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<Secret experiment>
<オープニング>
日常的に色々な情報が飛び込んでくる月間アトラス編集部だが、その情報が飛び込んできた時は、誰もが耳を疑い、耳鼻科に行こうかと悩んだ者。また、過度な労働が招いた結果だと会社に労災を申し立てようかと真剣に検討する者。その他、もろもろ十人十色の困惑さをみせた。
そして、アトラス編集部をそこまで困惑させた情報は、とある女子高生によってもたらされたものである。
都内某所に位置する有名進学校。そこの、とある生物教師が人体実験をしているのだという。
もちろん、このご時世に1教師ごときが人体実験などできるはずもない。といよりも、そんなものをした瞬間に精神病院にお世話になるか警察の方々と仲良く談笑する事請け合いだ。
なのに、女子高生・凪 優奈はニッコリと脅しとも言える程の可愛らしい笑みを浮かべ、事も無げにのたまりやがったのである。
「これが本当なら、特大スクープでしょ?ぜひ、調べてちょうだい」
この言葉を聞いた時、『己は女王様かっ』と叫びださなかったのが不思議だった。
しかし、誰もが叫びださずに、ただ黙って頷いたのは、一重に恐ろしいほど無邪気に脅しをかけているような笑みを浮かべる優奈の、何ともいえない雰囲気に気圧されてしまったからである。
<本編>
北波 大吾(きたらみ だいご)は、その依頼主の話を聞いて、実に興味が沸きあがった。というのも、依頼人である凪は大吾が編集部に来る前に去って。それが、本当に去るというよりも、消えたという言葉の方が適切なくらいに、キレイにいなくなっていて会えなかったのだ。
「なぁなぁ、麗香サンとどっちが女王様度高かった??」
興味深げに聞くと、編集部の人々は・・・・。
何も言わず、ただ黙って窓の外を見つめていた。
その様子から、依頼主である凪は大吾の想像以上の女王様度を持っているのが伺えた。とにもかくにも、そんな様子を見て大吾が興味を惹かれないわけがない。
つまりは・・・・。
「よっしゃ、俺が調べてくるわっ」
と、なったわけである。
凪が通っているという高校は、2駅向こうにある近代的な造りの高校だ。つい、3年程前までは男子校であったが、今は共学校になっている。その為か、男子の数より女子の数のほうが少ないように思える。
(う〜〜〜ん、中々人が減らんな)
通っている学校を昼で早退し、大吾は凪の通っている学校近くの喫茶店で時間をつぶしながら、生徒の数が減るのを待っていた。大吾はとりあえず、学校の中に入るためには、制服がいるだろうと考えていた。そして、その制服を手に入れるために1番、手っ取り早い方法が。
「・・・・くっくっく」
調査という名目上の、『追いはぎ』である。
大吾の嬉しそうな表情を見る限り、本当は調査とは無縁の趣味のようにすら思えるが。
とりあえず、『追いはぎ』をするにしても何にしても人が多くては行動が出来ないし、行動が限られてくるので、人が減る時間を待っているのだ。それに、聞いた話によると凪の高校で行方不明の女子が1人出ているらしく、学校の方もその対応に神経質になっているらしい。下手に学校の傍で待ち通報されると、後々面倒になってくるのでこうして喫茶店で大人しく窓の外を眺めているのだ。
もうそろそろ、最後の授業が終って何時間か経つ頃カランと音が1つなって、喫茶店のドアが開く。大吾は気にしずに、窓の外の様子を伺っている。どうやら、大吾の後に入ってきた客は座ったらしく、ウェイターとのやり取りが鮮明に聞える。
「でもさぁー、やっぱあいつ普通じゃないって」
その言葉に、大吾は目線をチラリと窓に映し後ろに座っている客を見た。制服などから見て、どうやら客は凪と同じ高校らしい。
大吾が話を聞いているのを知ってか知らずか、後に座っている男と女は口調も荒く言葉を続ける。
「大体さ、何で掃除をしてて怒られなきゃいけないわけ?!」
「あいつ、絶対に何か隠してるってっ」
語尾も荒い男の声に重なるように、ウェイターの声と運ばれてきた注文の品の音が響く。そこで、いったん言葉を区切り気分を落ち着けたのだろう。男と女は再び、今度は落ち着いた声で話し始めた。
「隠してるって、何を隠すのよ?」
「あー、知らねぇ?あの噂」
「噂・・・・って、あの噂ぁ?」
素っ頓狂は声を出して、女は馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせる。
「あんな噂を本気にしてるの?」
「だってよー、あんな様子見たらさぁ・・・誰だって本気にするんじゃねぇの?」
男は少しバツが悪いように答える。
「ん、まぁねー。そうかもしれないけどさ」
「だろ?」
「でも、誰が信じるのよそんなの」
女は一笑して、言葉を続けた。
「あいつの殺した人間が生物実験室の奥で眠ってるなんて話」
大吾は、その言葉を聞いて鳥肌が立った。
(何だって?)
