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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夜空を往く男


▼相も変わらぬ怪依頼

 その日、草間興信所にやってきたのは、高価そうなスーツに身を包んだ男性だった。
 ルックスは、上中下で言えば上に入るのは間違いないし、なによりも醸し出す雰囲気が、貧乏探偵とは格段に違う。
(……まぁどうでも良いか、そんなことは)
 卑屈になりかけていた自分を彼方に追いやり、草間は応接セットの対面に座る依頼人に一礼した。
「この興信所の責任者、草間武彦です」
「評判は耳にしております。わたくし、ホテル・サザンクロス新宿の支配人を任されております、逸見隼人(いつみ・はやと)と申します」
 サザンクロス新宿――たしかJR新宿駅の近くにあるホテルだったはずだ。
 セレブもよく利用する高級ホテルだ、と雑誌で紹介されていた記憶がある。 
「それで、今回のご用件はどういった…?」
 草間が促すと、逸見はうなずき、ハッキリと言った。
「実は最近、お客様から苦情が寄せられまして…なんでも、13階――最上階の部屋に『出る』そうなんです」
 『出る』のが黒光りするアレなどではないのは、考えなくともわかる。
 深々とため息をつき、草間は調査依頼書にメモを取り始めた。
「どういった霊でしょう?」
「何もないはずの窓の外を歩いていたり、まどから中を覗いたりするそうです」
「男ですか?女ですか?」
「男性らしい、と聞いております」
「わかりました。早速、調査員を派遣しましょう」
 またか、と思わなくもないが、これも明日の生活費のため――そして実際に出向くのは草間ではないので、二つ返事で快諾することにする。
「ありがとうございます」
逸見はソファから腰を上げ、深々と頭を下げた。
 
 逸見が帰ると、奥の部屋から零が顔を出した。
「また変わった依頼ですか?」
 夏の終わりから、興信所に居着くようになった少女。掃除など家事全般は、いつしか彼女の役目となっている。
「まぁな…いつも通りといえば、いつも通りなんだが」
 依頼書を見せ、草間は肩をすくめた。
 テーブルの上には、必要経費として逸見に渡された前金の束の入った封筒が置いてある。
「今日からでも調査を始めて、すみやかに除霊をして欲しい、とのことだ」
さて、どうしたもんか――つぶやき、草間は本日2箱目になる煙草に火をつけた。  


