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ミステリーハウス
●オープニング
「友達がいなくなったんです! 調べてください!」
その女の子は、草間に会うなりそう言った。
「まずは、落ち着きたまえ」
探偵、草間武彦は煙草の煙をくゆらせながら、椅子を指差した。
「それに、まだ名前も聞いていない」
「魅羅杏奈(みら・あんな)です。座ってる場合じゃありません!」
杏奈は、ショートヘアのボーイッシュな感じのする女の子だった。高校生ぐらいに見える。
「で、いなくなったというのは?」
「リカ……各務理香(かがみ・りか)です。頼みます、探し出してください!」
「もう少し詳しい話を聞きたいな」
「だからっ……」
そこへタイミング悪く、零がお茶を運んでくる。
「どうぞごゆっくり」
「ゆっくりしている場合じゃないんです! リカはあの幽霊屋敷に入っていったきり、帰って来なくなっちゃったんです!」
「幽霊屋敷?」
「昔から、人が消えるって噂があったんです」
「ほう。彼女はなぜそんな場所に?」
「あの……罰ゲームで、近所でも評判の幽霊屋敷を一回りしてくるって……でも、本当はちょっと入るだけで勘弁するつもりで。でもリカ、そういうの全然信じてなくて、それでどんどん一人で奥へ行っちゃって……」
最後はしどろもどろになりながら、杏奈はぐいっと一気にお茶を飲み干し、
「消えちゃったんです!」
必死の形相で草間を見つめた。
「とにかく、その家を調べてみる必要がありそうだな」
草間は、フーッと煙をふかし、呟いた。
「やれやれ、またホラーか……」
「なんか言いました!?」
杏奈にギロッと睨まれて、草間は首をすくめた。
メールを開くと、旧知の草間からだった。
「ほう……」
娘の耀子と同じぐらいの年齢だ。
「放っておくわけには行くまい」
そう呟き、メールを返した。
自らが経営するショットバーへ入って行くと、雇いのバーテンダーが軽く首を下げて挨拶する。
いつもの指定席……一番端の席へ座ると、何もかも承知しているバーテンダーは早速カクテルを作り、スッと差し出した。
その男――巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)は四十過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
バーテンダーと客……というより、顕龍は用心棒にしか見えない。もちろん、そう見られてしまう事は分かっている。
もう昔とは違う。
長い間暗殺という危険だがスリルのある仕事を生業として来たが、もう充分に金はある。若くもない。無茶な事、危険な事を殊更する必要もない。ショットバーの経営から来る上がりも、程々はある。だから、引退したのだ。
それにしても、草間とも長い付き合いだ。
引退して、こうして依頼を受けるようになったのはつい最近の事ではあるが、お互い知らない仲ではない。それは、決して味方としてと言う意味だけではなかった。草間との出会いは、まだ暗殺者として第一線に居た頃だ。一方の草間は探偵。自ずと、友好的にと言うわけにはいかなくなる。
だがどういう立場にあっても、互いに力を認めていた。そこに、友情とも、憎しみとも、敵愾心とも違う、何かが生まれていた。
まぁいい。
今は、杏奈という女に話を聞くことこそが、重要だ。
「行くか」
草間興信所へ。
顕龍は、カクテルを一口でグッとあおると、早速立ち上がり、何か言いたげなバーテンダーを目で制して、無言でバーを出て行った。
●杏奈を囲んで
草間興信所のその一室には、五人が集まっていた。
「これで全員ね。わたしはシュライン・エマ、よろしくね。あなたが杏奈さん?」
こくり、と椅子に座った小柄な少女がうなずく。
シュラインは、細身で背が高く、切れ長の目の中性的な容貌をしている二十代半ばの魅力的な女性だった。勿論、その白い肌、青い瞳を見れば日本人ではない事は察せられる。しかし、外見とは裏腹に至って流暢な日本語を話す。
一方の杏奈の方は、ショートヘアのボーイッシュな感じのするつややかな黒髪の少女であった。高校のらしき制服を着ていて、不安そうな表情で他の4人を見回している。
「俺は葛妃・曜。大丈夫、そんな心配そうな顔するなよ」
曜は安心させるように、杏奈に笑いかけた。
