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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


列車の中の少女【後編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『列車の中の少女』――。
 ある日届いたアトラス編集部への手紙。それは黒いワンピースの少女に、ここ2週間ほど付きまとわれているという、松苗雄一(まつなえ・ゆういち)なる大学生からの相談だった。
 雄一に編集部へ来てもらい、詳しい話を聞く面々。少女が付きまとってくるのは通学に使う列車の中だけ。それも決まって自分の前の席に座っている、と。その間、少女はただ雄一をじっと見つめているだけで、何もしてはこないということだった。
 一同は少女の正体や目的を探るべく調査を開始する。だが雄一の利用する路線では死亡事故等は起こっておらず、行きの列車内で少女本人に直接問いただしてみるも、少女は何も答えようとはしなかった。ただ、少女が何か異質な存在であると感じただけで。
 しかし帰りの列車内。またもや雄一の前に現れた少女は、なおも話しかけてくる少女2人に対し、何を思ったのかこう告げたのだ。『彼以外の方々に伝えたいことがあります。ホームで待っていてください』と。
 少女の言葉に従い、雄一を先に行かせてホームで待つ面々。そこに件の少女が姿を見せ、雄一の前に現れた理由を語り出した。
 話を要約すると、少女は時の女神に通ずる死神であり、明日雄一が何らかの事故により死亡する予定となっているから、雄一の前に姿を現したのだということだった。
 だが予定は未定、決定にあらず。死亡しない可能性も残されている。つまり上手く動けば雄一の事故死を回避出来るということだ。
 けれども少女はこうも言った。『時の流れは多少の揺らぎであれば自己修復します。その際に必要であらば、他の生命をも巻き添えにして……あなたがたに十分な覚悟はお有りですか?』とも。
 このことを雄一に伝えるべきかどうかも含め、一同は極めて重大な決断を迫られていた……。

●提案【1A】
 少女に出会った翌日、つまり少女が雄一の死を予告した日。その日は朝から雲一つない、いい天気だった。
 事件なんか起こらないのではないかと思いたくなるほどに、青く澄んだ空が広がっていた。けれども――こんな日であっても事件は起きるのだ、何かしら。場合によっては、空の青さを汚すほどの事件が。
「たまには気分を変えて車で行かない?」
 昼過ぎ、駅まで徒歩10分強の通学路を歩きながら、朧月桜夜が唐突に雄一に提案した。
「え?」
 雄一がきょとんとした表情で桜夜の顔を見る。雄一の隣を歩いていた、天薙撫子と神崎美桜の2人も桜夜に視線を向けた。
「急にどうしたんですか?」
「え? えっとぉ……ほ、ほらっ、今言ったみたいに気分転換で。電車以外の交通手段試してみたことないンでしょ?」
 雄一が尋ね返すと、桜夜は慌ててそう捲し立てた。出来ることなら、少女の予告の話は雄一に気付かせなくなかったからだ。もっとも、予告が来ても本人が気付かなければ全然意味がないのだが……難しい所である。
「それはそうですけど……僕は運転出来ませんし、近くに免許持った友人も住んでないんで」
 苦笑する雄一。まあ、もし住んでいたならばとっくにそうしていただろう。
 桜夜が後ろを振り返った。少し離れた所に、都築亮一と肩から鞄をかけている真名神慶悟の姿が並んであった。この2人が免許を持っているのか、それもよく分からない。ゆえに移動手段を変えるという手は、断念せざるを得ないようだ。
「じゃあ、今日は大学行くの止めて、どっか遊びに行ってみるとかさァ?」
「気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、今日の講義、試験なんですよ。必修単位で、試験受けないと問答無用で単位くれないって話だから……」
 なおも提案を続けた桜夜に対し、雄一は困ったような笑顔で答えた。
「あ……そ」
 がっくりと肩を落とす桜夜。そういう事情があるのでは、これ以上説得するのは難しいだろう。生命と単位のどっちが大切だという話もあるが、必修単位というのはある意味学生の生命でもある訳で。
「けれど、あの人がくれたお守りもあるし……今日はいいことありそうな気もします」
 雄一はそう言って、ポケットから何かを取り出した。見る者が見ればそれが何かすぐに分かる。
 符だ。それも身代わり符だ。亮一が出かけに手渡していたのを、皆が目撃していた。
