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東京怪談・月刊アトラス編集部「年末と病と三下の悪夢」
■オープニング■
朝、出勤した碇麗香は自分の机に着くなり眉根を寄せた。
それは何もその机が資料もごみも無いほど荒れ果てているからではなく、目新しい事件の資料が無いからでもない。
「……なんなのこれは?」
冷ややかに、これ以上は無い程に冷ややかな声で、麗香はそう言った。人差し指と中指に挟まれ、これとして翳されているのは一枚のメモ用紙。
「め、メモ用紙ですけど」
バイトの一人が恐る恐る答える。麗香はふんと鼻を鳴らした。
「そんな見て分かるようなことを聞いてると本気で思ってるの」
勿論思ってません。そう答える根性があるようならバイトの身分に甘んじてなど居なかろう。バイトは泣き出しそうな顔で身を縮めた。
「あの、三下さんは……お休みなんだそうです、風邪で……」
消え入りそうなバイトの声に、麗香は満足そうに頷いた。
「つまりそろそろ年末も近づいて忙しくなるっていうのに、来月号の校了もまだ終了してないっていうのに彼は呑気に寝込んでいると、そういうわけね?」
「……はい」
麗香は口の端を釣り上げて笑んだ。何というか、酷く獰猛な笑みだった。
「そう、それは問題ね。誰か三下くんを私の目の前まで引っ張ってきて頂戴。生死は問うけど健康状態は問わないわ」
麗香の体から発せられる冷ややかなオーラに、誰も『それで三下をどうするつもりなのか』という問いを発することが出来なかった。
■本編■
室内に満ちた沈黙と殺気に一人轟然と顔を上げるものの姿があった。
割に造りのしっかりした体の上に人好きのする顔を乗せた少年、湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)は、冷ややかな殺気を振りまく麗香に臆しもせずに歩み寄った。
「い、今なんて言ったっスか!?」
「……何でもいいけどあなた学校はどうしたの?」
尤もな麗香の指摘に、龍之助は気合の入った笑顔を浮かべべぐぐっと拳を握り締めた。
「三下さんとは比べ物にならないっス!」
ちょっと待てそんな問題なのか!?
編集部に集う面々は揃って内心そう突っ込んだ。口に出さないのは一重に、この大型犬に詰め寄られていながら発する殺気を些かも陰らせない麗香を慮ってのことである。恐れをなして、とも言う。
麗香は冷ややかな目で龍之助を見やると、指先に挟み込んだメモ用紙をひらんと龍之助の鼻先で振った。
「その三下くんが、風邪で倒れたそうよ」
このくそ忙しいのに。
そう言って麗香は指先のメモ用紙を床に落とし、間髪入れずに踏み躙った。それを何かに見立てていることは間違いない。しかしそんな底冷えのするような麗香の動作など、勿論龍之助の目には入っていなかった。麗香のみならず他の何一つも。
真白になった視界に映るのは息も絶え絶えになって横たわる三下の幻のみだ。
その幻同様真白な顔色になった龍之助は衝動のままに駆出した。
「み、三下さんっ! 今、今お側に参上するっスよーっ!!!!!」
残像でも残しかねないスピードで、龍之助は駆出した。
凄まじい勢いで開かれ、また閉じられたドアに編集部の視線は暫し縫いとめられた。
そこに龍之助の勢いの余波がなくなってしまうまで。
空はきれいに晴れていても外気は冷たい。このぴんと張詰めた空気は冬特有のものだ。
龍之助はその冷たさをものともせず走って走って走って、三下のアパート前にたどり着いていた。木造モルタル約築七年ほど。新築からは程遠く、ボロと言うほどにはまだくたびれていない。社会人の男の住いと言うよりは学生アパートの風情だが、一人暮らしの男、更に尚且つ三下にはお似合かも知れない。
「三下さあああああああああんっ!!!!!」
道行く人々の好奇を通り越して恐怖の視線を集めてならなかった愛の絶叫を継続したまま、龍之助は一気にコンクリートの階段を駆け上がった。
しかし何者にも阻むことは出来ないように思われたその突進は、階段を上り終わった瞬間ぴたりと止まった。
止らざるを得なかった、と言うのが正しい。
三下の部屋へと続くコンクリートの通路に、男が一人立っていた。
ただ立っているのではない。手の中に鈍い光輝を放つ筒状の何かを携え、少し腰を落した隙のない体制で立っているのだ。『寄らば斬る』とは正にこのことである。
