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ミステリーハウス
●オープニング
「友達がいなくなったんです! 調べてください!」
その女の子は、草間に会うなりそう言った。
「まずは、落ち着きたまえ」
探偵、草間武彦は煙草の煙をくゆらせながら、椅子を指差した。
「それに、まだ名前も聞いていない」
「魅羅杏奈(みら・あんな)です。座ってる場合じゃありません!」
杏奈は、ショートヘアのボーイッシュな感じのする女の子だった。高校生ぐらいに見える。
「で、いなくなったというのは?」
「リカ……各務理香(かがみ・りか)です。頼みます、探し出してください!」
「もう少し詳しい話を聞きたいな」
「だからっ……」
そこへタイミング悪く、零がお茶を運んでくる。
「どうぞごゆっくり」
「ゆっくりしている場合じゃないんです! リカはあの幽霊屋敷に入っていったきり、帰って来なくなっちゃったんです!」
「幽霊屋敷?」
「昔から、人が消えるって噂があったんです」
「ほう。彼女はなぜそんな場所に?」
「あの……罰ゲームで、近所でも評判の幽霊屋敷を一回りしてくるって……でも、本当はちょっと入るだけで勘弁するつもりで。でもリカ、そういうの全然信じてなくて、それでどんどん一人で奥へ行っちゃって……」
最後はしどろもどろになりながら、杏奈はぐいっと一気にお茶を飲み干し、
「消えちゃったんです!」
必死の形相で草間を見つめた。
「とにかく、その家を調べてみる必要がありそうだな」
草間は、フーッと煙をふかし、呟いた。
「やれやれ、またホラーか……」
「なんか言いました!?」
杏奈にギロッと睨まれて、草間は首をすくめた。
水野・想司(みずの・そうじ)が草間興信所に電話したのは、ドンぴしゃりのタイミングだった。
「なに☆それは大変だね♪ 僕の出番だね♪」
草間から話を聞くや否や、想司はそう答えた。
想司は小柄で少女の様な外見をしていた。年も若く、中学生ぐらいにしか見えない。その言葉も、態度も、とても子供っぽく、これだけでは想司は少し目立つ少年と言うに過ぎなかっただろう。
まさか彼こそがハンターギルドの誇る、恐るべき銀のナイフの使い手だとは、外見からは一向に伺い知れない。
「うん☆すぐいくよ♪」
想司はそう言って、公衆電話の受話器を置いた。
時々、こうして興信所に電話しては、困っている人の悩みを解決したりしている。と、ここだけを聞けば大変な善人かもしれないが、想司の場合、例え善意から出た言動でも、必ずしも人を助けているわけではないのが困りものだった。
いやむしろ、結果だけ見ると極悪な例もちらほら……
それは主に想司ののーみそに由来する。
どういう意味であるかは、すぐ分かるだろう。とにかく、そんなわけで想司は草間興信所へ向けて、いやに陽気に歩きだした。
●杏奈を囲んで
草間興信所のその一室には、五人が集まっていた。
「これで全員ね。わたしはシュライン・エマ、よろしくね。あなたが杏奈さん?」
こくり、と椅子に座った小柄な少女がうなずく。
シュラインは、細身で背が高く、切れ長の目の中性的な容貌をしている二十代半ばの魅力的な女性だった。勿論、その白い肌、青い瞳を見れば日本人ではない事は察せられる。しかし、外見とは裏腹に至って流暢な日本語を話す。
一方の杏奈の方は、ショートヘアのボーイッシュな感じのするつややかな黒髪の少女であった。高校のらしき制服を着ていて、不安そうな表情で他の4人を見回している。
シュラインとは、前に一緒に依頼をこなして事があるので、手を振ってみた。
「俺は葛妃・曜。大丈夫、そんな心配そうな顔するなよ」
