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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ツチノコ捕獲大作戦
●序
「ツチノコはいるのです」
 その依頼人、田中・智弘(たなか ともひろ)は草間興信所に来て、開口一番にそう言った。草間の加えていた煙草の灰が、ぽろりとその場に落ちた。どうみても中年の男が目をきらきらさせながら言う事は、普通におかしい状況に見える。
「は?」
「いえいえ、ツチノコですよ。知りませんか?」
「……蛇の太い奴みたいな生き物でしょ?名前だけなら知ってますけど」
「そうです。そのツチノコです。いや、最近ツチノコを見たという情報が舞い込んできましてね。是非ともお手伝い頂きたいと思って来たのですよ」
「はあ……」
 何故うちに来る……と草間は小さく舌打ちした。が、どんな依頼でも客は客。飯の種になりうる存在だ。
「それで、今度の日曜日に麝香川(じゃこうかわ)上流で、捜索が行われる事になったんですよ。そこで、是非こちらの調査員の方々にお力を貸して頂きたくて」
「うちの?」
 眉を顰めながら草間が問い返すと、田中はこっくりと頷く。
「腕利きの方ばかりだと聞いておりますし……不思議なものに精通してっらっしゃるとか」
(ある意味はな)
 草間は小さく溜息をついた。田中は「宜しく」と言って『ツチノコ捜索』の内容がかかれているチラシを手渡した。
「では、また日曜日に!あ、それとツチノコを捕獲したら金一封が出るんですよ。100万くらい」
「100万……!」
「私はツチノコが見たいだけですから、賞金は差し上げますよ。依頼料とは別に」
 そう言って、田中は帰っていった。跡に残された草間の顔は輝いていた。プリントには「場所:麝香川、時間:朝10時から夕方4時まで、持ち物は自由、賞金100万円」と書いてある。そこに草間は赤ペンで書き加える。
「これでよし」
 満足げに頷き、壁に貼る。
『参加者は草間まで。ただし、賞金の1割は興信所に納めること!』

●土曜日・午後4時半
「……どうも」
 ノックもせずに、真名神・慶悟(まながみ けいご)は草間興信所のドアを開けた。途端、煙草の煙が溢れてくる。
「換気くらいしたらどうだ?」
(人の事はいえないが)
 心の中でこっそりと付け加え、慶悟は言った。
「おお、悪い悪い」
 大して悪いとも思っていないであろう口調で草間が言う。
「何かあるか?」
 尋ねる慶悟に、草間はにんまりと笑う。
「あるとも」
 そう言って、指である場所を指し示す。興信所の壁に無造作に貼られている、何の変哲も無いチラシ。慶悟は金髪から覗く黒の目を凝らし、それを見る。
「……ツチノコ……」
 ぼそり、と慶悟は呟く。
「そう、ツチノコ!」
 妙に嬉しそうに草間が答える。
「本当にいるとでも……」
「いたら100万だよ?」
 ぴくり、と慶悟の動きが止まる。
「1割ここに収めて貰っても、90万は手元に残るよ?」
 追い討ちをかけるような草間の言葉に、ぴくぴく、と慶悟が反応する。
(それだけあれば、カートンサイズの煙草がいくつ買えるだろうか)
 不意に頭で計算を始めてしまう。草間がそれを見越したように、にんまりと笑う。
「ほらほら。参加したくなってきただろ?」
「……胡散臭さから言ったら、現代の陰陽師とて同じ事……」
「ん?」
「眉唾ものだが、いないと断言できるものでもない」
 ぐっと拳を握り、慶悟は言う。草間が「しめしめ」と言ったように笑う。
「場所は……麝香川上流?」
(また山か……)
 うんざりしたように慶悟が溜息をつく。以前、散々山を登った覚えがある。あまりいい思い出ではない山登りが。
(まあ、いい。今回はのんびりすればいいだけの話だ)
 慶悟は密やかに固く決心をする。
「真名神君は、賞金は欲しいよね?」
 確認するかのように草間が尋ねる。
「勿論だ」
 強く、慶悟は頷く。ほっとしたように草間は胸をなでおろす。
「どうした?」
 慶悟が尋ねると、草間は新たに煙草をくわえながら「どうもこうも」と呟く。
「賞金はいらないから、酒に漬けるんだとか」
「え?」
「見るだけ見て、元に戻すとか言うのがいてねぇ」
「なぬ?」
