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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


世界を止める砂時計

〜オープニング〜

それは、固い封蝋で厳重に封がされていた。
麗華はしかし、そのあまりの美しさに、思わず見とれてしまう。
「これ、本当に綺麗ね・・・その由来が分かるような気がするわ」
彼女のデスクの上には、同じものがふたつ。
一見、何の変哲もない砂時計だが、中の砂は普通のガラスではなかった。
何か虹色をした粉末である。
それが、台座に封蝋で固定され、逆さには出来ないようにしてあった。
つまり、その蝋を溶かさなければ、砂時計の砂は落ちないのである。
先程、匿名で麗華宛に送られてきたものだ。
怪しいものは大歓迎だが、今回の贈り物は、使う者の魂次第、という感じである。
一緒に入っていた紙によると、この砂時計は、世界中の時をたった三分だけ止めてしまう、とある。
その間、たとえ何をしたとしても、誰も気付かない、空白の時間が出来上がるのだ。
「そうね、用意周到に計画した暗殺の、それでも一番難しい実行の瞬間とか、恋する相手の唇を奪う瞬間とか、まさに歴史を変える大事件から、個人の満足を充足させることまで、そのたった三分で出来るってことよね」
物騒なことを事もなげに、麗華は言う。
隣りで、三下が震え上がった。
「編集長、怖いことを言わないで下さいよ〜」
「誰も三下、あなたに使わせようとは思ってないわ」
冷たく麗華は言った。
「世界で一番くだらない『三分』を作ってくれそうだから」
「ひ、ひどいですぅ〜〜」
よよよ、と三下は泣き崩れる。
そこで、麗華はにっこり笑って、編集部内を見やった。
「この中で、誰か、記事に出来そうな『三分』を作れる人はいる?」
キィン、と指先で砂時計を弾く。
「何でもいいわよ、私の心に残れば、ね」


