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<PCシナリオノベル(シングル)>


吸血鬼と流血鬼 −遭遇編−

●オープニング
 その事件は、テレビや新聞等で繰り返し報道され、人々の話題はそのことで持ちきりになっていた。
 東京に住む四人の若者が、何者かに連続して殺害されるという事件が起こっていたのである。
 日本刀のような鋭利な刃物で、まっ二つに切り裂かれた姿で、発見された彼らは、年齢や性別もバラバラであったが、実は一つだけ共通点があった。
「これは、あんまり表に出てない話なんだけどね」
 雑誌月刊アトラスの編集長碇麗香は、応接室で溜息をつき、冷めた珈琲を口に含んだ。
 学生時代からの古い友人の訪問に、さっきまでは楽しげに雑談を交わしていたのだが、ふと話題がその事件のことに及ぶと、何故か複雑な難しそうな表情になったのである。
「何か知ってるのか?」
 何気なくその話題を口にしたのは、深奈・南美(ふかな・みなみ)のほうだった。
 南美は、髪をかなり短くしさらに立てている。ボーイッシュというよりも、中性的な魅力を持つ印象的な美人である。抜群のスタイルに、派手な色のスーツを纏い、アクセサリーを好む。一見、夜の世界を生きるホストのようにも見えるのは、気のせいだけだろうか。
「うーん、まあね」
 麗香は、足を組みなおした。
 南美は、猫のような視線で、『何を隠してるの?』と問いかけた。
「もう」
 麗香は、破顔する。
「内緒よ。表では公開されてない情報だから」
「ええ、もちろん」
 南美は即答した。彼女の仕事は、闇の金融に関わるもの。政治、経済、社会情勢、色々なことに関心の柱が立つ。
 そういうことに詳しいことも、この業界では欠かせない常識なのだ。
「あの亡くなった四人、共通項があるそうなのよ」
「通り魔殺人じゃ‥‥ないってこと?」
「そう」
 麗香は頷いた。
「とある新興宗教の、教祖様と親しい人間ばかり‥‥ってことらしいわ。次に狙われるのは教祖じゃないかって、警察は彼女をガードしてる」
「‥‥なるほど」
「でも、彼女は警察を嫌ってるらしくて、違う線から警察に圧力をかけて、あまり近づけないようにしているみたい」
「命がいらないのかしら」
 南美は苦笑した。
「色々と他にも謎はあるわ。亡くなった被害者、皆、その体に一滴の血液も残していなかったそうよ。さらに、何故か微笑むような表情で死んでいたって」
「‥‥気味が悪いわね」
 南美は煙草を手に取り、カチリと火をつけた。
 紫色の煙が部屋に漂う。
「今度、その教祖が、‥‥あぁ、その彼女、まだ若い女性なんだけどね、警察のガードを拒んだ後で、仮面舞踏会を開くことを決めたらしいわ。『まるで、犯人さんいらっしゃいだな』って、知り合いの刑事がぼやいてた」
「仮面舞踏会‥‥って」
 南美は再び苦笑する。ずいぶんと華やかなことが大好きな教祖さまだ。
 麗香は、南美に合わせるように苦笑して見せ、それからしばらく黙った。
 そして再び顔を上げると、南美に尋ねた。
「ねえ、南美。このパーティ、出てもらえないかしら? うちの三下に行かせることにしてるんだけど、‥‥頼りなくて心配なの」

