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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


誰か・・・ 

調査組織名   :ゴーストネットOFF

執筆ライター  :朧月幻尉

------<オープニング>--------------------------------------

 「今すっごいウワサになってんのに知らないのぉ〜!」
 瀬名雫は可愛らしい手で『びしぃっ!』と、指差した。
 「不特定多数のBBSを狙っての『荒し』なのよ。って、云っても荒し なんていつでも不特定多数よね」
 危険なことをネットカフェ内であっさり言ってのける。
 背後では、少々不穏な空気が漂ったが、当の瀬名雫は気が付いていない。
「でもさあ、いくら何でも事件が起きてから、こう日にちが経ってるのにね。犯人見つからないし。段串カマシても足が付くよね」
 ケーキを突付く雫は暢気なものだ。
 「何か変なことも、そのHPで起きてるみたいだし。調べてくれるかなぁ?」
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●依頼

「おーい、勇太ぁ!これからディズニーランド行かへんか、ナイトパスで」
 中間テスト最終日の余裕もあってか、自称俺の【悪友】は超ご機嫌ってな感じに声をかけてきた。
「悪い、俺、臨時のバイトあンだわ」
 今日は依頼の情報集めにインターネットカフェに行かなきゃならなかった。本当はすぐにでも解決したかった依頼だけど、テスト期間中の高校生にそれも望めない。やっと最終日になってくれたお陰で俺は依頼に集中することができるわけだ。
 まあ・・・・・・テストの結果やら補習についての追及はなしということにしよう。気が重くなるだけだ。腹心地の悪い問題は触れないに限る。
「また今度な」
「付き合い悪りーわ、お前」
「今度、埋め合わせすっからさ」
「ホントかいな、大将」
「あったりめーだろーが」
「ンじゃ、後楽園+マクドや」
「げェ!マックは余計だろ」
「いやいや・・・・・・俺の誘いをフッてくれたお礼はマクドだけじゃぁ足らへんな。本来なら帝国ホテルのランチと云いたいとこやけど、それは親友のよしみちうことで無しにしたるわ」
 ひょいと袖に手を引っ込めて、よよと涙を拭く仕草をしたトンチキ野郎はクラスメイトの菊池澄臣(きよみ)だ。二ヶ月ほど前に大阪から転校してきてからというもの、何かと俺にまとわりついてくる。

 あ、俺、工藤勇太。花の高校生で17歳。
 実は世間でいうところの【超能力者】ってヤツなんだけど、何かそういうのってあんまし良い印象無いらしくって、今まで受けた誤解はゴマンと有る。まぁ、ヤッカミもあったとは思うんだけどね。結構、俺自身は傷付いてたみたいで、やるせなくなるのも悔しいから、今はあんまし人には言わないことにしてる。
 だって嫌じゃんか。楽しいはずの学生時代に「良い思い出がありませんでした」じゃぁ、何のために生きてるんだかわからなくなる。
 そんなワケで、俺は持ち前のバイタリティーとお気楽モードで毎日を過ごしてるってわけだ。
「勇太ぁ〜」
「んあ?」
 俺は澄臣の声で現実に引き戻された。おぉ、我ながらなんと間抜けな声だ。
「無い頭で考え事かいな」
「ぶっ!テメェ、ふざけんな。誰の何が無いって?」
「この頭や。それ以外に一体何があるっていうんや」
 そう云うなりヘッドロックをカマしてきた。俺はヒイヒイいいながら、力の強い澄臣の腕から逃れようとした。
「俺に勝とうなんて、百年早いんや。さて、どう言う風に調理したろうか」
「馬鹿力、ゴリラ!手ぇ離せちゅーの!」
 俺が本気で怒り始めたことに気がついた澄臣は「おっとっと」なんていって、やっと俺を自由にした。
「俺よか十センチもでけえくせにじゃれるなっつーの」
「まあ、そーいうなって」
 澄臣は笑った。
「来週だったら行けるからさ」
「おっ、じゃぁ来週は後楽園とマクドやな・・・・・・」
「まだ諦めてないのか」
「冗談や」
「まったくぅ・・・・・・」
 ぶつぶつ云った俺の頭をぐしぐしとやってくれやがる。だーもー、お前よか身長低くて悪かったな。これでも標準ですよーだ!
「キヨミちゃぁん!行くよ〜♪」
 隣のクラスの女子がでっけえ声で叫んだ。顔に満面の笑みを乗せている。
 ありゃ、澄臣にホの字だな。こんなグリズリーみたいにでっかくて、腹ばっか空かしてる奴のどこがいいんだか。
「んじゃな勇太。来週行こうな」
「おう!」
 のしのしと身体を揺らして澄臣が教室を出て行った。何故か急に人気が少なくなったような気がした。
 その時は澄臣がここに居ないせいだとは気が付かなかった。