(中々、面白い奴がいるものだ)
 折角見つけた換金物を、酒に漬けたり元に戻したりする輩がいる。それは小さな驚きであった。少なくとも、慶悟にとっては。
「ま、明日会えると思うよ。出来れば頑張って先に生け捕ってくれ」
「……そうだな」
 慶悟は深く頷く。90万あれば、カートンサイズの煙草をたくさん買う事が出来るのだから。今一度チラシを確認する。
「正午に集合……か」
 慶悟はそう呟き、草間興信所を後にするのだった。

●日曜日・午前9時50分
 天気は良好、体調は万全。そして、つくづく慶悟は実感してしまう。
(また……山に登ってしまった)
 清々しい空気、遠くから聞こえる小鳥のさえずり。どれもこれも『山』を強調しているかのようだ。慶悟は頭を振ってその考えを追い出し、それから現実に戻る。麝香川上流には、多数の参加者が一箇所に集まっていた。本部と書かれている簡易テント。どうやらそこで登録しているようだ。慶悟もそれに倣い、登録を済ませてから開会を待つ。きょろきょろと辺りを見回す。そしてふと見つける、良さそうな木陰。
(あそこがいい)
 慶悟は小さく笑う。
(今日は、あそこから動かん。式神達に任せて、俺はのんびりと朗報を待たせてもらおう)
 慶悟が一人決めていると、突如マイクの音源を確かめるようなトントンという音が響いた。そして、中年男性がマイクの前に立つ。依頼人の田中だ。
「えー……時間が参りましたので、これより第一回ツチノコ捜索大会を開催致します」
 慶悟は再び周りを見回す。総勢約40名。皆、思い思いの荷物を手に開会式に臨んでいる。
(結構な人数だ。草間興信所の人間は分からんが)
 だが、正午には集合する事となっている。今は会えずとも、その時になれば嫌でも分かる事と成るのだ。
「……では、皆様の健闘をお祈りしております」
 挨拶が終了する。そして、注意事項が始まる。田中とは違う、中年女性の声が響く。
「注意事項をお伝えします。時間は今から午後四時までとなっております。登録をされてない方は、まずはこちら本部に登録してから捜索に赴いてください。途中、休憩や帰宅をされても結構ですが、帰られる場合はこちらの本部にまでお伝え下さい」
と、ここまでは他の様々な大会と殆ど代わり映えのしないものであった。確かに、ここまでは。
「尚、ツチノコ捜索において『ハズレ』をひいたとしても持って帰る、破損等の行為はお止めくださいますよう、お願い致します。その場からなるべく動かさないで下さい」
(なぬ?)
 集合している皆の頭に、『?』マークが浮かぶ。
「生け捕りした場合は、直ちに本部まで連れてきて下さい。それでは、登録の方をされた方は捜索を始めてください」
 慶悟の動きが止まった。
(今、何と言った?ハズレ?何だ、それは)
「ハズレ?何じゃそりゃ」
 突如後から声がして、慶悟は恐る恐る振り返る。良く知っている声だったのだ。そして、それは大当たりする。黒髪に黒目、不適に笑う口元。影崎・雅(かげさき みやび)だ。
「影崎……」
 何となく疲労感を覚え、慶悟はそれだけ言った。
「よ、慶悟君。守備はどうだい?」
「それよりも……その犬」
「狼さんだってば。失敬だよな?ぽち」
 ぽち、と呼ばれた黒い狼が「ぐう」と唸る。慶悟にとって、「ぽち」は決してよい思い出を伴ってはいない。今までの経験から言って。
「あんたも参加するんだな」
「まあね。面白そうじゃん?」
(あんたにとってはそうだろうけど)
 慶悟にとっては、面白いという言葉だけではすまない。何せ、カートンサイズの煙草が目の前にちらついていたのだから。
「いいか、影崎。重ね重ね言うが、躾はきちんと……」
「はい」
 慶悟の言葉を遮り、雅は何かを手渡した。それは、何の変哲もない大福……に見える。
「……何だ?これ」
 暫く大福を見つめた後、慶悟は口を開いた。雅は悪戯っぽく笑う。
「葱饅頭」
「え?」
「冗談だって。……多分ね」
 雅は硬直する慶悟に対して、にんまりと笑う。
(恐らく嘘だな。この世に葱饅頭など在るわけが無い。……以前、らーめん麻生に葱ラーメンがあると言って行った時だって、嘘だったんだ)
 そう確信しながらも、何となく口には持っていけない。大福はどう見ても普通の大福に見え、さらにちらりと豆なども見える。
(恐らく豆大福。豆大福だ!)
