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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ミステリーハウス

●オープニング
「友達がいなくなったんです! 調べてください!」
 その女の子は、草間に会うなりそう言った。
「まずは、落ち着きたまえ」
 探偵、草間武彦は煙草の煙をくゆらせながら、椅子を指差した。
「それに、まだ名前も聞いていない」
「魅羅杏奈(みら・あんな)です。座ってる場合じゃありません!」
 杏奈は、ショートヘアのボーイッシュな感じのする女の子だった。高校生ぐらいに見える。
「で、いなくなったというのは?」
「リカ……各務理香(かがみ・りか)です。頼みます、探し出してください!」
「もう少し詳しい話を聞きたいな」
「だからっ……」
 そこへタイミング悪く、零がお茶を運んでくる。
「どうぞごゆっくり」
「ゆっくりしている場合じゃないんです! リカはあの幽霊屋敷に入っていったきり、帰って来なくなっちゃったんです!」
「幽霊屋敷?」
「昔から、人が消えるって噂があったんです」
「ほう。彼女はなぜそんな場所に?」
「あの……罰ゲームで、近所でも評判の幽霊屋敷を一回りしてくるって……でも、本当はちょっと入るだけで勘弁するつもりで。でもリカ、そういうの全然信じてなくて、それでどんどん一人で奥へ行っちゃって……」
 最後はしどろもどろになりながら、杏奈はぐいっと一気にお茶を飲み干し、
「消えちゃったんです!」
 必死の形相で草間を見つめた。
「とにかく、その家を調べてみる必要がありそうだな」
 草間は、フーッと煙をふかし、呟いた。
「やれやれ、またホラーか……」
「なんか言いました!?」
 杏奈にギロッと睨まれて、草間は首をすくめた。

「なるほど、それは一刻を争うわね」
 シュライン・エマは、依頼の概要を聞いてそう言った。
 シュラインは、細身で背が高く、切れ長の目の中性的な容貌をしている二十代半ばの魅力的な女性だった。勿論、その白い肌、青い瞳を見れば日本人ではない事は察せられる。しかし、外見とは裏腹に至って流暢な日本語で彼女は続けた。
「それでその、杏奈さんは今どこに?」
「隣で待ってるよ。もうすぐ、みんなやって来るから」
 言ったのは、興信所の主、草間武彦である。
「みんな?」
「何人かに打診したら、色よい返事をもらえてね。君を含めて4人来る事になっている。もうすぐ到着するんじゃないかな。頑張ってくれよ」
「もちろん」
 シュラインは、丁度バイトに来たところであった。
 シュラインの本業はあくまでも翻訳者である。であるが、シュライン程の語学能力の持ち主でも、翻訳だけでは食べていかれない。そこでゴーストライターの仕事をしている。そして、ささやかな生活レベル上昇と執筆ネタ収集を兼ねて草間興信所にて事務、整理等のバイトをしているのである。
 しかし金回りが悪いのか、最近はほぼ家事手伝いのボランティア状態になっているので、ただいいようにこき使われているだけと言う気もする。
 基本的にはバイトなのであるが、たまにこうやって依頼を受ける事もある。今回の場合は、リカという女の子を早く探してやらねば、という点と、幽霊屋敷と呼ばれているその家自体に興味が湧いた。
 幽霊屋敷……なぜリカは消えたのか? なぜそう呼ばれているのか?
「持ち主の趣味で幽霊屋敷ならぬカラクリハウスってオチだったら……依頼人もまだ理解の範囲で安心でしょうけど、ね……」
 苦笑して、
「さ、気を引き締めて掛かりますか。行ってくるわね、武彦さん」
 シュラインは、杏奈の居る隣の部屋へと歩き出した。

