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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


眠れる死者の願い


------<オープニング>--------------------------------------



「あら、いらっしゃいませ。」
 零の声で、草間武彦は目を覚ました。報告書を読みながらうつらうつらしていたらしい。扉が開いて、零が顔を出した。
「お客様ですよ。」
 案内されてやってきたのは、20代半ばの男だった。きょろきょろと物珍しそうに周囲を見回している。
「何の御用でしょうか。」
「あの……すみませんが。僕を除霊してほしいんです。」
「は?」
 草間はきょとんと相手を見つめた。男はおどおどとして落ち着きがない。
「えーと失礼ですけど……。」
 ここは興信所であって祈祷師やらなんやらではない。どう考えてもお門違いだ。
 言いたいことが分かったのだろう。男は首を振って草間の言葉を遮った。
「ええと、僕、近藤純也と言うんですが。実はもう死んでるんです。」
「…………え?」
 草間は思わず硬直してしまった。まじまじと相手を見るが、足はちゃんとあるし、透けてもいない。
「だから、成仏させて欲しいんです。」
「はああ?!」
「お願いします。ここですぐにって訳じゃないんです。ある女性の前でお願いしたいんです。」
「女性?」
「僕の彼女で、高瀬美雪っていうんですけど、僕が死んだことを認めようとしないんです。お願いします!」
 深く頭を下げられ、草間もどう言っていいか分からない。
「しかし……。」
「僕もどうしたらいいか分からないんです。お願いします。助けてください。」
 だから助けを求めるところが違うって、という科白をぐっと飲み込んだ。相手は真剣に頼み込んできているのだ。無下にはできなかった。
「そこまで言うなら、やれるだけやってみましょう。」
「ありがとうございます!」
 純也はぴょこっと顔を上げて晴れやかに笑った。年不相応の幼い仕草に、草間は少し違和感を感じた。



 純也を玄関まで送った零が草間のお茶を淹れ替えてくれた。
「可愛いお客さんでしたね。」
「そうか?」
 確かにちょっとした仕草は可愛らしいと言えるものなのかもしれないが、20代半ばの男が可愛いなどと表されるのは考えものだ。
「ん? なんか変な臭いしないか?」
「お客さんが来てたからじゃないですか?」
「いや、香水とかじゃない臭いなんだ。」
 草間は首を傾げた。いろいろな客が来るこの場所にいれば、大抵の臭いには免疫が出来てしまうのだが、そのどれとも似つかない臭いなのだ。
「なんだろう。……動物みたいな臭い?」
「それより兄さん、まさか自分で行きませんよね?」
 零がにっこりとプレッシャーをかけてきた。草間は恐る恐る零を見る。
「先にこの書類、全部終わらせてくださいね。」
 まだ読んでいない報告書と、2、3日中に書き上げなければならない決算報告書などが机の上に溜まっている。
「じゃあ誰がこの依頼に行ってくれるんだ?」


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「零ちゃん、武彦さんの扱いが上手くなったわねえ……。」
 近くの事務机で二人のやり取りを眺めていたシュライン・エマはしみじみと呟いた。切れ長の目に、中性的な容貌を持つ彼女は本業である翻訳業の傍ら、草間興信所でバイトをしている。草間から必要書類の作成を頼まれるのもしばしばだった。それは一重にぎりぎりまで仕事に手をつけようとはしない草間の性癖の故である。
「まあ、自業自得よね。」
 シュラインは立ち上がって、純也が置いていった住所を手にとって眺める。
「面白い依頼よね。自分を成仏させて欲しいなんて。」
「除霊なんてできるのか?」
「できるわけないでしょ。」
 きっぱりと言うと、草間は黙り込んだ。いい加減付き合いは長いと思っているが、まだ草間の中でシュラインの像が上手く確立されていないらしい。
「彼女の方が心配よね。確か高瀬…美幸さんだっけ? 死を受け入れないことで自分を保っていたりしたら、アフターケアも必要だし。」
「そうだな。」
「本人に死因を聞くのが先かしらね。……あら、死んでるって言ってたけど、いつでも会えるものなのかしら。」
「さあな。俺は幽霊の事情は分からん。」
 草間はシュラインを情けない表情で見上げた。
「お前が行くつもりなのか?」
「当たり前じゃない。単調な書類作成よりずっと面白そうだわ。」
「……零、そんなに睨むなよ。」
 最も頼りにしていたシュラインに見放され、草間はがっくりと肩を落とし、目の前の大量の書類を恨みがましく眺めやった。渋々そのうちの1つを取って、ペンを持つ。
 零はにっこり笑って身を翻した。
「仕事が進むようにコーヒー淹れてきますね。」
「ご愁傷様。零ちゃんの監視のもと、お仕事頑張りなさいよ。」
「……お前も気をつけろよ。」
「ええ。じゃあ行ってくるわね、武彦さん、零ちゃん。」
 シュラインは住所を手に草間興信所を後にした。


