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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ツチノコ捕獲大作戦
●序
「ツチノコはいるのです」
 その依頼人、田中・智弘(たなか ともひろ)は草間興信所に来て、開口一番にそう言った。草間の加えていた煙草の灰が、ぽろりとその場に落ちた。どうみても中年の男が目をきらきらさせながら言う事は、普通におかしい状況に見える。
「は?」
「いえいえ、ツチノコですよ。知りませんか?」
「……蛇の太い奴みたいな生き物でしょ?名前だけなら知ってますけど」
「そうです。そのツチノコです。いや、最近ツチノコを見たという情報が舞い込んできましてね。是非ともお手伝い頂きたいと思って来たのですよ」
「はあ……」
 何故うちに来る……と草間は小さく舌打ちした。が、どんな依頼でも客は客。飯の種になりうる存在だ。
「それで、今度の日曜日に麝香川(じゃこうかわ)上流で、捜索が行われる事になったんですよ。そこで、是非こちらの調査員の方々にお力を貸して頂きたくて」
「うちの?」
 眉を顰めながら草間が問い返すと、田中はこっくりと頷く。
「腕利きの方ばかりだと聞いておりますし……不思議なものに精通してっらっしゃるとか」
(ある意味はな)
 草間は小さく溜息をついた。田中は「宜しく」と言って『ツチノコ捜索』の内容がかかれているチラシを手渡した。
「では、また日曜日に!あ、それとツチノコを捕獲したら金一封が出るんですよ。100万くらい」
「100万……!」
「私はツチノコが見たいだけですから、賞金は差し上げますよ。依頼料とは別に」
 そう言って、田中は帰っていった。跡に残された草間の顔は輝いていた。プリントには「場所:麝香川、時間:朝10時から夕方4時まで、持ち物は自由、賞金100万円」と書いてある。そこに草間は赤ペンで書き加える。
「これでよし」
 満足げに頷き、壁に貼る。
『参加者は草間まで。ただし、賞金の1割は興信所に納めること!』

●土曜日・午後1時
「あら、このチラシ……」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は、首からかけている眼鏡をかけて草間興信所の壁に無造作に貼ってあるチラシを見た。草間が溜め込んでいた資料の整理の途中で、つい見つけてしまったのだ。はらりと落ちてくる黒髪を耳にかけ、透き通る青の目で文字を追っていく。
「ツチノコ……ねぇ」
 小さく苦笑しながらシュラインは眼鏡を外した。
「ああ、それ凄いだろう?何てったって100万だぜ?」
 シュラインの様子に気付いたらしい草間がにんまりと笑いながら声をかけた。
「古事記に出てたとか兵庫県千種町で生け捕りに2億円の賞金懸かってた蛇よねぇ?確か」
 記憶の糸を手繰り寄せ、シュラインは言う。
「なぬ、2億円!」
 草間の目が、鋭く光る。
「とは言っても、未だに有効かどうかなんて知らないわよ?」
 苦笑しながらシュラインは言う。しかし、草間は口元を緩ませながら「2億」と呟いている。
「もしも捕獲できたら、その場で100万貰って。その後兵庫県で2億かぁ。……合計2億100万円……1割でも2010万」
(捕らぬ狸の皮算用って言葉の実例が目の前にいるわ)
 シュラインは草間の様子についつい笑みをこぼす。
「で、どうするんだい?君も参加するのか?」
 何故か期待に満ちた目で草間が尋ねる。
「そうねぇ。参加してみようかしら?」
(面白そうだし。ピクニックみたいだし)
 心の中でこっそりと付け加え、シュラインは笑った。手にしていた資料を片付け、パソコンの前に座る。
(まずはツチノコの生態と情報。これが無いとね)
 ネットで検索をかける。「ツチノコ」という単語によるヒット数は、何と4000以上。全てをチェックするには多すぎる数だ。シュラインは小さく苦笑しながら、検索結果の中から目に付いた一つをクリックする。ツチノコの生態や歴史、名称や目撃情報等が事細かに載っている。それの主だった事項をメモし、それからまた小さく笑った。
(ここまでだと、いそうな気がしてくるから不思議ね)
 メモの中で、更に目に付いたのは、50cmから1mという意外に大きな体長と「チー」という鼠に似た声を発するということ、そして土に巣穴を掘り、直射日光を避け、非常に敏捷だと言う事。