●杏奈を囲んで
 草間興信所のその一室には、五人が集まっていた。
「これで全員ね。わたしはシュライン・エマ、よろしくね。あなたが杏奈さん?」
 こくり、と椅子に座った小柄な少女がうなずく。
 杏奈は、ショートヘアのボーイッシュな感じのするつややかな黒髪の少女であった。高校のらしき制服を着ていて、不安そうな表情で他の4人を見回している。
「俺は葛妃・曜。大丈夫、そんな心配そうな顔するなよ」
 曜は安心させるように、杏奈に笑いかけた。
 曜は、女子高生だった。それも、ある筋では大変評判の有名お嬢様女学園に通う、由緒正しき女子高生である。言葉遣いはちょっとそぐわないけれど。こちらも小柄だがボーイッシュで中性的な容姿をしている。曜と杏奈、見れば同級生と言われてもおかしくない感じだ。
「僕は水野・想司(みずの・そうじ)☆よろしくねっ♪」
 ニコッと笑う。
 想司は小柄で少女の様な外見をしていた。年も若く、中学生ぐらいにしか見えない。その言葉も、態度も、とても子供っぽく、ここに居る事にやや違和感があった。
 シュラインは、曜と想司を知っていた。前に一緒に依頼をこなした事がある。ただ、曜はともかくなぜ草間は想司を呼んだのか? 確かに強いかもしれないが、むしろトラブルの種を増やすだけのような気がする。
「巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)だ」
 ただ一言だけ、そう、顕龍は言った。
 顕龍は40過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
 杏奈が立ち上がった。
「魅羅杏奈です。リカを、リカを助けてくださいっ!」
「そのことだけど……」
 シュラインは、切り出した。
「ね、消えた時の状況をもっと詳しく教えてもらえるかしら? そもそも、リカさんが消えたのはいつの事なの?」
「昨日です」
 リカが、顔を伏せる。
「昨日、学校帰りに……罰ゲームでリカ一人、あの屋敷へ……」
「罰ゲームって何の?」
 曜が尋ねると、
「あのー、下らない事なんですけど……香水の話してたら、どっちがよく知ってるかって言い合いになって、チキチキ誰がたくさんブランド名知ってるかクーイズ! ってのを授業中やっていて、」
「ああ、まぁ、大体分かったわ」
 本当に下らない。
「クイズじゃないし」
 曜も突っ込む。
「それで罰ゲームであの屋敷へって事になって」
「お前達二人でか?」
 顕龍が聞くと、杏奈は首を振り、
「あと、ヨーコもいました。今、リカの家に行ってますけど」
「なんだ☆3人だったんだ♪」
 想司が明るく声を上げる。
「それで……?」
「あ、はい。それでわたし達、あの屋敷へ行ったんです。でも罰ゲームなんて冗談で、屋敷見たら恐かったし、リカが泣きごと言ったらそこで許してあげようねってヨーコと言ってたんです。でも、リカは幽霊とかそういうの全然信じてなくて。幽霊屋敷なんてばかばかしい、こんなの恐くも何ともないよって一人でずんずん中に入って行っちゃったんです」
「玄関からか?」
 冷静に顕龍が尋ねる。
「鍵、壊れてるみたいで……」
「それでどうなったの?」
 シュラインが先を促す。
「……それっきりです。最初は玄関の近くで何か物音もしてたんですけど、そう言えば何か文句言ってました。蜘蛛の巣張ってるとか、暗いとか、そういうの」
「それっていつ頃の話? 授業終わってということは、夕方頃? だとしたら、結構暗くなっていたんじゃないかしら」
 シュラインの質問に、杏奈は即座に答えた。
「ペンライトを持ってたんです。まだ暗くなる前で。それで、しばらく声が聞こえたり物音がしたりしてたけど、そのうち聞こえなくなって。ヨーコといっしょに待ってたんだけど、いつまでたってもリカは帰ってこなくて……おかしいねって話してたんです。携帯にも電話したんだけど、繋がらなくて」
「そう……消えたところを見たわけじゃないのね?」
 シュラインの言葉に、こくり、と杏奈はうなずいた。
 なるほど、それでは文字通り皆の見てる前で忽然と消えたというわけではない。ということは、幽霊でもなんでも無くて、何かあって屋敷の中で動けないだけという可能性も残されている。
「それじゃ、早速その屋敷へ行ってみようぜ」
 曜が、威勢よく言い出すと、
「わたしはもう少し調べたい事があるわ」
 シュラインは、クールにそう宣言した。
 想司はにっこりと、
「うん、分かった♪幽霊屋敷の奥深くで行われている伝説の地下格闘技場で覇者になっているお友達を暗黒面から救うには、拳で語るしかないから道案内をお願いするってことなんだねっ☆OK、僕がマッハ3の速度で連れてってあげるよっ♪」
 と意味不明なことを言う。
 相変らずの勘違い想司……
「……あの?」
 不安そうに想司を見返す杏奈。
「俺も、屋敷へ行こう」
 顕龍がそう言うと、シュラインはしばし考え込んだ。
 屋敷へ一緒に行きたいのは山々だけれど、その前にやれる事はしておきたい。
「それじゃ、二手に分かれましょう。杏奈さん、あなたは……」
「もちろん、僕と一緒さ♪」
 陽気に想司が言うが、シュラインは取り合わない。
「杏奈さんはどちらに……」
 言いかけると、曜が想司に賛成する。
「屋敷でリカを探す時に、杏奈が居た方がいいと思うんだ」
 それも一理ある。
「そうね。でも、わたしの方も出来れば杏奈さんが居た方が……」
「あ、それじゃ、ヨーコに連絡しておきます」
 杏奈の提案に、シュラインはうなずいた。
「お願いするわ」
「シュライン、何か分かったら俺の携帯へ連絡してくれ、頼む」
「ええ、分かったわ」
 こうして、曜と想司と顕龍は杏奈とともに幽霊屋敷へ、シュラインはヨーコと合流して情報収拾へと向かう事になった。

