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<PCシナリオノベル(シングル)>


決戦の夜明け(救いを求めて)
●結末は我が手に
 真夜中の浅草寺境内――緊迫した空気が未だにその場を支配していた。
(咄嗟に拾い上げちゃったけど……)
 足元に転がってきた砂時計を拾い上げ、シュライン・エマが困惑していた時だ。影沼ヒミコが強く叫んだ。
「その砂時計を使ってください!」
 シュラインは反射的に影沼の顔を見た。影沼は日本刀を手にした草間零と背中合わせに立っていた。そして零はというと、やはり日本刀を手にした霊鬼兵・Ωと僅かな間合いで相対し、無言で睨み合っていた。気を抜いた瞬間に、どちらからとも切りかかってもおかしくない雰囲気だった。
「私の代わりに役割を果たしてください……強い意志力があれば、役割を果たすことが出来るはずです」
 影沼が言葉を続けた。視線はシュラインを通り越した背後、阿部ヒミコの方へ向いている。だがしかし、その視線には強い殺意が含まれていることをシュラインは感じ取っていた。
(危険だわ……)
 影沼が阿部を殺そうとしているのは、先程からの態度で明白である。自らの存在の消滅をも辞さない覚悟を抱いているから余計に厄介だ。これでは口先だけの容易な説得に応じることはないだろう。
 ならばシュラインの行動で悲劇を回避しなければならない。そのための道具……結末を導くための砂時計がシュラインの手の中にしっかと握られている。簡単にひっくり返すことも壊すことも出来そうな砂時計が。けれども――。
「意志力って言われても……具体的に何を?」
 シュラインがぼそりとつぶやいた。普段それなりに耳にする言葉ではあるが、そもそも形のない物だ。どう示せばいいのか、シュラインでなくとも悩んでしまうだろう。
(自分が鮮明にイメージ出来る方法取れば良いのかしら?)
 影沼が具体的な行動を指示しない所から考えると、その辺りは自由裁量なのだろう。一番やりやすい方法を使って行えと。
「いやはや、何とも美しい光景だ」
 乾いた拍手が境内に響いた。浅草寺の賽銭箱付近、ニーベル・スタンダルムが高みから一同を見下ろして拍手しているのだ。肩にはまだアズが座っていた。
「だが申し訳ない。そんなことをされては非常に困ってしまうのだよ……我々が」
 シュラインの顔を見つめ、ニーベルがニヤッと笑みを浮かべた。
「困るんならどうするの、ニーベルちゃん?」
 アズが相変わらず無邪気に尋ねた。
「決まっているだろう、アズ。あの砂時計さえ、我々の手に落ちてしまえば何も怖くはない。シュライン嬢が素直に渡してくれるならそれでよし」
「……もし嫌だと言ったら?」
 返ってくる言葉は120%予想出来た。それでもシュラインは尋ねずにいられなかった。ニーベルが鼻で笑った。
「もちろん、奪い取るだけだとも。新たに死体を作ることになってでもね。何、君は素材がいい……部下に命じて、何らかの用途に有効利用をさせてもらおう。安心したまえ」
 ニーベルはそう答えると、ゆっくりと階段を降りてきた――。

●二者択一
「決着をつけましょう、姉さん! 私が最強の霊鬼兵であるという証明のために!!」
 ニーベルが動き出したのとほぼ同時に、Ωが叫んだ。Ωが先に零に仕掛けてきたのだ。金属と金属のぶつかり合う音が境内に響く。Ωの攻撃を零が凌いだ音だ。
「まだまだっ! 私の力はこんなものじゃないのだから!」
 Ωが楽し気に言葉を吐いた。シュラインがちらりと視線を向けると、Ωは目にも止まらぬ早業で剣を繰り出している所だった。零はシュラインの見える範囲では何とか防いでいるようだったが、確実に着実に零の衣服が少しずつ傷付けられていた。防戦一方である零のスピードを、Ωが上回っているのは間違いなかった。
「零ちゃん!?」
 思わず叫ぶシュライン。このままでは零がやられてしまうのでは……そう思った時、再びニーベルが声をかけてきた。
「他人の心配をしている場合かな、シュライン嬢?」
 その声に視線を戻すと、ニーベルたちは阿部の隣へと降りてきていた。
「君には決断してもらわなければならない。素直にその砂時計を渡すか、否か。素直に渡してくれるならこのまま見逃すだけでなく、我々虚無の境界へ迎え入れることもやぶさかではないと考えているが……」
「……あら、随分高待遇を提示するのね」
「君の能力を買っているんだよ。ユニークな能力の持ち主をこのままあっさり消してしまうのも忍びないのでね」