 シュラインはちらりと暦を見、それから自分が着ている服を見る。
(少しは涼しくなってるし、動きが鈍くなってたらいいんだけど)
「どうだい?見つけられそうかい?」
 妙に期待に満ちた目で、草間はシュラインに声をかけた。シュラインは苦笑しながら「そうねぇ」と曖昧に答える。
「とりあえず、過度な期待しない方が良いわよ?武彦さん」
 シュラインの言葉に一瞬草間はきょとんとし、それから「いやいや」と何かを振り切るように手を振った。期待してはいないと言いたいのであろうが、そんなものは建前でしかない事は一目瞭然だ。
(そうねぇ……お弁当でも作っていこうかしら。何人この草間興信所から行くかは知らないけれど……多目に作っていけばいいし)
 シュラインはお弁当に詰めていくおかずをぼんやりと考える。芋の煮っ転がしだけは欠かすまいと、密やかに心に決める。家庭的な日本料理……いわゆる「お袋の味」は得意なシュラインだが、特に芋の煮っ転がしには絶大な自信を誇っていた。事実、美味しいのは今まで食べさせてきた人間からお墨付きを貰っていた。
「忙しくなるわね」
 小さくシュラインは呟き、微笑む。勿論、明日の弁当作りが、だ。
「じゃあ、武彦さん。悪いけど、私今日はもう帰るわね」
 荷物を纏め、シュラインは席を立った。チラシに『参加者は正午にスタート地点に集合の事』と書き加えて。
「ああ。明日の準備かい?」
「そう、準備。お買い物にいかなくっちゃ」
「買い物?」
(食材のね)
 心の中で付け加え、シュラインは草間興信所を後にした。今から仕込みに入っておけば、十分明日に間に合う筈だと考えながら。

●日曜日・午前9時半
 シュラインは空を見上げ、ううん、と伸びをした。青天の空。麝香川上流は空気も綺麗で、本当にピクニックにはもってこい、といった感じだ。
「作ったかいがあったわ」
 大量の弁当の入った袋を見て、シュラインはにっこりと微笑む。
(こういういい天気の、美味しい空気の場所で食べるお弁当って最高なのよね)
 今回の料理の出来は、満点をつけてあげたいほど上手く出来た、とシュラインは反芻する。綺麗に詰められたお弁当。今から自分でも楽しみだ。
 前方に設置されている簡易テントは、本部が設置されている。今回の捜索に携わる人間が登録を途切れなくしている。シュラインも、先ほど済ませたばかりだ。
「……あら」
 不意に酒の匂いがし、シュラインはそちらに目をやった。そこには緩くウェーブのかかった長い黒髪を一つに束ねた青年がいた。九尾・桐伯だ(きゅうび とうはく)だ。こちらもシュラインに負けず劣らず大きな袋を持っている。
「一体何を持ってきたの?九尾」
 シュラインは桐伯に近付きながら話し掛ける。
「おはようございます、エマさん」
 桐伯は微笑み、礼をする。シュラインもつられて「おはよう」と微笑みながら礼をした。
「これは、ツチノコ捕獲後の為の道具ですよ」
「……お酒のにおいがするんだけど?」
 シュラインの疑問に、桐伯は微笑む。
「そうですよ。……私はバーテンダーですから」
 答えになっているようななってないような事をいい、桐伯は笑った。シュラインは「ま、いっか」と言って共に開会を待つ。ふと腕時計を見ると、時刻は10時5分前をさしていた。集合場所に設置されている台に依頼人である田中が上がり、マイクのチェックを入念にしている。もうすぐ始まるのであろう。トントン、というマイクの音源を確かめる音が響く。
「えー……時間が参りましたので、これより第一回ツチノコ捜索大会を開催致します」
 シュラインは周りを見回す。総勢約40名。皆、思い思いの荷物を手に開会式に臨んでいる。
(草間興信所からの参加者は……駄目、分からないわ。でも、正午になれば集合する筈だから分かるわね)
「……では、皆様の健闘をお祈りしております」
 挨拶が終了する。そして、注意事項が始まる。田中とは違う、中年女性の声が響く。
「注意事項をお伝えします。時間は今から午後四時までとなっております。登録をされてない方は、まずはこちら本部に登録してから捜索に赴いてください。途中、休憩や帰宅をされても結構ですが、帰られる場合はこちらの本部にまでお伝え下さい」
と、ここまでは他の様々な大会と殆ど代わり映えのしないものであった。確かに、ここまでは。
「尚、ツチノコ捜索において『ハズレ』をひいたとしても持って帰る、破損等の行為はお止めくださいますよう、お願い致します。その場からなるべく動かさないで下さい」
(ハズレ?)
