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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


雫と紅葉とハイキング☆ ―秋の行楽大作戦!―
●オープニング【0】
「ん〜っ! 山の空気は美味しいよねっ♪」
 うんと背伸びをし、背中にリュックを背負った瀬名雫がとても気持ちよさそうに言った。
「お天気もいいし、来てよかったでしょ?」
 笑顔で他の皆に語る雫。今日は連休を利用し、皆で関東近郊の山へハイキングにやってきていたのだ。山の紅葉も綺麗だという話を聞いていたこともあって。
 ただ少し違っていたのは、何故か草間武彦・草間零・碇麗香・三下忠雄といった面々もその場に居たことである。
 草間と零はこの山の上の方にあるキャンプ場で鍋をしようと、麗香と三下は取材で近くの温泉宿へ行こうと、各々計画を立てていた。しかし日程が同じことから、いっそ全部まとめてしまえと誰からともなく言い出し、このような形となったのだ。
 ちなみに麗香たちの取材の件だが、今朝出発直前にガセネタと判明し、単なる旅行に変わってしまったことを付け加えておく。
「ハイキングの後でお鍋を食べて、夜は温泉と美味しいお料理だよ。楽しみだよね☆」
 雫は心底楽しみといった様子だった。ああ……知らないって幸せだなあ、鍋の恐怖を。
「そういえば、途中に『変熊注意』なんて看板あったよね? あれって何?」
 ……さあ?

●正しいハイキングの仕方【1D】
 さて、鍋をすることもあって、東京都区内を発ったのはそれなりに早めの時間であった。移動の列車で2時間程度揺られたとはいえ、正午まではまだまだ時間があった。
 山の空気は澄んでいるが、時間が時間なので肌にひんやりとくる。けれども、それも歩いているうちに気にはならなくなるだろう。
 ハイキングの参加者は、シュライン・エマ、真名神慶悟、小日向星弥、巳主神冴那、宝生ミナミ、志神みかね、湖影龍之助、エルトゥール・茉莉菜、天薙撫子といった面々で、雫たち5人を含めると総勢14人。何とも大人数で、ちょっとした団体旅行気分となっていた。
 これだけ人数が居ると、歩く速度もあって自然といくつかのグループに別れることになる。もちろんはぐれないよう全員見える範囲に居るのだが、それでも先頭と最後尾では多少距離がある訳で。その中の第4グループはというと――。
「……大丈夫ですか?」
 零が心配そうに声をかけた。視線の先には転びかけたみかねの姿があった。零が咄嗟に支えたのだ。
「だ、大丈夫ですっ! ほらこの通りっ……きゃあっ!」
「危ないっ!」
 零から離れ体勢を立て直そうとしたみかねだったが、後ろにバランスを崩してしまい今度はミナミに支えられた。
「す、すみません……」
 支えてくれたミナミに謝るみかね。そうして今度こそようやく体勢を立て直した。
「本当に大丈夫?」
「は、はい〜……大丈夫、だと思います」
 雫の問いかけに対し、みかねは今度は断定しなかった。また断定した直後に転びかけてしまっては、笑うに笑えない。
 そんな4人は一行の最後尾を歩いていた。目の前には大量の荷物を抱えた三下と、それを嬉々として手伝う龍之助の姿があった。実に楽しそうである。
「皆、もっとゆっくり歩けばいいのにね。せっかく空気も美味しいし、紅葉も綺麗なのに」
 素朴な疑問を口にする雫。その言葉が示すように、4人は最低限はぐれぬようにのんびりと周囲の景色を堪能しながら歩いていた。
 雫はハイキングの発案者だし、零もハイキングは経験ないし、ミナミはレコーディングの合間の気分転換の意味もあるし、みかねは途中の石碑や植物なんかをしっかり見ようと考えていたから、のんびり歩くのは4人とも当然のことと言えた。
 ただのんびり歩いてはいるが、何も黙々と歩いている訳ではない。ある程度言葉を交わしながら歩いており、その中には件の看板のことも含まれていた。
「『変熊注意』って本当に何だろうね?」
 首を傾げる雫。ずっと気にかかっているのだ。
「あ、あの……、『変熊』って『変態』の間違いではなくて『熊』だったんですよね……」
 普段の格好を多少ハイキング向きに変えていたミナミが確認するように雫に言った。気になっているのはミナミも同じらしい。
「うん、『熊』だよね」
 雫がこくんと頷いた。だがそれに異を唱える者が居た。
「えっ……へ、『変態注意』って書いてありましたよ!」
 白いセーターにスカート姿のみかねが、おどおどしながら雫とミナミに言った。
