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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ミステリーハウス

●オープニング
「友達がいなくなったんです! 調べてください!」
 その女の子は、草間に会うなりそう言った。
「まずは、落ち着きたまえ」
 探偵、草間武彦は煙草の煙をくゆらせながら、椅子を指差した。
「それに、まだ名前も聞いていない」
「魅羅杏奈(みら・あんな)です。座ってる場合じゃありません!」
 杏奈は、ショートヘアのボーイッシュな感じのする女の子だった。高校生ぐらいに見える。
「で、いなくなったというのは?」
「リカ……各務理香(かがみ・りか)です。頼みます、探し出してください!」
「もう少し詳しい話を聞きたいな」
「だからっ……」
 そこへタイミング悪く、零がお茶を運んでくる。
「どうぞごゆっくり」
「ゆっくりしている場合じゃないんです! リカはあの幽霊屋敷に入っていったきり、帰って来なくなっちゃったんです!」
「幽霊屋敷?」
「昔から、人が消えるって噂があったんです」
「ほう。彼女はなぜそんな場所に?」
「あの……罰ゲームで、近所でも評判の幽霊屋敷を一回りしてくるって……でも、本当はちょっと入るだけで勘弁するつもりで。でもリカ、そういうの全然信じてなくて、それでどんどん一人で奥へ行っちゃって……」
 最後はしどろもどろになりながら、杏奈はぐいっと一気にお茶を飲み干し、
「消えちゃったんです!」
 必死の形相で草間を見つめた。
「とにかく、その家を調べてみる必要がありそうだな」
 草間は、フーッと煙をふかし、呟いた。
「やれやれ、またホラーか……」
「なんか言いました!?」
 杏奈にギロッと睨まれて、草間は首をすくめた。

 葛妃・曜(かつらぎ・よう)の携帯に連絡が入ったのは、丁度授業が終わった頃合だった。
「……ふーん。リカが消えてどれだけ経ったか知らないけど、割と一刻を争いそうだよな」
 草間から大体のあらましを聞いて、曜はそう呟いた。
 曜は、女子高生だった。
 それも、ある筋では大変評判の有名お嬢様女学園に通う、由緒正しき女子高生である。まぁ、小柄だがボーイッシュで中性的な容姿をしているので、制服を着ていないとそうは見えないかもしれないが。
「分かった。俺、とにかくそっち行くよ」
 訂正。更にしゃべらなければ。
 そっち、とは草間興信所の事である。
 曜は普通の女子高生と言うわけではなかった。あまり人様には言えないが、すこーし……いや、世間の常識で言えば大分普通ではないところがある。だからこそ、普通の女子高生ならまず関わらないであろう興信所から連絡があったのだ。
 この時間に連絡をよこしたのも、こちらのスケジュールに合わせてだろう。さすがにそうそう授業を休むわけにはいかない。
 とはいえ、事態は深刻だ。
 とにかく、まずは杏奈に会って、一刻も早くリカを助け出さなければ。
「急ごう」
 曜は、クラスメートに、
「じゃあな!」
 と挨拶すると、駆け出して行った。