曜は安心させるように、杏奈に笑いかけた。
曜は、女子高生だった。それも、ある筋では大変評判の有名お嬢様女学園に通う、由緒正しき女子高生である。言葉遣いはちょっとそぐわないけれど。こちらも小柄だがボーイッシュで中性的な容姿をしている。曜と杏奈、見れば同級生と言われてもおかしくない感じだ。
「僕は水野・想司☆よろしくねっ♪」
ニコッと笑う。
「巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)だ」
ただ一言だけ、そう、顕龍は言った。
顕龍は40過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
杏奈が立ち上がった。
「魅羅杏奈です。リカを、リカを助けてくださいっ!」
「そのことだけど……」
シュラインが、切り出す。
「ね、消えた時の状況をもっと詳しく教えてもらえるかしら? そもそも、リカさんが消えたのはいつの事なの?」
「昨日です」
リカが、顔を伏せる。
「昨日、学校帰りに……罰ゲームでリカ一人、あの屋敷へ……」
「罰ゲームって何の?」
曜が尋ねると、
「あのー、下らない事なんですけど……香水の話してたら、どっちがよく知ってるかって言い合いになって、チキチキ誰がたくさんブランド名知ってるかクーイズ! ってのを授業中やっていて、」
「ああ、まぁ、大体分かったわ」
「クイズじゃないし」
曜が突っ込む。
「それで罰ゲームであの屋敷へって事になって」
「お前達二人でか?」
顕龍が聞くと、杏奈は首を振り、
「あと、ヨーコもいました。今、リカの家に行ってますけど」
「なんだ☆3人だったんだ♪」
想司が明るく声を上げる。
「それで……?」
「あ、はい。それでわたし達、あの屋敷へ行ったんです。でも罰ゲームなんて冗談で、屋敷見たら恐かったし、リカが泣きごと言ったらそこで許してあげようねってヨーコと言ってたんです。でも、リカは幽霊とかそういうの全然信じてなくて。幽霊屋敷なんてばかばかしい、こんなの恐くも何ともないよって一人でずんずん中に入って行っちゃったんです」
「玄関からか?」
冷静に顕龍が尋ねる。
「鍵、壊れてるみたいで……」
「それでどうなったの?」
シュラインが先を促す。
「……それっきりです。最初は玄関の近くで何か物音もしてたんですけど、そう言えば何か文句言ってました。蜘蛛の巣張ってるとか、暗いとか、そういうの」
「それっていつ頃の話? 授業終わってということは、夕方頃? だとしたら、結構暗くなっていたんじゃないかしら」
シュラインの質問に、杏奈は即座に答えた。
「ペンライトを持ってたんです。まだ暗くなる前で。それで、しばらく声が聞こえたり物音がしたりしてたけど、そのうち聞こえなくなって。ヨーコといっしょに待ってたんだけど、いつまでたってもリカは帰ってこなくて……おかしいねって話してたんです。携帯にも電話したんだけど、繋がらなくて」
「そう……消えたところを見たわけじゃないのね?」
シュラインの言葉に、こくり、と杏奈はうなずいた。
「それじゃ、早速その屋敷へ行ってみようぜ」
曜が、威勢よく言い出すと、
「わたしはもう少し調べたい事があるわ」
シュラインは、クールにそう宣言した。
想司はにっこりと、
「うん、分かった♪幽霊屋敷の奥深くで行われている伝説の地下格闘技場で覇者になっているお友達を暗黒面から救うには、拳で語るしかないから道案内をお願いするってことなんだねっ☆OK、僕がマッハ3の速度で連れてってあげるよっ♪」
と言う。
「……あの?」
不安そうに想司を見返す杏奈。
想司は、大丈夫だよ、と微笑みを返す。
「俺も、屋敷へ行こう」