曜は、女子高生だった。それも、ある筋では大変評判の有名お嬢様女学園に通う、由緒正しき女子高生である。言葉遣いはちょっとそぐわないけれど。こちらも小柄だがボーイッシュで中性的な容姿をしている。曜と杏奈、見れば同級生と言われてもおかしくない感じだ。
「僕は水野・想司(みずの・そうじ)☆よろしくねっ♪」
ニコッと笑う。
想司は小柄で少女の様な外見をしていた。年も若く、中学生ぐらいにしか見えない。その言葉も、態度も、とても子供っぽく、ここに居る事にやや違和感があった。
それでも草間に呼ばれたって事は、何かあるはず。
「巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)だ」
ただ一言だけ、そう、顕龍は言った。
見れば、依頼者の杏奈はともかく、他は子供二人と力のなさそうな女性一人だけである。いざとなれば、杏奈は顕龍一人で守らねばならないだろう。
杏奈が立ち上がった。
「魅羅杏奈です。リカを、リカを助けてくださいっ!」
「そのことだけど……」
シュラインが、切り出す。
「ね、消えた時の状況をもっと詳しく教えてもらえるかしら? そもそも、リカさんが消えたのはいつの事なの?」
「昨日です」
リカが、顔を伏せる。
「昨日、学校帰りに……罰ゲームでリカ一人、あの屋敷へ……」
「罰ゲームって何の?」
曜が尋ねると、
「あのー、下らない事なんですけど……香水の話してたら、どっちがよく知ってるかって言い合いになって、チキチキ誰がたくさんブランド名知ってるかクーイズ! ってのを授業中やっていて、」
「ああ、まぁ、大体分かったわ」
「クイズじゃないし」
曜が突っ込む。
「それで罰ゲームであの屋敷へって事になって」
「お前達二人でか?」
顕龍が聞くと、杏奈は首を振り、
「あと、ヨーコもいました。今、リカの家に行ってますけど」
顕龍は、二人だけではない可能性も考えに入れていた。
「なんだ☆3人だったんだ♪」
想司が明るく声を上げる。
どうもこの少年、全くそこには考え至らなかったようだ。
「それで……?」
「あ、はい。それでわたし達、あの屋敷へ行ったんです。でも罰ゲームなんて冗談で、屋敷見たら恐かったし、リカが泣きごと言ったらそこで許してあげようねってヨーコと言ってたんです。でも、リカは幽霊とかそういうの全然信じてなくて。幽霊屋敷なんてばかばかしい、こんなの恐くも何ともないよって一人でずんずん中に入って行っちゃったんです」
「玄関からか?」
冷静に顕龍が尋ねる。
「鍵、壊れてるみたいで……」
「それでどうなったの?」
シュラインが先を促す。
「……それっきりです。最初は玄関の近くで何か物音もしてたんですけど、そう言えば何か文句言ってました。蜘蛛の巣張ってるとか、暗いとか、そういうの」
「それっていつ頃の話? 授業終わってということは、夕方頃? だとしたら、結構暗くなっていたんじゃないかしら」
シュラインの質問に、杏奈は即座に答えた。
「ペンライトを持ってたんです。まだ暗くなる前で。それで、しばらく声が聞こえたり物音がしたりしてたけど、そのうち聞こえなくなって。ヨーコといっしょに待ってたんだけど、いつまでたってもリカは帰ってこなくて……おかしいねって話してたんです。携帯にも電話したんだけど、繋がらなくて」
「そう……消えたところを見たわけじゃないのね?」
シュラインの言葉に、こくり、と杏奈はうなずいた。
「それじゃ、早速その屋敷へ行ってみようぜ」
曜が、威勢よく言い出すと、
「わたしはもう少し調べたい事があるわ」
シュラインは、クールにそう宣言した。
想司はにっこりと、
「うん、分かった♪幽霊屋敷の奥深くで行われている伝説の地下格闘技場で覇者になっているお友達を暗黒面から救うには、拳で語るしかないから道案内をお願いするってことなんだねっ☆OK、僕がマッハ3の速度で連れてってあげるよっ♪」
と意味不明なことを言う。
「……あの?」
不安そうに想司を見返す杏奈。
顕龍としてももう少し情報が欲しいところではあるが、曜と想司と杏奈の子供3人だけで幽霊屋敷へ向かわせるのは不安すぎる。
「俺も、屋敷へ行こう」
顕龍がそう言うと、シュラインはしばし考え込んで、
「それじゃ、二手に分かれましょう。杏奈さん、あなたは……」
「もちろん、僕と一緒さ♪」
陽気に想司が言うが、シュラインは取り合わない。
