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<PCシナリオノベル(シングル)>


始まりの物語 −雪月綺譚−
(シナリオ名:「少し前の物語〜雪が降っていた頃のお話〜」改題)

「ねね、月斗君。なんか面白い話、な〜い?」
 御崎月斗が都内某所のネットカフェを訪れると、『ゴーストネットOFF』という怪奇HPを運営する少女、瀬名雫が声をかけてきた。
 年の頃はふたりとも同じ10代前半だが、年相応に子供らしい雫に比べ、月斗は妙に大人びて見える。
 場所代として注文した100%オレンジジュース(本当はコーヒーにしたいところだが、カフェインは霊感を刺激する)を飲みながら、チラリと雫に視線を送った。
「残念ながら。あんたが面白がるような話はないな」
「えええ〜…残念だなぁ…」
 それまでキラキラと輝いていた雫の瞳が、途端に輝きを失う。
「退魔のお仕事してる月斗君なら、いろいろ面白い話を知ってると思ったのにー」
 しゅんと項垂れる雫に、月斗は大げさにため息をついて見せた。
 これは――何か話さねば、しばらくゴネられることになるだろうと直感する。 
「わかったよ。何が聞きたいんだ?」
 観念して月斗は頭の後ろで両手を組み、椅子の背もたれに寄りかかった。
 雫は月斗の横に別の椅子を持ってくると、ちょこんと座る。
「あのね、月斗君がこのお仕事を始めたばっかりのこと、聞かせて!」
「そう、だなぁ……」
 月斗は、実家を出て弟たちと共に叔父の家に転がり込んだ頃のことを思い出した。

 ここからは、少し長い話になる。
 ある晩、仕事帰りの月斗が体験した、たった一度きりの不思議なできごと――。



 その日は、その冬初めての雪が降っていた。
 雪はまわりの音を吸収すると言うが、まさにその通り、辺りでは物音ひとつしない。
 生活費を稼ぐために退魔系ホームページを立ち上げてから、初めて請けた仕事の帰り道である。
 あちこち破れた少し大きめのダウンジャケットのポケットに両手を突っ込み、月斗は、積もりはじめた雪の上を重い足取りで進んでいた。
(くそっ……!)
 つい先程、片付けたばかりの依頼を思い起こし、唇を噛む。
 月斗の生家は、平安時代から続く由緒正しき陰陽師の家系――長男として、その血を最も濃く継いでいるはずの月斗だが、あろうことか今回は依頼を失敗しかけてしまった。
 簡単な除霊だったのだが、危うく悪霊に反撃される所だったのである。
 それゆえ、服はボロボロだし身体は傷だらけ。まさに満身創痍なのだった。
 今回は初めての仕事だし、月斗はまだ小学生だ。
 ――しかし。
 祓う過程で失敗したとしても、結果が良ければそれで良い――月斗は、そんな風にはどうしても思えない。
 弟たちを自分の手で養っていくと決めたからには、彼らが自慢できるような兄になりたいのだ。 
 自己嫌悪で舌打ちすると、背中のディパックについた小さなお守りが揺れる。
 弟たちが、少ない小遣いをはたいて月斗のために買ってくれた物だ。
(しっかりしなきゃ、俺が……)
 何よりも大切な人たちを思って、嘆息する。
 
 しばらく歩く内、ふと遠回りしてみようという気になって、普段は通らないほうへと足を運んでみることにした。
 噂では、ここから少し脇道にそれていくと、神社があるという。
 昼間は子供の遊び場になっているが、夜は何故か誰も近寄らないという廃神社……。
 その時どうしてそんな気分になったのかは、説明のしようがない。まるで何かに導かれるように、というのが相応しいだろう。
 無言で道なき道を進んでいくと、やがてポッカリと、神社が浮かび上がった。
 雪国のように深く積もった雪の中に存在する、まるでそこだけ別世界であるかのような神社だ。
(いつの間に、こんなに雪が――?)
 首を傾げる月斗の足は、脛の中程までが雪に埋まっている。
 先程までは靴を少し濡らす程度だったのに、だ。

 そして月斗が顔を上げると、それまではそこに存在しなかったはずの少年が、切れかけた小さな街灯の明かりの下、ぼんやりと雪を見つめて立ちつくしていた。

「なあ、何してるんだ?」
 雪の持つ不思議な魔力のせいだろうか。普段なら絶対に声をかけない場面で、月斗の口は自然と言葉を紡いでいた。
 瞬きをしたら消えてしまいそうな希薄な存在に思えたが、少年は間違いなくそこにいる。
 その証拠に、月斗の声に反応してこちらを振り返った。
「この白いの、何て言うの?綺麗だね……」
 黒い短髪に黒い瞳、だふだぶの黒い装束。体つきや年齢は月斗と同じか、少し上だろう。
「おまえ……雪、見たことないのか?」
 唖然として月斗が問うと、少年はコクリとうなずいた。
「雪って言うのか……」
 少年は、両の手をそっと持ち上げ、てのひらで雪を受け取る。
 この少年は人間ではないのだろうか、と月斗は素早く彼を観察した。
 死霊ならば『向こうの世界』へ送り、生き霊ならば『あるべき場所』にかえしてやるのが、月斗にできる精一杯だ。
 そのくらいの力ならば、まだ残っている。 
 しかし、その月斗の意思を察知したかのように、少年は薄く微笑んだ。
「僕は人間だよ……君とおんなじ、ね……?」
「俺と同じ……?」
 首をひねる月斗に、少年はさらに問う。
「君だって、僕と一緒さ……好きでもないのに無理やり、強要されて生きてきたんだろう?」
(何を言っているんだ……)
 はじめは不信感しかなかった。けれど少年の言うことは、決して間違っていない。
 