●ヨーコと一緒
 杏奈が携帯でヨーコと連絡を取り、シュラインは杏奈、曜、顕龍、想司の一行と別れた。しばらく事務所前で待っていると、杏奈と同じ制服を着た、おさげの女の子が向こうからやって来た。
「あなた、ヨーコさん?」
 シュラインは、近づいて来た少女に声を掛けた。
「あっ、はい、そーです。万華・葉子(まんげ・ようこ)です。杏子から話は聞きました。お役に立てるかどうか分かりませんが……」
「確認するけど、あなたも例の幽霊屋敷に行っていたのよね? リカさんが居なくなった時に」
「あ、はい、そーです」
 ヨーコは、なぜか照れておさげを弄ぶ。
「リカさんの家へ行ってたって聞いたけど」
「あ、はい、リカが戻ってないかと思って……」
 見たところ、ヨーコは地味な女の子だ。杏奈はボーイッシュだが、見ようによっては小さくて可愛く、目立つところがあった。比べると、ヨーコは背は高く痩せているけれど、地味な顔立ち、体型、雰囲気をしていた。言葉にも、どうも語尾が小さくなっていく傾向があるようだ。
「最初に聞いておきたいんだけど……幽霊屋敷についての噂って、何か知っているの? 罰ゲームにするぐらいだから、噂ぐらいあると思うんだけど」
「あ、はい、少しなら……あの幽霊屋敷、いつからあるのかは誰も知らないんです。ずっと昔からかもしれませんけど、わたしは中学までは学区も違ったし、全然聞いた事有りませんでした。リカなら地元だから、知ってたと思いますけど……」
 なるほど。リカは地元ということは、昔から知っていた可能性が高い。だから恐くなかったのだろうか?
「わたしが聞いたのは、男の子がいなくなっちゃったって言う話です。道路でキャッチボールをしていたら、あの屋敷へボールが入っちゃって、一人でボールを取りに行ったまま帰ってこなくなったって……」
「ふーん……幽霊って言うより、人の消える家ね」
「なんでも、あの辺では有名な幽霊屋敷らしいですよ」
「ふう……あなたたちも、良くそんな場所で罰ゲームなんて……」
 シュラインがため息をつくと、ヨーコは縮こまって、
「すみません……」
 と、顔を伏せた。
「ああ、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。そうね……とにかく、まずは誰がこの屋敷の持ち主なのかを調べてみましょうか」
 シュラインはそう言って、歩き出した。