「あれ、そだっけ?」
 正直じっくり見た訳でもないので、そう言われると雫も自信がぐらついてしまう。
「変態な熊ですか?」
 零がぼそりと言った。
「『変態』な熊でも困るような気がするんですが……」
 ミナミが少し困ったように言った。いや、それは確かに。

●現れし者は【2】
「うわあっ!!」
「三下さん、大丈夫っスかっ!? 怪我ないっスか!? 痛いとこあったらすぐ言ってくださいっ!!」
 三下の悲鳴と、激しく心配する龍之助の声が辺りに響いた。たちまち視線が2人へ集中し、前を歩いていた者たちは少し引き返してきた。
 見ると、転んだ三下を龍之助が助け起こしている。別に何かが出た訳でもなかったので、安堵した空気が一同の間で流れた。三下が転ぶのは、ある意味日常茶飯事だから問題はない。特に今日は、かいがいしく面倒見ている者が居るのだからなおさらだ。
 歩みを止めた一行が再び進もうとした時、木々の間から現れた者が居た。それは修験者風の装いのどことなく妖し気な老婆だった。
「ひっ!?」
 突然現れた老婆に、みかねが驚いて1歩下がった。零が1歩進み出てみかねの身体を支える。
「ひぇっひぇっひぇっ、ハイキングかね」
 妖し気な笑い声とともに、老婆が一行に尋ねてきた。雫が代表してそれに答える。
「うん、そうだよ☆ お婆さんもハイキングなの?」
「それ、違うんじゃあ……」
 格好を見れば分かるのではとばかりに、ミナミが雫に突っ込みを入れた。
「わしは山に住まう者じゃよ。お前さんたち、ハイキングは結構じゃが羽目を外し過ぎるでないぞ」
「はい、それは心得ております」
 撫子が静かに微笑み言った。
「ほぉ……それはいい心掛けじゃ。もし羽目を外し過ぎたなら……」
「外し過ぎたなら?」
 茉莉菜が何気なく尋ねた。するとややあって、老婆がゆっくりと大きな声で叫んだ。
「山の神の祟りがあるでのぉっ!!!」
「ひぃっ!?」
 突然の老婆の叫びに、またもや驚くみかね。みかねのみならず、多くの者が思わず驚いてしまっていた。
「では行楽を楽しみなされよ……ひぇっひぇっひぇっひぇっ……」
 妖し気な笑い声を残し、この場から立ち去る老婆。その後姿を見ながら神妙な表情で慶悟がつぶやいた。
「妙な老婆だったが、言うことは一理ある……気を付けねばな、色々と」
「祟り……蛇を使いに送ってくるのかしら……?」
 ぼそりと言う冴那。場所が場所だけに、なくもない。
「ほら、先を急ぐぞ。たく、横溝正史の世界じゃないんだからな……」
 先頭に居た草間が皆に言い放った。
「ちょっと武彦さん、妙なこと言わないでよ」
 シュラインが軽く抗議した。横溝世界であれば、この後に何か事件が待っているということになってしまうからだ。
「別に大丈夫でしょ。この先に、本陣だとか、手毬唄の伝わってる村がある訳でもなし」
 麗香がさらりと言った。まあ、そういう考え方もあるけれども。
「フルートの音が聞こえてくる屋敷があったりして」
 何気なく言う雫。龍之助が苦笑して突っ込みを入れる。
「それ、ちょっと笑えないっスよ。あ、大丈夫っス、そんなことになっても三下さんは俺が守るっスよ!」
 ここでようやく一同に笑みが戻ってきた。
「あー、せーや、雫ともお手手つなぐの〜♪」
 不意に思い付いたのか、今まで握っていた草間とシュラインの手をパッと放して、星弥がとてとてと雫の方へ駆け出していった。
「後で零おねーちゃんとー、麗香ともお手手つないでー……『さんした』くんは、荷物いっぱいだからつなげないねー」
「『みのした』です……」
 無邪気な星弥の言葉に、三下はざっくりと傷付いていた。もう慣れてるけれど。
「改名する?」
「へんしゅうちょぉぉぉぉっ!!」
 麗香による追い打ちの言葉に、三下が滝のような涙を流し始めた。と、その時だ。
「……今、何か聞こえませんでしたか?」
 ミナミが注意深く周囲を見始めた。どうやら何か聞こえてきたらしい。一同が一斉に口をつぐんだ。
「三下くんの方……かしら?」
 シュラインが小声で言った。何かもぞもぞと動いているような音が聞こえてきたのだ。
「あっ!」
 雫が短く叫び、三下の背負っているリュックを指差した。表情が強張っている。見ると、リュックの中で何かがもぞもぞと動いているではないか。
「な……何ですか、あれ……」
 みかねはすっかり怯えてしまっていた。攻撃能力を持つ者たちが、いつでも対処出来るよう身構える。
 リュックの中の何かは、次第に動きを激しくしていった。そしてついにその姿を一同の前に現した!