顕龍がそう言うと、シュラインはしばし考え込んで、
「それじゃ、二手に分かれましょう。杏奈さん、あなたは……」
「もちろん、僕と一緒さ♪」
陽気に想司が言うが、シュラインは取り合わない。
「杏奈さんはどちらに……」
言いかけると、曜が想司に賛成する。
「屋敷でリカを探す時に、杏奈が居た方がいいと思うんだ」
「そうね。でも、わたしの方も出来れば杏奈さんが居た方が……」
「あ、それじゃ、ヨーコに連絡しておきます」
杏奈の提案に、シュラインはうなずいた。
「お願いするわ」
「シュライン、何か分かったら俺の携帯へ連絡してくれ、頼む」
「ええ、分かったわ」
こうして、曜と想司と顕龍は杏奈とともに幽霊屋敷へ、シュラインはヨーコと合流して情報収拾へと向かう事になった。
●幽霊屋敷前
想司達はシュラインと分かれて、幽霊屋敷の前へとやって来た。
日はすでに暮れかかっている。
幽霊屋敷……なるほどそれは、そう呼ばれても不思議ない雰囲気をかもし出していた。門の前には木造の柵が造られ、「キケン入ルベカラズ」という立て看板も見える。ただ、柵は半ば壊され、そこをくぐれば誰でも中に入れるようになっている。
柵をくぐり、門を抜けると草がぼうぼうに生え放題になっている庭と、玄関が見える。また、門の外からではなく中に入って始めて、家の様子が伺い知れた。木造の二階建てで、結構大きな家だ。屋敷と言われるのも分かる。
「うわぁ……」
曜が、思わず声を出した。
「聞きしに優る幽霊屋敷だねっ♪」
「なるほど……確かに、何かあるな」
顕龍が呟くと、
「でも、中に入らなきゃ分からないし。危険は覚悟の上だよ、さぁ、行こうか?」
と曜が歩き出す。
杏奈がぶるっと震え、
「……やっぱり、わたしも入らなきゃダメですよね」
すがるように曜を見る。
さて☆いよいよ僕の出番だな♪
「心配ないよ♪」
想司はそう言うと、天使の笑顔で突然、杏奈を抱きかかえた。
「えっ?」
驚いている杏奈と曜を置き去りに、想司は杏奈をお姫様抱っこしたまま、窓にむけて超人ダイブをぶちかまし、屋敷内へ乱入して行った!
「きゃあああああーっ!」
杏奈の悲鳴が木霊する。
●屋敷の中
想司と杏奈は窓をぶち破り、屋敷の中へ突入した!
「きゃああああーっ!」
「さぁ☆お友達を救う旅へ出よう♪地下闘技場へレッツゴー♪」
杏奈の都合も、顕龍も曜も置き去りに、想司は一人、杏奈を抱えたまま暗い廊下を突っ走り始めた。
想司は、少女のような外見とは裏腹に、かなりの余裕をもって杏奈を抱えている。その速度も、速い。
ほこりっぽい廊下をさくさくと進んで行く。
やがて、地下へと続く階段を見つけた想司は、嬉々としてそこを降りていった。
しかし、階段の下の扉は閉まっていた。
「邪魔するものは指先一つでダウンさ♪」
言葉とは裏腹に、拳でドアノブを吹き飛ばし、体当たりで扉を突き破った!
「もーいやーっ!」
杏奈の叫び声とともに、二人は転げるように中に入ると、別々になってしまった。
更に、真っ暗でお互いの姿も見えない。
想司はしばらくごそごそやっていたが、突然、シュッとライターの火をつけた。
微かな明かりでも、闇になれた目で見ると辺りがよく分かった。
あちこちに棚が有り、そこに様々なビンが並べられている。この部屋自体は石造りで、ここは、どうやらワインナリーのようである。
「あれぇ☆地下闘技場への道はどこかな♪」
きょろきょろと辺りを見回す想司に、
「そんなものないわよ!」
やっと、杏奈はまともにしゃべれた。
「ここかな♪」
ドーン!
棚を倒す。
棚はワインごと倒れ、がしゃんがしゃんと音立てて割れて行き、辺り一帯にぷうんとワインのいい香りがたちこめる。
「ここかな♪」
ドガーン!