しかもその服装もまた奮っている。ジーンズなのはいいとして、上は合わせ着物に羽織姿。おまけに目元を布で隠している。立派にちょっと尋常ではない様相を呈したその姿に、さしもの龍之助も息を飲んだ。
男はその光輝を龍之助に突きつけ、静かに問うた。
「なにをしにここまで来た?」
その問いかけに龍之助はぱちくりと目を瞬かせた。その仕草は妙に可愛らしい。体は大きくとも顔立ちにはまだまだ子供っぽさが残っている為だろう。幼さがまだ浮かない年頃なのだ。
「は?」
思わず問い返した龍之助に男は言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「質問を変える。お前は三下の敵か、味方か?」
「勿論味方っス!」
条件反射で大きく頷いた龍之助に、男はそうかと行って光輝の元を降ろした。
「これから三下を安全な場所へ移す。特に手伝いは要らないが……一緒に来るか?」
「それも勿論っスけど……」
「三下は俺が守る」
何処か複雑そうに口元を歪めて、男はそう言った。龍之助はその微細な表情の変化に気付いてはいたが頓着しなかった。
このなんだか問答無用で強そうな男が三下の味方なのは分った。だが何故味方なのかそれを思うととても平静でなどいられなかった。
「ま、まさか……だめっスよ! 三下さんは俺のっス!」
よもや恋のライバルかと蒼白になる龍之助に、しかし男は淡々と言った。
「分ったその辺りは好きにしろ」
「へ? ライバルじゃないんスか?」
「三下自身に用はない。単に仕事だ」
「ふうむ」
淡々とした男の言葉には嘘はなさそうである。そうなるとこの男のクライアントが敵なのかと思ったが、考え込む龍之助を他所に男はずんずんと廊下を進んでいってしまう。
「あ、ちょ、待ってくださいっス!」
とりあえず考えを中断して男、志堂・霞(しどう・かすみ)を追いかける以外、龍之助に取りうる手段はなかった。
スーパーマーケットの袋を三つもぶら下げたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)が同士である所の既知の二人と合流したのは三下のアパート付近でだった。真名神・慶悟(まながみ・けいご)と冴木・紫(さえき・ゆかり)の二人である。
さも当然とばかりに荷物を全部慶悟に預け、シュラインはコキコキと肩を鳴らした。
「助かったわ真名神くん。重くって仕方なかったのよ」
にっこりと笑うシュラインを指差し、慶悟は色々なものをたっぷりと含ませた目つきで紫を見下ろした。
「こういう一般的な反応くらい学習したらどうだ?」
「要らない事学習できるほどカロリーに余剰ないわよ私」
きっぱり言いきった紫は目の前のアパートを眺めた。どう見てもごく一般的な木造モルタルアパートである。
だがそこからどうにも不穏な気配が漂ってきている気がしてならない。
「……なんだか胸騒ぎがするわね」
シュラインの言葉に、紫と慶悟が同時に頷いた。
世の中そういう予感ほどよく当るというのは、今更どんな説明も要らないほどに真理であった。
「来たか」
その場にあった袷着物に羽織、ジーンズにトドメの目隠しという出で立ちの男の姿に、残念ながら驚いたものは居なかった。どうも面識程度はあるらしいなと、何処か暢気に龍之助が思えたのは、霞のかなり問答無用な特技を目の当りにした故だろう。
何しろ空間を切って繋げ、一瞬の内に『安全な場所』まで三下を移動させたりしてくれたのである、霞は。
紫が自信なさげに少年を眺めて言う。
「えーと……確か……アトラスのバイトの子じゃなかった?」
「今は三下さんを守る愛の闘士っス!」
紫がうんざりと目を細め、龍之助と霞を交互に指差した。
「一般的って言葉を学習するべきなのはむしろああいうのよ」
「あんたあれと同列に並べられて嬉しいのか?」
「嬉しいわきゃないでしょうが」
「お願いだからあんた達TPO考えて頂戴」
三つ巴になりかけた雰囲気に水を差したのは淡々とした霞の声だった。霞は光の刃をひたりと構え、真剣そのものの顔で言った。
「では、三下からの要求を伝える。『僕に復帰して欲しくばバニー姿で、忠リンに復帰してもらわないと、麗華困っちゃうっ☆と懇願でもするんですね』だそうだ」
地獄のような沈黙とはこういうことを言うのだろうか。