 集合している皆の頭に、『?』マークが浮かぶ。
「生け捕りした場合は、直ちに本部まで連れてきて下さい。それでは、登録の方をされた方は捜索を始めてください」
 シュラインと桐伯は、顔を見合わせる。
「ねえ、今の……どう思う?」
「ハズレ……ですか」
「ええ」
 沈黙が生じる。
「……考えていても仕方ないですね。ともかく、捜索してみましょう。そうすれば自ずとハズレの意味が分かるかもしれないですし」
「……そうね。じゃあ、お互い頑張りましょうね」
「そうですね。とりあえずは、また正午に」
 二人はそう言って別れる。シュラインは空をもう一度見上げて呟く。
「ハズレ……か」

●午前11時半
「巣穴も無いわねぇ」
 小さく呟き、シュラインは溜息をついた。かれこれ一時間ほど歩き回り、怪しげな場所に巣穴が無いかを見て回り、時々耳を澄まして音に気をつけ……それでも、手がかり一つ無い。
「そういえば、気になる言葉があったわね」
 シュラインは反芻する。……ハズレ。普通に考え、捜索するのに「ハズレ」についての注意があるというのはどういう事であろうか?大会本部の真意が分からない。大会本部自体が「ハズレ」を用意しているのか、それとも「違うものを持ってくるな」という牽制だったのか……。しかも、それを持って帰ったり壊したりするなと言っていた。どう考えてみても、おかしい。
「一体、どういう事かしら?」
 首を傾げ、それからシュラインは時計に目をやる。午前11時半。そろそろスタート地点に戻り、皆を待ってもいい頃だ。手にはお弁当。丹精こめた、お弁当。
「あら」
 スタート地点に戻る途中、何かを発見する。陣笠の式神。陰陽師である真名神・慶悟(まながみ けいご)の使役する高位の式神十二神将が一人だ。
「何か見つかった?」
 話し掛けると、式神は何も言わずに一つの方向を指差す。シュラインは暫く考えた後、耳を澄ます。微かだが「チー」という声がする。
「まさか、ツチノコ?」
 式神は懐から投網を取り出す。シュラインはそれが慶悟が持たせたものであろうと想像すると、何故だか吹き出してしまった。
「私が声で惑わすから、捕獲を頼むわ」
 式神が頷く。シュラインはたった今聴いたツチノコと思わしき声を真似る。シュラインの能力は完璧だ。ツチノコは仲間の声と間違えるはずだ。そうして、恐らく油断したであろう頃とを見計らい、式神が動いた。素早く間合いを取り、投網を放つ。
「やったの?」
 シュラインが尋ねると、式神は投網に何かを絡ませたまま一瞬のうちに何処かに行ってしまった。恐らくは、使役者である慶悟の元に。
「あらあら、私だって協力したんだけどな」
 シュラインは苦笑しながらスタート地点に向かう。慶悟は式神を使役していた。と言う事は、自分はスタート地点から動かずにじっと式神からの報告を待っているに違いない。
「……あらあら」
 スタート地点に辿り着くと、案の定慶悟の姿があった。先程の式神も一緒だ。何やら悔しそうに叫んでいる。
「……下らん事を!」
 苦笑しながらシュラインは近付く。そこには金髪に派手な格好の青年がいた。慶悟だ。
「どうしたの?真名神」
「エマか……。さっきは協力して貰った」
「そうね」
「だが、それは無駄だったようだ」
 慶悟は苦い顔のまま投網の中身をシュラインに投げて寄越した。シュラインはそれを上手に受け取り受け取り、まじまじと見る。それはぬいぐるみだった。内蔵されていると思われるスピーカーから「チー」という声が聞こえる。思わずシュラインは吹き出してしまった。
「あらあら、これって『ハズレ』じゃないの?」
「そうらしい。ちっ」
 心から忌々しそうに慶悟が言う。
「でも真名神。これをもって来たらいけないんじゃないかしら?」
「何故」
「開会式で言われたでしょう?」
「……確かそんな事を言っていたな」
 今思い出したかのように慶悟は言った。
(嘘ね。きっと、私が言わなかったらそのまま壊してしまおうと思ったはずよ)
 シュラインは小さく微笑む。
「なるほど、これがハズレって訳ね。なかなか可愛らしいじゃない」
 目はつぶらな、ツチノコのぬいぐるみ。普通に売ってそうなほど可愛らしい。慶悟は渋い顔をしているが。
「今一度先程の場所に行き、これを設置して来い。そして、今度は間違えぬように」
 慶悟は式神に命じる。
(妙に必死ね、真名神)