「じゃ、俺は行くから。また正午にね!」
「お、おい影崎。これは本当に葱では……」
「行くぞ。ぽち!」
 雅はぽちを促して行ってしまった。慶悟は仕方なく大福を手にしたまま式神を呼び出す。
「陣笠の式神は……止めておこう」
 慶悟はそう呟き、高位の式神十二神将を呼び出す。陣笠で顔は見えないものの、人と同じか、少し大きい位の導師の姿をした意識を持つ式神が召還される。
「我が意に留まりしもの……ツチノコを探せ。生きたままの捕獲を旨とし、見つけたならば伝心を以て知らせよ」
 慶悟はそう命じ、そして付け加えた。
「黒い犬には、注意しろ」

●午前11時半
 手の中の大福を弄びながら、慶悟はぼんやりと式神からの報告を待っていた。時計をちらりと見ると、既に午前11時半を指していた。
(中々難しいものだな)
 慶悟はふう、と小さく溜息をつく。そんな時、式神の一人から連絡が入る。ツチノコらしき声を聴いたと。そして、シュライン・エマ(しゅらいん えま)に出会ったと。
「協力し、捕獲せよ」
 そう慶悟はいい、目を閉じる。
「下僕が観るは我が映し、下僕が聴くは我が識、下僕が為すは我が為しなり……我が意通じ、呪を紡ぐ事叶え、艱難を越えん」
 呪を唱えると、式神の行動が自分のものとして成る。微かに耳に聞こえる「チー」と言う声。慶悟が操りし式神は懐から投網を取り出す。シュラインが何故だか吹き出してしたが、気付かなかったふりをする。
「私が声で惑わすから、捕獲を頼むわ」
 頷く。シュラインはたった今聴いたツチノコと思わしき声を真似る。シュラインの能力は完璧だ。ツチノコは仲間の声と間違えるはずだ。そうして、恐らく油断したであろう頃とを見計らい、式神が動いた。素早く間合いを取り、投網を放つ。
(捕らえた!)
「やったの?」
 シュラインが尋ねてきた。だが、余り長い時間式神に反映させておくのは疲労が増す。とりあえずは自分の所に呼び寄せる。意識がスタート地点にいる自分に戻る。慶悟は戻ってきた式神に「よくやった」といって、雅から受け取った大福を与える。それを無造作に式神は口へと放り込んだ。
「……葱か?」
 慶悟の問いに、否、と返してくる。
(やはり普通の豆大福だったか。悪戯が過ぎる奴だ)
 慶悟は一通り大福の事を思い、それから投網に絡まっている何かを見る。それは、ぬいぐるみだった。内蔵されていると思われるスピーカーから「チー」という声が聞こえる。
「……下らん事を!」
 思わず慶悟は吐き捨てるように言う。そして、背後から気配が近付いてくる。振り向くと、そこには黒髪に青い瞳を持つ女性が苦笑しながら立っていた。シュラインだ。
「どうしたの?真名神」
「エマか……。さっきは協力して貰った」
「そうね」
「だが、それは無駄だったようだ」
 慶悟は苦い顔のままぬいぐるみをシュラインに投げて寄越した。シュラインはそれを上手に受け取り受け取り、まじまじと見る。そして吹き出しす。
「あらあら、これって『ハズレ』じゃないの?」
「そうらしい。ちっ」
(絶対に壊してやる)
 心から忌々しそうに慶悟が言い、そして心に誓う。
「でも真名神。これをもって来たらいけないんじゃないかしら?」
「何故」
「開会式で言われたでしょう?」
「……確かそんな事を言っていたな」
 今思い出したかのように慶悟は言った。本当は壊してしまおうとしていたのを見抜かれたか、と小さく舌打ちする。シュラインは小さく微笑んだ。
「なるほど、これがハズレって訳ね。なかなか可愛らしいじゃない」
 目はつぶらな、ツチノコのぬいぐるみ。普通に売ってそうなほど可愛らしい。ただしそれは、あくまで普通に売っていたらの話だ。
「今一度先程の場所に行き、これを設置して来い。そして、今度は間違えぬように」
 慶悟は式神に命じる。慶悟の命をうけ、式神は放たれる。それから、時計をちらりと見て口を開く。
「ところで、そろそろ正午じゃないのか?」
 慶悟が言うと、シュラインは時計に目をやる。正午五分前。
「あらあら、本当だわ。皆が集まってきちゃう」