「杏奈さんはどちらに……」
言いかけると、曜が想司に賛成する。
「屋敷でリカを探す時に、杏奈が居た方がいいと思うんだ」
「そうね。でも、わたしの方も出来れば杏奈さんが居た方が……」
「あ、それじゃ、ヨーコに連絡しておきます」
杏奈の提案に、シュラインはうなずいた。
「お願いするわ」
「シュライン、何か分かったら俺の携帯へ連絡してくれ、頼む」
「ええ、分かったわ」
こうして、曜と想司と顕龍は杏奈とともに幽霊屋敷へ、シュラインはヨーコと合流して情報収拾へと向かう事になった。
●幽霊屋敷前
顕龍達はシュラインと分かれて、幽霊屋敷の前へとやって来た。
日はすでに暮れかかっている。
幽霊屋敷……なるほどそれは、そう呼ばれても不思議ない雰囲気をかもし出していた。門の前には木造の柵が造られ、「キケン入ルベカラズ」という立て看板も見える。ただ、柵は半ば壊され、そこをくぐれば誰でも中に入れるようになっている。
柵をくぐり、門を抜けると草がぼうぼうに生え放題になっている庭と、玄関が見える。また、門の外からではなく中に入って始めて、家の様子が伺い知れた。木造の二階建てで、結構大きな家だ。屋敷と言われるのも分かる。
「うわぁ……」
曜が、思わず声を出した。
「聞きしに優る幽霊屋敷だねっ♪」
想司が陽気な感想を述べる。
顕龍は屋敷を探ってみた。嫌な感じがする。
「なるほど……確かに、何かあるな」
顕龍が呟くと、
「でも、中に入らなきゃ分からないし。危険は覚悟の上だよ、さぁ、行こうか?」
と曜が歩き出す。
杏奈がぶるっと震え、
「……やっぱり、わたしも入らなきゃダメですよね」
すがるように曜を見る。
「心配ないよ♪」
想司はそう言うと、天使の笑顔で突然、杏奈を抱きかかえた。
「えっ?」
驚いている杏奈と曜を置き去りに、想司は杏奈をお姫様抱っこしたまま、窓にむけて超人ダイブをぶちかまし、屋敷内へ乱入して行った!
「きゃあああああーっ!」
杏奈の悲鳴が木霊する。
「えっ!?」
うろたえる曜。
顕龍はすぐに行動した。
「行くぞ」
一言、それだけ言って玄関へ素早く駆けていく。
「あっ、待って! ちょっと!」
慌てて、曜は後を追って屋敷の中へ突入した。
●幽霊屋敷にて
中は、暗かった。そして、とてもほこりっぽい。
だが顕龍は夜目が利く。暗殺者としての訓練の賜物だ。
玄関はそれ程モノが壊れているとか、床が抜けているとかということはない。ここから左右と真中の3つに廊下が伸びている。
顕龍は素早く辺りを探り、人気の無い方……つまり、想司が突入した右側ではなく、左側へと音も無く駆けた。
わざわざ人を避けたのには理由がある。
成り行き上飛び込んだが、今すぐ杏奈を助け出さねばならないという事はない。想司という少年の理屈は理解不能だが、想司が杏奈に危害を加えるというわけではない以上、しばらくは放って置いても構うまい。
それより、今必要なのはこの幽霊屋敷を把握する事だった。
その為の動作を人に見られるのも、色々と都合が悪い。
玄関から離れて、人気がない事を確認してから、顕龍は懐から呪虫……斑蜘蛛達を取り出した。
「この屋敷中を探れ。各務リカ、及びその所持品を発見しろ。ついでに、杏奈の居場所もな」
蠱術による呪虫である。
斑蜘蛛達は放たれると、一斉に屋敷中へと散って行った。
しばし、その報告を待つ。
どこかから、悲鳴や物音が聞こえて来る。
やがて、一斉に呪虫達が帰って来た。
幾つかの事が判明した。
まず、リカはいない。
リカの持ち物らしき物も発見出来なかった。
この屋敷は二階建だが、地下室もある。
その地下室に杏奈と想司がいたのだが、それは少し前のことだ。
更に、曜の居場所も知れた。だが、これも少し前のことだ。
そして、帰ってこない呪虫が存在する。
それは二階へ行った連中の一部であった。二階に何かがあるらしい。
内部はどこもほこりっぽく、荒れているが、思ったほどではない。
「……まずは、地下か」
地下は、どうやらワインナリーになっているようであった。
やはり、音も無く素早く歩き、地下室へと向かう。
途中、想司が突入した窓の辺りにやって来た。ガラスが散乱している。だが、今は誰もいない。ここで争った形跡もないようだ。
地下室へやって来ると、異臭……というか麗しいワインの香りがたちこめていた。棚が倒されて、壁に穴が開いている。想像を絶する何かがあったのか……?