「だいたい、それって七不思議っていうかさぁ〜。信憑性全然ないじゃん」
「あー、だからっ。じゃあ、何で生物実験室の掃除してて怒られるんだよ」
俺ら悪い事なんてしてねぇんだぜ?と男が言うと、女は溜め息混じりに「そうだけどぉ」と答える。
「でもさ、それが本当なら、とっくにあいつ警察に捕まってるじゃん?」
「何言ってんだよ?人を殺したって、犯人が捕まらないときだってあるだろ」
自信満々に答える男に、女は憮然として問い返す。
「じゃあ、私ら人殺しに勉強を教えてもらってるわけ?」
女の言葉に男は顔を歪めながら・・・結局は、自分の説を取り下げた。
「あ〜あ、ったく」
男はつまらなさそうに悪態を吐くと、大きな溜め息を吐いた。それと同時に、女の持っている携帯から軽快な着信メロディーが鳴り響く。
「・・・・ごめーん、私もう行くわ」
どうやらメールだったらしく、しばらく携帯のディスプレイを見ていた女はそう言うと席から立ち上がった。
「料金は後日支払うって事で」
「ったく。利子は高いかんな」
「女の子からお金をふんだくる気ぃ?」
せこい奴と笑いながら言い、女はそのまま喫茶店を後にした。
残された男も、そう長い事いる気がないらしいのが雰囲気で伝わる。
(決定)
大吾は口の端をニヤリとあげると、追いはぎをする人物を決めた。
(ついでに、情報をもらえるだろうしな)
大吾にとって、楽しい時間の始まりだ。
男が席を立つと、それより少し送れて大吾も席を立つ。どうやら、やっと大吾の姿を目に留めたらしく男は大吾に目線を向ける。その、目線を真っ向から受けて立ち睨み返すと、どうやら大吾の持つ一種独特の。言わば、飼いならされる事のない獣のような目線に負け、男はそそくさと目線を外す。
(意気地のねー奴)
男に対する印象はそれだけ。それ以上、何も感情を持つ必要はなかった。大吾は喫茶店を出ると素早く男に近づいた。
言霊で眠らせて、近くにある公園に連れ込みたかったが、あいにく周りには人が多い。何よりも、先ほどの言葉のやり取りの情報を聞きたかった。
「悪ぃな、ちょっと付き合ってくんねー?」
「・・・あぁ?んだよ、急によ」
「俺さー、おまえの学校の生物教師に用があるんだよな。んで、おまえら喫茶店で面白そうな話をしてただろ?ちょっと、その辺りの話を聞きたいんだよ」
「やだね」
男は大吾に背を向けたが、「ちゃんと、報酬やるからよ」という大吾の言葉にピタと足を、その場に止まらせた。
「本当か?」
「おう」
(丁寧に『追いはぎ』してやるよ)
満面の笑みの大吾の裏に隠されている心の囁きなど、聞えるはずもない男はニヤリと笑った。
「しょうがねーな。んで、何が聞きたいんだ?」
「ここじゃなくて、あっちの公園で話そうぜ」
大吾は公園の方へと指を指すと、男は疑う事もなく公園の方へと足を向けた。
公園の中は、静まり返っていた。
時おり、風が木々をすり抜ける音。遠くから聞える、人々のざわめき。
耳に響くのは、その辺りの音だけだ。
「で?何が聞きたんだよ」
「おまえらさ、生物教師が人を殺したって言ってたよな?」
キレイだとは、たいてい言い難い手身近なベンチに座り大吾はそう切り出した。
「ああ、それが?」
「その生物教師の名前教えてくれねー?」
「栗林 充だよ」
男は『生物教師に用がある』と言っていたのに、名前も知らないのか?といった目で大吾を見ていたが、当然そんな目線は無視をする。
その名前をしっかりと覚え。大吾は次の質問を繰り出す。
