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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


二つの依頼
□オープニング
 その依頼人がきたのは昼過ぎだった。
 依頼人は二人、笠陽平(りゅう・ようへい)とその母・笠夏海(りゅう・なつみ)である。
 それぞれ、俳優と演劇評論家として著名な人物である。
「それでご用件は?」
 夏海が促すように陽平を見た。仕方なさそうに陽平は口を開いた。
「……妻がいなくなりました。探して欲しいんです」
「奥様、と言いますと作家の……」
「そう。仁科妙(にしな・たえ)です。実は妻が2週間前からいなくなりまして……」
 妙だなと草間は思った。
 仁科妙は人気の推理作家である。陽平と妙が結婚したのは1年前である。以前は女性の噂が華やかだった陽平も結婚後は女性の噂は絶えていた。独身貴族を落ち着かせた美人作家。そんな見出しが当時のスポーツ新聞に躍っていた。
 そんな夫婦仲ならば、取り乱している方が自然だ。だが、陽平は母親の様子を伺うだけで、妻の行方不明に心を痛めている様子はない。
「妙さんが行方不明になった時の状況は?」
「妙は新作の為の取材旅行に出かけると言っていたんです。ですが、予定の期日を過ぎても帰って来ないし、予定の宿泊先にも行っていないらしいのです」
「では、取材旅行の当日からいなくなったわけですね。何か不審な点はありましたでしょうか?」
 途端に陽平が黙り込んだ。夏海が口を開く。
「妙は、何かに見られているようだと言っていました。突然悲鳴をあげて飛び起きたりしていましたし……。その……幽霊を見たと言っていたのです」
「母さん。あれは妙の誤解に決まってるじゃないか、それをわざわざこんな所まで来て……」
「首に長い髪の毛が絡まって首を締めていたのも誤解だって言うの!?」
 夏海の言葉に陽平はしぶしぶ黙った。差し出された妙の写真は髪が短かった。笠家には髪の長い女性はいないという。
「あの子は……妙は気立てのいい娘です。今頃どこにいるのか……。危険な目にでもあっていたらと思うと……。どうか見つけてあげてください」
 夏海が深く頭を下げるとしぶしぶ陽平も頭を下げた。

 もう一人の依頼人が現れたのは夕方に近い時間だった。
 瀬戸内海の小さな島で民宿「さざ波」を営んでいる三国俊保(みくに・としやす)と彼は名乗った。
 漁師を兼ねていると言う日に焼けた青年は突然頭を下げた。
「楡さんを、うちのお客さんを助けてあげて欲しいんです」
 差し出された写真を見て草間は驚いた。彼女を見るのは二回目だ。そう、その写真に写っているのは紛れもなく仁科妙だった。
「この女性が楡さん?」
「はい。楡天音(にれ・あまね)さんです」
 どこかで聞いたような名前だ。草間はそう思った。しかし、どこでだったか思い出せない。
「実は彼女はお腹のお子さんを流産してしまって、傷心旅行でうちに来られたお客さんなんです。でも、いつも具合が悪そうにしていて、訊ねたら幽霊に悩まされているって」
 ますますどこかで聞いたような話だと草間は思う。
「うちのお袋が気遣って一緒に寝てやったらホントに出たんです。顔は良く見えなかったんですが、ショートヘアの女性の幽霊が」
 助けてあげてくださいともう一度俊保は頭を下げた。
「……もう一度確認しますが、この女性の名前は楡天音さんで間違いないんですね?」
 頷いた俊保は東京の人だと言っていました。そう思い出したように付け足した。

 俊保が帰った後、草間は改めて二枚の写真を見比べた。同一人物にしか見えない。
 何らかの事情があったにしても、別人を名乗る事が不思議だ。記憶喪失などと安易に片付けられない何かを草間は感じていた。
