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＜東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・名も無き霧の街 ＭＩＳＴ＞
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もう森へなんかいかない。
------＜オープニング＞--------------------------------------
ミストガーディアン本部の地下には、階数で分けられた資料室や蔵書室などが連なっている。
その最下層、土の温かさも届かない場所にヒルベルト・カーライルは居た。先刻浴びたばかりの朝日が死んでしまいそうな暗く狭い部屋は、四方を煉瓦に囲まれ天上に頼りないカンテラが揺れている。ヒルベルトは胸元に差していたハンカチを取り、口と鼻を覆った。
空気から死んだ動物の匂いがする。地下であるため換気もままならず、染みついたまま取れない。
「嫌な場所だな」
「慣れりゃいいトコだぜ、恐いモンがなくなる」
黄ばみ、疲れた白衣を二の腕まで捲くった男性が答える。もっちりとした肉付きの頬を上下している。食べていたチョコレートバーの紙くずをポケットに押し込み、ヒルベルトを顎で奥へ招く。
モルグ−−−死体置き場。
血なまぐさいことになれているガーディアンも、よりつかない。死にたての死体より腐った物の方がよほど恐ろしいのだろう。部下が毛穴から死が染みこんでくる気がすると呟いていたのを思い出す。
部屋は中心から離れるように、ぽつぽつと木机が並んでいる。縦は二メートルほど、幅は八十センチ程度のもので、死体を寝かせる時に使う。中年は右端にあった机に近づき、上に掛かっていた白い布を剥ぎ取った。
「若いな」
ヒルベルトは死体を眺める。上等な生地と仕立ての青いドレスを着ている。黒い手袋、編み上げた金髪には宝石のついた髪飾り。不思議なことに靴ははいておらず、タイツもない。丈の短いスカートから青白い足がにゅと伸びていた。美人かどかはわからない、顔は恐怖で引き攣り目は見開かれていた。ハンカチをはためかせると、白目の回りにたかっていた蝿が逃げていく。
「ダウンタウンの屑どもではないな。金目の物が残っている……どこで？」
「昨日の夕方ごろサンクト地区で見つかった。動物商人の長女だ、いや姫様と言うべきか？」
巨万の富を得た商人が求めるもの、それは地位。最近金のない貴族が籍を売り払っていると聞く。相当の金持ちの娘のようだった。
丸太でも持つように、男が死体の右足を掴む。死後硬直も解けているらしく、持ち上げて足の裏を見せた。足の裏は焼け爛れ、肉が剥け骨が覗いている。
「ひでぇ火傷だ。で、問題はこれなんだがな……去年と七ヶ月前にも、同じように足を焼かれた死体が出てる。三人とも豪商の娘でな」
連続と言うわけではないが、検死医も怪しく思ったのだろう。
「気になるな。人を当てるから死体の説明をしてやってくれ」
「今日か？ 無理だ無理。午後は非番だ」
すぐ顔に出る性格だ、ヒルベルトがむっと眉を寄せる。
「前売りチケットも買っちまったしな。悪く思うな、死体は逃げないがカミさんは逃げる」
「夫婦で観劇か。仲の良い」
「おいらはバレエなんぞ解らないんだがなぁ」
紙くずをしまったポケットから、今度はチケットが出てくる。
「……外注してみるのも面白いか……」
鼻歌を歌い出した男を横目に、ヒルベルトは顎に手を当てた。
『外』から訪れる人間は中々有能だと聞く。緊急の場合でもない今回、使って試してみるのも良い。使えれば今後何かと役に立つだろう。
「あかいくつをかおう。いいつやのあるあかいくつ。うんときれいなあかいくつ……」
腹から響く声で医者が歌い出す。きっと、今日見に良くバレエの曲だろう。腹の肉をたぽんたぽんと揺らしながら、ステップまで始めていた。自分も楽しみらしい。
×
黴臭いモルグの中に、宮小路皇騎以外に五人の人間が集まっていた。医者は既に休みに入ったらしいことは、ヒルベルトの不機嫌そうな表情から読み取れる。感情が余すところなく顔に出るタイプらしい。
「これが死体だ、好きに見てくれ。ただし今考えたことは口に出すな」
他人の考えに引きずられないように、だろう。折角五人も人間が居るのだから個々の視点を大切にしたいらしい。