▼アルバイト探偵シュラインの場合

「んもぉぉぉっ、武彦さんのバカバカバカッ」
 雇用主に激しく悪態をつきながら、シュライン・エマは超高速でタクシーを降りた。
 おつりはもちろん、経費で落とすための領収書をもらうのも忘れずに。そして、やたら愛想のいい運転手の長ったらしいトークを途中で制止してのことである。
 シュラインのバイト先である草間興信所は、その経営のほとんどが彼女の肩にかかっていると言っても過言ではなかった。
 所長の草間武彦は、仕事中はともかく、放っておいたら3日餓死&書類やゴミにつぶされて圧死しそうだし、去る夏から新しくできた草間の義妹・零も、家事や事務を任せるにはまだまだおぼつかない。
 今日も、ホテル・サザンクロス新宿の件についてシュラインが調査に出向くことになったのだが、出がけにアレがないコレがないと、大騒ぎになってしまったのだ。
(眼鏡したまま寝るから駄目なのよー!)
 キイィィッ、と草間の顔を思い浮かべて、シュラインは地団駄を踏みたくなった。
 昼寝から起きた草間が「眼鏡がない」と言いだし、何も見えないからすぐに探さなくてはと一生懸命さがしていたのだが、全く見つからない。
 結局その眼鏡は、草間の枕の下から奇跡の生還を果たしたわけだが――おかげで、支配人の逸見との面会時間には遅刻である。
 忙しいらしく、午後3時に時間厳守でということで承諾してもらったのに、これでは信用丸つぶれだ。
 興信所を出るときには「じゃ、行ってくるわね武彦さん、零ちゃん」などと余裕の笑みを残してきたが、全く余裕などなかった。
 ホテルの扉を入る前に、ガラスに映った自分の姿を見て髪やスカートの乱れを直し、深呼吸をする。
 今日は失礼がないようにと、落ち着いた色のスーツを着てきた。
 あとはシュライン自身が落ち着いて、逸見に遅刻を詫びればよいだけだ。
「すみません、草間興信所の者ですが……」
 フロントで尋ねると、男性従業員はすぐに彼女を逸見の待つ部屋に案内してくれた。
 地階は、支配人室をはじめ、従業員の控え室や仮眠室などが並ぶ静かな空間である。
 男性従業員が部屋の扉をノックすると、どうぞという声が返ってきた。
「すみません、遅くなってしまって――」
 シュラインは、部屋に入ってまず頭を下げる。
「いいえ、お気になさらず」
「本当にすみませんでした。お忙しいところ、お時間を頂いたのに…」
 感じの良い逸見隼人の声に顔を上げ、そこではじめて先客が居ることに気付いた。
 ソファに座ってこちらに注目している人物――沙倉唯為(さくら・ゆい)と橘姫貫太(きつき・かんた)である。  
 逸見に勧められておずおずと腰を下ろすシュラインと、貫太、唯為の視線が絡み合った。
 互いに面識があるわけではないが、知ってはいる。興信所で事務のバイトをしているシュラインを男たちが知らないはずはないし、またシュラインも、興信所にやってきた彼らのことを覚えていた。
 まさか、ここで会うとは考えてもみなかったけれど。
「さて、と……早速、話を聞かせてもらいたいんだがな。草間に依頼を持ち込むなんて、よっぽどお困りなんだろう?」
 ソファの背もたれに深く身を沈め、唯為がニヤリと笑う。明らかに面白がっていて、さらに必要以上に偉そうなその物言いに、シュラインは目を丸くし、貫太はため息をつく。
 だが逸見は動じず、相槌をうった。
「最近になって急に、お客様からのクレームが出るようになりまして。心霊現象では、私たちにはどうすることもできませんから」
「一番はじめに苦情が出たのは、いつごろですか?」
 メモを取りながら、シュラインが問う。
「6日前です。それ以来、たびたびお客様からご指摘を受けるようになりました」
 その返答に、割り込みますが、と貫太が質問する。
「最上階というと、最高級の――スイートルームでしょう?どのような方が泊まられるんです?」
「主に各界の著名人のお客様ですね。例えば、来日中の海外のロックバンドの方や政治家、アイドル歌手、あとは小説家の方なども仕事に利用なさったりしていらっしゃいますが」
「すべての部屋で目撃情報が?」
「すべて、ではありませんが、特定の部屋ではないようです」
 おそらく全ての部屋に例外なく出現しているのだろう。それに気付くか気付かないかには、個人差がある。
 とかく心霊現象ともなれば、霊感が一定レベル以上高くない者は、ほとんど気付かないだろう。
「移動パターンなどには特徴はありませんか?」
 なにか、霊の為したいことが解れば解決のヒントになるのではないか――そんな思いでシュラインが尋ねた。
 だが、逸見は目を伏せ首を横に振る。
 嘆息混じりにシュラインはメモを繰ると、気を取り直して次の質問に移った。
「部屋の中での目撃情報は?」 
「いいえ……すべて窓の外、です」
 とくに危害を加えられたりした者はないのだと、逸見は語る。また、覗かれる時間帯などにも深夜という以外は統一性がないらしい。
「取り敢えず、悪霊怨霊の類ではなさそうだな」 
 それまで黙っていた唯為が、鼻で笑った。
「高いところの好きな幽霊……古くから、なんとかと煙は高いところに昇るというだろう?」
 おどけたように肩をそびやかすと、胸元でチャリと紅石のネックレスが揺れる。
 貫太はひとつため息をつくと、
「営業妨害で、何者かが仕組んだという可能性は?」
 唯為の台詞に苦笑する逸見に向けて、さらなる質問をした。
「人間のいた形跡はないと――警察の方が言っていました」
 はじめは警察に相談したのだが、相手にされなかった――それで草間を頼ったのだ。
 だが、ここまで有効な情報が得られないとは……落胆の色を隠さずにはいられない。 
 一瞬、部屋の中に沈黙が流れた。
 やがて、最後の質問だと貫太が口を開く。
「過去に、死者はいませんでしたか?客でも、それ以外でも」
 その問いに、逸見は初めて表情を曇らせた。だがそれも一瞬のこと――すぐに何もなかったかのように口を開く。