 あれは月斗が何歳の時だったろうか。
 少なくとも、今よりは幼い――つまり、弟たちがもっともっと小さかった頃のことだ。
 生まれたときから、御崎家の次期当主としての枷をはめられていた月斗は、それは大切に育てられた。
 だが弟たちは、一族から見れば『必要のない子』である。
 そのため、ことあるごとに弟たちの身は危険にさらされた。

 朝から家の中が慌ただしかったある日の昼過ぎ、月斗は父親の部屋に呼ばれた。 
 術の指導時以外は滅多に近寄ろうとしないのに、珍しいこともあるものだ――と父の部屋を訪れれば、そこにいたのは父親だけではなかった。
 父親の弟子で、側近を務める者たちが、雰囲気も重苦しく鎮座していたのである。
「父上。これは、一体どのような……?」
 ピリピリと突き刺さる空気が痛かった。
 皆が皆、月斗を『御崎家の跡取り』としてしか見ていない。
 だからこの家は、あまり好きではないのだ。
「実は今朝、当家のある人物に呪詛がかけられた、という情報が入った」
 父親は、厳しい顔つきのままでそう言った。
 呪詛とは――陰陽術にある、相手を呪い殺すためのまじないである。
 月斗は呆然と尋ねた。
「ある人物とは?そして、その目的は……?」
 真っ先に思い浮かぶのは、父だ。当主である父ならば、他の誰かから狙われることもあるやもしれない。
 そして自分――跡取りを殺し、御崎家を失脚させようとでも言うのか。
(それならそれで、良いかもしれないな)
 こんな家、なくなってしまえばいい――そんな思いを抱く月斗に父親の言葉が鋭く突き刺さる。
「お前だよ。お前の『影武者』に対しての呪詛だ」
「なっ……!」
 影武者――すなわち、弟。

 この家にいる限り、月斗の枷は決して外れることはない。そしてまた弟たちも、月斗の影武者として生き続けるしかない。
 呪詛は、まだ力の及ばなかった月斗ではなく父親が返し、事なきを得たが、それが嫌で月斗は家を出た。
 こんなことが――自分のために弟たちが犠牲になるようなことが、二度とないようにと。
 


「僕も、そうなんだ……生まれたときから、しかれたレールに沿って生きてこさせられた」
 少年は、月斗の記憶を辿ったかのように何度も頷くと、涙をこぼしていた。
 まるで同調するように、月斗の瞳からも涙があふれ、それは次々に雪へと変わっていく。
 決して言葉にして語ったわけではない。けれど少年は、月斗の思いを完全に理解していた。
「君は、自分が生きていくべき道を見つけたんだね……」
 頭上の月が、ぼんやりと少年の足下に影を落とした。
「もしかしたら、また、君と僕と道はこうして交わるかもしれない……お互いに、今の道を迷わず進んでいけば」
「その時は、敵か?それとも味方か?」 
 思いがけず出た月斗の問いに、少年は力なく首を振った。
 そんなことは、月斗にだってわからない――けれど月斗は、まっすぐに進むことしかできない。
 弟たちのために退魔の仕事をし、彼らを守って生きていくのだ。
 たとえそれが、少年と敵対する道であっても。
 
 気がつくと、少年の姿はもうそこになかった。
 ただ降りしきる雪と、廃神社と、切れかけた街灯と――大きな金色の月。
 まるで夢でも見ていたかの様な気持ちで、月斗は帰路についた。 



「その話、聞いたことあるかも!」
 ポムッと手を叩き、雫が手早くキーボードを叩く。
 話している間にオレンジジュースの氷は溶け、味が薄くなってしまった。加えたストローを忌々しげに噛み、月斗は悪態をつく。
 その間にも雫は必要な情報を引き出したようで、パソコンの画面をくるりと月斗の方に向けた。
「ほら、これ見て」
 それは雫のホームページの過去ログ――廃神社の吸血鬼狩り、なる記事である。
『生まれた時から異常極まりない訓練を、自我意識と記憶が圧壊するまで繰り返された少年吸血鬼狩りが、雪の夜に現れる』
「はっ、アホらし……」
 やれやれ、と月斗は肩をすくめた。
 あの少年が何者なのかなんて、興味がない。
 月斗はただ、自分の見つけた道を歩いていくだけだ。
 もしその道が、少年の道と交差しているとするならば――いつか真相は明らかになる。
 それを知るのは、その時で良いのだ。
「じゃあ俺、仕事が入ってるから帰るぜ。当然、ここはあんたの奢りだろ?」
「ええっ、ちょっと待ってよ〜!」
 慌てる雫を残し、笑いながら月斗はネットカフェを後にした。

 A way continues to where.
 Up to the day which intersects that boy's way some day――