「何か目印でもあるのか?ただ漠然とスタート地点に集合と言われても、目印がないと困るだけだぞ」
「それもそうねぇ」
 シュラインはそう言い、暫く考える。
「……おい、シュライン。まさか……」
「簡単な方法は、一つあるわ」
「いや、だから待て。俺は今お前に一番近くてだな……」
「あらあら、程よく正午だわ」
「聞け!」
 心なしか青い顔をして慶悟が叫んだ。シュラインはそれに対してにっこりと微笑んだ。綺麗な綺麗な笑みをもって。慶悟は溜息をつく。どうやらしっかりと諦めたようだ。
「じゃあ、しっかり耳を塞いでいてね」
 シュラインはそう言うと、すう、と大きく息を吸った。慶悟はしっかりと耳を塞ぐ。心なしか、やはり顔が青い。シュラインは声を出す。ホイッスルの音だ。大会本部の人間が、簡易テントからこちらを見ていたが、構わずにシュラインは声を出す。
「……分かりやすいわよね」
 一応声を出すのをやめ、シュラインは言った。慶悟はじんじんと唸る耳から手を離す。
「そりゃそうだろう。分かりやすいだろうとも」
 耳がうまく機能してないのか、いつもよりも多少大きな声で慶悟は言った。シュラインは再び綺麗に微笑んだ。
「ほら、来たわよ」
 草間興信所からの調査員だと思われる人間が集まってきた。慶悟は小さく溜息をつくのだった。

●正午
 草間興信所からの調査員が集合した。先程鳴り響いたシュラインのホイッスルによって。
(まだ耳の奥が響いているようだ)
 慶悟は渋い顔をした。
「さっきのは、エマさんの声だったんですね」
 にっこりと笑いながら、茶髪に緑の目の青年が言った。灰野・輝史(かいや てるふみ)だ。
「凄いですね。てっきり、本当のホイッスルだと思いましたよ」
 こちらもにこにこと笑いながら、緩くウェーブのかかった黒髪を一つに束ね、赤の目を持つ青年が言った。九尾・桐伯(きゅうび とうはく)だ。
「本当に俺と同じ声帯を持っているのか、不思議に思えてくるから不思議だよな」
 傍らに黒い柴犬を携え、黒髪に緑の目を持った青年が心から不思議そうに言った。鋼・孝太郎(はがね こうたろう)だ。
「にしても、慶悟君。残念だったね、ハズレ」
 にやりと笑いながら雅が言う。鋭い顔でシュラインを見ると、シュラインはにっこりと笑う。
(言ったな、エマ)
 心の中で、軽く毒ずく。
「とりあえず、お弁当を作ってきたの。食べましょう」
 シュラインが言う。皆「おお」と言いつつ腰掛ける。シュラインの大きな袋から取り出されたお弁当は、彩りも豊かで見るからに食欲を誘った。次々に箸が飛び交い、中身がなくなっていく。シュライン自慢の芋の煮っ転がしは、瞬く間になくなっていった。
「なあ、俺思ったんだけどさ」
 袋から苺大福や団子、それにわらび餅を取り出しながら雅が口を開いた。お弁当は殆どなくなっており、それぞれ茶を飲んだりくつろいだりしていたが、目の前に並べられたデザートに注目する。
「この大会、無意味じゃないのか?」
 雅の言葉に、皆が固まる。単刀直入な雅の言葉に、皆も感じ取っていた何と無くの予感が一致した瞬間だった。
「……実は、俺、麝香川の主様と思われる方と接触したんですが……」
 アストラル視覚を有する輝史が口を開く。「ただ、笑われてしまって」
「私の聴覚にもひっかからないなんて……」
 ソナーにも匹敵すると言う聴覚を持つ桐伯が口を開く。「ただの一度もですよ?異常ですよ」
「……俺の十二神将も見つけられん」
 慶悟は徐に口を開く。「見つけたのは、ハズレだけだ」
「俺のわんくうもだ!」
 黒い柴犬にジャーキーを与えながら孝太郎が口を開く。「過去からの贈り物なら見つけたけど」
「タイムカプセルな」
 雅が注釈を加える。
「そうよね。まず第一にハズレと言う概念が存在しているのがおかしいのよね」
 雅の持ってきた団子を口に持っていきながらシュラインは口を開く。「それに、目撃証言も怪しいわ」
 皆がしんと静まり返る。……そう、そもそも目撃情報というのがおかしい。本当にいると思っているのに、何故「ハズレ」が存在する?