●杏奈を囲んで
 草間興信所のその一室には、五人が集まっていた。
「これで全員ね。わたしはシュライン・エマ、よろしくね。あなたが杏奈さん?」
 こくり、と椅子に座った小柄な少女がうなずく。
 シュラインは、細身で背が高く、切れ長の目の中性的な容貌をしている二十代半ばの魅力的な女性だった。勿論、その白い肌、青い瞳を見れば日本人ではない事は察せられる。しかし、外見とは裏腹に至って流暢な日本語を話す。
 一方の杏奈の方は、ショートヘアのボーイッシュな感じのするつややかな黒髪の少女であった。高校のらしき制服を着ていて、不安そうな表情で他の4人を見回している。
 シュラインとは、前に一緒に依頼をこなした事があるので、軽く会釈しておいた。
「俺は葛妃・曜。大丈夫、そんな心配そうな顔するなよ」
 曜は安心させるように、杏奈に笑いかけた。
「僕は水野・想司(みずの・そうじ)☆よろしくねっ♪」
 ニコッと笑う。
 想司は小柄で少女の様な外見をしていた。年も若く、中学生ぐらいにしか見えない。その言葉も、態度も、とても子供っぽく、ここに居る事にやや違和感があった。
 それでも草間に呼ばれたって事は、何かあるはず。
「巖嶺・顕龍(いわみね・けんりゅう)だ」
 ただ一言だけ、そう、顕龍は言った。
 顕龍は40過ぎぐらいで、背が高く、がっちりとした体躯をスーツに包み、明らかに何か格闘技をやっているよう見える。茶色がかった髪に、引き締まった顔立ち。冷たい赤い双眸も異彩を放つ。ただ、その割に、紳士然とした雰囲気があるのはなぜだろう。
 杏奈が立ち上がった。
「魅羅杏奈です。リカを、リカを助けてくださいっ!」
「そのことだけど……」
 シュラインが、切り出す。
「ね、消えた時の状況をもっと詳しく教えてもらえるかしら? そもそも、リカさんが消えたのはいつの事なの?」
「昨日です」
 リカが、顔を伏せる。
「昨日、学校帰りに……罰ゲームでリカ一人、あの屋敷へ……」
「罰ゲームって何の?」
 曜が尋ねると、
「あのー、下らない事なんですけど……香水の話してたら、どっちがよく知ってるかって言い合いになって、チキチキ誰がたくさんブランド名知ってるかクーイズ! ってのを授業中やっていて、」
「ああ、まぁ、大体分かったわ」
「クイズじゃないし」
 曜が突っ込む。
「それで罰ゲームであの屋敷へって事になって」
「お前達二人でか?」
 顕龍が聞くと、杏奈は首を振り、
「あと、ヨーコもいました。今、リカの家に行ってますけど」
 あっ、二人だけじゃなかったんだ。
「なんだ☆3人だったんだ♪」
 想司が明るく声を上げる。
 俺と同じこと考えてたみたいだ。
「それで……?」
「あ、はい。それでわたし達、あの屋敷へ行ったんです。でも罰ゲームなんて冗談で、屋敷見たら恐かったし、リカが泣きごと言ったらそこで許してあげようねってヨーコと言ってたんです。でも、リカは幽霊とかそういうの全然信じてなくて。幽霊屋敷なんてばかばかしい、こんなの恐くも何ともないよって一人でずんずん中に入って行っちゃったんです」
「玄関からか?」
 冷静に顕龍が尋ねる。
「鍵、壊れてるみたいで……」
「それでどうなったの?」
 シュラインが先を促す。
「……それっきりです。最初は玄関の近くで何か物音もしてたんですけど、そう言えば何か文句言ってました。蜘蛛の巣張ってるとか、暗いとか、そういうの」
「それっていつ頃の話? 授業終わってということは、夕方頃? だとしたら、結構暗くなっていたんじゃないかしら」
 シュラインの質問に、杏奈は即座に答えた。
「ペンライトを持ってたんです。まだ暗くなる前で。それで、しばらく声が聞こえたり物音がしたりしてたけど、そのうち聞こえなくなって。ヨーコといっしょに待ってたんだけど、いつまでたってもリカは帰ってこなくて……おかしいねって話してたんです。携帯にも電話したんだけど、繋がらなくて」
「そう……消えたところを見たわけじゃないのね?」
 シュラインの言葉に、こくり、と杏奈はうなずいた。
「それじゃ、早速その屋敷へ行ってみようぜ」
 曜が、威勢よく言い出すと、
「わたしはもう少し調べたい事があるわ」
 シュラインは、クールにそう宣言した。
 想司はにっこりと、
「うん、分かった♪幽霊屋敷の奥深くで行われている伝説の地下格闘技場で覇者になっているお友達を暗黒面から救うには、拳で語るしかないから道案内をお願いするってことなんだねっ☆OK、僕がマッハ3の速度で連れてってあげるよっ♪」
 と意味不明なことを言う。
 曜は、こいつ、何言ってんだ!? と改めて想司を見た。何か嬉しそうだし。
「……あの?」
 不安そうに想司を見返す杏奈。
「俺も、屋敷へ行こう」
 顕龍がそう言うと、シュラインはしばし考え込んで、
「それじゃ、二手に分かれましょう。杏奈さん、あなたは……」
「もちろん、僕と一緒さ♪」
 陽気に想司が言うが、シュラインは取り合わない。
「杏奈さんはどちらに……」
 言いかけると、曜が想司に賛成する。
「屋敷でリカを探す時に、杏奈が居た方がいいと思うんだ」
「そうね。でも、わたしの方も出来れば杏奈さんが居た方が……」
「あ、それじゃ、ヨーコに連絡しておきます」
 杏奈の提案に、シュラインはうなずいた。
「お願いするわ」
「シュライン、何か分かったら俺の携帯へ連絡してくれ、頼む」
「ええ、分かったわ」
 こうして、曜と想司と顕龍は杏奈とともに幽霊屋敷へ、シュラインはヨーコと合流して情報収拾へと向かう事になった。