 
 シュラインは、とりあえず紙に書かれた住所を訪れた。てっきり純也の家かと思っていたが、表札は高瀬になっていた。先に純也に聞きたいことがあったのだが、無理そうだ。
 とりあえずシュラインは美幸の家のチャイムを押した。
「はーい? どちら様ですか?」
 軽い返事と共に玄関に現れたのは、なかなか可愛らしい女性だった。シュラインと同じ年くらいなのに、どことなく幼く見える。
「私、シュライン・エマと言います。近藤純也さんのことで窺ったんですが。」
「……純也? 純也はバイクで大阪の方に行ってるけど。ってか、あんた純也のなんなわけ?」
 疑り深そうに美幸がシュラインを眺め回す。気が強そうな意志の強い瞳をしていた。
「大阪に行ってるのね。」
「そうよ。」
「……事故とかにあったのかしら。」
「何言ってるわけ? 帰ってくる予定がちょっと伸びてるだけじゃない。勝手に殺さないでくれない?」
「でも、本人が死んだことを伝えてくれって言いに来たのよ?」
「はあ? なにそれ。死んでないわよ。第一、純也を最近見たっていう情報だってあるのに。」
 美幸は怪訝そうにシュラインを見上げる。心細そうな瞳は、シュラインに対して警戒しているからだろう。
「それはどこら辺で、誰が見たの?」
「純也のツーリング仲間よ。どこで見たのかは知らないわ。」
「その人とどこで会えるか教えてもらえるかしら?」
「本当に一体なんなの?」
 シュラインの真剣な瞳に促されるように、美幸は彼らの集まっている時間帯や場所を教えてくれた。かなり目立つ連中らしく、近くに行けばすぐ分かるらしい。
 教えてもらって美幸の家を辞するときシュラインは、何気なさを装って軽く告げた。
「ちょっと変わったことが起きているだけだから気にしないで。あ、ちなみに私は純也さんとは全く関係ないから。」
「…………?」
 美幸は胡乱気な眼差しを向けて、シュラインを見送った。



「あ〜猫だ〜。」
 大倉渚は小学校の帰りに、珍しい猫を見つけた。垣根のブロック部分に寝転んでいる。
 渚はランドセルをかしゃかしゃ言わせながら、猫の近くにしゃがみこんだ。野良とは違い、傍に寄っても逃げようとはしなかった。
「変わった猫〜。尻尾の先が割れてるみたい。」
 身体は雪のように真っ白だ。渚は撫でようと思ったが、母親が動物を嫌うことを思い出して我慢した。覗き込むようにして猫と目を合わせようとする。
「猫ねこ〜。」
 渚が構うのを嫌がったためか、猫は立ち上がっててこてこと歩き出した。
「あ、待って!」
 渚が呼びかけると、猫がくるりと振り返って渚を見つめる。ついて来い来い言われているみたいで、渚は意気揚揚とその後を追った。
「猫ねこ、ねこちゃん、どこ行くの? 迷子になったの?」
 渚の歩調に合わせて猫はゆっくり歩いていく。たどり着いたのは、一軒の家だった。猫はするりと門の奥へと入って行ってしまう。
「ばいばーい。にゃんにゃん。」
 渚が手を振りながら猫の行動を眺めていると、不意に玄関の扉が開いた。顔を出したのは、一人の若い女性で、足もとにいる猫を見つけてしゃがみこんで、よしよしと背中を撫でる。
「あら、帰ってきたの。」
「この猫の飼い主さんですか?」
 突然声をかけられ、彼女は驚いて渚を見た。
「そうなるのかな。最近居着いたんだけどね。この猫が何かしたの?」
「ううん。道端にいたのを見つけて着いてきたの。」
「……そうなんだ。」
「触ってもいいですか?」
「いいわよ。門開けて入っておいで。」
「わーい!」
 渚は猫に駆け寄って、そっと撫でた。猫は気持ちよさそうにぐるぐる鳴いている。
「名前はなんて言うんですか?」
「ユキ。身体が白いし、私の名前からも一字取ってユキにしたのよ。」
「へー。ユキちゃーん。」
「多分雄だからユキくんじゃない?」
「そっか〜。ユキくーん。」
 渚は気が済むまでユキを撫でさせてもらった。