●シュラインの調査行
 まず屋敷近辺で噂を探ってみた。
 それによると、人が住んでいたのはかなり以前で、もう何十年もそのままらしい。幽霊を見た、という目撃談もあったが、いずれも又聞き状態で信憑性は薄い。ただ、ヨーコが聞いたという男の子の他にも、ホラー好きの大学生、自殺願望のある中学生などが屋敷の近辺でいなくなったいう噂があった。
 ただ、いずれも個人名などが特定出来ない。
 一旦噂の調査は止めて、屋敷の主を探す事にした。
 登記を調べ、近辺の不動産屋をめぐった結果判明したのは、幽霊屋敷はどうやら私有地であるという事だった。正規の登録者には、「鬼島某」とあった。調べてみるとこの人物は鹿児島に住んでいる。
 住所から電話番号を探し出し、連絡をとってみた。
 電話に出て来たのは、鬼島その人だった。
「すみません、こちらの土地の登録を見直しているのですが、鬼島様は本当にこの場所の土地を管理しておられますか?」
 役人とも誰とも言っていないのだから、嘘ではない。
「あの家のことは放置しておる。税金は毎年きっちり払っているはずですがな?」
 いかにも頑固そうな、重々しい老人の声である。
「その家が、ほとんど廃屋の様になっていて、幽霊屋敷と呼ばれている事はご存知ですか?」
「……君は、ジャーナリストかね?」
「違います! ただ、知り合いがそこでトラブルに巻き込まれているので……」
 しばらく、受話器の向こう側で静寂が続いた。
「……あの?」
「以前も、そんな事で電話して来た者がおったな。そんなに知りたくば、屋敷の裏手にある倉庫を覗いてみるがいい。その奥の棚に、興味あるものが残っているかもしれん。まだ無事であれば、な」
「それは、どう言う……?」
「だが一番いいのは、関り合いにならない事だ。その知り合いとやらは、立ち入り禁止の札が見えなかったのかね?」
 怒りが受話器を通して伝わって来る。
「我が家は、前の代からあそこをずっと閉鎖しているのだ。勝手に入る方が悪い」
「そんな事を責めているわけでは……」
「以上だ」
 ガチャン、とすげなく電話は切られた。
 隣で、不安そうなヨーコの顔が見える。
「とにかく、1度連絡を入れてみましょう」
 ピッピッと携帯を操作して、教えてもらった曜へ電話をかける。
 ただ、シュラインは少し心配している事があった。以前、杏奈がリカに掛けた時にも繋がらなかったと言っていたし、広い家の中であろうし、アンテナが立っていないかもしれない。
 だが、何回かのコール音の後、
「はい」
 という曜の声が聞こえた。
 シュラインの心配は杞憂であったらしい。
 声の主が曜であるのは間違いなかった。シュラインは特殊な聴音能力を持っていて、1度聞いた音や声は決して忘れない。
 曜の声には、心なしか緊迫感があった。
「曜さん? わたし、シュラインだけど」
「あっ、そうか……ここ、変な鏡の部屋が……」
「良かった、携帯繋がるのね。鏡の部屋?」
 やはり、屋敷の中にいるらしい。
「はい、鏡ばかりの……えっ!? ……誰かいるの!?」
 曜の、警戒するような声が聞こえた。
「どうしたの? 曜さん!?」
 しかし、返って来た応えは、
「何これ!? あっ……!」
 というものだった。
 そして、プツッと通信は途絶えた。