●仮面舞踏会
 パーティ会場として地図をもらった、池袋の豪奢なホテルの前に南美と三下は降り立っていた。
 タクシーで降り立ち、ドアマンにそれぞれの荷物を頼み、赤い絨毯の広がるロビーへと足を進める。。
 南美は、男物の上質の白いスーツを纏っていた。抜群のスタイルと、そのハンサムな美しい顔立ち。ロビーにたむろしていた人々、特に女性達の視線が、はっとしたように振り向いていく。
 その背後には、「うきゃ〜〜、緊張しますね〜〜〜」と、小さな声で呟き、余計に猫背を丸めている三下が、彼女の影に隠れるように、こそこそ歩いていた。
「アトラス編集部の方ですね。真波から受け賜っております。招待状はお持ちですか?」
 ロビーから案内された、ホールの前へと移動すると、受付のタキシードを着た老人が微笑んで、手を差し出した。
「あ、あっ、あっっ、ここにある‥‥はずですぅ」
 どこまでも頼りない三下が、鞄の中をあさって四苦八苦しているのを横目に、南美は老人に問いかけた。
「今日はどんな集まりなの?」
「ご存知なかったですか? 真波瑞樹(まなみ・みずき)のバースディパーティでございます」
「そう」
 南美は軽く微笑み、礼の代わりとした。
 自分の誕生日に、仮面舞踏会を開くとは、ずいぶん派手好きな教祖だ。しかも、遠巻きに警察がガードしていることも彼女はわかっているだろう。
 友人が次々と謎の死を遂げている中で、堂々とパーティを開けるのは、度胸なのか、もしくは犯人への挑戦?
 (面白そうじゃない)
 南美は、小さく微笑んだ。
 
●パーティ会場
 パーティ会場には、既に百名を超える客達が集まっていた。
 女性は艶やかな色とりどりのカクテルドレスをまとい、男性はスーツかタキシードに決めている。それぞれの客は、その顔に独特の雰囲気を醸し出していた。
 オーケストラの生楽団がメロディを奏で、ホールの中央では、十数組のカップルが華麗にダンスを舞っている。
「りょ、りょ、料理も豪華ですね〜!! 見てください!! 七面鳥の丸焼きですよー!!」
「取材は任せたわ」
 ずらりと並ぶバイキングの豪華なメニューに、指を差し、歓声をあげる三下を置き去りにして、南美は歩き出した。
 目的の女性は、すぐに見つかった。
 たくさんの華やかな女性達の中にあって、けしてひけをとらない印象的な女性。
 美しいウェーブを描く腰まで届く黒髪に、大きな瞳。小柄だかその存在感は大きく、彼女を取り囲むように人の輪が出来ている。
 南美は、その人波に混じり、彼女に近づいた。
 そしてようやく、声をかける。
「ごきげんよう」
「あら、どなたかしら?」
 瑞樹は魅惑的に微笑んだ。白い肌に印象的な、鮮血のような紅い口紅が光っている。
「月刊アトラスから来た。少し話がしたいが、いいか?」
「ええ、構わないですわ。皆様、少し席を外しますわね」
 瑞樹は南美の言うことを素直に聞き、人混みを抜けると、窓際の静かな場所へと移動した。
「何の御用かしら?」
「俺はあんたの護衛をする」
「護衛?」
 くす、と瑞樹は笑う。
「素敵ね。あなた、女性の方なのかしら? 皆、気付いてないようだけど‥‥」
「関係ないだろう」
「護って下さるなら、護ってちょうだい。あの‥‥殺人鬼からね‥‥」
 瑞樹は白い指先を軽く噛んだ。南美は視線を厳しくする。
「殺人鬼? あんた、犯人をわかってるのか?」
「ええ、もう、とっても」
 手の平を持ち上げ、「困ったわ」というようなポーズで、彼女は溜息をついた。しかし、その様子は、まるで「うちの猫わがままで」とか「ああ、晴れてて気持ちよかったのに、雨が降ってるわ」のような、しごくつまらない些細なことについての溜息のようだった。
「‥‥説明してもらえないか?」
「つまらない話は嫌いよ」
 瑞樹は、大きな瞳で南美を見つめた。そして、微笑みを浮かべる。
「ねぇ、ダンスを踊りましょう。ハンサムな人って大好きよ。‥‥あなたが女性ってことも、もっと素敵だわ」
「‥‥何を」
 少々困惑はしたものの、南美は、仕方なく彼女の言うとおりにすることにした。
 既に瑞樹の両手は、南美の手首を握っていた。瑞樹は南美の腕を引くと、広間へと引っ張っていく。
 タイミングを計ったかのように、新しいメロディが広間に流れ始める。それはバラードだった。
 二人は手を繋ぎ、メロディに身を任せて、ゆっくりと踊り始める。
「ねぇ‥‥」
 うっとりとしたような視線で、瑞樹は南美を見上げた。
「みんなが私達を見てるの‥‥わかる?」
「ん‥‥」
 南美はその瞳を見つめ返した。
 広間の客達は、それまでの歓談の手を休めて、二人のダンスに目を奪われていた。
 瑞樹がこのパーティの主役である、ということばかりではあるまい。仮面舞踏会というこの幻想的な催しの中で、いちばん美しい二人が舞う姿は、人々に強い印象を与えていたのだ。
 オーケストラがさらに力を込めて、第二楽章を奏でる。
 ふたりは無言で見つめあいながら、ダンスを続けた。

