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<PCシナリオノベル(シングル)>


第一話 最終列車
◆最終列車
すっかり遅くなってしまった帰り道。
ホームに人影は無く、駅周辺の家々は明かりを落としていて暗い。

「すっかり遅くなっちまったな・・・」

守崎 啓斗はホームに立って、ぼんやりと周りを眺めながら呟いた。
予定ではもう少し早く帰れるはずだったが、何となく予定が狂い・・・こんな時間になってしまった。
家では先に帰った弟の北斗が、腹を減らして待っているだろう。
どこかコンビニで買い物でもして帰るべきか・・・そんなことを考えていると、ホームに列車が滑り込んできた。
シュー・・・
車両ドア開閉のあの空気が抜ける音が聞こえ、啓斗の目の前でドアが開く。
目の前がぱっと明るくなり、目の前に広がった景色に、啓斗は驚愕した。
「な、なんだよっ・・・これ・・・」
踊り狂ったようにのたうつ、鮮やかな赤が飛び込んでくる。
次に、吐き気を催すような鉄錆びの生臭さ・・・
反射的にその場を逃れようと、啓斗は一歩後ろへ引こうとしたが、何者かに背後から強く押された。
「うわっ!」
急に押されたので、バランスを崩し、つまづくように列車の中へ飛び込む。
そして、無情にも列車のドアは啓斗の背中で、開く時と同じようにゆっくりと閉じられてしまった。

「こんばんは。お兄ちゃん・・・」

不意に今まで気配の無かった車両内に、笑い声が響く。
声の方を振り向くと、そこには二人の女の子が居た。

◆二人の少女
少女たちは、啓斗を見てクスクスと笑っている。
真っ白いワンピースをきた少女と真っ黒いワンピースをきた少女。
年齢は小学生の低学年くらいか・・・一見して幼い。そんな感じがある。
少女たちは双子なのか、鏡に映したようにそっくりな顔で、左右色の違う禍々しい瞳で、啓斗の方を見ている。
「あ・・・」
啓斗は何か少女たちに声をかけようとしたが、その異様な気配に声がかけられない。
それどころか、その場を動くこともできない。
体中の神経全てが警報を鳴らしている。
心臓の鼓動が高まっている。
こんな幼い少女たちなのに、まるで獰猛な獣と向き合うような、一触即発の気配だった。

「お兄ちゃんは、くちがきけないの?」
黒いワンピースの少女が言った。
「悲鳴があげないの?・・・つまんない。」
白いワンピースの少女が言った。

ぞわっと背中を逆に擦られるような悪寒が走る。
少女たちの言葉や仕草に邪気は無い。
悪意も邪気も何も無い。
それが、物凄く恐ろしかった。
少女たちは躊躇いも無く啓斗を殺そうとするだろう。
玩具を壊すのに、理由が要らないように・・・。

じりじりと啓斗は後退の隙をうかがった。
少女たちがどんな手で襲ってくるかはわからないが、隣の車両に逃げ込んでドアを閉じてしまえば、何とか時間が稼げるだろう。
運良く、啓斗が乗り込んだのは車両の端のドアからだった。
連結のドアはすぐ背後だった。
(どうするか・・・)
少女たちの行動はまったく読めない。
今すぐにも襲って来そうだが・・・のんびりとしているようにも見える。
啓斗は上着のポケットにはいっている塊を確認する。
北斗が護身用と言って持たせてくれたものだ。
その時は大げさだよと笑ったのだが、今となってはありがたい。

そして、チャンスは突然やってきた。

◆あちら と こちら
「殺しちゃえ。」
その言葉と共に、黒い少女が手を挙げた。
「死統べる異界より餓鬼・・・」
白い少女が、真似るように手を挙げて言う。
(・・・術!?)
何の術かはわからない。
でも、その一瞬に生まれた隙を、啓斗は見逃さなかった。
素早くポケットから取り出した閃光弾を床にたたきつけた!

「ぎゃぁあっ!」

閃光に目を焼かれてか、少女の悲鳴が上がる。
北斗はわき目も降らずに隣の車両に飛び込むと、叩きつけるようにドアを閉めた。
そして、ドアの取っ手とその横の手摺を固く結びつける。
それからドアから死角になる場所に姿を隠し、身に付けている双振りの小太刀の柄を握り締めた。