●幽霊屋敷へ
 それからは、何度曜に掛けても誰も出なかった。
 しばらくすると、圏外という通知しか来ないようになった。
 少なくとも曜に何かあった事は間違いない。
 シュラインとヨーコは、急いで屋敷へとやって来た。元々近所で調査活動をしていたので、10分とかからず件の屋敷に辿り着いた。
 幽霊屋敷……なるほどそれは、そう呼ばれても不思議ない雰囲気をかもし出していた。門の前には木造の柵が造られ、「キケン入ルベカラズ」という立て看板も見える。ただ、柵は半ば壊され、そこをくぐれば誰でも中に入れるようになっている。
 地主が怒るのも分からないではない。明らかに、ここに入る者は住居不法侵入者であるし、危険だとも警告してある。
「あの……わたし、ここで待ってます」
 ヨーコは恐がって、どうしても中に入ろうとはしなかった。
 無理もない。
 ヨーコも、先程の会話を聞いているのだ。それに、危険だと知りながらヨーコを連れて行く事もあるまい。
「ヨーコさん、もし2時間経ってもわたしも誰ここへ戻ってこない時は、さっき行った草間興信所の草間武彦さんって言う人に事のあらましを伝えて。お願いね!」
 そう、言い残してシュラインは柵をくぐり、門を抜けて中へと入って行った。
 中には草がぼうぼうに生え放題になっている庭と、玄関が見える。また、門の外からではなく中に入って始めて、家の様子が伺い知れた。木造の二階建てで、結構大きな家だ。屋敷と言われるのも分かる。
 曜は気になったが、まずはこの土地の持ち主に言われた事が気になる。裏手に倉庫がある、という事であったが……
 懐中電灯をつけ、屋敷を周りこんで、裏手に出てみる。
 辺りはすっかり暗くなっている。
 そこはもうシュラインの背より高い草むらで、倉庫があると聞いてなくては先に行く気も失せるような場所であった。
 しばらく月明かりと懐中電灯の光で方向感覚がおかしくなるのを自覚しながら歩いていると、どうやらそれらしき建物を見つけた。
 だが、鍵が閉まっている。
 これには困った。
 一度引き返した方がいいかとしばらく思案していたが、試しに引っ張ると、意外にあっけなく鍵は壊れた。というかすでに錆びてぼろぼろになっていた。
 倉庫の中を照らすと、すえた匂いとほこりこそ凄いが、意外に整理されているようで驚かされた。ただ、ここ何年も人が入った形跡はない。
 倉庫の中には壷やら箱やらが積まれていたが、シュラインは迷わず奥を目指した。
 一番奥に、木造の年代物の棚がある。地主が言ったのはこの棚であろう。この棚にも壷やら箱やらが並べてあったのだが、中を見てもただの壷であったり、掛け軸であったり、皿であったり……その中に一つだけ、何も書かれていない地味な箱の中に、古いハードカバーの本を発見した。
 本……というか、開いてみると日記である事が分かった。
 パラパラとめくってみると、何とも伝奇めいた内容であった。
 日記の主はどうやら職人らしい。日記と言っても細々とは書いてなく、一言、二言、断定調で記されている。この職人は元は別の工芸品の職人だったようだが、ある時を境に鏡職人へとのめり込む。
 鏡職人……曜が言い残した鏡の部屋、と何か関係があるのだろうか?
 男はやがて鏡職人として評価されるようになったらしいが、「真の鏡」「魂の篭った鏡」が出来ない、とそれこそ寝る間も惜しんで鏡を作り続けた。やがてそれが鬼島氏の目にとまり、鬼島氏は男の鏡を高額で買い続けた。
 遂に、職人は自分の血を使って鏡に魂を吹き込む事に成功した、と記してあった。だがしかし、それもまた男の目指した鏡ではなかったらしい。その鏡はもはや鏡とは呼べず、ただただ危険なものである、と。
 悪魔が宿ってしまった、と。
 職人は最後に、現世に出てこようとした悪魔を己の命を差し出して封印する事を決心した。だがそれでも悪魔は鏡の中にまだ残り、力が溜まるのを待つだろう、とある。
 悪魔は自分から動く事は出来ないが、その部屋にいて獲物を待つだろう、この部屋を封印してくれ、と、そこで日記は終わっている。
 本の状態などを見ても、鏡を収集していた鬼島氏というのは先代か先々代という所か。あるいはもっと古いかもしれない。
 他にめぼしいものもなかったので、シュラインは分厚く重い日記を持ち出して、一旦倉庫から出た。
 1度ヨーコのもとに行き、何かなかったか聞いてみたが、別段変わった事はないらしい。だが、それもおかしな話だった。曜はもちろん、杏奈、顕龍、想司は一体どこへ消えたのか。
 ともかく、再び、今度は屋敷の中へと入って行った。
 日記が正しければ、この幽霊屋敷の中にこそ鏡は置いてあるはずだ。
 玄関から中に入ると、暗かった。そして、とてもほこりっぽい。しかし、それ程モノが壊れているとか、床が抜けているとかということはない。玄関からは、左右と真中の3つに廊下が伸びている。
 慎重に廊下を右に歩いて行くと、窓ガラスが散乱している場所があった。
 廊下に隣接して、幾つかの部屋の扉があるが、開けられた跡も無いので放って置いて進んで行った。
 地下は、降りる階段を見つけたが、携帯が繋がった事を考えると、曜がいた鏡の部屋は地下ではないように思える。
 二階への階段を昇って行き、幾つかの部屋の中に入ってみる。
 鍵の掛けられているような所はなかった。
 中は、ほこりこそ被っていたけれど、調度品も揃っているし、そんなに荒れている様子はなかった。そして、誰もいなかった。
 だが、ある部屋を開けた時。
 最初、懐中電灯で前を照らすと光が跳ね返って来た。
 よく見ると辺り一面、ガラス……いや、鏡張りの部屋だった。
 床にも鏡が組み込まれている。
 壁と天井は一面鏡で、しかも奇妙な角度にでこぼこが出来ていて、平らではない。
 間違いない、ここが鏡の部屋であろう。
 中に入ると、更に不思議な事があった。
 ほこりっぽくないのだ。というか、床にほこりが積もっていない。この部屋だけ、毎日誰かが掃除していたとでも言うのだろうか?
 そして、日記がぽうっと青白い薄い光を放ちはじめた。
 まるで蛍光塗料でも塗ってあるように。
 そうして、今までは光を反射し、幾つもの角度からシュラインを写していた鏡に、変化が起こった。
 映画のように、別のどこかの風景が映し出されたのである。