(……ハハ、下手したらアタシたちも巻き添え喰らうンだろなァ……)
 事故の内容が分からない以上、可能性は大いにある。場合によっては、雄一だけが助かって桜夜たち全員が亡くなる可能性もあるのだから。
(あーヤダヤダ、可愛い花嫁サンがアタシの夢なのに……)
 夢を実現させるためには、まだ死ぬ訳にはいかない。だからといって、雄一を見殺しにしてまで実現させた夢には価値など有りはしない。それゆえに桜夜は、いつでも対処出来るように式神を待機させていた。もう1つの自分と言っても過言ではない白き式神……咲耶姫を。
 やがて大きめの道路を渡る一行。大きく曲がったカーブの先にあるこの道路は、事前に撫子が事故の起こり得る危険性が高い場所として皆に伝えていた。
 それゆえ信号なき横断歩道を渡る際には、皆注意深くなった。向かって右手からやってきていた車3台をやり過ごし、そそくさと渡っていった。
 雄一のそばに付きっきりの撫子と美桜は口数も少なく、常に周囲を警戒している様子だった。視界範囲はもとより、時折背後を振り返ってみたり、頭上や足元にも注意を配っていた。
 雄一たちから距離を少し置いて歩いていた亮一と慶悟も同様だ。自らの目視で警戒するのは当然のこととして、霊感のある者はあることに気付いていたことだろう。周囲に式神たちが舞っていたことを。今は不可視の状態だからその姿は見えはしないが、護りに抜かりはなかった。少なくとも考えられる範囲では。
 そうして一行は、外装工事の行われている5階建てのビル――ここも要警戒の場所だ――の前を何事もなく通って、無事に駅前に辿り着いた。
 その時、雄一の前に物陰からゆらりと現れた人影があった。先回りしていた戸隠ソネ子だ。ソネ子は雄一の前に姿を見せると、こんな歌を口にした。
「電車の中のオンナノコ……キヲツケテ、って言ってるよ……アシモト、ズジョウ……ミギ、ヒダリ……吹き飛ばされてぐちゃぐちゃに……ナラナイヨウニキヲツケテ……死ニタク無いでしょ? ……死ニタク無いでしょ?」
 歌い終わるとソネ子は、雄一たちの反応を待つことなく再び物陰に姿を消した。桜夜が、亮一が、美桜が、慶悟が、撫子が……5人が複雑な表情を浮かべていた。
 雄一の顔が若干強張り、口元をぎゅっと結んだ。ソネ子の歌を聞き、何かを悟ったのかもしれない。もとより月刊アトラスに相談してきたくらいなのだから……。

●列車の中【2A】
 駅構内に入りホームへ着くと、2分ほどで急行列車が滑り込んできた。雄一が列車に巻き込まれないよう、美桜が注意を払う。
 雄一自身も先程のソネ子の歌のためか、白線のより内側に立ってそれ以上前に出ないようにしていた。
 扉が開き、乗り込む一行。その中にソネ子の姿はなかった。
 乗り込んだ車両には雄一たち以外の乗客は居なかった。もちろん両隣の車両にはそこそこ乗客が乗っているのだが。
 雄一が車両の中程の座席に腰掛け、それを挟むように撫子と美桜が座る。
 桜夜は撫子の向かいに座り左右をゆっくりと見回した。今の所、誰かがやってくる気配は見当たらない。
 慶悟は車両の端の進行方向に近い座席に座り、両目を閉じて両手を組んだまま微動だにしなかった。ただ、精神を集中させている様子は感じられた。
 亮一は1人扉のそばに立ったままで、車両内を警戒していた。いつでも動けるように、と。
 大学最寄り駅までは13駅、急行停車駅3駅で約14分の行程はとても息詰まる物だった。桜夜は車両内の空気に不快感を感じ、何度となく車窓に目をやっていた。そうでもしないと、耐えられないと思ったから。
 しかし約14分間、昨日とは大きく違うことがあった。少女が全く姿を見せなかったのだ。
 だからといって雄一の死が回避出来たとは思えない。仕事のために準備をしているのかもしれないし、予定日だからもう姿を見せる必要がないと思ったのかもしれない。何にせよ今日という日が終わっていない以上、気を抜く訳にはいかなかった。
 結局――大学の最寄り駅に着いても少女が姿を見せることはなかった。

●予想外【3A】
「しーちゃんも姿見せないし、ただ待つ以外何も手出し出来ないじゃない。アタシだって色々考えてンのに……」
 缶ジュース片手に、桜夜がぶつぶつと文句を言っていた。ちなみに『しーちゃん』とは死神、つまり件の少女のことだ。名前が分からない以上呼び様がないので、勝手に桜夜が付けた名前だ。
 ここは大学構内にある休憩所。雄一が試験を受けている間、6人はここで待機しているのだ。普通の講義なら学生たちに混じる手もあるが、試験となればそうもいかない。式神たちだけを残し、移動してきたという訳だ。