 依頼に取り掛かるために俺はよく行くインターネットカフェに向かった。こじんまりとした店の壁は綺麗なクリーム色。カーテンも暖色系で統一してて、居心地が良く、時間を感じさせない。だから、つい長居をしてしまう。
 PCを買えばいいんだろうけど、貧乏な学生としては〆て十万円也という買い物はできなかった。毎月のプロバイダー料金も通信費もばかにならない。携帯電話の料金でいっぱいいっぱいだ。
あぁ、何もかもが高いよ・・・・・・日本。
「こんにちわ〜・・・・・・」
「おっ、勇太くん、いらっしゃい」
 にっこり笑ってカウンターから出てきたのは、名物店員(この店の中た限ってだけど)のユーシローさんだ。手にはコーラの入ったグラスを持っている。
「そろそろ来ると思ってたよ・・・・・・コーラでいいんだよね?」
「あっ、どーも。よくわかりましたね」
「そりゃショーバイだもんさ・・・・・・ってのは、ウ・ソ。さっき、キミの学校の生徒さんが来ててね。テスト最終日って言ってたから、来るだろうなと思っただけさ」
「ふーん、大当りじゃん」
「待ちに待った解禁日だからね、学生にとっては・・・・・・今日は何か食べてくのかい?」
「うへ〜っ、そんなに金無いよ。無理無理」
「奢りはいかがかね、苦学生クン」
「ははあ〜っ、頂きますデス!」
「正直でよろしい・・・・・・牛肉ライスでいいね?」
「うおう!牛が食えるぜ、ウッシッシー♪」
 手を揉む仕草をしながら俺はパソコンの前に座った。IDとパスワードを打ち込んだ。ゲームやネットが好きな自分としてはBBS荒らしなんぞ言語道断だった。何がウレシクて荒らしなんぞするのか理解できない。
 荒らされたBBSから精神感能力(テレパシー)で犯人の残留思念を探れないものかと思い、今日はそれを実行することにした。俺は荒しをする犯人(ヤツ)の心情(キモチ)に興味があったからだ。
 例のBBSのURLを打ち込むと、瞬時に画面が表れた。
 BBSのトップには利用者に対するお詫びと攻撃した人間に対する忠告文が掲載されていた。
俺は神経を集中させパソコンを覗き込む。
 極彩色と鈍色の光が脳裏で瞬き、渦を巻いた。パソコンはネットで繋がなければただの物体みたいだったが、接続されている間は意識が繋がった。どっちかっていうと【集団想念】って感じなんだけど、自動的に送受信が終わってしまうと、こちらとあちらの境界線が大きくなって途端に【視】(み)えなくなる。
―― あと、もうちょい・・・・・ええい!これじゃない!!
 目の前がヘッドライトを直視したみたいにチカチカとしてきた。
―― くそッ!これじゃない、被害者の意識じゃない!・・・・・・あとちょい・・・うわ回線切れた!!
 何度も更新してみたが、中々お目当ての情報はキャッチできないことに俺は苛立ってきた。それに伴って俺を襲う思念の相手もしなきゃなんないし、えらく疲れる作業だった。
 堪えてその先を見ようとしたが、結局、管理者と利用者の怒りの感情しか感じることができない。俺の胸の中を熱いものが行ったり来たりしてるみたいな感覚で一杯になる。これが焦燥っていうんだなと思ったが、今はカッコつけたって何にもならない。
 俺は机上のマウスをガンッってな感じに叩いた。
「ぜんぜんダメじゃん!」
「何をだい、勇太クン」
 振り返ると、牛肉ライスとコーラを乗せたトレーが目の前にあった。
「あ・・・・・・」
「あ。じゃないよ。マウス叩いたりなんかして・・・・・・そんなにお腹が空いたかい?」
「え・・・あ、へへ・・・・・・そう見えた?」
 照れ隠しを装ってみる。苛ついてたり、変に集中してるみたいなのって妖しいと思われるだろうし。上手く誤魔化されてくれればいいけどなと思っていたら、あんまりユーシローさんも気にしなかったみたいで笑っていた顔はいつものまんまだった。
「ん〜・・・・・・腹空き過ぎて寝てるかと思ったら、いきなり「ガンッ!」だもんなァ・・・・・・これはここに置いていいかな?」
「あ、はい。すんません」
「いやいや・・・・・・勇太クンは一人暮らしをしながらガンバッテるんだからさ」
「やぁ、そんな事ないッスよ」
「まあ、中間テストも終わったってことで、【お疲れ様】の奢りだよ」
「ありがたく頂きま〜す♪」
「はい、召し上がれ」
 そういうと、トレーごと置いていった。これは食べ終わったら持って来てねのサインだ。
 俺はありがたくご相伴に預かることにした。
 刻んだ高菜漬けの塩味とガーリックの風味が鼻をくすぐる。スプーンに巻き付けてあったペーパーナプキンをもどかしげに外し、手を合掌すると、俺はライスをかけこんだ。浅葱のシャリシャリ感を楽しみながら、牛肉のこってり感に舌鼓を打つ。隠し味はたぶん醤油とごま油だろう。
 上手くいかないもんだなあ、何か良い方法は無いもンかなと考えても良い案は浮かばず、地道に調査することにした。しかし、あてもなくネットサーフィンをしても、料金はかさむばっかりで情報はまったくなかった。
 トレーをユーシローさんに渡すとお礼を云って、お釣りが無いようにお金を払って店を飛び出した。
 その時俺はかなり焦っていたんだと思う。俺には【力】があるんだって言う自負と、この依頼は上手くいかないじゃないかっていう思いの板挟みになって正しい判断が出来なくなっていた。思い余った行動だと気が付いた時には一気にテレパシー能力を完全開放した後で、ゲロヤバな自分の精神状態に舌打ちをしたのは裏通りでぶっ倒れた後だった。
「う・・・あ〜・・・・・・吐きそう・・・・・・」
 少しでもBBS荒しの思念を掴もうとする根性は見上げたもんさ、勇太。ホント、なんも考えてないトコが青春してるぜ。膨大な人々の思念が流れ込んでパンク寸前になるだろうとはどうして考えられないんだよ。