だが、気配は何も無く、想司も杏奈もいなかった。
念のために、術に使用する蝋燭に火を灯し、1階の部屋を片端から覗いてみたが、呪虫で調べたとおり、何も無い。やはり、何かがあるのは二階なのだ。
静かだった。
その事にも疑問を感じていた。虫を放っている間は割と声も音も聞こえていたのだが、それは反対に言えば無事の証拠だ。特に想司は、何をやるにも静かにとはいかない質だろうと見ていた。それが、何も無いとは不気味だ。
二階の幾つかの部屋を覗くが、そこには何も怪しい物はなかった。もちろん、リカも、他の者もいない。
それは分かっていた。
呪虫が帰ってこなかったのは1部屋だけであったのである。
その部屋へと入る前に、顕龍は懐へ手を忍ばせた。
何かあっても、厭魅、あるいは巫蠱の術にてすぐに行動出来るように。
もちろん、相手が生身の戦闘を挑んで来ても対処出来るように、警戒も怠らない。
顕龍は扉に手を掛け、中を覗いた。
妙な部屋だった。
蝋燭の灯りが跳ね返る。
よく見ると辺り一面、ガラス……いや、鏡張りの部屋だった。
床にも鏡が組み込まれている。
壁と天井は一面鏡で、しかも奇妙な角度にでこぼこが出来ていて、平らではない。
中に入ると、更に不思議な事があった。
ほこりっぽくないのだ。というか、床にほこりが積もっていない。この部屋だけ、毎日誰かが掃除していたとでも言うのだろうか?
「ん?」
床に、携帯電話が落ちている。
顕龍をそれを手に取った。
「誰の物だ……?」
ガタン!
「むっ!」
突然、顕龍の後ろの扉が閉まった!
風も無いのに。
顕龍は警戒を更に強め、次に起こる何事かに備えた。
その、時。
ぱああああっ……
柔らかい光が、顕龍を包んだ。
「……この光はどこから……?」
鏡に映る自分の姿がはっきりと見える。
光は反射して、きらめき、顕龍の姿を幾重にも別の角度から映し出した。
気が付くと、顕龍はまばゆい光に包まれたまま、目をつぶっていた――
●誰もいない街
顕龍が目を覚ました時、そこは街中であった。
昼間だ。
住宅街のように見える。
だが、誰もいなかった。
ふと、手に持っている携帯に気が付いた。誰の物だか分からないが、必ず今回の事件と関りがあるはずだ。
顕龍は、携帯を懐にしまい、歩き出した。
「ここは、どこだ?」
顕龍の記憶は確かだ。あの幽霊屋敷は夢や幻ではない。
意識もはっきりしている。
あの幽霊屋敷の鏡の部屋から、ここに投げ出されたのか?
その可能性は、ある。原因は分からないが……あの家、そしてあの部屋で感じた嫌な感覚。あそこならば、多少の超常現象も起こり得る。
そして……奇妙な事に、何の音もしない。
響くのは、ただ顕龍の足音のみである。
町中には雑踏があるはずだ。
動物や虫の声、車や自転車の音、そういった音。そして声。
何も聞こえないのはなぜか?
