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<PCシナリオノベル(シングル)>


■絶望を映す鏡

■オープニング
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
 息せきかけながら、ゴーストネットの扉を勢いよく開いた少女がいた。
 セーラー服を着た女子高生の雪森・李理(ゆきもり・りり)という少女である。ゴーストネットに集う常連の一人だった。
 ストレートの長い黒髪がとても綺麗な、優等生に見える少女だ。
「あら、李理さんではないですか? いかがされましたか?」
 彼女を振り向いた顔見知りの一人に、とても美しい少女がいた。
 白の水干を纏い、李理よりもさらに長くて艶のある黒髪を紅紐で束ねた、まるで時代劇の姫君のような姿をしている。けれど、その身から漂う高貴な雰囲気は、一見、少年のような凛々しさをかね揃えていた。その名を夜藤丸・月姫(やとうまる・つき)と言う。
 雑誌で連載を持つような、著名な占い師としての一面もある彼女もまた、このゴーストネットに通う一人であった。
「あー、月姫先生だぁっ」
 李理は泣きつくような表情で、月姫に駆け寄った。
 李理は、月姫が占いを連載している雑誌の愛読者だ。月刊アトラスという雑誌で、月姫は少年占い師と称して、占いのコラムのコーナーを持っているのだ。
 美しく端正な凛とした顔立ちは、中世的で美しい少年のようにも見えなくはない。その魅力もまた、彼女の人気を高めていた。
 彼女が女性だと、李理が知っているのかも怪しい。
「月姫先生、大変なの! 私の、私の親友が、いなくなっちゃったんです! こんなものを残して‥‥」
 李理は抱えていた学生鞄の中から、折りたたんだ黒い紙を取り出し、月姫に見せた。
「見せていただきますね」
 月姫は、李理から紙を受け取ると、それを開いて覗く。
 それは宣伝のチラシのようなものだった。黒い紙の上に、白い大きな文字が並んでいる。
『世界はいつかあなたを殺すだろう‥‥未来を護るために戦おう‥‥虚無の境界』
「虚無の境界‥‥」
 月姫は形よい顎に、白い指先を当て、小さく呟いた。
 それは最近、世間を騒がせている新興宗教の団体だ。月姫も聞いたことはある。
「それと、これも‥‥」
 李理は、もう一枚、ピンク色の便箋を取り出すと、月姫に渡した。
 そこには、少女らしい丸い可愛らしい文字が、走り書きされていた。
『私、みんなの未来を護るために行ってきます。心配しないで。必ず戻ってくるからね』
「どうしたらいいんでしょう‥‥。百桃、どこに行っちゃったのぉ‥‥」
 李理は鼻を詰まらせて、近くにあった椅子に腰掛けると、うなだれた。
「詳しく説明していただけませんか?」
 月姫は、李理の隣に腰掛け、大きな瞳で彼女を見つめた。李理は、月姫を見つめて、吐息をつき、小さく頷いた。
「私の親友、春田・百桃(はるた・もも)と言うんですが、彼女、池袋にいる『未来を見せてくれる鏡』を持つ占い師さんの所に行くって言ってたんです。昨日、学校帰りに別れたとき、確かにそう言ってて、でも、その夜に彼女家にこの紙と便箋を残して、姿を消してしまったようなんです」
「池袋の占い師ですか‥‥」
 月姫は、考えを巡らせた。池袋にいる占い師という区分けだけでは、数が多すぎる。
 だが、「未来を見せる鏡」を持つ占い師、どこかで聞いた。‥‥記憶を探りながら、李理の言葉に耳を済ませる。
「聞いたことがあるような気がしますね‥‥」
「私、この占い師のところに行ってみようかと思うんです」
 李理は月姫を見つめた。
「行かれて、お友達の行き先を尋ねると?」
 占い師と新興宗教に絡みがあると、彼女は思っているらしかった。
 そのとき、二人の話を、後ろで聞いていた雫が口を開いた。
「うーん、それって危険かも。李理ちゃん」
「え? 雫ちゃん、何かご存知ですか?」
 李理は雫を見つめた。雫は難しそうな表情で、頷くと、パソコンのキーボードを手元に引き寄せ、ゴーストネットのHPを操作する。
 するとそこには「池袋の「未来を見せてくれる占い師」についての噂話コーナー」というものが出来ていた。
「こんなページあったんだ、知らなかった」
 李理は驚いて、そのページを覗き込む。出来たばかりのページだからね、と雫は呟いて、共に眺める。月姫もふたりの後ろから、ディスプレイに視線を移した。
「これは‥‥」
 李理は絶句する。
 そこには、池袋の占い師に会いに行って、戻って来ない学生の情報が次々と掲示板に書き込まれていた。
「こんなに‥‥」
 月姫は眉をしかめた。その掲示板にある情報だけで、10人は下らないだろう。
 それもつい最近のものばかりである。その占い師は、つい数週間前に、渋谷に現れていたという話もあった。
「わ、わたし、この占い師のとこ行ってきます。百桃を返してもらわなきゃ‥‥」
 李理は叫んだ。
「一人で行くの?危険すぎるよ? 李理ちゃん」
 雫が血相を変えて、李理に言う。けれど、李理は首を横に振った。
「だってこのままじゃ‥‥。百桃が」
「私が一緒に参りましょう。‥‥私も、同じ占い師ですし、困っている方を放ってはおけません」
 月姫が前に出る。
「月姫先生‥‥」
「月姫で結構ですよ。一人で行かれるよりは、よほど安心でしょうから」
 月姫は柔らかく微笑む。その凛とした顔立ちに、李理は瞳に涙を溜めて、深く頭を下げるのだった。