それぞれが遺体に鋭い視線を投げる。人間を見ている、それは死んだものである、という感情は一切感じられない視線だ。ヒルベルトが配布した手袋をはめ、口を開けさせたり、スカートをめくったりとそれぞれ調べていく。
痛ましい−−−皇騎がまず感じたのはそれだった。人生の全てを奪われ、家に帰ることもなく晒されている。硬い木のベッドに寝かされた女性が、じっと自分を見つめている気がしてしまう。
ごそり。女性の隣のベッドが動いた。人の形にシーツが盛り上がっているそれを、紅一点の岬鏡花が横目で見る。ホラー映画な展開を想像したのか、口元が引きつっていた。
「……動かなかった？」
「気にするなそのうち動かなくなる。あれにも困ったものだ」
「あれ？」
遺体を見ていた少年が顔を上げる。生意気そうな表情にどこか愛嬌がある。北波大吾だ。
「ヴァンパイアの歯と唾液を媒介にする、吸血病というのが流行っていてな。こいつの調査でガーディアンの手が空かん」
「それで私たちに声がかかったのですね」
出なければ出所不明も怪しい『外』の人間を使わないだろう。
「そういうことだ−−−さて、そろそろお互いの見解を発表してもらおう。それと調査方針もだ」
全員の退出を確認し、ドアが閉じられる。切り落とすような音がし、施錠される。
「靴を履いていないのが気になるな。靴に関する劇も。去年と七ヶ月前にも、その劇はやったのかな？ 被害者全員が金持ちってンのも。俺はサンクト地区に実際に足を運んで調査してみるつもりだぜ」
背景と似合わない、山伏の格好を恥ずかしげもなくしている、大吾は自分の胸を叩いた。自分が世間からずれているという感覚はないらしく堂々としている。
「同じく。事件現場を詳細に調べたい」
氷を連想させる冷たさを宿した青年が口を開く。霧原鏡二は無駄な言葉を使うのを好まないらしい。社会人らしくビジネススーツで揃えているが両手にはめられた、黒い手袋だけが異彩を放っている。
「劇が一番気になりますね。それを調査の中心にし、進めていきたいと考えます」
「どっかで聞いた童話を思い出す……赤い靴だっけ？」
皇騎と月斗が続けて語る。
「そか、赤い靴か」
ぽむと鏡花は手を叩いた。
「……気づかなかった？」
月斗につっけんどんに言われ、鏡花は言葉に詰まる。
「あ……頭を使うには苦手なのよ」
「ふっ」
鼻先でヒルベルトが笑う。
「ではそれぞれの場所に散ってもらおう。必要なものがあれば申し出るように。朗報を待つ」
×
「あかいくつーはーいてたぁ〜おーんーなーのこー♪」
「それは違う」
ヒルベルトに案内された衣装屋、そのフィッティングルームは広く美しい。劇の調査をすると決めた皇騎、月斗、鏡花はＭＩＳＴらしい服を借りることにした。そちらの方が調査もしやすいだろう。月斗に突っ込まれ、鏡花はドレッサーへ視線を移す。鏡には三人の姿が映りこんでいた。
「上手く行くのかしら。新進気鋭の劇作家、なんて」
「演技力でカバーしましょう」
鏡の中でにっこりと皇騎は微笑む。上品な黒いスーツに、胸元にフリルの施された白いシャツ。シルクハットをステッキで持ち上げてみせる。繊細な美貌は確かに、才能溢れる作家と見えるかもしれない。
「なるようになるわよね」
椅子から立ちあがり、鏡花はくるりと回ってみる。軽い生地を幾重にも重ねたワインレッドのドレスは、ふんわりと美しく広がった。
「お美しい歌姫」
「やっだー！ もう照れるなぁ」
ノリノリで遊ぶ二人。鏡花はばしばし、照れ隠しに皇騎を叩く。呆れ顔で眺めていたヒルベルトが懐からチケットを三枚出した。
「午後の一回目の公演の席だ。使え」
「そだ……いい奴がいる。あいつの紹介だったらきっと信じてくれる」
「誰？」
ダンスまで踊りそうだった鏡花が、ぱっと顔を向ける。
「アシラン・イヅツ」
悪戯っぽさたっぷりに月斗は微笑んだ。子犬のような無垢な笑顔を浮かべる青年を思い出し、つい頬が緩んだ。が、鏡花と皇騎は頭の上に？を浮かべる。出入り口近くに居たヒルベルトが、走ってきて月斗の手を取った。そのリアクションで二人はああ、なんだか偉い人らしい、と理解したようだ。
「どういうご関係ですか」
「友達」
ものすごい変わりようである。ヒルベルトの碧眼に、幼い月斗への敬愛の光が溢れ出した。
「日々お変わりなく、ご多幸であらせられますか？」
「元気なんじゃん？」
「ヒルベルトは猊下のため命も惜しみませぬと……お伝えください」
「……わかった」