 無様な格好でぐったりしている俺の耳にバタバタという音が聞こえてきた。誰かが俺を発見したみたいだ。ふいごみたいな息をしている俺はもう自分で立ち上がるのも億劫で、なすがままになっている。
 駆けて来た足音は俺の背後で止まった。
「大丈夫ですかっ!」
 慌ててるみたいけど、綺麗な声だ。澄んでて、優しくて・・・・・・
「しっかりして、君!!」
 すんげェ、イイ・・・・・・ずっと聞いていたい。
「勇太さん!勇太さんですよねッ!!」
―― え?・・・・・・名前・・・・・・
 焦点の定まらない俺の意識と目はぼんやりとその人を捕らえた。
「・・・・・・てん・・・し・・・・・・?」
 俺は翼を持たない天使を見た。
 金髪じゃなくて黒髪だけど瞳は碧色で、細い顎が優しげな雰囲気の天使だ。
 だって、純粋とか暖かさとか優しさ、暖かさ、豊かさのオーラをまとって降臨(おり)てきたような、そんな顔した男なんてきっと天使以外何者でもないはずだから・・・・・・
「何云ってらっしゃるんですか?俺は人間ですよ・・・・・・あぁ・・・・・・もっと早くに合流できれば・・・・・・」
 愁眉を寄せ、軽く頭を振ると彼は溜息を吐いた。
―― 早くに?合流?
 言葉のロジックが上手く噛み合わないでいる頭で、俺は必死になって考えた。
 え〜っと、【早く】ってのはわかンないけど、【合流】ってのは仲間だってことかな?するとこの天使も依頼を受けたのか?
 へェ・・・・・・天使も【東京】じゃ依頼を取るんだなと思っていたら、俺は天使に抱えられた。
 相変わらず力の入らない俺の身体は路地の端に下ろされた。壁に背をもたれさせて、まだ思考も手放したままでいると、こちらを伺っている視線とぶつかった。
「本当に大丈夫ですか?」
 柔らかな音(こえ)だ。
「気分はどうですか?」
「だいぶいい・・・・・・」
「そうですか・・・天使だなんていうから頭でも打ったかと思いました」
「俺の名前・・・何で・・・・・・」
「ええ、俺は同じ依頼を受けた仲間ですよ。同じ時間にと思っていたんですけど、手が離せなくて。勇太さんは試験最終日にお仕事をなさるだろうと思っていましたから、それまでには帰ろうと・・・・・・勇太さんを独りにしてしまって」
「そんなの・・・・・・」
「【いつものこと】だからですか?」
「知ってるのか・・・・・・」
―― 俺の、痛み。
「はい」
 彼は笑った。
「ずっと・・・・・・そう思ってらっしゃったんでしょう?」
 その笑顔は、何だか今まで起きた嫌なことが全部溶けて消えて、新しい何かが俺を満たしていってくれるような、そんな気がした。
 別れとか、傷とか、思い過ごしとか言葉にしたくないぐらいの焼付くような気持を手放してもいいんじゃないのかなと思うような。不思議な気持だった。
 何だか目の周りが熱い。胸の奥がきゅうっと痛くなって、鼻がツンとした。瞬きをしたら、頬を雫が流れていった。
 そうか、この人は仲間なんだ。
 俺は独りじゃないって、独りじゃなくていいんだってそう云う気がしてきたら涙が出た。
「すみません・・・・・・」
 俺が泣いたせいなのか、一つも悪く無いのに彼は俺に謝った。
「勇太さんは一人でやろうとしてたのでしょう?」
「ま・・・・・・まあな・・・・・・ドジったけど」
「俺のせいです」
 先に他の依頼が入ってたらしくて、現地から駆けつけて来ようとした挙句、時間転送のセットに手間取り、送れてきたんだと教えてくれた。
「申し訳ありません」
「いいよ・・・・・・来てくれたんだし」
 これは本音だ。
 テレパシーを解放した瞬間雪崩れ込んできた意識達は、東京中の悪意や辛酸そのもので、俺を溺れさせようと俺の中で猛威を奮った。べっとりと纏わりついた感情たちは藍色のインクの様に俺を染め上げかけた。俺の持つ過去の傷のせいだろう。
 それをあんたは救ってくれたんだ。文句なんて言えないさ。
「あんたの名前聞いてない」
「俺ですか?・・・・・・俺は遼・アルガード・此乃花です」
 スラリと高い背を折って、丁寧にお辞儀をした。
「どうせ知ってるんだろうケド、俺の名前は工藤勇太」
「ええ、知ってます。改めて、はじめまして」
「よろしくな・・・・・・あ〜・・・なんて呼べばいいんだ?」
「遼でいいです」
「おっと、それは無いだろう。いくら俺だって、年上のしかも助けてくれた恩人に呼びつけは出来ないよ」
 遼は意味深にクスッと笑った。
「・・・・・・勇太さんはおいくつですか?」
「え・・・17歳だけど・・・・・・」
「じゃあ、俺より1歳上ですね♪」
「何!・・・ってーと、16か?」
「はい」
 俺はあんぐりと口を開けて見つめてしまった。
 こんなに綺麗で、俺よか15センチは背が高そうで、落ち着いてて柔和な兄貴そのものって感じのこいつが?
 16歳!?
「参ったね・・・・・・こりゃ」
「はい?」
 俺は奥歯を無意識に噛み締めていた。
「俺のこと・・・・・・からかってなんか・・・・・・ないよな?」
「どうしてからかわなくっちゃいけないんですか?」
 遼は何だか分からないと云う風に小首を傾げ、俺を伺っている。
「いい・・・・・・何でも無い」
「そうですか?」
 俺は肺に溜め込んだ息を吐き出した。まったく今日は何て日だろう。
 ルックス1000%割増しの上に、性格も所作も完璧としかいいようの無い相手がパートナーなんて・・・・・・神様(もしも、居るならば)の意地悪としか思えない。
「まだ具合が悪いんじゃ・・・・・・」
 普通に話してるんだろう丁寧な言葉が更に俺を煽った。俺は腹立たしくなって立ち上がった。
「続きをやんなきゃな・・・・・・」
「俺も行きます」
