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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:飼育者の頁
執筆ライター  :戌野足往(あゆきいぬ)
調査組織名   :ゴーストネットOFF
------<オープニング>--------------------------------------
 同人誌即売会『天上遊月』。
 一人の青年が写真と見紛うばかりの出来のCG集を販売していた。
 テーブルに並べられた見本には、七色に輝く光の文様と羽の生え
た女悪魔、そしてそれらとは似つかわしくない安普請の部屋が妙な
リアルさを醸し出している画像が並べられている。
「悪魔っ娘だ‥‥‥」
 高巻善次郎(たかまき・ぜんじろう)がそのテーブルの前で足を
止め、その見本に目を奪われる‥‥‥が、それを後ろで見ていた黒
髪の眼鏡の女性がベルトを引っ張ってそこから引き離そうとする。
「もう、予算オーバーでしょ!」
「これは買わせてくれよっ!! すっごい出来だよ、まぢで。まる
で生きているようだ‥‥‥」
 それを聞いた青年の口元が僅かに綻ぶ。
 
 ‥‥‥‥‥‥。

 結局高巻はそのCG集『飼育小屋』を手に会場を後にしていた。
 部屋に帰るのを待ちきれず、早速紫の紐で閉じられたその本の封
を解いてその頁を手繰って行く。
「うわ‥‥‥すっげえ」
 見本を上回る出来の躍動感で女悪魔が頁の中に舞っていた。そし
て、色彩が纏わり付く文様が目に乱反射しながら飛び込んでくる。
「‥‥‥」
 それを覗き込んでいた女性、水野美奈(みずの・みな)は何か、
言い知れぬ不快感を感じていた。
 乱反射する文様が心の奥底に入り込み、その色彩とともにフラッ
シュバックする封印した筈の記憶。
『絶たれた痛みを永久を纏い、それでも貴女は生きていく?』
 恐怖と痛みで朦朧とする意識の中、自らの身体が『物』であるよ
うなそんな感覚の中聞こえる微かな声に、どうしようもない痛みを
覚える。
 そう、身体ではなく心の痛みを。
「わぁ‥‥‥いやあああああああっっ!!」
 突如として絶叫し、うずくまった美奈を善次郎は呆然と見つめて
いた。

 この日を境に美奈は自室にひきこもり、口を開く事も食物を口に
する事も無くなった。
 ただ、最低限の生活の維持は自分でするだけ、そんな生活。
 頭を抱える善次郎の携帯がメールを知らせる呼び出し音を鳴らす。
気が進まぬながらもそれを見ると、見知らぬ人物からのメールで
あった。いつもなら無視する所であるが、内容に心を動かされて思
わずパソコンに向かう。

『差出人:翠<midori@hatmail.com>
 彼女の魂を救いたかったら、ゴーストネットOFFに相談のカキ
コしたら? 総てが食い尽くされる前に‥‥‥』

------<篠宮夜宵の場合>------------------------------------
『天上遊月と言うイベントで購入した飼育小屋と言うCG集を見て
から、彼女の様子がおかしくなってしまいました。言葉を発する事
も無くなり、食事も摂らなくなって‥‥‥このままじゃ死んでしま
います。誰か、助けて下さい!
                        高巻善次郎』

 悲痛な叫び声は遊戯の始まりで、賽を渡した女は暗闇の大地の上
で静かにモニターを見つめる。
 凛とした空気が広がる闇夜は、星の輝きを鋭く地上に届けていた。
そして‥‥‥地上の灯りの中、この叫びに耳を傾ける者達もいる。
「そのような事がよもや起こり得る物なのですか‥‥‥。イベント
とはどの様な物かは分かりませんが、何らかの力に囚われたと見て
間違いないでしょう」
 別段として、このような事に関わりを持つ理由は夜宵には無い。
 お嬢様の気紛れ、と言われればそれまでなのだろうが、あまり気
紛れなど起こす性格でもない。
 何かを感じ取ったのであろうが、それは本人にしか分からない事
で。ともあれ返信を返そうとマウスを手繰る。

『どの様な事態に陥ったのか詳しく教えて下さい。若しかすると力
に似る事が出来るかも知れませんので』

 少々、機嫌の悪い夜宵が向かっているのは、『Papa's Kitchin』
と言うカフェで高巻との待ち合わせ場所である。
 普段冷静な彼女が何故にこうも機嫌が悪いのかというと、待ち合
わせ時間に若干遅れそうだからだ。
 とは言え、普通なら気にするほどのことも無く、2、3分の遅れ
といったところだろう。
 走れば間に合うのだろうが、人ごみの中ダッシュすれば、どんな
トラブルに巻き込まれるかもわかったものではない。
 かくして、いらいらしながらも道をてくてく歩いている夜宵。
 頼めば父の秘書が送ってくれもするのだろうが、渋滞に巻き込ま
れてもつまらないし、そんな所で公私混同するのも嫌な感じだ。
「あれがそうかしら? 看板か何か見えるとよいのですけれど」
 外観ちょっとカントリーっぽいカフェのようであるが、看板が出
ている訳でもなく判りづらい。高巻の地図では確かにここになって
いるのだが。
 が、近くまで歩いて行ってみるとここがそうであると言う事が分
かった。『Papa's Kitchin』と書かれた大きな青銅の板が地面に埋
めこまれていたから。
「さて、もういらっしゃるかしら?」
 店内に入って、ぐるりと見回してみる。
 かなり込み合っているが、一見して高巻だと思われる人物が特定
できた。
 分かりやすい目印として彼が指定して来たのは、黒のナックルガ
ード。
 そう言われてもナックルガードとは何なのか良く分からなかった
が、字面を見れば拳の保護具である事は分かる。
 まあ、確かにあまり普通の人がしている物とは言い難く、目印と
して分かり易いと言えば分かり易い。
 高巻善次郎と思われる人物は二人の男性といた。1人がまだ立っ
ている所を見ると彼は今来たのだろう。
 時間に遅れているのだから、急がないと。
「まずは時間に遅れ、申し訳ございません。高巻さんですね。私、篠
宮夜宵と申します。御相談を伺いに参りました。こちらの御二方もそ
うなのですか?」

