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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


君と僕の絆

◆断たれた絆
「三下編集長、おはようございます!」
 扉を開けた瞬間かけられた言葉に三下・忠雄は我が耳を疑った。
「へん、しゅうちょう……? って編集長は碇さんだろう?」
「碇……? 誰ですか、その人」
 編集部の女性はさらりと答えた。
 唖然と目を瞬かせる忠雄の耳元で、子供のような笑い声とともに声が鳴り響いた。
「これが君の望みだったよね……願いが叶った気分はどうだい?」
「だ、誰だ!?」
 驚いて辺りを見回すが声の人物らしき者は見当たらない。
「怖がる必要は無いよ……ボクはいつも君を見ていた。君が喜ぶ顔をみたかったんだ。どう? 気に入ってくれた? ボクのプレゼント……」
 はっと天井を見上げるとそれはいた。
 古めかしい着物姿の少年が、天井に逆さになって立っている。肩まである真っ黒な髪が顔を半分以上覆っているため、表情はよく分からない。
 天井に佇む少年は口元に笑みを浮かべたまま、すぅ……っと空気に溶け込んでいく。
「まって! 碇編集長は……麗香さんはどうした!」
「彼女ならふさわしい場所に送りつけてやったよ……彼女に君はもったいなさ過ぎるもの……」
「……どういう意味だよ、それ……」
 天井を見上げて叫ぶ忠雄を怪訝に思ったのか、編集部の一人が不思議そうな顔で忠雄に問いかける。
「編集長、どうかしましたか?」
「……いや、何でも無いよ」
 顔を伏せ、忠雄は自分の机においてあった写真の無い額をそっと手に取った。
 
 その頃。
 「月刊アトラス」と同じ出版社である「週刊コスモ」編集部はちょっとした話題で盛り上がっていた。
「先日来た新人の子、見たか?」
「ああ、ちょっとキツそうだけど結構美人だよな」
 コスモ編集部に念願の紅一点がようやく到着らしい。男達の好奇の目にさらされながら、彼女は栗色の髪をかきあげてポツリと呟いた。
「………なんで私、ここにいるんだろう……」
 その胸にはシンプルな文字で「碇・麗香」と記されたプレートがつけられていた……

●少年の想い
 ガチャリと扉が開き、体格の良い女性がアトラス編集部に入ってきた。赤い短髪がよく似合う、快活そうな女性だ。
「麗香いるー? この前言っていた「とろけるプリン」っていうの買ってきたよー」
 女性ー深奈・南美(みな・みなみ)はコンビニの袋を提げたまま編集長の席へと歩み寄る。が、そこにいたのは彼女の予想に反し、うつろな瞳をした忠雄だった。
「……おい。何であんたがここにいるの……? ここは麗香の席、だろうが」
 南美の言葉を無視して、忠雄は黙々と作業を続けている。
 バンッと激しく机を叩き、南美は忠雄の胸を掴み上げた。
「こらっ! 人が話しかけている時はちゃんと相手を見なさいっ!」
「……う……」
「麗香はどうしたの!? 事と次第によっちゃタダですまさないよっ!」
 編集部内に響き渡る南美の怒鳴り方に、アトラスは一時騒然とした。
 南美には一旦、忠雄を離し、改めて問いかける。
「……で? 何か言ってくれなければ、分からないよ?」
「男の子が……」
 そう言い、忠雄はよろよろと天井を指差す。
「……男の子があそこに立っていて、言ったんだ。「僕の望みを叶えてやった」って。確かに編集長の座は夢だったけど、麗香さんのいない編集部なんて……こんなの、違う……」
「ーー麗香はどこに?」
「……分からない」
「なら、何時までもこんなとこに居ないで探す方が先決。それともあんたはずっとこのままメソメソしているつもり……?」
 リリ…と、南美の胸元から軽快な音楽が鳴り響いた。南美は胸ポケットから携帯電話を取り出し、電源を入れる。
「……ボクの三下さんをイジメないで……」
 ひどくノイズまじりで聞き取りにくいが、あの時聞いた少年の声だ。目を見開く忠雄に視線で合図を送り、南美は電話の相手に語りはじめる。
「あんたか。麗香をどこかにやったのは」
「三下さんをイジメる人は許さないから……!」
 乾いた音をたてて、傍らにあったコーヒーカップが破裂する。細かい破片と残っていたコーヒーを何とか避け、電話の向こうに話しかけようとしたが、既に通信は切られていた。
「こいつはやっかいな相手に気に入られたらしいな……」
 じろりと南美は忠雄を睨みつける。
 忠雄はゆっくりと備え付けの電話を手に取り、ダイヤルを押していく。
「……もしもし、草間さん……? 霊媒の専門家を紹介して欲しいんだけど……」