「よう」
声は、顕龍の後ろから聞こえた。
声に聞き覚えがあった。
顕龍は、振り向きざま跳びすさる!
銃声。
さっきまで顕龍が居た場所を、正確に2発の弾が通り抜けた。
顕龍は素早く電柱の影に隠れた。
間違いない。ベレッタを使う人影。奴ならば、次は間違いなく……
「臨兵闘者皆陣列在前!」
軽く九字を切り、結界を張る。
その顕龍の周りを、炎が取り囲んだ!
「やはり……貴様か!」
かつて、「炎の魔術師」と呼ばれ、恐れられた暗殺者が居た。本名は、誰も知らない。顕龍にとっても強敵であり、幾度も戦いを繰り広げた。その男こそが、今ここにいる奴である。
だが……
「ありえない」
奴は、確かにこの手で葬ったはずだ。
もう何年も前の話だ。まさか、亡霊が蘇ったと言うわけでもあるまい。
そもそも、なぜ今、ここに奴がいるのか?
顕龍は呪虫である斑蜘蛛を懐から取り出し、蠱術によって使役した。
辺り一帯に散らせる。炎はいつの間にか消えている。
他に人気がない事も、これだけの騒ぎを住宅街で行っているにも関わらず、何も反応がない事も、更に言えば、もし奴だとしてもこんな場所で顕龍を襲うなど奇妙すぎる。
「無論……」
蜘蛛達が帰って来る。
やはり。
この地の建物の中に、人はいない。そして呪虫の見た物の中に違和感を覚える。
「これは……」
先程懐に入れた携帯を取り出してみる。
待ち受け画像では何も分からない。しかし、良く見ると、既に携帯のボタンがおかしかった。左右が逆になっているのだ。右から1、2、3と数字が並ぶ。しかも、その文字も左右逆転している。
ボタンを押して着信チェックを行うと、着信者が出て来る。そこに、文字の逆転したシュライン・エマという名前が確認出来た。
何より、携帯のデジタル時計は現在19時を示している。この陽の高さでは、おかしかろう。もっとも、表示が正しいと言う保証はないのであるが。
全てが一つの事を暗示していた。
「鏡の中の世界……か?」
有り得ない事だが、しかし現在の状況を照らし合わせるとそういう事になる。
顕龍は試しにシュラインに発信してみた。
だが、携帯は圏外を示している。もちろん応答はない。こんな住宅街で圏外もおかしな話だが……顕龍は、確信した。
だとすれば、突然「炎の魔術師」が動きを止めた事にも納得が行く。
そう、生きているはずがないのだ。
これは幻。そして、こちらの意を汲んでいる。となると、誰かがずっと顕龍を見張っていた事になる。「炎の魔術師」を作り出した者。いや……あるいは顕龍の心の中を透かして見た者が……
「正体を現せ! 鏡の中の者よ!」
「ククク……頭の働く事だ」
何者かの声がそう、響いた時。
世界がドロドロと溶けて行き……
●ホールの悪魔
ふと気が付くと、そこはホール状の屋内の広い場所だった。
「今度はどんな幻だ?」
だが、辺りを見ると変化はそれだけではなかった。
少し離れた場所に少女のような顔の想司、そしてボーイッシュな二人組の杏奈と曜が立っているのが見える。
自然、想司と顕龍は杏奈の方へ歩いて行く。
「やあ☆やっと会えたね♪でも闘技場にしては観客席がないなぁ♪」
相変わらずの想司である。
「ここは……現実世界ではない」
誰に告げるともなく、顕龍は言った。
「やれやれ。私も嬉しいよ、こんなに豪華なメンバーが集ってくれて」
どこからともなく、そう、重々しい声が響いた。
空中に、ひらりとマントが現れる。
マントが再びひらりと揺れると、そこに長い黒髪の少女を抱いた厳つい顔の男が現われた。
男は、黒いスーツにマント姿で、地面に着地した。
「何だお前!」
曜が叫ぶと同時に、杏奈も叫んだ。
「リカ!」
「それじゃ君がこの闘技場の覇者ってわけだね♪」
少女……リカは、ぐったりとしたままピクリとも動かなかった。
気絶しているだけなのか、それともすでにもう……一見しただけでは確認出来ない。
「何とでも呼びたまえ。出来るならば君達の魂はこの少女のように無傷で手に入れたかったが、無理ならば仕方ない……」
曜は怒りのあまり、いつの間にか黒毛の虎耳、尻尾を露にした虎人姿になっていた。
「その子を放せ!」
曜は、人間とは思えぬ跳躍力で、いきなり男に飛び掛かった!
