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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・時のない街>


時をとめた少女 −身代わり人形−
●プロローグ
 それは半年ぶりの夫の帰宅だった。
 出産と同時に単身赴任。会社も少しは考えてくれれば……と諏訪美知子(すわ・みちこ)は思ったが、不景気のさかりにそんな不満を漏らせば、リストラの対象にしかならなかった為、胸にしまった。
「かなみは大きくなったなぁ」
 知明(ともあき)はもうすぐ6ヶ月になる娘を抱き上げ、笑顔になる。しかし、かなみは多少の人見知りと、普段美知子としかいないせいか、知明の顔を見るなり顔をくしゃくしゃにして涙をこぼし始めた。
「……もしかして……人見知りかぁ? かなみちゃーん、パパだよぉ」
 情けない顔で一生懸命娘のご機嫌をとろうとする姿に、美知子は笑う。
「……これは?」
 知明の鞄の中身を整理していると、中から可愛らしい人形が出てきた。
「ああ、かなみにお土産だよ。なんでも身代わり人形、って言って。厄災とか引き受けてくれるんだって」
「へぇ……」
 愛らしい人形を、我が子がいつも眠るベッドの脇に寝かせ、鼻をちょんとつつく。
「よろしくね」
 人形の瞳が、微かに不思議な光彩を見せた。が、誰も気づく事はなかった。

 そしてまた知明が赴任先へと戻り、諏訪家では前を同じ、二人きりの生活となる。
「……ずっと、ずっとこのままがいいな……」
 美知子の歳は25。知明は30。昔から「死」という事に対して、もの凄く恐怖感を持っていた美知子は、無邪気に笑う我が子を見てそう思う。
 死にたくない。自分が死んでしまったら『自分』という存在はどうなってしまうのだろう……。そう考え始めると、眠れなくなってしまう。
 知明は「子供みたいに」と笑うが、本人にすれば大問題なのである。
「私も今のまま、パパも今のまま。かなみも今のままで……ずっといてれたらいいのに……」
 ぽつりと漏らしたつぶやき。それを聞いていたのは、本人を娘、そして人形だけだった。

 時計屋。壁一面にかけられた時計は、動き出す時を待つかのように、じっと音もなく、それぞれの時をさしていた。
「それで、おかしいと気づいたのはいつ頃ですか?」
 梁守圭吾の問いに、知明はテーブルの上に置いた人形を見つめ、ゆるりと口を開いた。
「人形を渡してから3ヶ月後、家に帰った時です……」

「お帰りなさい」
「ただいまぁ。あー、やっぱり我が家はいいなぁ。……かなみは?」
 きょろきょろと見回すと、かなみはいつものベッドの上で喃語を話していた。
「……? まだお座りとかハイハイ出来ないのか?」
 すでに9ヶ月になろうとしている。早い子ならつかまり立ちさえ出来そうな時に、かなみは寝返りをうつだけ。
「何言ってるのよ。かなみはまだ6ヶ月よ。出来るわけ無いでしょ」
 さも当然にように美知子は笑った。

「原因が、この人形にあるようにしか思えなくて……」
「この人形はどこで手に入れられたんですか?」
「赴任先でお祭りがあったんです。その露天商で……。その後、テキ屋関連を聞いて回ったんですけど、誰もその人形屋の事を知らなくて……」
 こんな人形を買わなければこんな事には、いや、自分が単身赴任なんかしなければ……後悔の念はつきない。
「お願いします。ここなら……ここなら原因を探ってくれる、と聞いて……」
 知明の真剣な眼差しに、圭吾はぐるりと店内を見回した。

●真名神慶悟
「よぉーっす」
「あ、いらっしゃーい☆」
「あ、あんたも来てたのか」
 時計屋に入り、ヒヨリに軽く挨拶をした真名神慶悟は、ソファに座って圭吾と話す霧原鏡二の姿を見て声をかける。
「ああ」
 鏡二は短く返事をして、またボールペンの蓋の部分でテーブルの上にひろげられている紙を叩いた。
「ここが……」
「? なんだ? 勉強会か?」
「えーっとね、なんかぁ、パソコンで使うソフトのお話しているの」
 いまいちなんの事だかわからない、と言った口調でヒヨリが説明する。
「ふぅん。ま、いっか。ヒヨリちゃん、コーヒーくれや」
「はーい」
 にこにこと奥へ消えるヒヨリの後ろ姿を見ながら、慶悟は遠慮無く話をする鏡二の横にどかっと腰をおろした。
 しかし鏡二は大して気にとめても居ないようで、一瞥もなく圭吾と話を続ける。
「こんにちは」
 そこへ現れたのはシュライン・エマ。なにやら書類の入った封筒を脇に抱えていた。
「いらっしゃいませー☆ あ、どうぞ」
 慶悟の前にホットコーヒーを置きつつ、ヒヨリはシュラインに笑みを向けた。
(相変わらず、一文にもならない客ばっかり、か……てか、ここって何売ってるんだ?)