壁を殴る。
石壁がえぐれ、ぐらぐらと地下室が揺れる。
「ああああ……」
もはやリカはどこにいるとか幽霊屋敷がどーとかそういう問題ではない問題だった。
「……あれ♪」
想司がふと気付くと、床に、壁に、いつの間にやらわらわらと蜘蛛がいる。
「い、いやああああーっ!」
見れば、杏奈の体にも数匹の蜘蛛が這っている。
杏奈はそのまま、遂に耐えられなくなったのか、それともパニックに陥ってしまったのか、走って部屋を出ていってしまった。
「んー☆どうしよっかな♪」
想司はちょっとだけ考えて、
「やっぱりお友達を救うには彼女が必要かな♪どこいったんだろっ♪」
部屋を出ていった。
そのまま、あてもなくずんずんと階段を昇っていく。
何となく、いきなり2階まで来てしまった。
「あれぇ☆どこにいるんだろ♪出ておいで♪」
次々と部屋を覗いていく。
どこにも杏奈は居なかった。
「ここかな♪」
幾つ目かの部屋で。
妙な部屋だった。
ライターで照らしても、何もなさそうな部屋……に見えた。
よく見ると辺り一面、ガラス……いや、鏡張りの部屋だった。
床にも鏡が組み込まれている。
壁と天井は一面鏡で、しかも奇妙な角度にでこぼこが出来ていて、平らではない。
中に入ると、更に不思議な事があった。
ほこりっぽくないのだ。というか、床にほこりが積もっていない。この部屋だけ、毎日誰かが掃除していたとでも言うのだろうか?
ガタン!
突然、想司の後ろの扉が閉まった!
風も無いのに。
「誰かいるのかな♪」
想司は、なおも陽気に言い放つ。
その、時。
ぱああああっ……
柔らかい光が、想司を包んだ。
「奇麗だねっ♪」
鏡に映る自分がはっきりと見える。
光は反射して、きらめき、想司の姿を幾重にも別の角度から映し出した。
気が付くと、想司は光に包まれたまま、目をつぶっていた――
●死闘
想司がふと気付くと、暗い、何かの下り階段があった。
明らかにさっきの鏡の部屋とは違う、別のどこかだ。
「まぁいいや☆とにかくレッツゴー♪」
全然気にしていないようである。
階段と言っても、そこは幽霊屋敷の階段ではなかった。あそこにはほこりが積もっていたし、何しろ広さが違う。
どっちにしろ想司は深く考えもせず、
「地下闘技場はこっちかな♪」
と、ノーテンキに走って行った。
想司がどんどん走っていくと、階段はやがて尽き、突然、出口となった。
出口をくぐった瞬間。
想司は、まぶしさに目を細めた。
同時に、大歓声が想司を包む。
「わあ☆ついに地下闘技場かな♪」
いつもの、想司にとっては本気でも他の者にとっては理不尽なジョークでしかない台詞。しかし、今回は想司の方が正しかった。
円形に広がるコロシアム。
そこには、観客であろう人々が鈴なりになって歓声を上げている。
そして、2メートルはあろうかという筋肉質の大男が、大きなトマホークを持って想司を睨んでいた。
大男は、残虐な笑みを浮かべ、舐めきったように長い舌を突き出す。
一際、歓声が大きくなる。
想司の後ろで、ガシャーン! と出口に鉄柵が降ろされる。
天井にはまばゆいライトがきらめく。
まさしく、地下闘技場そのものにしか思えなかった。
しかし、想司はこの様子にも全く動じず、どんどん大男に近付いていった。
「君がチャンピオンなのかな♪」
大男を見上げる。
観衆が、大歓声を上げる。
どこからか、ドーンと大きな銅鑼の音が鳴り響く。
「始まりだ!」
ゆっくりと大男が、トマホークを振り上げる。
「おっと☆気が早いなぁ♪」
想司は銀のナイフを構え、大男に近付く。
「グオオオオオーッ!」
牛のような雄叫びを上げて、大男がトマホークを打ち降ろした!
血祭りになるだろう想司を予想して、大歓声が上がる!
