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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・時のない街>


時をとめた少女 −身代わり人形−
●プロローグ
 それは半年ぶりの夫の帰宅だった。
 出産と同時に単身赴任。会社も少しは考えてくれれば……と諏訪美知子(すわ・みちこ)は思ったが、不景気のさかりにそんな不満を漏らせば、リストラの対象にしかならなかった為、胸にしまった。
「かなみは大きくなったなぁ」
 知明(ともあき)はもうすぐ6ヶ月になる娘を抱き上げ、笑顔になる。しかし、かなみは多少の人見知りと、普段美知子としかいないせいか、知明の顔を見るなり顔をくしゃくしゃにして涙をこぼし始めた。
「……もしかして……人見知りかぁ? かなみちゃーん、パパだよぉ」
 情けない顔で一生懸命娘のご機嫌をとろうとする姿に、美知子は笑う。
「……これは?」
 知明の鞄の中身を整理していると、中から可愛らしい人形が出てきた。
「ああ、かなみにお土産だよ。なんでも身代わり人形、って言って。厄災とか引き受けてくれるんだって」
「へぇ……」
 愛らしい人形を、我が子がいつも眠るベッドの脇に寝かせ、鼻をちょんとつつく。
「よろしくね」
 人形の瞳が、微かに不思議な光彩を見せた。が、誰も気づく事はなかった。

 そしてまた知明が赴任先へと戻り、諏訪家では前を同じ、二人きりの生活となる。
「……ずっと、ずっとこのままがいいな……」
 美知子の歳は25。知明は30。昔から「死」という事に対して、もの凄く恐怖感を持っていた美知子は、無邪気に笑う我が子を見てそう思う。
 死にたくない。自分が死んでしまったら『自分』という存在はどうなってしまうのだろう……。そう考え始めると、眠れなくなってしまう。
 知明は「子供みたいに」と笑うが、本人にすれば大問題なのである。
「私も今のまま、パパも今のまま。かなみも今のままで……ずっといてれたらいいのに……」
 ぽつりと漏らしたつぶやき。それを聞いていたのは、本人を娘、そして人形だけだった。

 時計屋。壁一面にかけられた時計は、動き出す時を待つかのように、じっと音もなく、それぞれの時をさしていた。
「それで、おかしいと気づいたのはいつ頃ですか?」
 梁守圭吾の問いに、知明はテーブルの上に置いた人形を見つめ、ゆるりと口を開いた。
「人形を渡してから3ヶ月後、家に帰った時です……」

「お帰りなさい」
「ただいまぁ。あー、やっぱり我が家はいいなぁ。……かなみは?」
 きょろきょろと見回すと、かなみはいつものベッドの上で喃語を話していた。
「……? まだお座りとかハイハイ出来ないのか?」
 すでに9ヶ月になろうとしている。早い子ならつかまり立ちさえ出来そうな時に、かなみは寝返りをうつだけ。
「何言ってるのよ。かなみはまだ6ヶ月よ。出来るわけ無いでしょ」
 さも当然にように美知子は笑った。

「原因が、この人形にあるようにしか思えなくて……」
「この人形はどこで手に入れられたんですか?」
「赴任先でお祭りがあったんです。その露天商で……。その後、テキ屋関連を聞いて回ったんですけど、誰もその人形屋の事を知らなくて……」
 こんな人形を買わなければこんな事には、いや、自分が単身赴任なんかしなければ……後悔の念はつきない。
「お願いします。ここなら……ここなら原因を探ってくれる、と聞いて……」
 知明の真剣な眼差しに、圭吾はぐるりと店内を見回した。

●シュライン・エマ
 その依頼人は、ちょうどシュライン・エマが店を出ようとした所へ入ってきた。
「それじゃ、梁守さん、よろしくね」
「はい。わかりました」
 にっこりといつもの笑みを貼り付ける圭吾に手を軽く振り、足下からちょこんと見上げるヒヨリへと笑みを向ける。
「ヒヨリちゃん、いつもご馳走様」
「いえいえ〜♪ また来てね☆」
「またな〜」
「……」
 自分の家のようにソファに腰をおろしてコーヒーカップを傾ける真名神慶悟の姿を見て、シュラインは小さくため息をついた。
 しかし、圭吾やヒヨリが不快に思っていないなら自分が口出しする事じゃないな、と思い、開きかけた口をとざした。
 慶悟の横には霧原鏡二の姿。こちらは時計屋で使っているソフト関係(どんなソフトを使っているのかは謎だが)の話らしい。
 シュラインが扉へと近づくと、外からそれは開かれた。
「いらっしゃいませ〜」
 ヒヨリの営業スマイルが、シュラインの前に立った男へと向けられた。
「あの……」
 ちょっと困ったようにその男−知明−は、店内を見回した。
 本業は翻訳家であるはずのシュラインだが、草間興信所でバイトをしているうちに、思わず人を観察している癖がついていた。
 年の頃は30前後。普通の企業のサラリーマン、といった所で、性格はそこそこきちんとしているのか、まっすぐに結ばれたネクタイ。
 ややくたびれかけたような背広は、しかししっかりとクリーニングされており。
 茶色がかった短髪に、疲れたような光を宿した黒い瞳。靴の減り具合とバランスを見ると、営業のようだ。
 手には紙袋。失礼にならない程度に視線を動かして中を覗くと、アクリルで作られたような金糸……人形の髪の毛のようだった。
 一旦店を出かけたシュラインだったが、きな臭さを感じ知明へと道を譲るように一歩下がると、壁にかかった時計へと視線を転じる。
(……また、事件、かしら……。よく続くわね……)
 時計屋を、時無町を知ってから、事件に巻き込まれなかった日はない、と断言出来るほど巻き込まれている。
(これじゃ、武彦さんとこにいるのとかわらないわね……)
 ひっそりとため息。
 こちらの場合、給料は出ないが。しかし、どこから出ているのか、多少なりのギャランティは圭吾から出ていた。
(時無博物館の収益、って訳じゃないわよね。あそこは無料で開放されてるし)
 別の事へと意識がうつりかけていたが、しっかりと背後で交わされる内容も聞き取っていた。
「……確かに子供の成長が止まっていて……」
 子供の厄災を引き受けてくる、と購入した人形が、子供の成長を吸い取っているかもしれない、と知明は相談に来たのだ。
 その上、妻の様子もおかしい。
 単身赴任を続けていて、二人だけで生活をさせていたせいか、とうなだれる。
(子供の成長を吸い取る人形……)
 くるっと振り返り、シュラインは知明の肩越しに人形を見つめた。
 それは、フランス人形のような姿で、古来から言われる【身代わり人形】とは違っていた。
「それって、購入した時より大きくなっていたりしませんか?」
「?」
 突然に会話にシュラインが割り込んだ為に、知明は疑問顔で見つめ返す。それにシュラインは苦笑して圭吾を見た。
「ああ、この方はいつも、こういった話があると手伝って頂いているんです。そちらのお二方もそうなので」
 人当たりのいい圭吾の笑みに、知明はシュラインと鏡二、慶悟の顔を順番に見、軽く会釈をした。
「それで、大きくなっているんですか?」
 今度は鏡二に問いかけられ、知明は人形を持ち上げてまじまじと見つめる。
 そして、様々な角度から眺めているうちに、ハッと目を見開いてシュラインを見た。
「確かに……大きくなっているみたいです……」
「……陰陽道で云う【形代】を左道……邪法として用いた遣り方だ……」
 陰陽師ある慶悟が、それを聞いて呟く。
「本来あるべき子供の成長を、人形に取って代わられている……と観るべき、か?」
 慶悟の言葉を聞きながら、シュラインは顎を指先でつまむ。
(この人の奥さんがそんな事出来るとは思えないから……。はじめから人形にそんなような術が仕込まれていて、何かの拍子に発動した……?)
 こういった事件を複数関わり合ってきて、多少詳しくなったとはいえ、やはり専門知識は乏しい。
「では、なんでそんな事が起きたのか、確かめた方がいいわね。根本から原因を探らないと、何も解決出来ないわ」
「そうだな。俺も邪法の痕跡を探りたい」
「……家に行けば、もっと詳しくわかるかもしれないな」
 二人の同意で、知明、シュライン、慶悟に鏡二は、諏訪家へと向かう事となった。

「お帰りなさい……あ、あら? お客様?」
「ああ、ごめん。ちょっと知り合いをお連れしたんだ……。子供の話をしたら見たい、というから」
 咄嗟のごまかし。エンジニアである鏡二の雰囲気はともかく、シュラインと慶悟には無理があるかもしれない。
 片方はモデル真っ青なスタイルをおしげもなく披露した美女に、片方はホストでも通用しそうなマスクと服装。
 しかし親は得てして子供を持ち出されると盲目になるものなのか、子供を見たい、と言われ、すんなりと美知子は納得した。
 これが、シュライン一人だとすれば話は別だったかもしれないが。
(普通の分譲マンション……値段は3千万、ってとこかしら。4LDK……結構広い方ね。部屋の中は案外こざっぱりとして、子供いるせいかしら、少しミルクの臭いがするわね)
 失礼にならないようにパッと部屋の中を観察していく。
「お子さんって、今何ヶ月なんですか?」
「6ヶ月です」
 そう言って美知子は笑いながら奥のベッドで起きたばかりのかなみを抱いて来る。
「かなみちゃん、皆さんにこんにちは、は?」
 言えるはずはない。かなみは今にも泣き出しそうな顔でじぃっとシュライン達を見ている。しかし母親に抱かれているせいもあり、泣き出す事はしない。
「人見知りが激しくて……泣いても気にしないで下さいね」
 困ったように美知子は笑う。
「6ヶ月って言うと……何が出来るんだ?」
「……寝返りとお座り……後はハイハイくらいか?」
 ぼそっと呟いた鏡二に、慶悟は何でそんな事知ってるんだ? と言う目を向けたが、鏡二は口を閉じて答えなかった。
 別に子供がいるわけではない。
 シュラインは二人の会話を聞きながら苦笑する。知識の上で知っている6ヶ月の赤子と大差がない体つきの赤子。
「それよりあなた、お人形さんはどうしたの? 朝からいなくて、かなみちゃんご機嫌斜めなのよ」
「ああ、すまない。ここにいるよ」
 紙袋から人形を取り出すと、美知子は安心したように笑み、赤子と人形を一緒にベッドへと寝かせた。
「いつもそうやって一緒に寝ているんですか?」
「ええ。この子かなみのお友達なので」
「そう、ですか」
 美知子の笑みをつられるようにシュラインはやや引きつった笑みを浮かべる。
 かなみは喃語を喋りながら人形の髪に指をからませ、遊んでいた。
 それだけを見ていると、微笑ましい光景ではあるが、事態は深刻である。
「奥さんには……眠っていて貰うのが一番か……」
 ぽつり慶悟が呟き、知明へと視線を向けると、知明は小さく頷いた。何をするのだろう? とシュラインがちらっと見ると、慶悟の口から聞き取れない程度の呪言がこぼれた。
「それじゃ、お茶でもいれま……す……ね……」
「……」
 子供の姿に満足したような顔で振り返った美知子に睡魔が襲う。そのままの格好で倒れ込んだ美知子を鏡二が咄嗟に支え、ソファへと寝かせる。
 知明は少々疲れたような顔で美知子を見、それからタオルケットを持ってきてその上にかけた。
 かなみは母親の変調を感じたのか、突然火がついたように泣き始める。それに驚いて知明が慌てて抱き上げ、あやすが泣きやまない。
 普段から母親ベッタリで、しかもなかなか逢えない父親。かなみが泣きやむはずがなかった。
「ちょっとかしてください」
 シュラインが受け取り、美知子と同じ声で子守歌を歌い出す。それは普段美知子が歌っている歌とは違っていたが、声が母親のそれと同じだった為、かなみは安心して眠りについた。
「面白い事出来るな」
 冷やかしではなく、感心したような慶悟の声に、シュラインは歌をやめず苦笑だけで答えた。
「とりあえず、あまり刺激しない様……人形に干渉してみる事にするか……」
 テーブルの上に人形を置き、位置的に赤子と重なる様に合わせる。鏡二はなにやらモバイルを取り出してネット検索を始めたようだった。
(人形にそっと、かなみちゃんの名前を呼んだら反応するかしら……? 成長が入れ替わっているだけ? 魂そのものが入ってしまった? だとしたらこうして眠っている姿はおかしいわね……。やはり、成長だけかしら……)
 すやすやと眠る赤子の姿を見つつ、シュラインは思う。
(……しかし一般の厄災を守るってワケじゃないのは人が言ってる事を理解する人形なのかしら? そうなら、実際に人形と話が出来れば早いんだけど……。でも、どうしてこんな事になったのかしら? どうして人形がかなみちゃんの成長を吸い取る事に……)
 慶悟と鏡二がそれぞれの事をやっている間に、シュラインは知明に話しかける。
「どうしてこんな事になったのか、心当たりありませんか?」
「心当たり……」
 そんなものはない、と言おうとしたが、もしかしたら忘れている事があるかもしれない、と知明は考え込む様にうつむいた。
「もしかしたら……」
「もしかしたら?」
 何かぶつかるモノがあったらしい知明は、パッと顔を上げ、眠っている美知子を見た。
「つき合っている頃から、美知子は『死ぬのが怖い』って言っていたんです。それを考えると眠れなくなる、って。『ずっと今のままならいいのに』って口癖のように言ってました」
「それか、な……」
(普遍的なモノを求め、それをこぼした時、人形が動いたってとこかしら……)
 本当の所はわからない。しかしそこに鍵があるような気がした。
「……ひっかからないな……」
 ネット検索をしていた鏡二のつぶやき。同じような事例を扱ってるページはあったが、それはどれもひやかしまじりの話で、噂の域を出ていない。
 ゴーストネットカフェのBBSにも、似た様な書き込みは見受けられなかった。
「……ふえ……」
 じっと慶悟が人形をにらんでいるうちに、かなみが突然口をへの字に曲げて泣き始めた。
 慌ててシュラインが子守歌を再開すると、かなみは目尻に涙をためながら再び眠りについた。そして慶悟を見ると、慶悟は忌々しそうに呟く。
「……ちっ、根底でつながってやがる……」
 人形へ干渉をしていた慶悟の呪言が止まる。聞けば、最後の根っこの部分でかなみとつながっている為、下手に手出しが出来ない、と言う事だった。
「話は少し違うんだけど、今、諏訪さんから聞いた話で……」
 とシュラインは美知子が怖がっていた、と言う『死』の話について語り始める。
「……それが原因じゃないかと思うんだけど?」
「……それ、か……。『死』なんぞおそれてたら、人生楽しめないってのに……」
「誰も感じる事だ。この人はそれが人一倍強かったんだろう」
 吐いた言葉とは裏腹に、慶悟の口調は静かな物で。鏡二もため息に似た息で言葉を落とした。
「霧原、手伝え」
 5つも年上である鏡二に向かい、慶悟が言う。覚悟を決めた様な慶悟の言葉に、鏡二は反論無く、小さく頷いた。
「そっちは任せるわ。私は私が出来る事をやるから」
「……任せた」
 鏡二言われ、シュラインも頷く。
 二人が術に入ったのを見てから、シュラインは美知子を起こした。
(人形の術が解けたとしてもここままじゃいけないわ。美知子さんかかわらないと……)
「……あ、あら? 私、眠ってしまったの? お客様がいるのに……」
 照れた様な困った笑いを浮かべながら美知子は起きあがる。
「すみません、お茶もお出ししないで……」
「いえ、おかまいなく」
「あらあら、かなみまで抱いて貰って……? どうかなさったんですか?」
 人形を前にして何かをやっている大の男二人の様子に、美知子は首を傾げた。内情を知っているシュラインと知明からすれば何て事はない光景なのだが、何も知らない美知子からすればかなりおかしな事だろう。
「回りくどい事言ってもしかたないので、単刀直入に言いますが……死ぬのが怖いですか?」
 本当に単刀直入に突っ込まれて美知子は言葉を失ってうつむいた。それからすぐに思い直したかのように顔をあげた。
「どうして、ですか?」
 初対面の人にいきなり問われた不信感。夫が横にいて、女性から話しかけられる不信感。その色が美知子の瞳にあらわになっている。
 シュラインはため息をひとつついてから、美知子にこれかまでの事を簡潔に話した。知明は最初、全てを話してしまう事に躊躇していたが、発端は人形にあれど気持ちは美知子から始まった、と思い直し、全てを語る事を了承した。
「……う、嘘よ……そんな事なんて……あり得ないわ……」
 受け入れるのはたやすい事ではない。まして自分や娘が関わっている事なら余計に。
「か、返してください!」
 乱暴にシュラインからかなみを奪う。そして少し泣きかけたわが子をあやし、少し安堵した様な表情になる。
「…嘘じゃありません。その証拠に、かなみちゃん……全然成長していないじゃないですか」
「この子は今6ヶ月なんです!」
「美知子……3ヶ月前もかなみは6ヶ月だったよ……」
 疲れた様な、悲しい様な声音で知明は美知子をまっすぐ見つめる。
 その時は美知子はようやく、壁にかけられたカレンダーを見つめた。何気なしにめくっていたカレンダー。出産した日から数えれば9ヶ月……。
(混乱するのも無理ないわね。まっとうに生きてればこんな現象にお目にかかる機会なんて早々ないものね……)
「そんな事って……」
 自分の中の記憶と現実の経過。それについていかない様子で美知子は何度もカレンダーとかなみを見比べる。
 その後ろでは鏡二と慶悟が人形相手に術を行っていた。
「まずはあなたがきちんと現実を把握してくれないと駄目なんです。確かに死は怖いもの……でもきちんと向き合わなければならないものでもあるんです」
 淡々と語る。
「かなみちゃんは、まだ自分が確認できるほどにも育っていないし、キチンとこの子の自我を育ててあげないと。自分が確り形にならないままだなんて……ある意味この子死んでる様なものですよ」
「かなみが……死んでる……」
 驚愕に目を見開いて美知子はかなみを見つめた。
 腕の中ですやすやと眠る我が子。それが死んでいるも同然、と言われ美知子は青ざめる。
 自分のつぶやきで、思いで、こんな結果になってしまったとは未だ信じがたい。しかし、確かに成長していない我が子を見て、それを納得しないわけにはいかなかった。
「でも、どうしたら……」
 どうしたらいいの? そうシュラインに問いかける。ここでのシュラインの仕事は、美知子に現実の把握をして貰う事。後は術者である慶悟と鏡二の仕事だった。
「まずは現実をしっかりと把握して下さい。死をおそれるのはいいですが、それに他者を巻き込むのは良くないですよ。それに……死ぬのはずっと先じゃないですか……」
 美知子はシュラインよりいくらか年上。しかし、人生経験ではシュラインの方が豊富だろう。
「でも…怖いの。死ぬのがイヤなの。私がいなくなったら……『私』って存在はどうなってしまうの?」
 半泣きになりながら美知子が叫ぶ。
「人間の人生、寿命は80歳超えてます。もっと長寿になるかもしれません。実際、100歳超えてる人だったいます。美知子さんの年齢が25。平均寿命の4分1程度しか生きてないんですよ?」
 途中の不運な事故や病気を考えれば、そんなに長く生きていられないかもしれない。しかし、寿命を全うできれば、死ぬのはずっと先の話である。
「……これから、沢山楽しみがあるじゃないか……」
 シュラインの言葉を継ぐ様にして続けてのは知明。目には微かに涙が浮かんでいた。
「かなみが大きくなっていく楽しみ。もしかしたら次も産まれるかもしれない。歳を重ねつつ、家族で育っていく楽しみ……。まだ俺は、かなみの声で『パパ』とも呼ばれてないんだ。これ……かなり楽しみなんだぞ」
 照れた様に頬をぽりぽりとかく。それにシュラインは笑みを浮かべる。
「実は、来月にはこっちに戻れそうなんだ……無理言ったから左遷同然で、待遇も給料もさがるが……美知子達と一緒にいたいから」
「あなた……」
 美知子の瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
(こっちは大丈夫みたいね……問題はあっち、か)
 二人の世界を作ってしまった知明と美知子を尻目に、シュラインは鏡二達を見た。
「……こっちもなんとか終わったぜ」
 額にじんわりと浮かんだ汗をぬぐい、慶悟が顔をあげる。それに鏡二はいまいち納得出来ていない表情で左手を押さえた。
「どうしたの?」
 シュラインに問われて鏡二は口を開く。
「……人形屋の気配が掴めない……」
「ああ、それな……。俺のとこの式神も捜せなくて戻ってきた。人形に残ってる痕跡から探らせたんだけどなぁ……」
「いずれ、同じような事を繰り返すかもしれないな」
 苦渋の顔で鏡二は左手を見つめた。
「そんときゃ、まだ潰してやればいいさ。俺じゃなくても……他のヤツがやるだろ」
 苦笑。悔しい思いがないだけではなかった。
 シュラインからすれば、とりあえず目の前の事件が片づいただけでよしとしなければならなかった。
 人形屋を突き止める事も、それを阻止する事も、能力的に無理だった。
(ま、草間の情報網と足をつかえば突き止められるかもしれないけど……)
 慶悟の式神や、鏡二の力で突き止められないのだから、人脈では難しいかもしれない、と思い直す。
「……まだ仕上げが残ってるな……」
 言って鏡二は立ち上がり、二人の世界に堂々と割って入り、かなみを受け取る。
 突然抱かれ心地がかわってしまったかなみは、火のついたように泣き始め、鏡二は困った様な顔になるが、そのまま人形の横に寝かせた。
「ああ、そうだったな……」
 泣きじゃくるかなみに、慶悟はどうしたもんか、という表情を浮かべつつ呪言を唱え始めた。
 ゆっくりと人形のから影が浮かび、それがかなみに吸収されて行く。
 すると、かなみの体は無理が無い程度に育っていく。
 ある程度育った後、それは止まり、かなみが泣きやみ、再び眠ってしまった頃には影は完全に同化した。
「6ヶ月から急激にでかくするわけにはいかないが、これから少しずつ時間をかけて、成長過程を戻す事になる。明後日くらいにはお座り、出来るようになるんじゃねえか?」
 急激な体の発達は、骨や筋肉に異常を来すおそれがある。その為、体の成長を少し早め、人形からうつしたそれに少しでも早く、体に支障が無い程度に進む様、術を施した。
「……死は全ての者にやってくる。死にたいと願う者もいる。何かを損なうことなく生きられるなら、全うするのがいいだろう」
 何かを思いながら、鏡二はぽつりと言葉を落とした。

●終幕
 一旦時計屋に戻り、事の顛末を伝える。
「そっかぁ……あたしは人形だから、そういう事よくわからないけど……。みんなは死ぬの、怖い?」
 トレンチを胸に抱え、小首を傾げるヒヨリに皆考える様に瞳を伏せた。
「怖くない、って言ったら嘘になるけど……まだ、そこまでは考えられない、って感じかしらね……」
(自分が死ぬ……何だか遠い世界の話のような気がするわ)
「なるようになるだろ」
「先の事はわからないな」
 考えた末の慶悟の言葉に、あっさりとした鏡二の言葉。圭吾はいつもの笑みを浮かべるだけで答えはない。
「それじゃ、私はそろそろ帰るわね。……仕事たまっていそうだし……」
「あはははは。お気をつけてね〜♪ また来てね☆」
「今度は事件が無い時にお邪魔したいわね」
「それは無理かも☆」 
 にっこりと応じたヒヨリに、シュラインは顔をしかめ、それから手を振って店を後にした。

「ただいま」
「おう。遅かったな」
 すでに時間は夕刻。興信所も営業時間終業の時間である。しかも今日一度も顔を出していない為、ただいま、の言葉はおかしいが、習性で、周りも気にしない為訂正はされない。
「時計屋の方で色々あって……って、これは?」
「あ? 仕事だ」
「……」
 説明し始め、自分のデスクに荷物を置こうとしたシュラインは、山積みの書類を見つけて固まった。
(どうして報告書を自分で書こうとしないのかしら……当事者でしかわからない事が沢山あるのに……)
 深い、深い深いため息を一つ。
「残業手当、きっちりつけて貰いますからね」
「……角の月見そばで手をうたないか?」
「天ぷらそばなら」
「……かきあげそばなら……」
「……はいはい……」
 おしんこもつけてやる、どうだ気前がいいだろう、と言っている草間を余所に、シュラインは書類の整理に入った。
 深い、深い深い深いため息とともに。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家+時々草間興信所でバイト】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1074/霧原鏡二/男/25/エンジニア/きりはら・きょうじ】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来聖です☆
 今回は私の依頼にご参加下さりまして、誠にありがとうございます(*^_^*)
 今回の依頼は、全て一人の立場から見た視点で書かせて頂きました。
 なので、真名神さん、霧原さんの話は、また少し違った感じに仕上がっていると思います。
 もしお時間がありましたら読んでみてやって下さい。
 気持ちばかりで……という事ですが、気持ちばかりでも全然OKです☆ 気持ちがわかれば、行動も色々かけますので。
 ……夜来が勝手に書いている部分が多々ありますので、何かありましたら言ってくださいね(^_^;
 それでは、またの機会にお会いできる事を楽しみにしております。