〜ひとつの願い〜

「はあい、はいはいはああい!!」
編集部の端から勢いよく駆けて来たのは、神薙春日(かんなぎ・はるか)である。
今日は、親友の湖影龍之助と一緒に、この編集部へと遊びに来ていた。
「俺がやる!!俺に使わせて、麗華さん!!」
「春日クン、君は意外な『三分』が作れるのね?」
「もっちろん!!」
この時を待っていたとばかりに、普段の20倍くらいうきうきと、春日は答えた。
見た目はかなりの美少女である。
しかし、中身は凄まじく「王様」な少年であった。
龍之助と同じ制服姿で、ボロボロの学生鞄をそこらへんに放り投げ、ぞんざいに振舞っている。
周りの編集員たちは、一度ならずも、春日に美少女然とした格好をさせたいと切に望んでいたが、彼の性格の激しさから、自分の命が惜しいために誰一人として言い出せずにいた。
春日の一番の特徴はその両目にあった。
右の瞳が、なんと黄金なのである。
しかし視力は良くないのか、そちら側だけにコンタクトをしていた。
普段は彼の放つ、強烈で独特なオーラが、周りを凄絶に圧倒してやまないのであるが、こういう場所に来ると、やはり彼もひとりの高校生なのであった。
単に口調が乱暴なだけの、17歳の少年に戻ってしまう。
それが、もしかしたら、彼にとっての息抜きであるのかも知れなかった。
「ちょっと待って!準備するから!!」
春日はいきなり三下のデスクの引き出しを漁り始めた。
「あったあった!!」
そこには、数種類のカップラーメンがあった。
「ああああ、神薙君〜、それ、僕の一週間分のご飯〜〜〜」
驚いて、情けない声を出しながら走り寄って来た三下を、その漆黒と黄金の両瞳で睨みつけると、三下はだああああーっと涙を流して走り去って行った。
「それをどうするつもり?」
麗華の声が険を含む。
ふふふ、と笑って、春日はカップラーメンの蓋をはがした。
「してからのお楽しみ!」
ポットからお湯を注ぐと、何とも言えない芳しい匂いが、室内を征する。
「これで準備OKっと。じゃあ、砂時計の出番だな」
少しだけ不安がよぎらない訳でもなかったが、麗華は砂時計をひとつ手にした。
「この場で蝋を溶かしてよ!ここで試したいんだ」
「ここで?」
「うん、ここで!!」
珍しく、殊勝な様子の春日に、麗華は首を傾げつつも蝋にライターの火を近づけた。一瞬で、その蝋は溶けきった。
「じゃあ、反対にするわよ」
砂時計が、ゆっくりと逆さにされた。
瞬間――――ものすごい風が編集部内を吹き荒れた。
それはすぐに止み、春日は周りを見回した。
「すっげ・・・」
そこには、素晴らしく奇妙な光景が広がっていた。
全ての時が、凍ったように止まっている。
麗華は、砂時計を逆さにした時のままだし、滂沱の嵐の三下は龍之助に張り付かれている。
他の編集員たちも、一瞬前の動作のまま、動かない。
その中で、静かな音をたてながら、上から下へと、虹色の砂が落ちる。
その砂は、底に触れるか触れないかというところで、霧のようになって消えた。
「うわ、急がないと!!」
時間が限られていることに不意に気付き、春日は麗華を床に仰向けに寝かせ、その後、三下を龍之助から引き剥がして、麗華に襲いかかっているように配置した。
「これでよしっと」
手をはたいて、春日はふたりを見つめる。
それから、彼は、ゆっくりと背後を振り返った。
そう、彼の本当に叶えたい願いとは、そこにあるのだ。
足音高く、春日はそこへと歩み寄った。
まさか、こんな日が、本当に来るとは。
一生、この胸の中にしまっておこうと決めていた、この想い。
春日は、目の前に立つ、その相手をじっと見つめた。
「龍・・・」
龍之助は、さっき三下をなだめた時の笑顔のままだ。
しかし、今、その瞳には何も映っていない――――春日すらも。
「怖いものなんて、ないと思ってた・・・龍、おまえに会うまでは」
春日は、そっと龍之助につぶやいた。
いつもは、政財界の大物を相手に、予見をして荒稼ぎしている、怖いもの知らずの彼である。
しかし、その声は、その身体は、柄にもなく小刻みに震えていた。
「これからだって、言うつもりはないんだ、俺・・・おまえに、この気持ちは・・・でも・・・だから・・・」
きゅっと、春日は目を閉じた。
二、三度、手を伸ばしては、下ろす。
そして、やがて決心したかのように、震える指で龍之助の服の腕のあたりを軽くつかみ、怖いくらいに鳴り出す心臓の音を、心から締め出しながら、そっと、その唇にくちづけた。
刹那の、涙のような、やさしいくちづけ――――壊さないように静かに、春日は龍之助から離れた。
さらさら・・・という、砂の音だけが、この世界の全てだった。
今にも泣き出しそうな顔で、春日は龍之助に、ぎゅっ・・・と抱きついてみる。
その砂が魔法を解いてしまうまで、たった一瞬の間かも知れないが、龍之助を自分の腕の中に閉じ込めておきたかった。
自分以外、誰もいないこの空間で。
誰にも知られないくちづけと、その激しい想いの、その中に。
かすかに感じる、龍之助の温もりが、春日にほんの少しの罪悪感と、甘い毒のような陶酔を与えた。
もう二度と得られない、至福。
たった一瞬だからこそ、儚いけれど、何物にも代え難い幸福。
しかし無情にも、春日の視界に入る砂は、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。
春日は、龍之助からそっと離れた。
そして、龍之助がたたえる、眩しい笑顔を正視できず、落ちる声で彼に一言つぶやいた。
「・・・ごめんな、龍」
想いを振り切るように、春日はその場から離れた。
そして、先程セッティングした麗華と三下の衝撃の場面の近くに陣取ると、斜めに机に座り、カップラーメンを引き寄せた。
当然、時が止まっているため、中の麺も汁も、微動だにしない。
それを見下ろした瞬間、砂がすべて落ちきった。
その途端、あらゆる時が音をたてて動き出した。
「三下クン、何の真似かしら・・・?」
「いえ、あの、えっと、うわあああああ」
どかばきごす、と恐ろしい音が続き、三下は壁際まで吹っ飛んで行った。
内心、いい気味だと思いながら、春日は麗華を見やった。
無論、麗華は頬を引きつらせて、春日に近寄る。
「それで?どんな『三分』を作ったの?」
「『三分止まっている間のカップラーメンははたして出来上がるのか!?』の実験だったんだけど」
いけしゃあしゃあと、春日は言った――――極上の笑みと共に。
麗華の顔が、般若のそれに変わる。
「・・・それで、結果は?」
「ええっと、『出来なかった』かな?」
「へえええ、そうなの・・・」
「うん」
春日は、無邪気そのものの笑顔で麗華ににっこり笑いかけた。
麗華も、にっこりと笑い返した。
「・・・そんなことの」
「え?」
「そんなことのために、大事なネタを使ったというわけかしら、神薙春日クン・・・?」
「単に面白そうだったからに決まってんじゃん、麗華さんっ」
ぴょん、と机から飛び降りて、春日は逃げの態勢に入る。
「悪い、ホント、試したかっただけなんだって!ちゃんと他のネタ提供するから!」「・・・どんなものかしら?私をたばかろうとする者は、本気で天誅喰らわすわよ」「えっと、こんなのどうかな・・・」
春日は、麗華に、この前、超大手のコンピューター会社であった怪奇現象の話を、半分上の空で始めた。
麗華の鉄拳を喰らった三下を、相変わらず龍之助が慰めている。
そして、こちらを振り返り、にこっと笑いかけてくれる笑顔に、ほんのひとかけらの疑いも不信感もないのをありありと感じてしまう。
その光景を見ながら、心の中で、春日は思わず苦笑した。
(やっぱり、覚えてないんだな、龍・・・)
当たり前のことではあったが、その事実に対して、ほっとしている自分と残念な自分とがいることに、春日はちゃんと気付いて、いた――――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0867/ 神薙・春日(かんなぎ・はるか)/ 男 / 17 / 高校生・予見者】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの藤沢麗(ふじさわ・れい)です。
二度目のご参加、ありがとうございます!(^^)
今回の依頼は、「誰にも見られない空間でしたいこと」を考えて頂きました。
必ず成功する依頼ではありましたが、結果として、満足のいくものになりましたでしょうか。

神薙春日さん、お久しぶりです!
湖影龍之助さんと一緒に、三下さんのいないところで過ごした時間はいかがでしたでしょうか?
見ていて、涙が出るほど切ない想いに、思わず三下さんを必要以上にぶっ飛ばしてしまいました(笑)。
内容もですが、その行動にもご満足いただけたら、幸いです(笑)。
いつか、本当にその気持ちが、想い人に伝わりますように。
こんな、あまりに切ない状況でではなく・・・。

それでは、また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。