 シュラインは美幸に教えてもらった場所へとやってきていた。小さな空き地になっているところで、ごろごろとバイクが無秩序に並べられており、確かにとても目立つ。
 団体特有の近寄りがたい雰囲気に恐れることもなくシュラインが近づいてきたので、彼らの方が驚いた顔をした。
「ねーちゃん、なんか用?」
「高瀬美幸さんに聞いてきて、最近近藤純也を見たっていう人と話がしたいんだけど。」
「ねーさん何? もしかして警察?」
「違うわ。ちょっと調べてるだけ。」
 美幸と同様、怪訝そうにしながら、仲間を振り返った。
「シン、お前、前ジュンヤ見たって言ってたよな。」
 名を呼ばれた一際背の高い青年が振り返ってきた。
「ああ、見た見た。ふら〜と歩いてたぜ。声かけても反応なかったから人違いかと思ったんだけど。」
「それはいつ頃?」
「んーと、3日くらい前かな。美幸に聞いてみたら帰ってないって言われたけど、すっげー似てたんだよな。」
「ジュンヤって言えば、俺も見たぜ。昨日くらいに美幸と歩いてたぜ。」
「本当に?」
 突然降ってきた情報に、シュラインの目が光る。だが、相手はうーんと首を捻ってしまう。
「でも美幸に聞いたらジュンヤじゃないとか言ってたぜ。よく分かんねえけど。」
「どういうこと?」
「だから分かんねえって。」
 噛みあわない話にシュラインは首を傾げた。美幸が嘘を言ってるようには見えなかったし、彼らも嘘を言ってるようには見えない。
「なあ、ジュンヤって本当に死んじゃったのか?」
 恐る恐る聞いてきた彼は本当に哀しそうだった。
 純也は生きているのか、死んでいるのか。
 美幸と会っているのか、全然別人なのか。
 話だけでは判断できない。
(これは、自分が死んだって言ってる純也さんをどうあっても探して話を聞かないとね。)
「ねえ、純也さんって何しに大阪まで行ったの?」
「さあ。なんか四国とか中国の方まで回ってくるって聞いたけど。」
「なんか写真でも撮りに行ったんじゃない? ジュンヤの趣味だし。」
「そうなの。」
 その後、30分ほど彼らと話をしていたが、有力な手がかりになりそうな情報は何も得られなかった。



「うわちゃー。」
 谷田浩二はバイクから降りて、大きく溜息をついた。さっき軽く車と接触したときに、機材を痛めたらしい。嫌な音がするので止まってみれば、タイヤが圧迫されて回りにくくなってしまっていた。
「まだローン残ってんのにー。」
 ぶつぶつ言いながら浩二は圧迫している部分を力ずくで広げようとするが、変に曲がってしまっていて動く様子はなかった。
「たくっ。いらいらすんなあ。今日は厄日かよ。」
 先ほどパトカーを見つけて動揺したのが悪かったのだ。切符を切られちゃ堪らないと、慌ててスピードを落としたところを背後にいた車に掠ってしまった。普段、ほとんど車も通らないくせに、こういうときだけぴったりついてこられていたことがむかつく。
「まさかこんな辺境の道路をサツが張ってるなんて思わないもんなー。」
 ガードレールのすぐ下は崖になっていて、視界もよくないが、慣れた人しか使わない道だ。
 浩二は制限速度を守ってパトカーの横を通り過ぎたが、警察はスピード違反を取り締まるためにいるのではないようだった。ガードレールが一部破損していたので、事故でもあったのだろう。
「それよりこれ、どうすっかなー。」
 修理用の道具なんてもちろん持ってない。
「いっそのこと割っちゃう?」
「やだよ。まだローン返済終わってねえの。もしかしたら、ちょっと直すだけかもしんないじゃん? わざわざ値段が吊りあがるようなことしたくない。」
「でも、走れなさそうじゃん。無理矢理にでも空間作るつもり?」
「もちろん。」
「それじゃあ……こうしたらまだましかも。」
「おっ、それいいねえ。」
 意識せずに話を続けて、浩二はふと顔を上げた。
「てか、お前誰だよ。物音もなく近づくなよな。驚くだろ!」
「驚いてなかったくせに。」
 いつの間にか、同じくらいの年の青年が浩二の隣にしゃがみこんで一緒にバイクを覗き込んでいる。バイクを見る目がきらきらと光っているので、同類だと判断できた。
「お前もバイク? 俺に構ってなくていいから、先行けよ。多分大丈夫だと思うから。」
「うん……。でも俺の壊れちゃったんだよね。大破。直すとかいうレベルじゃない状態。」
「げー。もしかして、さっきのポリはそれか?」
「うん。そう。」
「じゃあ、事情徴収とか受けなきゃダメだろ。行ってこいよ。」
 青年はうん、と頷きながらもその場を動こうとはしない。浩二は忠告はしたし、と思って放っておいた。
「これなに?」
 浩二の鞄からはみ出していたものを見つけて青年が尋ねてくる。むしろ、鞄を漁って取り出してきたというほうが正しい。
「何してんだよ。普通のカメラだろ。あ、触んな。」
「これで何撮ってんの?」
「風景とかかな。大阪行って橋、撮って来ただけ。」
「へー。」
 青年はまじまじとそのカメラを眺めている。そうしている間に修理も大方終わり、浩二は青年からカメラを取り返してバイクに跨った。
「じゃ、サツにしっかり絞られてこいよ。」
「……あのさ。」
「ん?」
「次はどこ行くの?」
「帰るだけだけど。」
「東京? 俺も連れてってくれない?」
「はあ? だってお前、バイク……。」
「実はね、俺、もう死んじゃってんの。」
「はあああ?!」
 浩二は目を見開いて青年を見つめた。確かによく見れば、後ろの景色が透けて見えるような気がする。
「でも、ええ? 何これ? えええ? はあ?」
 混乱していても聴覚は正常に働くらしい。どこかで、死体が見つかったぞーと叫んでいる声が聞こえてきた。