「草間さん」
 零がやってきて、書類を手渡した。やはり、と草間は目を細めた。
 楡天音は笠陽平と同じ事務所に所属していた。もう契約は切れているので現在の彼女がどこで何をしているのか判らない。
 二十代前半の天音は長い黒髪の美人だった。
 これはただの事件ではない――。草間は確信を深めた。
 さて、誰にこれを頼むべきか。草間は考えを巡らせた。

□顔合わせ
 翌日の昼下がり、草間興信所にこの件に関わる4人が顔を揃えていた。
「どう見ても同一人物にしか見えないよね」
 霧原鏡二(きりはら・きょうじ)が見ている写真を横から覗き込んで言ったのは御堂真樹(みどう・まき)だ。視界を遮られて苦笑した霧原が御堂の頭を空いている手で少し押した。
「何? 鏡兄」
「真樹、見えない」
「あ、ごめんなさい」
 一瞬不思議そうにした御堂が慌ててちゃんと座りなおしたので、霧原はようやくじっくりと写真を見る事ができた。
 怒ってる? とばかりに首を傾げて見上げている御堂の視線に気が付いて、霧原は彼女の頭に軽く手を置いた。安心して御堂は笑顔を浮かべる。
 その様子を微笑ましいと感じたのか、向かい側に座っていたシュライン・エマが小さく笑いを漏らした。霧原とは既知の仲だったが、こういう面を見るのは初めてだった。
「何か?」
「いえ、別に。確かに御堂さんの言う通りね。こっちの写真の楡さんとその写真の楡さんもとてもじゃないケド同一人物に見えないわね」
 エマの手元にあるのは取り寄せた楡の写真である。御堂は大きく頷いた。
「でも、この楡さんって人、綺麗だけどちょっと気弱そうですよね。仁科さんの方が明るい感じ。こういう人が学校の先生だったら人気がありそうだと思いません?」
「そうかもしれないわね。でも、同じ顔でも楡さんの方が柔和に見えるわ」
 同じ顔立ちでも浮かべる表情で随分印象が変わるものだとエマは思った。
「そう……同じ人間でも中にいる心が……魂が人と言うものを変える……そういうものだわ……」
 捉えどころのない、たおやかな口調が口を挟んだ。シャルロット・レインが小さく傾げた首の動きにつられて髪が揺れる。その動きはどこか人形じみていた。
「同感だ。姿形が同じだからって、中身が違えば違う風に見えるものさ。双子だってそうだろう」
「ええ……。逆に姿が似通っていなくても……心の在り様や魂が同じなら……似通って見えるものですわ……」
 レインの言葉に霧原が首肯する。御堂は顎に指を当てて少し考えてから口にする。
「それって、こっちの楡さんと、本物の楡さんの中身が同じって事?」
「ぱっと見る限りはな」
「となると、やっぱり『さざ波』に出る幽霊って言うのは本物の妙さんって事かしらね」
「……はっきりするには……会って見るしかないでしょうけど……」
 恐らくそうでしょうとレインは頷いた。
「写真……お借りしても……?」
 同じ事を言おうとしていた霧原の様子に気がついてレインはあらと首を傾げた。それまで黙っていた草間が口を挟む。
「ああ、今焼き増しした分を零に取りに行ってもらってる」
「焼き増し? ネガをもらったわけじゃなかった筈よね」
「ああ。確かに写真があればネガも作れますね」
 霧原の言葉に草間は頷いた。
「もうそろそろ零が戻ってくる頃だ。妹から受け取ってくれ。出発は明日の朝一番になるから、それまでは各自準備や調査に当ててくれ」
「何で明日なんですか?」
 御堂が首を傾げて草間に尋ねる。エマが彼に代わって答えた。
「『さざ波』のある島に渡る連絡船は一日一回しかないのよ」
「……今から行っても……間に合いませんのね……」
 納得した様子のレインとは裏腹に御堂は驚いている。
「それって、どうやって通学するんですか?」
「高校に行く人は島外に住むんだよ」
 霧原の言葉に成程と頷いた御堂だった。

■コーポタナカにて