「付いてくんなよッ!!」
 腹を立てた自分自身に腹を立て、俺はズンズンと歩いた。それが矛盾した感情だっていうことはわかっていた。
 なんだか全てのものに赦され愛されてるような気分にさせたこいつが仲間で、能力解放なんてやって道端に無様なカッコでぶっ倒れたのを目撃されて、介抱されて、「天使だ」なんて思って。俺の気持をわかってくれた奴・・・・・・それが自分より年が下なんて・・・・
 つまらないプライド。見栄っ張り。何処かに自負心があって、粉々に打ち砕かれたからこうして俺は八つ当たりをしてる。
 あぁ、そうだとも!これは八つ当たりだ。
 そうさ、俺は目の前に居る奴に対して僭越にも嫉妬なんかしてるさ。出来過ぎなぐらいなのに、ちっとも嫌味に見えないんだから余計に頭にくる!
「俺・・・・・・何か変なこといいましたか?」
「云ってねーよ!」
 俺は前を向いたままいった。
「でも、勇太さん怒ってる・・・・・・」
「ンだよッ!」
 ムカついて俺は振り返った。何か云ってやろうと思ったからだ。
 そこには一雨来そうな瞳があった。じっとこっちを見て、そして黙っている。俺は一瞬、言葉を失った。
「何だよ・・・・・・・」
 それでも遼は何も云わない。
 瞬くと長い睫毛が遼の涙を攫った。
「俺・・・・・・」
 遼はそういってまた黙った。形のいい唇をきゅっと噛み締めて、堪えるように俯く。
 俺は自分が情けなくなった。心配してくれた奴を、年が下だからって八つ当たりして、俺ってかっこ悪い奴だ。
「わかったよ・・・・・・付いて来いよ、お前だって依頼受てンだろ?」
「でも・・・・・・」
「来いったら!」
 俺は遼に近づくと背中をバンと叩いた。
「勇太さん?」
「来い!」
 まだビックリしているのか、おずおずと言った風にこっちを見た。それが何だか拾ってきた犬みたいなんで、俺は意外だなと思った。何でも出来そうな感じなのに、おっかなびっくり俺の様子を伺ってやがる。
 俺が腹立てたからって「機嫌を取る必要も無い」って行っちまってもいいのに、こいつはそれをしない。
 そうか。そうなんだ。こいつはそんな奴じゃないんだ。取り繕うことも、疑われたりするんじゃないかと思うことも、離れてくんじゃないかと心配することもないんだ。
 俺の痛みを理解かってくれた奴なんだから。
「なあ・・・・・・依頼やるんだろ?」
「いいんですか?」
「あったりめェだろ・・・・・・実は・・・さ」
「はい?」
「困ってるんだ、情報掴めなくってサ・・・・・・何か良い案無いか?」
「そうですね・・・・・・・手掛かりになりそうなものはありませんか?何でもいいんですが」
「ん〜・・・そうだなぁ、BBSには被害者の怒りしか感じなかったからな」
「被害者だけ?加害者は?」
「え?そういや、残留思念があってもいいはずだよなァ・・・・・・待てよ、残るはずの残留思念が残らないって云うと、移動しちまったのか?」
「考えられますね」
 ちょっと考えて、遼が言った。
「は?どういう・・・・・・」
「つまり、加害者はBBSないしネット内を移動してるんですよ」
「なんだそりゃ!?」
 俺は頭を抱えた。
 ネット内を移動する加害者??どうやったら人間がネット内を移動できるって言うんだ。電波になれるとでも言うんだろうか。
 確かにテレパシーは電波に近い。それは認める。でも・・・・・・
「人間は電波にはなれないだろう?」
「いいえ」
「何!?なれるのか??」
 少し考えてから、遼はごく簡単に説明してくれた。
「電話が掛かってきた時に、「これは誰それからの電話だな」とか思ったりすることありませんか?」
「あぁ・・・・・・そういうのならあるなぁ。しょっちゅう聞く話だし・・・・・・」
「そう云うことですよ」
「は?」
「電話って繋がるんです・・・・・・霊的に。霊と話をするってそういうことなんです」
 霊関係の話に疎い俺に遼はそう説明してくれた。
 同じ念(おも)いの周波数がぴったりと合えば意見の交換が出来るようになり、離れれば聞こえなくなるんだそうだ。
 良い念は良い霊を呼び、悪しき念は悪魔を呼ぶ。
「波長同通の法則と言うんですけどね。ネットも回線を使ってますから、理論は同じです」
「そんじゃ犯人は・・・・・・霊?」
「恐らく・・・・・・・」
 俺は溜息を吐いた。
 それじゃ俺には解からなかったはずだ。俺に霊知識なんて無い。たぶん、霊に話し掛けられてもそれが霊だなんてわからないだろうし、さっきのテレパシーでキャッチ出来たとしても理解出来なかったはずだ。
 俺はやっと自分のした失敗の原因を正確に理解した。正しい知識が無かっただけなんだ。
「お前、霊媒師か・・・・・・・」
「え?違いますよ。俺は魔法使いです」
「何!?魔法と霊って関係あるのかッ!」
「ええ、ありますよ。奇跡を起こすには大いに関係がありますねェ・・・・・念いは【心の在り様の連続した方向性】です。その一瞬に考えたことがその人そのものですから」
「はぁ・・・・・」
「奇跡を起こすのが俺たち魔法使いの仕事です」
「じゃぁ、今度はBBSそのものに入り込まないとダメってことか」
「それならネットカフェに行った方がいいですね」
「そうと決まったら行くか」
「ええ・・・・・・・それで・・・ですね・・・・・・」
「ん?」
 もじもじとした様子で遼は俺を見た。あっと言う間に耳まで真っ赤になる。そして俺にこっそりと打ち明けた。
「俺・・・・・・パソコン苦手なんです・・・・・・まだ勉強中で」
「いじったこと無いなんて言うなよ」
「ちょっとなら・・・・・・つい最近東京(こっち)に来たばっかりなんです・・・・あの、魔法界に電気製品が無いものですから」
「はァ〜〜??」

