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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ドクソウ
<オープニング>
「編集長、これは何ですか?」
 三下はデスクの上に乗っている植木鉢と、その隣の皿を見て言った。
 植木鉢には赤紫色をした花が咲いており、皿には炒め物が盛られている。
「ねぇ、三下君は幽霊以外にも霊力のような神秘な力を宿しているものはたくさんあると思わない?例えば植物とか」
「どういうことですか?」
 麗香は花に視線を落とし、それから皿に盛られた料理を見た。
「これはハシリドコロという植物で、料理はハシリドコロの根茎を混ぜたものよ。ハシリドコロは春に花が咲くんだけど、これは研究のためにビニールハウスで育てられたものなの」
「研究?」
「ええ。植物は心を持っているという学説を唱えている人がいるのを知ってる?声を掛けて育てると他の植物より成長が早くなったり生命力が増したりするんですって」
「聞いたことはありますが……それとこの植物との関係は?」
「ある研究所では声を掛けたり、音楽を聞かせたりすることで植物がどう変わるかを、様々な植物を使って試しているんだけど、ハシリドコロもそのひとつなのよ。三下君、ハシリドコロは知ってる?」
「いえ、知りませんが……」
 麗香は植木鉢を指でつついた。
「これは薬にも使われているけれど毒草よ。といっても、日本のあちこちに生えているけれど。アルカロイドという物質が入っていて、食べると無茶苦茶に走り出してしまうの。精神が錯乱したりもするわね。これを実験に使って、毒の力がどうなるか調べていた訳。それを少し分けてもらったのよ。松本清張の小説にも出てくる植物だし……せっかくだから料理に混ぜてみたの。でも作ってから思ったんだけど、誰にも食べさせるわけにもいかないわよね、こんな危険なもの」
「…………」
「あら、どうしたの、三下君?……まさか」
「すみません、編集長……さっき匂いにつられて口にしてしまいました。変な味だとは思ったのですがああああああああ」
 最後の言葉が聞き取れない程、三下の精神は高ぶってしまっていた。
 三下は麗香を突き飛ばすと、そのまま外へと凄まじい勢いで走っていった。
 麗香は慌てて電話に飛びついた。
「お願い三下君を止めて、ハシリドコロは呼吸困難も引き起こすのよ、そんな状態で走ったりしたら……!!」


「高杉さん本日はありがとうございました。雑誌は出来次第送らせて頂きますので」
 若い編集者が頭を下げる。
「本当に感謝しています。こちらのミスでしたのにわざわざ起し頂いて……」
「いや、俺も今日は空いていたしなぁ」
 高杉奏はそう言って笑う。
 奏は白王社の音楽雑誌の特集を受けていた。数日前にインタビューも写真撮影も済ませてある。
 だが出版社内でインタビューのテープが紛失してしまったらしい。
 勿論出版社側は奏に再びインタビューを依頼するわけには行かず困惑していたようだったが、奏はそれを業界の人から偶然聞き、今日出版社を訪れたのだった。
 あらかじめ出版社を訪れることを知らせてしまうと、出版社側が気を利かせて遠慮してしまうのが目に見えている。奏はあえて出版社側には何も伝えずに、来た。
 テープを無くしてしまったらしい若い編集者は、驚いた後、とても嬉しそうな顔をした。
 すみませんと何度も言う彼に、奏は怒ることなくインタビューを行ったのだった。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰るから。ごくろうさん」
 そう言って奏はドアから出たが、何処からか騒がしい声が聞こえてきた。
「なんだぁ? アトラスの方か?」

 アトラスでは怒鳴り声が響いていた。
 怒鳴っているのは麗香だ。受話器を耳にあて切羽詰った表情を浮かべている。
 興味本位で来たものの、奏も真剣な顔つきになった。ただ事ではないのかもしれない。
「碇女史、何かあったのか?」
 麗香が困惑した顔で奏を見上げる。
「三下君を……」
 奏は身を乗り出す。
「三下がどうかしたのか?」
「三下君を止めて欲しいのよ」
「は? もしかして三下がブレーキの効かない車に乗っているとか……?」
「違うわ。多分、三下君はその辺を走っているだろうから、それを止めて欲しいの」
「は??」
 奏は、さっきまで真剣な表情で聞いていた自分を馬鹿らしく思った。だが、もしかしたらそれには理由があるのかもしれない。
 麗香は奏をせかすように続けた。
「とにかく三下君を捕まえてきて。理由は今から話すわ」
 数分後、奏は麗香の話を聞き終え、こめかみを押さえて呟いた。
「しゃあーねー奴だなぁ……」
 ハシリドコロは危険なものかもしれないが、あまりにも経緯が馬鹿らしい。
 奏の表情は複雑だった。
「まぁ、いいや。俺が捕まえてくるよ」