 エマは楡の住んでいたアパートを訪ねる事にした。何か彼女に関する手掛かりでもあれば、と思ったのだ。そのアパートはコーポタナカという少し古ぼけていて、なんだか一昔前のドラマに出てきそうな風情だった。
 恐らくはタナカという人が大家に違いないと思っていると、予想通りというべきか、101号室の住人の名は田中というらしい。101号室には管理人室の札も下がっていた。
 一階の端にある管理人室では人の良さそうな――良くも悪くも世話焼きの近所のおばちゃんといった感じの――中年女性がエマを迎えた。
 不審げな彼女に少し考えて、エマはある人から楡の力になって欲しいと依頼があった旨を告げる。
「その依頼人ってどこの誰?」
「依頼人の名前は明かせない事になっています」
「秋田に住んでる?」
「いえ、南の方の……」
「民宿の名前は大波だっけ?」
「いえ、さざ波ですって何で……」
 ついつられてしまってエマは驚く。まさか楡がここに連絡しているとは思わなかった。しかし、逆に田中は安心したようだった。
「あの子はね。芸能界みたいな浮ついた世界には向いてなかったんですよ。秋田の田舎からデビュー目指して上京して来たんだけどね。まあ、いつまで続くかと思ったら、必死で頑張ってるじゃありませんか。あんな真面目な子が報われないなんてろくな世界じゃありませんよ」
 相当鬱屈が溜まっていたのだろう。彼女は憤懣やる方なしとばかりに喋り始めた。その勢いはエマが口を挟む隙もない程だ。
 五分ほど話すと、ようやく手元の湯飲みを取って一口啜る。エマはこれを逃してはならじと口を開いた。
「あの楡さんが今どこにいるかご存知ですか?」
「……あなた、あの笠陽平をどう思います?」
 反問されてエマは目を丸くする。じろりと見つめる瞳がひどく真面目である事に気がついて、素直に感じたままを口にした。
「正直な所好ましいとは思えませんが……」
「あの男はね、天音ちゃんに誠意の欠片もないひどい仕打ちをしたんですよ。子供の事も自分で何一つ言いに来やしない。事務所の人間がなんて言ったと思います? 『他の女もこの金額で満足している』ですよ? 天音ちゃんはあの人は純粋な人だって言いますケドねぇ。私にはとてもとても」
「……ひどい話ですね」
 同じ女性としてその仕打ちを受けた際の辛さは想像するまでもない。田中は深く頷く。
「流産したのはその直後ですよ。病院でもずっとうなされてました。……可哀想に」
 深く頷いたエマに田中はその直後に楡が事務所の人間と会わないで済むようにウィークリーマンションを手配した事、そこからも楡が消えてしまった事などを話し始めた。
「じゃあ、その後の楡さんの消息は?」
「一年近く途絶えてたんですがね。この間ようやくさざ波にいるって連絡を貰ったんですよ」
 しばらく楡についての話をした後、帰る前にエマはふと思いついて聞いてみた。
「その事他の方に言ったんですか?」
「天音ちゃんの居所? 笠陽平との事?」
「両方です」
「どっちも天音ちゃんが困るでしょう。あんなろくでなしでも惚れた男だからねえ」
 成程と納得したエマは管理人の部屋を辞した。

□連絡船にて
「結構揺れる物なんですねえ」
 波とフェリーの音に負けないような声で御堂が言う。フェリーといっても車を乗せられない小型のもので、何を受けて時折大きくゆれる。
 船室ではなく、甲板に並べられた椅子に陣取った4人の中でも御堂は寒さにめげずにはしゃいでいた。物珍しいのだ。
「今日は天気も良いし、波の高さもそんなになかった筈だから、揺れも大人しい方じゃないかしらね」
 エマの言葉に霧原も頷く。
「しかし、寒いですね。とっとと打ち合わせて船室に入りましょう」
「そう……ね」
 船室の中で打ち合わせないの理由は単純だ。他の客がいるからだ。