「ふ〜ん。それで、どうしてそいつが人を殺したって話になったわけ?」
「・・・あいつさ、女子に受けがいいんだよ」
たぶん、それは容姿も性格も含めてのことだろう。かなり、男の口調に刺が感じられる。
「とは言っても、一部のな。さっきまで一緒に俺といたような・・・ま、『真面目』とは言えない女子には人気なし」
「人当たりが良いって訳でもないんだな?」
「自分の言う事をハイハイ聞く女子にだけ優しいんだよ。他の奴らに関しては・・・何て言うの?」
そこで言葉をいったん区切り。ボキャブラリーが、見た目同様に少ないらしい男はしばらく考えてから口を開いた。
「どうでも良いみたいな感じに扱うんだよ」
「へー、どこにでもいるような、えこひいき教師じゃん」
大吾のにべもない言葉に男は笑って頷いてみせる。
「そうなんだって。んでよ、ホラ前に俺らの学校で人が行方不明の知ってっか?」
「あぁ、聞いてる」
だからこそ、財布に鞭を打ち喫茶店で時間を潰すハメになったのだ。
「そいつがさ、栗林のお気に入りの女子の1人だったわけ。んで、そいつ栗林に人体実験のために殺されたっていう噂が流れてんだよ」
「人体実験・・・。でもよ、そんな噂いつ頃から出始めたんだ?」
「探偵みてぇだな、お前」
「煩いな」
大吾がそう言って睨むと、男は肩を竦めて「恐っ」と呟いた。
「俺も知らね。・・・・でも、そういや出所もハッキリしねぇんだよな」
男はそこまで話して首を捻り始めたが、大吾には関係なかった。
とりあえず、聞き出した情報では、その『クリバヤシ』なる人物が一番怪しい事は火を見るよりも明らかである。
大吾はベンチから立つと、ニヤリと笑って男の前に立ちはだかった。
「な、何だよ」
何かを考えていた様子の男だが、大吾の並々ならぬ様子に恐ろしさを抱いているようだ。だが、大吾は気にもしないようすで男の肩に手を置いて上機嫌に笑う。
「いや、貴重な情報をありがとな」
そう言ってから、大吾は素早く男を眠らせる為の言霊を発した。言霊の威力は、さすがなもので男は
カクンと大吾の方に倒れて深い眠りに落ちた。
「やー、ガラにもなく大人しくするもんじゃねー」
大吾は男を影の草むらに引っ張りこんでから、肩のあたりに手を置いてクキクキと首を動かす。
「でも、ま。そのお陰で意外な情報も手に入れられたし、それで万事OKだな」
そう言い、大吾はニヤリと顔を嬉しそうに歪ませた。
「・・・・くっくっく・・・」
男の着ている制服を脱がすと、手早く自分の着ている服を脱ぎ制服に着替える。
「こいつ、トランクス派ぁ?ったく、日本男児ならふんどしにしろって」
かくいう大吾が、今の日本に住む若者にしては『ふんどし』にこだわっている為に、そう思うだけかもしれない。
とにもかくにも、男と大吾の体格はほぼ似ていたようで制服は、さほど違和感なく大吾の体に合っていた。制服を着終えると、今度はカバンの中身を漁りはじめる。カバンの中には、当然の事のように教科書は入ってなく。雑誌やCDと言った、いわば何も授業に関係のないものばかりが入っている。しかし、そんな事は大吾にとってどうでも良い。目当てのものは、ただ1つ。
「何か・・・ペンとかないんかな?」
その時、ペンケースのようなものが目に入りそれを取り出す。そこには、色ペンが3本入っていた。しかも、おあつらえ向きに油性ペンだ。
「調査のためだしなー、これも仕方ねーしなー」
