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こえ
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久し振りの休日。
映画でも観ようと街中を歩いていると、小さな映画館を見つけました。
看板に『かぜのこえ』とあり何と無く興味を覚え、この映画を観ようと
その小さな映画館へと足を向けました。
上映が始まるまでの間、先程購入したパンフレットを開いて見ていると
ふと、ある事に気がつきました。登場人物蘭に名前も何も書いておらず、
空欄のままになっていたのです。書いてあるのは簡単なあらすじのみ。
不思議に思っていると上演開始のブザーが鳴り響き館内の照明が落ち、
映画が始まりました。
暫らくすると、真白いスクリーンの中から誰かの声が聞こえてきました。
その声はとても清んでいて綺麗な声でした。
何と無くその声が自分の横から聞こえてきている様な感じがして、横を
向いてみると…やっぱり誰も居ませんでした。
ほっとしていると背後からいきなり肩を叩かれ驚いて振り向くと、そこ
には見知らぬ人物が立っていました。
「さ、遊びに行こう。」
そして気がつくとその人物に腕を引かれて映画館を出ていました。
混乱しているこちらを無視してどんどん歩いて行き、そしてニッコリと
笑顔を見せました。
「ね、何処に行く?」
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矢村・花深は自分の手を引いている見知らぬ人物を不思議な思いで
見つめました。
年の頃は、おそらくは12〜13歳くらいの元気そうな男の子。
もう12月だというのに長袖のTシャツ一枚にカーゴパンツという薄着で
見ているこちらが寒くなりそうです。
「ね、早く行こうよ!」
寒くないのかな〜等と思っていると、その少年はもう一度花深の腕を
引張りました。最初、幽霊かも…と思ったりもしましたが、少年が掴ん
でいる腕から伝わるその体温が違うと言っています。
「…ってゆーかさぁ誰?」
花深はとりあえず少年に話を聞こうとしましたが、少年は同じセリフ
しか返しません。
「え〜アタシ的には映画観たかったのになぁ。んーでも面白そうだから
いっか〜?」
とりあえず、自分が行きたいところを案内しようと花深は少年に確認を
取る事にしました。
「おっけー☆じゃぁ何処に行く?アタシは遊園地に行きたいんだけど?」
「うん。遊園地に行こう!」
元気に返された返事を聞きながら、花深はそう言えば名前を聞いていな
かったな〜と気がつきました。
「そう言えば名前聞いてなかったよね?アタシ、矢村花深ってゆーの♪」
「…僕はヒロだよ、花深おねーちゃん。」
少年はニッコリと笑顔を返し、それにつられる様に花深も笑顔を見せ
ました。
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二人は近くの遊園地へと向かいました。
花深はとにかく絶叫系の乗り物が大好きだったので、次から次へとその
手の乗り物ばかり『ハシゴ』していきます。
ヒロはちょっと青い顔をして、隣でニコニコと笑っている花深を見上げ
ました。
「ね、花深おねーちゃん。」
「んーなに?」
「どーして観覧車とかメリーゴーランドとかには乗らないの?」
「だって面白く無いじゃん?」
即答で還ってきた言葉にヒロは小さく溜息をつきました。
そして花深の遊園地論繰り広げられヒロはそれを延々聞かされる事。
「だってさ、遊園地だよ?遊ぶ園の地なんだよ?!あんな観覧車なんて
ただ上から下見てるだけじゃん!ってゆーか何処が面白いの?って感じ。
アタシ的には時間の無駄ってカンジなんだよねぇ。その点、絶叫系って
ゆーの?ジェットコースターとかさメッチャ楽しいじゃん。風がビュー
って来てドーンってカンジでさ!」
言っている事があまり理解できなかったヒロでしたが、とりあえずここ
は頷いて長い話を終らせてようと返事を返しました。
「…う、ん。よくわかんないけど…わかった。」
「よっしぁ〜じゃぁ次はこれね♪」
そうして二人は再び絶叫系の乗り物の列へと並ぶのでした…。
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二人は散々遊んだ後、川辺へと来ていました。土手に座りながら流れる
雲と河を見つめのんびりとした時間が二人の周りを流れていきました。
川べりの木々はすっかり冬の顔になっていましたが、こうやって太陽の
光を浴びていると何と無くほかほかとした気持ちになれる様です。
「ふぁぁ〜超久々に遊んだー!ってカンジ☆超楽しかった♪ホントはさ