 美幸から聞きそびれた純也の住所を彼のツーリング仲間から聞き出し、シュラインは純也の家に向かっていた。一人暮らしのマンションはもぬけの殻だった。近所の人に聞いてみるも、最近帰ってきた様子は見られないという。
「八方ふさがりね。どうしようかしら。」
 行き詰まったシュラインは深く溜息をついた。死んだと言い張っている当の本人を捕まえなければ、何も解決しない。
 マンションを出て、考え込みながら歩いていると、声をかけられた。
「もしかして、草間興信所の人ですか?」
「そうだけど……。」
 言いながら、目を上げた先にいたのは、捜し求めていた近藤純也その人だった。
「えーと、僕を探したりしてました?」
「当たり前じゃない。なんで自分の家にいないわけ?」
 純也はえーとと言葉を濁す。何か訳でもあるのかと思って、シュラインはそれ以上は聞かなかった。
「それより、聞きたいことがあるのよ。結局あなたの死因ってなんなの?」
「交通事故です。バイクが横転してガードレール突き破って崖の下……。」
「……いつ?」
「結構最近ですよ。」
「それで、美幸さんのところに行っても話を聞いてもらえないの?」
「……ちょっと違うんですが。見てもらったほうが早いと思います。来てください。」
 純也はシュラインを置いて歩き出した。シュラインがあとに続くと、時折ついてきているか確かめるように振り返りながら純也は歩いていく。
 ついたところは美幸の家だった。躊躇せずにチャイムを鳴らす。
「はーい、どちら様ですか?」
 美幸が顔を出し、シュラインを認めると、途端に嫌そうな顔になった。
「また何か用なんですか?」
「いえ、私じゃなくて彼が用みたいよ?」
「彼って?」
 美幸がきょとんとシュラインを見つめる。隣に立っている純也を見つめて、シュラインもきょとんとした。
「え?」
 つい相手を指差してしまうが、美幸はますます怪訝そうな顔をする。むしろ怯えられているようだ。
「彼女には僕が見えないみたいなんですよ。」
「……そのようね。」
 シュラインは少し考え込んで、にっこり笑った。
「いいこと考えたわ。任せて。」
 一歩踏み出して門を開けて中へ入った。美幸が慌てる。
「な、何ですか?!」
「ちょっといいかしら。私、実は霊媒師なんだけど、純也さんがあなたにどうしても伝えたいことがあるらしくて。」
「霊媒師?」
 そのまま玄関を閉められそうだったので、はしっと扉を掴んだ。
「ちょっと!」
「胡散臭いのは百も承知だけど、こっちも仕事なの。何もしないから安心して。」
「……それじゃあ。」
 真剣なシュラインの瞳に呑まれ、美幸は外へと出てきた。石畳の上に座り、シュラインを見上げてくる。
 シュラインは目を閉じて深呼吸を一つした。そのままの状態で口を開く。
『ごめん、美幸。僕、実はもう死んでるんだ。』
 純也の声を紡ぐ。シュラインの持つ得意能力、声帯模写能力だ。
 美幸はあんぐりと口を開けて固まり、門柱の裏に立ったままの純也も呆然としている。
『交通事故なんだ。バイクが横転してガードレールを突き破って崖の下へ……。』
 そうよね?と純也を振り返ると、こくこくと首を縦に振ってきた。
「そんな……。」
 美幸の瞳に涙が溢れ出す。
「嘘よ! インチキ霊媒なんて信じないわ!」
「でも、確かに純也さんの声だったでしょ?」
 唇を噛んで美幸は俯いてしまう。
「じゃあ、聞いてみてよ。私にお土産の八つ橋はどうなったの?って。」
「八つ橋?」
「死んでも絶対に届けるからって言ってたじゃない。」
「八つ橋って京都銘菓の?」
「違うわよ。」
 美幸にキッと睨まれた。シュラインが純也を見ると、彼も困惑している。
「どういうこと?」
「僕にも分かりません。」
「分からないって。なんなのよ。」
「だって僕……。」
 純也が言いかけたとき、元気のいい声が割り込んできた。
「あーユキー!!」
 幼い少女の声がしたと思った途端、純也の姿が掻き消えた。
「え?!」
 シュラインは驚愕のあまり硬直してしまった。幽霊系は日頃から怖いと思ったことはないが、今消えられるととても困るのだ。
「渚ちゃん?」
 美幸が立ち上がって、門柱へと近づいた。そこには、真っ白い猫を抱き上げている少女の姿がある。
「猫?」
 尻尾が二つに分かれている。
「……猫又。まさか、あなたが純也さんに化けてたの?」
「なんのことよ。これはうちの猫のユキよ。」
 渚からユキを受け取り、美幸がシュラインを見上げてくる。そこに再び闖入者が入った。
「えーと、もしかして、美幸さんってあんた?」
 門のすぐ近くまでバイクを乗りつけた少年が、鞄から袋を取り出して美幸に差し出してくる。
「え?」
「俺、谷田浩二って言うんだけど、なんか、近藤純也って人が渡してくれって。はい、約束の八つ橋。」
 渡されたのは、橋が写っている8枚の写真だった。それを認めて美幸が呆然と立ち竦む。
「……八つ橋だ……。」
 美幸がはらはらと涙を零し、純也の名を呼びながら、その場に蹲ってしまった。