ポンと音を立ててペンのキャップを取ると、大吾は二へ二へと笑いながら男の顔に嬉々として悪戯書きをしていく。その様子からして、到底『調査のため』は・・・・。
あくまで言葉だけのようにすら感じるのは、気のせいではないだろう。
あらかじめ、学校近くの公園に隠しておいた包みに覆われている刀を肩に担いでいるために、あまり人に会わないように気をつけて歩く。
大吾は鼻歌交じりに校舎の中に入ると、一階にズラリと並んでいる教室の廊下の前でキョロキョロと辺りを見渡した。とりあえず、問題の生物実験室へと行かなければならない。
「う〜〜ん」
下手に人に聞くわけにもいかない。
「どうすっか」
そう呟いたときだった。
「貴方」
「あ?」
声の方向へ振り向くと、そこには黒い髪が印象的な少女が立っていた。
「誰?おまえ」
そう聞いてから、ふと少女の面影に違和感を感じた。前に会ったような気がしたが、会ってはないだろうと思う。だが、この少女をどこかで知らされたような。そんな違和感。そして、その違和感の正体は、次の少女の言葉に寄って確信に変わる。
「アトラスの人でしょ?来るの遅かったわね」
編集部の人々が、黒い髪で可愛らしい容姿をしているのに麗香に負けず劣らずの女王様っぷりを発揮している少女が変な依頼をしにきた。と言っていた。目の前にいる少女は、まさしく依頼人である凪である。
「待ちくたびれたわよ。もっと、俊敏に行動してくれない?」
その言葉に、大吾のこめかみがピクと動く。
「おまえ・・・俺が、どんだけ苦労してたんだと思ってんだよ?」
「知らないわよ」
ふんと少女は、一言だけそう言うと上の方へと指を指した。
「んだよ?」
すっかり憮然としてしまった大吾に、凪は笑って答えた。
「上よ。ちょうど、4階の廊下の突き当たりが生物実験室。部屋の中は開けて置いてあげたから」
それだけ言うと、大吾に背を向けて凪はその場から何も言わず去っていってしまった。
「え?ちょい、待てっ!!おいっ!!!」
しかし、大吾が気がついたときには凪の姿はもう無く、大吾は呆然としてしまった。
「・・・・待て」
呟いた声は、どこまでも小さく空に溶け込むように呆然としていたものだった。
とりあえず、釈然としないものを感じつつ大吾は階段を上がり問題の生物実験室へと、辿りついていた。
鍵は、凪の言うとおり開いていてスンナリと部屋の中に入れた。
「広〜〜〜」
大吾はそう言いながら、部屋の中をグルリと見渡す。
4人1組で座るのだろう机は、正方形で1人に与えられるスペースは十分に広いと感じられるものだった。その机と机の間の等間隔も2人が同時に通れるほど広く、後の方には大きな棚が壁代わりのように立ち並んでいた。
その棚の隣に、1つの縦に長いロッカーがあるのを見つけると大吾はそのロッカーに近づいた。案の定、それは掃除道具入れ用のロッカーであった。とりあえず、持っている刀をロッカーの中に入れると変わりに、ほうきを手に持ち形だけだが辺りを掃く。そうしながら、教室の様子を見て歩き始める。
その時、ロッカーの後からカタンという微かな音が聞え大吾は再びロッカーの方へと振り向いた。しかし、変わった様子も無い。大吾はとりあえず、ロッカーに近づいたが、あの音がまた聞える事もなく結局は、空耳。という事で大吾は音の正体を片付けた。
それから、しばらくして大吾がいい加減に飽き飽きしてきた頃、ガラリと扉が開き、そこに1人の白髪の老人が立っていた。白衣を着ているのを見ると、たぶん教師だろう。
「お前さん、何してるんだ?」
そう問われ大吾は、素直にあらかじめ用意していた言葉を言う。