●幽霊屋敷へ〜もうちょっと準備させてよ
 曜は携帯の番号を教え合ってからシュラインと分かれて、幽霊屋敷の前へとやって来た。
 日はすでに暮れかかっている。
 曜が左手の腕時計に目をやると、もう夕方だ。授業の後に興信所へ行ったのだから、この時間になってしまってもやむを得ないだろう。
 幽霊屋敷……なるほどそれは、そう呼ばれても不思議ない雰囲気をかもし出していた。門の前には木造の柵が造られ、「キケン入ルベカラズ」という立て看板も見える。ただ、柵は半ば壊され、そこをくぐれば誰でも中に入れるようになっている。
 柵をくぐり、門を抜けると草がぼうぼうに生え放題になっている庭と、玄関が見える。また、門の外からではなく中に入って始めて、家の様子が伺い知れた。木造の二階建てで、結構大きな家だ。屋敷と言われるのも分かる。
「うわぁ……」
 曜は、思わず声を出した。
「聞きしに優る幽霊屋敷だねっ♪」
「なるほど……確かに、何かあるな」
 顕龍が呟くと、
「でも、中に入らなきゃ分からないし。危険は覚悟の上だよ、さぁ、行こうか?」
 と曜が歩き出す。
 杏奈がぶるっと震え、
「……やっぱり、わたしも入らなきゃダメですよね」
 すがるように曜を見る。
「心配ないよ♪」
 想司はそう言うと、天使の笑顔で突然、杏奈を抱きかかえた。
「えっ?」
 驚いている杏奈と曜を置き去りに、想司は杏奈をお姫様抱っこしたまま、窓にむけて超人ダイブをぶちかまし、屋敷内へ乱入して行った!
「きゃあああああーっ!」
 杏奈の悲鳴が木霊する。
「えっ!?」
「行くぞ」
 一言、それだけ言って顕龍が玄関へ素早く駆けていく。
「あっ、待って! ちょっと!」
 慌てて、曜は後を追って屋敷の中へ突入した。