「……それなんだが、エマ」
 慶悟は口を開いた。皆が慶悟に注目する。
「目撃証言をした者達は、本当に『ツチノコ』を見たんだろうか?」
「……そうですね。嫌な予感がするんですが……」
 輝史は苦笑しながら同意する。
「ハズレを見て、ツチノコだと思った……って事?」
 シュラインが後を続けた。
「確かに、話はつながりますね。『決して壊したり動かしたりするな』っていうところからも。……至極残念ですけど」
 傍らに置いてある大きな荷物に目をやり、桐伯が言った。
「えー!肉……」
 両手一杯に持っていた赤い木の実を袋に詰めていた孝太郎が、思わず声をあげた。
「あーなんかそれっぽい。……ぽち?」
 雅が納得しそうにすると、突如ぽちが走り出した。そして何かを必死で引っ張りながら帰ってくる。慶悟の顔が心なしか青くなる。
「あ、わんくう!」
 ぽちの行動に加担しようと、わんくうが駆け出した。そしてぽちが引っ張ってきたものを一緒になって引っ張る。慶悟は立ち上がって雅と孝太郎に近付く。
「お前ら……」
 それは慶悟の式神だった。大きいサイズの式神を、必死になって引っ張ってきているのだ。思わぬ処遇に、式神が動揺している。
「……アクシデントと言うのは、いつ何時起こるか分からないもんだな、慶悟君」
「……おい」
「……そうだよな。むしろ起こっているアクシデントに真っ向から立ち向かっていくべきだよね」
「……こら」
 シュライン・桐伯・輝史は、顔を見合わせて笑っている。それが慶悟の苛立ちを助長させる。
「もういい!ここにはツチノコなんぞいない!」
 慶悟はそう言って式神を呼び戻す。突如無くなった対象に、ぽちとわんくうが戸惑っている。
「いいハイキングになったと思いましょう。ね?」
 シュラインが目の端にある涙を拭きながら言った。腹を押さえている所を見ると、存分に笑ったのであろう。
「そうですよ。僕は貴重な体験ができましたし」
 輝史が笑いながら言った。
「美味しそうな木の実も取れたし」
 孝太郎が袋につめた木の実を見ながら言った。
「……あんまりいいものではなかったが」
 慶悟が渋い顔で行った。
「まあまあ。お酒でも飲みましょう。折角ですから」
 桐伯が大きな袋から何かを取り出す。中から出てきたのは泡盛。全てを包み込むかのような香りが、辺りに広がる。その場は当然宴会モードになる。
「そういや、俺、伊部屋さんから新製品をもらったんだ」
 ごそごそと雅が袋から饅頭を取り出す。丸い形をした、白い饅頭。
「和菓子の店か?」
(葱饅頭ではなかろうな?)
 慶悟は眉を顰めながら尋ねる。雅は「そうそう」と頷き返す。
「へえ、何ていうの?」
 シュラインが尋ねると、雅は「コロリン饅頭」と答えた。途端、桐伯が笑い始めた。皆が桐伯に注目する。
「どうしたんです?九尾さん」
 輝史が尋ねると、桐伯は饅頭を一つ取ってにっこりと笑った。
「いるじゃないですか、ツチノコ」
「ええ?何処に?」
 孝太郎が身を乗り出すと、桐伯は微笑を崩さずに言葉を続けた。
「コロリンとは、ツチノコの別名ですよ」

●午後2時
 草間興信所の一行は、思う存分宴会を楽しんでから本部に行く。田中が期待に満ちた目で「見つかりましたか?」と尋ねてきた。雅は何も言わずに饅頭を差し出す。コロリン饅頭だ。
「何ですか?これ」
「ええと……浪漫の欠片……かな?」
 雅はそう言って笑う。
「では、私達はここら辺で帰ります。ツチノコを発見できないみたいですし」
 シュラインが代表してそう告げた。
「そうですか……皆さんの力をもってしても、見つかりませんでしたか。残念です。折角目撃情報もあったんですが……」
(そもそもその目撃情報が間違っていただ)
 慶悟はそう考えて苦笑した。
「では、これを」
 田中はそう言って封筒を6人に渡す。中には鉛筆二本と、何かの紙が入っていた。表の封筒には『参加賞』と書いてある。
「依頼料とは別に。どうぞ」
 笑顔で田中は皆に告げた。皆、貰ってどうしようという顔をしている。
「良かったらまた参加して下さいね!」
(また……?)