●侵入客
 美しい音色は、パーティに最大の盛り上がりを見せていた。
 しかし、それは突然、破られる。
 そのパーティ会場の窓際、先ほど、南美と瑞樹が歓談をしていたその場所の窓が、突然爆発したかのような大きな音と破裂したのである。
 会場に響く轟音。客達は一気に騒然となった。
「‥‥!!」
 南美も足を止めて、そちらを振り向く。
 その窓の前には、一人の青年が立っていた。外から飛び込んできたかのように、肩を揺らして息を吐きながら、まっすぐに瑞樹の方を睨みつけているのである。
「‥‥来たわね」
 くす、と南美の背後で、瑞樹が微笑む。南美は、彼女を振り向いた。すると、瑞樹は南美の背中に飛び込んだ。
「危ないわ、逃げましょう。あの人、恐ろしい力を持ってるの」
「えっ?」
 一瞬の戸惑いに気を止める間もなかった。
 青年は口元を拭うような動作をすると、そのまま窓際で呼吸を整える。深呼吸をするように、大きく息をつくと、腹の底から響き渡るような大きな声で、唸り声をあげた。
 その瞬間、会場のあちこちで悲鳴があがった。
 南美が視線を向けると、ワゴンやテーブルや、会場の備品が、次々と吊り上げられているかのように宙に浮かび上がっているのだ。
「死ね」
 青年は叫んだ。
 刹那、浮かび上がっていた物が、二人めがけて突然襲いかかってきた。
「きゃぁっ!!」
 瑞樹が叫ぶ。
「危ないっっ」
 南美は瑞樹を抱えて、横に飛んだ。床に崩れたその背後で、破壊音が響き渡る。
 振り向くとそこには、ガレキの山ができていた。
「避けたな」
 青年は叫び、再び宙に浮かぶ。どこからともなく、強い風が吹き荒れ始めた。
「‥‥もしかして」
 床に素早く起き上がり、瑞樹を助け起こしながら、南美は心で思った。
 新陰流の使い手。それが使う法とは、こういうものだったか?
 あまり詳しくはわからないが、確か‥‥。
 犯人はやはりあの青年なのか。南美は、瑞樹を立ち上がられると、自分の背中の後ろに隠し、宙に浮く彼に向かって、人差し指と親指を立て、銃のように構えた。
「それは何?」
 青年が笑う。
「気にするな」
 南美も笑った。青年の隙を探さねば。
「その後ろの女をこっちによこして欲しい。さもなければ、あなたも死ぬよ?」
「それは出来ないな」
 南美は息をつく。
「じゃあこっちから行く! 風!」
 強風が、パーティ会場を薙ぎるように発生する。強い風に、客達は悲鳴をあげながら、押されるように壁際に追い詰められていく。
「やめろ!」
 南美は叫び、指先の銃をしっかり構えると、念をこめた。
 人差し指の先に小さな光が宿る。それはみるみる大きくなり、青年めがけて、銃弾のように発射した。
「な、なにっ!?」
 青年は右肩を抑えると、バランスを崩し、床に落下した。
「‥‥そ、そんな能力か」
 青年は起き上がると、微かに笑ってみせる。そして、再び「行くぜ」と呟いた。
 再び強い風が薙ぎる。南美は銃を構えようとする。すると、背後から上に乗せた料理を撒き散らしながら、丸テーブルが猛烈な勢いで飛び掛ってきた。
「うわっ」
 危険を感じて、腕を引く。青年がくすりと笑った。
「今度は本気で行く。あんたは別にいらない。俺が欲しいのは、その後ろの女の命だけだ。だからどいてな」
「‥‥それは断る!」 
 南美は叫んだ。
 瑞樹が南美の背中にしがみつきながら、小さく震えていることに気がついていたからだ。
 彼女を前に出して、自分が退却するなんて、できるわけがなかった。
「‥‥」
 南美は目を閉じた。
 どうすれは、この敵を倒せるか‥‥。
 しかし、何だろう。何故か、本気になれない。
 彼女の心の中に、訳のわからない迷いが生じていた。
 何か茶番に巻き込まれているような、そんな嫌な感じがしているのだ。
 背後の女性が、善である必要はない。だが、それだけではなくて‥‥。