●幽霊屋敷
 中は、暗かった。そして、とてもほこりっぽい。
 どこからかどんがらがったんと激しい物音が聞こえて来る。顕龍も、側にいる気配はない。とにかく、こう暗くては困る。
 ここへ来る途中で購入した懐中電灯をつける。
 と、やっと玄関の様子が分かった。
 やはり、ほこりが舞っている。しかし、それ程モノが壊れているとか、床が抜けているとかということはない。玄関からは、左右と真中の3つに廊下が伸びている。廊下の先を照らしてみたが、顕龍も杏奈も想司も見えない。
 どこへ行った方がいいのか分からないので、あてずっぽうで右の方へ行ってみる事にした。いや、あてずっぽうと言えど、確か杏奈を抱えた想司はそっちの方の窓から突入したはずだし。
 慎重に廊下を歩いて行くと、想司が突入した窓の辺りにやって来た。ガラスが散乱している。杏奈がケガしていなければいいが。幸い、血痕などは発見されなかった。
 廊下に隣接して、幾つかの部屋の扉があるが、開けられた跡も無いので放って置いて進んで行った。とにかく、今は杏奈を保護する事が優先だ。
「それにしても想司のやつ、何考えてるんだ」
 その前にもわけわかんない事をほざいていたけど、屋敷に来ていきなり勝手に飛び込んで行くとは! いやそれも、一人でなら構わないけど、何の相談も無く杏奈を道連れにするとはひどすぎる。
 想司には文句の一つも言ってやらないと。
 更に先を進んで行った時、ドタドタと靴音が聞こえた。
 何やら女性の悲鳴らしきものも聞こえる。
 曜は、慎重に構えた。もしかしたら、変化(へんげ)した方がいいかもしれない。
 変化……そう、曜はただの女子高生ではなかった。先祖は虎人であったという。虎人とは読んで字の如く、虎と人の能力を併せ持つ者だ。しかし人間との混血も進み、今一族で虎人になれる者は他にいない。曜だけが、先祖返りを起こしたのだ。
 虎人となった時の曜の能力は格段に上がる。人の姿のままでは、その力はあくまで普通よりは鋭い反射神経、と言う程度だ。
 何が来るか……と警戒していると、懐中電灯の先に、パッとその姿が現れた!
「杏奈!」
 ホッと、胸をなで下ろす。
「いやーっ!!」
 杏奈の方は曜に気づかない様子で、叫びながら走って来る。
「おい、待てって! 俺だよ!」
「いやーっ!」
 杏奈は何も聞こえないかのように、そのまま曜に突進して来る!
「うわっ!」
「きゃっ!」
 ドシーン! と、二人は正面からぶつかった。
「あててて……大丈夫か? 杏奈」
 曜は、床に転がっている杏奈に手を差し伸べる。
「あ……曜さん?」
「曜でいいよ。よっと」
 グイッと手に力を入れ、杏奈を引き起こす。
「ケガはない?」
「えっと……うん、大丈夫だよ、曜」
 ぱんぱんと服に付いたほこりをはたき落とす。
「やっと落ち着いたみたいだね」
「そうだ……まだ幽霊屋敷の中だったっけ」
 杏奈が、ギュッと曜の手を強く握る。
「全く、想司のやつ……びっくりしたでしょ? そういえば想司は?」
「想司くんは、多分地下の方へ行ったと……」
「地下なんてあるんだ、ここ」
 ふーん、と曜が感心する。
「わたし、途中で……そうだ、変な虫が……」
「虫?」
「あっ、でも」
 杏奈が首を振る。
「ただわたしが虫が苦手ってだけで……」
 曜は杏奈と一緒に歩き出した。
「リカの手がかりは見つからなかったんだね?」
「というかそれどころじゃなかったというか……そうだ、リカ。もしこんな場所に一日閉じこめられたりしてたら……」
 杏奈の声が段々と小さく、泣きそうになって行く。
「とにかく、リカを探そう」
「うん」
 二人は屋敷内を周りはじめた。
 幾つかの部屋の中に入ってみる。
 鍵の掛けられているような所はなかった。
 中は、ほこりこそ被っていたけれど、調度品も揃っているし、そんなに荒れている様子はなかった。と、同時に、リカが入って来たとも思えなかった。
 不気味ではあったが、二人で手を握っていたおかげか、杏奈もあまり泣き言も言わず気丈について来た。時々リカの名を呼ぶが、反応はない。
 不思議なのは、あれだけ派手に突入した想司の声も音も聞こえない事だった。顕龍も見掛けない。まるで、今この屋敷にいるのは二人だけのようであった。
 階段を昇り、二階の幾つ目かの部屋まではそんな感じだったが、ある部屋に入った時、二人は周りを見回した。
 妙な部屋だった。
 最初、懐中電灯で前を照らすと光が跳ね返って来た。
 よく見ると辺り一面、ガラス……いや、鏡張りの部屋だった。
 床にも鏡が組み込まれている。
 壁と天井は一面鏡で、しかも奇妙な角度にでこぼこが出来ていて、平らではない。
 中に入ると、更に不思議な事があった。
 ほこりっぽくないのだ。というか、床にほこりが積もっていない。この部屋だけ、毎日誰かが掃除していたとでも言うのだろうか?
 その時、軽快な音楽が部屋中に鳴り響いた!
「何!?」
 杏奈がキョロキョロとこの鏡の部屋を見渡す。
 が、隠れるものとてない部屋だ。
 曜も一瞬驚いたが、すぐにそれは自分の携帯の着メロだと気づいた。
「はい」
 曜は携帯をポケットから取り出して、そう返事すると、聞きなれた声が返って来た。
「曜さん? わたし、シュラインだけど」
「あっ、そうか……ここ、変な鏡の部屋が……」
「良かった、携帯繋がるのね。鏡の部屋?」
「はい、鏡ばかりの……」
 ガタン!
「えっ!?」
 突然、二人の後ろの扉が閉まった!
 風も無いのに。
「誰かいるの!?」
 曜は警戒して、どこへともなく叫ぶ。
「どうしたの? 曜さん!?」
 携帯から、シュラインの声がする。
 その、時。
 ぱああああっ……
 柔らかい光が、二人を包んだ。
「何これ!?」
 曜が慌てて、携帯を落としてしまう。
「あっ……!」
 鏡に映る自分達がはっきりと見える。
 光は反射して、きらめき、二人の姿を幾重にも別の角度から映し出した。
 気が付くと、二人は光に包まれたまま、目をつぶっていた――