気おされ気味に頷く。
「そんな偉い人が知り合いなら、この作戦勝ったも同然ね！」
「許さん！ 虚言に猊下の名を出すなどと！ 適当にやれ適当に！！」
頭痛を覚えたのか、皇騎は額に手を当てた。
「こんなヤツばっか……アスランも気苦労するわけだ」
「猊下が心を痛めておられるのですか！？ 今すぐにでもはせ参じて」
「いや、まぁ……もういいよ……」
げんなりと月斗は会話を切り上げ、劇場に向かった。
ストーリーよりも衣装、音楽やダンスを楽しむものらしい。シーン一つ一つは美しく飾られているが、オーソドックスな寓話、赤い靴とストーリーは変わらなかった。
ひょんなことから赤い靴を手に入れる主人公。時を同じくしてこの世を去る祖母。祖母のお葬式に出席するが、主人公は美しい赤い靴を他人に見せびらかしたいという欲求に勝てず、赤い靴で葬儀に参加する。黒装束の人々の中で、少女の赤い靴は一際美しく輝くのだった。と、突然靴が勝手に踊り出す。葬式場をステップも軽やかに後にし、街を踊りぬける。激しいダンスに少女の身体はついていかないが、引きずるように靴だけは踊りつづける。飲まず食わずで何日も踊りあかし、靴は道を進んでいく。そのうちに森へ辿りつく。茨の中を踊り狂う少女。足先からは血が滲み、餓えと乾きで今にも倒れそうだ。少女の生気を吸い取るように、靴はより激しく美しく舞う。
そして−−−。
森で出会った木こりは少女の足を切り落とす。赤い靴の呪いから解放するために。斧で切られた両足首は、靴と供にどこまでもどこまでも踊り続ける。
「救いようのない話」
劇の幕引きと同時に会場を埋め尽くす拍手。その間を縫って月斗は隣に座っていた皇騎にささやく。
「なぜ座ったり横になったりしなかったんでしょうね。靴紐ほどくとか」
「バレエって素敵よね〜女の子なら一度は憧れちゃう」
甘い溜息交じりに鏡花は言う。瞳を輝かせ、舞台上で花束を受け取る主人公役を眺めていた。自分の翔さんを真正面から受け取り、白い衣装を纏った美女は誇らしげに微笑んでいる。
「ツッコミどころ満載だな……あんた」
「我々はコメディアンではありませんよ、さ参りましょう歌姫」
「そうですわね」
立ちあがり、うやうやしく伸ばされた皇騎の手を取る。赤い薔薇をメインにした、大きな花束を月斗は抱いた。
さて、自分たちの舞台はこれからだ。
×
「素晴らしい舞台でしたよ」
笑顔一つで皇騎は楽屋の奥まで入ってしまった。やんわりとした笑みと持ち前の美貌、そして物腰に良い身なり。貴族の若様にしか見えない彼を、団員たちも追い払わなかった。何より彼に褒められるのが嬉しくて仕方ないらしい。三人は団員の一人に案内され、ドレッサーが並ぶ控え室に通された。
「あら、お客様？」
一番奥で化粧を落としていた女性が、椅子から立ち上がる。月斗が手渡した花束に頬を寄せ、くすぐったそうに微笑んだ。
「私はシーナ・アストリアと申します。舞台で見るよりお美しい。貴方に抱かれては薔薇も恥じらうしかありませんね」
「お上手だこと……」
全くだ、と月斗は心の中で呟く。
「こう見えましても劇作家でしてね。うるさいほうです。ですが、今宵の舞台は素晴らしかった……感銘を覚えずにはいられません。ずいぶん練り込まれていましたが、何回目の公演ですか？」
「昔から定期的に公演をしているんです。台本も曲も、我が家にしか許されていないものなんですよ」
誇らしげに女優は答える。ぴ、と鏡花の視線が鋭くなった。
「そうなんですか？」
「長い歴史に培われてきた劇ですもの……。舞台に流れる豊潤な空気を感じていただけたかしら」
乾いた木が響くような、しわがれた声。出入り口に、老婆がいた。きぃきぃと車椅子を軋ませて近づいてくる。順に三人を眺めるその顔は、深い皺が刻み込まれ長い年月風雨に晒された老木を思わせた。赤いチェックの膝掛けをかけており、足の先まで隠されている。
「お母様」
「外で伯爵がお待ちだよ、行きなさい」
言われ、女優はちょこんと頭を下げて部屋を出て行った。
「失礼ですが、その足は？」
皇騎が躊躇わずに訪ねる。
「ふふ……お気づきになられましたね。さすが芸術を志すものです」
膝掛けがそっと引き上げられる。黒いスカートが顕れるが、それも引き上げられる。中には、ぽかんとした空洞だけがあった。
「足が……ない……？」
「当家の妻は演技指導を継承します。指導するためには真なる感情が必要」