コトン・・・コト・・・コトン・・・

仕切りになっているドアに触れる音が聞こえる。
ドアが開けられない為に、ドアの向うでもがいているようだ。
「・・・お兄ちゃん・・・」
少女のか弱い声が聞こえる。
電車は走りつづけていて、レールを走る音がしているはずなのに、少女たちの声と自分の鼓動だけが異常に大きく聞こえている。
(ちくしょう・・・)
列車が次の駅に到着する気配が無い。
窓の外には確かに家々の明かりが通り過ぎていっている。
でも、いつまでもこの列車は止まる気配が無い。
(全てがあいつらの術中ってコトなのか・・・?)
啓斗は車両の中を見渡す。
壁と言う壁に生臭い臭いを放つ血が塗りたくられているが、死体はどこにも無い。
・・・いや、正しくは人の形をした死体は無い。
地の中に浮かんでいる黒い肉塊は、多分、かつて人間だったものだろう。
何人の人間が死んでいるのかもわからない。
床、窓、シート、天井・・・全ては赤黒く染められ、できの悪いホラーハウスのようになっている。
この臭いさえなければ・・・。
この生臭い鉄錆びのようなこの臭いが、全ては現実であることを啓斗に思い知らせている。
「お兄ちゃんっ・・・開けてよ!」
ドアの向うで再び少女声がする。
開かないドアに、少しイライラしているようだ。
言うことを聞いてもらえない子供のように、少しヒステリックな響きが混じっている。
ドンッ!と叩く音もするが、子供の手ではびくともしない。
(子供・・・)
あの少女たちが、見かけ通りではないのはわかる。
向かい合った時のあの異様な気配。
こちらに逃げ込もうとした瞬間に、何かの術を仕掛けようとしたあの禍々しさ。
(でも・・・)
ドアの向うで、なす術も無くイライラしているのも同じ少女たち。
考えれば考えるほど、混乱してくる。
その時、目の前の壁についた血がふと目に入った。

◆快感と怒り
それは、小さな子供の手形だった。

少女たちよりも、もっと小さい・・・赤ん坊のものだろう血の手形がそこには刻まれていた。
その手形を見た瞬間、啓斗に怒りが湧き上がる。
「こんな小さい子まで・・・!」
呟く声も怒りに震える。
あの少女は一体どれだけの人間を殺したのか・・・
「お兄ちゃんっ!開けてっ!」
「黙れっ!」
啓斗は強くドアの向うに怒鳴りつけた。
柄を握り締め、唇を噛み締める。

「面白くないわ、お兄ちゃん。」

啓斗は驚いて顔をあげた。
目の前に立っているのは・・・あの二人だ。
「何でっ・・・!」
啓斗は咄嗟にドアを確認するが、ドアの戒めは破られていない。
「面白くないんだもん・・・」
驚く啓斗を見て、黒い少女は眉をひそめる。
「継比奈・・・どうしたらいいと思う?」
隣に立つ白い少女・・・継比奈に問う。
「殺しちゃおう・・・壱比奈。」
継比奈は無表情なまま、黒い少女・・・壱比奈に言った。
「黙れっ!」
啓斗はポケットから二つ目の玉・・・煙玉を取り出すと床に叩きつける!
ボンッという鈍い音と共に、床から黒い煙が湧き上がる。
瞬間的に閉鎖されている車両の中は視界を奪われた。
「きゃぁっ!」
煙の中から、自分に飛び掛ってくる影を、壱比奈は寸前のところでかわした。
影・・・小太刀を構えた啓斗は、手ごたえが無いのを確認するまでも無く、その場を離れ、再度の攻撃に転じる。
煙の中で視界を奪われていても、墨で染めたような暗闇でも、啓斗はその中で感じる僅かな気配を追うことができる。
少女たちはその場で立ちすくんでいるのか、まったく動こうとしない。
啓斗はもう一度、動きを封じるために足を狙って、低く飛び掛った。
「やれっ!餓鬼!」
「!?」
少女の言葉と同時に、何かが飛び掛ってくる。
どこから姿を現したのかわからないそれは、一つ一つは小さいが、すごい数が襲い掛かってきた。
「ネズミかっ!?」
啓斗は小太刀で払ったそれの死体を一つ掴んだ。
片手で握れるくらいの・・・ちょうど大きさはネズミぐらいだったが、それには目も耳も尻尾も無い。
あるのは灰色の毛皮に包まれた丸い体と、鋭い歯を備えた裂けたような口だけだった。
「なんだ・・・これっ!?」
そうしている間も、このネズミもどきは啓斗に次々と襲い掛かってくる。
「殺せっ!殺せぇっ!」
ヒステリックな壱比奈の声が響く。
(埒があかないっ・・・!)
この暗闇は啓斗にとって攻撃に都合よかったが、相手にとってもマイナスではないようだ。
北斗は思い切って、車両を閉じている窓を叩き割った。
小太刀の柄を叩きつけると、重い手ごたえがあって窓が割れる。
一つ・・・二つ・・・
三つ目の窓を割った時、突風が車両に吹き込み、見る間に視界が晴れた。
それと同時に、ネズミもどきの攻撃がやむ。
「まだ死なない・・・」
啓斗の姿を見た継比奈は、つまらなそうに言った。
「でも、これからよ・・・」
しかし、壱比奈はにやりと笑って言う。