●草原の二人
 ふと気付くと、そこは野原だった。
「……あれ?」
 曜は、上半身だけ起き上がった。
 隣に、杏奈が寝ている。
「……ここ、どこだ?」
 見回すと、だだっ広い野原が広がっている。
 太陽は高く昇り、暖かい日差しが辺りを覆っている。どこからか小鳥のさえずりが聞こえる。野原には花が咲き乱れ、モンシロ蝶がその周りを翔んでいる。
「……そんな馬鹿な!」
 曜は立ち上がり、太陽を仰ぎ見た。
「俺達はあの屋敷に居たはずだよ……な? ここどこだ!? 昼……ってことは、もう半日以上経っているって事か……?」
 考えてみたが、頭のどこかからプスプスと煙が上がる。
「曜、大丈夫……?」
 いつの間にか、杏奈も起きていた。
「だ、大丈夫。ただ俺、体力には自信あるんだけど、こういう事考えるのは苦手でさ」
 再び、曜はぐるっと辺りを見回した。
「ここどこだか分かるか、杏奈? っていうか何で俺達、こんな場所に……」
 そう杏奈を見た時、曜は軽い違和感に襲われた。何かが、おかしい。
「う〜ん……わたしにもわかんない。でも……」
 杏奈は服の袖やスカートをチェックして、
「一晩、ここで寝てたらこんなもんじゃすまないと思うけど」
「それにこんな場所、知らないしな。幽霊屋敷からここじゃ、なんていうかこう、落差が有りすぎる」
「……リカ、いないね」
 ふう、と杏奈がため息をつく。
「杏奈、話を聞いた時から思ってたんだけど……もしかして自分がリカを薄情に見捨てて逃げた、とか気にしてんのか?」
 杏奈は曜の言葉に、ドキッと胸を押さえた。
「でも、あの時すぐに中を捜せば……罰ゲームだって言い出したのだって、わたしなの! わたしのせいでリカは……」
「でもさ、それって自分だけでは無理だって判断して依頼頼みにきた、それだけ絶対、確実にリカを助けたかったんだろ? エライなあって思う」
 首を振る杏奈。
「そんなに自分に都合良く考えられないよ」
「ま、心配&救出料というコトで、皆でリカを助けたら、リカには茶でも奢らせような、うん」
 曜は、そう微笑んだ。
 杏奈も、最後の台詞にクスリと笑う。
「あらわたし、そんなに心配かけた?」
 曜の背後から、突然、女性の声が聞こえた。
「リカ!」
 曜が振り返るのと、杏奈が叫ぶのとが同時だった。
 そこには、黒い鞄を手に持った、キリリと意志の強そうな黒い瞳、長い黒髪の美しい少女が立っていた。
「リカ……? ケガはない?」
 曜が尋ねると、リカはニッと笑って、
「見ての通りよ。大体いつも杏奈はそういうことを気にし過ぎ!」
「本当に……リカ?」
 杏奈が、リカに近寄る。
「幽霊にでも見える?」
 リカは、くるりと一回転してみせた。
「リカ、無事なのは良かったけど、今までどこ行ってたんだ? ここはどこなんだ?」
「あなたは誰?」
 リカが、じっと曜を見つめる。
「俺は葛妃曜。お前が幽霊屋敷で消えたって聞いて、助けに来たんだ」
 曜が自己紹介すると、リカはふーんと一瞥して、
「幽霊屋敷? でもこの通り、わたしはここにいるでしょ?」
「うんまぁそうだけど、だから今まで……」
「後で話すわ。さあ、帰りましょう」
 リカが、杏奈の手を取る。
「お前、道を知ってるのか?」
「何言ってるの? 一本道じゃない」
 と、見ると。
 いつの間にか、この野原に道が出来ていた。
「ちょっと待てよ! さっきまでこんなの……」
「気にしない気にしない! さ、帰りましょ!」
 リカが、杏奈と曜の肩に手を回し、二人の背中を押す。
「う、うん……」
 三人は、リカを真中に歩き出した。
「でも、本当にリカが無事で良かった。悪い方へ悪い方へ想像しちゃって……」
「杏奈、そんなにわたしを心配してくれていたの?」
 リカはクスッと笑い、
「ありがとっ」
 と投げキッスを送った。
 曜は、何かが変だ、おかしいと思いつつも、陽気なリカの態度に何となく流されて、今ひとつ納得のいかないままに歩いていた。
 ふと、再び違和感が曜を襲った。
 何かが間違っている。
 自分の掌を見る。何もおかしい所なんて無い。
 だが、何かがおかしい。
 辺りを見る。相変らずの野原と、一本道と、太陽と。
 杏奈を見る。
 リカを見る。
 曜は、頭を振った。何もおかしいものなんて無い。ただの、気のせいか?
「どうしたの?」
 リカが、曜の顔を覗きこむ。
「あ、いや、何でもない」
 慌てて手を振る。
 ふと、左手に目をやった。
 そうだ、時間。
 時計に目をやると、再び違和感に襲われた。だが、今度は確実に奇妙な事が起こっていた。小さな、文字盤付きのアナログ時計は、良く見れば逆さまだったのである。
 文字の左右は入れ代わり、秒針の動きも左回りになっている。そう、まるで鏡に映った時計のように。
 曜はハッと、自分の胸を押さえてみた。鼓動が、右から感じられる。違和感の正体は、これだったのだ!
「杏奈! この世界、変だ!」
 叫んだ時、リカが曜に向き直り、
「何もおかしい事なんて無いでしょ? 何を心配してるの? 何を恐れているの?」
「お前もだ!」
 ドン、とリカを突き倒す!
「杏奈、おかしいと思わないのか? こいつ、本当にリカか?」
「うん……良く分からない」
「杏奈、自分の心臓に手を当ててみろ! 俺達も、おかしくなっている!」
 リカは、倒れたまま立ち上がらず、クスクスと笑い出した。
「あーあ、気付いちゃったのね、余計な事に。これからいい所に案内してあげようと思ったのに、残念ね……」
「何!」
 曜が、言うや。
 世界がドロドロと溶けて行き……