そんなことを言おうものなら麗香がどう出るか、恐ろしくて想像もしたくない。いくら何でもここまで吹くこともないだろうにと龍之助は霞の横顔を伺い、そして空気と同調した。
……気のせいであると思いたい、思いたいがしかし……
その顔はどこまでも本気に見える。どうしても本気に見えるのだ。
「……三下の分際でよくもそんな要求を……」
慶悟が喉に絡んだ声で沈黙を撃ち破った。頬を冷や汗が伝っている。この言葉は龍之助には聞捨てならなかった。
「分際ってなんスか!? 分際って! 三下さんは最高っスよ!」
「いや最高な人はバニーとか要求しないと思うんだけど……」
突っ込んだ紫の耳元にシュラインがこそっと囁いた。
「無駄よ。三下くんの事となると目の色変るから」
「……さっきから思ってたけどこの子って……」
眼前で行われる聞えよがしなひそひそ話に、龍之助は拳を握り締めて叫んだ。
「愛に性別は関係ないっス!」
そしてバッと上着を脱捨て、腰を落す。とりあえず霞にはこの第一波をどうにかしてから話を聞こう。
「さあ! 三下さんを連れて行くのは…俺を倒してからっスよ!」
「俺も、相手になろう」
霞もまた布で覆われた眼を三人へと向ける。
「……そう来るか」
にやりと笑って、慶悟が符を構えた。
ほの青い殺気の炎が空中を揺らめく。
シュラインは紫と顔を見合わせた。正しく一色触発の絵図だがここでこの二人と慶悟が戦わねばならぬ理由などない。当の三下の姿も見えない。
死気から生気へ、そしてまた死気へ。
段々と殺気を発する三人の呼気が揃って来る。それに連れて緊迫感も否応なく増した。
また、死気へ。そして、
ぐっと慶悟が軸足を踏みこむ。
「じゃー、そういうことで」
「出直すわ」
紫とシュラインは笑顔で部屋の前を後にした。今にも飛びだそうとしていた慶悟の腕を一本ずつ腕に絡めて、連行しつつ。
すっかり抜けた緊迫感の残滓だけをその場に残して。
「一つ聞いてもいいっスか?」
今や無人となった三下のアパートの中で、龍之助は霞に問い掛けた。それこそ先ほど『後回し』にしたバニーさんの件である。
だが人差指を立て、口を開けたところで龍之助はぎしっと固まってしまった。
『バニー姿ってマジっスか?』
『どうしてバニーなんて言ったんスか?』
『なんでバニーなんスか?』
どのパターンで聞いても真っ当な答えは帰ってこない気がする。理由は一つ、こうして目の当たりにしている霞のキャラクターだ。嘘をつくようには見えないし、嘘を吐くにしてもそこに『バニー』と言う選択肢があるようには到底思えない。
固まってしまった龍之助に、霞は怪訝そうに眉を寄せた。
「どうした?」
「いやあの……バニー……」
不自然に途切れてしまった龍之助の言葉に、ああと霞は頷いた。
「仕事である以上、ノーコメントだが……三下……」
哀れむような口調であり、表情だった。
ああああ、やっぱりいいいいいいっ!!!!!
龍之助は頭を抱えて畳に突っ伏した。
どこの誰が吹き込んだのかは知らないが、どこまでも真剣なのである霞は。真剣に三下が『僕に復帰して欲しくばバニー姿で、忠リンに復帰してもらわないと、麗華困っちゃうっ☆と懇願でもするんですね』と要求したと信じているのだ。
「どうした? 大丈夫か?」
突っ伏してしまった龍之助の上に今度は真剣に心配そうな声が降って来る。
『志堂さんが大丈夫じゃなくしたんじゃないっスか!』
とは流石にいえない龍之助だった。
再び木造モルタル築7年程の三下アパート前。エレベーターでもエスカレーターでもない単なるコンクリートの階段前に龍之助は仁王立ちしていた。
結局霞の誤解を解くことを、龍之助は故意にしなかった。『なら突き出そう』等と言われては堪らないし、それ以前に誤解を解くという作業が途方もなく難しい事のように思われたからである。その直感は実の所非常に正しいといえる。
ともあれ最早龍之助に頼れるのは己だけだった。
「性懲りもなく来たっスね! 俺の三下さんは渡さないっスよ!」
何気に三下所有物宣言である湖影龍之助17歳男子高校生独身。
「あーねえあなたには今んトコ用ないんだけど、志堂は?」
「志堂さんなら中っスよ。呼んできましょうか?」
紫の問いかけにけろりとした顔で龍之助は答えた。三下でなければ売ることに躊躇はない。
シュラインは流石に呆れたように目を細めた。
「そうして頂戴」