 がたっ。

 夜宵が挨拶を終えた所で、後ろの席に座っていた男が突然立ち上
がった。
「さて、みんなそろったようで。俺は大上隆之介。ネットでは別の
名前名乗ったけど、それも呼びづれーだろーからさ。高巻さん、よ
ろしくな」
 よろしくな言いながら、その視線がこちらのほうを向いているの
が、怪しい所ではあるが、とりあえずこれで高巻が約束していた4
人と言うのが揃った訳だ。早速、高巻は本を一冊取り出した。
「これが掲示板でお話した画集なのですが‥‥‥とりあえず見て貰え
ませんか?」
 高級感のある表紙に紫色の組紐で、一見同人誌には見えないが。
「これは、羊皮紙ですね」
 出されたそれを見てクリスティナがそう言うと、隆之介と高巻だけ
驚きの声を挙げる。
「‥‥‥たかが同人誌に羊皮紙かよっ‥‥‥ってあれ? みんな驚か
ないの!?」
 たかが、ですか。人の努力にそのような事を申されるのはいただけ
ませんわ。
「いけませんわ、芸術家を志す方達がお金を出し合ってお作りになっ
た物をたかがなんて」
 夜宵の言葉に目が点になる隆之介。
 だが、あろう事か誰もツッコミを入れる様子も無い。まあ、文学系
の同人誌みたいな高尚な物もあるが、大体はもっと気軽な物である。
「羊皮紙か‥‥‥それって昔良く西洋の方で使っていた紙だよな」
 どんな物かと啓斗が手に取った瞬間、彼の表情が微妙に歪む。
「どうなされました?」
「‥‥‥熱狂と沈鬱。交錯する赤と青。生まれ出づる紫‥‥‥」
 呟くように口からそう吐き出す啓斗の背中をクリスティナがトンと
叩いて十字を切ると、けほっと一つ咳をして我に帰る。
「霊媒体質なのですか? 魔力の残滓に当たったようですね」
「申し訳無い。迂闊だったかもね」
 思わず苦笑して手の本をクリスティナに渡す。
「あまり良い物では無いようですね‥‥‥いや、かなり悪い」
 そう言って、中を開く。
「なんだこりゃ!?」
「紫色‥‥‥ですね」
 覗きこんでいた隆之介が思わずいった言葉に夜宵が見たそのままを
述べる。その頁の中にあったのは、ぱっとしない部屋の写真とその中
に人の形をした紫の固まりであった。
「高巻さん、こんなもんを買ったのか?」
 思わず呆れて啓斗が高巻を見るが、首を振ってそれに答える。
「いいえ。買った時は悪魔っ娘がそこに写っていたのですが」
 悪魔っこ? 普通の悪魔と何かが違うのかしら?
 疑問に思う夜宵のそばであまり良くなかったクリスティナの表情が
さらに厳しくなった。
 その表情に何か、寒い物を感じる夜宵。ふと見ると、隆之介も同じ
ような何かを感じたように見えた。
「この本に何か仕掛けがあったことは最早疑いようが無いようですね」
 クリスティナの言葉に頷く啓斗。
「こんな危険な物、燃やしてしまったほうがいいんじゃないか?」
 高巻はその啓斗の言葉に何の抵抗も無いようであったが。
「まだまだその本には利用価値があるっぽいぜ? 燃やすのは最後の
段階でいいと思うんだけどな」
「私もそう思います」
 隆之介の否の意見に同調する夜宵。
 そして、クリスティナから本を受け取りパラパラと捲る。
「この頁。窓の外の風景とか‥‥‥実写ですよね?」
 東京‥‥‥でしょうね。日本である事は間違いないでしょうが。
 画集ではないでしょうね。他のメディアと言うのも少し、違うよう
な気がします。圧倒的な存在感はやはり写真でないと出ないのでは。
「この風景から、どこか割り出せるかもしれないじゃないですか」
「それもそうだけど、奥付に連絡先なんかついてるんじゃねーの?」
 夜宵の手から本をとって巻末を見る。だが、高巻はそれを聞いて首
を振る。
「連絡先はありませんでした」
 見ると、巻末には赤のグラデーションの背景に不規則な赤い斑点を
幾つかつけた紫苑の花の絵があり、その下には青い文字で『追憶の中
に』とだけ書かれている。
「‥‥‥追憶?」
「追憶、あなたを忘れない。紫苑の花言葉ですね。普通は懐かしさを
込めての意なのですが、何か嫌な感じを受ける絵と文字ですね。背景
もなにか‥‥‥血の色みたいで」
 花言葉ですが、あまりこの絵には似つかわしくありませんわ。何か
明らかな悪意を紫苑に被せたような。
 これではまるで、ひどい過去を意味しているような。
「‥‥‥この紫苑の花おかしくないか? 葉が片側に二枚。まるでこ
れじゃなんかの鍵みたいだ」
 夜宵と啓斗がそれぞれの意見を延べる。
 鍵、か。
 この頁自体、何かの意図を持って描かれている事はよもや疑いよう
が無い事実のようだ。
 見た瞬間、あまりいい印象を受けなかったと言うのが総てを物語っ
ているような気がする。
「高巻さんさ、ここのイベントの主催者は誰とかどこのサークルかと
か分かんない?」
「主催は兎工場(うさふぁくとり)と言う所で、代表は秋月と言う方
だと思います」
 それを聞いて、電話をかけている隆之介。
 どうやらその人と知り合いらしい。電話を盗み聞きしているのも趣
味が悪いので、構わず話を続ける事にした。
 だが、隆之介の声は必然的に聞こえる訳で。それについてつい考え
てもしまう。
「ところで美奈さんの御容態はいかがですか?」
 もっとも気になるところであったが、善次郎が切り出さないので聞
きそびれていた。
「‥‥‥何も、変わりません。顔色ばかりが悪くなっていくだけで」
 苦しそうな表情でそう吐き出す高巻。