「行きじゃないということは、帰り……?」
 美桜がぼそりとつぶやいた。行きの列車では何事も起こらなかった。ならば帰りと考えるのが自然だろう。列車で事故が起こると推測しているのならば。
「状況からすると、列車が関連すると思われますし」
 撫子が同意するような言葉を発した。
「列車の中だけしーちゃんが現れたってコトはそうかもね」
 桜夜がこくこくと頷いた。亮一、ソネ子、慶悟からは異論は出てこない。というか、慶悟に関しては疲れた様子でスポーツドリンクを手に終始うつむいていた。言葉を出すのもおっくうなようだ。
(そういえばしーちゃん、多少の揺らぎじゃ修復するなンて言ってたっけ? じゃァ……派手に揺らがす必要性があるってことか)
 缶ジュースを飲みながら、桜夜はそんなことを考えていた。だが派手に揺らがせるといっても、具体的に何をどうすればいいのだろう? 答えは出てこない。
 そして約1時間が経ち、雄一が試験を終わらせて6人と合流した。今日の講義はこれだけなので、後は帰るだけとのことだった。家まで無事に帰り着いたら、そこからはどうにでもなる。
 駅へ向かい、急行列車へ乗り込む一行。しかし――行き同様、帰りの列車にも少女が姿を見せることはなく、列車も何事もなく到着したのである。
 列車から降り立った一行の表情は、明らかに困惑していた。列車関係ではなかったのか、と。

●悪夢という名の現実【4】
 無事に列車を降り立った一行は、警戒しながら家路を急ぐことにした。
 先行するのはソネ子、それから雄一と撫子と美桜の3人、少し間を空けて桜夜、後方に亮一と慶悟という並びだ。その中、慶悟の顔が微かに青ざめていた。
 外装工事の行われているビルの前を無事に通過し、来た道を逆に辿ってゆく一行。たかが徒歩10分の道のりなのに、とても遠く感じられるのは果たして気のせいだろうか。
 やがて大きく曲がったカーブの先にある、信号のない横断歩道に差しかかる。渡った先には幼稚園くらいの幼女3人が、ゴム毬を手にきゃっきゃと楽しそうな様子だった。
 車は左右から3台ずつやってきていたが、距離が十分あったためにソネ子、それから雄一と撫子と美桜が急いで横断歩道を渡った。桜夜、亮一と慶悟は渡らずに車をやり過ごすことにした。
 そうして双方から車が近付いてきた時にそれは起こった。幼女の1人が、ゴム毬を道路の方へ転がしてしまったのである。
 さらに、だ。ゴム毬を転がしてしまった幼女は、あろうことかゴム毬を追いかけて道路へ飛び出してしまったのだ!
「あっ、危ないっ!!」
 幼女の行動に気付いた雄一が、慌てて駆け出す。雄一の腕をつかもうとした撫子と美桜の手は、残念ながら1歩及ばなかった。それゆえ、撫子と美桜も雄一を追って道路へ駆け出すこととなった。
 双方からやってきていた車の先頭車は、慌ててハンドルを切って急ブレーキを踏んだ。蛇行する車たち。けたたましい音が住宅街に響き渡る。
「咲耶!!」
 咄嗟に桜夜が叫んだ。すると桜夜のそばから、白く美しい女性が風のごとく幼女に向かって飛び出していった。式神・咲耶姫である。
 咲耶姫は幼女の身体を抱きかかえると、すぐさま桜夜の元へ戻ってきた。行動が迅速だったために、怯えてはいたが幼女に怪我はなかった。
 慶悟も式神に命じて、雄一たち3人を退避させようとした。しかし――。
「む……?」
 激しいめまいを感じ、片膝ついてその場に座り込んでしまう慶悟。無茶をした影響が、よりにもよってこんな時に出てしまったのだ。
 合計6台の車のうち、先頭だった2台がガードレールへ激突した。真新しいガードレールが、ぐにゃりと飴細工のように曲がってしまう。
 カーブの方からやってきた後続の車2台のタイヤ部分に、ソネ子の長い髪の毛が絡み付き、何とか動きを止める。
 カーブへ向かっていた残る2台のうち1台は、ガードレールへ激突した車に突っ込んでしまう。
 そして最後の1台もさらにぶつかり――信じられない光景を見せた。まるでカースタントのように、ぶつかった後で動かなくなった車2台の上空を飛んできたのである。雄一、撫子、美桜の3人に向かって、ただまっすぐに。
 美桜が雄一を庇うように前に回った。表情に迷いは見られない。どうやら雄一の身代わりになるつもりらしい。
 この時、3人の影は交わっていた。それは亮一に取って幸運だった。何故ならば、影を使って同時に3人を影の空間に保護することが出来るから。
 亮一は雄一の影を目標として、すかさず保護を試みた。だがその時に予想外のことが起きてしまった。撫子が、雄一を思い切り突き飛ばしたのだ。車が来ないと思われる安全圏に向かって。