 ニーベルがずいっと1歩前に踏み出した。そして右手をまっすぐにシュラインの方に突き出した。
「さて、決断してもらおう。渡すか、否か……2つに1つだ」
「…………」
 シュラインは無言のまま動こうとしなかった。砂時計を握る手も、自然と力が強くなる。
「どうしたね、シュライン嬢。答えを聞かせてもらいたいのだが?」
「……陰陽雑多な感情溢れたこの世界、勝手に壊されちゃ遣り難くて困るわ」
 大きく息を吐き出してから、シュラインはきっぱりとニーベルに言い切った。これがニーベルの問いかけに対する答えであった。
「なるほど、そういうことかね。残念だ……非常に残念だとも」
 すっと右手を降ろし、ニーベルが歩き出した。シュラインに向かってではない、Ωと零が戦っている方へだ。シュラインは警戒しつつ、ニーベルの動きをじっと見ていた。
「Ω!」
 10数歩歩いた所で、ニーベルがΩを呼んだ。するとΩはつばぜり合いの状況から零を強く押して引かせ、ニーベルのそばへと跳ねるように向かった。
「シュライン嬢。もう1度だけ聞くが、本当に渡す気はないのかね」
「絶対に渡せるはずないでしょう?」
「いい答えだ。ならばこちらも遠慮はいらないか」
 ニーベルがそばにやってきたΩの肩に右手を置いた。するとどうだろう、ニーベルの左手に何やら実体化してきたではないか。
「!」
 この時シュラインは、何故ニーベルが妙な行動を取ったのかを理解した。Ωの能力をコピーするためだったのだ。となると今のニーベルは、Ωに匹敵する能力を持っているはずだ。そしてニーベルの左手の中にレイピアが実体化する。
「あいにくだが、私はサムライではないのでね。慣れているこちらを使うことにしよう……心配は無用だよ、一瞬で終わらせてあげよう」
「ニーベルちゃん、フェンシングやってるんだよっ」
 ニーベルの言葉を、聞いてもいないのにアズが補足する。
「ニーベルちゃんの腕前見られるんだから、とっても運がいいよねっ☆」
 そうアズは楽し気に言うが、腕前を見た瞬間には間違いなく殺されてしまっている可能性が非常に高い訳で――こちらにしてみれば、運は決してよくない。
「グッドバイ、シュライン嬢」
 ニーベルが笑みを浮かべ、地面を強く蹴った。次の瞬間、ニーベルたちはシュラインの至近距離にやってきていた。
(速いっ!?)
 その時のニーベルの移動速度は、Ωのそれを完全に上回っていた。シュラインに逃げる隙を与えないほどに。
 ニーベルがレイピアを突き出すのが見えた。身構える間もない。シュラインは自分の死を間近に感じていた。
 だが――その瞬間、女神がシュラインに微笑んだ。別の人物の影がニーベルとシュラインの間に割り込んできたのだ。

●各々の果たすべきこと
「悪いが……うちの事務所の人間を失う訳にはいかないんだ。大事な人間なんでな」
 割り込んできた人物が、静かに口を開いた。非常に聞き慣れた男の声だった。
「武彦さん!!」
 シュラインが目を大きく見開いて驚いた。割り込んできたのは、草間武彦その人だったのだから。
 はっとしてシュラインはニーベルのレイピアを見た。レイピアは、草間の手にした黒光りした黒房の十手によって完全にブロックされていた。そしてすぐにニーベルから距離を取った。
「やっぱり場所柄合うねえ、十手って奴は」
 離れた場所から女性の声が聞こえてきた。振り向くとそこには今まで行方不明であったアンティークショップ・レンの女主人、碧摩蓮が立っていた。いや、蓮だけではない。碇麗香や三下忠雄、瀬名雫の姿もそこにはあった。
「やった、間に合ったーっ☆」
 雫が嬉しそうに言った。確かにグッドタイミングではあるのだが、シュラインはやや困惑した視線を向けた。麗香や三下、雫が居ることは知っていたが、何故蓮もこの場に居るのだろう。
「ぎりぎりだったのよ、こっちも」
 シュラインの気持ちを察したのか、麗香が口を開いた。
「監禁されてた彼女を救出したのが午後9時過ぎで、それから色々としてこっちに直行したから……だから事前に連絡出来なかったんだけど」
「でも、どうやって救出を?」
「ああ、この方が教えてくれたんです」
 シュラインの質問に答えるように、三下が言った。それと同時に三下の背後から、頭に紅いバンダナを巻いている茶髪短髪の青年が顔を出した。
「あっ、西船橋くん?」
 渋谷で出会い新宿でも見かけた青年、西船橋武人との再会だった。武人は親指をぐっと立てたかと思うと、すぐさまニーベルと対峙している草間の援護へと向かった。