隆之介『久しぶりでスケベはひでぇな。まあ、そんな事より。ちょっ
と聞きたい事があるんだけどさ』
(スケベな方なのですね。まあ、やっぱりって感じですけれど)

「何かがとりついているのであれば、時間を置くほど不利になります。
出来れば早い段階で美奈さんにお会いしたいのですが」
 クリスティナの言葉に善次郎はぶんぶんと頷く。
「そ、それはもう。入院しておりますが、面会謝絶と言う訳ではあり
ませんので。何かあれば、私に連絡が入ると思います」
「ちょっと待った。それって変じゃないか?」
 啓斗の制止に怪訝な表情を浮かべる高巻。
「何か?」

隆之介『ああ、おごるから質問を聞け。いいから聞け。黙って聞け‥
‥‥』
(なんて言い草でしょうか。この人はまったく‥‥‥)

「普通、そう言う連絡って言うのは家族に入るものじゃないかな、と
思ってさ。婚約とかしてるのか?」
 立ち入った話ではあるが、高校生と言う危うさもあるのだろう。
「‥‥‥いえ。彼女に‥‥‥家族は‥‥‥‥‥‥おりません」
 何か特別な事情でもあるのだろう。微妙な雰囲気に啓斗もさすがに
これ以上聞く事はしなかった。

隆之介『売っていたのは何処の誰かで住所とか電話番号とか分かるか
?』

 核心部を突く隆之介の問いに、今まで会話の邪魔位にしか思ってい
なかった一同もその次の発言に耳をそばだてる。

隆之介『そうか‥‥‥すまねーな。恩にきるよ』

 恩にきる、と言う事は何らかの収穫があったと見て間違いないだろ
う。通話を終えた隆之介の次の言葉を待つ。
「どうやら、怪しいのはコウワ物産のタダナオキって言う人物らしい
わ。ただ、住所も電話番号も出鱈目で分かったのはそれだけだけどな」
 名前は東京と言う場所である以上、分かったからと言って人物を特
定出来る可能性は低いが、会社名から辿ればあるいは見つかるかもし
れない。
 けれど、ね‥‥‥。
「それより今は美奈さんにお会いしに行きません? とりあえず容疑
者より美奈さんのほうが優先順位が上であると思いますけれど」
 右手の掌、そして、クリスティナの顔を見比べる夜宵。端正な彼の
顔は夜宵に躊躇いと不安を齎していた。
 夜宵の言葉に異論がある者はいないようだ。
 先程口篭った高巻の態度が心に妙に引っかかる。
 紫苑は‥‥‥血塗られた記憶への鍵なのか。
 そこに土足踏み込む事は人として許される事なのか。
 総ては、お会いしてからですね。
 私に何が起ころうとも、悲しみの淵に沈む者を捨て置くわけには行
かない。私のこの力が役に立てるなら‥‥‥。
 癒しを見守るこの‥‥‥力が。

 西村心療内科・精神科医院。
 出て、歩いて、5分もすると、そこは見えてきた。
 建物自体はこじんまりしているが、庭には多くの緑が植えられ、犬
や山羊や家鴨なんかがいるのが見える。
 小さな畑にはキャベツやらほうれん草が育っている。
「ここって‥‥‥病院だよな。病院に動物がいて大丈夫なのか?」
「感染症の心配ですか? 心療科ならそう言う患者はあまりいないの
ではないでしょうか」
 啓斗の素朴な疑問に答えるクリスティナ。
 受付で簡単な記帳を済ませると、五人は美奈の病室に向かって進ん
で行く。
 精神科と言っても一般病棟は普通の病院とそう、変わりがある訳で
も無く。むしろ、心の癒しに注意を払って作られているため、病院の
重苦しさが無いだけ、居る分には悪くも無い。
「ここが美奈の病室です」
 入っていくと、ベットに腰をかけて窓の外を見ている女性がいる。
 ぱっと見はそんな状態にあるとは全く思えないが、その表情には全
くと言って良いほど表情が無く、呼び掛けにも少しの反応を見せる事
も無い。
 もちろん、このような症状がある病気は無い訳では無い。よって悪
魔の仕業と断定する訳にも行かないのだが。
 突然、美奈が立ち上がって点滴台を押し、部屋の外へと歩いていく。
 何事かと一瞬緊張が走るが、高巻は苦笑しながら首を振った。
「きっと、トイレでしょう。始めは私も慌てましたが」
 そうは言った物の心配なので、着いて行く事にする。
 そしてそれは、クリスティナが居ない状態で美奈に接するチャンス
であった。
 キリスト教会が今、どの様になっているか詳しくは分からないが、
私の力に対して寛容であるとは思えない。
 何を話しても返答しようとはしない美奈とトイレに入ると、誰もい
ないことを確認して、彼女の入ろうとした個室に強引に身体を割り込
ませた。
「無作法はお詫び致します。美奈さん、申し訳ありませんが、こちら
を見てください」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 普通なら嫌がろうもんだが、恥ずかしいと思う感情が無い上、夜宵
の事を認識しているのかいないのか、行為を始めようとする。
 こっちのほうが恥ずかしくなってしまうのであるが、折角のチャン
スである。しゃがんでしまった美奈の顎に手を当てて、自分の顔が視
界に入るように顔を上げさせた。
 闇は優しくて、心を、身体を癒す時。総てを包み込み、そして溶か
していく。
「さあ、張り詰めた糸から手を離して。総てを闇の中に投げ捨てて、
緩やかな刻に身を任せて‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 力が美奈の中に入っていくのを感じる。何も無い地平を闇に染めて
行くような、そんな感覚。
 そして、その中に蹲る美奈の姿を認めた。彼女の胸にはぽっかりと
孔が空き、考えるべき頭が切り取られたかのようにすっぱりと無い。
 そんな彼女は、虚ろな瞳で空を見ている。
 その視線の先にあったのは筆舌に尽くし難い、絶望の光景。
 痛ましい世界をその力で闇に染めて行く。
 絶望は闇の中へ。希望は闇の中から。
 総てを一度闇へ帰して、生まれ変わりましょう。
 闇の手で美奈を抱擁しようとした‥‥‥瞬間!
「なっっ!?」
 紫の閃光が弾け、個室の壁に夜宵の体が吹き飛ばされた。