 魔法使いの上に理想が服着て歩いてるような奴の弱点が機械音痴だなんて、この街だけのとびっきりのジョークかもしれない。


●ホーンテッドBBS
 再びネットカフェに俺たちは戻った。洗物をしながらユーシローさんは型通りの「いらっしゃいませ」を云った。洗物に集中しているらしい。
 この店はログインした時点で利用時間が計算されるシステムだから、わざわざユーシローさんが出てこなくてもいいようになっている。つまり精算時にさえユーシローさんがいればいいのだ。
「こっちだ、遼。奥に行くぞ」
「あ・・・・・・はい」
「あそこなら見えないな」
 俺たちは店の何処からも死角になっているパソコンを使うことにした。IDを打ち込んでトップ画面を出した。
「勇太さんがいてよかった」
 そういうと遼は心底情けなさそうにした。
「気にすんなよ・・・・・・んで、これから先どうすりゃいいんだ?」
「えっとですね・・・・・・ちょっと待ってください」
 遼は慣れない手つきで携帯電話を出した。
 それはパールホワイトの二つ折りになっているタイプだ。多分、京セラあたりの携帯かPHSだろう。
「携帯は使えそうだな」
「はァ・・・・・・でもまだ苦手です・・・・・・・その・・・初めて使った時、わからないので・・・・・・大きな声で喋ってしまって・・・・・・・」
 真っ赤になりながら遼が言った。
「五月蝿いって怒鳴られてしまって・・・・・・」
 それを聞いた途端、俺は堰を切ったように笑い転げてしまった。
「ひ〜ひゃっひゃ・・・・・・!」
「勇太さん・・・・・・そんなに笑わなくても・・・・・・」
「ぅひゃひゃッ・・・・ひい〜〜っひひ・・・」
「もぉ!勇太さん!」
「わりーわりー・・・・・・・ぷくく・・・・・・」
「そういうドジばっかり踏むから機械は嫌なんですっ!」
 遼は拗ねて口を尖らせた。そうするとすげェ子供っぽくて、年相応に見える。俺は必死で笑いを堪えようとした。腹がよじれて吐ききった空気を元に戻すのが結構辛い。肩でハッハッと息をして、ようやく笑いの発作は治まった。
「・・・・・・んで、誰か呼ぶのか?」
「えぇ・・・・・・こちらの準備が出来たので、その旨を伝えないと・・・・・・」
 ピポパと遼は電話を掛けた。
「あ、もしもし俺です、遼です。・・・・・・はい、お願いします・・・・・・」
 手短に終わらせると遼は電話を切った。
「誰だ?他の仲間かぁ?」
「う〜ん・・・・・・協力者というべきでしょうか」
「協力?」
「はい・・・・・・すぐわかりますよ」
「え?」
「あ、来た」
 そういうと遼は液晶画面を見た。
 いきなりウィンドウが立ち上がって画面が真っ黒になる。俺は眩暈を感じ、目を擦った瞬間、虚空に投げ出されるような感覚が全身を襲った。  臓腑を引き千切られるような感覚が俺を襲う。上げた筈の悲鳴も俺の耳に届かなかった。
 痛みが引き、目を開けるとネットカフェはそこには無かった。
 薄灰色がかった蒼い空間が広がっているだけだ。
「な・・・・・・何だ・・・・・・・こりゃ」
 手前も奥も無い。いや、横とか縦とか高さとかそんな風に表現できるような次元でもなかった。地面が無い。漠然として掴み所がないくせに、妙に生々しいねっとりした空気が何よりリアルだ。しかし、風が無かった。
 にしても、足場に相当するモノがないのに一体どうやって??
 あまり時間が経っていないように感じていたのだが、それも気のせいだったのだろうか。飛ばされたにしても変だなと考えていたところに、遼のの声が聞こえてた。
 振り返ると、遼がボンヤリとした視線をこちらに向けていた。
「おはようございますぅ〜〜・・・・・・vv」
 ぺこりと美身を折って、三つ指付いて遼は挨拶した。
「あー・・・おはよー・・・・・・ん?」
「はいぃ?」
「ば・・・馬鹿かお前はッ!『おはようvv』だなんていってる場合か!」
 垂れた遼の頭を俺はスパコーンってな感じにぶっ叩いた。
「あう〜〜・・・・・・そうでした。勇太さん大丈夫ですかぁ?」
 まだボケてやがる。
「お前は?」
「大丈夫です・・・・・・・けど・・・やっぱり何回やってもこの感じには慣れないですぅ」
「げェ!これ前にもやってるのかよ!」
「はいー・・・・・・気持悪くって嫌です、ホント」
 顔をしかめて、遼は頭を振った。
「さっきの電話ってこれを頼む為だったのか?」
「そうです。知り合いに【コネクター】という能力を持った人間がいるんですけどぉ、彼に頼みました〜・・・」
 まだボケた声で遼は言った。
 遼曰く、【コネクター】とは精神とデジタル社会を繋げる能力で、今回の協力者は単に人の精神をネットに移動させるのではなく、能力も一緒にデジタル化する特殊な人材らしい。
「どこに行きゃいいんだ?」
「さぁ・・・・・・例のBBSにでも行ってみましょうか」
「いい加減だなぁ・・・・・・まあ、BBSフォルダー内のDATAでも見りゃいいか」