 ヒヨリに礼を言い、軽くカップに口をつけつつ辺りを見回す。
 視界の端ではシュラインが圭吾にメモ用紙と茶封筒を渡しているが、興味がないので会話までは耳に入ってこない。
「それじゃ、梁守さん、よろしくね」
「はい。わかりました」
 話が終わったらしく、シュラインはヒヨリが煎れてくれたコーヒーを飲み干すと、扉の方へと向かう。
「ヒヨリちゃん、いつもご馳走様」
「いえいえ〜♪ また来てね☆」
「またな〜」
 暢気に慶悟がヒラヒラと手を振ると、シュラインは複雑そうな顔で見返す。
「……」
 わざと「なんだ?」と問い返そうかと思ったが、今思っているだろう事と、返されるであろう言葉は大方予想がつくのでやめた。墓穴掘るだけだ。
 シュラインも言っても無駄だと思ったのか、一旦口を開きかけたが、すぐに閉じてしまった。
 そして本当にシュラインが帰ろうと扉に近づいた瞬間、外からそれは開かれた。
「いらっしゃいませ〜」
 ヒヨリの営業スマイルが、入ってきた男へと向けられた。
「あの……」
 ちょっと困ったようにその男−知明−は、店内を見回した。
 慶悟は無遠慮に知明を眺める。
 年の頃は30前後。普通の企業のサラリーマン、といった所で、性格はそこそこきちんとしているのか、まっすぐに結ばれたネクタイ。
 ややくたびれかけたような背広は、しかししっかりとクリーニングされており。
 茶色がかった短髪に、疲れたような光を宿した黒い瞳。靴の減り具合とバランスを見ると、営業のようだ。
 手には紙袋を持っていたが、慶悟の位置からはそれに何が入っているのかは見えなかった。
 帰ろうとしていたはずのシュラインは、知明に道を譲るように一歩後ろへと下がった。
(……おんなじようなもん、感じたか……)
 慶悟はニヤリと笑うと、壁際に置かれていた背もたれのない椅子を持ってきて座り直す。
(また事件か……。ここじゃ大した金にならないが、ただで飲み食い出来るのは魅力的だしなぁ。恩を売っておくのは悪くない、か……)
 草間興信所や、月刊アトラス編集部と違い、報酬、と名の付く物はない。しかし何故か、多少のギャランティーが圭吾より支払われていた。
「……確かに子供の成長が止まっていて……」
 子供の厄災を引き受けてくる、と購入した人形が、子供の成長を吸い取っているかもしれない、と知明は相談に来たのだ。
 その上、妻の様子もおかしい。
 単身赴任を続けていて、二人だけで生活をさせていたせいか、とうなだれる。
(身代わり人形……左道で使われるものの一つか……それにしちゃ、人形が違うな……)
 普通は紙人形や日本人形などが主である。しかしテーブルの上に置かれているのは、フランス人形のような感じだった。
 ……お人形遊びでも好きでない限り、詳しい事まではわからないが……というか、慶悟が人形を愛でている姿は想像しがたいが……。
「それって、購入した時より大きくなっていたりしませんか?」
「?」
 慶悟が聞こうとした事を、先にシュラインが問うた。それに知明は疑問顔でシュラインを見た。
「ああ、この方はいつも、こういった話があると手伝って頂いているんです。そちらのお二方もそうなので」
 人当たりのいい圭吾の笑みに、知明はシュラインと鏡二、慶悟の顔を順番に見、軽く会釈をする。
「それで、大きくなっているんですか?」
 今度は鏡二に問いかけられ、知明は人形を持ち上げてまじまじと見つめる。
 そして、様々な角度から眺めているうちに、ハッと目を見開いてシュラインを見た。
「確かに……大きくなっているみたいです……」
「……陰陽道で云う【形代】を左道……邪法として用いた遣り方だ……」
 なりはホスト風でも、本職は陰陽師。慶悟が眉間に皺を寄せて瞳を伏せる。