 桜夜の驚きの声の中、交わっていた影が離れる。それはとりもなおさず、雄一だけが影の空間に保護されることを表していた。雄一の姿が、影の中へ消えた。
 撫子は美桜の腕をつかんで、自分たちもその場から逃れようと試みた。けれども時は既に遅し。飛ぶ車は撫子と美桜を、牙にかけようとしていた。
 次の瞬間。少女2人の身体は、大きく宙を舞い……冷たいアスファルトに激しく叩き付けられた――。

●悪夢の後【5】
「美桜ぉぉぉぉぉっ!!!」
 亮一が絶叫した。そして取り乱した様子で、身動き1つせぬ美桜と撫子の方へと駆け出していった。
「う、嘘っ……嘘でしょぉっ!!」
 桜夜も激しく動揺して、すぐに亮一の後を追った。ソネ子も無表情に近寄ってくる。
 3人が見た美桜と撫子の身体には、外傷らしき物は見られなかった。出血した様子も見られない。
 近くにはレンズが割れ、フレームが曲がってしまった撫子の眼鏡が転がっていた。桜夜がのろのろと眼鏡を拾い上げた。唇をぎゅっと噛み締めて。
「死ンジャッタ……ノ?」
 ソネ子が尋ねるようにつぶやいた。答える者は誰も居ない。答えたくもないし、目の前の光景を信じたくもない。例え2人が物言わず、身動き1つしてなかったとしても。
「……ん……」
 ……おや?
「うん……んっ……」
 複数の呻き声が聞こえ、亮一と桜夜が顔を見合わせた。呻き声は明らかに撫子と美桜の物だった。ということは――。
「う……」
「……あう……」
 目を静かに見開き、撫子と美桜の2人はゆっくりと上体を起こした。
「生きてる! 生きてるンじゃないっ!!」
 破顔する桜夜。悲しみが一転して喜びへ変わる。
「あ……れ? 車は……?」
 多少記憶が混乱しているのか、撫子がぼんやりとした口調で言った。
「……よかった……」
 亮一が人目もはばからず、美桜の上体を抱き締めた。その目から涙がこぼれていた。
「……ごめんなさい」
 小さな声で、美桜が亮一に謝った。
 5人から離れた場所では、慶悟が鞄の中身を歩道にぶちまけていた。出てくるのは形を保っている形代数体と、砕け散った形代の破片が2体分。
「保険が効いたか……」
 慶悟は苦笑してつぶやくと、そのままがくんと肩を落とした。気絶したのだ。
 やがてパトカーやら救急車が現場へやってくる。一行は事情聴取や検査のために、同行することとなった。
 検査の結果だが、撫子と美桜は全く異常なし、一安心だった。慶悟だけは点滴を1本打たれてしまったが、まあそれだけのことだ。
 それから全員の事情聴取が一通り終わり、解放されたのは夜の10時を回った頃だった。一行は大急ぎで雄一のアパートに戻り、日付が変わるまで最後の警戒を続けた。そして。
 3秒前、2秒前、1秒前……0。少女の予告した日が、どうにか過ぎ去った。

●少女、再び【6】
 日付が変わり、6人が雄一の部屋から出てきた時、階段下に件の少女の姿があった。少女は開口一番こう告げた。
「予定は未定、決定にあらず……です」
「死は回避されたのですね? 予定日は乗り切りましたが」
 撫子がすかさず少女に問いかけた。すると少女は懐から取り出した懐中時計を見てから、こくんと大きく頷いた。
「松苗雄一の死亡予定日は遠く流れてしまったようです。それがいつなのか……私が決めることではありませんが、ここ数年ということはないでしょう。お決めになるのは、ヴェルディア姉さまですから」
「でもさァ、しーちゃん?」
 桜夜が少女を呼んだ。少女は一瞬眉をひそめた……ような気がした。
「どうしてアレな訳? 電車で起きるンだとばかり思ってたンだけど……アタシ」
 疑問を口にする桜夜。同じような疑問は、他の皆も抱いていた。
「列車事故による死だと思っていたんだがな……予定が失効した以上、別に構いやしないが」
 ぼそりと慶悟が言った。少女が表情を変えずにそれらの疑問に答える。
「時の流れとは、例えるなら列車のような物。だから私はそこに姿を見せるのです……時の女神に通ずる死神ゆえに」
 それからちらりとソネ子の顔を見て、少女は言葉を続けた。
「松苗雄一の前に現れたのは、私が決めたことではありません。指示されたから現れたのです。それが私の仕事ですから。私は対象者を殺すのではありません……あくまで魂を導くのみです」
「でも」
 美桜の声が少女の言葉に重なった。
「でも……あなたは優しい人じゃないですか」
「……私が? どうしてそう思うのです?」
「死ぬ予定の人の前に現れるのは、死んでほしくない、助かってほしいと思ってのことじゃないんですか?」
 美桜がまっすぐ少女の目を見据えて言った。答えぬ少女。亮一が美桜の言葉を補足する形で言葉を続ける。