「実は……7日前に屋上から落ちて亡くなった方がいるんです」


▼最上階・スイートルームにて

『……あ』
 ホテルの13階でエレベーターを降りたシュライン・エマと、真名神慶悟の声が見事に重なった。
 このホテルは、2機のエレベーターが隣接した造りになっている。
 ちょうど同時に2機ともが13階に到着したのは、偶然以外のなにものでもないだろう。だが、偶然は必然だ。
「あんたも来てたのか、シュライン」
「そっちこそ。武彦さん、真名神くんのことは何も言ってなかったし――彼らのことは聞いていたんだけどね」
 彼ら、とシュラインが指さした方には、ふたりの青年が立っていた。
 ひとりは『彼ら』と一括りにされたことが嫌でたまらない、といった風に、ほんの一瞬だけ眉間にしわを寄せた。
 だがすぐに、女性だったら間違いなく惚れてしまいそうな微笑を浮かべ、軽く会釈をする。
「はじめまして、橘姫貫太です。どうぞよろしく」
「沙倉唯為だ。せいぜい足を引っ張らないでくれると嬉しいがな?」
 もうひとりの背の高いほうの男は、自信に満ちあふれた笑みを浮かべ、からかうように慶悟に視線を送った。
 慶悟が冷静に言い返すより先に、彼の後ろからもうひとり――それまで隠れて見えなかった少年が、左手の中指を立てて顔を出す。
「どっちがだよ。そっちこそ俺の邪魔すんなよ」
 御崎月斗の金色のメッシュの髪が、ふわりと揺れた。
 だが唯為はどう反応するでもなく、軽く肩をそびやかすとシュラインを振り返る。
 その視線を受けてシュラインは、
「じゃあ揃ったところで、シャルロットさんの待つ部屋に行きましょうか」
 と、二度手を叩いて締めくくった。