『闇を切り裂くは紫電の刃、なぁんてね。あの方かと思ってちょっと
びびり入っちゃったけどさぁ。くすくすくすくす。人間さん、人のお
やつに手を出しちゃダメダメなのよぉぅ♪』

 能天気でふざけた女の声が耳に響いた。
 そして、夜宵の目の前で行為を終えて、美奈はさっさと個室を出て
いく。
 ふぅ‥‥‥敵もさる者と言った所ですか。
 でも、心の中にいる様子は無かったのに、力を行使できたのは何故
でしょうか。
 トイレの床で座り込んで考えているのもいい加減変だし、美奈もとっ
とと行ってしまうので、病室に戻る事にする。
 ‥‥‥この事は皆さんには暫く黙っていようかしら。

 クリスティナの言葉が終わらぬうちに、スタスタと歩いてきてベッ
トに戻る美奈。そして少し遅れてふらふらしながら夜宵が戻ってきた。
「じゃあ、賛成の人は挙手よろしく」
 突然の隆之介の言葉に、真っ先に手を上げる啓斗。やや遅れて、ク
リスティナ。そして、おずおずと手を上げる高巻。
「一体、何なんですか?」
「俺も賛成って事で4対2で決行決定って事で」
「い、いきなり何なんですか?」
 戸惑いを隠せない夜宵を残して、いそいそと脱出の準備を始める面
々たち。
「拙速は巧遅に勝るってね。手続きしてきなよ、高巻さん」
「は‥‥‥はい」
 この時点での退院を医者が許可する訳も無かったのだが、半ば強引
に病院を出て、そのままタクシーに乗り込んでしまう。
 高巻と夜宵は美奈と一緒のタクシーに乗り、隆之介とクリスティナ
と啓斗が乗って、向かったのは高巻の家。そしてそこで高巻の車に乗
り換えると夜宵の家の別荘のある奥多摩町へ向かった。運良く渋滞に
引っかかる事も無かったが、ついた頃には日が西に傾いていた。
「ここなら邪魔は入らないでしょう。けれど少しは相談して欲しかっ
たですわ」
「相談って言ってもなぁ」
 当然と言えば当然の抗議であるのだが、たまたま隣を歩いていた啓
斗がそれを受けてしまっていた。
 オフシーズンの別荘地‥‥‥と言っても、4、5軒固まっているだ
けなのであるが‥‥‥には無論人影も無く。途中寄った管理会社で鍵
を受け取っているので、管理人がいるわけでもないここでは本当に誰
の邪魔にあう事も無く悪魔祓いが出来ると言う物だ。
 居間に落ち着くと、虚ろな瞳の美奈をソファーの中央に座らせた。
「さて、神父様。どうするんですかね?」
「篠宮さん、暴れて怪我をしてはいけませんので、手と足を縛れるロ
ープはありませんか?」
 言われるままにロープを持ってきて、美奈の手足を縛る。
「あまり気持ちがいいものではありませんが、仕方ありませんね」
 その作業が終わるのを見届けた所で、クリスティナは祈祷書を取り
出し、頁を手繰る。
「In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen(聖父と
聖子と聖霊との御名によりて。アーメン)」
 神に対する祈りを捧げ、ついでなにやらを読み始める。
「In nomine Jesu Christi Dei et Domini nostri, intercedente im
maculata‥‥‥(我等の天主にして、主なるイエズス・キリストの御
名によりて‥‥‥)」
 