「こっちだって、何もしてなかった訳じゃなかったのよ」
 くすりと微笑む麗香。なるほど、こっちの知らない間にも行われることは行われていたようだ。
「そうだっ……」
 シュラインは影沼の姿を探した。影沼は微妙な距離を空け、無言で阿部と向かい合っていた。飛びかかることくらいすぐに出来そうな距離だった。
「彼女をお願いっ」
 シュラインが影沼を指差して言った。放置していては何をするか分からないからだ。シュラインの言葉を聞いて、雫と三下が影沼の方へと向かっていった。
 これで大きく3つに分かれたことになる。激しい戦いを繰り広げている零とΩ、シュラインを守ろうとしてニーベルと対峙している草間と武人、そして阿部と向かい合っている影沼のそばへ居る雫と三下。各々のエリアで各々の空気が流れていた。
「姉さんを倒すことで、私の強さを証明する! 諦めなさい、姉さん!」
 零は相変わらずΩに対して防戦一方だった。攻撃のタイミングを見極めようとしているのだろうが、その間に傷は少しずつ増えていた。
「邪魔をしてもらっては困るな。IO2の犬まで連れてきてもらっては迷惑なんだ」
「ふざけるな、誰が犬だ!」
 吐き捨てるようなニーベルの言葉を聞いて、怒った武人の手から青白い稲妻が放たれた。しかしニーベルはそれを軽々とかわし、草間に攻撃を仕掛ける。
「君もサムライかね?」
「……俺は探偵だ!」
 草間はレイピアをすんでの所で弾き、そのまま十手をニーベルの身体に叩き込もうとした。けれどもこれもやはり軽々とかわされてしまう。
「動いちゃダメだからね!」
「よく分かりませんけど……う、動かないでくださいねっ!」
 雫と三下は、影沼の衣服を両側からぐっとつかんでいた。迂闊に動けないようにするために。
 仲間たちは皆、各々の役目を果たしていた。シュラインも自らの役目を果たさなければならない。
(やらなきゃ……ね)
 シュラインはゆっくりとした足取りで歩き出した。そして別の場所へ1人で立つと、阿部に向き直った。

●『無我』への呼びかけ
「聞こえてる?」
 シュラインは静かに、しかりはっきりと阿部に話しかけた。阿部がシュラインに顔を向ける。
「世界が個人を憎むなんてことはない。憎しみは生きてる者の感情よ」
 阿部は黙ってシュラインの言葉を聞いていた。
「これに囚われてるあなたは、皆が消えても自分自身で己を傷付けるだけじゃない?」
 シュラインは阿部の言葉を待った。だが阿部は無表情のままシュラインを見つめていた。
「……分かってくれないみたいね。もっとも、今すぐ分かってくれるとも思えなかったけれど」
 小さく溜息を吐くと、シュラインは砂時計を握り直した。どちらにせよ、やるべきことはやらねばならないのだ。
(さあ……)
 シュラインは左手で砂時計を目の前に持ってきた。中の砂は、全て下へ沈んでいた。
「そうはさせん!!」
 シュラインの姿を見て、ニーベルが叫んだ。妨害すべく向かってこようとするが、それは草間と武人によって阻止される。2人がニーベルを抑えているうちに、事を運ばなければならなかった。
「『無我』を封印、霊団を解放・浄化するために……」
 すう……とシュラインは息を吸った。これから行うことのために。そして1拍置いた後、シュラインが口を開いた。
 声はほとんど聞こえてこない。けれども砂時計には異変があった。中の砂が、ぶるぶると震えているのだ。そう、シュラインは声の振動で中の砂を動かそうとしていたのである。
 自らの意志を強く込め、声を発し続けるシュライン。そのうちに中の砂は少しずつ動きだし、下から上へと移動してゆく。やがて中の砂は上の空間に全て移動したが、それでもなお砂は動こうとする。砂時計の外へ出ようとして震えている。
 そして声を発し続けて1分強、その瞬間がやってきた。砂時計の上部が壊れ、中の砂が勢いよく溢れ出したのだ。
 溢れ出た砂は闇の中できらきらと輝いて霧散してゆく。何とも幻想的な光景だった。一瞬空間自体が輝いたような気がするほどに。
「これで終わりよ、姉さん!」
 Ωの叫び声が聞こえた。見るとΩが傷だらけの零に渾身の一撃を加えようとしている所だった。零はそれを防ごうと身構えた。
 だがこの時意外なことが起こった。突然Ωの手にしていた日本刀の刀身が急激に短くなったのだ。もちろんそうなると、零に刀身が当たることもない。Ωに驚きの表情が浮かんでいた。