(遊んでいるのか・・・?)
二人の様子を見て、啓斗は咄嗟にそう理解した。
少女たちにしてみれば、これは遊びなのだ。
煙が消えた途端に攻撃を止めたのもそうだ。
すぐに殺しては面白くない。色々なことを試したい。
「面白いでしょ?」
不意に壱比奈が言った。
啓斗の考えていることを読んだかのような口ぶりだ。
「面白いから殺すのよ。ワーワー言ったり、バタバタしたり、すごく面白いでしょう?」
「そんな事をしていいわけねぇだろうっ!」
「どうして?」
壱比奈は上目遣いで、啓斗を見ながらクスクス笑っている。
「お兄ちゃんだって、私たち、殺そうとしたじゃない?」
「それはっ・・・」
「お兄ちゃんは怒ったから私たちを殺す。私たちは面白いからお兄ちゃんを殺す・・・何が違うの?」
「違うっ!違う違う違うっ!!」
「違わないわ。」
壱比奈はそばにあったドアの非常用レバーを掴む。
「人の命を玩具にしていいワケないだろっ!お前たちとは違うっ!」
そう叫ぶ啓斗を笑いながら、列車のドアを引き開けた。
風邪が強く吹きぬける。
ドアの側に立っていると外へ吸い出されてしまいそうだ。
「もっと楽しませてよ。お兄ちゃん。」
「黙れっ!」
啓斗は壱比奈に向かって小太刀を構え飛び掛る。
「邪気っ!払えっ!」
壱比奈の喉元をその切先が捕らえようとした瞬間。
物理的圧力を持った風に、啓斗の体は弾き飛ばされた。
「ぐっ・・・くぅ・・・」
殴られたような衝撃を感じて、啓斗は体を折って苦しむ。
「悲鳴あげてよ。」
「がぁっ!」
太刀の刃でそれを捕らえようとしても手ごたえは無く、しかし、確実に啓斗の体にダメージを与える。
「もっと苦しんでよ。悲鳴とかあげて!」
うずくまるようにして、殴りつけてくる風に耐える啓斗を二人は笑いながら見ていた。
「餓鬼に食べさせるのは飽きたから、お兄ちゃんは窓の外に放り出してあげる。」
その言葉と同時に、啓斗の体は見えない手に捕らえられた。

◆闇の向うに
啓斗の体はゆっくりと空中に持ち上げられ・・・少女たちの後ろに開かれたドアの方へと引き摺られて行く。
「何をっ・・・!」
見えない手を振り解こうとするが、幾らもがいても戒めはとけない。
「走ってる電車の中から放り出したらどうなるのかしら?電車に轢かれるとぐちゃぐちゃだけど・・・バラバラになるのかな?」
壱比奈も継比奈も、瞳を輝かせてもがく啓斗を見ている。
純粋に愉悦。面白いから。ただ、それだけだ。
(このままやられてたまるかっ!)
啓斗はドアのすぐ側でくると、小太刀を投げ捨て、そこにある手摺を握った。
そして、自由になる足で、立っていた少女に足払いを食らわす!
「キャ・・・!!」
一瞬、少女は短い悲鳴をあげ、バランスを崩す。
しかし、そのままそこに倒れることは無く、小さな体が災いし、開かれたドアの外へと放り出された。
「壱比奈ぁっ!!」
壱比奈が投げ出される瞬間、それを助けようと継比奈も手をのばしたが、壱比奈を捕らえることはできず、自らもそのまま暗闇へと体を躍らせてしまった。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
悲鳴は長く尾を引き、掠れ、消えた。
「うわっ!」
悲鳴が消えた瞬間に、啓斗を捕らえていた見えない戒めは解かれ、床に倒れこんだ。
「終わった・・・のか?」
痛みを堪えて体を起こし、開かれたままのドアを見ると、そこには暗闇の中に灯りが流れて行くばかりだ。
車両の中を見回しても、もう何も動くものはない。
「・・・」
啓斗はふぅっと溜息をついて手摺にもたれた。
終わったのだ。
しばらくすると電車はゆっくりと止まり、開かれたままのドアにホームが姿を現した。

啓斗は足元に落ちていた小太刀を拾ってから立ち上がり、電車を降りた。
ホームに降り立ち、コンクリートのざらつきを感じていると、背後でシューッという音と共にドアが閉じた。

「お兄ちゃんも面白かった?」

背中で聞こえた声に、啓斗は慌てて振り返る。
そこには無人の車両が、ゆっくりとホームから滑り出していこうとしていた。
啓斗の頭の中に、少女たちがドアの外へ放り出された瞬間が浮かび上がる。
少女を助けようとのばされた手。
巻き込むまいとそれを拒否した手。

「・・・俺は・・・俺たちはあの二人と変わらない・・・のか?」

ホームから出てゆき、次第に遠くなる列車の灯りを見つめたまま、啓斗はしばらくその場を動くことができなかった。

The End.