「本来あるべき子供の成長を、人形に取って代わられている……と観るべき、か?」
(子供の成長を人形へとうつし、それで、どうしたいんだ? 術を発動させたのは誰だ? この人形を売った人形売りか? ……奥さんがそっち方面に精通しているとは思えん……)
 じぃっと人形を見つめて考え込む。使われているのは邪法。陰陽師として見逃すわけにはいかない。術を打ち破るのは簡単だ。しかし……。
 人形と子供がリンクしているのなら話は別だ。人形への攻撃がそのまま子供へ転嫁されてしまう可能性がある。
(まずは直接つながりを確かめないと、か……)
「では、なんでそんな事が起きたのか、確かめた方がいいわね。根本から原因を探らないと、何も解決出来ないわ」
「そうだな。俺も邪法の痕跡を探りたい」
「……家に行けば、もっと詳しくわかるかもしれないな」
 シュラインの提案に慶悟は一、二もなく頷く。それに鏡二も同意したため、一同は諏訪家へと向かう事になった。

「お帰りなさい……あ、あら? お客様?」
「ああ、ごめん。ちょっと知り合いをお連れしたんだ……。子供の話をしたら見たい、というから」
 咄嗟のごまかし。エンジニアである鏡二の雰囲気はともかく、シュラインと慶悟には無理があるかもしれない。
 片方はモデル真っ青なスタイルをおしげもなく披露した美女に、片方はホストでも通用しそうなマスクと服装。
 しかし親は得てして子供を持ち出されると盲目になるものなのか、子供を見たい、と言われ、すんなりと美知子は納得した。
 これが、シュライン一人だとすれば話は別だったかもしれないが。
(分譲マンション、ってヤツか? 部屋は4部屋。こんな広いところに一人でほっとかれたら……って子供もいるが……精神的にまいっちまうわな……)
 ジロジロと慶悟は室内を見回す。そして、美知子と視線があい、思わず照れ隠しに笑みを浮かべる。
「お子さんって、今何ヶ月なんですか?」
「6ヶ月です」
 そう言って美知子は笑いながら奥のベッドで起きたばかりのかなみを抱いて来る。
「かなみちゃん、皆さんにこんにちは、は?」
 言えるはずはない。かなみは今にも泣き出しそうな顔でじぃっとシュライン達を見ている。しかし母親に抱かれているせいもあり、泣き出す事はしない。
「人見知りが激しくて……泣いても気にしないで下さいね」
 困ったように美知子は笑う。
「6ヶ月って言うと……何が出来るんだ?」
「……寝返りとお座り……後はハイハイくらいか?」
 ぼそっと呟いた鏡二に、慶悟は何でそんな事知ってるんだ? と言う目を向けたが、鏡二は口を閉じて答えなかった。
 別に子供がいるわけではない。
 物珍しそうにかなみを見つつ、慶悟は式神に命じて部屋の気を探らせる。そこはわざわざ感じようとせずとも、陰の気が伝わってきていた。それは人形から発せられているものと同じで。しかも部屋に入った途端、それはもっと強くなった。
 戻ってきた式神は、かなみと美知子から感じる、と告げる。
(術の発動者と、受けた者、というところか)
「それよりあなた、お人形さんはどうしたの? 朝からいなくて、かなみちゃんご機嫌斜めなのよ」
「ああ、すまない。ここにいるよ」
 紙袋から人形を取り出すと、美知子は安心したように笑み、赤子と人形を一緒にベッドへと寝かせた。
「いつもそうやって一緒に寝ているんですか?」
「ええ。この子かなみのお友達なので」
「そう、ですか」
 美知子の笑みをつられるようにシュラインはやや引きつった笑みを浮かべる。
 かなみは喃語を喋りながら人形の髪に指をからませ、遊んでいた。
 それだけを見ていると、微笑ましい光景ではあるが、事態は深刻である。
(人形に干渉するのに、子供とのつながりもみたい。事情を知らない母親の前では出来ないか……)