●池袋
 その占い師が出没する場所は、池袋のサンシャインシティの一角で、一日の内、何時頃現れるのかは、日によって変わるのだという。現れない日もあるという。
 知ってる限りでは、高校生の間にだけ広まっている噂であり、雑誌やテレビで取りざたされることはない。
 二人は、池袋の東口の人混みを抜け、サンシャインの方角へと歩きながら、李理がクラスメイトに携帯で確認した情報を交換しあった。
「『未来を映す鏡』を覗くと、そこには十年後の自分が映っているって噂です」
「鏡‥‥」
 月姫は俯いた。
 月姫の得意な占いは、水晶を用いたものである。
 物を映すものを覗くことで、予知をしたり、遠くの物を覗き見ることができるのである。
 だから、鏡を用いることで、他人の未来を視ることができ、それをその本人にも見せることができるという、その占い師は彼女の同類といっていいだろう。
 しかし、それと、高校生の連続行方不明事件、さらには新興宗教『虚無の境界』の存在、というのはどういうカラクリなのだろうか。
 さらに言えば、そこに向かっている自分達の先に潜む危険を考えると、頬が強張るのを止められない。
「月姫さん‥‥」
 李理は、その月姫の表情を見て、同じく決心をするように唇を噛んだ。
 他人だらけが行き交う灰色の町。
 大きな不安が、雲がかるように街を占領していた。