「了解っス!」
叫んで駆出す龍之助の後姿にあるものを連想したらしい紫がポツリと呟いた。
「……犬……」
「猛犬ではないな」
「こう……何ていうのかしら? 見た目は迫力あるんだけど、ボール追って電柱に激突したりしそうな感じの……大型犬ね」
慶悟とシュラインは実に無常に同意の台詞を吐いた。
そんな批評をされているとは露とも思わない龍之助は、駆け上がっていった階段を足音も高らかに階段を駆け下りて行く。犬である確かに。妙に愛嬌のある憎めない偶に始末に困る大型犬である。
さて偶に所か大概始末に困る志堂霞はゆっくりとした足取で階段を下りてきた。既に手の中に光の刃を呼びだしている辺りが始末に負えない箇所である。
「……今度こそやる気か?」
階段四段分ほど高い位置から三人を見下ろし、霞が淡々と訊ねる。シュラインがそれにゆっくりと首を振った。
「いいえ。要求は麗香さんに伝えたわ。私達はメッセンジャーだと思って頂戴」
霞が重々しく頷いた。龍之助は不審そうに顔を歪めた。
自分だとて麗香にあの要求を突きつける勇気はない。自分より大人で、自分より分別もあるはずのこの三人が、よくもまぁそんな事をができたものだと思ったのだ。
「麗香さん……すごく悩んでねー、一度は着ようとしたんだけど恥かしかったみたいで泣伏しちゃって」
霞の顔を動揺が過った。
「う…」
そっス!
そう言おうとした龍之助はその瞬間に身を強張らせた。指一本も動かない。辛うじて利く目で三人を見やると慶悟と目が合った。龍之助の視線を受けてにまりと笑う。
(真名神さん〜!!!)
声にならない声を龍之助はあげた。間違いない、この体の硬直は慶悟の禁呪である。
つまり嘘なのだ。麗香に伝えたという事も、麗香が泣いたという事も。
どうやら三人は龍之助と同じく霞の誤解を解くことが困難だという結論に達したらしい。それを踏まえた上で更に騙す気なのだ。
「あんな気丈な女性に泣くほどの動揺を与えて……あんた平気なのか?」
「しかし……依頼だ」
苦悶する霞に、駄目押しとばかりに慶悟が言った。
「あんた女泣かせて平気な男だったか?」
「く…」
霞は歯噛みした。
それが三人の卑怯極まりない勝利を、そして龍之助の敗北を決定付けていた。
「ああああああ、三下さんっ!」
頓狂な声を上げ、龍之助は三下に飛びついた。
霞が知人を無理やり押切ってそのマンションに匿ったのだ。押切る過程で霞が何を言ったのかは三下の今の有様が物語っている。
龍之助に半泣きで取りすがられても三下は逃げない。と言うよりも逃げられない。
簀巻状態で風呂の脱衣所に転がされているのだから。
いくら三下を守るためとはいえその側を離れた事を、龍之助は深く後悔した。
因みにその霞はといえばその協力者に別室で叱られ倒している。
「ここまでする? 普通?」
うんざりといったシュラインに、慶悟と紫が顔を見合わせて溜息をついた。
霞が頼った先は、以前依頼で関った女子高生らしい。性格は単なる女子高生としてはかなり破格に過激だったという。
「まあ…志堂からバニーさん話聞かされて信じ込んでたんならこのくらいはすると思うけど」
「思うと言うか、既にしているしな」
タダでさえ休暇申請をする程風邪を引いていた三下は、寒い脱衣所とぞんざいな扱いの為にぐったりとしていた。龍之助の声にも全く反応を示さない。
シュラインが三下の傍らに膝を付きその額に手を当てた。
「……これは……まあつらいでしょうね」
「そんなに熱が高いのか?」
慶悟の問いかけに、シュラインは肩を竦めた。
「高いって言えば高いわね。八度か九度はあると思うわよ」
平熱にもよるが、まあ入院したりと言うほどでもないだろう。微妙なところである。
「三下さん死んじゃいやっスー!」
「いや死なないってその程度じゃ」
泣く龍之助に冷静に突っ込んだ紫が、どうする? と一同を見回した。
「……兎も角、麗香さんのトコに連れてかなきゃホントに後でもっと酷い目に合うでしょうし……」
「ここまで弱っているなら、連れて行ってもまた戻されるだろうしな。物の役に立たん」
「そうよねえ」
纏りかけたところへ龍之助は喚き声を上げた。このまま推移すればこんな状況の三下が連行されてしまう。
「ダメっス! 三下さんが死んだら俺はどうしたらいいんスか!」
「いや真っ当に彼女作って平和に暮せばいいと思うけど」
