま、純覚は名刺を手に取り、くるりと裏返してみた。純覚の眉間にしわが寄った。
「これ……」
 純覚は短いつぶやきを口にすると、零にも名刺の裏を見せた。零も短く驚きの声を発する。
 無理もなかった。裏には草間の筆跡で『これを拾った者へ 3人共無事だと以下の連絡先に知らせてほしい 草間』と書かれていたのだから。
「どこで見付けたんや?」
 名刺から顔を上げて、純覚は美紅に尋ねた。静かに答える美紅。
「渋谷・道玄坂のラブホテル街で、昨夜拾いました」
「……ホテル街?」
 純覚の脳裏に、女性と肩を組んで仲睦まじくラブホテルへ入ってゆく草間の姿が、ほんの一瞬だけ浮かんだ。その邪推は、ふるふると頭を振ってすぐさま打ち消したけれど。
(アホか、あたしは……疲れてるなぁ)
 美紅にもはっきりと分かるくらい、大きな溜息を吐く純覚。何でこんな邪推が浮かんでしまったのか……。
 しかし、それはそれとして疑問はある。何故美紅がそこで見付けたのかだ。そもそも先日草間を見かけたのは、ラブホテル街ではなかったはずだ。
 純覚が疑問を抱いていることを察したのか、美紅は真剣な表情でこう切り出してきた。
「私、密かに近頃頻発している行方不明事件を捜査してるんです」
 話の方向性が一気に変わった。
「先週、このラブホテル街でも女性が1人姿を消したと通報がありまして。調べている最中に、たまたまこの名刺を発見したんです」
 なるほど、捜査中に発見した名刺をわざわざ持ってきてくれたということか。とりあえず純覚は美紅に感謝の言葉を口にしようとした。だがその直前に、美紅がとんでもないことを言い出したのである。
「あの……ここ探偵事務所ですよね。もしよければ、私の捜査に協力してもらえませんか?」
 突然の協力要請に、純覚はまじまじと美紅の顔を見つめた。冗談で言っているようには思えなかった。
(行方不明事件……関係ないとも思えんしなぁ)
 思案する純覚。名刺を持ってきてもらった礼もあるし、協力することによって草間に繋がる糸が見付かる可能性もある。ここは引き受けるべきなのかもしれない。
「別に手伝ってもええけど……」
「本当ですかっ? ありがとうございます!」
 美紅は顔をほころばせ、深く頭を下げた。でもまだ純覚の言葉は終わっていない。
「その前に聞かせてほしいことがあるんやけどな。他に草間たちみたいに、何か痕跡やメモを残して、それが手に入った人間は居らんのか?」
 純覚はそう言って美紅の返事を待った。美紅はしばし考えた後、自信なさげに答えた。
「あの……たぶん、なかったかなあ……と」
 ガクッと肩を落とす純覚。つまり、ろくに情報のないまま手伝うはめになった訳だ――。

●嫌な場所
 真夜中、渋谷・道玄坂――純覚と美紅はラブホテル街へとやってきていた。やはり時間帯のせいだろうか、擦れ違うカップルが次々にその姿をラブホテルの中へと消してゆく。中には時折、2人にちらりと視線を向けるカップルも居た。
「……何か、微妙に誤解されてへんやろな」
 複雑な表情で純覚がつぶやいた。世の中にはそういう嗜好の者も居るが、少なくとも純覚にその気はなかった。
「大丈夫ですってば。悪い人に見られている訳ないじゃないですか」
 明るく言い放つ美紅。完全に純覚の言葉の意味を取り違えていた。突っ込む気もせず、純覚は周囲を見回した。
(にしても、嫌な場所やな。何て言うんやろ……霊的に不安定?)
 ラブホテル街に足を踏み入れてから、純覚は何となく周囲が暗く感じていた。真夜中であることを差し引いてもだ。第一、ラブホテル街には街灯だけでなく、ラブホテルの明かりもあるのだから、暗く感じるのはおかしいのだ。
「あっ、あそこです! あのホテルの前で、拾ったんです」
 美紅が少し先の道路を指差して言った。そこは2軒のラブホテルが、道路を挟んで向かい合って建っている所だった。
 純覚は名刺の落ちていた場所を正確に尋ねると、そこを足で数回蹴ってみた。別に音がおかしいこともなく、普通の道路だった。
 透視やら霊視、赤外線感知まで行ってみたが何も妙なことはない。範囲を周囲にまで広げてみたが、それでも結果は同じだった。
「場所に原因がある訳やないみたいやな」
 そうすると、草間は何故ここに名刺を残したのだろうか。偶然落としたという可能性もあるが、名刺の裏の文面を考えるとその線は薄いだろう。となると、意図的に残したとしか思えない。あるいは、残さざるを得なかったのか……考えは上手くまとまらない。
「まあ、あの3人やったらまずどこに行っても死ねへんと思うけど……なんかヤな予感するなぁ」
 漠然とした不安を感じながらも、純覚は美紅とともに聞き込みを開始した。

●目の前で消えた
 聞き込みを開始して1時間近くが経過した。やはり時間が真夜中ということもあり、結果は芳しくなかった。ちょうどカップルは、ラブホテルの中でお楽しみの真っ最中なのだし。
 余談だが、聞き込みの途中で酔っ払いに値段を聞かれ、2人ほどのしていたりする。何の値段であるかはあえてここには記さないが、それは大変失礼な質問であった。
「ダメですねえ……」
 美紅が溜息を吐いた。
「……あかんなあ」
 つられて純覚も溜息を吐く。情報不足がやはり祟っているようだ。
「もう1度あっちの方へ行ってみましょうか」
「せやな」
 これで何度目になるのか、ライブハウスの前を通り過ぎて、純覚と美紅は道路を左へと曲がった。すると、急に辺りに霧が出始めた。たちまちに視界が悪くなる。
「何で急に霧が……」
 訝る純覚。今夜は霧の出るような気候ではなかったはずだ。第一、つい先程まで出ていなかったのが、急激に出ることもおかしい。
 純覚は霧の影響を最小限に抑えるべく、目と融合していた物の出力を上げて赤外線感知を行った。
 霧の向こうに人らしい熱源が存在していた。背丈の高さから推測するなら、恐らく女性だろう。しかし、だ。その熱源が、突然に消え失せてしまったのである。
「えっ!?」
 隣では美紅が驚きの声を上げていた。美紅も女性が消えたのを目の当たりにしたようだ。
「い、今、すぅ……っと、姿がなくなって……」
 おろおろと美紅が純覚に話しかけてきた。純覚は注意深く周囲を見回した。けれどもどこにも先程の熱源は見当たらない。霊視に切り替えてみるが、分かったことは周囲の霊気が異常に不安定になっていたことだけ。ラブホテル街に足を踏み入れた時以上に。
 やがて霧は晴れ、視界が元に戻る。2人は消えた女性の姿を求めてしばらく探し歩いたが、それでも女性の姿は見当たらなかった。そう、どこにも。
「草間……あんたがあんな伝言残すから、謎が増えてしもたやんか。ルージュの伝言の方が、まだ何ぼかましやろ……」
 渋い表情でつぶやく純覚。女性はどこへ消えてしまったのだろうか――。

【了】