 シュラインは微笑む。慶悟の目的は、恐らく賞金。捕らぬ狸の皮算用が、ここにもいる。
「ところで、そろそろ正午じゃないのか?」
 慶悟が言うと、シュラインは時計に目をやる。正午五分前。
「あらあら、本当だわ。皆が集まってきちゃう」
「何か目印でもあるのか?ただ漠然とスタート地点に集合と言われても、目印がないと困るだけだぞ」
「それもそうねぇ」
 シュラインはそう言い、暫く考える。
「……おい、シュライン。まさか……」
「簡単な方法は、一つあるわ」
「いや、だから待て。俺は今お前に一番近くてだな……」
「あらあら、程よく正午だわ」
「聞け!」
 心なしか青い顔をして慶悟が叫んだ。シュラインはそれに対してにっこりと微笑んだ。綺麗な綺麗な笑みをもって。慶悟は溜息をつく。どうやらしっかりと諦めたようだ。
「じゃあ、しっかり耳を塞いでいてね」
 シュラインはそう言うと、すう、と大きく息を吸った。慶悟はしっかりと耳を塞ぐ。心なしか、やはり顔が青い。シュラインは声を出す。ホイッスルの音だ。大会本部の人間が、簡易テントからこちらを見ていたが、構わずにシュラインは声を出す。
「……分かりやすいわよね」
 一応声を出すのをやめ、シュラインは言った。慶悟はじんじんと唸る耳から手を離す。
「そりゃそうだろう。分かりやすいだろうとも」
 耳がうまく機能してないのか、いつもよりも多少大きな声で慶悟は言った。シュラインは再び綺麗に微笑んだ。
「ほら、来たわよ」
 草間興信所からの調査員だと思われる人間が集まってきた。それを見てシュラインは手を大きく振るのだった。

●正午
 草間興信所からの調査員が集合した。先程鳴り響いたシュラインのホイッスルによって。
(嫌だわ、まだ耳が痛いのかしら?)
 渋い顔をしている慶悟を見て、シュラインは苦笑した。
「さっきのは、エマさんの声だったんですね」
 にっこりと笑いながら、茶髪に緑の目の青年が言った。灰野・輝史(かいや てるふみ)だ。
「凄いですね。てっきり、本当のホイッスルだと思いましたよ」
 こちらもにこにこと笑いながら桐伯が言った。
「本当に俺と同じ声帯を持っているのか、不思議に思えてくるから不思議だよな」
 傍らに黒い柴犬を携え、黒髪に緑の目を持った青年が心から不思議そうに言った。鋼・孝太郎(はがね こうたろう)だ。
「にしても、慶悟君。残念だったね、ハズレ」
 にやりと笑いながら、黒髪に黒の目を持つ青年が言う。影崎・雅(かげさき みやび)だ。慶悟は鋭い顔でシュラインを見てきたが、シュラインはにっこりと笑って返す。先程、合流してすぐに皆に「ハズレ」の事を話したのだ。
「とりあえず、お弁当を作ってきたの。食べましょう」
 シュラインが言う。皆「おお」と言いつつ腰掛ける。シュラインの大きな袋から取り出されたお弁当は、彩りも豊かで見るからに食欲を誘った。次々に箸が飛び交い、中身がなくなっていく。シュライン自慢の芋の煮っ転がしは、瞬く間になくなっていった。
「なあ、俺思ったんだけどさ」
 袋から苺大福や団子、それにわらび餅を取り出しながら雅が口を開いた。お弁当は殆どなくなっており、それぞれ茶を飲んだりくつろいだりしていたが、目の前に並べられたデザートに注目する。
「この大会、無意味じゃないのか?」
 雅の言葉に、皆が固まる。単刀直入な雅の言葉に、皆も感じ取っていた何と無くの予感が一致した瞬間だった。
「……実は、俺、麝香川の主様と思われる方と接触したんですが……」
 アストラル視覚を有する輝史が口を開く。「ただ、笑われてしまって」
「私の聴覚にもひっかからないなんて……」
 ソナーにも匹敵すると言う聴覚を持つ桐伯が口を開く。「ただの一度もですよ?異常ですよ」
「……俺の十二神将も見つけられん」
 慶悟は徐に口を開く。「見つけたのは、ハズレだけだ」
「俺のわんくうもだ!」
 黒い柴犬にジャーキーを与えながら孝太郎が口を開く。「過去からの贈り物なら見つけたけど」
「タイムカプセルな」
 雅が注釈を加える。
「そうよね。まず第一にハズレと言う概念が存在しているのがおかしいのよね」
 雅の持ってきた団子を口に持っていきながらシュラインは口を開く。「それに、目撃証言も怪しいわ」
 皆がしんと静まり返る。……そう、そもそも目撃情報というのがおかしい。本当にいると思っているのに、何故「ハズレ」が存在する?