「自分で切り落としたみたいな言い方だな」
老婆は微笑む。
「シーナ様、足を失った後の少女から何を感じましたか？」
皇騎を見つめる視線には同族への親しみが浮かんでいた。芸術という線でお互いが結びつけられていると感じているようだ。足を指摘されたせいかもしれない、老婆は三人が殺人事件の調査員だとは知らない。
「美しくはありませんでしたか？ 見栄や欲望から切り離された娘は。無垢な存在に還った主人公は！ あれこそ私が求める赤い靴なのですよ」
自分の言葉に酔っている。月斗はぞっとするようなものが、部屋全体を満たしている気がした。健全な精神を宿している鏡花にとって、ぬめるような老婆の感情に嫌悪感を抱いてしまう。
「貴方なの？ 女の人たちの足を焼いて殺したのは−−−」
老婆は何も答えなかった。
がらがらと車輪を響かせながら、馬車が石畳の上を走っていく。表街道に面したカフェテラスに、四人は席を取っていた。ヒルベルトは霧の時間の警備のためらしく、軽食を口に運んでいる。残りの三人は何ともいえない面もちだった。
「物的証拠がないんじゃ、手出しが出来ないってこと？」
「著名な芸術家を輩出し宮廷のお抱えでもある家だ、裁判になっても勝てるとは思えん」
「人殺ししてんだぜ」
月斗は不機嫌そうに頬を膨らます。これでは何のための調査だったかわからない。老婆が一番怪しい、というくらいしか掴めていないのだ。
「真の芸術とは悪魔の所業と紙一重、ということですかね」
三人は深くため息を落とした。
「だが、どんな高貴な人間でもいつかは死ぬ。今夜の霧であの老婆、魔物に襲われる可能性だってあるのだからな−−−」
ヒルベルトは意味深長に微笑みながら、カップを傾けた。
皇騎の実家にも多数の美術品がある。床の間に飾られた水墨画、道場奥にある屏風−−−それらは美に取りつかれた人間の手から手へと渡り、長い歳月を送ってきた品々だ。年月が経ってもなお失われない人を惹きつける力。
芸術と狂気は紙一重なのかもしれない。
だが、あの舞台からは何一つ感じなかった。
ただ流れていくだけのシーン、消費されるだけの時間。
もっと違うもの−−−老婆の笑みからは、成し遂げた誇らしい思いが溢れ出していた。
そして優越感が。
×
遠くで音楽が聞こえた。これはお葬式の場面を彩っていた悲しい、すすり泣くような旋律。皇騎は舞台を思い描きながら、楽屋の扉を開く。上映中のせいか、人影はなく忘れさられたような冷たさだけが残っている。老婆の姿がないのを確認して、皇騎は扉を閉める。
「痛てぇな！ どこ見てやがる」
身体の向きを変えないまま、廊下に一歩踏み出した。すると誰かに身体を当ててしまった。
「失礼、気づきませんでした」
「あぁ？ ふざけてるのか？」
「……みたらしだんごさん？」
皇騎はシルクハットを取り、問いかけた。モルグで見た顔だ、特に山伏の装束が印象に残っている。
「北波大吾だっ！ どいつもこいつも！！」
苛立ちに近くの壁を蹴る。その後やっと思い出したらしく、大吾もあぁ、と短く返事をした。
「だん−−−大吾さんたちもこちらに行きついたんですね」
「お前もか？ 他のヤツは？」
「解散です、用事があるそうで。ヒルベルトさんからも許可は出ています」
「リタイヤってことか。だらしねぇな」
皇騎が苦笑すると、大吾は短い黒髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「ここまでは良かったんだけどよ。正直こっちもお手上げだ。あいつが死体の意識を読んだンだけど断続的でよくわかんねぇし。サンクト地区の霊視もダメだな。あそこは死体を捨てただけだ」
「車椅子の女性と対面したぐらいですね」
「車椅子？」
「ご存知ですか？」
「すぐ聞くな！ 今考える」
えーとかうーとか呟きながら大吾が首を傾げる。眉をよせ記憶を引掻きまわす。
「車椅子……車椅子……さっぱりわからん」
「そうですか」
ふっと溜息が出てしまったのがいえなかった。大吾がむっと表情を硬くさせる。
「なーんか先公みたいな言い草だな。かってに期待したくせに、ダメだったら文句かよ」
「談笑している様子だが、手がかりはあったのか？」
二人の間に凛とした声が入る。通路の向こう側から、鏡二が歩いてきた。大吾が両肩を上げると、そうか、と簡単に答える。
「そっちはどうなんだよ」
「収穫はあった。車椅子の人間だ」
「……聞いてたンか」