 すると、南美の心の中に突然声が響いた。
(‥‥聞こえるか?)
 目の前の青年の声だった。
 南美は一瞬、動揺したが、すぐに冷静になり、心の中で返事を返す。
(何のつもりだ‥‥?)
(その女の正体は人間じゃない。今すぐ、そこから離れろ。そうでないと、俺は君ごと殺さなきゃいけなくなる)
(‥‥人間じゃない?)
(‥‥簡単に言えば、吸血鬼だ。四千年も前から生きてるという。‥‥彼女が今生きている体は、俺の幼馴染のものだ。瑞樹は吸血鬼に体をのっとられ、死んだ。俺は彼女の敵をとりたい)
 南美は、青年を見つめた。
 青年は、ゆっくりと頷いてみせる。
(‥‥あんたの名は?)
(七瀬・晶(ななせ・あきら)。‥‥頼む、どいてくれ。そうでないと、次はあんたが体をとられるぜ)
 南美は、ごくりと喉を鳴らした。
 晶の言葉を信じる、理由は無かった。
 どうしたら‥‥!?
 南美の両手が、ふと、突然宙に持ち上がった。自分の意思ではなかった。しかし、それは一瞬の出来事だ。
「ばん!」
 南美の後ろで、瑞樹がまるで無邪気に笑うように叫ぶ。
 南美の指先から銃弾が飛び出す。そして、晶の腹を貫いた。
「なにっ!?」
 南美は、瑞樹を振り返った。彼女の能力は、彼女のものだ。なのに、瑞樹が南美の体を一瞬のっとり、能力を使ったとでもいうのか。
 床に倒れた晶は動かない。
 そのまわりには、血溜まりがみるみる面積を広げていった。