「……それなんだが、エマ」
 慶悟は口を開いた。皆が慶悟に注目する。
「目撃証言をした者達は、本当に『ツチノコ』を見たんだろうか?」
「……そうですね。嫌な予感がするんですが……」
 輝史は苦笑しながら同意する。
「ハズレを見て、ツチノコだと思った……って事?」
 シュラインが後を続けた。
「確かに、話はつながりますね。『決して壊したり動かしたりするな』っていうところからも。……至極残念ですけど」
 傍らに置いてある大きな荷物に目をやり、桐伯が言った。
「えー!肉……」
 両手一杯に持っていた赤い木の実を袋に詰めていた孝太郎が、思わず声をあげた。
「あーなんかそれっぽい。……ぽち?」
 雅が納得しそうにすると、突如ぽちが走り出した。そして何かを必死で引っ張りながら帰ってくる。慶悟の顔が心なしか青くなる。
「あ、わんくう!」
 ぽちの行動に加担しようと、わんくうが駆け出した。そしてぽちが引っ張ってきたものを一緒になって引っ張る。慶悟は立ち上がって雅と孝太郎に近付く。
「お前ら……」
 それは慶悟の式神だった。大きいサイズの式神を、必死になって引っ張ってきているのだ。思わぬ処遇に、式神が動揺している。
「……アクシデントと言うのは、いつ何時起こるか分からないもんだな、慶悟君」
「……おい」
「……そうだよな。むしろ起こっているアクシデントに真っ向から立ち向かっていくべきだよね」
「……こら」
 シュライン・桐伯・輝史は、顔を見合わせて笑っている。それが慶悟の苛立ちを助長させる。
「もういい!ここにはツチノコなんぞいない!」
 慶悟はそう言って式神を呼び戻す。突如無くなった対象に、ぽちとわんくうが戸惑っている。
「いいハイキングになったと思いましょう。ね?」
 シュラインが目の端にある涙を拭きながら言った。腹を押さえている所を見ると、存分に笑ったのであろう。
「そうですよ。僕は貴重な体験ができましたし」
 輝史が笑いながら言った。
「美味しそうな木の実も取れたし」
 孝太郎が袋につめた木の実を見ながら言った。
「……あんまりいいものではなかったが」
 慶悟が渋い顔で行った。
「まあまあ。お酒でも飲みましょう。折角ですから」
 桐伯が大きな袋から何かを取り出す。中から出てきたのは泡盛。全てを包み込むかのような香りが、辺りに広がる。その場は当然宴会モードになる。
「そういや、俺、伊部屋さんから新製品をもらったんだ」
 ごそごそと雅が袋から饅頭を取り出す。丸い形をした、白い饅頭。
「和菓子の店か?」
 慶悟は眉を顰めながら尋ねる。雅は「そうそう」と頷き返す。
「へえ、何ていうの?」
 シュラインが尋ねると、雅は「コロリン饅頭」と答えた。途端、桐伯が笑い始めた。皆が桐伯に注目する。
「どうしたんです?九尾さん」
 輝史が尋ねると、桐伯は饅頭を一つ取ってにっこりと笑った。
「いるじゃないですか、ツチノコ」
「ええ?何処に?」
 孝太郎が身を乗り出すと、桐伯は微笑を崩さずに言葉を続けた。
「コロリンとは、ツチノコの別名ですよ」

●午後2時
 草間興信所の一行は、思う存分宴会を楽しんでから本部に行く。田中が期待に満ちた目で「見つかりましたか?」と尋ねてきた。雅は何も言わずに饅頭を差し出す。コロリン饅頭だ。
「何ですか?これ」
「ええと……浪漫の欠片……かな?」
 雅はそう言って笑う。
「では、私達はここら辺で帰ります。ツチノコを発見できないみたいですし」
 シュラインが代表してそう告げた。
「そうですか……皆さんの力をもってしても、見つかりませんでしたか。残念です。折角目撃情報もあったんですが……」
(そもそもその目撃情報が問題なのよね)
 シュラインはそう考えて苦笑した。
「では、これを」
 田中はそう言って封筒を6人に渡す。中には鉛筆二本と、何かの紙が入っていた。表の封筒には『参加賞』と書いてある。
「依頼料とは別に。どうぞ」
 笑顔で田中は皆に告げた。皆、貰ってどうしようという顔をしている。
「良かったらまた参加して下さいね!」
(また……?)