 ‥‥‥‥‥‥

 そうやって、暫くの間クリスティナの手によって悪魔祓いが執り行
われて行くが、美奈は全くと言って良い程反応を表さない。
 悪魔がとり憑いているならば、この聖書の朗読を聞くのはかなりの
苦しみを持って聞こえるはずなのであるが‥‥‥。
「おかしいですね。これではまるで悪魔が憑いてはいないようです。
もし、そうであるならば、美奈さんの魂の大半はここに無いと言う事
になってしまうのですが」
 クリスティナ自身も美奈の中に悪魔の気配を感じる事が出来ないで
いるのであろう。やや、焦りの色がその表情の中に見える。
 だが、そんな中でクリスティナの先程の発言に何か思い当たる節が
あるのか、夜宵が何か考え込んでいるようだ。
 そんな夜宵を見ていた啓斗が突然夜宵に向かって飛び掛った!
「えっ!?」
 さすがに虚を突かれたのか、夜宵は身動き一つ取れずに啓斗に押し
倒されてしまった。
 次の瞬間、ガラスの破裂音が部屋の中に鳴り響き、先程夜宵が立っ
ていた場所を銀色の光が通り過ぎていく。
「手斧だとっ!?」
 隆之介の叫び通り、銀色の手斧が放物線を描いて蜀台型のランプを
破壊して、壁に突き刺さっていた。
 隆之介は高巻を、クリスティナは美奈をソファーの陰に引き擦り込
むと、一息ついて身長に外の様子を伺う。
 手斧が自然に窓を突き破って入ってくる訳も無く、悪意のある者が
投げ入れたとしか考えられない。
 だが、こんな人がいるかいないか分からないような山中に出かけて
くる馬鹿な強盗はいないだろうし、日本に山賊がいると言う話など聞
いた事も無い。
 この場所に彼らがいると知っていて、彼らの行動を邪魔したい者。
 と、なると自ずと対象者は限られてくる。
「もしかすると、タダナオキだったりしてね」
「‥‥‥‥‥‥そうかもしれませんね。ですけど、それより。いつま
で私の上乗ってらっしゃるんですか?」
 そう言われて、視線を外から真下に動かす啓斗。咄嗟に体が動いた
ので意識していなかったのだが、見ると夜宵を組み伏した格好となっ
ている。しかも右手はその胸を鷲掴みにしているではないか。
「わーっ! わーっ!! ご、ごめんっ。わざとじゃないんだ。わざ
じゃないっっ!!」
 叫びながら慌てて飛び退く啓斗。だが、夜宵は全く冷静な表情で体
勢を整える。
「助けていただいてありがとうございます。ですが、狙っている人間
に位置を教える事となりますので、大声は上げられませぬよう」
 胸を触られた事などどうでもいいと言わんばかりに夜宵はそう言う
が、健全な男子高校生な啓斗は手に残った胸の感触はちょっとした動
揺の種となりまして‥‥‥。
 だが、そんな気分も次のガラスの破裂音で吹き飛ばされた。
 同時に部屋の灯りが落ちる。
「蛍光灯をやられましたね。皆さん、大丈夫ですか?」
「平気ですわ」
「何ともないぜ」
「こっちも異常なし」
「私も美奈も大丈夫です」
 小声で報告しあう。部屋の中は闇に包まれたが、いつの間にか空高
く昇っていた月の光が差して来ていて、目が慣れてくるとそうそう暗
い訳でも無い。
「あまり頭が良い相手じゃないのか、それとも何か狙いがあるのか。
どっちだろうな」
 隆之介の呟きに隣にいたクリスティナは苦笑を持って答える。
「相手は狡猾な悪魔です。油断なさいませぬよう。そうでなくても敵
と対する時には希望的観測で動く事は危険です」
「それもそうだな。だが、何時までもこうしてかくれんぼしているの
もちょっとな」
「慌てて動く必要も無いのではないでしょうか。火でもつけるつもり
なら何も敵対の意思を示してからでなく、私達が寝静まるのを待った
ほうが効果的ですし」
 気が付くと夜宵と啓斗もソファーの裏に移動して来ていた。
「‥‥‥来たようだぜ」
 啓斗が気配を感じ取ってその方向に視線を向ける。
 全員でそれを覗き込んでは気付いてくださいと言っているような物
なので、彼に策敵を任せてみる。
「男が1人。中肉中背‥‥‥手に武器を持っている様子は無い、な」
 武器を持つ者独特の殺気が無い、と言うか。その気配はどこかで感
じた事のあるようなものだった。
 ‥‥‥そう、病院で美奈とすれ違った時に感じた、そんな感覚。
 
『ちぢこまってないで、出てきたらぁ?』
 
 男の声とは思えぬ能天気な女の声で、その男がそうのたまう。
 次の瞬間、美奈がすっくと立ち上がって同じ声でけたけた笑い出し
た。隣にいた高巻はあからさまに動揺の色を見せる。
「‥‥‥もっと来るっ!!」
 慌てて立ち上がる五人。いる場所がとっくにバレているだけでなく、
全員にわかるほど多くの人間の気配が部屋の中に向かっていた。
 草を掻く音、歩く音、窓を乗り越える音。
 5人10人の物では無い。50人いるか100人いるか分からない
が、とにかくたくさんの気配であった。
「こ、こりゃ‥‥‥タフな状況だな」
 思わず口許をぴくぴくと痙攣させる隆之介。
「悪魔祓いが効果を現さなかった意味がわかりました。悪魔は彼らを
操っているだけで、実際中にいる訳では無い。で、あるなら聖書の御
言葉も‥‥‥」

『お疲れ様でした、神父さま。それとももう一度最初からやってみる
かしら? まあ、私が苦しみ出す前にこいつらが貴方の事殺しちゃう
でしょうけどねっ。きゃはははは☆』