 零はそれを見逃さなかった。防御からすぐに攻撃へ転じ、瞬く間にΩの両肩に深手の傷を負わせたのだ。
「なっ!」
 Ωの表情が屈辱に歪んだ。同時にニーベルの呻き声が聞こえてきた。
「ぐおっ!」
 視線を移すと、ニーベルの左頬に紅い筋が浮かんでいた。草間の十手が叩き込まれたのだ。レイピアに目をやると、Ωと同様のことが起こっていた。すっかり短くなっていたのだ。
「何が起きたの?」
 砂時計を壊した影響かとも思ったが、シュラインは確信が持てなかった。すると影沼が口を開いた。
「『無我』が自己を見い出したんです……反発したんです、阿部ヒミコから」
 シュラインは阿部に視線を向けた。無表情が一転、驚愕の表情を浮かべていた。
「嘘……私の世界が私を憎むはずがない……」
 信じられないといった様子でつぶやく阿部。だが嘘ではない、現実だ。その証拠に、『誰もいない街』を利用しようとしていたΩやニーベルに、異常事態が起こったではないか。
「そうか、そういうことかね……」
 ニーベルが絞り出すように声を発した。そして口からぺっと血を吐き、口元を手で拭った。
「こうなった以上、我々がこの場に居る意味もない。Ω、離脱するぞ!」
「離脱ですって! まだ私は姉さんを倒して……!」
「Ω!」
 抗議の声を上げたΩをニーベルが一喝した。
「今回の計画は阻止されたが、我々が敗北した訳ではない。次の機会を待つんだ。壊れた道具を放置してだ」
「……分かったわ」
 渋々ながらΩはニーベルの言葉に従った。
「そういうことだ、諸君。分のない勝負を続けるほど、私は愚かではないのでね。シュライン嬢、いずれまた……どこかで」
 穏やかな口調に戻り、ニーベルはシュラインに笑みを向けた。背筋がぞくりとする笑みだった。
「逃がすか!」
 武人がニーベルに向かって、青白い稲妻を放った。けれども稲妻はニーベルの右腕を僅かに傷付けただけで終わってしまった。
「シーユーアゲイン」
 ニーベルはそう言い残すと、アズとともに暗闇へと駆け出した。
「姉さん……今度会った時こそ、白黒はっきりつけましょう。それまで生かしておいてあげるわ」
 Ωが吐き捨てるように零に言った。それからすぐにニーベルの後を追って、暗闇へとその姿を消していった。
「……私の世界が……私の世界が私を殺しに来る……私が私を憎んでいる……どうして……私を殺したいのは私なの……?」
 視点の定まらない瞳で壊れた道具――阿部がぶつぶつとつぶやき続けていた。シュラインはそんな阿部を、哀し気な瞳でただ見つめていた……。

●夜明けの時
 静寂の戻った浅草寺境内に、別の者たちが入ってきたのはニーベルたちが逃げ去って少し経ってからのことだった。
 黒い服にサングラスという装いの男たちがほとんどだったが、中には小火器や重火器を携えた者も混じっていた。
 その中に以前シュラインが出会った、黒い服にサングラスをかけ、鼻の下に髭を生やしている金髪の中年男が居た。武人はその中年男と何やら言葉を交わしている。とすると、この組織はIO2という組織のメンバーなのだろう。
 後で武人の言うには、周辺区域の制圧に時間がかかってIO2の浅草寺境内への突入が遅れたそうだ。虚無の境界メンバーはもう周囲には残っていないらしい。逃亡したか、死亡したか、投降したかのいずれかで。
 それから金髪の中年男、アルベルト・ゲルマーはシュラインたちの方へとやってきて、事情を聞き始めた。そして零の言葉で浅草寺周辺の調査が行われ、近くの廃屋で簡易型怨霊機なる物が発見されることとなった。もちろんそれは即座に破壊されたのだが。
 『誰もいない世界』を作り出した張本人、阿部はIO2の保護下に入ることとなった。
「当初の本部の指令は抹殺だったが……」
 アルベルトがそう切り出して教えてくれた所によると、途中で本部の命令が変わり、生存かつ抵抗の意志なき場合には保護するようにということになったのだそうだ。
 黒服の男たちに囲まれ、どこかへ連れてゆかれる阿部。未だぶつぶつと何やらつぶやき続けていた。
 そして思い出したように、シュラインは影沼の姿を探した。近くには見当たらない。周囲をくまなく見回して、ようやく影沼の姿を見付けたが、そこには影沼だけでなく何故か高峰沙耶の姿もあったのだ。その隣には蓮の姿もある。
 3人は浅草寺の境内を出ていこうとしている所だった。IO2のメンバーの誰も3人を追おうとはしない。
(ひょっとして影沼嬢に砂時計を与えたのは……?)