●ホールの悪魔
 ふと気が付くと、そこはホール状の屋内の広い場所だった。
「何……ここ?」
 場所の変化に戸惑っていると、次々と知った顔が確認できた。
 あっちに少女のような顔の想司、こっちに恐い顔の顕龍。それぞれ、少し離れた場所に立っている。
 曜の側にも、杏奈が居た。
 自然、想司と顕龍もこちらへ向かって来た。
「やあ☆やっと会えたね♪でも闘技場にしては観客席がないなぁ♪」
 相変わらずの想司である。
「ここは……現実世界ではない」
 誰に告げるともなく、そう、顕龍が言った。
「やれやれ。私も嬉しいよ、こんなに豪華なメンバーが集ってくれて」
 どこからともなく、そう、重々しい声が響いた。
 空中に、ひらりとマントが現れる。
 マントが再びひらりと揺れると、そこに少女を抱いた厳つい顔の男が現われた。
 男は、黒いスーツにマント姿で、地面に着地した。
「何だお前!」
 曜が叫ぶと同時に、杏奈も叫んだ。
「リカ!」
「それじゃ君がこの闘技場の覇者ってわけだね♪」
 少女……リカは、ぐったりとしたままピクリとも動かなかった。
 気絶しているだけなのか、それともすでにもう……一見しただけでは確認出来ない。
「何とでも呼びたまえ。出来るならば君達の魂はこの少女のように無傷で手に入れたかったが、無理ならば仕方ない……」
 曜は怒りのあまり、いつの間にか黒毛の虎耳、尻尾を露にした虎人姿になっていた。
「その子を放せ!」
 曜は、人間とは思えぬ跳躍力で、いきなり男に飛び掛かった!
「無体な」
 男は、常軌を逸したその跳躍力にも驚く事なく、ひらりと曜の攻撃をかわした。
 それが合図であるかのように、続いて想司が銀のナイフをきらめかせて男に迫った!
 驚くほど流麗でスピーディな動作で、想司のナイフが男の心臓をえぐる!
 と、思いきや、その腕は男の体を突き抜けていた。
「道化だな、まるで」
「あれ☆おかしいな♪」
 こんな時でも陽気に、想司が声を上げる。
 顕龍が、何かぶつぶつ呟き、紙で出来た人形である紙代(かみしろ)を、男へ送る!
 しかし、紙代は男に近付くと、突然勢いを無くしてぺたりと地面に落ちた。
「むっ……臨兵闘者皆陣列在前!」
 顕龍は九字を切り、結界を張った。
「無駄だよ」
 男がパチッと指を鳴らすと、結界はあっけなく解かれた。
「やれやれ、無粋だな。君達にはもう少しこの趣向を楽しんで欲しいね」
 再び男がパチッと指を鳴らす。
 途端、どこからかクラシカルな音楽が奏でられ始め、広いホールに無数の美男美女の人影が現われた。それらは、舞踏会でも楽しんでいるかのように正装で踊っている。ただ、その顔は出来損ないのマネキンのように無表情で、正確にステップを刻んでいた。
「プレゼントだ」
 男がまた指を鳴らすと、今度はそれぞれの手になみなみと注がれた血のように赤いワインで満たされたグラスを握らされていた。
「滅多に来ないお客様だからね。もっとも、ここでは時間など関係ないが」
「こんなの飲めるか!」
 曜がグラスを叩き割る。
「貴様、何者だ」
 顕龍もワイングラスを放り投げ、警戒を怠らずに男を睨みつける。
「おや、まだ誰も分からないのかい? そうだな。君達の言葉で言えば、悪魔、とでも呼ばれる事が正解なのかな」