自分の気づかなかったヒントをモノにされたので、大吾は唇を尖らせる。
「死体の記憶にきしむ車輪があった」
「証拠が出たわけではない。では自首していただきましょう」
婆さんに悪いことしたくねぇけどよ−−−。そう大吾は言いつつ、老婆の車椅子を押していた。終幕までもう時間がない、終わってしまえば彼女を繋ぎとめることは出来ない。新進気鋭の劇作家が、面会を求めていると大吾が車椅子の老婆に告げると、にっこりと笑って承諾した。騙して連れ出すのは気が引けるが、それだけ悪いことをしたのだ、と自分に言い聞かせた。車椅子に越しかける老婆の背中は小さく、とても頼りなかった。
「またお会いしましたわね」
人気のない大道具をしまっておく一角に、皇騎と鏡ニが立っていた。それを見て老婆が上品に目を細める。
「自首してください。貴方の良心にお願いします」
「単刀直入ですのね」
瞳を閉じて車椅子の車輪の音に耳を傾けていた鏡ニ。すっと目を開いた。
「何よりも彼女が恐れた音だ」
「お知り合いかしら」
「古い知人です」
そう、と老婆は頷く。鏡ニの一言に心を決めたらしく、口を開いた。
「我が家の当主の妻となる女は、足を失わなければならない。芸術とは厳しいもの。それを知ったとたん、彼女たちは人が変わったわ。息子のことを愛しているだとかなんだとか言っていたのに、いざとなったらてんでダメなのよ」
「だから足は擦切れても、切り落とされることはなかった。無垢な芸術への殉教者にはなれなかった。貴方はそう言いたいのですね？」
「やはりお解りになりますね」
「違うでしょう？」
言いたくはない。けれど言わなくてはならない。皇騎は自分の感情を押さえ続けた。
「芸術なんかじゃない。貴方は、若い女性を殺すことで自分の葛藤を埋めていた。そうじゃありませんか？」
「彼女が生き絶えるのを笑って見ていたな」
「まるで私が殺人鬼のような……。証拠もないのに」
「舞台から何も感じられなかった。それが証拠です。あの舞台には救いも葛藤も、高揚も感動も、何一つなかった」
これは老婆の人生を踏みにじり否定する言葉だ。皇騎は視線を逸らしそうになり、ぐっと絶えた。視界に空っぽの表情をした老婆が映っている。
「あの場に、芸術などなかったのですよ……」
あったのは中途半端に生き場をなくした悲しみだけ。ただただ足を失った少女の、悲しい思いだけ。
「あれは−−−芸術よ！！」
老婆は車椅子を軋ませながらその場を去っていった。
自分の内部にある憎しみを認めきれず、他者を排除することで心のバランスをとっていた人。芸術という言葉で自分自身を騙し、生きてきた人。自分と同じ状況の女性を死に追い詰めることで、自分の足を捧げた芸術は、それだやる価値があると確認したかったのだろう。
皇騎が彼女を見たのは、これが最後だった。
老婆が心臓麻痺で死去したことを知ったのは、数日後事後報告のためＭＩＳＴを訪れたときのことだった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0778 ／ 御崎・月斗 ／ 男性 ／ １２ ／ 陰陽師
0461 ／ 宮小路・皇騎 ／ 男性 ／ ２０ ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師）
0852 ／ 岬・鏡花 ／ 女性 ／ ２２ ／ 特殊機関員
1074 ／ 霧原・鏡二 ／ 男性 ／ ２５ ／ エンジニア
1048 ／ 北波・大吾 ／ 男性 ／ １５ ／ 高校生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは和泉基浦です。
依頼を受けてくださりありがとうございました。
もう森へなんか行かないをお届します。
童話赤い靴をモチーフにＭＩＳＴらしさが出たのではと思っております。
アンケートへのご回答もありがとうございました！
今後の指針にさせていただきます。
行動は現場への興味を持った方と、靴や劇に興味を持たれた方で二派に分けさせて頂きました。
宮小路皇騎様。
新進気鋭の劇作家ということで、キザに書かせていただきました。
気になっていた踊りについては、他の方のノベルに詳細が書かれています。
お時間がありましたら、併せてご覧くださいませ。 基浦。
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