 暫くあるくとブラウザ状のゲートがあり、いくつかを抜けたころ、例のBBSに着いた。
 そのBBSは赤々と燃え滾るような赤銅色のオーラを放っていた。
 それを見て遼が顔をしかめた。
「どうした、遼?」
「すっごく気持悪いです・・・・・・」
「何?」
「怒りの感情が・・・・・・」
 BBSの前に入りたがらない遼を置いたまま、俺は中に入った。DATAの欠片を見ながら【透視】を行なう。物質化に近い状態だったんで、割合簡単に情報は集まった。近物質化していなかった為に俺の能力が発揮出来なかった事が改めて理解かった。
 かつて、このBBSでは学校で流行ったある人物に対する執拗な虐めが取り沙汰された。しかもそれは【虐めを加えている】人物たちのもので、BBS事件の【被害者】は【加害者】である事が分かった。
 俺たちは全貌を知って、暫く黙ってしまった。
 ありとあらゆる虐めの破片がBBSの中に残留思念として残っていた。真の【被害者】は身も心も叩きのめされ、屈辱と恥辱にまみれた学校生活を余儀なくされただろうことは想像に難くない。
 それ程の壮絶な思念だった。
 ふいに起こった吐き気を噛み堪え、遼を見た。いつもなら穏やかな遼の瞳には冷徹な色さえ伺えた。
「行きましょう・・・・・・」
 凍えるような声で遼は言った。
「行くって・・・・・・何処にだよ」
「本当の【被害者】の元にです!」
 遼は明らかに怒っていた。多分この様子だとこのBBSに救いの手は差し延べる気は無いらしい。俺だってそうだ。こんな卑怯な奴等に何をしてやれるというのだろう。
「どうやって【被害者】の元に行く気だ?」
「さっきDATAの欠片をサイコメトリングしましたので、場所の特定は出来ると思います」
「一体、どうやるつもりだよ」
「勇太さん、手を・・・・・・・」
「手?・・・・・・繋げばいいのか?」
「はい・・・・・・」
 遼と手を繋いだ瞬間、脳が沸騰するような感覚に襲われた。0と1の羅列が脳裏を駆け巡って行く。俺はその時何をすべきなのか悟った。正確な情報を使って【テレパシー】をすればいいのだ。
 俺は集中し、そこから必要な情報だけを剥ぎ取り、ネットそのものとシンクロする準備を始めた。
「・・・・・・・う・・・・・・ぐ・・・・・・ッ!」
「勇太さん、無茶しないで下さい!シンクロなんてダメです!!」
「俺が・・・・・・やんなきゃ・・・・・・」
「ダメですって!」
 怒りの奔流が俺の全身を雷光のように貫いた。精神力で悲鳴を押し込める。複雑に絡み合う黒い情報の渦が見えた。
―― この感じ・・・・・・まさかッ!!
「勇太さん!もう止めてください!!」
「わ・・・・・・わかった・・・・・・『2,1Chねる』だ・・・・・・」
「え?」
「巨大BBSサイトだよ・・・・・・そこで【被害者】は暴れてる・・・行くぞ!」
「勇太さんに負担が!」
「だからどうしたって云うんだよッ!!裏切られて、まだ泣いてる奴を見捨てんのかよ・・・・・・俺・・・」
「勇太さん・・・・・・・」
「俺は嫌だからなっ!!」
 遼は俺の手を握り、俺は遼の手を握り返した。二人で顔を見合わせ、ゲートを越えた。

●ともだち
自分自身が旋風になって駆け抜けるような感覚が終わったと思ったら、実に禍禍しい光景が俺たちの理性を犯そうと待ち構えていた。
 今度は殆ど墨色をした空間に転送されてしまった。
 液体状の闇を塗り込めた空間。
 所々、蛍光色の光が奇妙なダンスを踊る。更に濃い色が蛍光色を飲み込み、飲み込まれ、うねうねと斑を作る。飲み込まれた闇を透かして、蛍光色がボウと光り、膨張と収縮を繰り返した。
 嫌なものを見たと俺は思った。まるで、それは生きたままの光る直腸の内壁ようだ。蛍光ナマコの腹の中と称すべきか。
 どちらにしろ気持ちのいいものではない。
 たぶん、ここは【2,1Chねる】の内部だろう。
「遼・・・・・・居たぞ、あいつだ」
「え?」
 ねとりとした液を吐きながら、『それ』はのたくっていた。巨体を震わせるたびに、ブルンと膿色の液が飛び散る。
「ぐっ!・・・・・・何だこれは・・・・・」
「グウゥゥゥゥゥァァァァ!!」
 ガボッと音を立てて、そいつは液を吐き出す。かろうじて勇太は身体を捻って避けた。
「恨ンデヤル!!皆ァ!・・・・・・・ゥヲ前モアイツノ仲間カァ!」
「仲間だと?」
「虐ラレル者ノ気持チ思イ知レ!憎イィィィィィィィィ!!」
「俺はそんなことしない!!」
「グウウ・・・・・・何モシテナカッタノニ!!アルコト無イ事、アイツラハBBSニ書イタ!親ハ信ジテクレナカッタ・・・・・・」
「そうだ!お前は何もしてないよ!!」
 本当に何があったかなんて俺は知らない。だけどこんなに苦しんでるならこいつの言ってる事は嘘じゃないはずだ。
 俺の言葉にそいつは大人しくなり始めた。
「あなたは一体どうしてここに・・・・・・」
 遼はそいつに近づきながらいった。
 ブルリと身を捩ってそいつは俺たちに顔を見せた。かさぶたと粘膜で覆われたそれは、やっと顔だと理解できる代物だった。
 憎しみがそいつの顔をそんな風に変えてしまったみたいだった。
「ビルから飛ビ降リテモ、何モ変ワラナカッタ。憎クテ哀シクテ、BBSサエ無カッタラト思ッテ・・・・・・ココヘ入リ込ンダ。オ願イ、タ・・・・・・助ケ・・・・・テ・・・ココカラ出レナイ」
 ポロリと雫が落ちた。
 それは涙だった。
 また、ぽろぽろと落ち、跳ねる。
 暴れていたのは自分の悪口を書いた人間に復讐しようとネット世界に入り込んだ自殺者の魂だった。そいつはいつしか自我のコンロールを無くし、暴走をはじめたのだ。
「あなたは帰りたいのですか?」
 呟くように遼は云った。
「帰リタイ・・・・・・ココハ、辛イ。外ノ世界ヨリモ辛イ・・・・・・」
「わかった・・・・・・ここから出せるか、遼・・・・・・」
「えぇ・・・・・・ですが」
「何だ」
「成仏させるしか無いんです」
 遼は黙った。
 俺も黙った。
 【被害者】の低く哀しい遠吼が静寂を打った。
「上手くいけば・・・・・・」
 先に口を開いたのは遼だ。俺は次の言葉を待った。
「天上(うえ)に上がれるかもしれません」
「失敗したら?」
「地獄行きです・・・・・・」
「何でだよ」
「すでに罪を犯してるからです」
「こいつは【被害者】だろッ!」
 遼の言葉にやり切れなさを感じて俺は叫んだ。
「何があっても自殺してはいけないんです!」
「逃げだったのは俺も認めるよ・・・・・・だけど」
「命は自分のものじゃないんです!自分の人生だと思って、自分を自分で殺したりしてはいけないんです!」
「自分のものじゃない?」
「そうです・・・・・・【与えられた】ものなんです。自殺者は死んだ後、死んだと分からずに緩慢な【偽の自殺】を繰り返すのが殆どです。そうでなかっとしても、家族が自殺者を出したことで苦しみながら生きるのを本来の寿命が来るまで見せられるんです」
「それが罰なのか?」
「はい・・・・・・命の本当の意味を教えられるんです」
「命の本当の・・・・・・意味・・・?」
 この世から離れことができずに本当の意味を知ることなんて出来るんだろうか。苦しみしか感じないんじゃないんだろうか。
 疑問がぐるぐると俺の頭を巡った。
 遼はふと優しい顔で笑う。
「【命】を英語でいうと、どう書きますか?」
「【LIFE】・・・・・・だろ?」
「LIFEの他の意味は?」
「・・・・・・人生だろ・・・・・」
「それが命の別名です」
 遼は穏やかに言った。
 俺は遼の云いたかったことが何なのか分かった。