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 みかねの悲鳴が辺りに響き渡り、遠くの方で木々の折れるような音が聞こえてきた。何とリュックの中から、白い足がにょきっと2本飛び出してきたのだ!
「い……犬神家……?」
 ミナミが少し驚いた様子で、白い足を見つめていた。一同軽いパニック状態の中、龍之助が勇気を出して白い足をつかみ、中の何かを一気に引っ張り出した。ようやく姿が全部露になる。
「え……えへ……?」
 出てきたのは、リュックに隠れてこっそりとついてきていた、ベバ・ビューンのぐったりとした姿であった。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花。みかねを筆頭に、何人かがその場にしゃがみ込んでしまった……。

●休息を取ろう【3A】
 騒動の後、誰ともなく休息を取ろうということを言い出した。特に反論も出なかったので、少し先にあった広まった場所で一行は休息を取ることになった。
 朝早くの出発だったこともあり、軽い空腹を訴える者も中には居た。すると撫子がリュックの中からお重とバスケットを取り出して見せた。
「ハイキングということで、お弁当を作ってきたのですが……」
 何とも用意のいいことだ。撫子の言うには、和食と洋食の両方を作って持ってきたらしい。全部開けてしまおうかと思ったが、その前にシュラインが待ったをかけた。
「お願い……半分だけにしときましょ。後のことを考えて……」
 真剣な眼差しかつ語気強く言うシュライン。
「あ、お昼にお鍋があるんでしたよね」
「うん、お昼にお鍋……」
 微妙に『お鍋』のニュアンスが異なっていた気もするが、シュラインの言いたいことも分かったので、撫子はお重の方を引っ込めてバスケットを開いた。
 バスケットの中には、様々なサンドイッチがずらりと並んでいた。
「うわぁ……美味しそうだねっ☆」
「初挑戦なので、お口に合うか分かりませんけれど」
 感嘆する雫に対し、撫子が微笑んで言った。
「初めては皆、そういうものですわ。おひとついただきますわね」
 ウェットティッシュで手を吹いた後、茉莉菜はそう言ってサンドイッチを1つ取った。それを皮切りに、皆がサンドイッチを取っていった。同時に撫子はサンドイッチに合うだろう紅茶を、紙コップに注いで回していった。
「照り焼きチキンサンドか、これは合う」
 慶悟はかぶりとサンドイッチに噛み付いた後、持参していた缶ビールをくいっと飲んだ。
「あっ、フルーツサンドだっ♪」
 両手でサンドイッチを持ち、ぱくっと口にくわえるみかね。さすがに今は落ち着きを取り戻していた。隣ではベバがリュックの中から顔と手を出して、もぎゅもぎゅとサンドイッチを食していた。
「こっちは野菜サンドね。ツナマヨネーズを塗ってあるのかしら?」
 紅茶片手にもぐもぐとサンドイッチを食べる麗香。草間も同様に黙々と食べている。反対側では、龍之助が三下にサンドイッチを食べさせてあげようとしている所だった。
「こういうのもありますけど」