 6人は帰りかけてから、立ち止まった。封筒を我先にと開け、中に入っている紙を広げた。そこには『第二回ツチノコ捜索大会開催決定!』とある。
「また……する気なんですね」
 ぽつり、と輝史が呟く。
「こりないですね」
 苦笑し、桐伯が呟く。
「尊敬に値するなあ」
 妙に感心しながら、孝太郎が呟く。
「ある意味誇れるな」
 呆れながら、慶悟が呟く。
「また依頼しに来なきゃいいけど」
 溜息をつきながら、シュラインが呟く。
「いい夢見せて貰ったな、ぽち」
 にやりと笑いながら、雅が呟く。
「ああ、そうそう。1割1割!」
 孝太郎が突如叫んで鉛筆を一本取り出し、シュラインに渡す。
「何?これ」
「1割じゃなくて5割だけどさ、草間さんに渡して」
「え?」
「1割」
 その言葉に、皆が一本ずつ鉛筆を取り出し、シュラインに渡す。シュラインは思わず吹き出した。
「じゃ、帰りましょうか」
と、6本の鉛筆を鞄に入れながらシュラインが皆を促したその瞬間だった。
「チー!」
 ばびゅん!何かがそう叫んで目の前を大きく横切った。何かが、飛んだ。高さは2メートルほどであろうか、かなりの高さだ。そしてその何かはもの凄いスピードで消え去った。遠くから、ゴロゴロと転がるような音が響き、またしんと静かになる。
「……見た?」
 雅の言葉に、皆が頷いた。
「飛んだわね……」
とシュライン。その何かが飛んでいった方向をじっと見ている。
「いたんですね」
と輝史。ぽかんと口を開けたままだ。
「惜しい事をしましたね」
と桐伯。密閉容器と空になった泡盛の入っていた瓶を見つめている。
「……肉が!」
と孝太郎。隣でわんくうが「きゅうん」とないた。
「何て事だ……」
と慶悟。口にしていた煙草に、火をつける様子は無い。
「……どうだろう。ここは何も見なかったと言う事で」
と雅。その提案に皆が頷いた。相手が悪いような気がしてならなかった。皆の心は一つ。
――ツチノコ、転がるしかないくせに飛びすぎ!

 午後5時。シュラインは草間興信所にいた。草間に6本の鉛筆を笑顔で渡す。
「これ、何?」
 酷くがっかりしたように草間が尋ねる。
「参加賞よ。良かったわね、武彦さん」
「……まあね」
 力なく草間が答える。シュラインはその様子につい吹き出す。勿論、最後に見たツチノコの事は、きっちりと黙っておきつつ。

<依頼完了・秘密共有付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】
【 1064 / 鋼・孝太郎 / 男 / 23 / 警察官 】 

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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは、お待たせしました。ライターの霜月玲守です。この度は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うござました。
今回は念願のコメディタッチです。いかがだったでしょうか?

シュライン・エマさんは紅一点でしたね。プレイングで一番素敵だと思ったのは何といってもお弁当。芋の煮っ転がしを登場させたくてうずうずしていたので、凄く嬉しかったです。どうだったでしょうか?重い弁当を頑張って持っていって頂きました。

今回、一つ目標がありました。それは、以前やった「どこまでバラバラに動けるか」実験の応用編です。途中で諦めた節があって申し訳ないです。本当はお一人の方に全員一回ずつ会って頂いておこうと思っていたのですが、人数の関係から諦めざるを得ませんでした。すいません。また機会があれば、また挑戦したいと思っております。
とはいっても、やはり今回もそれぞれの文章となっております。同じに見えても、ちょっとずつ違ったりしておりますので宜しければ全員分に目を通していただければ光栄です。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。