 白王社のビルから出てくると、奏は声を掛けられた。
「奏さん」
 声を掛けられ、振り返ろうとすると抱きつかれた。細身の身体に黒髪、金色の眼。斎悠也だ。
「お久しぶりです」
「おお、悠也かぁ。本当に久々だなぁ」
 奏は抱きついている悠也の頭を勢い良くわしゃわしゃと撫でる。
 悠也は頭を撫でられるのを、子犬のように笑って面白がった。
「けど悠也、お前なんでここに来たんだ?」
 奏の一言で悠也は真面目な表情に戻った。
「あ、そうだった。俺、三下さんを止めに来たんですよ」
「なんだ、じゃあ俺と同じだなぁ。さっき、編集部に寄ったら碇女史が慌ててな、手伝うことにしたんだが」
「それで、何か手がかりとかは?」
「いや、それがなぁ、外に出て来て気付いたんだが、俺三下がどっちへ行ったか知らないんだ。これじゃあどうしていいんだかわからなくてな、困ってたらお前が来たんだよ」
「じゃあ、僕が探し出しますよ」
 悠也は蝶型をした和紙を何枚か取り出し、息を吹きかけた。
 彼の手から蝶は一気に空へ飛び交っていく。和紙は息吹を吹き込まれて動いているのか、本物の蝶のようだ。
 蝶は三下を探し、方々へと散っていく。
 ほう、と奏は感心したような声を漏らした。
「相変わらず、お前は凄い能力持っているなぁ。神道系術者だっけか?」
「ええ」
 悠也は細目にした笑顔で答えた。

「しかし、あれだな。蝶が三下を探している間、俺達は何してりゃいいんだ?暇っつーか、俺ってあんまりじっとしてるの苦手なんだよなぁ」
 奏が退屈そうな声で呟く。
 そうですね、と悠也は相づちを打ちつつ、退屈そうに空を見上げた。
 一羽の蝶が戻ってくるのが見えた。仲間が居場所を見つけたのを報告に来たのだろう。
「暇は無さそうです。蝶が三下さんを見つけたようですから」
「どっちだ?」
「東の方ですね。結構遠いようです」
「悠也、俺の車に乗れ」
 二人は白王社の駐車場に止めてあった奏の愛車に乗り込むと、悠也は奏に行き先を細かく告げた。
「三下さん全速力で走ってるようですね。距離がどんどん開いてます」
 奏は力強くハンドルを握り締めて言った。
「安心しろ、俺が運転するんだ、すぐに追いつくさ」
「それもそうですね」
 悠也は奏の方を見て、納得したような表情をした。
「それなら奏さん、三下さんを待ち伏せしましょう。行き先変更です」
 車は道路に出ると、凄まじいスピードで走り出した。

 割と人通りの少ない場所まで来ると、車は止まった。
「どれくらいで来るんだ?」
「すぐに来ますよ」
 二人は車から出ると、歩道に移動し三下を待った。
 前から足音が近付いて来るのがわかる。かなりの速さだ。やがて黒い点のような人影が姿を現わし始めた。
「見えてきましたね。でも、どうやって止めるんですか?」
 悠也は蝶を指先に乗せ、それを見ながら訊ねた。
「そりゃ、オーソドックスに行くだろ」
 奏はニッと悪戯そうに笑うと、足を自然な動作で前に出した。
 その足は、全速力で駆けて来た三下を見事に躓かせ、そのまま三下はアスファルトの上に倒れていった。
 ズザザザザザッという音がした。
 何かの生物を観察するような目で悠也は三下がこける様子を見ていた。
「……痛そうですね」
「痛いだろうなあ」
 どうでもよさそうな声で、奏も頷く。
 本当はすぐにでも三下を押さえつけて捕まえようと奏は思っていたのだが、三下がこける瞬間が中々にシュールで、しかも無様に倒れている三下を見ると取り押さえるのは何だか馬鹿馬鹿しい。
 だが、ハシリドコロの作用から、三下の精神は非常に高まっていたので、こけたくらいでは大人しくはならなかった。わけのわからない悲鳴とも咆哮ともつかない声を上げ、走り出すために起き上がろうとする。
 悠也は又も観察するような目で三下を見ている。三下が動物的になっている分、冷静にもなるし、同情心も出てこない。
「起き上がりましたねぇ」
「もう一回やるかぁ」
 奏が又も足を差し出した。
 悠也は観察を続けていたが、気配を感じて後ろを振り返った。
「奏さん、誰か来たみたいですよ」
 現れたのは二人だった。夜藤丸月姫(やとうまる・つき)と九尾桐伯である。
 それから悠也は桐伯へ向けて、お久しぶりですね、と笑顔で告げた。