 いかにエクソシストとして身体を鍛えていようとも、この人数と対
するのは現実的とはいえなかった。

『でも、この状況を解決する手段はあるはずよ‥‥‥ね。闇使いさん、
と‥‥‥あははっ、面白い人がいるよぉ♪』

 闇使い、と言われて夜宵の顔に緊張の色が走る。
 だが、その直後。
 青と赤の光の乱舞、そしてそこから生まれた紫色が隆之介の視界を
覆い尽くした!
「ぐっ‥‥‥う゛ぁ゛っ‥‥‥うおおおおおおおおおおおっ!!」
 強烈な頭痛が頭を走り、思わず頭を掻き毟る。全身の筋肉が痙攣を
起こしたような震えを伴う悪寒と、血液が沸騰するかのような灼熱感
が同時に全身を駆け巡る。
 口の端からは白い泡すら垂れ、眼球も白目を剥き始めていた。
「こ、これは一体っ!?」
 高巻が腰を抜かしそうになって隆之介のその様子を見る。
「落ち着けっ! 術者を何とかすれば元に戻るっ!!」
 啓斗がそう一喝して力の流れを掴もうとする‥‥‥が、赤と青の乱
反射と紫の残像が頭の中にちらついて集中する事が出来ない。

『ほぅら、後もう少し。苦しむ事は無いよ。力の解放をしてあげるだ
けなんだから。きゃはははっっ』

「黙れっ、悪魔めっ!! 天軍のいとも栄えある総帥、大天使聖ミカ
エルよ、“権勢と能力、この世の闇の支配者、天にある悪霊と我等の
戦いにおいて、我等を護り給えっ!!」
 大天使聖ミカエルに向かう祈りをクリスティナが唱え始めると、色
彩の乱反射が徐々に薄れていく。
 だが、隆之介への力の行使はもはや臨界点へ達しようとしていた。
「う゛う゛う゛う゛う゛‥‥‥」
 低く唸るそれは正に獣のそれ。人間の体躯に漆黒の体毛を生やし、
狼の頭を持つ‥‥‥所謂狼男がそこにいた。

『あははっ。よかったねっ! これで元通りに力が使えるよっ!!』

 先程までの頭痛は嘘のように消え失せていたが、色彩の乱反射は網
膜にこびり付いているかのように続いている。
「ラ‥‥‥ライカンスロープっっ!!」
 近くにいたクリスティナは、周りの人影たちに注意を払っていたが、
隣にいた人物が人狼に変化したのを見て、一足飛びに距離を取った。
「大上さんっ、意識はありますか? 身体は思い通りに動きますか?」
 夜宵は以外にもその姿に恐怖を覚えるでも無く、その点の確認を隆
之介にする。
「あ‥‥‥ああ。なんとか‥‥‥大丈夫のようだ」
 それを聞いて安心したのか、口許を緩ませる夜宵と、厳しい視線を
送るクリスティナ。
「まさか魔物と手を組んで行動していたとは‥‥‥ヴァチカンの神父
としてこれ以上の失態は無いっ! おのれっっ!!」
 銀の短剣を取り出すクリスティナと呆然と立ち尽くす隆之介。
 その間に夜宵が割り込んでくる。
「何が何でも総て自分が正しいと思われるキリスト教の方々には、正
直嫌悪感を抱きます。こんな状況の中、大上さんを退治なされるとおっ
しゃられるのであれば、まずは私がお相手いたしましょう!」
 その言葉を発している最中から、夜宵の周りの闇が濃くなって来て
いるように見えた。
 周りの人影たちはそんな彼らの様子をただ見守るだけであったが‥
‥‥無言で動こうとするクリスティンと夜宵。段々と我に帰ってきた
のか、隆之介も目の前の神父を見据えた。

 バキっ!!(正拳→クリスティン) バシっ!!(平手→夜宵) 
ドゴっ!!(上段回し蹴り→隆之介)

「あんた等なあっ、いいかげんにしろよゴラァっ!! 優先順位忘れ
て目の前の事に目を奪われて、挙句仲間割れかよっ。くっだらねえ真
似してねえで、自分の敵は誰かもう一遍目ん玉ひん剥いてよーく見や
がれってんだっ!!」
 1人、策敵に集中していた啓斗がついにキレた。
 鮮やかな身のこなしで3人に一発ずつ見舞うと、両手を腰に当てて
そう叫んでいた。

『あーあ。ツマンないの。バトらせればいーじゃん』
 
「やかましいわっ、今すぐふん縛って消滅させてやるから、首洗って
待ってろっ!!」

『弱い犬ほどよう吠えるって言うよね☆ まあ、やぁれるもんなら、
やってみんさいよぉ♪』

「やってやるっ!!」
 と、言って見たものの、今のところ啓斗に攻め手は無いのが実情で
あった。

 スッパァーン!(平手・後頭部→啓斗)

「痛かったですわ。目が覚めましたけどね」
 目玉が飛び出るかと言うような猛烈な勢いで後頭部をぶん殴った夜
宵は手が痛むのか何度か振るうと啓斗の前にたった。
「力の方向を教えて下さい。強く念じてくれれば分かりますから」
「あ、ああ‥‥‥」
 啓斗が念じた先に、さらに深い闇を降らせる夜宵。
 すると、闇の中ではっきりと紫色の光が浮かんでいるのが見える。
「もう暫く預けておいてくれよ。あの糞生意気な悪魔、一発ぶん殴ら
ないと気が済まなくてね」
「‥‥‥‥‥‥実は私も同じ気分です」
 隆之介とクリスティナは微笑みを交わすと、その方向に向かって走り
出していく。藁藁と纏わりついてくる人々も狼の力を手にした隆之介の
前にあってはMr.オ○レに等しかった。
 彼が切り開いた道をクリスティナ、夜宵、啓斗の順番で続いていくと、
あっという間にその光の元へとたどり着くことが出来た。