「奥さんには……眠っていて貰うのが一番か……」
 ぽつり慶悟が呟き、知明へと視線を向けると、知明は小さく頷いた。
「それじゃ、お茶でもいれま……す……ね……」
「……」
 子供の姿に満足したような顔で振り返った美知子に睡魔が襲う。そのままの格好で倒れ込んだ美知子を鏡二が咄嗟に支え、ソファへと寝かせる。
 知明は少々疲れたような顔で美知子を見、それからタオルケットを持ってきてその上にかけた。
 かなみは母親の変調を感じたのか、突然火がついたように泣き始める。それに驚いて知明が慌てて抱き上げ、あやすが泣きやまない。
 普段から母親ベッタリで、しかもなかなか逢えない父親。かなみが泣きやむはずがなかった。
「ちょっとかしてください」
 シュラインが受け取り、美知子と同じ声で子守歌を歌い出す。それは普段美知子が歌っている歌とは違っていたが、声が母親のそれと同じだった為、かなみは安心して眠りについた。
(声帯模写、か)
「面白い事出来るな」
 冷やかしではなく、感心したような慶悟の声に、シュラインは歌をやめず苦笑だけで答えた。
「とりあえず、あまり刺激しない様……人形に干渉してみる事にするか……」
 テーブルの上に人形を置き、位置的に赤子と重なる様に合わせる。鏡二はなにやらモバイルを取り出してネット検索を始めたようだった。
(あまり刺激しないように……)
 陰の気が宿っている、という事は肌が敏感に感じていた。その為、慶悟は人形に陽の気を奉じる。少しずつ。それから段々と増やしていく。
「……ふえ……」
 集中していた耳、いきなりかなみの泣き声が入り込んできた。それと同時に再びシュラインの子守歌。慶悟はシュラインに視線を向けられて苦渋の顔。
「……ちっ、根底でつながってやがる……」
 言って慶悟は説明をする。ちょうど鏡二の方も検索が終わり、ヒットがなかった、という事だった。
 慶悟はシュラインと鏡二、知明に、人形の根底でかなみとつながっている、という事を告げる。その為、下手に手出しが出来ない、と。
 まずはかなみと人形を切り離す事から始めないとならない。
「話は少し違うんだけど、今、諏訪さんから聞いた話で……」
 とシュラインは美知子が怖がっていた、と言う『死』の話について語り始める。
「……それが原因じゃないかと思うんだけど?」
「……それ、か……。『死』なんぞおそれてたら、人生楽しめないってのに……」
「誰も感じる事だ。この人はそれが人一倍強かったんだろう」
 吐いた言葉とは裏腹に、慶悟の口調は静かな物で。鏡二もため息に似た息で言葉を落とした。
「霧原、手伝え」
 5つも年上である鏡二に向かい、慶悟が言う。覚悟を決めた様な慶悟の言葉に、鏡二は反論無く、小さく頷いた。
「そっちは任せるわ。私は私が出来る事をやるから」
「……任せた」
 鏡二言われ、シュラインも頷く。
 鏡二の魔力で人形と子供とのつながりを解く。そしてそのまま子供へ戻らぬよう結界を張って貰う。
 その間に慶悟は【浄光】の呪を用いて人形の気を払い、施呪の呪式を用いて呪詛返し……式返しを行う。
 人形に宿っていた術は白鷺の姿に変じ、飛び立つ。それは人形を売った者の足跡を辿る事が出来る……はずだった。
「!?」
 結界を維持しつつ、やはり魔力で人形売りを追っていた鏡二と目が合う。
「途切れた……」
 しかもぷっつりと。慶悟は思わずギリッと歯をかみ合わせた。白鷺の気配が、突然消えたのだ。何の前触れもなく。そう、空気に解けてしまうかのように。
「俺より腕が上の術師か……それとも……」
「闇の存在……」
 鏡二の瞳に例えがたい光が浮かんだ。
(こんなにも見事に途切れるなんて……返った呪詛はどこにいった?)