「授業中騒いだバツに、ここをキレイにしろって言われましたー」
慣れない敬語を使うと、老人は顔をしかめてみせた。
「栗林先生にか?」
「どうしてですか?」
「いや、あの先生がこの教室の掃除を生徒にさせるとは珍しいなと」
そう言ってから、老人は黒板の前に置かれている教卓の中から藍色の表紙のノートを取り出した。どうやら、それを忘れて取りに来たらしい。
「栗林先生、もうすぐ来ます?」
そう大吾が聞くと、老人はコクンと頷いた。
「ここを掃除させるほど、あの先生を怒らせるとはな。お前さんすごいな」
そう笑いながら言って、老人は教室を出て行った。
その後姿を見送りながら、大吾は溜め息を吐いた。てっきり、あの老人が『クリバヤシ』なる生物教師かと思っていたからだ。
「あー、まだ時間かかンのかよ」
そう言った時だった。
まさに、文字通り『扉を壊す勢い』の音を立て扉がバンと開いた。そこには、長身の白衣を着た若い男が立っていた。
「何をしてるんだ?」
たぶん、普段なら穏やかな物腰なのだろう雰囲気はある。だが、今、目の前にいる男には、そんな雰囲気は微塵も感じられない。
「掃除してます」
「俺は、そんな事を頼んだ覚えは無いぞ」
たぶん、先ほどの老人に言われて慌ててきたのだろう。しかし、大吾は慌てる様子もなく答える。
「俺も、先生に掃除しろって言われた覚えは無いですね」
「しかし、斎藤先生は」
「俺。斎藤先生が『クリバヤシ先生にか?』って聞かれてー。でも、何でそんな事を聞くのか分からないから『どうしてですか?』って答えただけですよ」
大吾の言葉に、目の前の男は溜め息を吐いて大吾に外に出るように言った。
「どの先生に言われたか知らないが、出て行け」
「どーしてですか?」
大吾がそう言うと、目の前の男は顔をしかめた。ここまで来ると、大吾も目の前にいる人物が『クリバヤシ ミツル』なる人物だと確信した。
「・・・・ここには、生徒が不用意に触ると危ない薬品が多いんだよ」
「へー」
大吾は敬語を使うのを止めた。それから、バカにしたような笑みを浮かべて見せた。
「触れると危ない薬品じゃなくて、見られるとおまえにとって危ないモノがあるからじゃねーの?」
「何?」
「たとえば」
大吾は言葉を区切ると、男に冷笑を浮かべて言う。
「殺しちまった女生徒とかよ?」
「何を言っている?あんな噂を本気にしてるのか?」
「だってな。そんな慌てたら、誰だって本気にするだろ?」
その時、ふと大吾の頭の中にロッカーの後ろから何か得体の知れない雰囲気が流れ込んできた。それは、深い暗闇の色の悲しみ。
(何だ?)
頭に直接流れ込んでくる色は、次第に強くなり大吾の思考を止まらせる。
「どうしたんだ?」
栗林の声で、頭に流れ込んでくる色が『声』に変わり大吾に訴える。
【お願い、彼を止めてっ】
「・・・ロッカーの後とかに、死体を隠してるんじゃねーの?」
大吾は思考が戻ると、そう言葉を発した。
頭に浮かんだ色と『声』は悲痛なもの以外の何者でもなく、大吾の胸を締め付ける。
「おまえ、何を?」
「俺に隠し事しようとしてもムダだぜ」
そう言うや否や、大吾の体はその場に崩れ落ちた。
「カハッ」
口から鮮血を吐くと、大吾は何が起こったのか分からず上を見上げた。そこには、得体の知れない笑みを浮かべ大吾を見下ろしている栗林がいた。
「どこまで知ってるか分からんが、危険要因は排除するに限るな」
(何だっ!!?体が動かねー!!)