●動揺
「ありがとうございます。深奈さん。本当に助かりましたわ」
 瑞樹は目を細めると、再び魅惑的に微笑み、南美にぺこりと頭を下げた。
「え‥‥」
 あまりものショックに言葉が出てこない。
「皆さん、彼女が私を助けてくれたの! もう平気ですわよ!!」
 瑞樹は、壁際にいたパーティ客達に向けて、明るく叫んだ。客達は、歓声をあげて、そして割れんばかりの拍手をする。
「おめでとうございます。瑞樹さん」
「ご無事で何よりでした。これも神様のおぼしめしですわね」
「本当によかった。何事もなくて」
 拍手をしながら近づいてくる集団。
 その表情は、皆一様ににこやかだ。
 南美は、眉をしかめて、一歩後退した。視線の先に、倒れている晶の姿が見える。近づくと、彼は血溜まりの中、ぴくりとも動かない。
(死んでいる‥‥?)
 自分の能力が人を殺した。 
 しかし、あれは私の意志でない。
「あなたのおかげです。素晴らしい力をお持ちだ」
 彼女に近づいてきた、客の紳士が目を細めた。三下が南美の側に駆け寄ってきて、真っ青になっている。
「深奈さん、この人を‥‥もしかして」
「ち、違う。俺は‥‥」
 南美は首を横に振った。
 三下は晶に駆け寄ると、その脈を取った。
「あ、まだ息があります‥‥救急車を早く呼べば、助かるかも!!」
「‥‥そうか」
 南美は少しほっとして、三下を見つめた。
 三下は辺りを見回して、「救急車を呼んでください!!」と叫んだ。しかし、誰もそれに反応しない。
 代わりにひそひそと小さく言葉を交わしあい、晶の周りを囲むように集まってくる。
「まだ息があるの?」
 やがてその列を割って、瑞樹が歩いてきた。三下と三下は、彼女を見上げる。
「ええ、早く、救急車を呼んであげてくださいー。このままじゃ死んでしまいますよぉ〜」
「死人が出ては、パーティも台無しだろ?」
 二人の声に、瑞樹はただ微笑みを浮かべるだけだった。
「深奈さん、宜しければ、彼にトドメをさして差し上げてください。このまま生きてては彼も辛いでしょう」
「‥‥は?」
 耳を疑った。
 しかし、南美と三下以外の客達は違った。瑞樹の言葉に、波打つ拍手で答えたのだ。
「それがいい。それがいい」
「殺すんだ」 
「殺しましょう」
「殺せ殺せ」
 拍手をしながら、口々に言う。
 南美は、呆気にとられて彼らを見回した。三下も、「な、なんですか〜、これは〜」とひどく動揺している。だが、この場にあってマトモな反応をしているというだけで、南美には救いだった。
「ねぇ、深奈さんもそう思いません?」
 瑞樹がくすくすと微笑む。彼女の体に、ぞくり、と冷気が走った。
 右手が勝手に上がっていく。
 さっきと同じ感覚だ。
 彼女の体の向きが、倒れている晶の方へと向いていく。
 (いやだ!! これは俺の体だ!!)
 南美は瞼を硬く閉じ、懸命に抵抗しようとした。しかし、腕は上がり続ける。
 親指と人差し指が伸び、銃の構えを作る。
「や、‥‥やめろ」
「ふふ」
 指銃が、倒れて動かないままの晶に照準を合わせた。
 南美は顔をそむける。
 指先に、光が集まり始めている。
「やめろぉ‥‥」
 南美が悲鳴のように叫んだ、その時。
 ‥‥突風が吹いた。