●依頼主と専門家
「ご依頼有り難うございます。『反魂屋』の巫・聖羅(かんなぎ・せいら)です」
 どこから見ても女子高校生風の少女が深々と頭を下げた。うさん臭げに南美は聖羅を見下ろす。
「あんたが……おはらいの専門家、ねぇ」
「あら。外見で人を判断しない方が良いですよ。これでも実力はある方なんですから」
 にこりと聖羅は微笑み返す。2人の間に少し緊迫した空気が流れたのを敏感にキャッチし、忠雄はそろそろと部屋を出ていこうとした。扉を開けた瞬間、勢い良く忠雄の胸にいつでも元気な少年、水野・想司(みずの・そうじ)が飛び込んできた。
「うわっ! あー……想司君か。驚いたぁ」
「三下さんっ! 編集長に嫌われたんだってね! 仲直り出来る良いもの持ってきたよ!」
 言いながら想司は懐から革製のムチを取り出した。手応えを確かめようと、軽く一振りソファに振り下ろす。スパン、と鋭い音を立てて、ソファは半分に切り裂かれた。
「ん。キレ味もばっちり♪」
「良すぎるわぁ! ぼ、僕を殺す気か! 君は!」
「やだなー。僕は三下さんのためを思って、一番良いのを選んできたんだから♪」
 つめよる忠雄に想司はあっけらかんと答える。
「あ、そうだ。僕、編集長を呼んでくるねー。ここで待ってて」
 言うが早いか、想司はくるりときびすを返し、廊下を駆けていった。
 呆然と立ち尽くす忠雄に、儀式の準備をしながら聖羅が尋ねた。
「そういえば、三下さんに取り憑いたっていう幽霊なんだけど……何か心当たりは?」
「……いや。全く……」
「んー……と、なると幽霊の方に聞いてみるしかないか。南美さん。電波の状態は?」
 南美は携帯を確認し、こくりと頷く。
「OK。それじゃあ始めるとしますか」
 聖羅は呼吸を整え、鋭く声を張り上げた。
「三下忠雄にゆかりのある者よ! あたしの声が聞こえるならばその姿を現しなさい!」

◇勇気と力
「ところで三下。あんた……俺がくるまでずっとメソメソしていたのか?」
 ずばりと痛い所をつかれて、忠雄はぎくりと身を固まらせる。
「そう、なんだな」
 すっ……と南美は目を細めた。あわてて忠雄は言い訳じみた返事を返す。
「だ、だって……僕には皆みたいに力なんて持ってないし、どうしたらよいか分からなかったし……それに……」
「それに、このまま『編集長』と呼ばれるのも悪くない。そう思っていたんだろう」
「……う……」
 南美は額に手を当て、大きくため息をついた。じろりと忠雄を睨みつけ、ぐいっと胸ぐらをつかみあげる。
「いいかい。今のあんたは、何処の馬の骨か分からないガキに祭り上げて浮かれれているだけ。このまま続けていくと必ず何処かに何かしらのきしみが出てくる……本当に編集長の座が欲しいのなら、自分自身の手でつかみ取るんだよ……!」
「……で、でも……」
「言い訳しない!」
「は、はい!」
 南美が手を離すと、腰が抜けてしまったのか、忠雄はそのままストンとその場に腰を座り込んでしまった。
「皆、静かにして‥‥『彼』が来るよ……!」
 凛とした聖羅の声が響く。
 南美は念を押すかのように、もう一度忠雄に告げると、その身を起こしてやった。そして耳元でそっと囁く。
「もう少し、しっかりしないと……折角近くにある青い鳥を逃がしてしまうからね。頑張りなよ……」