 列車内も同じ理由で避けてきた。多少なりとも名が売れている人間が依頼人で、ましてや、内容によってはスキャンダルにもなり得るとなれば、人目を避けるしかない。
「はいはい! 私が聞き込んだ所に寄りますと笠陽平って人はですねえ」
 御堂の言葉にエマが眉を寄せる。
「……誰に聞き込んだの?」
「え!? あ、お、お手伝いさんに」
 家妖精は家の事を手伝ったりする事もある。だから嘘は言っていない、そう自分に言い聞かせた御堂の言葉にエマは納得する。
「ああ、家政婦さんね。確かに信頼できそうね」
「でしょ? 笠陽平さんって格好良いとかモテル男ってイメージじゃないですか? でも、中身は単なるお坊ちゃんなんですって! そういう事言われたら嬉しくて誰にでもふらふらっとついてっちゃうような部分があるらしいんですよ」
「……なんか情けなくない?」
「ですよねえ。んで、独身時代は相当ふらふらしてたらしいです。誘われたら即乗っちゃうような」
「だからあれだけ噂も華やかだったって訳ね。楡さんもその中の一人だった訳ね」
 エマのまとめた楡の報告書を読み終わった霧原がレインに手渡しながら言う。
「よく身辺整理がつけられたなと思っていたんですが、どうやら事務所がやってたみたいですね」
「心底情けないわよ、それ」
「俺もそう思います。仁科妙ですが、密室殺人とかそっちの系統が得意みたいで、あんまり取材旅行が必要なタイプじゃないみたいですね」
「陽平さんは……、妙さんがあてつけで取材旅行と称して……連絡を絶ったと思っていたわ……」
「だから、心配していなかったわけですか」
「天音さんが……妙さんに働きかけていた事も……ただのノイローゼだと……」
「しかし、実際に楡さんは妙さんを恨んで、そして今は取り憑き乗っ取っているって事かしらね?」
「少なくとも楡天音とさざ波にいた仁科妙のオーラは同じでした」
「妙さんは……追い出されて……さざ波に霊として現れた……」
「楡さん、死んでいるのかしら」
 エマの言葉にレインと霧原が微妙な表情を浮かべた。
「あのオーラは死者の者とは思い難い。……が、実際に会って見ないとなんとも言えません。取り憑いているせいで、そう見えるだけかもしれませんし」
「……彼女の実家の……病院を捜してみては……どうかしら?」
「なら、秋田市内の病院を当たってみてはどうでしょう?」
 霧原はダウジングの結果を思い起こして言った。秋田市の北部で反応を見せた振り子。それが果たして病院をさしているのか、墓場をさしているのか、霧原には判断がつかなかった。しかしその件について調べる時間も足りずにここへ来ていた。
「そうね。それじゃあ、その件は武彦さんに頼んでみましょう」
「ねえ、ちょっと気になったんですけど。さざ波にいる妙さんが楡さんだったとするじゃないですか。そうすると三国さんの依頼ってどうなるんです?」
「え?」
「三国さんが助けて欲しいのは、天音さんなんですよね。妙さんじゃなくって」
 ぽつりと思いついたように御堂が言った言葉に彼らは沈黙した。

□さざ波
 エマとレインは民宿さざ波の前まで来ていた。霧原と御堂は仁科の霊体の居場所に心当たりがあるからと別の場所へと向かっていた。
「草間興信所から派遣された者ですが」
 応対に出てきた青年にそう言うと彼は破顔した。
「お待ちしてました。こっちです」
 そう言い、前に立って歩きながらも待ちきれないのか、奥に向かって声をかけている。
「母ちゃん、天音ちゃん。草間の人が来てくれたよー」
 エマは制止する間もなく三国が奥へ向かって叫んだ事で多少慌ててしまった。
 本来なら先に彼らに彼女が楡天音ではなく仁科妙だと伝えておきたかったのだ。
「天音ちゃん良かったねえ、これでもう、うなされなくても済むかもしれないよ」
 そんな声と共に、楡天音が三国の母親に連れられて出て来た。
「あなたが……楡天音さん……?」