体の中に何か得体の知れない痛みが走りぬけ、大吾は眉を寄せながら必至に男を見上げる。
「て・・・・っめぇ、なにし・・・やがったっ!!?」
気合を入れ立ち上がると、栗林は驚いたように大吾を見た。
「すごいな。今まで、俺の思念波を受けて立ち上がれたのはお前が初めてだよ」
「し、ねん・・・波だぁ?」
「ああ、神様が俺にくれた最高のプレゼントだよ」
栗林は笑うと、教室の扉の前まで歩きカチリと音を立てて扉の鍵を閉める。
「いつもいつも、うざったらしい生徒の相手に疲れて。俺に色目を使う女生徒達を少しだけつまみ喰いしてて」
大吾はジリジリとロッカーまで下がる。そこに入っている刀を取れば勝機はある。
「でも、ある日の事だよ。1人の女生徒がレイプだなんて騒ぎだして」
「・・・・」
「逃げ出すところを止めようとしたら・・・さっきのお前みたいに、倒れたんだ」
くくくと栗林は喉の奥で楽しそうに笑うと、大吾の方へと近づき始めた。
「それから、気に入らない奴は一人一人片付けるようにしてるんだよ」
「てめぇ、最低だな」
「褒め言葉として取っておくよ」
覚悟はいいなと栗林が目を光らせ、再び思念波を飛ばそうとした時、大吾も声を上げた。
「壊・滅・崩!!!炎の力よ、形となって現れよっ」
大吾の言葉に導かれるように、空中にいくつもの炎が浮かび上がり栗林に向かい走り抜ける。
初めて目の当たりにする形となった力に、栗林は恐れを抱いたのか、思念波の力を暴走させて炎を避けた。
「お、お前何者だっ!!」
まるで、初めて出会った怪物を見るかのように栗林の目には恐怖の色が浮かび上がる。しかし、大吾は気力を振り絞りロッカーまで走ると中から取り出した包みから刀を手馴れた様子で取り出し挑むように栗林をにらみつけた。
「俺は人に褒められるよーな人間じゃねぇけどよ。てめぇみたいなゲスは、力の限りで潰すっ!!」
そう言うと、腰を抜かし床に這いつくばっている栗林に向かい、ほんのりと蒼い光を伴って刀に文字が浮かび上がる刀を振り上げ、地を蹴り机の上を飛び上がって栗林に一閃の光を輝かせる。
しかし。
【ダメッ!!!!!!】
目の前に現れ、栗林をかばうように両手を広げたのは。
「・・・・おまえ」
依頼人である凪、その人だった。
大吾は刀をピタリと凪の額の一瞬前で止めた。
「どうして・・・おまえ、が?」
栗林も突然現れた凪に驚愕の表情を浮かべてみせる。
「そうだ、おまえ。それにっ!!おまえの、それって」
大吾は混乱したように凪の姿を見つめる。
目の前にいる凪は、うっすらと通り抜けるようなわずかな実態しかない。
触れれば消えてしまう、追っても捕まえれない、蜃気楼のような姿。
大吾の問いに、凪はふんわりと微笑んだ。
【この人ね、人間としては壊れちゃってるのよ。何だか変な呪いをして跳ね返されて、悪霊に取り付かれて・・・もう、普通に戻れない所まで来ちゃってるの】
幾分が口調が和らいでいるが、それでもどことなく女王様っぽい雰囲気の口調だけは変わらない。なぜか、そのことに大吾は胸を撫で下ろしていた。
【私、嫌なのよ。この人が、他の誰かに操られてるのはね】
「おまえ、幽霊になって気でも狂ったのか?」
大吾の辛らつな物言いに、凪はそれでもふんわりとした笑顔は壊れない。
【バカね。そんな訳無いでしょう?私は、この人に殺された。私が知ってる限りじゃ3番目ね】
「お、まえっ!!知ってて、こいつが人を殺すの黙って見てたのかよ?!」
【違うわよ。後で調べてもらえば、分かるけど】
凪はゆっくりとロッカーの後に指をむける。
大吾の目線もそれを追って、ロッカーに向かう。
【あそこの裏にね、使われなくなった小さな部屋があるのよ。そこに、冷凍機。ほら、よく実験なんかに使う試験管を凍らす機械があるでしょ?それの大きい版で、人が1人分くらい入れる物の中に私と他の子2人の死体があるわ。私もあそこに入って、こういう姿になって初めて分かったの】