 バスケットの中のサンドイッチが半分以上無くなった時に、ミナミが別の食べ物を出してきた。アルミホイルを敷いた容器の中に、小さなチョコがいくつも入っていた。
「あっ、チョコレートなのぉ〜☆ せーや、それ食べたいなぁ〜」
 にこーっと笑顔を浮かべる星弥。ミナミは容器を星弥のそばまで持ってゆき、取りやすくしてあげた。
「ありがとうなの〜」
 礼を言い、ひょいっとチョコを摘んで口の中に放り込む星弥。
「ん、おいしいのぉ!」
 子供の舌は正直である。星弥がそう言うのだから、不味くはないようだ。四方から手が伸び、チョコを摘んでゆく。
「こう見えても、お菓子作りは得意なんですよ」
 皆がチョコを摘んでくれるのを見て、嬉しそうにミナミが言った。このチョコはミナミの手作りだったのだ。
「中には何か入ってるんですの?」
 チョコを口に入れる直前、茉莉菜がミナミに尋ねた。
「あ、これお手製のウィスキーボンボンで……」
「……少しきつくないですか?」
 ミナミが言い終わる前に、チョコを食べた茉莉菜がつぶやいた。
「ちょうどいいと思うけど……」
 冴那が口をもごもごとさせながら言った。手が2つ目のチョコに伸びていた。零もチョコを口に含んでいた。
「一応、酔っ払わない程度にしましたけど」
 ミナミはそう言うが、ミナミの酔っ払う分量と他の者の酔っ払う分量は異なる訳で。
「ふにぃ〜、せーや、ほっぺがぽかぽかしてきたの〜」
 ……やっぱりきついんじゃないでしょうか?

●『変熊』談義【4A】
 休息中、件の看板のことが話題に上った。
「『変熊注意』……本当に分からないよねえ」
 雫はずっと考えているのだが、どうしても答えが出てこないのだ。実物が出てくればてっとり早いのだが、そういう訳にもいくまい。
「『変熊注意』ではなくて『変態注意』じゃありませんこと? 『痴漢に注意』くらいのことでしょう」
 茉莉菜が、持参したバスケットの中から飼い猫を出してあげながら言った。白い猫が茉莉菜にじゃれついてくる。
「うーん、単に書き間違いなのかなあ?」
 その可能性が捨て切れないだけに、どうにも判断出来ないのだ。
「でも、熊が目撃されたのは本当みたいよ」
 シュラインが口を挟んだ。登山口に入る前、現地の者と話をした時にそんなことを言っていたのだ。
「変な熊……どう変なのかしら?」
 自分で言ってて悩んでしまうシュライン。確かに想像するのは難しい。
「変な熊? 変態な熊……? みっ、三下さんっ!!」
 ぼそっとつぶやいた龍之助の顔色がさっと変わった。
「大丈夫っスよ三下さん! 三下さんの魅力にやられた熊が襲ってきても俺が絶対に守るっスから!!」
 三下の肩をがしっとつかんで言う龍之助……いったいどういう結論に達したと?
「日本にはグリスリーなんて居ないから大丈夫のはず……」
 強張った表情のみかねを見て、ミナミが安心させるように言った。けれども他の熊は居るかもしれないし、小さな熊でも凶暴だったりすることがある。一概には断言出来ない。
「ふに、クマさん? それって、ふかふかしてるかなぁ〜♪」
 草間の膝の上で、無邪気に言う星弥。いや、たぶんふかふかしてないと思うんですが。
「ヘンなクマさんだから……ピンク色かもぉ」
 いや、何故にピンク?