 人生・・・・・・【命の別名】

 それそのものが命なんだ。だから、自分の命を自分で絶ってはいけなかったんだ。
 やれるだけこいつにやってやりたい。たとえ天に届かなくても。
 俺は遼を見た。遼も同じ気持みたいだった。でも俺にはやり方が分からない。でもいい・・・・・・何も出来なきゃ祈るだけだ。
 遼は小さな杖を取り出した。何か唱えると杖は金色の光を帯び、形を変えた。遼の手の中でそれは物語の賢者が持つような杖に変わった。二本の蔓と女神の刻印の杖だった。
「遼・・・・・・俺に何か出来ること無いか・・・・・・っても、霊関係は苦手なんだけどな」
「ありますよ」
 ニッコリ遼は笑って云った。
「祈ってください」
「あ、やっぱり?・・・はぁ・・・そんだけかぁ・・・・・・」
「勇太さん、それが本当は一番大事なんですよ・・・・・・」
「大事?」
「人は大事なものをすぐ忘れてしまうんです。何も無くなった時こそ、上手くいかない時だからこそ、本当は祈らなきゃいけないんです」
「お前って変な魔法使い」
「自分でもそう思います。師匠もそういう人でした・・・・・・では、始めましょう」
「おう!」
 俺の掛け声に遼がまた笑った。

 俺はその時の遼の笑顔を絶対忘れないと思う。だって、泣けて泣けてしかたがないから・・・・・・

 遼は杖を前に突き出すと詠唱(うた)い始めた。
 俺は自分の持つ力の全てを祈りとしてぶつけた。それしかわからなかったから、それしか出来ないから、だから精一杯やりたかった。

 It will be audible if the heart is cleared.
 Sound of the wave which crosses the stellar sea.

 届け、俺の念(おも)い

 The Lord voice sounds in the universe and the ground is dyed gold.
 Many should grieve and exceed.
 I become strong.
 If an eternal wish is prayed, it will be noticed that something  is love.

 今、これしか出来ないから・・・・・・

 Oh, up to where.
 Oh, up to when.
 Oh, dazzling memory.
 All are the sake of this day.

 これしか出来ないなら

 Oh, open your eye.
 Oh, a solar time.
 All are the sake of this day.

 それだけを精一杯やるから。俺の願いを叶えて・・・・・・

 金色の光が天上が降注いだ。
 ゆっくりと有翼の青年たちが降りてきた。
 天使。
 俺は本物の天使を見た。皆、優しい顔をしてた。
 俺が遼と初めて会った時に感じた、あの思いと同じ気持。ひどく懐かしいような、暖かい気持だった。
 満たされて、赦されて、無限に愛されていると実感できる光。
 俺は泣いていた。頬に雫が伝ったけど、気になんかならない。
 ふわりと俺は遼に抱きしめられた。天使が暖かい笑みを俺に向け、俺の元へ舞い降りる。天使は俺たちを抱きしめてくれた。
 光の奔流が俺を駆けて行った。
 俺はそっと目を閉じた。大きな手の中で暖めてもらっているような気がした。目を閉じたままこのままずっとこうしていたいと思った。
 ふと耳元で俺に天使が囁く。
『随分と傷付いてきたみたいですね』
「まぁ・・・ね・・・・・」
 俺は片目を開けた。胸の中に込み上げる暖かさに浸ったまんま、そう答えた。
『貴方は自分と戦い、常に「明るさを持ちつづける」という【勝利】を得てきました。そして今回も貴方は勝利を得ました。最後まで【信じ】【念い続ける】という勝利です。主は貴方の念いを聞き、特別にあの自殺者の霊を天上へと上げて下さいました』
「じゃあ、あいつは・・・・・・」
『はい。もう大丈夫です・・・・・・しかし、過去は元には戻りません。天上界では一番下の階層で反省に励むことになります。しかし、地獄で反省するよりはずっと良いと私たちは思っています』
「地獄で反省??・・・・・・プッ」
 俺は何か可笑しくって笑ってしまった。
 天使は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた。
『本来、地獄とは反省の為にしか存在しません。ですが、人々はそれを知らないものですから、自分のしてきた事に気が付かないまま、地獄で「苦しい」というんですよ』
「へぇ・・・・・・」
『多分、貴方にはこれからも関係の無いことでしょうけどね。さぁ、貴方には安らぎと幸福を。そして思いっきり生きてください。そして、また遭いましょう・・・・・・勇太さん、貴方は私たちの・・・・・・」
 緩やかに下ってゆく意識に最後の言葉は聞こえなかった。