『ふっふーん、来たわね。人狼ちゃん、今の所貴方自力でその姿になれ
ないみたいだけど、私の方につかない? いつでも出来るようにしてあ
げるけど』
 
 ひょろりと細い体躯に分厚いめがね。ぼさぼさの髪の毛に、抜け落ち
た前歯。実に特徴的な風体の男が女の声で話していた。
 この男の中にいる、と見て間違いないだろう。
「っざけんな。てめえと手を組む位なら、思考硬直したキリスト教の神
父さんとフォークダンス踊る方がマシだ」
「誰が思考硬直なんですか!」
「誰もあんたのことだなんて言ってねぇ」
「狼風情にあんた呼ばわりされる言われはありません!」
「煩えっ。あんたあんたあんたあんたっ!」
「ほぉ。最近の狼は人間様の言葉を喋るんですね」
「白髪がカビたような毛してるヤツなんざ、人間だなんて認めねえ!」
「銀髪と白髪の違いもつかないなんて随分と目が悪いんですね」
「おおよ、悪すぎてあんたが習字の筆に見える」
『いい加減にしろぉっ!』
 見ると、そのひょろりとした男は地面に倒れており、150cm位の
紫色の髪をした少女がそこに立っていた。
『人のこと無視してさあ、つまんないじゃん』
 ぷうっと頬を膨らます表情はなかなかかわいいが、相手は諸悪の根源
である。
『今、かわいいって思った? けど、この姿はあくまでコイツの趣味な
んだよね』
 口に出していないのに分かると言う事は、思考を読まれてしまうと言
うことを意味していた。
 背後から殴りかかって来た啓斗の拳を難なく避け、足元から湧いて来
た夜宵の闇の力も紫の光で防護する。
『ま。特にお腹すいてる訳でも無いんだけどさ。いただける時にいただ
けるだけいただいとかないとね』
 紫電が辺りを駆け巡り、体の筋肉の繊維の一本一本を震わせる。
 全員が固まった事で、全員が一度にその攻撃を受けていた。その少女
は小さな舌で唇をぺろりと嘗め回す。
『さすがに良質の魂だわ。おいしー!』
 強烈な脱力感が体を襲い、指一本動かすのも辛い状況に顔を歪める‥
‥‥が、夜宵がそんな状況の中で両腕を広げ、天を仰いだ。
「夜よ‥‥‥闇よ‥‥‥真昼の業を閉ざし、安らぎを我等に与えよ」
 そう、夜宵が唱えた瞬間だった。誰かに抱きすくめられたような感覚
に思わず体をびくっと震わせてしまう。
『歌いなさい‥‥‥安らぎの歌を。闇にたゆたう波は歌‥‥‥』
 声に誘われるままに頭に浮かんだ旋律を歌にして紡いで行くと、一同
の苦悶の表情も序々に薄らいで行き、そして、消えた。
『えええっ、どおしてっ!? たかだか小娘の歌なのにっ!!』
 些か狼狽したようで、きょろきょろと一同を見渡す少女。その一瞬の
隙を突いて、クリスティナが少女の腕を取った!
「ようやく捕まえたぞ、悪魔めっ!!」
『汚ない手で触るなっ、このヴァチカンの犬っ!!』
「何とでも言うがいい。さあ、神の御言葉を聞け! Exorcizamus te,
omnis immunde spiritus, omnis satanica potestas, omnis incursio
infernalis adversarii, omnis legio, omnis congregatio et secta d
iabolica, in nomine et virtute‥‥‥‥‥‥(汚れたる霊、すべての
悪魔の力、すべての地獄の侵略者ども、すべての悪しき軍団、使節及び
党派どもよ。汝が誰なりとも、我等は、汝を追い払う‥‥‥‥‥‥)
『嫌っ‥‥‥やあっ‥‥‥いやあああっ!!』
 薄紫色の煙を発しながら、どんどん小さくなっていく少女。
 その煙は、あたりに立ち尽くす人々を覆い、そして消えていく。する
と、煙に覆われた人は我に帰ったのか、何が起こったか分からぬかのよ
うに、きょろきょろとしている。
『ま、負けないもんっ☆』
 それでも、最後の力を振り絞って閃光を放つと、まだ煙を受けていな
い人々が藁藁と集まってきた。
 だが、それに力を使った事で隆之介への影響力が無くなったのか、人
間の姿に戻っていった。
「みんな、聞いてくれっ! あんた等悪魔に操られていたんだっ! 今
ふらふらしてる連中はまだ支配下にある。けれど、もうじき悪魔祓いが
終わる。そうすればみんな元に戻るんだっ。ふらふらしてる連中を止め
てくれっ!」
 啓斗の呼び掛けに、何の事やらさっぱりと言う様子だった人々も、煙
を上げる少女と神父の姿を見て、その言葉に嘘偽りが無い事が分かった
のだろう。各自協力して、クリスティナの方に行こうとする人々を押さ
えつけている。
「終わりだな。何か言い残す事は無いか?」
 憎たらしい少女に、そう投げ掛ける隆之介。
『ふ‥‥‥ふふ‥‥‥‥‥‥大半の人間は助かるでしょうね。私をこの
まま消滅させたら。けれど、きみたちが連れてきた女は助からないよ』
 悪魔はよく嘘をついて、エクソシストを翻弄する。
 だが、その可能性も無きにしもあらず、と言った所で、クリスティナ
以外の人物の心に少なからず動揺をもたらしていた。
 そして、一番揺れ動いた人物は‥‥‥。
「美奈を‥‥‥美奈を助けてくださいっ!」
「あっ、馬鹿っっ!!」
 なんと、何を血迷ったのかクリスティナに体当たりを高巻がしたでは
ないか。不意をつかれ、たまらずその手を離してしまう。
『あっはっは! ざまぁないわねっ☆』
 その声を残して、少女は闇の中に消えて行ってしまう。
 だが、二人の人物を残して、他の人々はほぼ正常に戻ったようだ。
「美奈は‥‥‥治らなかった‥‥‥あはははは‥‥‥」
 渇いた笑いを浮かべ、がっくりと膝を落とす高巻。そんな様子を見て、
隆之介もクリスティナも啓斗も彼を責める気には到底なれなかった。
 で、夜宵はと言うと、ただ虚空を見つめる美奈の元に駆け寄っていた。
力が何であるか露見した以上、クリスティナがいるからといってそれを
隠す必要も無い。
 先程、その癒しの力を実際に見ていたからか、クリスティナもそれに
どうこう言う事も無かった。
「‥‥‥えっ? 美奈さん‥‥‥」
 暫く癒しの歌を歌っていた夜宵は目を見開いて、美奈の様子を伺う。
「‥‥‥ここ‥‥‥どこ‥‥‥どこにいけば‥‥‥‥‥‥ここから‥‥
‥出れ‥‥‥る?」
 吐息の中に小さな小さな声であるが、確かにそう混じっていた。
「高巻さんっ! みんなっっ!!」
 異変に気付いた高巻は、猛烈な勢いで駆け寄って来た。
「美奈っ!! 美奈あっ!!」
 高巻の呼び掛けにうっすらと答える美奈‥‥‥暫く高巻はそれを続け
ていたが、反応が無いので抱きしめて泣き崩れてしまう。
「諦めんなよっ! あんたが諦めてどうするんだっ!! 美奈さんは今
1人で戦っているんだよ。逃げるなっ!!」
「だって、もう‥‥‥何度も何度も呼んだのに‥‥‥」
 啓斗の一喝にも、高巻はもう力泣く答えるだけだった。
「じゃあ、あんたどうするんだよ。このままずっと泣いて、縋って生き
ていくのか。まあ、あんたがそれでいいならそれもいいだろう。それで、
彼女もそれでいいんだな。あんたが諦めるなら、それで終わりだ」
 隆之介の言葉に、体を起こして美奈の顔をじいっと見つめる。
「愛の力は偉大です。人を愛する事は、神の教えの第一歩なのですから。
畏れずに踏み出しなさい。貴方の手を待ってる人がいるのですから」
 そう諭すクリスティナと優しげな微笑みを向ける夜宵。
 高巻は大きく一つ頷くと、力一杯息を吸い込んで腕の中の女性の名を
呼んだ。
「美奈あああああああああっっ!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん‥‥‥ただいま、善次郎」