「・・・・お、い・・・?」
あまりに現実離れしすぎている言葉に大吾は言葉を失ったように、凪を見つめた。
それから、思い出したように言葉を発した。
「まさか、行方不明の女生徒って?」
【たぶん、私の事ね。もう1人も、この学校の生徒だったけれど、転校してからもちょくちょくこの人に会っていて・・・。それで、1番最初にこの人の犠牲になっちゃったみたい】
たぶん、栗林が言っていた強姦されて逃げ出そうとした女生徒の事だろう。
大吾はいぶかしげに、凪に問う。
「おまえ何が言いたいんだよ?」
【この人を、止めて】
凪はそう言うと、ゆっくりと後を振り返った。後ろにいた栗林は、自分が殺したはずの凪が当たり前のように、そこにいる事が信じられずに茫然自失としている。
【貴方の力が、必要なの。私じゃ止められない】
「いいのかよ」
大吾は凪の前で止めていた刀を肩に乗せ、そう聞いた。
【言ったでしょ?この人が他の誰かに操られるの嫌なの。好きだから、この人を止めたい。今日まで、ギリギリで何とか前のような姿を保っていられたのに、急に実態が薄くなってきてしまったの。もう、時間がないの。私じゃダメなのよ、止められない】
「助けてぇじゃなく?」
【だって、そうしたら。この人、他の誰かの者になっちゃうじゃない】
「自分勝手な奴」
【うん、私もそう思う。でもね・・・】
凪は寂しそうに微笑んで大吾の方へと振り向いた。
【もう、ダメなの。助けられない】
見えるでしょう?と凪は大吾に聞いた。
そして、その言葉の意味を大吾も分かっている。目を凝らせば、栗林の周りに止めようもないほどの性質の悪い悪霊が渦巻いているのが分かる。
きっと、人を思念波で殺したと言っていたが、それはこれらの悪霊に取り付かれて身に付いてしまった力なのだろう。
【止めて、この人を】
揺るぎない決意の現れのような凪の言葉を聞いて、大吾はしっかりと頷いた。
「仕方ねーから、ついでにおまえも送り届けてやるよ」
そう言うと、大吾はキッと辺りを睨みつける。
その瞬間、赤い炎が大吾の周りを包み込んだ。
「招・魂・飛!!!」
大吾は刀を振り上げ、辺りを切り裂くように大きく上から下へと振り下ろす。
「魂を元あるべき場所へと押し戻せっ!!!!!!!!!!!!!!!」
叫びを上げると同時に、辺りに窓を引っ掻くような不快な声と音が同時に沸きあがり、竜巻のような風が吹きすさぶ。その中に、大吾は平然と立ち真っ直ぐに前を見据える。
「行けぇぇぇぇ!!!!!」
力の限り刀を振り下ろし、床の上に刀の後をつけると一際強い風が巻き起こった。
キンッと刀の音が終ると風が止み、静寂が再び訪れる。
「終ったか」
大吾は刀を元に戻すと、床の上で座り込んでいる栗林を見下ろした。そこには、もう意識というよりも自分の意思すら手放した人間だけが持ちうる空虚な瞳を持った栗林がいた。
「・・・・バカな奴」
大吾は、悔しそうにそう呟いた。
凪の言葉は本当だ。
あそこまで、悪霊に取り憑かれてしまえば、もう救う手立ては無い。後に待っているのは、魂を喰われるだけ喰われ、己の身も地の果てへと堕ち永遠にこの世を彷徨う悪霊の仲間入りだ。あそこまで、魂を占領された栗林を救えるほど大吾は修行を積んでいない。
無力な自分が悔しかった。
【あ・り・が・と】
微かに聞えた凪の声に、大吾は涙を浮かべて上を見上げた。
何もない。
外の暗さを教室の中にも映し出す薄闇の中で、大吾は呟いた。
「礼を言われるまでもねぇ」
そう言って、大吾はロッカーの近くまでよると、意外に重いロッカーを倒した。
大きな音を立て、倒れたロッカーの奥には人が1人通れるか通れないかの扉が1つあった。その扉を開けると、大吾は躊躇する事無く中へと入る。