「無体な」
男は、常軌を逸したその跳躍力にも驚く事なく、ひらりと曜の攻撃をかわした。
それが合図であるかのように、続いて想司が銀のナイフをきらめかせて男に迫った!
驚くほど流麗でスピーディな動作で、想司のナイフが男の心臓をえぐる!
と、思いきや、その腕は男の体を突き抜けていた。
「道化だな、まるで」
「あれ☆おかしいな♪」
こんな時でも陽気に、想司が声を上げる。
男がただものでない事は分かった。そして先程の「炎の魔術師」などとは違って、この世界の何者かであるだろうことも。
顕龍が、何か呪文を呟き、紙で出来た人形である紙代(かみしろ)を、男へ送る!
厭魅の術である。
紙代にて呪を送り、男を操る……のが無理でも、少なくともその素性は知れるはず。
しかし、紙代は男に近付くと、突然勢いを無くしてぺたりと地面に落ちた。
「むっ……臨兵闘者皆陣列在前!」
顕龍は九字を切り、結界を張った。
この中では顕龍の術は効力が低いのかもしれない。
「無駄だよ」
男がパチッと指を鳴らすと、結界はあっけなく解かれた。
これほど簡単に顕龍の結界が破られるはずはない。無論、顕龍の得意とするは呪詛術であり、攻撃的な暗殺の術ではあるが、己を護る結界程度なら張れる。それが、指先一つで弾かれるとは、やはりここでの顕龍の力はかなり限定されると見るべきだろう。
そして先程からの様子を見ると、この男に力押しは効かないかもしれない。このおかしな空間が鏡の中の世界だとすると、男は自在にここを操れる可能性がある。
「やれやれ、無粋だな。君達にはもう少しこの趣向を楽しんで欲しいね」
再び男がパチッと指を鳴らす。
途端、どこからかクラシカルな音楽が奏でられ始め、広いホールに無数の美男美女の人影が現われた。それらは、舞踏会でも楽しんでいるかのように正装で踊っている。ただ、その顔は出来損ないのマネキンのように無表情で、正確にステップを刻んでいた。
「プレゼントだ」
男がまた指を鳴らすと、今度はそれぞれの手になみなみと注がれた血のように赤いワインで満たされたグラスを握らされていた。
「滅多に来ないお客様だからね。もっとも、ここでは時間など関係ないが」
「こんなの飲めるか!」
曜がグラスを叩き割る。
「貴様、何者だ」
顕龍もワイングラスを放り投げ、警戒を怠らずに男を睨みつける。
男女といい、音楽といい、ワインといい、男がこの世界の主である事は間違いなさそうであった。
「おや、まだ誰も分からないのかい? そうだな。君達の言葉で言えば、悪魔、とでも呼ばれる事が正解なのかな」
曜と杏奈が、一瞬息を飲む。
杏奈は震えて、ワイングラスを取り落とした。
曜が、虎人姿のまま、杏奈の手を安心させるようにギュッと握る。
悪魔……どう考えるべきか。その様なものが本当に存在するのか。残念ながら、顕龍にとって悪魔は専門外であった。果たして力を万全に使えたとしても、呪詛術が悪魔に効くものなのか……?