 シュラインの脳裏にそんな疑問が浮かんだ。けれどもそれを確かめる術はない。恐らく、もう2度と影沼に会うことはないのだろうから。沙耶に聞いても、素直に教えてくれるはずもないのだろうから。
「後は我々の仕事だ。協力は感謝するが……これ以上素人に深入りしてもらいたくはない」
 アルベルトはきっぱりとシュラインたちに言い切った。カチンとくる物言いではあったが、シュラインたちは素直に従うことにした。
 自分たちの居場所へ帰るべく、ぞろぞろと浅草寺を後にする一同。この頃、空が白々と明けてきていた。長い夜が、ようやく終わったのだ――。

●いつもの生活、いつもの時間
 それから3週間が経った。シュラインたちには普段通りの生活が戻っていた。
 雫は相変わらずネット上で色々と心霊ネタを探している。今回の出来事もちょこちょこっと掲示板に書き込んでいるようだ。
 麗香と三下は、今回の出来事をしっかり記事にしていた。けれども何故かそう話題になることもなく、部数もいつもの通りであったという。
 そして草間興信所。草間は自分の机の椅子に腰掛け、新聞を広げていた。近くでは零が部屋の拭き掃除をしていた。シュラインはというと、溜まった書類を整理している最中。まさしくいつもの日常が流れていた。
「過激さを増す暴力団抗争……か」
 ぼそりと草間がつぶやいた。
「え?」
 シュラインは書類から顔を上げ、草間の方を向いた。
「先日の浅草でのことは、暴力団抗争なんだそうだ」
 やれやれといった様子で草間が言った。どこをどうしたかは知らないし知りたくもないが、世間一般的には先日の事件は大規模な暴力団抗争ということになって片付けられていたのだ。
「ふーん……そういえば、武彦さん。3日間行方不明だった人が、無事に戻ってきたって記事なかったかしら?」
「ああ、あるな。『人が誰も居なかった』なんて本人のコメントもある」
「それって、やっぱりあれよね……」
 記事を見た瞬間、シュラインは直感していた。きっと『誰もいない街』へ入り込んだのだろうと。
 『無我』は自己を見い出したが、それが『誰もいない街』の消滅に繋がるということは誰も言っていなかった。それに阿部も影沼も生きている。ゆえに『誰もいない街』が存在し続けていると考える方が自然だろう。
 思うに、『誰もいない街』はこのまま新たな都市伝説と化してゆくのかもしれない。例えるならば帰昔線のように。
 けれども今の『誰もいない街』は害意を持っていないはずだ。影沼が導いているのならば。また別の事件に関わってこない限り、こちらから不用意に接触する必要もないだろう。
「あ、零ちゃん」
 シュラインはあることを思い出し、零に声をかけた。零は動きを止め、シュラインの方に振り返った
「あの時は付き合ってくれてありがと。……ホント言うとね、ちょっと心細かったの」
 ばたばたしていて礼を言いそびれていたことを思い出し、シュラインは苦笑して零に気持ちを伝えた。
 零はこくんと頷くと、シュラインに笑顔を向けた。それは零がここにきてから一番いい笑顔だと、シュラインは思った。

【了】