「寒ぃ」
どうやら、部屋の中には冷房も設置されているらしく冬の外の寒さよりも、なおも寒かった。
「これ・・・か?」
大吾は制服の袖で手を覆いながら、壁に並んでいる分厚い金属板で作られているドラム缶のような形をした物の蓋を開けた。その瞬間、ブシュと音がして白い空気が大吾の視界を奪う。そうして、冷たい空気が通り過ぎ大吾の視界が開けた先に写っていたのは。
「凪・・・」
そこには、眠るように膝を折り曲げ座っている凪の姿があった。後、二つのものにも同じように息をする事を止めてしまった少女が眠っているのだろう。
「悪ぃな。おまえの好きな奴、救ってやれなくて・・・さ」
本当は凪だって、救って欲しかったはずだと大吾は思っていた。最後まで、微笑を絶やさず。死んだ後も、栗林を止める事を願っていたくらいなのだから。
大吾は唇を噛むと、蓋を締める事無く部屋を後にした。
ポケットに入っていた携帯を取り出すと、警察に電話する。
「・・・そう、そこの高校の生物実験室。そこのクリバヤシって教師がさ殺した奴を隠し部屋に置いてるぜ。・・・・なんで知ってるって?本人に聞いた。ま、信用するもしないも、そっちの勝手。だた明日の朝になって生徒が雪崩れ込んできて、捜査が遅れてもしらねーかんな」
それだけ言って、大吾は携帯の電話を終る。
床に座っている栗林の神経は、もう2度と戻る事はないだろう。
「いつか、凪に会ったら謝っとけ」
大吾はそう言い捨てて、生物実験室を後にした。
学校を出たところで、パトカーのサイレンの音が聞え始めた。その音を聞きながら、編集部には明日連絡をしようと思った。それから、ふと思い出したように大吾は携帯電話を再び取り出して警察に電話した。
「あと、さっきの学校の近くの公園で行き倒れてる奴が1人いるぜ」
それだけ言うと、大吾は電話を切ってポケットへとしまった。
「ま、今日は良い人デーだな」
すぐに連絡をしなかった事を麗香に怒られるかもしれないが、何だか今日だけは。今回の事件だけはどうしてもすぐには連絡する気が起きなかった。
「あー、いい月だな。街に出て気分直しに悪戯でもしまくるか」
大吾はそう言うと、制服を戦利品だからと言いつつ返す事も無く街へと繰り出した。
まるで、涙のような三日月が淡い夜空に頼りなく浮かんでいる日。
切ない気持ちを大吾は抱えて、街を歩いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1048/ 北波・大吾 / 男 / 15 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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初めまして(^^)このたびは、拙い依頼にご参加頂きまして、本当にありがとうございました。
とても嬉しかったです(^^)
依頼がギャグっぽかったですが、内容はシリアスより・・・になっておりますね(笑)ちなみに、生物教師殺人犯説。私が通っていた学校で流れいた噂を元ネタにしております(笑)いや、私の学校の場合は・・・噂です。いえ、切実に真実でない事を祈ります(笑)これは、ちょっとした・・・まあ、私事で恐縮なんですが・・・・。私、何故か『ふんどし』という言葉に逃れられない宿命を感じております(笑)なので、本当に嬉々として書いておりました(笑)
それでは、少しでもこの話を読んで『ああ、こういう話好きかも』、『うん、楽しかったゾ』と思っていただければ、これ以上の幸せはございません。また、どこかでお会いできることを祈りつつ。
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