だが。
勝負は一瞬で決まった。
想司の銀のナイフが、大男の体を一閃し、大男はどうっ、と倒れた。
右手を高く挙げる想司。
一瞬の静寂の後、再び大歓声が湧き上がる!
「あははははは♪でも本当のチャンピオンは別に居るんでしょ? ね♪」
想司がそう言うと、観衆は静まりかえり、やがて「チャンプ!」「チャンプ!」という大合唱が始まった。
想司が出てきたのとは反対の出口から、二本の角をはやした大男が現れる。
「アイムチャンピオーン!」
一声吠えると「チャンプ!」「チャンプ!」という観衆の言葉が早くなっていく。
どうやら今度の大男は素手で勝負するらしい。
大きな腕をぶるんぶるん振り回して、想司を威嚇する。
また、ドーンと銅鑼が響く。
大男が、二本の角を想司に向けて、頭から突っ込んできた!
「まだまだ♪」
想司は無駄な動作なくするりとその攻撃を避け、そのまま銀のナイフを大男の脳天に突き刺した。
あっけなく、二本の角を持つ大男はその地に倒れ伏した。
また、大歓声が上がる。
両手を高く上げる想司。
「ふふふっ☆でも知ってるんだ♪地下格闘技の真の覇者はこんなもんじゃないって♪」
想司がにっこりとそう笑うと、今度は天井に穴が開いて、そこからパラシュートで派手なマスクを着けた大男が舞い降りてきた!
「良くぞ見破った、いざ勝負!」
男が、ヌンチャクを構える。
「じゃ☆いくよっ♪」
想司は、華麗に男に向かっていった!
………………………………
………………………………
………………………………
………………………………それから。
53番目の男が地面にモヒカン頭を突き刺して倒れると、大観衆はもう何回目かも分からない大歓声を上げ、想司もそれに応えてナイフを振り上げる。
「でもでも☆本当の真の元祖天才地上&大海&天空&宇宙&銀河の覇者でありチャンピオンであり全世界のアイドル・ザ・ゴッデースはまだ出てきてないんだよねっ♪」
想司の言葉に、沸く観衆。
すると、はるか遠くからドリル状にぐるぐる回転しながら、頭に王冠を被った相撲取りがやってきた!
「どすこーい!」
得意気に王冠を振り回してランバダを踊りながら四股を踏む。
想司がナイフを構える。
銅鑼の音と共に、54回目の戦いが始まったが、今までと同じ様に、また一瞬でけりがついた。
ナイフが一閃すると、相撲取りはドリル状にぐるぐる回りながら観客席に突っ込んでいって、気を失った。
またもや大歓声。
「ふふふ☆でも僕は騙されないよっ♪本当は……」
と、どこからか
「いいかげん疑問に思えーっ!」
というツッコミの声がして、想司の周りの世界がぼやけていった……
世界が、溶けていく……
●ホールの悪魔
ふと気が付くと、そこはホール状の屋内の広い場所だった。
「あれ☆ここは♪」
周りを見ると、次々と知った顔が確認できた。
あっちに困惑を色を浮かべている曜と杏奈、こっちに恐い顔の顕龍。それぞれ、少し離れた場所に立っている。
自然、想司と顕龍は曜と杏奈の方へ歩き出す。
「やあ☆やっと会えたね♪でも闘技場にしては観客席がないなぁ♪」
相変わらずの想司である。
「ここは……現実世界ではない」
誰に告げるともなく、そう、顕龍が言った。
「やれやれ。私も嬉しいよ、こんなに豪華なメンバーが集ってくれて」
どこからともなく、そう、重々しい声が響いた。
空中に、ひらりとマントが現れる。
マントが再びひらりと揺れると、そこに少女を抱いた厳つい顔の男が現われた。
男は、黒いスーツにマント姿で、地面に着地した。
「何だお前!」
曜が叫ぶと同時に、杏奈も叫んだ。
「リカ!」
「それじゃ君がこの闘技場の覇者ってわけだね♪」
今度こそ本当の覇者だ♪と想司は確信した。
少女……リカは、ぐったりとしたままピクリとも動かなかった。
「何とでも呼びたまえ。出来るならば君達の魂はこの少女のように無傷で手に入れたかったが、無理ならば仕方ない……」
曜は怒りのあまり、いつの間にか黒毛の虎耳、尻尾を露にした虎人姿になっていた。
「その子を放せ!」
曜は、人間とは思えぬ跳躍力で、いきなり男に飛び掛かった!