 彼らがこのフロアを訪れたのは、シャルロット・レインなる女性から呼び出されたからである。
 彼女は草間が調査を依頼したうちのひとりで、あるツテがあり、このフロアを貸し切ったのだと言う。
 草間から携帯に電話を受けてそれを知った5人は、故にこのフロアに集合することになったのだ。
「はじめから、このフロアを押さえておくべきだと思っていた。手間が省けて良かったというわけだ」
 クククッと唯為は不敵な笑みを浮かべる。
「そういうこと。えーと……1313号室だから……ここね」  
 軽く受け流し、先頭を歩いていたシュラインが足を止めた。
 1313という金属プレートのかかった部屋の扉を、一同が見守る中、コンコンと二度ノックする。
「……どうぞ……」
 穏やかな美声が返ってきて、シュラインたちは扉を開けて中に入った。
 さすがは最上階のスイートルームといえば良いのか、まるでホテルとは思えないような豪華な造りの部屋に、一同は感嘆の声をもらす。
「どこぞの金持ちの豪邸という感じだな」
 と、慶悟は称した。 
 部屋のほぼ中心に位置するソファに腰掛けたシャルロット――色白の肌に紅い瞳が印象的な貴婦人は、立ち上がり、手で座るように指し示す。
 シュライン、貫太、慶悟はそちらに、唯為と月斗は巨大なベッドに悠然と腰掛けた。
 全員が簡単に自己紹介を済ませ、早速本題に入る。
「取り敢えず、それぞれが掴んだ情報交換でもします?」
 愛想良く微笑む貫太の提案の元、まずは慶悟が口を開いた。
「情報というほどのものでもないが、俺は屋上に件の霊を捕獲するための結界を敷いてきた」
 実力派の陰陽師である慶悟の術である。かなりの効果が期待できるだろう。
 それに、同じ陰陽師の月斗も便乗した。
「俺も、外に式神を放ってある。なにかおかしなことがあれば、すぐに判るはずだぜ」
「問題は……どうやって霊をおびき寄せるか、ということね……」
 シャルロットが口元に、透きとおるような白い指を添え、ぽつりと洩らす。
「13階のフロア中を、何かを探すように動き回っている霊ですものね」
 シュラインも、何度も頷いた。
 どの部屋に出現するか、決まっているわけではないため、捕獲するのは一苦労だろう。
 と、月斗がスッと手を挙げ、一同の顔を見回した。
「ちょっと待ってくれ。俺、幽霊の正体知ってる」  
「俺たちも知っている……なぁ貫太、シュライン?」
 月斗の隣――とはいってもベッドの端と端だが――に座る唯為が、足を組み貫太とシュラインに視線を送る。
 逸見から直接話を聞いていた唯為たちは、今回の事件の真相に辿り着いていた。
 また、独自に聞き込みを行った月斗も同じ情報を手に入れ、先程まで逸見とこの部屋で話をしていたシャルロットも、その話を聞いていた。
「なんだ、知らないのは俺だけか」
 結界を敷くのに集中し、情報収集を行っていなかった慶悟が苦笑する。
「なら、俺が直々に教えてやろう。実はかなりくだらない話なんだが……」
 唯為は、ジェスチャーを交えながら自らが収集した情報を惜しみなく披露した。その瞳は、くだらないと言いつつも好奇の色で輝いている。
 他の面々も、自分の情報にプラスすることはないかと耳を澄まして聞いていたが、話を聞き終え皆、微妙な表情を浮かべた。
「それは、また……」
 中でも慶悟がいちばん険しい表情になる。
 まさかそんな原因があるとは、思いもよらなかったからだ。 
「まぁ、それぞれ事情があるでしょうから」
「……だな」
 何故か慰めるような口調で慶悟の肩を叩くシュラインに、同意を示す。
 また、自分の仕入れた情報と寸分違わぬ話を聞かされて、月斗の顔にも落胆に似た苦笑いが浮かんだ。
 シャルロットは、相も変わらず薄く微笑したままである。
 その空気を打破するように、唯為が指を鳴らした。
「そこでだ。奴をおびき寄せるのに、いいアイディアがあるんだが……どうだ、試してみないか?」 


▼最善の計画!?

 気がつけばすっかり日が落ちて、いつの間にか夜を迎えていた。
 シャルロットは部屋で自らが淹れた紅茶を楽しみながら、件の幽霊の出現を待っている。
 そして、他のメンバーは、既にそれぞれの配置についていた。
 もう計画は始まっているのだ。
 シャルロットは、霊が現れたときにちゃんと話ができるように、少しだけ窓を開ける。
 その瞬間、白い鳥が部屋に飛び込んできて、消えた。
 月斗の放った式神である。彼が、霊の出現を察知したらシャルロットに知らせるように指示しておいたのだ。
「そろそろね……」
 間もなく、噂通りに音もなく空中をひとりの男が歩いてきた。