 レインが問い掛けると楡は素直に頷いた。
「楡さん、あなたが流産したというのは笠洋平さんの子供ね」
 単刀直入なエマの言葉にはっとしたように楡はエマの方を見直した。
「……ええ」
「今は西暦何年ですか?」
 突然何を妙な事をという視線で三国とその母親が見守る中、楡が淡々と今日の日付を答える。
「ここに出るという幽霊は……仁科妙さん、ですね」
「幽霊の正体がわかってるんですか!?」
 割り込んだのは三国だ。エマは頷きを返す。
「ええ。正しくは幽霊ではありません、楡さんによって体から追い出された仁科妙さんです」
「変な事言わないで下さいよ! 大体、お二人は楡さんを助けに来てくれたんじゃないんですか!?」
 三国が楡を庇うように立つ。彼の母親もまた同じように楡の肩を守るように抱いていた。エマは二人の様子にどう説得したものかと逡巡した。
「あなたは……楡さんを助けたいの? ……それは、その体の持ち主の楡さん? ……それとも……楡さんの心?」
 突然レインにそう問い掛けられて三国は戸惑ったようだった。
「遅れてスイマセン! 仁科さん連れてきましたぁっ!」
 その時駆け込んできたのは霧原と御堂だ。大きく肩で息をしている御堂とそれほど息を乱していない霧原の間にうすぼんやりとした霊体がいるのがエマにも判った。
「仁科妙さん?」
 頷いた仁科の霊が何事かを口にしたがそれはエマの耳にも御堂の耳にも届かない。三国親子にしても同じだったようだ。霊体のある辺りに目をやってはいるものの、声が聞こえた様子はない。しかし、霧原とレインの耳にはその声が確かに届いていた。そして楡の耳にも。
――返して……。私の身体を返して……
「し、知らない! 私はあなたなんて知らないわ!」
「嘘だな。笠陽平の妻である仁科妙をあんたが何故知らない?」
「これ、仁科妙さんの本です。裏、見てください。著者近景が載っています」
 三国が御堂から受け取りひっくり返した新書には仁科妙の写真がある。それは楡天音と名乗る彼の後ろの女性と瓜二つだった。
「この人が仁科妙……」
「楡さん、夏海さんが、妙さんを心配しているの。その体を妙さんに返してあげて」
「楡さん、私思うんだケドさ。あの、笠陽平って人そこまで執着する価値、ないと思うよ。ずっと羨ましくて見てたんでしょ? だったら判ってるんじゃないの?」
「あんたの魂の糸は既に肉体から切れている。死んでいるんじゃないのか? それなら行くべき所がある筈だ」
 口々に楡に説得の言葉を投げかける三人を尻目にレインは楡を守るように立つ母子を見ていた。その姿に陽平よりも、楡よりも、仁科よりも強い願いを感じていた。
「……ずっと、仁科さんを見ていました……。あの人と結婚した彼女が羨ましくて、悔しくて嫉妬しました。仁科さんになりたくてなりたくて仕方が無かった……」
「天音ちゃん……?」
「気がついたら、私と仁科さんが入れ替わっていました。私、怖くて……」
「このままじゃいけないの、判るわね?」
 エマの言葉に楡は頷く。
「でも、どうしたらいいのか、分からないんです」
「……俺がやろう」
「鏡兄が?」
「楡の魂を仁科の体から引き剥がして仁科の魂を戻す。厄介だが、出来ないわけじゃない」
 肩を竦めた霧原に御堂が大丈夫か問い掛けるように小さく首を傾げた。
「待って……、天音さん、あなたは……本当はどうしたかったの? 陽平さんの奥さんになりたかったの?」
 楡は黙って首を振った。
「出来るなら……、ずっとさざ波で俊保さんや、おばさんと一緒にいたかった。管理人の田中さんにもう大丈夫だよって安心させてあげたかった。ずっと心配かけていたから」
「判ったわ……、霧原さん……楡さんを仁科さんの外に……連れて行くのは私にさせてもらえるかしら……?」
「え? あ、ああ。構わないが」