「無体な」
男は、常軌を逸したその跳躍力にも驚く事なく、ひらりと曜の攻撃をかわした。
それが合図であるかのように、続いて想司が銀のナイフをきらめかせて男に迫った!
驚くほど流麗でスピーディな動作で、想司のナイフが男の心臓をえぐる!
と、思いきや、その腕は男の体を突き抜けていた。
「道化だな、まるで」
「あれ☆おかしいな♪」
こんな時でも陽気に、想司が声を上げる。
しかし本当に、このタイミングで想司のナイフを避けれる者など、そうそう居はしないのだ。
顕龍が、何かぶつぶつ呟き、紙で出来た人形である紙代(かみしろ)を、男へ送る!
しかし、紙代は男に近付くと、突然勢いを無くしてぺたりと地面に落ちた。
「むっ……臨兵闘者皆陣列在前!」
顕龍は九字を切り、結界を張った。
「無駄だよ」
男がパチッと指を鳴らすと、結界はあっけなく解かれた。
「やれやれ、無粋だな。君達にはもう少しこの趣向を楽しんで欲しいね」
再び男がパチッと指を鳴らす。
途端、どこからかクラシカルな音楽が奏でられ始め、広いホールに無数の美男美女の人影が現われた。それらは、舞踏会でも楽しんでいるかのように正装で踊っている。ただ、その顔は出来損ないのマネキンのように無表情で、正確にステップを刻んでいた。
「プレゼントだ」
男がまた指を鳴らすと、今度はそれぞれの手になみなみと注がれた血のように赤いワインで満たされたグラスを握らされていた。
「滅多に来ないお客様だからね。もっとも、ここでは時間など関係ないが」
「こんなの飲めるか!」
曜がグラスを叩き割る。
「貴様、何者だ」
顕龍もワイングラスを放り投げ、警戒を怠らずに男を睨みつける。
「おや、まだ誰も分からないのかい? そうだな。君達の言葉で言えば、悪魔、とでも呼ばれる事が正解なのかな」
曜と杏奈が、一瞬息を飲む。
杏奈は震えて、ワイングラスを取り落とした。
曜が、虎人姿のまま、杏奈の手を安心させるようにギュッと握る。
一方、想司は一人ワインをグイッと飲み干し、
「なかなかイケるね♪」
などと陽気に感想を述べていた。
だが、それだけではない。悪魔となれば、放っておくわけにはいかない。想司は吸血鬼ハンターである。吸血鬼ハンターはヴァンパイアだけを狩っているわけではない。その派生である狼男、魔族なども標的の一つだ。悪魔ともなれば、その上を行く。ヴァンパイア程ではなくとも、ハンターギルドの殲滅率百%を誇る恐怖の刺客少年としては、許す訳にはいかないのだ。
だが、銀のナイフが効かない悪魔とは……?
「さて。本当はもっと楽に魂を頂きたかったのだが、致し方ない。傷ついても、君達ほどのパワーのある魂なら、必ずや美味だろう」
「リカを返して!」
突然、杏奈が叫んだ。
「残念だが……1度貰った魂は、もう戻せないな」
微笑みながら、悪魔はそう宣告した。
「さあ、余興は終わりだ!」
パチッと指を鳴らすと、音楽は止み、踊っていた男女はぴたりとその動きを止めた。
悪魔はリカをその場に横たえ、一歩一歩、ゆっくりと曜と杏奈に近付いて来る。
「そうはさせないよっ♪」
再び想司が銀のナイフをきらめかせて迫るが、今度は悪魔は想司に優るとも劣らぬ速度でそれをかわし、想司の脇をすり抜ける。
曜が杏奈の前に立ち、悪魔に向かって構える。
更にその前を顕龍が塞ぎ、体術でもって悪魔に迫るが、軽くいなされてしまう。
悪魔は曜の前までやって来ると、左手を突き出した!