 草間興信所に帰ってきたシュラインは、疲れ切った身体をソファへと埋めた。
「お疲れ様です。」
 零がお茶を差し出してくれる。
「ありがとう。零ちゃんが言っていた、可愛いお客さんって猫のことだったのね。」
「ええ。猫さんが来たときはとてもびっくりしました。兄さんも有名人だなあって。」
 草間はそんな有名さは嫌だと心の中でうめいていた。
「で、結局なんだったんだ?」
「なんかね、あの猫又、人間の世界に興味があって、山から出てきたところを純也さんと鉢合わせたらしいわ。慌ててハンドルを切った純也さんは、バイクが横転して死んじゃったみたいなの。責任を感じた猫又くんは、純也さんに化けて、うわ言で呟いていた美幸さんのところに行ったんですって。」
「へえ。」
「それなのに、当の美幸さんは純也さんの姿じゃなくて、猫の姿しか見えなかったらしいわ。どうやら、多少霊感の強い人には、化けてるのが効かないみたい。美幸さんの他にも子供が猫に見えたみたいだし。子供って霊感強いって言うでしょ?」
 草間はちらりと零を見た。零は飄々と草間のためにコーヒーを淹れている。
 シュラインはうーんと伸びをした。
「純也さんの霊体が見えた子が写真を届けてくれて助かったわ。純也さんは美幸さんに有名な8つの橋の写真を持って帰ってやるって約束してたらしいの。ちょうど、その子も趣味で橋の写真を撮ってたから純也さんが引かれて来たみたいね。」
「その霊体の純也さんはどうしたんだ? 猫又が見えたってことは、美幸さんも霊感あったんだろう? 姿が見えたんじゃないのか?」
「それが純也さんは美幸さんのところにたどり着く前に成仏してしまったらしいの。なんでも、その子が最後の橋を撮ったあとに、ふつっといなくなったって。まあ、美幸さんは私が純也さんを成仏させたと思ってくれたみたいだし。」
「それはそれは、お疲れさま。」
 草間の労りの言葉に、シュラインはにっこりと微笑んだ。
「ええ。疲れたから、書類作成の仕事は手伝わないわよ。」
 草間の前には、あまり減ったとは思われない書類が山になっていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、龍牙 凌です。
この度は初仕事を受注いただきまして、本当にありがとうございます。
プレイングを貰ってかなり感動しました。
多方面から事件を解決していくという書体が好きなので、こんな感じで書いて行きたいと思っています。
これからもよろしくお願いします。