●占いコーナー
 サンシャイン・シティの占いコーナーは、常に十数人の占い師が、店を開いている。
 タロット占いや、占星術、易、水晶占い、様々な占い師が、黒い幕で区切られたスペースの奥で、悩みを持つ者達を待ち受けていた。
「‥‥友達の話だと、ここで場所は間違いないみたいですが‥‥来てるかな」
 李理は辺りを見回した。
 その場にいた占いを目当てに来ていた女性客達が、こちらに次々と視線を送ってくる。
 雑誌で人気の美少年占い師・夜藤丸月姫がそこに立っているのだ、無理もない。
「ねぇねぇ、あの人って、ほら夜藤丸月姫先生じゃない?」
「うわぁ、雑誌で見るより綺麗!! 超かっこいい!! ちっちゃいねー」
「もしかして、ここで占いするのかな〜? 見てもらいたい〜」
「案外、占い師対決!って雑誌の取材かも」
「ありえるありえるー!」
 こちらにも充分届くような声で騒いでいる、二人組の女性客達がいる。彼女達を月姫は苦笑して見つめた。一目でそれとわかってしまう、目立つ格好で着てしまったこちらも悪いのかもしれないが。
「対決かぁ。誰かな。あれかも? 鏡占いの杜也さんとか」
「あー、そうかもねー」
「その方はどなたですか?」
 突然、近づいて話しかけてきた月姫に驚き、二人は目を丸くした。月姫は真面目な顔で続ける。
「鏡占いの杜也さんとは、どんな占いをされる方ですか?」
「え、え、えーと、‥‥「未来を映す鏡」を持つ占い師で、‥‥時々このコーナーに来てるんです‥‥」
「今日はいらっしゃってないのですか?」
「確か、さっきの易占の人が、3時には来るって‥‥言ってた‥‥よ、ねぇ?」
「3時」
 月姫は、近くの柱にある時計を振り返った。午後2時30分。
「ありがとうございます」
 月姫は二人を見つめて、柔らかく優しい眼差しで微笑む。
 女性客達は、その表情に胸を貫かれたかのように、耳まで赤くなって「いえいえ〜、そんな〜」と声を揃えて答える。月姫は、くすりと笑い、そのままひらりと風を切るように踵を返して、遠くで見守っている李理の元に戻っていった。

●占い師・杜也
 午後3時を待ち、二人は占いコーナーに戻ってきた。
 鏡占いの杜也の店には、既に数人の待ち客があった。先ほどの二人連れの女性客の姿もある。
 よほどの占いマニアなのだろうか。
「どうします? 並びましょうか?」
 李理が申し訳なさそうに月姫に尋ねた。月姫は苦笑して頷く。
「仕方ありませんわね」
 彼女達は30分程、占いの列に並ぶことになった。待ちながら、先ほどの女性客達とも雑談を交わし、情報を得る。彼女達は女子高生ではなく、近くで働いているOL仲間なのだという。
 二人の話によると、杜也という占い師がこの池袋に現れたのは、つい数週間前ということだった。まだひと月にもならない。毎週決まった日付に現れるわけでもなく、週に何度か不定期に店を開く。しかし、その占いを体験した者は、人に話さずにはいられないというのだ。
「私達も口コミの一派なんですけどぉ、行ってきた人達が、すごい、と言ってました。未来の自分が本当に目の前に現れるんですって。ただ、一つ気をつけないといけないのは、悪い結果の可能性もある、ということです。中には、その結果を見て、気が狂ってビルから飛び降りた女の子もいるって話です」
「まぁ‥‥」
 完璧な真実を告げるというのは、占い師として悩まされる事である。
 あとひと月で死ぬ運命の者を占ってしまい、その結果を得たとしても、それをそのまま伝えてしまうのは、大変よろしくない。
 交通事故で死ぬ、とわかれば「車にお気をつけなさい」、突然の病死とわかれば、「体調にはお気使いください」などと、ごまかして告げるのが王道だろう、と月姫は思う。
 しかし、その鏡は、その者の運命を誤魔化し、伝えることの出来ないものなのだろうか。
 そんな強い霊力を秘めたものなのか。占い師本人の霊力でそう見せているのか、鏡が力を持つのかそれはわからないが。
「じゃあ、次、私たちだから行きますね」
 女性客たちは、自分達の順番が来ると、明るい笑顔で黒い幕の中に入っていった。
 聞き取れはしないが、その中からは男性の話し声が、聞こえてくる。とても静かな口調で、穏やかに二人に向かい語りかけているのだろう。
 やがて十数分が経ち、二人はきゃあきゃあと騒ぎながら、楽しそうに出てきた。
「あー、面白かった。私たち、未来でも親友同志みたいです」
「よかったねー。でも、やっぱり占いに通ってる辺り、成長ないっていうの?」
 けらけら笑いながら、二人は月姫と李理を、手を振って見送ってくれた。
「行きましょう‥‥」
 楽しげな二人の様子を見ながらも、それでも李理は意を決したように、唇をぎゅっと噛んで、月姫を見つめていた。