曜は一瞬、悪寒がして飛びすさろうとしたが、後ろに居る杏奈を守るため、動く事が出来ない。
「杏奈、逃げて!」
そう言って、悪魔の左手を払った!
だが、強靭な悪魔の腕は、虎の力を得て超人的なパワーを持つ曜の腕を受け止め、あろう事かその腕がめりめりと曜の胸の中にめり込んでいった!
「わああああっ!」
「いやああああっ!」
心臓をひやりと冷たい手でつかまれた感覚がした曜と、絶望的状況に耐えられなくなった杏奈の悲鳴とが交錯する!
その、時。
「鏡よっ!」
曜達の後ろから、シュラインの声が響いた!
いつの間にか、シュラインが立っている。
「奴は鏡の中の悪魔なのよ! 鏡を使って!」
言われた瞬間、想司は理解した。
どこで覚えていたのかは知らないが、鏡の中の悪魔は鏡に映して倒すべし……という、言葉を思い出したのだ。
「なあんだ☆そうか♪そうだよねっ♪」
想司が、シュラインに駆け寄る。
「貴様っ! 貴様など招待した覚えは……」
悪魔が言い終えぬうちに。
シュラインから古い、小さな鏡を受け取った想司は、その鏡を悪魔に向け、悪魔の姿をを映し出した。
「えいっ♪」
想司が陽気に、鏡に映し出された悪魔の胸に銀のナイフを突き立てる!
「うわっ! くぅっ、貴様……! 貴様らぁっ!」
地に響くような悪魔のうめき声。
踊りの途中で止まっていた男女が陽炎のようにゆらめいて消え、床が消え、壁が消え、天井が消えて、辺り一面に鏡の世界が広がる。
想司が、ぐりぐりとナイフを鏡に沈める。不思議な事に鏡は割れず、想司がナイフを動かす度に鏡の悪魔は声を上げ、ぐらぐらと世界が揺れた。
曜の心臓をつかんでいた手は引き抜かれ、今や悪魔はうめきながら少しずつ遠くへとよろよろ歩いている。
気がつけば、顕龍が意識のないリカを抱えている。
曜が、杏奈の手を取り、リカに近付いていく。
その時、再び世界は光に包まれた。
そして、想司も、曜も、シュラインも、顕龍も、杏奈も、リカも、鏡の悪魔も、まばゆい光の中へと消えてゆき――
●それから〜キケンなお見舞い
想司が気が付いた時には、例の幽霊屋敷の、鏡の間に居た。
鏡には、ひびが入っていた。
良く見ると、杏奈、リカ、顕龍、シュライン、曜といったメンツも、狐につままれたような表情で立っていた。
懐中電灯が、曜の足下に転がっている。
それだけではない。
男の子、中学生ぐらいの女性、等々5人の見知らぬ人間が倒れていた。
「……みんな、大丈夫ね?」
シュラインが、最初に口を開いた。
「問題ない。だが、この者達は?」
顕龍が、リカを抱きかかえながらそう言った。
「今まで、この屋敷から行方不明になった人達だと思うわ」
冷静に、シュラインはそう返した。
どうやら無事、現実へと帰還したようだ。
「やあ☆まさか格闘王が悪魔だなんてね♪」
相変らず、陽気で意味不明な想司の声。
「杏奈、立てる?」
「大丈夫」
曜は、杏奈の手を取り、立ち上がらせた。
「さあ、早くリカさんの手当をしないと」
シュラインに急かされて、一行は気味の悪い幽霊屋敷を後にする事となった……
こうして事件は一応の幕を閉じた。
リカの容体は軽く、ただ気絶していただけのようであった。だが、それ以前に行方不明になったと思われる者達は、そう簡単ではなかった。意識を取り戻せない者もいたし、身元さえ不明の者もいた。また驚いた事に、鏡の中では時間が止まっているのか、大人はともかく子供までが行方不明になった当時のままの姿だった事が判明した。
そこら辺の事は、シュラインと草間興信所がうまく処理したようである。
シュラインによれば、そもそも今度の事件は、ある職人によって悪魔の魂を得た鏡のせいらしい。しかし悪魔は鏡の中だけに封じられた。しかし悪魔は封印を解く為に力を必要とし、そのためにあそこに来た者の魂を奪って行ったのだという。