-----------------------------------------<エピローグ>---------
 意識の戻らない、後1人の人物はやはりタダナオキ、多田直樹であっ
た。彼の欲望により創り出された悪魔像は、何時しか本物の悪魔を1体
この世に呼び出す事となっていた。
 惜しくも土壇場で逃げられたが、次の宿主が見つからない限り、そう
大きな事はできないだろう。
 だが‥‥‥‥‥‥。
 欲望の渦巻く巨大都市東京において。
 彼女の宿主になりたい者は後を断たないのかもしれない。
 精神の崩壊した多田直樹は、そのまま美奈の入院していた病院に搬送
されていった。
 悪魔も逃げていってしまった。
 だが‥‥‥‥‥‥苦しんでいる美奈と高巻を救う事が出来て、とりあ
えずはそれでいいと思っている。
 相談にのったかいもあって、2人は来年結婚するらしい。
 まあ、結婚なんてまだどんなものか想像するのは難しいけれど。
 ‥‥‥‥‥‥。
 それにしても、悪魔が言った『あの方』は歌を教えてくれた声の事な
のだろうか。それは神なのか‥‥‥悪魔なのか。
 何故私に力を貸してくれたのか。
 分からない事を考えても分からないのだから、考えるだけ無駄なのか
もしれない。
 刻が流れ行く中で、その事も分かるのかもしれない。
 今は‥‥‥少し休もう。
 我が身に流れる闇を、夜空に解き放ち‥‥‥‥‥‥。
-----------------------------------------------------<Fin>-

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       登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1005/ 篠宮・夜宵 / 女 / 17 / 高校生
  (しのみや・やよい)
0365/ 大上・隆之介 / 男 / 300 / 大学生
  (おおかみ・りゅうのすけ)
1070/ クリスティナ・ブライアン / 男 / 25 / エクソシスト
  (くりすてぃな・ぶらいあん))
0554/ 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生 
  (もりさき・けいと)
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              ライター通信       
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 長らくお待たせいたしまして、申し訳ございません。
 あゆきいぬこと戌野足往(いぬの・あゆき)でございます。
 ぎゃふん。
 頂いた依頼とデータを見てのいぬの正直な感想です。
 能力も力源も今後出す予定のシナリオのNPCとそのままやんけっ、
と言う事で泣きそうになりながら書きました。如何でしたでしょうか。
 そのキャラとのからみをご期待なさるなら、クリエーターズルームか
らメールをいただければ、前倒ししてそのシナリオを出していきますが、
別にどうでも宜しければ、このまま御看過くださいますよう。
 相手が悪魔と言う事で、−の力は使わない方向で展開させました。効
果はあるやもしれませんが、そこまでは期待できないと判断したと思っ
たからです。それに、専門家もいましたしね。
 
 今回は、いぬのシナリオをお買い上げいただきまして誠にありがとう
ございます。またの御指名を心よりお待ちしております。