 ――たっぷり肉の付いた腹を揺らしながら。

「……こんばんわ」
 シャルロットが声をかけると、男はビクッと身をすくませた。
 瓶底のような分厚いレンズの眼鏡に、七三分けの脂ぎった黒髪。この寒いのに、ピチピチのTシャツに擦り切れたジーンズ姿である。首には一眼レフのカメラがぶら下がっている。
「はっ、はいぃっ?ど、どなたですか!?」
 妙に甲高い声で男は叫んだ。
「……この部屋に宿泊している者ですが……あなたは、そこで何を?」
「あ、あの実はっ」
 唾を飛ばして、男は窓に接近してきた。がしっと窓枠を掴むと、噛みつかんばかりの勢いで力説する。
「僕、山田次郎(やまだ・じろう)って言うんですけど、ここにアイドルの【ポニモニ】が泊まってるって聞いて、それで……っ」
「ああ、それなら……さっき屋上に行くのを見かけたけれど……」
 シャルロットが答えると、パアッと山田次郎の顔が輝いた。
「ホントですか!?だからこの階を探しても見つからなかったんだ!あ、ありがとうございます〜」
 そう言うなり彼は意気揚々と宙を駆け上がり、シャルロットの視界から消える。
 それを見送って、シャルロットは深く息を吐いた。
「これで……私のひとつめの仕事は終わりね……」  