その幽霊屋敷は、正式に取り壊される事になったともいう。
さて。
想司は地下格闘王である魔王を倒し、リカを救い出し、大満足であった。
杏奈からも、曜からも、何とシュラインからまでも誉められて、悪い気はしない。
だが、まだ納得行かない事が一つだけあった。
「どう☆元気になった?」
想司がリカをお見舞いに来た時、周りには誰も居なかった。
「あ、ありがとう……水野想司くん、だよね?」
リカが、戸惑いながらも笑みを浮かべて迎えてくれた。
「うん☆良かった♪元気なようだし♪」
にこやかに笑みを浮かべ、銀のナイフを懐から取り出す。
「じゃ☆やろうか♪」
「……何の話ですか?」
リカが、かなり引き気味に想司の顔色を窺う。
「もちろん☆本当の覇者を賭けた戦いだよっ♪僕はまだ闇の地下闘技場を制した君の暗黒面と拳で語っていないからねっ♪」
「あのー……」
リカが、今度は本当に後退り、ベットの端から転げ落ちる!
「うわわわわっ!」
「さあ☆準備はオーケーだよっ♪」
「誰かー! タスケ……」
想司の銀のナイフが、容赦なくギラリと光る。
「何してんだバカー!」
想司の頭に、パカーン! と曜の突っ込みが入った。
「あれっ☆曜じゃないか♪」
「ほら、バカ言ってないで帰ろう」
「今来たばかりだよ♪」
「いいからっ」
ずるずると、曜が想司を引っ張っていく。
「この決着は☆また今度っ♪」
陽気に手を振る。
「なんでそんな事言うんだ! もう、何考えてるんだか!」
曜の声が、段々遠ざかって行く。
リカが、ふうっとため息をつき、
「助かった……」
そう、最後に言った。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0424/水野・想司/男/14/吸血鬼ハンター
0888/葛妃・曜/女/16/女子高生
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
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プレイヤーの順番は、申込順です。
今回の依頼は、MAX4人の募集でした。
3度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そしてシュライン・エマ様、水野想司様、葛妃曜様、はじめまして。
正直、本来は今回はギャグではなかったので、果して御希望に沿えたでしょうか?
ラストは、曜のラストとリンクしてますね。
いやしかしまさか本当に地下闘技場で戦う羽目になるとは、最初にプレイングを見た時には思いもしませんでした。
『因みに屋敷内で起こる怪異は、闘技場へ行く前に敗れ去った勇者達の亡霊と勘違いしているので、「君の無念は彼女が必ず晴らしてくれるよっ☆だから迷わず成仏してねっ♪(右フック☆)」しちゃいます』というプレイングが生かせなかったのが残念です。幽霊屋敷では戦いが無くて、ちょっともったいなかったです。
わたしの話は基本的に、同じ話を各キャラクター毎に別々の視点やサイドストーリーを絡めて書かれています。ぜひ他のキャラの話もお読みください。謎も解け、楽しめるのではないかと思います。
お手数でなければ、ぜひ私信のメールなどいただけると嬉しいです。どんな意見でも、文句でも、参考になります。お願いします〜。
今回はありがとうございました。
それでは、またお会いできる事を願って――
ライター 伊那 和弥
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