一方、想司は一人ワインをグイッと飲み干し、
「なかなかイケるね♪」
などと陽気に感想を述べていた。
「さて。本当はもっと楽に魂を頂きたかったのだが、致し方ない。傷ついても、君達ほどのパワーのある魂なら、必ずや美味だろう」
「リカを返して!」
突然、杏奈が叫んだ。
「残念だが……1度貰った魂は、もう戻せないな」
微笑みながら、悪魔はそう宣告した。
「さあ、余興は終わりだ!」
パチッと指を鳴らすと、音楽は止み、踊っていた男女はぴたりとその動きを止めた。
悪魔はリカをその場に横たえ、一歩一歩、ゆっくりと曜と杏奈に近付いて来る。
「そうはさせないよっ♪」
再び想司が銀のナイフをきらめかせて迫るが、今度は悪魔は想司に優るとも劣らぬ速度でそれをかわし、想司の脇をすり抜ける。
曜が杏奈の前に立ち、悪魔に向かって構える。
危険だ。
更に曜の前を顕龍が塞ぎ、体術でもって悪魔に迫るが、軽くいなされてしまう。
悪魔は曜の前までやって来ると、左手を突き出した!
曜は一瞬、悪寒がして飛びすさろうとしたが、後ろに居る杏奈を守るため、動く事が出来ない。
「杏奈、逃げて!」
そう言って、悪魔の左手を払った!
だが、強靭な悪魔の腕は、虎の力を得て超人的なパワーを持つ曜の腕を受け止め、あろう事かその腕がめりめりと曜の胸の中にめり込んでいった!
「わああああっ!」
「いやああああっ!」
心臓をひやりと冷たい手でつかまれた感覚がした曜と、絶望的状況に耐えられなくなった杏奈の悲鳴とが交錯する!
その、時。
「鏡よっ!」
曜達の後ろから、シュラインの声が響いた!
いつの間にか、シュラインが立っている。
「奴は鏡の中の悪魔なのよ! 鏡を使って!」
鏡の中の悪魔……そこまでは分かる。だが、鏡を使う、とは……?
と。
「なあんだ☆そうか♪そうだよねっ♪」
想司が、シュラインに駆け寄る。
「貴様っ! 貴様など招待した覚えは……」
悪魔が言い終えぬうちに。
シュラインから古い、小さな鏡を受け取った想司は、その鏡を悪魔に向け、悪魔の姿をを映し出した。
「えいっ♪」
想司が陽気に、鏡に映し出された悪魔の胸に銀のナイフを突き立てる!
「うわっ! くぅっ、貴様……! 貴様らぁっ!」
地に響くような悪魔のうめき声。
踊りの途中で止まっていた男女が陽炎のようにゆらめいて消え、床が消え、壁が消え、天井が消えて、辺り一面に鏡の世界が広がる。
想司が、ぐりぐりとナイフを鏡に沈める。不思議な事に鏡は割れず、想司がナイフを動かす度に鏡の悪魔は声を上げ、ぐらぐらと世界が揺れた。
曜の心臓をつかんでいた手は引き抜かれ、今や悪魔はうめきながら少しずつ遠くへとよろよろ歩いている。
顕龍は悪魔が弱ったと見るや、そっちは想司に任せ、リカに駆け寄った。
意識はない。が、死んでいるわけでもなさそうだ。
顕龍は素早くリカを抱え上げた。
曜が、杏奈の手を取り、顕龍とリカに近付いてくる。
その時、再び世界は光に包まれた。
そして、顕龍も、想司も、シュラインも、曜も、杏奈も、リカも、鏡の悪魔も、まばゆい光の中へと消えてゆき――
●それから〜再び幽霊屋敷〜バーにて
顕龍が気が付いた時には、例の幽霊屋敷の、鏡の間に居た。
鏡には、ひびが入っていた。
良く見ると、杏奈、リカ、顕龍、シュライン、想司といったメンツも、狐につままれたような表情で立っていた。
懐中電灯が、曜の足下に転がっている。
それだけではない。
男の子、中学生ぐらいの女性、等々5人の見知らぬ人間が倒れていた。
「……みんな、大丈夫ね?」
シュラインが、最初に口を開いた。
「問題ない。だが、この者達は?」
顕龍が、リカを抱きかかえながらそう言った。
「今まで、この屋敷から行方不明になった人達だと思うわ」
冷静に、シュラインはそう返した。
どうやら無事、現実へと帰還したようだ。
「やあ☆まさか格闘王が悪魔だなんてね♪」
相変らず、陽気で意味不明な想司の声。だが今回は、想司がいなければ危なかった。
「杏奈、立てる?」
「大丈夫」
曜は、杏奈の手を取り、立ち上がらせた。
「さあ、早くリカさんの手当をしないと」
シュラインに急かされて、一行は気味の悪い幽霊屋敷を後にする事となった……
こうして事件は一応の幕を閉じた。