 曜と杏奈が、一瞬息を飲む。
 杏奈は震えて、ワイングラスを取り落とした。
 曜が、虎人姿のまま、杏奈の手を安心させるようにギュッと握る。
 一方、想司は一人ワインをグイッと飲み干し、
「なかなかイケるね♪」
 などと陽気に感想を述べていた。
「さて。本当はもっと楽に魂を頂きたかったのだが、致し方ない。傷ついても、君達ほどのパワーのある魂なら、必ずや美味だろう」
「リカを返して!」
 突然、杏奈が叫んだ。
 震えていたはずなのに……いや、未だ震えながらも、勇気を振り絞って叫んだのだ。
「残念だが……1度貰った魂は、もう戻せないな」
 微笑みながら、悪魔はそう宣告した。
「さあ、余興は終わりだ!」
 パチッと指を鳴らすと、音楽は止み、踊っていた男女はぴたりとその動きを止めた。
 悪魔はリカをその場に横たえ、一歩一歩、ゆっくりと曜と杏奈に近付いて来る。
「そうはさせないよっ♪」
 再び想司が銀のナイフをきらめかせて迫るが、今度は悪魔は想司に優るとも劣らぬ速度でそれをかわし、想司の脇をすり抜ける。
 曜が杏奈の前に立ち、悪魔に向かって構える。
 更にその前を顕龍が塞ぎ、体術でもって悪魔に迫るが、軽くいなされてしまう。
 悪魔は曜の前までやって来ると、左手を突き出した!
 曜は一瞬、悪寒がして飛びすさろうとしたが、後ろに居る杏奈を守るため、動く事が出来ない。
「杏奈、逃げて!」
 そう言って、悪魔の左手を払った!
 だが、強靭な悪魔の腕は、虎の力を得て超人的なパワーを持つ曜の腕を受け止め、あろう事かその腕がめりめりと曜の胸の中にめり込んでいった!
「わああああっ!」
「いやああああっ!」
 心臓をひやりと冷たい手でつかまれた感覚がした曜と、絶望的状況に耐えられなくなった杏奈の悲鳴とが交錯する!
 その、時。
「鏡よっ!」
 曜達の後ろから、シュラインの声が響いた!
 いつの間にか、シュラインが立っている。
「奴は鏡の中の悪魔なのよ! 鏡を使って!」
 言われても、曜はなす術がない。心臓をつかまれた感覚に、力が抜けていく。
 と。
「なあんだ☆そうか♪そうだよねっ♪」
 想司が、シュラインに駆け寄る。
「貴様っ! 貴様など招待した覚えは……」
 悪魔が言い終えぬうちに。
 シュラインから古い、小さな鏡を受け取った想司は、その鏡を悪魔に向け、悪魔の姿をを映し出した。
「えいっ♪」
 想司が陽気に、鏡に映し出された悪魔の胸に銀のナイフを突き立てる!
「うわっ! くぅっ、貴様……! 貴様らぁっ!」
 地に響くような悪魔のうめき声。
 踊りの途中で止まっていた男女が陽炎のようにゆらめいて消え、床が消え、壁が消え、天井が消えて、辺り一面に鏡の世界が広がる。
 想司が、ぐりぐりとナイフを鏡に沈める。不思議な事にコンパクトは割れず、想司がナイフを動かす度に鏡の悪魔は声を上げ、ぐらぐらと世界が揺れた。
 曜の心臓をつかんでいた手は引き抜かれ、今や悪魔はうめきながら少しずつ遠くへとよろよろ歩いている。
 気がつけば、顕龍が意識のないリカを抱えている。
 曜は、杏奈の手を取り、リカに近付いていった。
 その時、再び世界は光に包まれた。
 そして、曜も、想司も、シュラインも、顕龍も、杏奈も、リカも、鏡の悪魔も、まばゆい光の中へと消えてゆき――