●復活
 吹き荒れる風は、南美の背後にいた瑞樹を吹き飛ばした。
「きゃああっっ」
 その悲鳴と同時に、南美の体の呪縛も解ける。南美は、立ち上がった晶の方に視線を向けていた。腹から血をどくどくと流し、それを片手で押さえながら、晶は南美を手招きした。
(こっちに来るんだ!! 後ろを振り向かずに)
 心の中に晶の声が響く。南美は言われた通りに歩き出した。
 どちらが正しいのかはわからない。だが、彼は彼女ほど、卑怯ではなさそうだ。
「お待ちなさい!!」
 彼女の後ろから、瑞樹が叫んだ。
「待ちなさい深奈さん!! あなたはもう私のモノよ。行かせないわ!!」
「ひぃぃ〜」
 南美の隣で、三下が頭を抱えて震えている。恐怖で、気絶しないだけでも誉めてあげるべきかもしれない。
「いつから俺が!」
「振り向くな!!」
 反論しようとした南美を、晶が遮る。南美は憮然とした表情で、晶の背後についた。そして、ゆっくり振り返る。
(!!!)
 そこには、瑞樹はいなかった。
 瑞樹のいた場所にいたのは、瑞樹と同じドレスを着た化け物だった。
 刃のような鋭い長い爪に、紅いマニキュアを塗り、その爪で構えをみせるその女は、肌の色は透き通るほど白く、髪には色素が感じられなかった。そして充血したような紅い瞳で、二人を見つめている。
 人間ではない。
 それは彼女の持つ異様な雰囲気で、南美にもすぐに理解できた。
 女は奇声を上げて、高い声で叫び散らした。
「よくも邪魔をしたわね!! 大切なパーティを!!」
「知るか‥‥」
 晶は呻くように呟く。
 同時に、女は宙を蹴るような勢いで、二人に猛スピードで襲い掛かってきた。晶が倒れこむようにして、南美を庇う。
 その手が、南美の胸に触れ、彼は困惑したような表情をした。
「おまえ‥‥まさか?」
「うるさいっ」
 南美は飛び起きると、空を飛んでいる女に向かって、指銃を発射させる。スピードが速くて、当たらない。
 もう一度照準を構えたとき、
「あなたに私が倒せるかしら!!」
 女は瑞樹の声で叫んだ。足元からゴゴゴゴゴと何かが競りあがってくるような衝撃が、会場に走った。
 刹那、女が睨みつけた場所。晶を中心とした10メートルくらいの直径で円を描いた部分が、足元から光り始める。晶は逃げろ、と叫んで、南美と三下の腕を引っ張ると走り出した。
 轟音が響く。
 南美は振り返った。眩しい光と共に、その場所にあったものはすさまじい破壊に消えていた。
 パーティ客達も十数人は立っていた。その引き裂かれたタキシードやドレスの残骸は、客達のものだろう。
「皆さん、その二人を捕まえてちょうだい」
 宙に止まりながら、瑞樹が叫ぶ。一斉に人々が三人の周りに集まってきた。
 晶は彼らに向かって、風を吹かす。飛ばされた人々が壁に当たって、血反吐を吐き散らすのが見えた。
「あんたも攻撃しろ!」
「だってこの人達‥‥」
「みんな人間じゃない!! 全部、あの吸血鬼女に操られてるんだ」
 血反吐を吐きながら、壁際に崩れた人達が起き上がり、再び、三人を囲む列に加わろうとしている。
 晶は瞼を閉じて、集中する。人々の体が宙に浮かび始める。南美は指銃を構えて、辺りをガードした。
 やがて客達が皆、三人の頭上より高く浮かび上がると、晶の合図で三人は、その下をくぐりホテルの出口へと走り始めた。
 瑞樹は追ってこなかった。

●ホテルの外
 三人は、ホテルの外にある花壇に腰掛けると、大きく息を吐き、乱れる呼吸を整えようとする。
「一体、‥‥今のは‥‥なんだったんでしょう〜〜」
 泣きそうな声で、三下が言う。
「見たままさ」
 晶は怪我をした腹を抑えたまま、天を仰いで座り込んでいる。
「大丈夫か? すまなかった‥‥その怪我」
「あんたのせいじゃないことはわかってるさ」
 晶は笑い、それから溜息をついた。
「これから、厄介なことになるかもな」
「そうだな‥‥」
 なんとなくそんな予感はした。南美は頷き、ホテルの方を振り返る。
「もっと詳しく話を聞かせてくれるか?」
「ああ‥‥」
 晶は、何度も頷くと、ぽつりぽつりと語り始めた。
 