●鏡の中の悪魔
 鏡に映し出されていたのは、ホール状の屋内の広い場所だった。
 そこに、想司と顕龍、曜と杏奈が立っている。
 曜から虎耳と尻尾が出ている。虎人姿になっていると言うことは、かなり危機的状況と言うことだ。
 そして向かい合っているのは、黒いスーツにマント姿の、少女を抱いた厳つい顔の男であった。
「リカ!」
 杏奈の叫び声が聞こえる。すると、あの長い黒髪の少女がリカと言うことか。
 少女……リカは、ぐったりとしたままピクリとも動かなかった。気絶しているだけなのか、それともすでにもう……一見しただけでは確認出来ない。
「その子を放せ!」
 曜が、人間とは思えぬ跳躍力で、いきなり男に飛び掛かった!
「無体な」
 男は、常軌を逸したその跳躍力にも驚く事なく、ひらりと曜の攻撃をかわした。
 それが合図であるかのように、続いて想司が銀のナイフをきらめかせて男に迫った!
 驚くほど流麗でスピーディな動作で、想司のナイフが男の心臓をえぐる!
 と、思いきや、その腕は男の体を突き抜けていた。
「道化だな、まるで」
「あれ☆おかしいな♪」
 こんな時でも陽気に、想司が声を上げる。
 顕龍が、何かブツブツ呟き、紙で出来た人形である紙代(かみしろ)を、男へ送る!
 しかし、紙代は男に近付くと、突然勢いを無くしてぺたりと地面に落ちた。
「むっ……臨兵闘者皆陣列在前!」
 顕龍は九字を切り、結界を張った。
「無駄だよ」
 男がパチッと指を鳴らすと、結界はあっけなく解かれた。
 シュラインは鏡の間でただ見ているしかなかった。
 全ては鏡の向こうで行われている事なのだ。かといってこの鏡を壊せば良いかと言えば、そうとも思えない。おそらく、あの男こそが悪魔なのではなかろうか。鏡を壊せば悪魔を倒せるのであれば、とっくに職人がそうしていたであろう。最悪の場合、曜や杏奈達は助からず、悪魔が現世に出て来ると言うことも考えられる。
 シュラインは必死になって日記をめくった。何か……何書いてあるかもしれない!
「やれやれ、無粋だな。君達にはもう少しこの趣向を楽しんで欲しいね」
 鏡の中で、再び男がパチッと指を鳴らす。
 途端、どこからかクラシカルな音楽が奏でられ始め、広いホールに無数の美男美女の人影が現われた。それらは、舞踏会でも楽しんでいるかのように正装で踊っている。ただ、その顔は出来損ないのマネキンのように無表情で、正確にステップを刻んでいた。
「プレゼントだ」
 男がまた指を鳴らすと、今度はそれぞれの手になみなみと注がれた血のように赤いワインで満たされたグラスを握らされていた。
「滅多に来ないお客様だからね。もっとも、ここでは時間など関係ないが」
「こんなの飲めるか!」
 曜がグラスを叩き割る。
「貴様、何者だ」
 顕龍もワイングラスを放り投げ、警戒を怠らずに男を睨みつける。
「おや、まだ誰も分からないのかい? そうだな。君達の言葉で言えば、悪魔、とでも呼ばれる事が正解なのかな」
 曜と杏奈が、一瞬息を飲む。
 杏奈は震えて、ワイングラスを取り落とした。
 曜が、虎人姿のまま、杏奈の手を安心させるようにギュッと握る。
 やはり、日記は正しかったのだ。それでは、あれこそが鏡に宿った悪魔の魂……ということなのか。そして、パワーが溜まるのを待っている……と言うことは、人間の魂を集めて封印を解こうとしている、と言うことか。
 一方、想司は一人ワインをグイッと飲み干し、
「なかなかイケるね♪」
 などと陽気に感想を述べていた。