水族館とかにも行きたいんだけど、さすがに時間ないしね〜。あ、あと
お台場とかも?行きたかったしぃ。」
土手の草を指でプチプチと引張りながら視線を少年に移しました。
「ね、そーいえば・・・ヒロちゃんって何処に住んでんの?遅くなっても
いーの?怒られない?」
花深の言葉に少年は大きな瞳をぱちりと見開き、彼女を見つめました。
「…それとも家出中〜とか?」
「……」
「え?ウソ…マジ?」
少年は暫らく無言でしたが、やがてポツリと呟きました。
「……僕ね、待ってるの。」
「へ?誰を待ってるの?おかーさん?おとーさん?」
「ううん。…おにーちゃん……」
少年はゆっくりと自分の事を話始めました。
「ずっとずっと待ってるの。あのね、二人で映画を見に行ったのに、気
が付いたらおにーちゃん居なくなってたの。ジュース買ってくるって…
戻るまで待ってなさいって。だけど…ずーっと、ずーっと待ってるのに
おにーちゃん戻ってこないの。ずっと待ってたら退屈になっちゃって…
そしたら、花深おねーちゃんが隣に座ったの!だから、おにーちゃんが
来るまで遊んでもらおーと思ったの。それに…僕一人だと映画館から出
れなかったから…」
少年はしゅんとして膝小僧に顎を乗せ川を眺めています。
「なにそれー!ってゆーかさぁ、それじゃぁ映画館に戻らないとダメじ
ゃん!おにいちゃん、ヒロちゃんの事捜せないんじゃないのぉ?」
花深のその言葉に少年はパッと顔をあげました。
「そう…かな。」
「そうだよ!戻らなきゃ!おにーちゃん、困ってんじゃないの?」
「…うん。僕、映画館に戻る。」
「よっし、じゃぁ一緒に行こ〜♪」
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二人して映画館へと向かい歩いていくと…
「え?」
花深は自分の目を疑いました。
そこにあったのは映画館ではなく、小さな『立ち入り禁止』の立て札と
平たく整地されてた空き地だったのです。
唖然としていると、その区画のスミに一人の少年が立っているのが見え
ました。その少年はじっと敷地内を見詰め佇んでいます。
その少年の姿を見つけたヒロは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに言いま
した。
「おにーちゃんだ!」
そう言って走り出してヒロは立っていた少年に抱き付きました。突然に
抱きつかれた少年も次の瞬間にはニッコリと笑って嬉しそうです。
花深はその光景をみてなんとなく嬉しくなりました。
そして少年は思い出したように振り返り、花深へと大きく手を振りまし
た。
「花深おねーちゃん!ありがとー!」
それは映画館から出してくれて、なのかそれとも付き合ってくれて、と
言う事なのか…おそらく二つともなのか、ヒロは「バイバイ」と手を振
って笑っていました。
何か言葉を返そうとした瞬間、ザッと風が吹きぬけ花深は言葉を飲み込
みました。
一陣の風が吹きぬけた後…二人の姿は風と共に消えてしまいました。
花深はもう一度映画館があった場所を見ました。すると、少年が立って
いた場所に白い花束をみつけ、花深はせつなく微笑みました。
「…これって所謂『こえ』に呼ばれちゃった、って事?」
彼女の手に握られていた映画のパンフレットは音も無く白い灰となって
風の中へと消えていきました。
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『…月某日午前11時頃、S区S駅付近の映画館で火災が発生しました。
この火災で逃げ遅れた兄弟二人が犠牲となりました。小学生の弟は館内
に発生した煙を吸い死亡。ロビー付近で倒れていた兄の中学生も意識不
明の重体で病院に運び込まれましたがまもなく死亡。この火災での被害
は死亡2名重傷1名軽傷30名。検察や消防では原因究明を急ぐと共に……』
それは今から2ヶ月前に起こったとある映画館での火災事故…
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0991 / 矢村・花深 / 女 / 24 /学校図書館司書
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、おかべたかゆきです。
ご依頼ありがとうございました。
締め切りギリで申しわけありません…(汗)
今回文章を『なんちゃって児童文学』風にしてみたのですが…
如何だったでしょうか?一応『ほのぼの』した感じを目指した
つもりです…が、どうも玉砕ぽいっすね。何気に暗いですし…
『日々コレ精進』…頑張ります。
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