 レインは優雅な手の一振りでそれを行った。ギョッとしたように霧原がレインを見直す。御堂は彼女の側にいた妖精からそれを聞かされてかなり愕然と呟いた。
「うそぉ……、そんなの出来るの?」
 レインが僅かに笑みを浮かべる。崩れ落ちた仁科の体の上に楡の霊体がいる。彼女は驚きの表情を浮かべた後、礼を言いその場から消えた。それと同時に仁科の霊が彼女の体に戻る。
「どういう事なの?」
「天音ちゃんはどうなったんですか?」
「もう少ししたら……判りますよ。……まずは仁科さんを……休ませて上げないと」

□エピローグ
 次の日の朝には仁科妙も既にさざ波にはいなかった。
「まさか、洋平さんが来るとは思わなかったわ」
「でも、ここへの連絡便って一日位置往復じゃありませんでしたっけ? どこにいたんですか?」
「帰りに使った方法と同じなんじゃないのか?」
「そうじゃないかしらね。水上タクシーなんてねぇ」
 そう、水上タクシーと呼ばれる船を頼めば時間外であっても島へとわたる事が出来るのだった。タクシーとは道の上を走るだけではないのである。
「仕事が終ってから直で来たとか言ってたケド、それなら最初っから来ればいいと思うんだけどなぁ」
「陽平さんは……幽霊の事を本気にしていなかったから……、それが本当だと知って……やっと心配になったんでしょう……」
「まあ、話に聞く情けなさっぷりよりはマシな男だったって事ね」
 その場にいた唯一の男性である霧原は軽く肩を竦めた。
「しかし、楡天音が生きていたとはね」
 探るように向けられた霧原の視線をレインは静かに受け止めた。
「もう少し遅れていたら……完全に糸が途切れていた事でしょうね……」
 彼の目には既に切れたように見えていた。自分の目が正しいのか、レインの方がより鋭敏だったのかは彼には判らない。
「三国さん、天音さんに会いに秋田まで行くんですってね」
「うまく行くといいですよねえ」
「本人達次第だろうな」
「鏡兄、その言い方ちょっと冷たい! そういうのもてないよ」
「そうか」
「まあ、鏡兄のお嫁さんには私がなるからもてなくてもいいんだけどね」
 一瞬沈黙してから、おざなりに返事をした霧原に不満そうな声を御堂があげる。
(何処も女性の方が積極的に出ないと駄目なのかしらね……)
 そんな事を思いながら、エマが思い浮かべたのは、やはり煮え切らない煙草が好きな探偵の事だった。

Fin.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0081/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 1074/霧原・鏡二(きりはら・きょうじ)/男性/25/エンジニア
 1158/シャルロット・レイン/女性/999/心理カウンセラー
 1161/御堂・真樹(みどう・まき)/女性/16/高校生

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 遅くなって大変申し訳ありません。
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。
 エマさま、二度目のご参加ありがとうございます。
 楡を調べるというプレイングの部分を中心に書かせていただきました。
 ただ、実家が秋田だった為、楡が世話になっていた管理人さんとの会話がメインになってしまいましたがいかがでしたでしょうか?
 また、今回は草間さんと零ちゃんとの絡みがあまり書けなかったのが個人的に残念であったりします。
 各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後のエマさまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。