「お止めください。三下様は毒草のせいで気が動転してらっしゃるのです。そのようなことをしてはいけません」
 月姫は眉をひそめて抗議した。少年として占いをしているだけあって、少女の顔の中に凛としたものが感じ取れるのだが、顔をしかめるとそれは一層に強まるようだった。
 月姫は、三下が立ち上がり走り出そうとするのを見ると、棒で三下の足元をなぎ払った。
 悲鳴のような叫びを立てて、三下はアスファルトに叩き付けられた。
「足で掛けるなんて甘いこと等せず、一気に片付けてしまった方が三下様のためです」
 呆気にとられていた奏と悠也に月姫は淡々と説明する。
 三下は倒れたまま、唸っている。
「そうですね、今日の三下さんはいつもとは違いますからね」
 桐伯は感心したような調子で言った。
「な、何が違うんだ。僕はいつもの僕だぞぉ!!」
 三下は痛みのせいか精神の高揚のせいか、喘ぐように訴えた。
「三下さん。そうは言いますがね、すぐに手当てをして病院へ行きましょう、そしたら今日がどれだけ取り乱していたかがわかりますよ」
「九尾さん、僕はいつもの僕ですよ!! いつもいつもさえない僕です、その証拠に今日もこんな風にこけてるじゃないですかぁ!!」
「三下様がさえない方だなんて、そんなことはありませんわ」
 月姫が真剣な顔つきで励ます。本当にそう思っているようだ。
「そんなことないです……僕っていつも目立たなくて運が無くて……歩道を歩いていて一輪車にぶつかって……ああ、あれは高校二年の時だったなぁ」
「?」
 全員が不思議そうな表情を浮かべた。何か変だ。
「おい悠也、三下の奴、変じゃないか?」
 奏が真っ先に疑問を口にした。
「そうですよね。急に過去のことなんて話し始めて……面白いですけど」
 桐伯は一点を見つめ何か考えているようだったが、もしかしたら、と切り出した。
「ハシリドコロの作用かもしれません。自白剤の成分も入っていますし」
「その成分は作用として外に出るものなのですか?」
 月姫は合点がいかない、そんな安易なものなのだろうか。
「さぁ……この植物は育てられた環境も特殊ですし……多分、自白剤の成分うんぬんより、精神の高揚のために自分のことを話したくなったのでしょう」
 三下は更に話しつづける。
「そのときに僕は足を痛めて、病院へ行こうとしたら今度は本当に車に轢かれて入院しました。そのせいで留年しかけて……期末の時期だったからなぁ。泣いたなぁ、あれは……この世の終わりだとまで思いましたよ」
 月姫は三下の正面にしゃがみ込んだ。
「お可哀想に……」
 悠也は呆れた表情で聞いていた。
「可哀想というか何と言うか……奏さんはどう思います?」
「運がねぇ奴だと思うなぁ。九尾もそう思うだろ?」
「それが彼のアイデンティティーなんですよ」
 桐伯は真剣な表情のまま言い切った。