 幕の奥に進むと、その正面には白いテーブルが置かれ、金髪碧眼の美しい若者が腰掛けていた。彼は清潔感のある上質の黒のスーツをまとっていて、澄んだ青い瞳で二人を見上げると、目を細めて微笑んだ。
「いらっしゃい。貴方達に今日お会いできること、予感していました。お会いできて嬉しい‥‥特に、あなた‥‥夜藤丸・月姫先生」
「お見知りおき、ありがとうございます」
 きっと先ほどの女性客たちが、名前を漏らしたのだろう、と月姫は思った。
 テーブルの脇には、黒い布に覆われてはいるが姿見程の大きさのものがあった。きっとそれが鏡だろう。
 そこから発せられている霊気に月姫は気付き、視線を向ける。否、そこだけではない。その奥にもう一つ同じような大きさの物がある。そこからさらに強い霊気を感じていた。
「何かお気づきになりましたね」
 杜也はくすくすと微笑む。
「私、占いをしに来たんじゃないんです」
 李理が彼に怒鳴るように言った。彼女なりに勇気を振り絞って声にしたのだ。
「私の親友の春田百桃って子が、ここに来たはずなんです。そして、そのまま姿を消しちゃったの。‥‥他にもいっぱい、ここに来ていなくなった子がいると聞きました。みんなをどこに隠したんですか?どうか教えてください!」
「‥‥知らないな。名前は書いてもらわないし、女子高生はたくさん来るんだ」
 杜也は額に指をついて、軽く首を振った。
「辛い未来を見て、悲観的になって家出をしてしまった子もいるらしい。僕の責任もあるけれど、その占いを選んだのは君達だからね」
「じゃあこれは何というんですか」
 李理はテーブルに叩きつけるように、『虚無の境界』のビラを取り出して見せた。
 杜也はつまらなさそうにそのビラを見つめ、そして、くすくすと笑い出す。
「困ったお客さんだ。‥‥僕はそのことはよくわからない。それよりも、占いをしてあげよう。さぁ、鏡を見て。あなた方の後ろにもお客さんがいるんですからね、待たせてしまっては申し訳ない」
「占いなんて‥‥」
「待って」
 憤る李理を、月姫は手で遮った。
「占いをしていただきましょう」
 相手の正体を見るために。そして、その月姫の思惑が正しかったのか、杜也は、月姫が見つめていた奥の方の鏡を二人の前に出した。
「さあ、あなたたちの未来が吉と出るか、凶と出るか。楽しんでください」
 面白そうに呟いて、杜也は鏡を覆う黒い布を、剥ぎ取った。

●絶望と未来
 月姫は鏡の中に、とても美しい月夜を見ていた。
 静かな夜である。風の音しかしない。草原を照らす、美しい三日月は、凛とした輝きを放っている。
 雲ひとつない夜の闇。宝石箱をこぼしたような大小の色とりどりの星の輝きに負けない、夜を統べる神のような大きな月。
 なんて綺麗なんだろう‥‥。
 その光を一身に受ける月姫もまた、とても美しい。
 月姫は、目を細めて、心地よい月光浴に酔いしれた。
 しかし、それは長くは続かなかった。
 突然、暗雲が空に立ち込め始めた。
 黒い墨のような闇が、月をみるみる隠してしまう。
 大きな爆音が聞こえて、月姫ははっとして辺りを見回した。草原の彼方で、空を朱に染める炎の柱が見える。その柱から湧き出た黒い煙が、空を閉ざしたのだ。
 爆音は続く。
 彼女の視界の全てに、炎の柱が次々と起こった。
 そして最後に、大きな流れ星のような一筋の光が空を横切っていく。
 瞬間、目の前が真っ白になった。その星が突然大爆発を地上で起こしたのだ。
 月姫の体に、強い熱い風が吹き付ける。木も草も家も何もかもが吹き飛ばされていく。
「な、何‥‥これは‥‥」
 月姫は目を見開いて、ただ辺りを見回すしかなかった。
「た‥‥助けて」
 彼女の足元でか細い声が聞こえた。
 恐る恐る振り向く。そこにいたのは、彼女の母の姿である。
「!!」
 声もなく、ただ驚いて、駆け寄ろうとする。すると、母の後ろには体中の皮がはがれてしまった、肉の固まりのようなものがうごめいていた。
 誰だ。判別もつかない。だが、それは肉親に違いない。
 彼女は、悲鳴を上げた。
「‥‥が‥‥落ちたの‥‥」
 母はそれだけ言うと、月姫の足元で、かくりと首を落とした。
「世界が‥‥終わるの」
 それは月姫の声だった。彼女自身の声が、彼女の頭の中で叫んだ。
 これは世界の終わりなの。私たちの未来なの。私たちの目指す将来なの。