 気が付いた時、俺はパソコンに突っ伏して寝ていた。ユーシローさんに揺り起こされたのだ。
「勇太くん、勇太くん!!」
「ん・・・・・・・にゃぁ?」
「にゃあ、じゃないですよ。終電無くなっちゃいますよ!」
「え・・・うっわ、こんな時間!!・・・・・・わぁ!ログアウトしてない!!」
「随分前にやっときましたよ」
「おッ、サンキュ♪」
「まったく・・・・・・」
 笑って云うとユーシローさんは肩をすくめてみせた。そして予め計算してあったらしく、伝票を渡してくれた。
 俺は料金を払うと立ち上がった。カッコつけに潰した学生鞄を片手に俺は店を出ようとドアを開けた。
「勇太くん、レシート」
「え?」
 ふいに渡され、つい受け取ってしまったレシートをポケットにしまった。
 外は冷え込み、寒さが身にしみた。でも、俺はどこかほこほことして幸せな気分で一杯だった。
 俺は手袋を出そうとダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ。
 カサリと音がした。俺は何気なくそれに触り、ポケットから出す。
 さっき渡されたレシートだ。
「ん?」
 何かを書き記したような筆跡が透けて見える。裏に何か書いてあるらしい。俺はそれをひっくり返してみた。
それは小さく丁寧な字でこう書いてあった。

『DEAR 勇太さん
 お仕事お疲れ様でした。急な依頼が入ってしまい、挨拶も出来ずに去らなければならないことが申し訳無く、心苦しく思っています。
 遅刻してしまったこと、それが言い訳にしかならないのはわかっています。それと、ネットカフェの料金も掛かってしまったこともありますし、俺の分の依頼料を受け取ってください。先方にはもう連絡しておきました。』

「ったく・・・・・・余計なことしやがって」
 俺は独りごちた。
 そう云ってみたものの、実際掛かったネットカフェの料金は俺の経済を圧迫している。だけど、有り難く頂戴するのにも気が引ける。
 そんなことを俺が考えながら続きを読んだ。

『・・・・・・ですが、勇太さんのことですから、そのまま受け取っては下さらないと思いました。
 もし宜しければ、今度の日曜日に買い物に付き合って欲しいんです。俺は引っ越してきたばかりで東京の街を良く知らないのです。ですから今回の依頼料は差し上げる代わりというのも変なんですが、お願いします。
 俺は地下鉄とかが苦手なんです。(ほうきに乗るったほうが早いんですけど、そういうわけにはいかないので・・・・・・)
急に居なくなってしまったことへのお詫びをその時にしたいと思います。
連絡を頂けたら幸いです。
 俺の携帯番号は 090−1403−××○○です。
 では、日曜日に会えることを願って・・・・・・
 遼・アルガード・テオフィルス・此乃花』

 俺とBBSに縛り付けられた霊の為に天使を呼んだ、天使みたいな魔法使い。とことん最後まで可笑しな奴だ。
 何だか笑えて仕方が無い。
 あの霊が確実にマシな場所に導かれたことを俺は信じれたし、確信みたいのものすら感じる。
 本当の意味で解決したんだと俺は思う。
― 俺とアイツで解決したんだ!
嬉しくて俺は叫んでしまいたいような気持になった。

 雲ひとつ無い夜空の下を俺は駅に向かって歩く。寒さの為ではなく、抱えた暖かい『何か』が零れ落ちないように俺はコートの襟を合わせた。
 あわただしく駅へ向かう会社員の群れ。
 しどけなく同僚に寄りかかるOL。
 誰もが駅へ・・・・・・
 家へ・・・向かう。
 玻璃色の音を立てて砕けそうなニ日月が、蒼暗い宇宙に浮かんでいる。
 月は見ることは出来るけど、遠く離れた場所なら見る(会う)ことさえ出来ない。日曜日なんて尚更だ。一瞬先なんて不確かで、今しか俺の手に無い。
「今度は遅刻すんなよ・・・・・・」
 俺は呟いた。
 遼の面影に良く似た月が天空で微笑った。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1122  / 工藤・勇太 /  男 / 17 / 超能力高校生

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、朧月幻尉です!
 今回はハッピーな終わり方で、書いた本人がほっとしているという変な状況で御座います。
 私信を有り難う御座いました。
 メール頂いて、『私はやったんだ!』叫んでしまいました。
 勇太くん、ブラボー!ハレルヤ!私は幸せモノです。
 日に3〜4回は鴨居に頭をぶつけるほど天然ボケな遼くんとの冒険を今回は届けさせて頂きます♪
『がんばりやさんで、明るくて、人の為に生きれる優しい勇太くん。君は最も幸福な子だよ。君の人生に幸あれ!
 From 朧月幻尉 』