 式神に追わせても、途切れた場所までしかたどり着く事しか出来ない。
「とりあえず、人形だけでも塞いでおくか……」
 苦々しい気持ちを抱えたまま、慶悟と鏡二は人形を封じる。二度と術の形代に使われない様に。
 もう一度慶悟は確かめ、呪詛の昇華だけは確認できた。それは何か膜のようなものに当たり、弾けて消えた。
 隣では鏡二がなにやら難しい顔をしている、が、問うのはやめた。
(こいつもこいつで、何か抱えてんだろうな……口出すする事じゃねえか)
 助けて欲しければ自分でそれを口にするだろう。口に出さないのならば、それは自分だけで解決したい証。下手に手を出せば、買うのは不興のみ。
 そしてシュラインの方へと視線をやると、そこでは美知子が泣き崩れていた。
「……こっちもなんとか終わったぜ」
 額にじんわりと浮かんだ汗をぬぐう。鏡二はいまいち納得出来ていない表情で左手を押さえた。
「どうしたの?」
 シュラインに問われて鏡二は口を開く。
「……人形屋の気配が掴めない……」
「ああ、それな……。俺のとこの式神も捜せなくて戻ってきた。人形に残ってる痕跡から探らせたんだけどなぁ……」
「いずれ、同じような事を繰り返すかもしれないな」
 苦渋の顔で鏡二は左手を見つめた。
「そんときゃ、まだ潰してやればいいさ。俺じゃなくても……他のヤツがやるだろ」
 苦笑。悔しい思いがないだけではなかった。
(出来れば俺の手でたたきつぶしてやりたいが……。巡り合わせがありゃ、今度こそは……)
 のらりくらりと生きているようだが、負けず嫌い。慶悟はグッと拳を握った。
「……まだ仕上げが残ってるな……」
 言って鏡二は立ち上がり、二人の世界に堂々と割って入り、かなみを受け取る。
 突然抱かれ心地がかわってしまったかなみは、火のついたように泣き始め、鏡二は困った様な顔になるが、そのまま人形の横に寝かせた。
「ああ、そうだったな……」
(ガキは苦手だが……泣いてるともっと始末に負えねえなぁ……)
 泣きじゃくるかなみに、慶悟はどうしたもんか、という表情を浮かべつつ呪言を唱え始めた。
 ゆっくりと人形のから影が浮かび、それがかなみに吸収されて行く。
 すると、かなみの体は無理が無い程度に育っていく。
 ある程度育った後、それは止まり、かなみが泣きやみ、再び眠ってしまった頃には影は完全に同化した。
「6ヶ月から急激にでかくするわけにはいかないが、これから少しずつ時間をかけて、成長過程を戻す事になる。明後日くらいにはお座り、出来るようになるんじゃねえか?」
 急激な体の発達は、骨や筋肉に異常を来すおそれがある。その為、体の成長を少し早め、人形からうつしたそれに少しでも早く、体に支障が無い程度に進む様、術を施した。
「……死は全ての者にやってくる。死にたいと願う者もいる。何かを損なうことなく生きられるなら、全うするのがいいだろう」
 何かを思いながら、鏡二はぽつりと言葉を落とした。

●終幕
 一旦時計屋に戻り、事の顛末を伝える。
「そっかぁ……あたしは人形だから、そういう事よくわからないけど……。みんなは死ぬの、怖い?」
 トレンチを胸に抱え、小首を傾げるヒヨリに皆考える様に瞳を伏せた。
「怖くない、って言ったら嘘になるけど……まだ、そこまでは考えられない、って感じかしらね……」
(死ぬなんざ先の話。生を全うするのが先だよな……)