●虚無の境界
 はぁ、はぁ、はぁ‥‥。
 自分の荒い息の音で、彼女ははっと我に帰った。
 その足元には、気を失った李理が倒れている。
「‥‥お強いですね、ご自分の未来を受け止められましたか」
 杜也がくすりと笑っている。
「‥‥何を見せた! 今のは!」
「お待ちください」
 杜也は倒れている李理を起こすと、目覚めさせて、椅子に腰掛けさせた。
「あなた方が今見た未来は、これから将来本当に起りうる事なのです。この鏡は、未来を映す鏡。けして嘘はつきません」
「‥‥いやぁ‥‥」
 李理は頭を抱えた。彼女の見た未来も、月姫に負けず、きっと辛いものだったのだろう。
「李理さん」
 月姫は李理の背中をさすり、杜也を睨みつける。
「いい加減なことを!」
「いい加減ではありません。‥‥けれど、一つだけ、この未来にならないための方法があるのです」
「‥‥」
 李理は杜也を見上げた。涙ぐんだ瞳で、その唯一の希望を知ろうとする。
「私たちと共に戦うことです」
 杜也は李理の手の平を握った。冷たくなり、かちかちと震える指を握り締め、優しく微笑む。
「もちろん、世界の滅びを止めるのだから簡単なことではありません。大きな力が必要です。今のあなたには無理です。けれど、あなたが本気で望むならば、その力を手にすることもできる。私たちに協力してくださるならば、ですが」
「‥‥」
 李理は、月姫の方を見つめた。
 月姫は李理に首を横に振ってみせた。こんなのはまやかし。彼は私たちに何かをしたのだ。騙されてはいけない。
 しかし、月姫も今の体験に強いダメージを受けてはいた。
「‥‥どうすればいいというの?」
 自分を励ますように、杜也に尋ねる。彼の言葉に呑まれてはいけない。だが、カラクリは知らないと。
 杜也はゆっくりと頷き、月姫と李理を交互に見つめた。
「私の所属する団体が経営する学園があります。この学園に通っていただきます。そこで授業を受けることで、あなたは特殊な力を身につけることができます」
「‥‥その力で世界を救うと」
「そうです。ただ、そこに通われるとしばらく、おうちには戻れなくなってしまいます。少し離れたところに学園はあるものですから」
「‥‥百桃は、そこに?」
 李理は鼻をしゃくりあげながら、呟いた。 
 杜也は今度こそ認めて、小さく頷く。
「優秀な学生さんだと、幹部が誉めておいででした。あなたもぜひ来て欲しいと、彼女も待ってることでしょう」
「‥‥」
 李理は俯く。
 月姫は李理の肩を抱き、はげました。
「駄目よ」
「どうして邪魔をされます? あなたは元々の強い力をお持ちだ。私どもに協力してくだされば、強い味方になる」
「あなたの言うことは信じられません。さあ、帰りましょう」
 月姫は李理を立たせた。
 そして、彼に背を向けて、李理に肩を貸しながら出て行こうとする。
 テーブルを飛び超えて、杜也が二人の前に躍り出た。
「返すわけには参りません」
「どいてください。貴方の話はもう結構」
 月姫は杜也を睨みつけた。杜也もまた月姫を冷たい視線で睨みつける。
「どかないというのなら、考えがある」
 月姫は瞼を閉じた。
 杜也は口元にいやらしい笑みを浮かべる。
「あなたのような非力な女性に何が出来る。その台詞は私のものでしょう」
「退きなさい!!」
 月姫はその細い体から、突然居合の構えを取り、杜也の腹に拳を叩きこんだ。
「ぐほっ」
 杜也の膝が床に崩れる。
「見かけだけで人を判断するな。貴方も占い師の端くれであるのなら」
 月姫は彼の横を李理を支えながら、抜けて行く。
 杜也の憎憎しい視線が、彼女の背中に突き刺さる。刹那、彼は再び立ち上がると、月姫に向かって殴りかかってきた。
「懲りない!」
 月姫は李理を支える腕を横にすると、片手で杜也のその拳の手首を捉えた。そのまま関節を押さえ、ねじり上げる。
 居合というよりは、単なる護身術だ。この男、鏡以外の霊的能力はほとんど持っていないらしい。
 呻きながら暴れている杜也の首筋に、李理を支える手を一旦解き、その手で手刀を決める。
 声もなく、杜也は床に崩れて伸びてしまった。
「‥‥さあ、行きましょう。李理さん」
「え、ええ‥‥」
 動揺を消せない李理を連れ、月姫は隠せない憤りを抱えたまま、池袋を後にした。

■エピローグ
「ありがとうございました。月姫さんがいなかったら、私どうなっていたか‥‥」
 泣きそうな表情の李理をタクシーで家まで送り届け、月姫は頭を深く下げる李理を慰めるように微笑む。
「いいえ。ただ、百桃さんの行方まで調べることができなかったのは残念ですが、あの占い師の行った場所にいるとなると、厄介ですわね」
 杜也が言っていた『私たち』というのは、『虚無の境界』のことなのだろう。
 『虚無の境界』が秘密裏に作り上げた学園。そこに百桃はいる。
 しかし、あのままついていくのは危険すぎた。
「ええ・・・・。でも、私にはどうすることも出来ない・・・・そう思いました」
 李理は、目元に浮かんだ涙を指で拭って呟いた。
 彼女も月姫と同じ疑念を、あの占い師に抱いたのだろう。行ってはいけない。行ってしまったら、戻ってこれなくなる。
「仕方がありません。今は・・・・」
 月姫は、李理の頬を白い手の平で触れた。
「きっと助けられる日がいつか来るでしょう。・・・・ご自分で戻ってくるかもしれませんし」
 あまり関わることも、いいこととは思えない。
 月姫はそう思っていた。李理も本音は助けに行きたいと思っているのだろうが、その場所が、自分が想像していた以上に危険な場所ということを感じたらしく、ただ、こくりと頷いただけだった。
「百桃の馬鹿・・・・。行く前に相談してくれたら・・・・」
「そうですね」
 李理は、再びぽろぽろと涙をこぼす。
 慰める言葉も上手く浮かばず、月姫は李理に別れを告げると、待たせてあるタクシーに乗り込んだ。
 
 辺りは夕暮れの色に染められていた。
 月姫は、タクシーの車窓に映る自分の表情を、見つめていた。
 先ほどの鏡に見せられた映像が、ふっと瞼の裏に蘇ってくる。なんともいえない嫌悪感とおぞましさ。
 しばらくは、夢に見てうなされそうだ、そう思い、月姫は苦笑した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1124 夜藤丸・月姫(やとうまる・つき) 女性 15 中学生兼占い師
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■         ライター通信          ■
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 鈴猫です。
 「閉ざされた学園 絶望を映す鏡」をお届けします。
 月姫さんの存在感に惹かれて、楽しく書き進めさせていただいておりましたら、ちょっと長めのお話になってしまいました(汗)
 
 ファンレターありがとうございました。
 とてもうれしかったです。私も月姫さんの可愛らしく凛々しく、不敵なところ(?)が大好きです。

 今回は占い師のお話でしたので、月姫さんもその道のプロの方ですし、こんな感じかな〜と色々思い巡らせながら書かせていただきました。
もしも、こんな感じ方は違う〜、とか、こんなことはないと思います、というようなことがありましたら、教えていただけたら嬉しいです。

 それではまた違う依頼にて、お会いできたら幸いです。
 ご注文、本当にありがとうこざいました。

                           鈴猫 拝