「さて。本当はもっと楽に魂を頂きたかったのだが、致し方ない。傷ついても、君達ほどのパワーのある魂なら、必ずや美味だろう」
「リカを返して!」
 突然、杏奈が叫んだ。
「残念だが……1度貰った魂は、もう戻せないな」
 微笑みながら、悪魔はそう宣告した。
「さあ、余興は終わりだ!」
 パチッと指を鳴らすと、音楽は止み、踊っていた男女はぴたりとその動きを止めた。
 悪魔はリカをその場に横たえ、一歩一歩、ゆっくりと曜と杏奈に近付いて来る。
 どうやらこの悪魔は、普通の方法ではとても倒せそうも無い。
「そうはさせないよっ♪」
 再び想司が銀のナイフをきらめかせて迫るが、今度は悪魔は想司に優るとも劣らぬ速度でそれをかわし、想司の脇をすり抜ける。
 曜が杏奈の前に立ち、悪魔に向かって構える。
 更に曜の前を顕龍が塞ぎ、体術でもって悪魔に迫るが、軽くいなされてしまう。
 悪魔は曜の前までやって来ると、左手を突き出した!
「危ないッ!」
 思わず、シュラインは叫んでいた。聞こえないと分かってはいても。
 叫んだ拍子に、ガチャン、と日記が落ちる。
 その音にシュラインは反応した。本の落ちた時にする音ではない。重い重いと思ってはいたが、この日記、中に何か入っている!
 鏡の中では、曜は後ろに居る杏奈を守るため、動く事が出来ず、
「杏奈、逃げて!」
 と言って、悪魔の左手を払った!
 シュラインは素早く本を拾い、表紙を千切った。
 中から、小さな古い鏡が出て来る。
 その小さな鏡が、正面の大きな鏡を捉えた時!
 一瞬にしてシュラインは鏡の中の世界に居た。
 あの広いホールに。
 少し先で、強靭な悪魔の腕が、虎の力を得て超人的なパワーを持つ曜の腕を受け止め、あろう事かその腕がめりめりと曜の胸の中にめり込んでいった!
「わああああっ!」
「いやああああっ!」
 心臓をひやりと冷たい手でつかまれた感覚がした曜と、絶望的状況に耐えられなくなった杏奈の悲鳴とが交錯する!
 もう一刻の猶予もない!
「鏡よっ!」
 シュラインはヴォイスコントロールでなるべく注意を浴びて響くように叫び、素早く小さな鏡の裏に書かれている文字を読み取った。
「奴は鏡の中の悪魔なのよ! 鏡を使って!」
 この鏡にて映る悪魔こそその本体なり。力ある者が映る悪魔を攻撃すれば、悪魔は滅びん。
 と、シュラインが読み上げようとした時。
「なあんだ☆そうか♪そうだよねっ♪」
 想司が、シュラインに駆け寄る。
「貴様っ! 貴様など招待した覚えは……」
 悪魔が言い終えぬうちに。
 シュラインから古い、小さな鏡を受け取った想司は、その鏡を悪魔に向け、悪魔の姿をを映し出した。
「えいっ♪」
 想司が陽気に、鏡に映し出された悪魔の胸に銀のナイフを突き立てる!
「うわっ! くぅっ、貴様……! 貴様らぁっ!」
 地に響くような悪魔のうめき声。
 踊りの途中で止まっていた男女が陽炎のようにゆらめいて消え、床が消え、壁が消え、天井が消えて、辺り一面に鏡の世界が広がる。
 想司が、ぐりぐりとナイフを鏡に沈める。不思議な事にコンパクトは割れず、想司がナイフを動かす度に鏡の悪魔は声を上げ、ぐらぐらと世界が揺れた。
 曜の心臓をつかんでいた手は引き抜かれ、今や悪魔はうめきながら少しずつ遠くへとよろよろ歩いている。
 ふと見ると顕龍がいつの間にかリカを抱えていた。
 曜は、杏奈の手を取り、顕龍とリカに近付いている。
 その時、再び世界は光に包まれた。
 そして、シュラインも、想司も、顕龍も、曜も、杏奈も、リカも、鏡の悪魔も、まばゆい光の中へと消えてゆき――