「いやっス! 三下さんなしの人生なんて俺は耐えられないっス!」
だったら後追えよと内心思った紫だったが賢明にも声には出さなかった。
いやっス、だめっスと喚きたてる龍之助にうんざりとした視線を投げた慶悟はその体を押しのけて三下の枕元に膝をついた。焦点の合わない目で虚空を見上げている三下は確かに見る限りでは今にも何処かへ旅立ちそうではある。
「要は死ななければいいんだろう」
手を三下の額へと翳した慶悟は、目を閉じ意識を集中させた。
「我、汝に宿りし五行気を律し…」
紡がれる言葉に呼応するように、僅かに三下の顔から赤みが引き、空ろな目つきに色が戻ってくる。
紫が感心したように声を上げた。
「便利ねー、医者要らずじゃない」
「一時的なものに過ぎん。治ったわけじゃないぞ」
「でも連行は出来そうね」
シュラインはにっこりと笑う。龍之助は顔色の良くなった三下に取りすがり別の意味で涙を流していた。
「良かった! 良かったっス、三下さんっ!」
「こ、湖影、くん?」
意識が戻ったばかりの三下は己の置かれた状況が良く分っていないらしい。
三人は顔を見合わせ、それぞれ三下の顔を覗き込んだ。
「碇女史がお前の事を呼んでいる。えらい剣幕だったのと思わず目が合ってしまったのとで仕方なく来た。悪く思うな」
「え?」
「まあ行かない限り麗香さんも納まらないでしょうし」
「は?」
「じゃ、支度しましょ?」
三人は申し合わせたように立ちあがり、三下を巻く布団の真中辺りにすがり付いている龍之助を見下ろした。龍之助はきょとんと目を瞬かせた。
「それじゃ」
「任せたぞ」
「何をスか?」
意味を測れず問い返す龍之助に、シュラインがにっこりと笑って荷物の袋を差し出した。中身は下着やパジャマ、タオルの類だ。
「汗を拭いて着替えさせてあげて?」
なんと素敵な依頼だろうか!
「了解っス!」
「え?」
更に意味の分らない三下が困惑の声を上げる。三人はそれには構わず脱衣所を出てドアを閉めた。
「さあ、三下さん俺が着替えさせてあげるっスよ。汗もちゃんと拭いてあげるっス!」
「え、え、え、ちょ……うわ――っ!!!」
掠れ声での三下の絶叫が響いたが、勿論誰も龍之助の楽しみの邪魔はしなかった。(三下を助けなかった)
抱きついている龍之助ごと、慶悟の呼びだした十二神将は三下を担ぎ上げた。暢気に手を振る慶悟達に龍之助は笑顔で手を振り返した。その腕の中では三下がさめざめと泣いている。
「へんしゅうちょおおおおお〜ごめんなさいいいいい〜……」
聞こえていない所で謝った所で何の意味もない。それ以前に謝ったくらいで許してくれる相手ではない。その程度の事も学習しない辺りがこの男が三下忠雄である所以なのかもしれない。
周囲の奇異の視線を集めながら式紙神輿は進む。龍之助は視線に全くめげる事無くぎゅっと三下を抱えなおした。
「大丈夫っスよ! 俺がついてるっス!」
「へんしゅうちょおおおおおお……」
聞いちゃいねえ。
それでも腕の中の三下の存在に仄かな幸せを感じる湖影龍之助17歳男子高校生独身であった。
三下忠雄、真の悪夢はこれより始る。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0218 / 湖影・龍之助 / 男 / 17 / 高校生】
【0935 / 志堂・霞 / 男 / 19 / 時空跳躍者】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、里子です。今回は参加ありがとうございます。
風邪のお話でしたが、この依頼の発注を出した直後、私自身が行き成り風邪こじらせて寝込みました。未だに声が元に戻りません。
三下くんに祟りの能力があるということを初めて知りました。<違う
皆様御気をつけください。<更に違う
今回は特にこれと言ってテーマもなくひたすらお馬鹿な依頼となりました。シリアスなものと交互にやってるのですが、たまに己でギャップに頭抱えております。書いてる時の真剣さは代わらないんですけども。
今回はありがとうございました。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。ご意見などお聞かせ願えると嬉しいです。
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