「死んでしまう前に危険を知らせるあなたは、本当に人を思いやる優しい心の持ち主ですよ。……同じくらいに」
 亮一がポンと美桜の肩に優しく手を置いた。
「いくら自分で手を下さないからといって……」
 黙っていた少女が再び口を開いた。
「……目の前で人が死ぬ姿を見て、何とも思わないはずがないですよ。いくら死神とはいえ……人の死を望んでいる訳ではないのですから。人の死を望んでいたなら、それは死神ではありません……悪魔と呼ぶんです」
 6人は少女の言葉に無言で耳を傾けていた。
「ですが、人の生命には定めがあります。時間の差はあれ、死は誰にでも等しく訪れます。いくら人の死を望まないと言っても、これは避けられない事実です。そして、その際の水先案内人として、私たち死神が存在しているのです。魂が迷うことなく、転生出来るよう」
「……人として生きてはいけないんですか」
 美桜が静かな口調で少女に尋ねた。
「私は死神として生まれました。それ以外の何者でもありません。私は死神という仕事に、誇りを持っています……死を望んでいなくとも。ですが……」
 少女はそこで一旦言葉を切り、6人の顔をじっくりと見回した。
「……ありがとう、と言わせてください」
 笑みを浮かべる少女。けれどもそれは先日見せた笑みとは異なり、温かみを感じられる笑みだった。
 それから少女は深々と一礼すると、暗闇の中に溶けるようにその姿を消したのだった。

【列車の中の少女【後編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0413 / 神崎・美桜(かんざき・みお)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0444 / 朧月・桜夜(おぼろづき・さくや)
                   / 女 / 16 / 陰陽師 】
【 0622 / 都築・亮一(つづき・りょういち)
                   / 男 / 24 / 退魔師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全17場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、高原担当依頼では恐らく過去もっとも難しいと思われるお話の完結編をお届けします。途中まで読み進めてこられて、思わずどきりとされた方も多かったのではないでしょうか?
・最終的な結果を見れば、雄一の死亡が回避され、皆さんの中にも犠牲者は出ませんでした。これはよかったと思います、おめでとうございますと素直に言わせていただきます。
・では何故このようなバッドエンドまっしぐらのごとき展開になってしまったのか? それは皆さんが列車で事故が起こるだろうと想定されていたことです。最初にプレイングを一読した際、高原は思わず頭を抱えてしまいました。何しろ高原は『帰りの道路で事故を起こす』と決めていましたから。
・それが今回の結末へ転がったのは、プレイングの細かい部分を見た上での判断です。それらが上手く組み合わさって、本文のような結果となった訳です。もしもですが、細かい部分が全て抜け落ちていたなら……目を覆いたくなる結末が待っていたかもしれません。以上の理由から、今回のお話は厳しめに展開させていただきました。
・少女が列車に現れた理由ですが、本文で少女自身が語っている通りです。『東京怪談』のオープニングノベルに『帰昔線』というのがありますから、それを読まれた方だとある程度察しがつくかとも思ったんですが……高原の物語の運び方が不味かったのかもしれませんね。
・少女が口にしたある名前、心当たりのある方はニヤリとしてください。高原担当依頼はこういう風に繋がってる訳です、色々と。
・それから、事故では怪我人こそ出ていますが、車に乗っていた人たちは全員生きていますのでご安心を。
・あと、これは宣伝になってしまうのですが、コミネットの方で新作を発表する予定になっています。よろしければ、こちらの方も見ていただければ幸いです。
・朧月桜夜さん、2度目のご参加ありがとうございます。ファンレターありがとうございました、多謝。地雷……は踏んでないと思いますが。ちなみに車で行ったとしても、事故は起きていたと思います。時の自己修復力はそういう物ですから。それで事故の場面ですが、幼女を先に助けたのは位置関係の問題です、単純に。それに見殺しにするはずないと思いましたしね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。