 変わってこちらは屋上待機組である。
「だいぶ面白いことになってきたな」
「後が怖いから、俺はノーコメントだ……」
 物陰に隠れて、唯為と慶悟が小声で囁きあった。
 先程からひとりで笑っているのは、この計画の発案者の唯為である。
 全力で計画に反対した貫太、シュライン、月斗の3人を強引な理論でねじ伏せ、ご満悦であった。
 もともとは計画の一員としてカウントされていた慶悟は、結界の維持を理由に運良く逃れることができ、今はひたすら霊よりも、シュラインたちの報復に鳥肌を立てるばかりである。
 彼らの視線の先、屋上のほぼ中央には、月明かりの下メイド服を纏ったポニーテールの『美少女』が3人、後ろ向きに立っていた。
「まぁ、霊が暴れるようであれば、とっ捕まえて叩き斬るまでだ」
 愛刀の『緋櫻』をチラつかせ、唯為はさらに笑みを深める。
 表向きは、能楽のある流派を受け継ぐとされる櫻(さくら)家の現当主である唯為だが、実は平安時代から続く妖狩りの一族本家の若長なのだ。
 『緋櫻』はそのための仕事道具であり、また命と同じくらい大切な宝刀でもある。
「それは頼もしいな」
 苦笑する慶悟。
 ――と、慶悟の張った結界内に、誰かが侵入する気配があった。
「来たぞ」
「あああああっ、ホントに【ポニモニ】だあっ♪」
 慶悟の声とほぼ同時に、喜々とした野太い声とともに太った男の霊が13階から文字通り飛び出してくる。
 ポーズを決める3人の美少女――つまり貫太、シュライン、月斗をめがけて男――山田次郎の霊は突進した。
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アビラウンケン・ソワカ……縛!」  
「のわあっ!?」
 急速に範囲を狭めた慶悟の結界に阻まれ、山田次郎は見えない壁に激突してバッタリ倒れる。
「ふ、太った幽霊って初めて見たかも……」
 淡いブルーのメイド服を纏い、心底恥ずかしそうにミニスカートの裾を引っ張りながら、シュラインが呟いた。
 彼女が着ているのは、人気のアイドルグループ【ポニモニ】の最新曲の衣装のレプリカだ。
 確かに、幽霊といえば痩せていて色が白い、というのが定番な気がする。
「ともかく、さっさと除霊してしまいましょうよ……一刻も早く」
 笑顔をキープしたまま、しかし忌々しげに茶色いポニーテールのカツラを取った貫太が、どこか有無を言わせぬ口調で言った。
 同じく【ポニモニ】の衣装、ピンクのメイド服が華奢な身体になぜか妙に似合っている。
「お、男っ……?【ポニモニ】のマリちゃんだと思ったのにぃぃぃぃぃっ」
「大人しくしないと、怖いですよ?」
 ニコッと笑い、貫太は左手を山田次郎に向けた。手のひらから貫太が使役する式鬼・冥刹鬼がその顔を表し、牙を剥く。
「ひいぃぃぃっ、助けてー」
 情けない声をあげ、山田次郎は月斗にしがみついた。
 ぞわ、と全身に鳥肌を立てた黄色いメイド服の月斗は、
「離れろ!」
 全力で山田次郎を蹴り飛ばす。幽霊なのにみごとに蹴り飛ばされた山田次郎は、コテンと転がって、しくしく泣きはじめた。
「……計画は……成功したようですね……」
「勿論。俺の立てた計画には寸分の狂いもない」
 13階の部屋からやってきたシャルロットに、唯為が胸を張る。
 その瞬間、女装させられた貫太と月斗、そして併せて被害を被ったシュラインの怒りの視線が飛んだ。
 つまり、アイドルオタクの幽霊をおびき出すために、そのアイドルのコスプレをする――というのが唯為の計画なのだった。
「こうして成功したんだ、文句はないだろう?」
『ぐっ……』
 3人は言葉に詰まり、顔を見合わせる。
 興信所の評価を上げるため、ひいては草間のためだと『説得』させられたシュラインも。
 弟たちの生活費を稼ぐなら、なんだってやるんだろう?と言われて肯定してしまった月斗も。
 優しい橘姫君の本性がバレたら面白いだろうなぁと『脅迫』された貫太も、体を張った甲斐があったというわけだ。
 そうやって全員が談笑する中、おずおずと山田次郎が顔を出した。
「あのー……」
「なんだよ?」
 金髪のカツラを外し投げ捨てた月斗振り返ると、困惑した表情で山田次郎が座っている。
「これはどういうことなんですか?」
「もしかして……あんた、自分がどういう状態にあるか、気付いていないな?」
 慶悟が眉を跳ね上げ、ネクタイを緩めた。
 死者が彷徨っている場合、自分が死んだということに気付いていない場合が往々にしてある。
 つまり、この山田次郎も――コンサート・ツアー中に宿泊していたアイドルの【ポニモニ】に会いたいがために、屋上から13階に降りている途中で転落死してしまったことに、気付いていないのだ。
 できるだけショックを与えないように事情を説明すると、はじめて合点がいった風に山田次郎は何度も頷いた。
「そうですかー……そんな気はしてたんですけどねぇ」
「ともかく、どんな理由であれ死者が生者の領域を侵すのは、許されることじゃない。あるべき場所に逝くんだな」
 月斗がメイドエプロンのポケットから、呪符を取り出して構える。
 彼にとっては、正義や優しさなどの倫理よりも兄弟たちの存在の方が大きい。
 だからこんなにも無情になれるのだ。
 しかし、それにはシュラインが割って入った。
「待ってちょうだい。ここまで来たら、きちんと成仏して欲しいもの……なんとかならない?」
 ほかの男性たちに救いを求めるが、彼らは揃って首をひねる。
「成仏してもらうなら、その成仏できないでいる理由をどうにかしなくちゃいけませんけど……」
 貫太の言葉に慶悟もうなずき、
「そうだな。もちろんあんたが成仏を望むなら、協力は惜しまないが」
「し、したいですよぅ、そりゃあ……」
 矛先を向けられた山田次郎も、地面を叩いて主張する。
「で、山田とかいったか……貴様の望みはなんなんだ?言ってみろ」
 腕を組んで状況を見守っていた唯為は、彼を見下ろしたまま尋ねた。
 全員が固唾を飲んで見守る中、もじもじと恥ずかしそうにしていた山田次郎は、小さな声で言う。
「え、えーと……生の【ポニモニ】に会えたら成仏しても良いかな、なんて♪」
『……絶対ムリ』
 シャルロットを除く全員が、半眼で手のひらを横向きに振った。
 さすがに誰も、芸能人に会えるようなコネもツテもない。
 だが、それまで黙って様子を見ていたシャルロットが、のんびりと口を開いた。
「わかりました……私が、叶えて差し上げるわ……」
「できるのか?」
 驚いた顔で問う月斗に、シャルロットは無表情にうなずきを返す。
 シャルロットの能力は、誰かの望みを叶えることができるというものだ。たとえそれがどんな難題でも、その人が望むのであれば、必ず。
 彼女が山田次郎の額に手をかざすと、すぐに山田次郎の姿が霞みはじめた。
「要するに、幻覚を見せているということか」
 そう唯為が評したときには既に、ほとんど成仏が完了しかけている。
 感動して「うわぁ」とか「やったー」を繰り返す山田次郎に、一同は微苦笑を浮かべた。
 未練を残さず逝ってくれるなら、それにこしたことはない。
「嬉しいなぁ、生きててよかった――って、もう死んでるんでしたっけ」      
 ニコッと笑い礼を言うと、いくらもしないうちに山田次郎の姿は完全に消えてなくなった。
   