「ともあれ、大丈夫でしょう。草間さんも三下さんもいらっしゃるんですから」
 話をまとめるように言う茉莉菜。それから一拍置き、言葉を続けた。
「あ……、でも、ある意味、あのお二人が一番変態かも……」
「武彦、ピンク色なのぉ?」
 ひょいと見上げて星弥が言った。
「だからどうしてそうなる」
 草間が憮然とした表情で言った。もちろんピンク色ではありません。

●出現【5】
「せーや、クマさんさがすのぉ♪ あったらおともだちになって、お話するんだぁ〜」
 にこぱーと微笑み、草間の膝の上から離れようとする星弥。けれども草間がそれを許さなかった。くいっと星弥の襟首をつかんだのだ。
「う……うにっ? 武彦ぉ〜、やなのぉ、放してほしいのぉ〜。クマさんと仲良しになるのぉ〜」
 じたばたじたばたじたばた。星弥は必死に抵抗するが、残念ながら草間の方が強かった。
「『森のくまさん』に出てくるような熊だったら、まだいいのかも……」
 みかねがそう言った時、近くでがさごそっという音が聞こえてきた。何気なく振り返るみかね。それと同時に音のした方から何かが出てきた。思わず目が合ってしまう。
「ぎっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 周囲から、木々が折れる音が大量に聞こえてきた。卒倒するみかね。視線の先に、熊が居た。黒色の身体で、のどに三日月形の白い毛が見えていた。
「ツキノワグマじゃないっ!」
 麗香が叫んですぐ、草間が星弥をシュラインに預け、すくっと立ち上がった。龍之助が、撫子が、ミナミが、零が草間同様に立ち上がり身構える。
「下がってください!」
 撫子がそう言って、他の者たちに下がるように言った。飼い猫をバスケットの中へ隠し、しっかと抱え込む茉莉菜。雫は零の手を借りて卒倒したみかねを後ろへ運んでいた。
 三下もおろおろとした様子で後ろに下がろうとした。が、ここでも三下はやっぱり不幸だった。
「えへ☆」
 いつの間にかリュックから出ていたベバが、三下の後ろに回り込んで思いきり蹴り飛ばしたのだ。もちろん、熊に目掛けて。
「ひっ、ひえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「みっ、三下さんっ!?」
 勢いよく熊へ突撃してゆく三下。龍之助が目を丸くした。これで三下が熊を倒したのなら一躍英雄になっていたのだろうが、世の中そんなに甘くはない。熊はひょいと避け、三下はそのまま後ろの木にぶつかって倒れてしまったのだ。
「馬鹿だわ……三下くん」
 麗香が頭を抱えた。
「……せっかくのハイキングを台無しにするような輩、決して許せませんわ」
 撫子がにっこりと微笑んだ。次の瞬間、撫子の手から妖斬鋼糸が放たれ、熊の身体をがんじがらめにしてしまった。
 ミナミと龍之助は、それを見逃さなかった。熊ががんじがらめになってすぐに飛び出してゆく。
「せやぁぁっ!」
 気合いとともに、熊の顔面に拳を叩き付けるミナミ。手には何故か鋭い鋲付きのグローブがはめられていた。何故ハイキングでこんな物を持ってきていたのか非常に気になるが、今はそんなことを問い詰めている場合ではない。
「おい、ちょっと待て! それは……!」
 その時、後ろの方から慶悟が攻撃を止めさせようと叫んでいた。でももう動き出した物は止まらない。
「犠牲になった三下さんの仇っスゥっ!!!」
 怒りに燃えた龍之助が、渾身の力で熊に体当たりしていった。ちなみに死んでません、三下。
 龍之助の体当たりを喰らった熊は、数メートルほど吹っ飛ばされてしまった。そして熊の首がコロンと外れて転がった。血は全く出ていない。
「あれえっ……?」
 雫が素頓狂な声を上げた。熊の首が外れた中には、目を回している青年の姿があったのだ。
「これ……どう見ても人間ですわね?」
 眉をひそめる茉莉菜。ええ、熊には見えません。見えるのは、熊の着ぐるみに入った青年です。
「だから待てと言ったんだ……」
 慶悟が深い溜息を吐いた。この様子だと、慶悟は事情を知っているのかもしれない。
「ねえ……」
 その時、森の中から冴那の声が聞こえてきた。そして森の中から何人もの青年や女性たちを引き連れた冴那が姿を現した。その中の3人ほどは、ビデオカメラを手にしていた。
「妙な人たちが居たから、連れてきたんだけど……?」
 静かに言う冴那。ただ妙だったのは、冴那に引き連れられた面々が、いずれも蛇にまとわりつかれていたことだ。中には錦蛇に巻き付かれた者も居る。
「あー……何か事情を知ってそうだな。ともあれ、知ってることを話してもらおうか。洗いざらい、正直に全部だ!」
 草間が冴那が連れてきた連中を睨み付けて言った。

●騒動の顛末【6】
 代表者の青年が一同に話した内容は次の通りであった。
 青年たちは東京の某大学の映画研究会のメンバーで、近頃この山で自主映画を撮っていたというのだ。
「どういうタイトルですの?」
 茉莉菜が興味半分に尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。『バイオニック・パイン 魔の熊との死闘/湯煙に聞こえるレクイエム』というタイトルが。