●暴走
 聖羅の作った結界に現れた少年は不敵な笑みを浮かべて彼らを見ていた。
 南美はぐいっと忠雄に指を突き付けて怒鳴りつける。
「用件は分かってるだろう? さっさと元に戻しな!」
「何それ。ボクをおどしてるつもり……?」
「早くしないとあんたの大切な人の頭がふっ飛ぶよ?」
 だが、相変わらず少年は笑みを浮かべたままだ。
 聖羅は少年と南美の間に割り込み、冷静に問いかけた。
「ねえ、何でこんな事したの?」
「何でって……三下さんが喜ぶと思ったから」
「どうして? 何で三下さんをよろこばせたいの?」
 長い沈黙が流れる。
 少年はうつむいたまま、ぽつりと呟いた。
「……それは……ボクを助けてくれたから……」
「三下さん。何か思い当たる事は?」
 忠雄は肩をすくめて首を横に振る。
「よければ詳しく教えてくれないかしら?」
 聖羅はじっと少年を見つめた。
 少年がその口を開けて何かを言おうとした瞬間。
 音も無く少年の左腕が身体を離れて、床に転がり落ちた。
 少年は呆然と床に転がる自分の腕を見ていたが、みるみる恐怖の顔色をみせて声の限り叫んだ。
「あぁあぁぁっ!」
 聖羅が振り返ると、入り口付近に無表情な想司が立っていた。右手にムチを持ち、左手に何本ものナイフを握っている。
 想司はとんっと地を蹴り、目に見えぬ早さでナイフを投げ付けてくる。
「ちょ、ちょっと、あんた!」
 南美は次々とくり出されるナイフから忠雄を守るため、素早く共に机の下に身を隠した。
 想司はやすやすと結界の中に入り、呆然とする少年をナイフで斬りつけようとする。
「だめっ!」
 聖羅は想司を止めようと、あわてて駆け寄った。
 だが、聖羅の手が届くより早く少年は掻き消え、想司はその後を追うかのようにガラス窓を割って、外に飛び出していった。
「……聖羅くん、それ……」
 忠雄は聖羅の足下に小さな何かが落ちているのに気付く。言われて、聖羅はそれを拾い上げた。
 それは何かの足のようだった。黒くて、少し粘っこくて……足の先に少し毛が生えている。
……どこかでみたことあるような……
「……ま、まさか……こ、これ……!?」
「あっ。あの子、もしかして……」
「何か思い出したのか?」
「ああ。彼の正体が分かったよ。あの子、この前助けてあげたゴキブリの化身だ! きっと」
『…………』
 2人の顔に明らかなまでの怪訝な表情が浮かんだ。それを気にせず、忠雄は更に言葉を続けていく。
「先週、ものすごく大きなゴキブルが出てきてさ、麗香さんがスリッパで叩き殺そうとしていたんだ。何となく可哀想に思って、こっそり窓から逃がしてあげたんだよ。まさか、恩返しに来てくれるなんてなー」
「ーーんなわけ無いって」
 聖羅は丁寧にウェットティッシュで(特に拾い上げた右手を)丁寧に拭きながら、横目でじろりとにらみ付けた。
「……とにかくあの子達を探しにいくとしようじゃない」
 そう言い、南美はゆっくりと立ち上がった。
「そうね……なんか、放っておけない感じだったし。あの幽霊の正体も突き止めなくちゃ」

●呪は解かれて
 3人が屋上の扉を開けて目にしたものは、無表情に立ち尽くす想司の姿だった。その足下にはゆうに15cmはあるだろう、かなり巨大なゴキブリがナイフに身体を貫かれて床に突き刺さっていた。
「……想司……」
 聖羅はそっと想司を抱き寄せた。目標を破壊した想司は両目を細め、聖羅に身体をゆだねる。
 床に刺さるナイフを抜き取り、南美は大きく息を吐いた。
「しっかり死んでるわね。さて……どうしたものか」
 携帯で存在を確認するが、霊のいる様子は無い。
 仕方なく、一行はアトラス編集部へと戻っていった。
 
「お帰り。どこに行ってたの?」
 聞き慣れた声が一行を出迎えた。
 艶やかな紅を口元に引いた麗香が、編集長の席に座っている。
「……麗香、さん?」
「ちょっと、何時からそう呼んで言いっていったかしら。ここにいる時は『碇編集長』でしょ。三下」
 じろりと麗香は忠雄を睨みつける。途端、力が抜けてその場にしゃがみ込む忠雄の横で、南美がぽつりと呟いた。
「そうか……術をかけた本人が死んだから、その効力が消えたのか」
「は、はは……よかった……」
「ぜんっぜん、良くないわよ三下。原稿上がってないじゃない。これじゃあ次の締め切りに間に合わないわよ。そこのあんた達も手伝っていってよ。人手は多い方が良いんだから……!」
 麗香はポコンと原稿で忠雄の頭を叩き付ける。みるみる笑顔になり、忠雄は元気な声を張り上げた。
「……は、はいっ!」

 ---おわり---

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/年齢/職業      】
 0424/水野・想司/ 男/14/吸血鬼ハンター
 1087/ 巫・聖羅/ 女/17/高校生兼
                 『反魂屋(死人使い)』
 1121/深奈・南美/ 女/25/金融業者

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。「君と僕の絆」をお届け致します。

 今回は見事にテーマにそった内容の依頼文が届き、かなり嬉しかったですね。
 うっかり暴走気味の展開になってしまいしましたが、楽しんで頂けたでしょうか?
 
深奈様:三下を精神面で支えて下さり有り難うございました(笑)力強い姉御といった感じに描写させて頂きました。多分、深奈的には色々腑に落ちていないでしょうね。特に三下の頼りないところとか……いっそ厳しい所で鍛えてもらった方が良いかもしれませんね。あやつは。

 それでは次回、また違うお話でお会いしましょう。
 
 年の瀬が近付きつつ、忙しい時期かと思いますが。
 くれぐれも無理はしないよう、程々に怪談を楽しんでいって下さいね。

----------谷口舞 拝----------