▼その後……

「お帰りなさい、おふたりとも」
 草間興信所に戻ると、出迎えてくれたのは主ではなく、その義理の妹・零だった。
「武彦さんは?」
 シュラインが問うと、零はなぜか首を傾げる。
 彼女がこういう態度をとるときは、知ってはいるけど言っていいものか、というパターンだ。
 一緒にここまでやってきたシャルロットに、
「ちらかってるけど、そこの椅子に座って待っていて下さいね」
 と勧めてから、シュラインは奥の部屋に向かった。
 伊達に草間興信所でアルバイトをしているわけではない――おそらく草間は奥の部屋であろう。
「お客さーん、終点ですよっ」
 バタン、と大げさな音をわざとたてながらドアを開けると、簡易ベッドで眠っていた草間が、そこから転げ落ちた。
「あいたた……よ、ようシュライン。お疲れさん」
「シャルロットさんも来てるから、早く出てきてちょうだいね」
 無理に貼りつけた笑顔で片手をあげる草間に、唇の端をつり上げるシュライン。
 こっちは仕事中だったというのに、寝ているとは無礼千万だ。
 静かにソファで待つシャルロットの隣にシュラインも腰を下ろし、零が紅茶を運んでくる。
 そしてようやく怪奇探偵も姿を現し、彼女らの対面に座った。
「約束通り……あなたの望みは叶えたわ……」
 微笑を浮かべる白い貴婦人に、草間は小さく頭を下げる。
「さっき電話で簡単に報告は聞いたが……君の力は本当にすごいもののようだな」
「そうかしら……?」
 誰かの望みを叶える能力――ただし、自分の望みだけは叶えられない。
「願い事は……自分の力で達成した方が、いいと思うけれど……」
「そうよ、武彦さん。まったくもう、恥ずかしいったら……」
 シュラインも口をとがらせて同意した。
 誰かに頼って叶えてもらうより、自分で努力しながら叶った願いのほうが嬉しいではないか。
「すみません……」
 しゅんと小さくなる草間を見て、女性たちはクスクスと笑い声を洩らした。
 
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■  登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/男/20歳/陰陽師】
【0720/橘姫・貫太(きつき・かんた)/男/19歳/『黒猫の寄り道』ウェイター兼・裏法術師】
【0733/沙倉・唯為(さくら・ゆい)/男/27歳/妖狩り】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
【1158/シャルロット・レイン/女/999歳/心理カウンセラー】


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■         ライター通信           ■
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 お待たせいたしました、担当ライターの多摩仙太です。
 この度は私などに発注して下さって、どうもありがとうございました!
 プレイングを頂いた瞬間、今回のちょっぴりコミカル路線が固まってしまい(笑)おそらく皆さん、幽霊の正体には驚かれているものと思います。
 ほとんどの方が「できるだけ穏便に片付けたい」という主張で行動して下さったからこその結果です。
 それにしても、女装だのコスプレだのさせてしまった3キャラのプレイヤーさん、申し訳ありません。
 少しでも楽しんでいただけたら幸いなのですが……。
 ちなみにそのコスプレアイテムがどこから出てきたかは、ご想像にお任せします〜。

 今回ご参加下さった皆さんは、ライターにとっては非常にノベルを起こしやすい、良いプレイングを書かれているなと思いました。
 この調子で、他のライターの依頼でも活躍して下さいませ。
 
 最後に重ねての御礼となりますが、今回は本当にどうもありがとうございました。 
 またどこかで御縁があることを切に願いつつ……。

 2002.12.13 多摩仙太