 6人は帰りかけてから、立ち止まった。封筒を我先にと開け、中に入っている紙を広げた。そこには『第二回ツチノコ捜索大会開催決定!』とある。
「また……する気なんですね」
 ぽつり、と輝史が呟く。
「こりないですね」
 苦笑し、桐伯が呟く。
「尊敬に値するなあ」
 妙に感心しながら、孝太郎が呟く。
「ある意味誇れるな」
 呆れながら、慶悟が呟く。
「また依頼しに来なきゃいいけど」
 溜息をつきながら、シュラインが呟く。
「いい夢見せて貰ったな、ぽち」
 にやりと笑いながら、雅が呟く。
「ああ、そうそう。1割1割!」
 孝太郎が突如叫んで鉛筆を一本取り出し、シュラインに渡す。
「何?これ」
「1割じゃなくて5割だけどさ、草間さんに渡して」
「え?」
「1割」
 その言葉に、皆が一本ずつ鉛筆を取り出し、シュラインに渡す。シュラインは思わず吹き出した。
「じゃ、帰りましょうか」
と、6本の鉛筆を鞄に入れながらシュラインが皆を促したその瞬間だった。
「チー!」
 ばびゅん!何かがそう叫んで目の前を大きく横切った。何かが、飛んだ。高さは2メートルほどであろうか、かなりの高さだ。そしてその何かはもの凄いスピードで消え去った。遠くから、ゴロゴロと転がるような音が響き、またしんと静かになる。
「……見た?」
 雅の言葉に、皆が頷いた。
「飛んだわね……」
とシュライン。その何かが飛んでいった方向をじっと見ている。
「いたんですね」
と輝史。ぽかんと口を開けたままだ。
「惜しい事をしましたね」
と桐伯。密閉容器と空になった泡盛の入っていた瓶を見つめている。
「……肉が!」
と孝太郎。隣でわんくうが「きゅうん」とないた。
「何て事だ……」
と慶悟。口にしていた煙草に、火をつける様子は無い。
「……どうだろう。ここは何も見なかったと言う事で」
と雅。その提案に皆が頷いた。相手が悪いような気がしてならなかった。皆の心は一つ。
――ツチノコ、転がるしかないくせに飛びすぎ!

 午後5時。慶悟は懐の煙草を取り出し、トントンと叩いて一本出す。……一本しか出せなかった。煙草の残りが、たった一本。
「もしもあのツチノコを捕まえていたら……」
 そこまで慶悟は考え、首を振った。相手が悪すぎるのだと、納得させながら。

<依頼完了・秘密共有付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード 】
【 1064 / 鋼・孝太郎 / 男 / 23 / 警察官 】 

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■         ライター通信          ■
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皆様こんにちは、お待たせしました。ライターの霜月玲守です。この度は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うござました。
今回は念願のコメディタッチです。いかがだったでしょうか?

真名神・慶悟さんのプレイングで、式神の選択と捜索体制が素敵でした。折角投網を持っていってもらったので、ハズレをひいていただきました。

今回、一つ目標がありました。それは、以前やった「どこまでバラバラに動けるか」実験の応用編です。途中で諦めた節があって申し訳ないです。本当はお一人の方に全員一回ずつ会って頂いておこうと思っていたのですが、人数の関係から諦めざるを得ませんでした。すいません。また機会があれば、また挑戦したいと思っております。
とはいっても、やはり今回もそれぞれの文章となっております。同じに見えても、ちょっとずつ違ったりしておりますので宜しければ全員分に目を通していただければ光栄です。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその日まで。