「……売れなさそうだよね」
 ぼそっとつぶやく雫。自主映画だから別にいいとは思うのだが、正直センスがない。それに、どこかで聞いたことあるタイトルだし。
「見てみたいかも……」
 冴那が小声で言った。一瞬冴那に視線が集まるが、それはまあさておき。
 で、まだ倒れている熊の中に入っている青年もそのメンバーで、この2ヶ月ほど休みになるとこの山へ来ては撮影を続けていたのだそうだ。
「ああ……それを現地の人が見て、勘違いしたのね」
 シュラインが納得したように言った。その可能性が非常に高かった。代表の青年の話では、熊には妙な動きもさせていたとのことなので。
「つまんないなぁ……せーや、クマさんとなかよくしたかったのに」
 星弥が唇を尖らせた。
「でもまあ、分かってみれば、そういうものよねえ」
 うんうんと頷く麗香。
「……俺は先にそのことを知ったから、後で伝えようと思ったんだが」
「その前に、騒動が起こったんですね」
 慶悟の言葉の後を継いで、ミナミが言った。
「こいつ、ちょくちょく道に迷うんで……こっちも探してたんですよ。ほんと、迷惑かけてすみませんでしたっ!!」
 深々と頭を下げる代表の青年。他の者たちも同様に頭を下げる。
「どなたも傷付けたり、脅かしたりはされてないんですよね?」
 撫子が確認するように代表の青年に尋ねた。
「決してしてません!」
 きっぱり答える代表の青年。嘘を言っている様子はない。それに先程の熊も、攻撃はしてこなかった。
「三下さん怪我したのも、そっちのせいじゃないっスもんね……だったら俺はいいっスよ」
 気絶したままの三下を介抱しながら、龍之助がニカッと笑って言った。その隣では、零がやはり気絶したままのみかねを介抱していた。
 突き詰めてゆけば、こっちが一方的に攻撃してしまったのだから、ある意味おあいこかもしれない。反省もしているようだし、これ以上責めることもないだろう。
「まあいい。撮影もいいが、迷惑がかからないよう、気を付けてやってくれ。いいな?」
 最後に草間が釘を刺した。
「はいっ!!」
 元気よい返事が返ってくる。全員の連絡先も控えたし、後で現地の人たちにも謝るよう言い含めたので、この問題はここで終わりだ。
「2人が気付いたら、出発しようか?」
 雫が皆に聞こえるように言った。異論は出てこない。
 周囲を見回す雫。ベバが出発はまだかとばかりに、リュックの中から顔だけ出して、ちょこんと待機をしていた。その可愛らしい姿に、一同の顔に笑みが浮かんだ。

【雫と紅葉とハイキング☆ ―秋の行楽大作戦!― 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0033 / エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)
                   / 女 / 26 / 占い師 】
【 0069 / ベバ・ビューン(べば・びゅーん)
                   / 女 / 子供? / 不明 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0218 / 湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)
                   / 男 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
              / 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0800 / 宝生・ミナミ(ほうじょう・みなみ)
               / 女 / 23 / ミュージシャン 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしました、冬に入ってしまいましたが秋の行楽の様子第1弾をお届けします。ちなみに今回のプレイングで書かれていた物は、注記なき物に関してはそのまま次回以降に持ち越せますので。
・『変熊注意』は本文のような意味がありました。老婆? さて、意味があるのかないのか……それは秘密です。一説には高原の悪乗りという話もありますが。この本文の後、ハイキングを再開してキャンプ場へ辿り着くことになります。
・次回はいよいよ鍋です。が、都合により受付は予定より前倒しすることとなりましたので、OMCのコメント欄にはくれぐれもご注意ください。ちなみに、途中参加が可能となっていますが、続けて参加される方にはなるべく配慮を考えています。
・あと、これは宣伝になってしまうのですが、コミネットの方で新作を発表する予定になっています。よろしければ、こちらの方も見ていただければ幸いです。
・志神みかねさん、23度目のご参加ありがとうございます。普通のハイキングのはずでしたが、何故か驚くことが多数ありました。最後には気絶してしまいましたが……『変熊』が本物の変態ではなくてよかったかもしれませんね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。