●それから〜鏡の謎
 シュラインが気が付いた時には、例の幽霊屋敷の、鏡の間に居た。
 鏡には、ひびが入っていた。
 良く見ると、杏奈、リカ、顕龍、シュライン、想司といったメンツも、狐につままれたような表情で立っていた。
 懐中電灯が、曜の足下に転がっている。
 それだけではない。
 男の子、中学生ぐらいの女性、等々5人の見知らぬ人間が倒れていた。これは、行方不明なっていた人々だろう。と言うことは、噂は噂ではなく、真実であったのだ。
「……みんな、大丈夫ね?」
 シュラインが、最初に口を開いた。
「問題ない。だが、この者達は?」
 顕龍が、リカを抱きかかえながらそう言った。
「今まで、この屋敷から行方不明になった人達だと思うわ」
 冷静に、シュラインはそう返した。
「やあ☆まさか格闘王が悪魔だなんてね♪」
 相変らず、陽気で意味不明な想司の声。
「杏奈、立てる?」
「大丈夫」
 曜は、杏奈の手を取り、立ち上がらせた。
「さあ、早くリカさんの手当をしないと。それに、この人達も……」
 シュラインに急かされて、一行は気味の悪い幽霊屋敷を後にする事となった……

 こうして事件は一応の幕を閉じた。
 リカの容体は軽く、ただ気絶していただけのようであった。だが、それ以前に行方不明になったと思われる者達は、そう簡単ではなかった。意識を取り戻せない者もいたし、身元さえ不明の者もいた。また驚いた事に、鏡の中では時間が止まっているのか、大人はともかく子供までが行方不明になった当時のままの姿だった事が判明した。
 何にしても「鏡の悪魔の仕業」というわけにもいかないので、発見した場所や細かい経緯を説明するのは骨が折れた。草間興信所の肩書きがなければ難しかったかもしれない。その際、武彦が活躍したのは言うまでもない。
 想司が魔族退治の専門家であってくれて本当に助かった。あれがなければ、一瞬行動が遅くなったかもしれない。それに、シュラインや曜ではあの悪魔を倒せなかった可能性が高い。何にしても、敵は思った以上に凶悪であった。
 幽霊屋敷は、鬼島氏によって正式に取り壊される事になったという。

 鏡は、割れてしまった。大きい方も、小さい方も。
 謎は残る。
 なぜ職人はあの小さな鏡を残したのであろうか?
 あの鏡は職人が本当の最後にこしらえたものであると思うが、あれさえあれば力のある者に頼み、悪魔を封じるのではなく、消滅させられたはずである。己の命を捧げる必要もない。
 もしかして……職人も、魅せられていたのかもしれない。
 悪魔の鏡に。
 例え悪魔でも、魂の篭ってしまった鏡を、どうしても壊せなかったのかもしれない。
 それがこの事件を招いたとすれば、許されざる行為だが……

 一生を鏡についやした者であるならば、シュラインにもその行為は理解出来る。決して納得も許しもしないが、それが、悪魔に魅入られるということなのであろう、と。

 おわり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0424/水野・想司/男/14/吸血鬼ハンター
0888/葛妃・曜/女/16/女子高生

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■         ライター通信          ■
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プレイヤーの順番は、申込順です。
今回の依頼は、MAX4人の募集でした。

3度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そしてシュライン・エマ様、水野想司様、葛妃曜様、はじめまして。

シュラインは、ちょっと他のキャラとは別行動になってしまいました。というか、家とか噂とかを探るプレイングをしてくれたのはシュラインだけだったので……
どっちかと言うと裏方に回りながらおいしい所を持って行った感じですが(笑)。
いかがでしたでしょうか?

わたしの話は基本的に、同じ話を各キャラクター毎に別々の視点やサイドストーリーを絡めて書かれています。ぜひ他のキャラの話もお読みください。謎も解け、楽しめるのではないかと思います。

お手数でなければ、ぜひ私信のメールなどいただけると嬉しいです。どんな意見でも、文句でも、参考になります。お願いします〜。
今回はありがとうございました。
それでは、またお会いできる事を願って――

ライター 伊那 和弥