「とにかくこうしていてはいられませんわ。早く病院へ連れて行かなくては……」
 月姫は縄を取り出した。
「そうですね、それがいいでしょう」
 桐伯が同意する。
 さっきまで泣きながら自分の過去を語っていた三下が、この会話を聞いて表情を変えた。
「僕はどこも悪くない、あんた達は僕を病院へ連れて行って何をする気なんだ!!」
 言葉が続いて行くにつれて三下の表情は険しくなり、語調も強まっていった。ハシリドコロの作用で精神が非常に不安定なままなのだ。
「僕はどこも悪くない、僕は病院なんて行かないんだ!!」
 三下は再び走り出そうとするが、完全に毒草の成分が回っているのだろう、一歩たりとも歩けずに倒れかけた。
 奏が手を伸ばし、三下の肩を掴んで受け止める。
「おい、大丈夫かぁ?」
「うるさい!!大丈夫だ、何一つ悪いところなんかない。僕は自分で編集部に帰るんだ」
 三下は奏の腕を払おうとするが、奏は離さない。
「いいから落ち着け」
「いやだ、離せぇ」
 三下は叫びながら子供のように泣き出した。それでも暴れるのをやめない。
 ついには奏の腕を払いのけるのに成功し、走り出そうとした。
 桐伯はすばやくライトを取り出した。
 強い光が全員の目の前を通る。
 悠也は反射的に手で目を隠した。
 光が消えてから、訝しげに目を開ける。
 三下が呻き声を上げて倒れこんでいる。同時に三下の身体は鋼糸で逃げられないように縛られていた。
「何をしたんです?」
 桐伯は自分の手に絡めてある糸を弄びながら安心した表情をしていた。
「ハシリドコロの作用で、瞳孔散大というのがありますからね。その状態で光を当てると、非常に辛いものがありますから。ましてや、平静でない状態なら尚更です」
 悠也は三下を見る。後はもう病院へ連れて行くだけだろう。もっとも、毒の具合がどうなるかはわからないが。
 悠也はさっきとは違った眼で三下を凝視する。金色の瞳が一瞬だけ、濃い光を帯びた。
「じゃあ、僕は編集部に行ってもう大丈夫だと伝えてきますよ」
 編集部へ戻ろうとする悠也を奏は呼び止めた。
「俺の車で行った方が速いだろ。俺もここにいても意味が無さそうだからなぁ」
「そうですね、お願いします」
 二人は車に乗り込み、車は少々荒い運転で編集部に向かって走り出した。

「碇女史、三下見つけたぞ〜」
 編集部に入るなり、奏は大きな声とジェスチャーで伝えた。
「それで、三下君は?」
 麗香は随分焦っていたようだ。表情に疲れが見える。
「桐伯さんと月姫さんが手当てをしています。じきに病院へ運ばれるでしょう」
 悠也はわざとゆっくりと間を置いて言った。その方が相手は安心する。
「そう……ありがとう」
 麗香は少し落ち着いたようだった。だが、まだ不安は拭えていない。
「どこの病院かしら?」
「N病院でしょう。あの辺りにはそれくらいしか病院が無いですから」
「わかったわ、N病院ね」
 麗香は急いで病院へ向かおうと席を立った。
「碇女史も大変だなぁ」
 奏が苦笑する。
 麗香も振り返り、苦笑した。

「あ〜やっと終わったなぁ」
 ビルから出ると、奏は大きく背伸びをした。
「腹も減ったし、飯でも食うか。悠也、今日暇か?」
「暇ですよ。遊びます?」
「そうだなぁ。その後、お前ん家で飯食いたいなぁ」
「いいですよ。何食べます?」
「ん〜そうだなぁ。今日は特別に腹減ってる感じがするからなぁ。鍋とかすき焼きとか、ドーンと」
「二人鍋とか二人すき焼きって何だか寂しいですよ」
 台詞とは逆に悠也は楽しそうに笑った。
「そうかぁ?人数少ない分一杯食えるぞ」
「そうですね、いいかもしれませんね。じゃあ材料買わないといけないんで買いにも付き合ってくれます?」
「当然。俺も食うんだしな」
「車ならたくさん買い込めそうですしね」
 車は動き出した。
「なぁ、悠也、碇女史の手前ああは言ったものの……九尾達の方、大丈夫だよな?三下の奴、元気になるといいが……」
「大丈夫ですよ、絶対」
「お前やけにはっきり言うなぁ。まぁ、俺も大丈夫だとは思うけどな」
「ええ。奏さんそれより、俺もお腹空いたかも……」
「はは、俺につられたのかもなぁ。それじゃあ早く買い物済ませて飯食うために、飛ばすか〜」
 奏は勢い良く言うと、アクセルを踏み込んだ。

終。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー
 1124/夜藤丸・月姫/女/15/中学生兼、占い師
 0164/斎・悠也/男/21/大学生・バイトでホスト
 0367/高杉・奏/男/39/ギタリスト兼作詞作曲家

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■         ライター通信          ■
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「ドクソウ」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。


*高杉奏様*

はじめまして。
プレイングや設定を拝見させていただいたときに浮かんだイメージは「例えるなら、頼りになるお兄さん」でした。同時に、軽いノリで喋るのは責任感の強いからこそ出来ることだと思いました。
今回、依頼に深く関わるというよりは休日を楽しむ、というスタンスで書かせていただきましたが、そのときもお兄さん的な立場を意識しました。
違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指摘願います。