リカの容体は軽く、ただ気絶していただけのようであった。だが、それ以前に行方不明になったと思われる者達は、そう簡単ではなかった。意識を取り戻せない者もいたし、身元さえ不明の者もいた。また驚いた事に、鏡の中では時間が止まっているのか、大人はともかく子供までが行方不明になった当時のままの姿だった事が判明した。
そこら辺の事は、シュラインと草間興信所がうまく処理したようだ。
シュラインによれば、そもそも今度の事件は、ある職人によって悪魔の魂を得た鏡のせいらしい。しかし悪魔は鏡の中だけに封じられた。しかし悪魔は封印を解く為に力を必要とし、そのためにあそこに来た者の魂を奪って行ったのだという。
顕龍には、まだ最後に一仕事が残っていた。
何でも幽霊屋敷は、正式に取り壊される事になったという。その前にやっておかなくてはならない事がある。
実は顕龍の見た所、まだ凶凶しい気は全て去ったわけではなかった。
そこで、人知れずもう1度幽霊屋敷へ戻って来た顕龍は、家そのものに厭魅を施した。強力な魔の力を、呪いを施す事によって封じたのである。
いずれここは壊されるであろうが、再びあの悪魔が復活する事などないように。
そして、顕龍は去って行った。
自らが経営するショットバーの、いつもの指定席……一番端の席で、顕龍はカクテルを飲んでいた。
バーテンダーがキュッキュっとコップを磨く。
それにしても今回の敵は、予想以上に強大であった。さすがに本物の悪魔と戦った経験は顕龍にも無い。悪魔と呼ばれた者達なら、いくらでも相手をして来たが。
そして「炎の魔術師」……
思い出したくも無い、最悪の相手を嫌でも思い出してしまった。
あれは、どういうつもりであったのだろうか?
あれに殺されれば、魂は悪魔のものになったのか? おそらくそうであろう。
曜を相手に、悪魔は最後には強引に心臓をつかんでいたが、あのような方法で果たして魂を手に入れる事が出来るのであろうか?
鏡の世界ではあれほどに無敵の存在ならば、もっとたやすく魂が手に入りそうなものだ。しかし、実際には随分迂遠な方法を取っている。
どういうことなのか?
魂、というものが精神だとするならば、「死んだ」と思った時が死ぬ時にならないだろうか?
悪魔は、人間に自ら「死んだ」と思い込ませて、その時にだけ魂を奪えるのかもしれない。それならば、納得も行く。
だとすれば、敢えて最初に隙のある世界でここが鏡の国であり、自分達が囚われの身であると言うことを知らせたとも受け取れる。
さて、どこまでが真実なのか。
それは、神のみぞ知る。
いや、どうも神とは顕龍には余りふさわしくはない言葉であったが。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0424/水野・想司/男/14/吸血鬼ハンター
0888/葛妃・曜/女/16/女子高生
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■ ライター通信 ■
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プレイヤーの順番は、申込順です。
今回の依頼は、MAX4人の募集でした。
3度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そしてシュライン・エマ様、水野想司様、葛妃曜様、はじめまして。
今回顕龍は、前半はお守役みたいになってしまいました。
どうしてもキャラの年齢が高いと……シュラインはともかく、顕龍からすると想司と曜は自分の子供みたいな年ですし。
悪魔が相手のせいで、顕龍の呪詛術も効果が少なかったのは残念です。と言うか今まで、人相手にあんまり使ってませんね、そう言えば。
本当は人に対してこそ一番効くんですけど。
わたしの話は基本的に、同じ話を各キャラクター毎に別々の視点やサイドストーリーを絡めて書かれています。ぜひ他のキャラの話もお読みください。謎も解け、楽しめるのではないかと思います。
お手数でなければ、ぜひ私信のメールなどいただけると嬉しいです。どんな意見でも、文句でも、参考になります。お願いします〜。
今回はありがとうございました。
それでは、またお会いできる事を願って――
ライター 伊那 和弥
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