 彼の幼馴染だった、真波瑞樹はとても可憐で美しい、優しい少女だった。
 彼女はしかし、ある日突然変わってしまった。
 無邪気な笑顔を持つ、優しい彼女が、突然、振興宗教団体を作り上げ、たくさんの人々に囲まれた生活をするようになったのだ。
 晶には最初、その変貌の理由がわからなかった。しかし、彼女のことを調べ続け、そしてやがてわかったのは。
「あの女は吸血鬼なんだ。人の血をすすって生きている」
「吸血鬼?」
 頭からその存在を否定するつもりはない。だが、突然聞くと意外に思える言葉でもある。
「そうだ。瑞樹は、あの女に魂ごととって食われたんだ。俺の知っている瑞樹は、もうこの世にはいない」
 晶は南美を見つめた。
「だから、俺はあいつを倒して、瑞樹の敵をうちたい。今は、そのためだけに生きてる」
「‥‥」
 あの化け物を見てしまった後では、何も言いようがない。
 南美は晶の、そのまっすぐな視線を見つめ返しながら、そうか、と答えるだけで精一杯だった。

●破壊と哄笑
「痛‥‥」
 晶が突然、自分の腹を抑えて、体を曲げた。
「大丈夫か?」
「‥‥しばらくしていたらよくなる。鍛え方が違うんだ、平気だ‥‥」
 晶は、腹を抑えたまま、はは、と笑ってみせた。南美も合わせて苦笑する。
 その時だった。
 背後でまた地面の底から響き渡るような轟音と、地響きが伝わってきたのは。
 三人ははっとしたようにホテルを振り返った。
 ホテルの屋上に、赤いドレスを纏った瑞樹が、強い風に長い髪をなびかせながら二人を見下ろし、立っていた。
 その赤い口元が、何かを語っている。
「何?」
 南美は、その口の動きを注意して見つめる。何を言ってるのかを読み取ろうとしたその時、まるで彼女が背後にいるかのように、耳元で声が囁かれた。
『晶さんと一緒に、貴方も愛してあげるわ。‥‥またお会いしましょう。‥‥それまで、ごきげんよう』
「‥‥!!!」
 南美の体にぞくり、と寒気のようなものが走った。
 しかし、それだけではなかった。次の瞬間。
 目の前にある大きなホテルが、最上階から順に崩壊を始めたのである。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥。
 
「逃げろっっ」
 晶が再び南美と、三下の腕を引いて走り出す。
 まだホテルの中にはたくさんの人がいるはずである。
 ホールの客以外にも、宿泊客も多くいるし、その数は十や二十ではないはずだ。
 背後から爆風が、三人の背を追ってくる。近くの公園にあった植木の裏で爆風と瓦礫の破片から、難を逃れた三人は、やりきれない思いに頭を抱えるしかなかった。

 やがて辺りには、サイレンの音が響き渡り、立ち上る火事の煙と、埃、そして死体が焼けていく、異様な匂いが充満していく。
 消防車や救急車の赤々とした点滅灯が、池袋の闇を全て照らし出すかのように、一帯を照らし出しているのを、遠くから三人は見ていた。
 しかし誰も口を開けなかった。
 その地獄のような映像を、脳裏に焼き付けるべく、見守っていたのかもしれない。

「またお会いましょう‥‥」
 そして、瑞樹の最後のあの声が、南美の頭にいつまでも響いて、離れないのであった。 

                                         終

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1121 深奈・南美 女性 25 金融業者
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 「吸血鬼と流血鬼 −遭遇編−」をお届けいたします。
 
 今回はかなり難産でありました。
 他の方が登録したシナリオを書かせていただくのは始めての経験で、この先どんな展開になるのだろうと、手探り状態で書かせていただきました。
 いや、ドキドキして楽しかったです。自分も読み進めているつもりで、夢中で書きました。
 しかし9千字オーバーとは。長くなってしまってごめんなさい(汗)

 また深奈さんの一人称を、前回のお話で、誤解をしていたこともお詫びさせていただきます。
 申し訳ありませんでしたm(___)m
 今回の感じで大丈夫だったでしょうか? もし何かありましたら、メッセージ等でお知らせしていただけると嬉しいです。
 
 それではご注文、本当にありがとうございました。
 また別の依頼でお会いできることを期待して。
 寒い日々が続きますが、お体のほう、ご自愛くださいませ。それでは。

                                 鈴猫拝