 答えたシュラインの後ろで慶悟はニヤリと笑う。
「なるようになるだろ」
「先の事はわからないな」
 考えた末の慶悟の言葉に、あっさりとした鏡二の言葉。圭吾はいつもの笑みを浮かべるだけで答えはない。
「それじゃ、私はそろそろ帰るわね。……仕事たまっていそうだし……」
「あはははは。お気をつけてね〜♪ また来てね☆」
「今度は事件が無い時にお邪魔したいわね」
「それは無理かも☆」 
 にっこりと応じたヒヨリに、シュラインは顔をしかめ、それから手を振って店を後にした。
 シュラインが出て行ったのを確認した後、慶悟も立ち上がった。
「ごっそさん」
「あれ? 今日はご飯食べていかないの?」
 最近ご飯までご馳走になっているのか、ヒヨリは不思議そうな顔で慶悟を見上げた。
「今日はちょいと野暮用があってな。また今度頼むわ」
 ぐしぐし、とヒヨリの頭を乱暴に撫でる。
「そっかぁ……あ、ちょっとまってて」
 もう、折角のセットが乱れちゃったでしょー、と口を尖らせつつ、ヒヨリは奥の部屋へと入っていく。
 そして待つ事5分少々。
 良い匂いをさせた包みを持って出てくる。
「はい、これ。今日はきのこの炊き込みご飯だったんだー。だからおにぎりにしたの☆ 食べてね♪ あ、霧原さんの分もあるよー☆」
 言ってヒヨリは慶悟と鏡二におにぎりの入った包みを手渡す。
「あ、サンキュ。ヒヨリちゃんいいお嫁さんになれるぞ」
 受け取りながら笑って言うと、ヒヨリは腰に手を当てて大仰にため息をつく。
「その前に圭吾がいってくれないと、あたしも安心出来なくてー」
「これこれ」
 ヒヨリの発言に圭吾は困った様に、それでも笑う。
「どっちも気苦労絶えず、てとこか。んじゃ、これ有り難く貰っていくわ」
 ヒラヒラと手を振り、慶悟は店を後にした。

 界境線を降り、立ち寄ったCDショップ。
 店の入り口のガラスには『海野いるか 新曲 本日発売☆』とポスターが貼られている。
 慶悟はそれを横目に見て、小さく口元をほころばせた。
 目の前の自動ドアが開かれる。
 慶悟の姿は店の中へと消えていった。
 何を購入したかは、いうまでもないだろう……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家+時々草間興信所でバイト】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1074/霧原鏡二/男/25/エンジニア/きりはら・きょうじ】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来聖です☆
 今回は私の依頼にご参加下さりまして、誠にありがとうございます(*^_^*)
 今回の依頼は、全て一人の立場から見た視点で書かせて頂きました。
 なので、シュラインさん、霧原さんの話は、また少し違った感じに仕上がっていると思います。
 もしお時間がありましたら読んでみてやって下さい。
 落ちにまた彼女を使ってしまいましたが(^_^;
 いつもいつも丁寧にプレイングを書いて下さるので、こちらとしても動かし易くて助かります。
 ……でも違っている部分とかあったら言ってくださいね。
 それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています。