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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・電脳都市>


楽園の恋人
◆憂鬱な依頼
「Good morning!貧乏人ども、今日も元気に働いてるか〜!」
軽快な調子で、キルカ・ウィドウはSPAMのドアをくぐった。
相変わらず店の中は雑多な品物で溢れていたが、客の姿はまったくない。
「よお、博士。」
店の奥では椅子に座った高村 響が、なにやら書類を眺めている。
今日はバイトの篠原の姿がない。
「あれ?シノハラはどうした?」
キルカは空いている椅子を引っ張り出すと座り込み、持っていた袋をごそごそと探り出した。
「お、ドーナツか。一つくれ。」
高村はキルカの返事も待たず、袋の中に手を突っ込む。
「なんだ、シノハラがいないとココはコーヒーが出ないからなぁ。」
「コーヒー飲みに来たのか?お前は?」
高村が苦い顔でドーナツを頬張る。
「飯のついでに仕事を持ってきてやったんだ。高村、コーヒーを入れろ。」
どう見ても中学生くらいのお子様なキルカだが、態度だけは相当にデカイ。
高村はブツブツ言いながら立ち上がると、奥からコーヒーメーカーに煎れっぱなしのコーヒーを持ってきた。
「ほれ、コーヒー。で、仕事って何よ?研究室に機材入れさしてくれんの?」
紙コップに無造作にコーヒーを注いでキルカの前に置く。
「んー、この仕事が上手くいったら、検討してやってもいいぞ。」
「え?ホント?そう言うことなら、もっとコーヒー飲めよ。」
「そんなに飲めるか!」
キルカはべったりと肩を組んで媚びてくる高村を引き剥がすと、ポケットからディスクを取り出した。
「お前の専売の人探しだ。」
「人探し?EDENでか?」
高村は眉をひそめる。
ユーザーのアクセスを完全に管理しているEDENでは、行方不明という概念がない。
公にはなっていないが、必ずコントロール側がEDEN内でのユーザーの行動を逐一監視している。
「探して欲しいのはユーザーではない。NPCだ。」
「NPC?」
EDENの中では人間のスタッフがアクセスして働いているが、それの補佐役をする人工知能型プログラムがNPCとして働いている。
「技術者の一人が、NPCと駆け落ちしてしまったんだ。」
「はぁ?」
NPCは人間ではない、プログラムだ。
人間の技術者と駆け落ちとは・・・
「冗談だろ?」
「冗談ではない。」
キルカの話を総合すると・・・
EDEN開発のNPC管理に携わる技術者の一人が、ある日、EDENに自分を直結してしまった。アクセスターミナルを使っての擬似アクセスではなく、自分の大脳を直接システムにつないでしまったのだ。
他の技術者たちは慌てて直結を解く為に色々と手を尽くし、理論上は直結を解いたのだが、技術者の精神は肉体に戻ってこなかった。
今、その技術者はEDEN内でとあるNPCと生活している。
そのNPCとの生活に固執するために、精神が肉体に戻らないのだという。
「しかし、そのNPCはコントロールが管理しているNPCではなくて、技術者が勝手に作り出したNPCなんだ。」
キルカは真面目な顔で言う。
「・・・で、そのNPCを探し出してどうするんだ?」
高村の声も重い。
「NPCがいなくなれば、技術者の精神は肉体に戻るって言うのか?」
高村の言葉にキルカはうなずく。
「・・・技術者の居場所はディスクにあるデータで追跡できる。その側にNPCはいると思う。このままでは技術者の生命維持に影響が出てくる。一刻も早く精神を肉体に戻さなくちゃならない。NPCは作り直せるが、人間は作り直せないんだ。」
NPCを探し出してデリートしろ。
これがキルカの依頼なのだ。
「ギャラは高いからな。」
高村は苦い顔でそう言うとコーヒーをすすった。

例えNPCとは言え、目の前で恋人を殺される技術者のことを思うと、簡単な依頼とは言えないのだから・・・。

◆隣りにある場所
高村から事の次第を聞いて集まったメンバーは、キルカから詳細を聞くために研究所へと集まっていた。

受付でキルカへの面会を求めると、新設された別館の方へ行ってくれと言われる。
「何か都合が変わったのかな?」
何度か研究室へ来たことのあった大塚 忍は不思議そうな顔で、渡された案内図を手に別館へと向かった。
『このまま通路をお進み下さい。』
通路に入ると音声のインフォメーションが入る。一同が受付で胸に詰められたゲスト用のIDカードに反応しているのだ。
この研究施設は国や公共の力によって立てられたものではなく、複数の企業がこれからの為に設立した物だった。現在では研究対象である<EDEN>の存在の認識度が高くなっているため、一部行政の手が入ってはいるものの、それでも企業の利益のために設立された物であることに違いはない。
その為に非常に莫大な金額と手間がかけられて作られたこの施設は、現代技術の粋が集められた物であるといっても過言ではなかった。それは建物自体も例外ではなく、新しく建てられたというこの別館も、まるでSFの世界のようだった。
「なんていうか・・・落ちつかねぇ場所だな。」
初めて研究室へやってきた北波 大吾は、更に不思議そうな顔で辺りを見回している。
幼い頃から山の中という自然の中で暮らしてきて、つい最近現代文明の中へ降りてきたこの少年は、携帯電話の存在ですら驚きであった。
それが、今、目の前に広がっているのは、そのはるかに先にあるテクノロジーの集結した場所だ。理解の範疇を超えているこの場所は何となく居心地が悪い。
「ここは特別だろ。EDENの中は更にだぜ。」
その隣りを歩く小柄な少年、御崎 月斗は北波を見上げるようにして言った。
「どうでしょう、意外と驚きがないかもしれませんよ。EDEN自体は非常に自然に作られていますから。」
そう付け足したのは城之木 伸也。
「LAVI」というBARのマスターである彼は、自身だけでなく客からもEDENの話は色々聞いている。
別世界ではあるものの、それを感じさせない場所。それがアクセスしている多くのユーザーたちの感想だった。
技術の高さに感心している4人とは別に、自らもエンジニアである霧原 鏡二は驚きの目でみていた。
(トップクラスなんてレベルの話じゃないじゃないか、これは・・・)
通路にくまなく設置された警備システムだけでも、国家機密でも抱えているかのような厳重さを知らせている。それに、通りすがりに見た空調システム。コンピューターが精密になればなるほど、大容量になればなるほど、厳密な空調が必要となってくる。さっき見た空調システムの規模から想像すると・・・多分、想像を絶するようなシステムがここにあることになる。
そんな風に驚きと興味が入りまじった目で辺りを見ていたメンバーだったが、間もなく目的の場所へと到着した。

「お、来たな。」
中へ入ると、部屋の中央に座っていたキルカが立ち上がって一同を出迎える。
部屋の中央・・・ではあったが、その部屋自体は5人の想像を絶するような部屋だった。
「凄いな・・・」
システム自体は何となくわかっていた霧原ですら感嘆の声を漏らした。他の4人に至っては声もない。
部屋はプラネタリウムのような大きなドーム状になっていて、壁という壁は大小さまざまなモニターになっている。そして、中央には大きな機械の柱が立ち、キルカの座っていた椅子を取囲んでいる。
「ここはEDENの中枢へ繋がる端末の一つだ。今までのような一般ユーザーと同じアクセスではなく、EDEN内でより現実に近いアクセスができるようになっている。ある程度の制限はかかっているけどな。」
呆然と部屋の中を見ている5人にキルカが説明する。
よくみると、中央の機械の柱の周りにはアクセスターミナルに似たカプセル状のシートが幾つも据えられている。
「ついていけねぇ・・・」
北波はなんだか理解の範疇を超えた世界に頭痛を感じる。
「そんなに重大に考えることはない。EDENにはいれば通常世界とそう変わりはしない。」
キルカはそう言うと5人をそれぞれアクセスターミナルへ座るように指示した。
「ここからアクセスすれば、武器などの事前の申請をしなくても、EDENの中でリアルタイムに申請することができる。必要な情報も全てコントロールの方から与えられる。一応脳波申請・・・考えるだけでも申請することはできるが、慣れるまでは音声を用いる用に設定してある。通信機を兼ねたブレスレットを装備しているのでそれに向かって話し掛けてくれ。」
「質問!」
キルカの説明を聞いていた御崎が、ビシッと手を挙げて尋ねた。
「「月斗」はどうなる?」
「月斗」とはEDENの中でだけ許可された御崎の式神・・・のような存在だ。御崎に召還されていない時は、EDEN内の水陸動物園の人気モノの月の輪熊として活躍している。
「月斗は少し特別だからな。前に渡したキーホルダーをそのまま使えばいい。御崎以外に召喚することは出来ないし、使用制限も前と変わらない。」
「わかった。」
それを聞くと御崎は安心したようにシートに横になった。
「俺も質問!」
今度は北波が尋ねる。
「何だ?」
「帰る時はどうするんだ?」
EDENにアクセスするのが今回初めての北波には途惑うことばかりだ。
「中へ入ると、エントランスルームというこれと同じ機械が設置された部屋に出る。帰る時は同じ部屋に戻ってきてその機械に入れば、ここへ戻ってくるから心配は要らない。」
キルカは真面目に言った。
説明を受けただけではわからないシステムだ。一般ユーザーに対するサポートでも、この「わからない事」が一番の問題となっているのだから。
他のメンバーは初めてでもないし、何となく勝手がわかっているので、特に質問もなくシートに横たわった。
「じゃあ、頼んだぞ。」
キルカはそう言うとアクセスターミナルのカプセルを閉めるように操作し、自らは中央の椅子に座った。
「俺はここからお前たちの中継となる。途中指示が必要な時は俺に連絡してくれ。以上。」
キルカの声が止むと同時に、眠気にも似たものが重くのしかかってくるような感覚に襲われる。
その感覚に身をゆだねて、5人はEDENへと降りていった。

◆デジタルな行方不明
目を開くと、そこは目を閉じる前の部屋とは違って質素な感じの部屋だった。
手元のスイッチで、自分を覆っているカプセルを開く。
起き上がると同じように起き上がった来てメンバーがそれぞれ体を動かしている。
別に何か体に影響があるというわけではないのだが、何となくその感触を確かめるように準備運動のようなことをしたくなってしまうのだ。
「さて、まずは技術者のいるところへ行ってみるべきなのかな?」
誰となくそんな気持ちになっていたことを、大塚が口に出して言った。
「そうだな。技術者の居場所はコントロールの方でも確認できているようだし、まずはそこへ行って見るべきだろう。」
霧原は手元に装着されているブレスレットを操作して、小型のモニターを開くと技術者がいる場所へのマップを表示させた。
「NPCに関するデータは何かあるのか?画像でもあれば良いんだが・・・」
城之木がそう言うと、データの検索をしていた霧原が首を振った。
「画像はないようだな。画像や情報が取り込まれると、技術者がサーバー内に侵入してNPCに関するデータを削除してしまうらしい。前に探索に出た連中の目撃証言しかデータらしき物はないな。女性型で年齢は20〜25歳くらい、黒髪、黒い瞳、肌は白・・・」
「何て言うか・・・特徴がまったくないって言う物凄く探しづらいタイプだな。」
城之木が溜息をつく。
「NPCデータであるマークはあるのか?」
「マーク?」
御崎の口にした疑問に、北波が首をかしげる。
「EDENのNPCには全員マークがついてるんだよ。ユーザーとの区別からしいんだけど、額とか腕とかとにかく見えるところにEDENの刻印が入ってるんだ。
EDENの刻印とは、星と翼のデザインされたシンボルマークのことだ。
「詳しいな。御崎くん。」
大塚が感心して言う。
「時々、月斗に会いにEDENには降りてきてるからな。」
「なるほど。」
「だが、今回ターゲットになっているNPCは違法NPCだ。多分そう言ったものは無いだろう。」
検索を終了した霧原が言う。
「とにかく現場に行って探さなきゃならなねぇって事か。」
話を聞いていた北波も立ち上がる。
「とりあえず、話してても仕方ねぇ。技術者のところへ行こうぜ。」
その言葉に他の皆も同意し、出口のドアへと向かった。

技術者の居場所は、エントランスからさほど離れていないマンションの一室だった。
この世界、EDEN内に澄んでいるのはNPCしか居ない。人間は24時間以上のアクセスは肉体への危険を伴うので禁止されているのだ。しかし、EDENの中で生活感を味わいたいという人間も居るので、居住用の施設やホテルなども僅かだが作られている。
技術者がいるというのはそんな施設の一つだった。
「意外なところに住んでるな。」
エレベーターを待つ間、辺りを見回していた北波が呟く。
逃亡中ということで、もう少し隠れ家のようなところに住んでいるのかと思っていたが、思いのほか堂々と住んでいたので驚いたのだろう。
「まあ、犯罪を犯してるというわけじゃないしな。」
そう言いながら大塚が降りてきたエレベーターに乗り込もうとした瞬間、中から降りてきた女性とぶつかり女性は転倒する。
「ごめん!大丈夫?」
大塚は慌てて転んだ女性に手を差し出すが、女性はキッと大塚をにらみつけると走ってエントランスを出て行った。
「・・・なんなんだ・・・あれ・・・」
突然の出来事に呆然としていると、突然、霧原が叫んだ。
「しまった!今のがターゲットだ!ユーザー登録、NPC登録ともにデータが存在していない!」
「え!?」
他の皆も慌てて手元のブレスレットに表示されたマップを見る。すると向うに走っている少女の姿は見えるのに、マップ上にはその存在が認識されていない。
「追いましょう!技術者の方は皆さんに頼みます!」
城之木がいち早く反応し、マンションのエントランスを飛び出す。
「俺もっ!」
その後に北波が続く。山育ちの彼の身体能力はこの世界でも素晴らしく、あっという間に前を走っている城之木を追い越さん勢いで追いついていった。
「俺たちは技術者の方へ急ごう。どうも、情報は筒抜けのようだ・・・」
霧原が眉をひそめて言う。
タイミングよくNPCが逃げ出したところをみると、こちらの行動が筒抜けになっている可能性は高い。何せ、相手はEDENの開発スタッフなのだ。
「そうだな。急ごう。」
霧原、大塚、御崎の3人は、エレベーターに乗り込み、技術者が住んでいるフロアへと急いだ。

◆生きているプログラム
NPCは後ろから追ってくる二人に捕まるまいと必死で逃げつづける。
生身の人間である城之木と北波と違い、疲労というものが組み込まれていないのかそのスピードは一向に弱まる気配がない。
「困りましたね・・・」
城之木はこのままでは埒があかないと思い、ブレスレットを通してキルカにあるものの申請を行なう。
城之木が召喚する鬼神だ。
『大丈夫、精神体の召喚は武器と違ってプログラミングの必要がない。そのまま召喚できる。』
キルカの返答はすぐに帰ってきた。
『ただ、相手はNPCだ。完全プログラム体相手にどこかで通用するかはわからないぞ!』
人間相手であれば、現実世界でアクセスターミナルへ繋がっている人間同士で作用しあうために超常能力が通用するが、機械の中の信号であるプログラムにどれだけの影響があるのかはまったくの未知数だった。
「足止め程度でしたら何とかなるでしょうっ・・・」
そう返答すると、城之木は立ち止まり、鬼神召喚のための呪を唱える。
「千鶴っ!あの女の足を止めなさいっ!」
空中に突如現れた法術式の図円の中から、妖艶な美女が姿を現す。
『下らないことでイチイチ呼びつけて欲しくないもんだねぇ。』
美女、千鶴は体を伸ばすと風のような素早さで逃げるNPCの前に回り込んだ。
それだけで効果は十分だった。
NPCはその姿に驚き、思わず足を止める。
そして、その隙を逃すことなく北波がNPCに飛び掛り、押さえ込んだ。
「女の子に乱暴な真似をするつもりはないが、ちょっとばっかり大人しくしてもらうぜ。」
そう言うとNPCを後ろ手に捕らえた。
その力強い戒めから逃げられないと判断したNPCは、抵抗することもなく唇を噛み締めた。
その様子を確認して、城之木は取り合えずNPCを確保したことをキルカに告げようと、ブレスレットに向かって通信を試みる。
しかし、ブレスレットは何の反応も示さない。
「・・・おかしいですね。通信が通らない。」
「電波状況ってのが悪いんじゃねぇか?」
北波は携帯電話は電波状況が悪いと通じないことを聞かされていたことを思い出して言った。
「いえ、これは電波式ではないのでそう言うことはないとおもいますが・・・」
そこまで言って、ふと目の前のNPCに目が止まる。
もしかしたら、このNPCか技術者がシステムに侵入して妨害しているのかもしれない。
「そんなことはしていないっ!」
NPCは城之木の考えを読み取り、噛みつくように叫んだ。
「私はガイアに逃げろといわれたから逃げただけよっ!」
「思考を読むのか・・・?」
「今だけよっ!私はシステムに直結されているから・・・」
城之木の言葉に怒鳴り返していたNPCが不意にその口を閉じた。
「な、なんだっ?」
急に腕の中でぐったりしてしまったNPCに北波も驚く。
「そんなに力入れてねぇぞっ・・・」
「いったい・・・」
城之木も何が起こったのかと、ブレスレットを見るが何の反応もない。
その状況の異変に意外な人物が気がついた。
『磁場の異常のようなものを感じる・・・』
千鶴が辺りを見回して言った。
「磁場・・・?」
その言葉を受けて城之木が辺りを見回すと、不意に千鶴の姿が掻き消されるように消えた。
「千鶴っ!?」
「プログラムの強制介入を「磁場」と感じますか。アナログな能力者も中々あなどれませんね。」
そして、目の前に陽炎のようなもやが立ち昇ったかと思うと、二人の制服姿の男が姿を現した。
「では、さしずめこれは結界と言ったところですね。このエリア一体をシステムから隔離しました。貴方がたの行動は制限されます。」
そう言って立ちはだかった男の制服と胸にはEDENの刻印が飾られている。
「EDEN警察っ!?」
城之木は噂に聞いたことのある存在を思い出した。
秩序を守るためだけに存在するEDENの治安システム。
「確保ご苦労でした。ここからは我々の管轄です。とりあえず、そのNPCを渡していただきましょうか?」
男の一人が丁寧だが不遜な態度で言った。
「キルカはNPCのデリートまでを俺たちに依頼した。こっから先も俺たちの管轄だ思うがな。」
厳しい家訓や秩序に辟易して逃げ出した過去のある北波は、警察と名のつくものが好きではなかった。
相手は正式な組織なのかもしれないが、自分が言うことを聞いてやる謂れはない。
NPCを後ろに庇うように抱えなおすと、EDEN警察の二人に言った。
「俺は警察だろうが何だろうが手加減しない。」
「逆らうことは、君たちには有益ではないぞ。」
不遜な態度を崩さずに男は言うが、北波も城之木も彼らの言うことを聞くつもりはなかった。いきなりやってきて、命令されても聞く必要はない。
「だからと言って、あなた方の言うことを聞くこともあまり有益ではないようです。」
城之木もそう言うと、NPCを庇うように前に立ちはだかった。

◆無慈悲な秩序
とりあえず、NPCの身柄を城之木に預けると、北波が二人の前に立ちはだかった。
「外部との連絡は取れません。貴方の武器は召喚できませんよ。」
男の一人は北波に向かってそう言ったが、北波は構わずにやりと笑った。
「武器ってのは目に見えるものばかりじゃねぇからな。」
「なに?」
「言霊の極意、見せてやるぜ。」
北波は素早く印を切るような動きをみせてから、口元に手を当て小声だがはっきりとした声で言った。
「風よ、斬れ。」
北波の言葉がまるで生きているかのように、風の流れが足元から立ち昇ると鋭い刃となって二人の男に襲い掛かる。
「何っ!これはっ!?」
二人は咄嗟に体を引いて刃を避けたが、その制服の裾をすぱっと切り裂いた。
「物質の硬さの問題じゃねぇ、俺の刃は鋼でも切り裂く。」
北波はそう言うと、指先で軽く二人の男の後を追う。
「踊れ。」
風の刃はそれに合わせ、二人の後を執拗に追った。
「くっ!」
男の一人が、体を捻るように刃をよけながら、手に持った何か小さな機械を操作する。
そして、その小さな機械が淡く光を放った瞬間に、風の刃は消滅した。
「私たちも甘く見てもらいたくはないな。世界をコントロールできるのはキミたちだけではない。」
そう言うと、手に持った機械を再び何事か操作する。
「私たちの目的はそのNPCデータだ。キミたちには大人しくしていてもらおう。」
その瞬間、北波と城之木の体が金縛りにあったように硬直する。
「う・・・このやろう・・・」
動けず、そのままの姿勢から厳しく睨みつける北波の前を、悠然と男が通り過ぎる。
そして、城之木を押し退けると、気を失って動かないNPCに手を触れようとした。

◆正義と秩序
「そこまでだっ。ルダランドから離れろ。」
突然聞こえた大塚の声に、男たちが振り返る。
「そこの二人に対しての強制拘束は明らかに越権行為じゃないのかっ!俺たちは研究室から正式に依頼を受けてここに来てるんだぜっ?」
御崎の声も聞こえる。
そして、声に遅れて半透明の陽炎のような大塚、霧原、御崎の三人が姿を現す。
「あんたたちが強制制御していたエリアは解放された。これ以上のシステム介入は例えEDEN警察とは言え、立ち入りすぎなんじゃないのか?」
三人が完全に姿を現すと、北波と城之木の硬直も解ける。
「ふーっ、よくもやってくれたな。」
北波が凝り固まった体をほぐすように、くっと首をかしげると鋭い目で睨みつけた。
「くっ・・・」
完全に状況が反転してしまった男たちは、なす術もなく立ち尽くす。
「彼女は返していただきますよ。」
城之木が地面に横たえられたNPC・・・ルダランドを抱き上げた。
「ここから先は俺たちで大丈夫です。どうぞ、お引取りを。」
城之木の言葉は穏やかだったが、有無を言わせぬ強さがこめられていた。
その言葉に逆らうことも出来ずに、EDEN警察の二人が立ち尽くしていると、その二人の通信機に何事か通信が入る。
一人が耳に手を当てイヤカフ状の通信機の受信を受ける。
「・・・はい、・・・はい。わかりました。」
通信を切ると、男は五人のほうを向き直り何事か言おうとしたが、思い留まったのか言葉は発しなかった。
そして、現れた時のように陽炎のようなもやに包まれると、すうっと姿を消してしまった。

「ん・・・」
二人の姿が消えた途端に、ゆっくりとルダランドが目を開いた。
「私・・・どうして・・・?」
城之木の腕に抱き上げられているのがわかると、慌ててその腕から飛び降りた。
「あ、あんたたちの言いなりになんてならないわよっ!ガイアとあたしはここで暮らすんだからっ!」
ルダランドはメンバーにむかって威勢良く叫んだが、その内の三人・・・御崎、霧原、大塚の表情は暗い。
その表情に気がついたルダランドは、三人の思考を読み取った。
「そんな・・・ガイアが・・・あたしを守るためにガイアはEDENシステムと同化してしまったなんて・・・」
ルダランドは顔色を失い、その場に膝をつく。
「でも、死んだわけじゃない・・・」
「馬鹿ねっ!この世界に直結するのに体を放棄しなくちゃならないほどの負荷がかかってるのよっ!システムの深部に人間が直結したら、自我すらも失われてしまうわっ!システムと同化するってそう言うことよっ!!」
ルダランドはそう言うとわっと泣き出した。
ルダランドはその場にいる誰よりも感情豊かにその現状に存在していたのだった。

◆人間になったプログラムとプログラムになる人間
「手術は成功した。ガイアの脳髄は摘出され、俺の管轄に当たるシステムに接続されている。肉体はないが生命維持装置のコントロールによって、脳髄は生かされる。多分、普通の人間として生きるよりも長く・・・」
会議室のような一室に集まった五人にキルカが説明する。
NPCのルダランドに保護プログラムを通じて身元を確保した後、EDENから帰還した五人は、無言でキルカの説明を聞いている。
「現状、ガイアの自我は失われてしまっているが、ルダランドの感情システムを解析して応用すれば、将来、脳髄に機械的な補助を行い彼に再び感情を取り戻すことができるかもしれない・・・これが、俺にできる精一杯だった・・・。」
キルカはそう言って暗く俯くが、皆もキルカを責めているわけではなかった。
誰もの胸にやりきれないものが残っている。
「NPCはどうなるんだ?」
北波がキルカに問う。
とりあえずの保護は決まったものの、技術者の居なくなった今、彼女は感情システムの一部として研究材料にされてしまうのか?
「彼女はこれから、ガイアのサポートにあたることになった。」
「サポート?」
「そうだ。」
キルカが正面のスクリーンにEDEN内の映像をモニターする。
そこにはガイアがルダランドと暮らしていた部屋が写っている。
日の光が差し込み・・・ルダランドが世話をしているのだろう、手入れの行き届いたはなや植物が部屋いっぱいに置かれている。そして・・・
「・・・あれは?」
ガイアの部屋に行った三人が思わず立ち上がる。
中央のベッドにはガイアが寝かされている。
「ガイアは消えたんじゃなかったのか?」
御崎が信じられないという口調で言う。
「俺たちの前でガイアは姿を消したはずだ。」
霧原も驚きの目でみている。
「あれは今のところは抜け殻だ。」
「抜け殻?」
「あのガイアの体は生命維持装置と同調しているだけの抜け殻だ。あの体は感情も自我もなく、眠るか起きるかしか出来ないものだ。」
キルカは静かに説明する。
モニターの中ではルダランドがガイアの側に花を飾り、何事か話し掛けているようだ。
「これから自我を取り戻せるだけの補助機能がガイアの脳に組み込まれれば、あの体を通じて、ガイアがルダランドにしたように、ルダランドがガイアと経験と記憶の共有をして、ガイアという個人を取り戻す作業をすることになる・・・。」
「それで、ガイアさんの自我は取り戻されるのですか?」
「・・・それはわからない。自我を取り戻したとしても、別人となる可能性もある。」
城之木の問いに、キルカは暗い面持のまま答えた。
EDENシステムに人間の脳が組み込まれた時点で、EDENシステムは更に複雑な物となってしまった。それが吉とでるか・・・凶とでるかは、まだわからないのだ。
「とりあえず、可能性に賭けて、できることをするしかない。とりあえずは感情システムの解析と補助機能の開発だ・・・。」
キルカは溜息をつくように言った。
「・・・彼は幸せなのかな?」
大塚がぽつりと言う。
独り言のような呟きだったが、皆がその言葉を受けて黙り込んでしまった。
大塚の問いに対する答えは、ここにいる誰にもわからない。
多分、モニターの向うに写っているルダランドにも。
それがわかるのはガイア本人だけだろう。
ガイアは自分の望む道を進んだ。
その結果がどんなであれ、彼が望んだ方向なのだ。

今回の依頼はこうして幕を閉じた。
感情システムの解析が成功するのは、まだ少し先のこととなる。

The End ?
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0795 / 大塚・忍 / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター
0778 / 御崎・月斗 / 男 / 12 / 陰陽師
1048 / 北波・大吾 / 男 / 15 / 高校生
1092 / 城之木・伸也 / 男 / 26 / 自営業
1074 / 霧原・鏡二 / 男 / 25 / エンジニア

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■         ライター通信          ■
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今日は、今回は私の依頼をお引き受けくださり、ありがとうございました。
今回の話は、最初からちょっと気の重い話だったのですけど、こんな感じの展開となりました。
城之木さんはNPCのルダランドを追いかけていますが、ガイアの部屋のほうでも話が同時に進行しておりますので、もし良かったらそちらの方も目を通していただけると、話が広がるかと思います。
EDENでは特別な障害がない限り、現実世界と同じように千鶴さんを召喚することも出来ます。今回はけっこう進行がバタバタしていたのであまりで千鶴さんの場面はありませんでしたが、これからを楽しみにしております。また何かありましたら参加をお待ちしております。

それではまたどこかでお会いいたしましょう。
お疲れ様でした。