●それから〜病院にて
 曜が気が付いた時には、例の幽霊屋敷の、鏡の間に居た。
 鏡には、ひびが入っていた。
 良く見ると、杏奈、リカ、顕龍、シュライン、想司といったメンツも、狐につままれたような表情で立っていた。
 懐中電灯が、曜の足下に転がっている。
 それだけではない。
 男の子、中学生ぐらいの女性、等々5人の見知らぬ人間が倒れていた。
「……みんな、大丈夫ね?」
 シュラインが、最初に口を開いた。
「問題ない。だが、この者達は?」
 顕龍が、リカを抱きかかえながらそう言った。
「今まで、この屋敷から行方不明になった人達だと思うわ」
 冷静に、シュラインはそう返した。
 どうやら無事、現実へと帰還したようだ。
「やあ☆まさか格闘王が悪魔だなんてね♪」
 相変らず、陽気で意味不明な想司の声。だが今回は、想司がいなければ危なかった。
「杏奈、立てる?」
「大丈夫」
 曜は、杏奈の手を取り、立ち上がらせた。
「さあ、早くリカさんの手当をしないと」
 シュラインに急かされて、一行は気味の悪い幽霊屋敷を後にする事となった……

 こうして事件は一応の幕を閉じた。
 携帯も、顕龍が拾ってくれたらしく、帰り際に返してもらった。
 リカの容体は軽く、ただ気絶していただけのようであった。だが、それ以前に行方不明になったと思われる者達は、そう簡単ではなかった。意識を取り戻せない者もいたし、身元さえ不明の者もいた。また驚いた事に、鏡の中では時間が止まっているのか、大人はともかく子供までが行方不明になった当時のままの姿だった事が判明した。
 そこら辺の事は、シュラインと草間興信所がうまく処理してくれたみたいだ。
 シュラインによれば、そもそも今度の事件は、ある職人によって悪魔の魂を得た鏡のせいらしい。しかし悪魔は鏡の中だけに封じられた。しかし悪魔は封印を解く為に力を必要とし、そのためにあそこに来た者の魂を奪って行ったのだという。
 その幽霊屋敷は、正式に取り壊される事になったともいう。
 杏奈に見られた曜の虎人姿も、ごまかせた……かどうかは自信がないけれど、もうここまで来たら、本当の事を話してもいいような気がする。どちらにしても、もっと変な事が立て続けに起こったせいか、それとも解っていて敢えてなのか、杏奈は何も聞かない。なので、曜としてはしばらくそのままにして置くことにした。

「元気になって良かったね」
 曜がリカのお見舞いに行くと、そこには杏奈とヨーコという少女がすでに来ていた。
「ああ、話は聞いてるわ。あなたが、葛妃曜さん? はじめまして。助けてくれて、ありがとう」
 リカが、ベッドの上からはきはきとお礼を述べる。
 曜が、クスクスと笑う。
「なんか、はじめてって気がしないな。そう言えば鏡の中で会話もしたし」
「それ、私じゃない! 杏奈から話は聞いてるけど……」
 曜は、今度はげらげら笑って、
「ごめんごめん、でも、杏奈と約束したんだ。元気になったら、リカにお茶おごらせようってね」
「あーひどい、私だって大変だったのに!」
「何言ってんの、杏奈を助ける為にわたし達がどれほど苦労したと……」
 杏奈の台詞に、曜もうなずく。
 それにしても、ヨーコと言う子はおとなしい。
「だってー、みんな恐い恐いって言うけど、あんなのただ古いだけじゃない。まさか本当にあんなおっかないもんが居たなんて、驚きよー」

 笑って済ませられて、本当に良かった。
 曜は、安堵のため息をつき、リカと杏奈の顔を見た。
 その、一瞬。
 リカの笑い顔が、あの悪魔の笑いに重なって見えた!
 …………………………
 いや、もちろん思い過ごしだ。
 そんな事はない。
 一瞬だけの事で、次の瞬間にはただのリカに戻っていたし。
 シュラインからも、悪魔は消滅したと説明されていた。そう、あの野原での出来事のせいだろう。あの時のリカの印象が、今のリカに重なっただけ。
 ただそれだけだ。
 杏奈は果してどう思っているのか。
『残念だが……1度貰った魂は、もう戻せないな』
 という、悪魔の言葉を思い出し、曜はぶるっと震えた。
 そんな曜の思いとは裏腹に、女の子達の嬌声は病室内に響き渡り――

 おわり
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1028/巖嶺・顕龍/男/43/ショットバーオーナー(元暗殺業)
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0424/水野・想司/男/14/吸血鬼ハンター
0888/葛妃・曜/女/16/女子高生

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■         ライター通信          ■
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プレイヤーの順番は、申込順です。
今回の依頼は、MAX4人の募集でした。

3度目の参加ありがとうございます、巖嶺顕龍様。
そしてシュライン・エマ様、水野想司様、葛妃曜様、はじめまして。

曜は今回、戦闘的にはあまり活躍できませんでしたが(何せ悪魔が相手ですし)、杏奈、リカと同世代ということでとても動かしやすかったです。
ラストはちょっとあれですが、仲良くなってるみたいなんで今後も度々友達として遊んだりしてるかもしれませんね。

わたしの話は基本的に、同じ話を各キャラクター毎に別々の視点やサイドストーリーを絡めて書かれています。ぜひ他のキャラの話もお読みください。謎も解け、楽しめるのではないかと思います。

お手数でなければ、ぜひ私信のメールなどいただけると嬉しいです。どんな意見でも、文句でも、参考になります。お願いします〜。
今回はありがとうございました。
それでは、またお会いできる事を願って――

ライター 伊那 和弥